『極道デカ』(略して『ごくデカ』)6回目

今週も唐沢類人の仕事はお休みです。アスキーは一つの絵を作るのに二日くらいかかるので、当分お休みかな?
 ブログでアクセス数を維持しようとしたら、他のことはしていられまへん。
 今まで、自分の呼び名を、アチキ→わたくし→あっしと変えてきました。これはもう掟破りなのですが、これからも掟破りをします。
 今回は二つ目の掟破りで、≪読者が謎解き≫です。これは、最後の最後にとっておこうと思ったのですが、失地回復するために前倒しです。謎解きの部分に来たら、≪読者≫の部分を、大声で読み上げてください。
 掟破りは、新人賞レースだったら、間違いなく一次落ちなのですが、ブログでは、ハチャメチャなことをしないと、アクセス数はどんどん減ると判明しましたから。
 今後は、一人称小説であるのに、急に三人称小説になったりするかもしれません。
 それから、『ゾンビvsゾンビハンター』で5回くらいドンデン返しをやったら、いつもの五倍くらいアクセス数が伸びたので、この作品でも、一部が終わってからしつこいくらいにドンデン返しをやります。
 ところで、前回は、健さん路線に執着すると言ったのに、今回は健さんはでてきません。寝不足で、またとんでもないことを書いてしまうと困るので。若桜木門下を誹謗するサイトでは、レズのストーカーとかレッテル貼られてると思うし。
 健さんは次回に登場してもらおうと思っています。では、気を取り直して、行きます。
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前回までの粗筋。私(20才、唐獅子組の三代目姐。通称、唐マリ)は叔父貴(橘警視、35才)のご指名を受けて、広域犯罪捜査班(jfbi)で捜査をしている。今回の仕事は誘拐の捜査。
被害者は萱本小夜(17才、『四葉宝飾』の娘)。身代金の運搬人は後妻の由香(37才)。脅迫状の内容は次――二億円分のダイヤの裸石を持ち、今日の午後八時に、伊勢市二見浦の海岸、夫婦岩の近くにあるクルーザーに乗れ。北に向かえ――。
午後の八時、後妻がクルーザーに乗った後、私は車のトランクから出て、遺留品を探すが、細い少女とぶつかる。相手の言い分は次――男が北に逃走した。自分は後妻の由香に護衛を頼まれた者――。
  捕まえようとするが、サイコメトリングが落ちてくる(私は、不定期なサイコメトラー)。
 その映像は、後妻が爆死させられたものと、将来、自分が爆破されるシーンの二つ。数分間、映像に翻弄されて、気がつくと、相手はいなくなっていた。
 その後、すぐにクルーザーの爆発が起こった。真のサイコメトリングだった。そのことをミカリ(14才、天才プロファイラー)に通知。私の襟にあったCCDカメラの映像から、少女の存在も証明。同時に犬並の嗅覚を持つ赤影(17才、忍者修行済み)がかけつけ、少女がバニラの匂いを残したこと、駐車場の端から自転車で逃走したことを発見。
 午後十時。鳥羽署での捜査会議。 菊田警部から、小夜の誘拐の過程が発表される。菊田警部は、誘拐犯の告知したホームページが゛満月の絞殺魔"と同じサーバーだったのでJFBIを呼んだ。が、三重県警の大方の見方は、身代金の額が違いすぎるので、過去の連続殺人は無関係。被害者小夜の狂言誘拐ではないか?二億円のダイヤは重い鞄に移し換えられた後、床が開いてクルーザーの停泊地点に落ち、共犯に持ち去られていた。
 ゛満月の絞殺魔"の犯行は以下ーー過去二回、誘拐殺人がおこり、『満月ウサギ』と題されたホームページに犯行声明文が掲載されていた。サーバーはライブドア。どちらも、身代金運搬が満月(曇り)で、誘拐後すぐに絞殺され、身代金は受け取らなかった。脅迫状ではテキスト形式のMSPゴシックの11フォントを使っていたので、MSPG11とも呼んでいた。
 翌日、はてなのブログの中に゛狼男"の犯行声明文が掲載される。主犯しか知らない事実が有り。父親の証言から、クルーザーと革の鞄は元萱本家にあったものと判明。これにより、小夜も共犯だったと断定(母親を脅すために爆破を計画した)。主犯と知り合ったのはネットの中。犯人に挑戦状を出す。JFBIのページに『あなたは網にかかった』と書きこむ。すると、゛狼男"から、近日中に小夜の死体をお目にかける、とのメールがくる。メールを出したのは、ネットで主犯に命令された黒田亜美。80キロある少女。「脅迫状とは知らずにネットカフェから送った」と証言。

第三章・13

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「何やて? わざわざ、わてにご指名がかかったって?」
 あっしは、お涼姐さんの威勢のよい啖呵を聞いてから、すっかり、自分を゛わて"と呼ぶようになっておりました。
 もっとも、旅のお方に峰打ちを受けた後、ビルの屋上での出来事は、完全に妄想でござんしたが。
 今、鳥羽駅の側にある薬局へ向かう途中の警察車両の中におります。
 道路の対岸にはミキモト真珠島が望まれ、そばに鳥羽水族館のある繁華街もあります。
 太陽はかなり西に傾き、海は数千の細かい波で煌いていました。
 ミキモト真珠島は、約二万四千平方キロの真珠をテーマにした島で、鳥羽水族館は、八百五十種類、二万点もの海の生物を要する水族館でありんす。
 わての今度の服は、タカに運ばせた、黒の紋付はかまでありました。
 羽織の裏には極彩色の唐獅子牡丹が躍っておりやす。
 本当は、柔肌に刺青を入れてえんでありますが、叔父貴に、「それをやったら殺す」と釘を指されているんで、我慢しているんでございます。
 ま、そのうち、貼りつけタトゥでもやって、重要なシーンで、「おいおいおい、この刺青が目に入らねえか」と凄むでやんす。
 ところで、ネットカフェの近くの薬局は一触即発の状態が続いていました。
 黒田亜美は、最初捜査員に掴まった時は、非常におどおどしていたようですが、すぐに、「私は無理に協力させられているのよ――」と泣き叫び、小さい薬局に走りこみ、たまたま店番をしていた小学生にナイフをつきつけて、篭城をはじめたのだそうです。
 その際に、「唐マリを呼ばなきゃ何も喋らないから――」とのたまわったんで、こうして、わてが直々に出張って行くことになったんでございます。

「マジで、わてがご指名されたんじゃな?」
 車にはわてとミカリと県警のデカさんが乗っております。
「そうよ。わざわざ唐マリを呼べ、と言ったそうよ」
「なんで、わての名前を知っとるんや? もしかしたら、本☆やあらへんか?」
「さあね。まあ、黒田亜美の主張では、唐マリの名前は主犯から聞いたと」
「つうことは、主犯は警察関係者っつうことか?」
 わては色めきやした。まるで、松本清張路線の本格社会派推理の様相を呈してきやした。
  しかし、ミカリは醒めた目で嘯きました。
「何、興奮して、鼻から息を吐いているのよ。警察関係者じゃなくたって、あんたの名前くらい、簡単に調べられるじゃないの」
「どうやって?」 
「あんたのやった手と同じ。捜査会議の部屋に盗聴機がしかけてあったのよ。もう回収したけど、どこにでも売っているもので、犯人特定に結びつく手がかりはなかったけどね」
「ゲ!」
 見事、お見通しだったんでやんす。
「てえとなると」
 わては、慌てて話しを逸らしやした。
「主犯は、盗聴機でわての会話なんぞを聞いておって、唐マリの心意気に賛同し、わざわざわてを指名したのか?」
「違うでしょ。あんたが単細胞で低脳だから、対処し易いと思ったんでしょ」
「われ、何言いさらすんじゃい。いてこましたるぞ――」
 あまりの見下した言い方に、わては思わずつかみかかりそうになりました。
 が、狭い車内、すぐに屈強のデカに取り押さえられやした。
 ミカリは、ニヤリとして、言いなおしました。

「と言うのは、冗談。他に理由があると思うのよね」
「どないな理由じゃ?」
「会えばわかるでしょ。判らなかったら聞いてみれば。でも、まだ相当に興奮しているようだから、くれぐれも相手が落ち着いてからにしてね。それより、黒田亜美は片方の手首がないの。以前、主犯に会った時、眠らされて切り落とされたんだって」
 ミカリが急にお仕事モードの顔に戻りやした。
「嘘。じゃあ、主犯の顔も見てるんやないか?」
「それが、そううまくはいかないのよ。ていうか、゛狼男"がそんなマヌケなことをするはずがないじゃん」
 またしても軽く言いきったミカリは、「もうすぐ到着するから、黙って話を聞いてね」と断って、今までの状況を簡単に説明しました。
 箇条書きにすると以下のようでございます。

一、まず、捜査員が駆けつけた時は、黒田亜美はネットカフェから数メートル離れた薬局で包帯を買って出てくるところだった。古びた薬局で、ガラス戸がガタピシ鳴っていた。その時は誰も注目せずに、ネットカフェに行った。そしたらお客はゼロで、超ミニの受付嬢が、80キロくらいある女の子が出ていったばかりと証言した。

二、捜査員が駆けつけ、「お話を」と言うと、すぐに、「私は無理に協力させられているのよ――」と泣き叫んで、小さい薬局に走りこんで、たまたま店番をしていた小学生にナイフをつきつけて、篭城をはじめた。その際に、「唐マリを呼ばなきゃ何も喋らないから――」とのたまわった。

三、で、捜査員がJFBIの連中に連絡したが、その時間、わてはまだ埠頭の倉庫街で失神している途中だったと思われる。誰も行く先を知らず、皆が探しまわった。

四、その間に、黒田亜美は、上着の裾をちらっとめくって、「ダイナマイトだから、近寄らないで」と叫んで赤い筒状の物を見せ、さらに、「近寄ったら死ぬから」と叫んで、鞄から出したナイフで自分の肩を軽く刺した。

五、セーターに血がにじみ出て、男の子が怖がって逃げようとしたので、左腕が少しずれた。手首から先が精巧に出来た技手だった。細い導線が肩を通って脇腹まで伸び、右手の捜査でロボットのように滑らかに動かせる。手袋をしているので、簡単には判らない。

六、で、膠着状態になったが、黒田亜美は、逆に落ち着いてしまい、さばさばとした顔で、「唐マリが来たら、知っていることは話すわ」と言った。

七、それから、ぽつりぽつりと自分の話をはじめた。まず、片手首のないのは、主犯に切り落された。

八、この証言に、捜査員は、主犯の顔が判明するかと色めき立ったが、亜美は主犯と顔は合わせていなかった。『満月ウサギ』という模倣サイトのオフ会の時に切り落とされた。オフ会の途中で眠ってしまった時だった。
 しかし、主犯が男か女かくらいの情報は得られそうなので、進展したと言わねばならない。オフ会では、帽子をかぶっていたから、顔を覚えてはいない。

九、オフ会の様子、腕を切り落とされた時の状況は、わてに会った後でゆっくり話す。

十、゛狼男"からは頻繁に連絡が入る。゛狼男"は、捜査本部に盗聴機をしかけたと言った。さらに、ネットカフェでメールを打った後には、こうなる状況は充分に予想できたので、その時の対処の仕方のメモも、受け取ったCDなどと一緒に入っていた。

十一、唐マリのことは、゛狼男"から聞いている。゛狼男"は盗聴機を通じ、捜査本部の動きは全ては熟知している。それから、亜美自身は、宝石回収した少女とは面識がない。その後、「゛狼男"については知らないが、私の勘では」と言ったきり、口をつぐんでしまった。

    14

 薬局のガラス戸から覗くと、黒田亜美は、確かにものすごーく太っておりました。
 一応二重瞼なんだけど、瞼の間にもぎっしり肉がつまっているような太った子。それが、泣いてよけい瞼が腫れ、お化けみたいな顔になっていました。
 その上、ぴちぴちのセーターをこれまたぴちぴちのコートの下に着こみ、今時珍しいほどの漆黒の髪をお下げにして両方で縛っており、はっきり言って、どん臭い姉ちゃんという感じでした。
 年は、高校生くらいでしょうか?
 色は白く、これでニキビかソバカスがあれば、女版秋葉系と呼んでも差し支えないでしょう。
 わては、警察の人間の間を抜けて、ネットカフェ近くの薬局に足を踏み入れました。
 亜美は左の肩を中心に血まみれになっておりました。
 小さく旧い薬局の中の、積み上げたトイレットペーパーの上に腰掛け、小学校三年くらいの男の子の喉にナイフを付きつけておりました。
わてが空元気で笑いながら中に入ると、黙ったままじっとこっちを睨み、顎で、中からガラス戸の鍵を閉めるように合図しました。
 鍵はくるくる回転させる、昔の鍵でございます。
 わては指図に従いました。
 鍵を閉めると、カーテンもというので、カーテンも閉めました。
 
「さーてーと、これで、じっくり腹を割って話せますな。数いるデカの中で、わざわざ唐獅子組三代目姐、唐マリを指名いただきまして、ありがとうござんした」
 気分を和ませようと仁義を切るマネをはじめると、相手は、また冷たく顎を動かして、近くのティッシュの箱の上に腰をかけろと命令しやした。
 どうしても、こっちのペースには乗らないようでござんす。 
 しょうがありやせん。命令に従い、相手の意思を尊重することにしました。
 わてがティッシュの箱の上に腰をかけるのを見届け、小学生を自分の脇の椅子に腰掛けさせ、「静かにしてね」と飴を渡すと、亜美は、ようやく、ポツリポツリと話しはじめました。
 ナイフは時々小学生の首にむけ、腹の赤い筒も、わざとらしく見せております。
「あんたはさあ、あたしが共犯で、脅されたからこんなことをしているって信じてくれるよね」
 わては黙って頷くよりありませんでした。
 本当は、自分を指名した理由が一番知りてえんですが、まだまだ興奮が収まっていねえようなので、質問は控えやした。
「あたしはねえ、指定されたアドレスにメールを打つだけだと思っていたから、打った後に脅迫状のメールだと知って、ぶったまげたわ」
 さばさばした口調でござんした。
 ――さよか。てえと、こういう時間の流れになるのかい?
 わては咄嗟に頭の中で考えやした。
 ミカリの挑戦状は、健さん似の板さんがくる直前に書いたものじゃ。
 その挑戦状を見た主犯は、わてがタカを取り戻しに行っている間に鳥羽駅近くの黒田亜美のアパートの郵便受けにCDなどを入れた。亜美は少ししてネットカフェに行き、メールを打った。
 ということは、主犯は、鳥羽駅の近くに住んでいるか、アパートを借りている。

「あのう、それで、郵便受けに荷物の入っていた時間やけど」
 わてが思いきって口を開くと、亜美は意地悪い目で見返しやした。
「時間? それを聞いたら、何かわかるってことね。じゃあ、教えてあげる」
 そして、亜美はにっこり笑って、舌を出しました。
「と言いたいけど、それは無理。だって、さっきのあたしの証言は、嘘。実は数日前に荷物は郵便受けに入っていて、その時に次にやることを教えられていたの」
「さっきの証言て?」
「メールで゛狼男"から指示がきて、郵便受けに荷物が入っていたって証言。本当は、数日前に、゛狼男"にああ言えと教えられていたの。で、さっきメールで実行の指示が来た。だからその指示に従ったまでよ」
「まじで?」
「うん」
「つうことは、どういう事になるんや? わてらは、主犯はあんさんのアパートの側に住んでいると考えたんだが、それが根底から覆るってことになるんか?」
「そうよ。゛狼男"が鳥羽駅近くに住んでいるとは限らないってことになるの。がっかりした? ホッホッホ」
 亜美が嬉しそうに答えてくれやした。
「それから、もっと言えば、私がさっき捜査員さんたちに教えてあげた住所に行って、郵便受けを探しても、何も出てこないわ。私の指紋採取ができると思って、急行してると思うけど」
「なぜに?」
「だって、デカさんたちに教えた住所は、でたらめだもの。っていうか、゛狼男"が教えてくれた住所だもの。どこの誰の住所かもわからない。それもこれもぜーんぶ、゛狼男"の想定内の出来事なんだなあ、これが」

「テメエ。よくもそこまで、わてらを馬鹿にしてくれたなあ」
 わては思わず腰を浮かしかけました。
「おっと、待って。これが目に入らないの?」
 亜美がセーターの端をめくりました。見事な三段腹の上に、ガムテープで赤い筒が固定されておりました。
「゛狼男"さんは用意がいいんだから。ダイナマイトまで用意してくれたんだから」
 亜美は嬉しそうにそう呟くと、脇においてあったバッグから別の赤い筒を取りだしました。
「何や?」
「これは、発煙筒。これから、中で火をつけるから、外の連中に伝えて。火事ではないから慌てないようにって」
「何故?」
「あのねえ、そんな単純なことを聞かないで」
「って、言われても、わての頭では」
「あ、そうだったわね。あんたの脳に合わせるのは大変だわ。じゃあ、説明するわ。煙で細部をごまかすの」
「は?」
 わてが聞き返しましたが、彼女は無視して、顎をしゃくりました。
 黙って命令に従えという意味でやす。
 しょうがねえ、わては、カーテンの端を少し開けて、ジェスチャーで、煙が出るけど、中に入るな、と伝えやした。
 その間に、亜美は、小学生にクロロフォルムを嗅がせやした。

   15

「さ、準備は整ったわ。本当は、明日からまた仕事があるんで、メールでの事情聴取にしてもらえる嬉しいんだけど。だめ?」
 わては冷たく答えました。
「難しいでんな。たとえ、わてがOKしても、叔父貴、いや捜査陣がOKしまへん。」
「残念だわ。では、この辺でお別れね」
「どうやって逃げる気じゃ? つうか、この厳戒態勢の中を逃げられるはずがねえじゃん」
「それがね、可能なの。ここは忍者の里でもある訳だから、火遁の術を使うつもり」
「いくらなあ、煙を使ったって、時代劇とは違うんじゃ」
「まあ、まあ、そういきがらないで。細工は隆々、仕上げを御ろうじろってね。ところで、他に質問はないの?」
 わては一瞬だけ考え、一番聞きたかったことを口にしやした。
「そうじゃ。一番聞きたいのは、何で、わざわざ唐マリを名指ししたかって点や」

「それはね、フフフ」
 低い笑い声と一緒に、片方の手が赤い筒のボタンを押しやした。
 すると、わての頭の中でオレンジの炎が立ったんでございます。 
 ――あの時と同じや。
 もう一人の共犯とぶち当たって、サイコメトリングした時。
 なんでヤ?
 そう言えば、けろっと忘れて、和服を着てしまったからか?
 いや、サイコメトリングした時は、もっと派手な柄じゃった。
 じゃあ、なんで?
 そこで、頭の後ろにキ――――――ンと激痛が走って、意識が途切れた。

 どのくらい経ったでございましょう。
「いつまでおねんねしているのよーー。さっさと目を覚ませっていうんだよーー。馬鹿と鋏は使いようって言うか。まんまと敵の策に嵌ったわ。ありがたくって、涙がでちゃう」
 思いっきり強い力で張り飛ばされて、目が醒めました。
 気がつくと、周囲には捜査員の足音が入り乱れ、真っ白い煙に覆われ、目の前の机の上には10センチくらいの高さのおもちゃのロボットが乗って動いており、その向こうからスポットが当っておりやした。
 黒田亜美の姿は消えておりました。
 周囲は硝酸の瓶が割られ、きな臭い匂いが漂い、うっすらと煙もでていまする。

 ミカリがそばにきて、一言だけ言いました。
「やられた。これじゃあ、指紋も取れない」
 わてはまだ頭がぼーーっとして、状況を把握できないでいやした。
 ミカリは、さっさと自分のポケットからケータイを出すと、わてを店の外に連れだしやした。
 かなり店から歩いて、側に誰も捜査員がいなくなると、ケータイを渡しました。
わて。「何をするんじゃ?」
ミカリ。「黒田亜美さんにお電話をするの?」
わて。「なんで、あんな奴の番号を知っているんじゃ?」
ミカリ。「それは、向こうが教えてくれたからに決まっているじゃない」
わて。「まちーな。話の展開が早くてついてゆけんわい。そもそも、ミカリが、黒田亜美の電話番号を知っているなら、なんで、わてに先にそう教えてくれんのや?」

 ここでミカリは大きく頭を抱えやした。
ミカリ。「ああ、やだ。察しの悪い子と話すのは、本当、疲れる。あのねえ。じゃあ、逆に聞くけどさ、何で、あたしが全部の情報を脳タリンの唐マリに伝えなきゃならないの。捜査上秘密にしとかなきゃならないこともあるの。って言うか、あんたに番号を教えないでと言ったのは、亜美本人なの。それから、ここへ来る車の中で、あんたに伝えられるのは、さっきの11ケの事柄で精一杯だったの」
 わては、もう訳わからなくなって、小さく頭を抱えてしまいました。
ミカリ。「判ったわ。じゃあ、これだけは教えてあげる。ええと、最初からね。まず、現場へ捜査員が駆けつけて、亜美に『話を』と言った時、亜美があんたを呼べと主張したのは、本当。でも、あんたは見つからなかったから、私にケータイが来たの。で、私は直で亜美と話して、こう言ったの。『私は亜美さんを信用する。君の主張は全部聞く。それから、捜査員には指一本触れさせない。その上で、唐マリが来るまでに何をしたら良いか、教えて』って。これは興奮している犯人を宥める最低手段。主犯とか共犯とかにかかわらずね」

わて。「そしたら、向こうが、その電話番号を教えたんか?」
ミカリ。「そうよ。『まず、これから、自分が共犯であることを証明する。でも、主犯だと思われては困るから、唐マリに最低限のことを教える。その後、゛狼男"の書いた筋書きにのっとって、ここから逃る。それに成功したら、もっと多くを教える』って。その後、私と唐マリだけがいるところで、あんたから自分に電話をかけさせるように。絶対にあんたから、と念を押して、電話番号を教えてくれたの。だから、最低限のことを喋ってもらうためにあんたをあの薬局へ派遣したの」
わて。「そんでもって、見事に゛狼男"の書いた作戦が成功した。だから、今は、その先の情報をもらおうって訳やな」
ミカリ。「そのとおり。ああ、まだ出ない。どこまで逃げる気かしら? さっさと、先の情報を聞きたいのに、ケータイで事情聴取をするしかないのに」

   16

わて。「まちーな。でも、その゛狼男"の書いた脚本て、何や?っていうか、逃げたトリックは何や」
ミカリ。「それは、あんたにサイコメトリングが落ちてきたから。それに、今調べたら、あの薬局は、先代のご主人が忍者ファンで、忍者屋敷を真似て作ってあったの。つまり、居間から屋敷の裏に抜けられるトンネルが掘ってあって、そこから逃げたの。それを調べるために、゛狼男"は何度か訪れていたのね」
わて。「まちーな。その、トンネルはわかった。じゃが、サイコメトリングを起させる方法って何や?」
ミカリ。「もう読者の方々はお分かりよ。では、読者の皆さん、どうぞ」
≪読者≫。「後催眠じゃ――」
 どこからか声が響いた。
わて。「後催眠?」
ミカリ。「そうよ。催眠術をかけておいて、キーワードを言えば、催眠術の映像が始まるように仕組んであったの。そのキーワードも読者はもうお分かりよ。どうぞ」
≪読者≫。「フフフ、じゃ――」
 またしてもどこかから声が。
わて。「まてーや。そんな言葉なら、わては、街でいくらでも聞いたがな。でも、始まらなかったわい」
≪読者≫。「ああ、きっと、他にも特別な周波数の電波を発する装置とかも使ったのかもな。今回は赤い筒のボタンを押したし」
わて。「でも、最初の時は、そんな機械、あの女は持ってなかったわい」
≪読者≫。「だからあ、服のボタンくらいの超小型マシーンかも知れないじゃん。B型の作者は思いつきでトリックを考えるから、深く追求しないんや。深く追求したら、どんどんボロが出てくるんだから」
わて。「わかった。じゃあ、この辺でやめる。そう言われれば、あの時は暗くて良く見えなかったから超小型マシーンがあったかもしれん」
≪読者≫「あるいは、声が特別な周波数のときだけ起こるとか」

わて。「それにしても、これでようやく唐マリを指名したわけがわかったわ」
≪読者≫。「サイコメトリングを起せば逃げられると踏んだんや」
ミカリ。「そうや。それを先に読めていれば、もっと早くに突入したんだけど、私も一歩遅れを取ったわね」
わて。「どのくらい外で待機していたんや?」
ミカリ。「そうね。十分くらいかしら。店内の照明が消えてスポットライトになって、変だとは思ったのよ。でも、煙の中で人間が動いているように見えたし、それに唐マリが何か叫んでいたから、言い合っていると思って、気を抜いてたの」
わて。「そうか。それで、細部をごまかすために白い煙を使ったんか」
ミカリ。「そうよ。あんたの後催眠を開始させ、子供を眠らせたあと、小さいロボットを動かして、真中にスポットを置いて、影を大きく写して、まだいるように見せかけたの。逃げる時間をかせぐためよ。私たちも、最初は疑わなかったけど、いつまでも同じ動作のくりかえしなんで、やっと変だと思ったの。で、踏みこんだの。その時は後の祭」

≪読者≫。「それにしても、後催眠をかけるとなると、以前にどこかで遭っているはずなんだけど、思いつかない?」
 わては黙って首をふる。
≪読者≫。「もっとも、゛狼男"がどんな人間かはまだ不明だから、思い出せっていっても無理だわな。それに、催眠をかけたことを消す催眠までかけているだろうから、脳タリンの唐マリが覚えているはずもないし」
わて。「煩い。それより、亜美は逃げてしまったと違うか?」
≪読者≫。「それはないね」
わて。「なぜじゃ?」
≪読者≫。「だって、逃げたら、自分が主犯ですって言っているようなもんでっしゃろが――。そんなことも分からんのか、ドアホウが――」
わて。「じゃが、主犯には、余計なことは喋るなって言われているだろうが」
≪読者≫。「それはそうだけど、亜美としては、ある程度は喋らざるを得ないと思うのう」
わて。「何故? だって、喋ったら殺させるぜ」

≪読者≫。「ハッハッハ。馬鹿やな。喋らなくても殺されるんにゃ。仕事が終わればな。犯罪では常套手段や。それに、主犯は共犯の住所くらいは知っているだろうから、殺しも可能やし」
わて。「ゲ。そう言われればそうや。共犯だもんな。主犯の風体とかも、かなり知っているだろうし」
≪読者≫。「そうや。だから、亜美としては、直接主犯の身に関係ないことは喋ると思うぜ。それで、運良くすれば、最後の仕事が終わる頃に、警察が主犯を逮捕できるかもしれねえし」
わて。「最後の仕事って何や?」
≪読者≫。「そうやな。小夜は殺したと通知してきたのだから、その死体の運搬かのう?」
わて。「うわ。難儀な仕事やな。もう一人の共犯と一緒にやらされるんやろか?」
≪読者≫。「さあな。確かに、女一人では重労働だわな。じゃが、過去には主犯一人でやっておるし。さすがに全身をそのまま運ぶのは無理だったようで、首だけ切断して、自転車の前後に乗せて運んだと思われるがのう」
 その時、しつこく押しつづけていたミカリのケータイが通じた。

    17

 ようやく亜美がケータイに出よりました。
 ケータイに映し出されたのはバックが青で、特色のない部屋。窓もない。どこなのか、推測しようもない。
亜美。「お待たせ」
 亜美はえらく機嫌が良かった。まんまと逃げられたからか?
亜美。「周囲には、あんたたち以外にはいないわね」
 わては、周囲の風景をケータイで送りました。
亜美。「了解。二人だけね」
 亜美が大きく息を吐き出しました。
≪読者≫。「ふふふふ。我々の姿は見えていないようじゃ」
 わては、やっと容疑者と話しができるようになったので、早速、肝心なことを聞いた。
わて。「あんさんは、突然薬局に篭城した。そこには子供しかいなかった。えろう運が強いんやな」
 しかし、亜美は、嬉しそうに笑って、さらりと答えた。
亜美。「ハッハッハ。世の中に運なんてないわ。あっても、犯罪では運を当てにはできないわ。用意周到に準備しないと。参考までに教えてあげると、さっきの時間帯は、大概、あの店は子供の店番なの。両親は海外出張なので、おばあさんと二人暮らし。午後のあの時間はおばあさんが友達とコーヒーブレイクを楽しむために店を抜ける。あの店は一本奥の通りにあり、田舎だし、普段は一日二人くらいのお客しかないから、子供でも充分。もしお客がきてもあの子は対処できる。判らなかったら、翌日と言う。それから、裏に抜けるトンネルがあるのは主犯から教えられた。他の全ての情報も、主犯から教えられたの。あんたの後催眠のことも」

 その時、どこかから声が聞えた。
≪読者≫。「待ちーな。つうことは、主犯は、何度もあの薬局に下調べに入っておるっつうことやな。ということは、やっぱ、近くに住んでいるんじゃろが――。近いほうが地の利があるってもんじゃ」
亜美。「何よ。この声?」
≪読者≫。「神の声じゃ。神妙に答えよ」
亜美。「分かった。多分≪読者≫はんだろうと思うけどね。で、ご質問に対してだけど、主犯がどこに住んでいるかなんて、そんなこと、知らない」
≪読者≫。「へ?」
亜美。「だから、本当に知らないの。近いのか遠いのか」
≪読者≫。「随分、冷めた言い方やんけ」
亜美。「だって、それでないと、私の命が危ないもん。よーく考えて。相手は病的な゛狼男"なんだよ。私に協力をさすために、私の手首を切ったんだよ。その時痛感したの。知り過ぎたら怖いって。だから、゛狼男"さんにも、必要最低限のことだけ教えて、って言ってあるの」
わて。「お、そのオフ会での話がまだだったが」

≪読者≫。「待て。待て.それより、もっと重要なことがあるだろうが。よーく考えてもみろ。おまはんは硝酸の瓶を割って撒いた。つうことは、自分の指紋を消す必要があった。じゃが、ここで考えて欲しい。脅迫状を打つくらいの協力なら、掴まっても大した罪にはならん。だから、純粋な共犯なら指紋なんて気にせん。だがおまはんは消した。これは何を意味するか。簡単や。おまはんは主犯じゃってことじゃーー」
亜美。「違うわ。これも、主犯の指示なの。ご免ね。し方がなかったの」
 亜美はケータイの向こうで軽く手をふりおりました。
亜美。「゛狼男"は下調べの時にあの店に入っているのね。その時に、うっかり指紋を残しちゃったらしいの。だって、手袋して買い物に入ったら、メッチャ不審者だものね。私だって肌色の手袋でごまかしている。だから、その時の指紋を消すために硝酸か硫酸を撒いてきてって、言われたの。因みに私は硝酸をまく必要はなかったの。だって、片方は技手。もう片方は、硝酸で指紋を焼いてあるもの。ま、これも当然の措置よね。あんな危険な事をしなくちゃならなかったんだから。指紋は残さないに限るわ。だから、予防措置として焼いておいたの。デカさんに渡したCDなんかにも指紋はないの。ご免ね、がっかりさせて」
≪読者≫。「ふーむ。口の減らない奴じゃ」

≪読者≫。「ところで、次はオフ会についてじゃが」
亜美。「ああ、そうだったわね。それよりも、これから話すことは、主犯には絶対内緒にしてね」
≪読者≫「おう。まかしとけ」
亜美。ひそひそ声で。「実は、『満月ウサギ』っつう模倣サイトでオフ会をした時に会ったの。顔は見ていないんだけどね」
≪読者≫「それは、いつで、どこでやったんじゃ?」
亜美。「まあ、まあ、焦らないで。ゆっくり話すから。ええとねえ、半年くらい前かなあ。前回の殺人が起こった後だから」
≪読者≫「前回の殺人て、いつや?」
ミカリ。「あ、それは、六月の末よ。六月二十二日の身代金運搬。場所は奈良県奈良市
わて。「思い出した。マンションのゴミ捨て場に身代金が残されていた時や。わてらは、奈良県警から要請があって、最初にそのゴミ捨て場に直行したんや」
亜美。「思い出してくれてありがとう。ローカルテレビで『JFBIがマンションのゴミ捨て場に捜査にやってきました』ってニュースが流れたすぐ後に、ケータイに『アガサと三人で唐マリを見に行こう』って、ザナドゥが言ってきたの」
≪読者≫「待ちーな。そのザナドゥやアガサって誰や?ハンドル・ネーム臭いけど。それに、なんで、ケータイで連絡取り合っていたんや?」

亜美。「ああ落ち着いて。まず、最初の質問に対してはイエスよ。読者も鋭いわね。つうか、常識か? 『満月ウサギ』のサイトでは、ザナドゥやアガサで呼び合っていたんで、どっちがどっちか判らなかったけど、オフ会を企画したのがザナドゥだから、ザナドゥが゛狼男"だった訳ね。で、次の質問、ケータイで連絡を取り合っていたのは、主犯からケータイが送られてきていたからなの」
ミカリ。「待って。ここでちょっと、説明。゛狼男"はサイトで殺す候補者を発見すると、すぐに相手の住所を調べて、ケータイを送って、直で連絡を取る習性があるの。最初も二番目の時もそうよ。だから、あなたも小夜も、すでにその時に次の候補に上がっていたと思うの。で、これから先が質問。相手の住所は、相手の個人情報を頼りに調べるわよね。普通。だから、あなたも小夜も、サイトの中で自分の住所のてがかりをべらべら喋っていると思うの。心当りない?」
亜美。「そやなあ。私も、ケータイが送られて来た時、どうやって調べたんだろうと思った。でも、考えてみると、自分のこと喋っていると思う。例えば、私は奈良公園の側に住んでいると言ったなあ。ニックネームはドラエモンとも言ったから、奈良公園そばで太っちょの女の子の所に、片っ端からケータイを送ったんやな。あ、そうや、小夜は鳥羽で一番大きい宝石会社の社長玲嬢といっていたわ」
≪読者≫。「そうか。すると、その情報から、゛狼男"は小夜の住所も調べ、次の殺害候補二人を呼び出した。で、そのオフ会の後、小夜が自分から狂言誘拐をもちかけた。そうでなきゃ、次の被害者はあんただったかも。そのオフ会も、二人だけが呼ばれたということは、早速次の候補の具体的調査にかかったと考えて間違いないにゃ。それより、会った場所とかも聞きたいのう」
亜美。「うん。教えられる限りは喋るわ。私も゛狼男"は怖いから、早く掴まって欲しいし」
 亜美はここで一層小さい声になった。
亜美。「で、三人で会ったのは、奈良の身代金が置かれたマンションから少し離れたカラオケ。でも、顔や声を隠してくるっていう条件だったから、三人ともめがねや帽子で変装していたし、声もヘリウムで変えていたから、特徴は覚えていないわ」

≪読者≫。「男か女かとか、何才くらいかは判ったべ」
亜美。「まあ、それくらいわね。゛狼男"は女よ。細かったわ。小夜もけっこう細かったけど、それ以上に細かった」
≪読者≫「あの、宝石を回収した少女じゃないだろうか?」
亜美。「その子には会っていないから判らない」
≪読者≫「さよか。それより、三人で会ったのは、マンション近くのカラオケって言ったけど、具体的に店の名前は?」
亜美。「ごめん。それを言ったら、私が殺される。それだけは言えない。もう潰れたと聞いたけど。あ、その代わり、もう一つ面白い情報をあげる」
≪読者≫「何や?」
亜美。「私たちがそこへ行ったのは、極道の姐さんの唐マリを見るためだったの。それって、普段ではめったにお目にかかれない存在だから。ザナドゥが是非見たいと言ってた。でもね、私は唐マリは見れなかった。もう捜査陣はマンションにはいなくて。でも、ザナドゥは見たい見たいと言っていたから」
≪読者≫「わかった。そのオフ会の後、主犯はどこかで、唐マリに会って、後催眠をかけたんや」
わて。「お。鋭い」
ミカリ。「感心しているバヤイじゃないの」と、わてをどつき、そして、「続けて」と亜美に語りかけた。
亜美。「後催眠の件は≪読者≫の推理通りね、きっと。んで、オフ会の話ね。私お酒で眠くなるほうですぐに眠ってしまったの。それで、起きたら手首が切られていたの。起きた時は麻酔で痛みもなく、ぼーっとしていたの。その時はすでに小夜も主犯もいなかったわ。あ、それより、そろそろ切らないとヤバイかな?」
 ケータイの向こうで亜美がきょろきょろした。
わて。「まちーな。そこまで喋ったんなら、もう少し具体的に場所を喋れんかいな? 主犯には絶対内緒にするから」
亜美。「無理。君がそれ以上しつこく聞くなら、私も盗聴機で゛狼男"さんが集めた君の秘密を喋る」
わて。「何や」

亜美。「唐マリは、男性経験あるようなことを言っているけど、仮想経験しかない」
わて。「煩い。それを言うなーー」
 わては、思わず、ケータイを折ってしまいやした。こんな恥かしい体験聞かれたらたまらない。極道の姐の名折れじゃ。
 ミカリが怒りの声をあげた。
ミカリ。「馬鹿。これからGPS追跡をしようと思っていたのに」
わて。「遅いんじゃ。先に本部に頼んでおかなかったおのれが悪いんじゃ」
ミカリ。「そう。そこまで言うんなら、私も暴露しちゃう。唐マリの秘密。タカさんから聞いたもん。橘警視と体験したように催眠術をかけてもらったの。組の催眠術師に。でも、その催眠術師も極道だから、後でもっと金を請求しようと思って、わざと、催眠術をかけたのを忘れる催眠術はかけなかったの。それにしても、見栄をはって男性経験あるなんて言ってるの。最悪」
 わては、「馬鹿ーー」と叫んでミカリの口を封じたが、後の祭りじゃった。
 それにしても、タカの阿呆は、どこまで出張って、わての秘密をくっちゃべってるんじゃい。

    18

 五分後、赤影からケータイが入った。
 長年小夜の家で働いているお手伝いさんから小夜の個人的な情報を聞き出したのだ。
 情報一、小夜は八ヶ月ほど前にアメリカとグアムに行ってから、マンションへ引越し、人が変わったように推理小説を読むようになった。その後、何回かグアムに行っている。
≪読者≫。「ふむふむ。八ヶ月前に何かがあったはずだ。でなければ、マンションへ引っ越す必要はないのだ。あんな広い部屋に住んでいたのだし」
 情報二、小夜は、二年前に近くの高校に入学したが、ほとんど通っていない。
 一方、わてらは赤影にも、亜美から仕入れた情報を伝えた。
 赤影は、身代金が飛躍的に増えた件に関して、次のような推理をした。
 ――小夜が宝石会社の娘であると、最初から゛狼男"は知っていた。だが、最初に小夜を誘拐し大きい額の身代金を奪うには準備が足りない。だから、最後に大勝負をかけるとして、その前に、他の誘拐で練習をした。だから、前回までの誘拐では金を取らなかった。練習で危ない橋を渡って逮捕されてしまったのでは、本も子もないから――
  
 赤影のケータイの後、 すぐに小夜のマンションへ行っている持田警部補から連絡があった。
 持田のヤローの情報は次。
 ――小夜のマンションは3LDKで、広い。パソコンは、小型のノート・パソコンが一台ある。無線LANのルーターがある。無線LANのルーターとは、無線で別のパソコンに情報を送れるようにするものなのに、この部屋にはもう一台のパソコンがない――。
≪読者≫「ルーターがあって、もう一台がないんじゃな。じゃあ、狂言誘拐の時に、そちらのパソコンを持ってでかけたんじゃ」
 ――パソコンの電源を入れて、メールを見た。パソコンには、〝アガサ〟〝クイーン〟〝カー〟という三つの名前と、それに会わせて三っつのメル・アドを取得し、三つのサイトに書きこみをした履歴が残っていた。つまり、小夜は、まるっきり別の三人の人間になりすまして、三つのサイトで発言をしていたーー。
≪読者A≫「別の人物になりすます。そのくらいは、誰でもやることじゃ」
≪読者B≫「さよう。俺は、女子高生と女子大生と、主婦になりすまして、それぞれが集まるサイトに参加していた。かなりむふふな話しが聞けた」
≪読者C≫「やだ。それ、ネットおかまじゃん」
≪読者B≫「そうとも言う」 
 わてらは、亜美にメールを入れ、小夜の属していた三つのサイトに関しもっと詳しい情報が欲しい、と頼んだ。
 しかし、さっき、あれだけ喋ってくれた亜美は、喋りすぎたと後悔したのか、「教えたいんだけど、もっと先にして」と返事をしてきた。
 
 わてらは、とりあえず、アガサとザナドゥが参加していた『満月ウサギ』のサイトを調べることにした。
 だが、その前に、亜美から背筋の凍りそうなメールが届いた。
 ――゛狼男"からの脅迫状が届いたわ。どこかで、あたしが喋りすぎたと知ったらしく、あたしか別の人を殺すと言ってきたの。で、私は自分だけは助けて、と頼んだの。そしたら、こう返事がきたの。『予定にはなかったが、唐マリの死体もつくる気になった。近日中に実行するから、気をつけろ』ですって。ごめんなさいね。でもあたしも自分が大事だし。そういう訳だから、当分は連絡できない。連絡を貰っても、お答えはできない。唐マリも気をつけて。じゃあね――。

わて。「どこから、わてらと亜美が連絡を取り合ったっつう情報が漏れたんだべ?」
ミカリ。「あたしじゃないからね。あんたが、持田からの連絡を受けている間に、こっそりどこかで誰かに喋ったんでしょう」
 わては思わず凄みやした。
わて。「待ちーーな。おどりゃあ、誰に向こうて、くっちゃべっとるんじゃい。わては痩せても枯れても、極道の女。そんな卑怯なこと、しまっかいな」
ミカリ。「じゃあ、誰よ。あの場面で、亜美の話しを聞いていたのは、私とあんたと≪読者≫しかいなかったんだから」
わて、ミカリ。「あ」
わて。「≪読者≫はん。黙って、参加させてりゃあ、良い気になって。ここらで、そろそろ白刃の出入りをしてえと思っていた頃なんじゃ。白黒つけさしてももらいまっせ」
ミカリ。「唐マリ。ドスで≪読者≫をバラすんなら、ちゃんと仁義を切ってからでないと、駄目よ。あんたは極道なんだから」
わて。「判っとりま。では、≪読者≫はん。仁義、いきまっせ。ご当家の貸し元さん、並びに姐御さん、又はお身内御一統さん。影ながらの仁義はお許しなすって下さい。向かいましたる受け人さんとは、初見にござんす。やつがれ生国は九州、肥後、熊本は、五木でござんす。未だ一本立ちの身を持ちまして、姓名を発しますは、高うござんすが、お許しなさって下さい。姓は矢野、名は竜子。又の名を緋牡丹のお竜と発しまして、渡世修行中のしがなき女にございます。行く末万端、お見知りおかれまして、お引き回しのほど、よろしくお願いいたします」
ミカリ。「それ、藤純子の仁義」
わて。「なら、こういうのもあるぜい。義理と人情のしがらみに、女を賭けた流れ旅。やくざ渡世に狂い咲く、意地と度胸の緋牡丹一輪。人呼んで、緋牡丹お竜とは、あたしのことでございます」
ミカリ。「それ『緋牡丹お竜・花札勝負』の予告篇のパクリ」
わて。「煩い。わては、久しぶりにドスの感触に良いしれているんや。われ、覚悟しいや」
 とドスを高々とふりかざしました。
 じゃが。
「まちーや」と、後ろから、腕をむんずと掴まれやした。
 振り向くと、極道顔の菊田警部でやした。

菊田。「ちょいと、待ち―や。バラすのは待ち―や」
わて。「待つんでっかいな?」
菊田。「そうや。これだけ使える≪読者≫はんじゃ。何も、簀巻きにして海へ放りこむことはねえやな。バラすのはいつでもでける。今は、バラしたい気持ちを己の腹の中だけにしまいこんでおきーや。それに、ここで、よーく考えや。唐マリはん。亜美の証言、つまり、誰かに聞いたというのは、嘘に決まっておろうが」
わて。「警部はん。あんたっていうお人は……。つうか、嘘って、どういうこっちゃ?」
菊田。「だから、黒田亜美は嘘吐きだろうが。最初に捜査員に掴まりそうになったときも、嘘をついたがや。『ちょっと前に主犯が直接郵便受けに、荷物を入れておいた』と。それで、捜査員の大半をそっちの住所に走らせて、自分は逃げやすくした。まあ、主犯の指示だとは言うが。しかし、部下の連中にも話を聞いた今、わしの勘では、亜美はそうとうに頭の良い奴で、その嘘も自分で考えたと思われる。であるならば、今、メールを受け取ったちゅうのも、メールの内容も嘘じゃ。誰が情報を漏らしたのでもない。亜美の自作自演や」
わて。「ちゅうと、どないなことになりまっか?」
菊田。「簡単じゃ。主犯は亜美じゃ。亜美の会話を思い出してみーや。わしは、最後のほうを後ろで聞いとっただけじゃが、細い女が主犯だと、思わせぶりに言うとったやろ。あれが、まさに自分を捜査の渦中から外すための暗示や」
ミカリ。「さすが、現場のデカ。勘が鋭い」
菊田。「まあ、あの現場にわしがおったら、三段腹に装着した懐中電灯なんぞに騙されずに、さっさと逮捕しておったがのう」
わて。「え?あれは、ダイナマイトじゃあ」
菊田。「ドアホ。上のぽっちは特殊な周波数を出す装置だったかもしれん。しかし本体は懐中電灯じゃ。それより、亜美が主犯だと断定できたんやから、さっさと捜査範囲を拡大せんかい? 部下からの情報じゃあ、奈良方面にまで捜査範囲を広げる、と言うとったが」
わて。ミカリ。「わかりやした。あっしらも早速」
 そこで、わてらは、次の捜査に向かうために、この場を後にしました。

     19

≪残された読者A≫「最後の菊田警部のシーン。あれは、絶対、焦ってるよね」
≪読者B≫「つうか、ネタ切れ。いや、逆切れでしょ」
≪読者C≫「どういうことよ?」
≪読者B≫「いや、軽い語路合せ。深い意味はありまへん」
≪読者C≫「もう」
≪読者A≫「それより、これでもう次回の展開は見えたわな」
≪読者B≫「て、言うと?」
≪読者A≫「まず、主犯は亜美だとここで振っておくわけや」
≪読者C≫「ああ。今の菊田警部の発言ね」
≪読者A≫「それで、次の回に細い女の子の死体を登場させるわけ。小夜の死体とは別にな。そうすると、読者は亜美が主犯だと思っているから、そっちはダイヤを回収した細い女と判断するわけや。ああ、外見から違うと判断されてしまうと困るんで、顔は焼いておくのな。これ、常識」
≪読者B≫「ふん、ふん。まあ、当然だわのう」

≪読者A≫「じゃ――が、ここで、亜美は、薬局にDNA鑑定に足りるような遺留品を残してないわけだから。どっちの少女の死体でもかまわないわけや」
≪読者C≫「そこ、よくわからない」
≪読者A≫「うーーん。血の巡りが遅いのう。いいか。亜美は薬局に硝酸を撒いているじゃろうが」
≪読者C≫「うん」
≪読者A≫「あれは、自分の髪の毛とか血が落ちていても、それを溶かすためだったのや。自分の指紋は既に焼いてあるんだから、指紋を消す必要はないやろ」
≪読者C≫「はいはい。そう言っていたわね」
≪読者A≫「つまりDNAを特定させないためなんじゃ。今後、どこかで細い少女の死体が上がれば、最初は、それは宝石回収少女の死体だと思われる。その後、80キロもある少女の死体も出すのや。こっちも顔を焼いておいてな」
≪読者C≫「なるほど。すると、相打ちになって、死んだということにするの?」
≪読者A≫「最初はな。だ――が、すぐに主人公がカッコ良く現場に登場して、今のわてらの推理と同じ推理を展開して、実は、最初に死体として上がった細い少女は、亜美が劇痩せして細くなった結果であり、後から上がった死体は、宝石を回収した少女が劇太りした結果だと断定するんや」
≪読者B≫「なるほど。でも、どっちにしても、相打ちじゃん」

≪読者A≫「それが違うのや。問題は順番なんや」
≪読者C≫「順番?」
≪読者A≫「ああ。最初に上がった死体は、相手に殺されたんだから、当然、亜美の劇痩せした姿でも構わないが、後の死体は、殺してくれる人がいないわけだから、細い少女が劇太りした結果でなくても良い訳や」
≪読者B≫「つまり、どこぞで80キロある少女を拉致してきて、殺し、顔を焼いておいても良い訳や」
≪読者C≫「わかった。そこで例のDNAが残っていなかったって記述が生きてくる訳ね」
≪読者A≫「まあ、その場合のDNAは、最初の宝石回収の場面でって、ことになるわけだけどな。じゃ――が、いずれにしても、薬局にもDNAは落ちていないわけだから、亜美であるかどうかの断定もできないんにゃ」
≪読者C≫「すごい。最終的に、80キロある死体はどこぞで調達してきたもので、主犯は、劇太りした細い少女ってことになるの? で、劇太りした少女がまんまと逃げきるの?」
≪読者A≫「まあな。だが、そいつがまた誰かを殺して、その時のミスが手がかりになって、主役がかっこよく謎を解くんじゃ。だがよう。この方法でも後三回くらいを持たせるのがせいぜいだわなあ」
≪読者B≫「いいや。作者は13回まで持たせようと必死だと思うのう。つまりテレビのワンクールよ」
≪読者C≫「あこぎ。出版に行くかどうかも分からんのに。でも、後三回なら9回しかいかないじゃん。駄目じゃん。まあ、あたしはどっちでも良いけど」
≪読者A≫「ところが、13回にする秘策があるんよ。9回目で、最後に上がったデブ少女の死体がどこの誰かを判定するために、一から捜査をしなきゃいけないってことになるんや」
≪読者C≫「まあそうやな。そいつが赤の他人じゃ面白くないから、亜美や小夜とどこかで接点があった少女にするわけね」
≪読者A≫「そうや。そこで、四人が属していたサイトから推理しようと主人公が言い出すのや。四人とは小夜と亜美と三番目に殺された80キロある少女と真犯人。その中に真犯人がハンドルネームっつう名の陰に巧妙に隠れているんにゃ。で、三つのサイトには、膨大な数の書きこみがあるんにゃ。これを分析してゆけば、確実にあと四回はつなげるわな。それで、最後に、そのサイトの中から適当な人物を犯人にするのや。図星だよ。きっと。B級作家の考えそうなことだわな。じゃ――が、その膨大な書きこみの分析が退屈なんや。まあ新人賞に通らない奴の99%はこれや」

作者「おい」
≪読者A≫「あら、作者はん。そんな所にいたんかいな?」
作者。「いたわい。ちゃんと、ネットに直結しているパソコンに耳をつけて聞いていたわい。お前なあ、人が大事に組みたてたストーリーを勝手に先にくっちゃべるな。あと7回分。枚数にして二百枚以上が、たった数行に凝縮されてしまったじゃないか」
≪読者A≫「ふん。やっぱ、そうしようと考えていたんだ」
作者。「ぐ。まあ、それはコメントでけんわい。それより、膨大な書きこみをきちんと丁寧に書かんと、リアリティが出んのじゃ。われ」
≪読者A≫「おおこわ。それも、B級作家の得意なコメントじゃわ。リアリティを出すためという名の元に、どこかにある資料を丸写しにする」
作者。「ぐ。煩いわい。判ったわい。退屈なシーンは、『膨大な資料を調べた結果』と凝縮してしまい、お前さんが考えた以上のストーリー展開をしてやるわい」
≪読者A≫「無理無理」
作者。「煩い。それより、小夜の死体もまだ出してないんや。まずは、それからや」
≪読者A≫「別に、期待してないからのう。わてらは」
(続く)