『極道デカ』(略して『ごくデカ』)5回目

 今週の唐沢類人の仕事は、なしです。理由はテンパッテいるからです。
 今まで、10年間小説修行をしてきやしたが(大半は、三日で一冊推理小説を読んで四日目に梗概を書くの日々でしたが)、その際、文章教室の先生方の教えを守り、、必ず登場人物の過去を作ってから書き出したので、けっこう楽でした。それに、キャラも一貫しており、途中でコロコロ着替えたり趣味が変わったり、自分の呼び方が変わるなんてことはありませんでした。(一応、小説業界ではご法度ですし)
 ですが、今回は、いきなり何の用意もなく、ぶっつけ本番で書き出したので、シッチャカメッチャカで、はっきり言って、テンパッテおりやす。
 おまけに、『ごくせん』から思いついた口調、「テメエ、ヤロー。貴様ーー」調で書き始めてしまったら、今までの数倍もアクセスがあるようになり、この口調で変化を持たせ、アクセス数を維持するだけでも、けっこうなストレスでやんす。
 正直言いますと、粗筋は出来ていたので見くびっておりました。キャラ全とっかえは、もう別作品です。
 じゃが、ブログは怖い反面、幸せもありやす。それは、新人賞レースではねえんで、一かゼロではねえって点です。
 新人賞では、三千か四千通の中のたった一つだけが陽の目を見るんですが、ブログでは、3999番目でも読者に読んでもらえるでございます。
 ですから、今は、極道趣味の皆様方に読んで貰えたら幸せ、という気持ちで書いておりやす。
 アチキとしても唐獅子牡丹の世界に首までどっぷりと漬かっていられ、天国でやんす。
 ということで、今回はいよいよ畏れ多くも#背なで吠えてる、唐獅子牡丹〜#の世界でございます。
 
 追伸。二回目の最初の方でけっこう大きい間違いがあったので、訂正しておきやした。サイコメトリングしたシーンの中です。最初に宙を飛んだのは後妻の身体だったんで、スーツ姿、二番目のシーンで宙を飛んだのが和服姿のアチキでやんした。
 
 追伸その2。
 ここはネットで、営業目的ではねえんで、肖像権などには抵触はしないと思うんですが、『唐獅子牡丹』の場面を多く使って抵触してもいけません。ですので、最小限です。しかし、任侠映画ファンがネットで任侠作品に言及すれば再度のブームはくる気もします。いや、ファンが騒がなければブームはきません。
 で、悩んで、コロッケ方式、つまりそっくりさんでゆくことにしました。
 多くのファンが機会があるごとに健さんの映画を引き合いに出せば、どこかのお金持ちのIT企業の社長はんが、健さんブームだと勘違いして映画を撮ってくれるかもしれません。その日が来るまで、辛抱強く任侠路線を続けるでやんす。


『極道デカ』(略して『ごくデカ』)5回目
  前回までの粗筋。私(20才、唐獅子組の三代目姐。通称、唐マリ)は叔父貴(橘警視、35才)のご指名を受けて、広域犯罪捜査班(jfbi)で捜査をしている。今回の仕事は誘拐の捜査。
被害者は萱本小夜(17才で、『四葉宝飾』の娘)。身代金の運搬人は後妻の由香(37才)。脅迫状の内容は次――二億円分のダイヤの裸石を持ち、今日の午後八時に、伊勢市二見浦の海岸、夫婦岩の近くにあるクルーザーに乗れ。その後の指令は、クルーザーに乗ってから報せる。北に向かえ――。
午後の八時、後妻がクルーザーに乗った後、私は車のトランクから出て、遺留品を探そうとするが、細い少女と鉢合わせをする。相手の言い分は次――男が何かを持って北に逃走した。自分は後妻の由香に護衛を頼まれた者――。
  捕まえようとするが、いきなり、サイコメトリングの映像が落ちてくる(私は不完全なサイコメトラーで、いつサイコメトリングの映像が落ちてくるか分からない)。
 その映像は、後妻がダイナマイトで爆破されるものと、将来、自分が爆破されるシーンの二つ。数分間、映像に翻弄され、気がつくと、ぶつかった相手はいなくなっていた。
 その後、すぐにクルーザーの爆発が起こった。真のサイコメトリングだったのだ。そのことをミカリ(14才、天才プロファイラー)に告げると、衿のCCDカメラの映像から、ぶつかった少女の外見を特定してくれた。同時に犬並の嗅覚を持つ赤影(17才、忍者の里で育った)がかけつけ、少女がバニラの匂いを残して行ったこと、さらには、自転車で逃走したことを発見。
 午後十時。鳥羽署での捜査会議。 菊田警部から、小夜の誘拐の過程が発表される。菊田警部は、誘拐犯の告知したホームページが゛満月の絞殺魔"と同じサーバーだったのでJFBIを呼んだ。が、三重県警の大方の見方は、身代金の額が違いすぎるので、連続殺人とは無関係。被害者小夜の狂言誘拐ではないか?二億円のダイヤは重い鞄に移し換えられた後、床が開いてクルーザーの停泊地点に落ち、共犯に持ち去られていた。
 ゛満月の絞殺魔"の犯行は以下ーー過去二回、誘拐殺人がおこり、『満月ウサギ』と題されたホームページに犯行声明文が掲載されていた。サーバーはライブドア。どちらも、身代金運搬が満月(曇り)で、被害者は中学生か高校生で、誘拐後すぐに絞殺され、身代金は受け取らなかった。脅迫状ではテキスト形式のMSPゴシックの11フォントを使っていたので、MSPG11とも呼んでいた。私はこっそり捜査するつもりであったが、タカの弟を使って、叔父貴に鳥羽署まで連れ戻される。

/ 第三章・1
#義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界#
 後ろでタカが歌っておりやす。
 あっしは高倉健の『昭和残侠伝、死んで貰います』の中のお気に入りの台詞を暗礁しています。
「親分さんには何の恨みもございません。渡世の義理により、勝負していただきたいんです」
 どうも夢のようでございます。
 寝る前に見たビデオの影響で自分をあっしと呼んでおります。
 あっしらは深川の堀割の端を歩いていやした。
 タカが一層声をはりあげます。
「白刃(ドス)を陰(かく)して包丁一本。渡世忍んだ板前修業。鉄火芸者の意地が燃えまするーー」
#幼なじみの観音様にゃ、俺の心はお見通し#
「兄弟、死ぬ時は一緒だぜ」
#背なで吠えてる唐獅子牡丹#
 このクダリばかりはあっしが声を張り上げまする。
 その後はタカがもっと大声で叫びます。
「名匠マキノ雅弘監督が、男の侠気と激情を流麗雄渾に詩(うた)う」
 ここで二人の大見得。
「吠えろ。吠えろ唐獅子。いよーー。いよーー。健さーん。素敵ーー」
 健さんマニアのあっしらからすれば、『死んで貰います』の主題歌はちと違うのですが、この歌詞のほうが有名なので、どうしても、これになってしまいます。
 あっしらは、良い気持ちになって軽くドツキあいながら、お堀ばたを更に歩きやす。
 すると、目の前{ルビ=めえ}を粋な着流し姿の板さんが二人、あるいていました。
健さん
「池良の兄貴」
 あっしらは同時に叫びました。池良とは、ずっと健さんの相手役を勤めた池部良でございます。
「チャンスじゃ」
 この体は、直感が働くと、止める間もなく行動に移ってしまうんであります。
「健さーーん」
 叫びながら、思いきって後ろから飛びかかっていきやした。
 しかし、ずっしー―ん。
 あっしのすぐ前で二人の姿は消えてしまったのでございます。
「痛え――」
/
   2
「唐の字の。大丈夫かい?」
 そこで目が醒めやした。鳥羽署にある会議室兼のデカ部屋でした。
 大きい机の向こうにゃあ、お涼姐さんと、コードネーム・サソリ701および、サソリ軍団がおりやした。
 サソリ701は梶芽衣子に似た女デカでボンデージ・スーツの良く似合う警部補です。 
 因みにあっしは、タカに置いていかせた、寅さんの衣装です。
 柄のダボシャツ、駱駝色の腹巻、チェックのだぶだぶのスーツに茶色のソフト、足元は雪駄で決まりでありんす。

 十月二十一日になっておりました。午前中から雨もようの荒天の日でした。
 雨の中で、大幅に捜査員を増やして海中捜査が再開されました。
 午前中には、母親の爆死死体が、ほぼ全部引き上げられました。
 小夜のマンションが鳥羽にあるので、鳥羽署に捜査本部がありまする。
 捜査本部には、海上保安庁三重県警の鑑識などから次々と新しい情報が集まっておりました。
 情報は一同に集められ、何台ものパソコンで整理され、プリンターからは大量の紙が吐き出されています。
 捜査本部はラッシュ時の駅のような状態でござんした。
 爆弾については、遺留品を調べた結果、グアムで売られた可能性が高まりました。
 時限爆弾に使用されていた時計が、グアム限定販売だったからであります。
 ダイヤ回収をした共犯に関しましては、三重県警の捜査員が、学校などを回って重点的に訊きこみをしていますが、成果は得られてないでやんす。
 三重県警は、訊き込みの範囲を、伊勢や鳥羽だけでなく、松坂市方面にも広げる方針であると発表しておりました。
 
 ところで、あっしは期待に胸を膨らませておりやした。
 というのは、捜査にお涼姐さんが協力してくれることになったんでございます。
 今は、お涼姐さんや、コードネーム・サソリ701と机を囲んで捜査会議を開いている最中でございます。
「最近は何でもネットじゃから、今回の主犯もネットで知り合った人間に金を払い、ダイヤの回収を頼んだと思われるのう」
 お涼姐さんが、コツコツと細い指で机を叩きます。
「はい。あのダイヤを共犯から自分の手に回収する時もネットで指示した場所に送らせるんではないでしょうか」
 隣のサソリ701がツバ広の帽子をグレタ・ガルボのように深く引き下ろして、答えます。
「きっと鳥羽から離れた所に住んでおるか、アパートでも借りておるんじゃろう。主犯は共犯には自分の姿を見せてない可能性もあるのう。宝石回収の場面では声だけで指示していたんだろうし」
 パソコン画面の地図を見ながら、お涼姐さんが相槌を打ちます。
 あっしらの前には幾つものパソコンが並び、どれもがインターネットに繋がっております。

 そこで、ミカリが手を上げ申した。
「確かに、それなら主犯の顔は不明だし、主犯としては、共犯が逮捕されても、痛くも痒くもないわ。でも」
 思わせぶりに言葉を切ったミカリは、気取ってワン・ターンなんぞして話しつづけまする。
「共犯とて、テレビくらいは見るでしょうから、自分が誘拐の手先にされたと気がつけば気が変わらないはずはないわ。となると、ダイヤの送り先の住所を警察に通報しないという保証はありません」
 そこで、サソリ軍団の一人が大きく呟きました。
「そうなると、さっさと共犯を始末しないと主犯も危険になる。ということは、共犯の身も危険だ。早い所主犯の尻尾をつかまえないと」

   3

 あっしとミカリは会話を一時中止して、ネット検索に入りやした。
 捜査本部でも、サイト専門に捜査をしている刑事はおりますが、『満月ウサギ』関連のサイトは、数万はありました。
 爆破後は新聞でも報道がなされ、模倣サイトは十万の単位にまで達しようとしておりました。
 模倣サイトが多すぎて、具体的に犯人に結びつくサイトを探す作業は一向に進まないのでございます。
 犯人であると主張する書き込みから、誘拐現場を見たと主張するサイトまで無数のサイトがあったからでありまする。
 こういう思わせぶりなサイトにはアクセス数も多く、一つのサイトだけでも有に数百ページに渡る量がありやした。
 お涼姐さんとサソリ軍団は、自分の仕事に戻っていきやした。
 あっしとミカリは二時間ほど地道な仕事に邁進いたしました。
 ついに網膜に無数の星が降り始めたので、一休みしようと考えました。
 その頃です。捜査に劇的な進展がありました。
 犯行声明と思われる書き込みがなされたのであります。

 午後の三時頃、自分の仕事に戻っていたサソリ701が興奮して戻って来て囁きました。
「犯行声明だと思われる文を発見したの」
 あっしとミカリの前で、サソリ701はあるブログのページにアクセスしやした。
 そのページはすでに取り消されておりましたが、キャッシュで探し、マシンガンのように喋りながら、発見した経緯を述べました。
「仕事に向かう途中で検索したら見つかったの。まず、一回だけのアップですぐに取り消されてしまうだろうと考えたから、アクセス数は少ないと読んで、検索結果の中でも一番最後の方から読みはじめたの。で、私は、ブログに目をつけたのね。そしたらあったの。『満月ウサギ』と題されたページが。これよ」
 サソリが開いたページには〝狼男〟と署名された書き込みがありました。
 サーバーは楽天の『はてな』でありました。
「最初は模倣かと思って、期待しないで読んだんだけど、途中から本物の犯行声明だと思ったわ」
 あっしらはいつもの癖で、まず狼の絵文字に目をやりました。絵文字顔は写真でアップされておりました。
 次に、問題の書き込みを読みました。次のように出ておりやした。

『ブログでは絵文字は壊れるのでホームページ・ビルダーで作成したアスキーをデジカメでパソコンに取りこんで、アップした。それから、ご忠告申し上げる。由香夫人の死体は本人であるかどうか調べたほうが良い』
 絵文字は、前のホームページ同様に、黒系統の壁紙の上にオフ・ホワイトの文字色で描かれており、顔のバランスから言って、間違いなく、MSPG11でございました。
「本星に間違いないわ」
「『はてな』に変更したのは、考えれば当然でありますね。告知した所にアップしたんでは、足がつくに決まってますから」
 これが犯行声明であるのは、一目瞭然でありました。
 他のサイトは、『私がやった』としか書いてございません。単なる模倣であり、それ以上でもそれ以下でもないです。
 ところが、このページでは、警察に対して陽動作戦に出ている。
 それに、〝由香夫人〟と具体的な固有名詞まで出している。
 これは犯人以外では、知り得ない情報であります。
 ミカリも、顔色一つ変えずに断言しました。
「あの死体は由香夫人に間違いないわ。DNAも一致している。これは明らかに犯人の陽動作戦ね。それから、私も新しい情報を得たわ」
 冷たく言い、自分のパソコンの画面を示しました。

「クルーザーの爆破現場からの映像よ。小夜の父・萱本三郎が重要な証言をしている。これは小夜の共犯説を裏付けるものだわ」
 あっしは画面を覗きこみました。
 画面には、爆破現場からの映像が動画で送られてきておりやした。
 浜辺では沢山の捜査員が歩き回り、砂の上には証拠品が並べられていました。証拠写真を撮った後に、鑑識に回されるのでありまする。
 現場撮影をしているのは赤影と持田警部補のようで、小夜の父親が映っておりました。
 父親は、喘息気味で体の弱そうな老人でした。妻の死体を見、死にそうに落ち込んでいました。
 砂浜に座り込み、放心状態で訥々(とつとつ)と喋っていました。
 服はざっくりとしたフィッシャーマン・セーターです。昨晩から着替えてないのか、セーターの下のYシャツは垢じみていて、髪もぼさぼさでした。
「このクルーザーは、昔うちで所有していたクルーザーに似ています。十年も前に友人にゆずったのだが」
 次にはダイヤを入れた皮の鞄を指しました。
「このグッチのドクターズ・バッグは、二十年前に私が買い、クルーザーに起きっぱなしにしていた品だと思うのですが」
 それを聞いたあっしは、思わず立ち上がって、叫びました。
「ミカリ、これって」
「そうなの。あのクルーザーと皮の鞄は、昔は、萱本家の物だったの」
「ということは、小夜がクルーザーを譲った友達から調達したの?いや、こっそり合鍵を作って使ったのかもね。鞄もそのまま中に置かれていた、としたら」
「その通り」

    4

「だとすると、小夜は共犯?ならば、主犯とはどこで知り合ったんじゃろ?」
「ネット以外に考えられないわ。それも狼男をプロファイルするような、推理好きの人間の見るサイト」
「それは単純すぎねえかい? 推理好きのサイトと言ってもすっげえ数でやんすよ。砂漠の中で砂の一粒を見つけるようなもんだぜ」
「そりゃあ、仕事以外ではマンガやアスキーのサイトしか見ないような、脳みその軽い唐マリには、犯罪のサイトは遠い世界でしょうが」
「おい。喧嘩を売る気かよ」
 あっしは思わず拳をふりあげかけました。
 じゃが、すかさず力強い手に掴まれました。
 降りけえるとお涼姐さんでした。サソリ701の後ろから戻ってきたのです。
 姐さんは二人の中に割り、あっしの肩を抱いておっしゃりました。
「まあまあ。われは顔がべっぴんなさかい、両方はありえまへんて。神はニ物を与えずと言ってな。人間、頭脳か顔、どっちかや」
 さすがお涼姐さん。
 姐さんの眼にねめつけられて、生意気ミカリが言いなおしました。
「訂正しますわ。二人の共通項は、犯罪関係のサイト。だから、同じサイトに参加していた可能性も高いんですわ」
「さよか」
 姐さんの合槌の後からわてもギッシリと睨んでやった。
 最初からそう言えば良いんじゃ、の気持ちを眼に込めて。
「一応、ブログのメルアドはネット検索をしてもらうように専門部署に頼んでおきますね。今回も複数のプロバイダー経由で追跡は無理かとは思いますが」

 ミカリは、浜で捜査の指揮を取っている橘警視に携帯を入れました。
 父親に立ち会ってもらい、小夜の部屋の捜索をするためでありまする。
 こちらで得た情報を伝えると、警視は「菊田警部などが萱本家に向かっている」と教えてくれました。
 あっしらは所轄に負けまいと、サイトチェックを後回しにし、萱本家に直行しやした。
 お涼姐さんとサソリはまた自分の仕事に戻ってゆきやした。

 伊勢神宮は内宮と外宮を一緒にした総称であり、広大な敷地にはうっそうとした杉が茂っています。
 JR参宮線伊勢市駅の南に広がる外宮の近くには蔵の野町・御薗村があり、外宮からバスで十五分程度南に位置する内宮の傍には、おかげ横丁があります。
 近鉄山田線斎宮駅の傍には、斎宮歴史博物館や、いつきのみや歴史体験館がありまする。
 私たちが伊勢神宮・内宮傍の萱本家に到着したのは、三重県警の車と、ほぼ同時でした。
 警察車両から降りると、先に到着していたパトカーから、赤影と菊田警部と持田警部補と父親が下りたところでした。さすがに尿臭い服は着替えておりまする。
 あっしらは早速、小夜の部屋に向かいました。
 萱本家はイオニア形式の柱と外回廊を有する白亜の豪邸で、小夜の部屋は、東側に伸びた離れでした。
 六畳のダイニング・キッチンと六畳の書斎と、六畳の寝室と、トイレ・バスを占有しておりやした。
 この家のどこに不満があって家出したんじゃい? と疑いを通り越して怒りを覚えやす。
 父親は、昨晩からの緊張とショックに、目の焦点も合っていない顔つきでした。
 菊田警部は目で合図し、父親を別の部屋に連れ出してゆきました。

 二人がいなくなった後、赤影がこっそり伝えてくれました。
「クルーザーを買った友達の名前は聞いた。海外に行っていてまだ連絡が取れない。父親は仕事ばかりでクルーザーには興味はなかった。使っていたのは前の妻。底の改装は、レジャー・ボートの専門工場に依頼しただろうから修理工場の名前を聞いたが、知らないそうだ。先妻が死んで使わなくなったんで友達に譲ったんだ。由香夫人は時々クルーザーを借りていたらしい」
 赤影の声を聞きながら、小夜の部屋に入りました。
 離れは、スペイン風の家具やソファー、ダイニング・キッチン、フランス風の窓、テラスなどで構成されてます。
 重厚な机の上には、ガレの照明があり、ウオーク・イン・クローゼットやステンド・グラスで仕切られた洗面所などもありました。高級ホテル並の内装です。
 書斎に入ると、こちらも重厚な家具が並び、シックな造りの本棚が目に入りました。
 かなりの量の本があります。漫画、推理小説などを読み漁っていたようでありまする。
 爆弾に関する本もありました。

    5

「さてと、ダイナマイトについて考察しましょう」
 あっしは迷わずに本棚の『爆弾の作り方』を手に取りました。中は赤線で一杯でした。
 ミカリはパソコンを探していました。パソコンにメールの履歴などが残っていれば捜査が進展するからです。
 が、いくら探してもこの部屋にはパソコンはなかったです。
 爆弾の件だけでも先に処理してしまおうと思っあっしは、椅子に腰を下ろしました。
 赤影と持田が沈痛な面持ちで頷きました。
 ミカリも机に戻り、ドスンと腰を下ろしました。
「この本で小夜は爆弾の勉強をしていたようです。クルーザーは昔小夜の家にあったもので、調達可能でした。すると、クルーザーの爆破も小夜が計画したと考えられまする」
「そうなると、小夜は主犯ってことになるのか? でも、母親は殺されてしまったんだぜ。確かに仲は悪かったらしい。家出をしてマンションに住んでいたんだからな。だけど、普通、そこまでするか? 年商二億の会社を五年で十倍にまで成長させてくれた母親だぜ。言い換えれば、自分の受け取れる財産を十倍にまで増やしてくれたんだ。いや、この先ちょっとガミガミを我慢すれば、数十倍にまで成長させてくれる母親だぜ。俺だったら、断然、我慢するね」
 手を振り上げた赤影を制してミカリが口を開きました。
「赤影の言いたいことはわかります。確かに小夜を主犯とするには無理があります。義理の母親とは仲が悪くても、家を出てしまったので、不満は蓄積しなかったとも考えられます」
 ミカリは立ち上がり、腕を組んで歩きながら演説を始めました。

「では、ここで無理のない推論を導き出してみましょう。私は、小夜は共犯だと思うのです。ダイヤ回収の少女とは別の共犯です。ですから、後妻の爆死は小夜も予想していなかったと思います。爆破の時間が問題ですね」
 黙って頷きながら聞いていた持田が、ここで手を上げた。
「つまり後妻の爆死は〝狼男〟の独断決行だったということだな。その推理は賛成できるな」
「はい。順を追って説明します。小夜は、ネットで〝狼男〟と知り合ったと思うのです」
 ミカリは立ち上がり、悦に入って演説を始めました。
「小夜は前から様々なサイトにアクセスし、後妻との確執や悩み相談などをしていたんだと思いまです。一方、〝狼男〟は次のターゲットを探していた。そして、小夜の相談に乗るふりをして親しくなり、面白いことをしようと持ちかけ、こんどの誘拐劇が決まった。母親を脅そうと思っていた小夜は、゛狼"だとは知らずに爆破計画をもちかけた。で、主犯はこれ幸いとOKし。小夜は゛狼"を信じ、狂言誘拐の話を決め、計画を実行に移したと」

 あっしもコメントを挟みます。
「小夜は相談相手を゛狼男"とは別人だと信じ、爆破装置を提供し、クルーザーの爆破は、母親が降りた直後にすると決めたはずです。そうすれば、後妻を死ぬほど怖がらせることはできますし。小夜がそれを提案し、主犯も表面上は同意しておった。しかし、主犯は身代金を受け取らずに殺人だけを犯すような人間でございます。小夜には言わずに爆破の時間を変更して運搬人を殺した。完全に病的な殺人鬼だと考えざるをえませんな」
「なるほど」
 全員がミカリとあっしの推理に頷きまする。
「だが、゛狼男"を主犯とするもっと強い根拠があればなあ」
 持田の声にミカリが答えました。
「それですが、さっき〝狼男〟の犯行声明を発見しました。これで、間違いなく主犯は〝狼男〟だと断定できます」
 赤影が咳き込んで聞きかえしました。

「待ってくれ。〝狼男〟が犯行声明を出したのか?」
 あっしは頷き、ミカリは自分の小型パソコンのスイッチをいれました。
 そこには、さっきのページがダウンロードされていました。
「さすが、仕事が速いっちゅうか。だが、俺たちに一番に教えて欲しいよな」
 持田が非難の目つきで見返します。ミカリは冷たく言い返しました。
「犯行文については、ネット検索の必要があるので、県警の専門部署には報せ、全員に流してもらいました。警視にも伝えました。パソコンを見ない二人が悪いの」
 あっしらの連絡ミスなんですが、ミカリは眉も動かさないです。
 あっしも、二人を出しぬいたことで、かなり良い気分でやんした。
 本当はこのまま独断先行で解決し、さっさと唐獅子組に帰りたいのですが、そこは叔父貴の目もあるので、我慢でやんす。
「まあ良いよ。それより、これで〝狼男〟が主犯であるのは確実だな」
 赤影は慣れているので、軽く手を振って先に進ませました。
「なかなか面白い見解だが、もう少し具体的に教えてくれるかな」
 あっしらの後ろで低い声がしました。振り向くと、菊田警部が立っておりました。

    6
 
 あっしらは警部にも今日一日で得た情報を伝えやした。
〝狼男〟が陽動作戦と思われる書き込みをしたこと。
 専門部署で追跡調査をしてもらっていることなどでありまする。
「〝狼男〟のプロファイルからいって、簡単に判明するようなヘマはしないでしょう」とも付け加えやした。
 訊き終わった菊田警部は、理解不足の顔で、「大体こういう流れだな」とまとめました。
「今回の狂言誘拐は両方が歩み寄って話が纏まった。被害者が宝石会社の娘だったので、身代金の額も桁違いに大きくなった。身代金もダイヤになった。それに運搬の手段として、クルーザーも使うことになった。それから」
 もう一度頭をめぐらし、整理して訥々とまとめます。
「メル・アドは自由に変更できるから、小夜のパソコンにメールが残っていても、相手の本名や住所を追跡することは不可能だ。よってネットの回線から〝狼男〟を炙りだそうとしても無理だ。だが、サイトで交わされた会話には多くのヒントがある。サイトの中の会話を調べるのが一番だ。それなら、マンションに行くのが最良だ。パソコンに履歴が残っているだろうから。では行こうじゃないか」
 菊田警部は立ち上がりかけましたが、ミカリが制しました。
「はい。でも、履歴はなくても、今までの資料で推測だけはできます。今できる事をしてしまいましょう。マンションのパソコンを調べても、〝狼男〟が証拠を残しているとは思えませんから」
 ミカリは舞台のヒロインのように堂々と立ち上がりました。
「確かに小夜の参加していたサイトの中に犯人が潜んでいた可能性は大です。でもその前に」
 言いきったミカリは、何かを思いついたように自分のパソコンに向かいました。
 そして、自分に気合を入れ、唾を飲み込み、おもむろにホームページ・ビルダー装着のパソコンでFTPツールのキーをクリックし、『JFBI』 のページにアクセスしたんでございます。
「こういう手があるのを忘れていました。こちらから語りかける手です。相手が画策をしていますから、こちらも挑戦をしてみましょう」
 ミカリは次のように書き込みました。
『〝狼男〟さん。あなたは我々の網にかかりつつある。もう逃げられない』

    7

 あっしらが、顔を見合わせておりやすと、玄関から受付嬢の呼び出しがありました。
「唐マリさんと言う人に面会人です」
 まっしぐらに受付に走りますと、ケータイを渡されました。お涼姐さんのケータイでした。
 メール画面には次のようにしたためられておりました。
『竜二とタカが金腹組に拉致された。わては側にいて助っ人に入ったが、金腹組にはデビルマンのように強い助っ人がいて歯が立たない。応援を頼む』
「誰がこのケータイを?」
「ええ、いなせな板さん。健さん似の男で、名前はヒデジローさんとおっしゃる方」
 大慌てで玄関を出て駐車場に行きますと、確かに着流し姿で高倉健に似たいなせな板さんがおりやした。
「旅の者で、金腹組に一宿一飯の恩義のある者です。唐獅子組の姐さんをお迎えにきました」
 あっしは、無言で板さんの運転する4WDに乗りこみやした。
 板さんは、簡単に今までの経緯を教えてくれました。
 自分は渡世の身で、ジューキチという義兄弟をさがしている。
 たまたま、金腹組に泊めてもらっている時に、竜二が駆けこんできた。
「何でも頭に来たから県警の奴らに復讐をしてやると叫んでいたようでございます。そこへ唐獅子組のタカさんと名乗る御仁が駆けこんできたんであります」
 ――タカのヤロウ。まだ帰らなかったんじゃ。

「で、竜二を返せと叫んでいたんですが、逆に金腹組の舎弟にとっつかまっちまいやして」
「あの馬鹿が……」
「ですが、今度は、葉牡丹組の姐さんが駆け込んできまして」
「お涼姐さんが」
「はい。サソリ軍団が手入れで抜けられないとかで、お一人でございました。姐さんは派手な出入りをなさって、何とかご兄弟を救い出したんですが、そこへべらぼーに強い助っ人が現れたとの情報がありました。それは、あっしの探していた義兄弟のようでした。あっしは手助けを申しだしたんですが、断られ、唐獅子組の姐さんを迎えに行く仕事を言いつけられまして」
 健さん似の板さんは、言いにくそうに言葉を濁しました。
 ――何かを隠しておられる?
 あっしはピンときました。
 本当は、金腹組に、一宿一飯の恩義で、あっしの始末をつけるように命じられたのだと。
「わかりやした。で、ヒデジローさんは、どこかであっしを始末なさるおつもりなんですね?」

 真正面から眼を覗きこんでやりますと、板さんは、ゆっくりと4WDを止めなさりました。
「お言葉を返すようでございますが、あっしは、今日は唐獅子組の姐さんは見てはおりません。県警に行ったらすでにお帰りになった後でした。ですので、このままどこぞへお逃げ下さい。あっしが手ぶらで帰り、いなかったと報告すれば、当然激しい出入りとなるでしょうが、その時は、あっしがご舎弟のタカさんと竜二さんを救い出します」
 低い声でそう告げると、厳しいまなざしで、遠くを見つめなさりました。
 ――なんか、『緋牡丹博徒花札勝負』のシーンに似ているような。
 藤純子主演の渡世物で、通称、緋牡丹お竜が活躍する映画です。
 この作品の中では、花岡ショーゴ役の健さんがお竜姐さんに似た台詞を吐くのでございます。
 それはとも角。
 あっしは感動しておりました。健さんの遺伝子は変わっちゃあいねえ。

    8 

 しかし、口は心とは逆の言葉を吐いておりやした。
「お気持ちはありがたいんでございますが、それでは、あっしの顔が立ちません。あっしは痩せても枯れても唐獅子組の代紋。竜二はタカの弟で舎弟ではございませんが、舎弟の弟は舎弟も同然。竜二は、自分が暴走し、頼まれ仕事を完遂できなかったのを逆恨みしておるんでございます。しかし、舎弟の不始末は親分の責任。この責任はあっしがきっちり取らせていただきやすので、旅のお方は、どうぞ、どこぞで高みの見物と洒落こんで下せえ。あっしの命を見逃してくださっただけでも、充分過ぎる恩義でございます」
 あっしはそれだけ告げると、4WDからおりました。
 後ろでは、ヒデジローさんが低く呟いております。
「姐さん。あんさんも馬鹿でございますね。まあ、あっしもそれに負けねえほどの馬鹿でござんすが」
 
 港の倉庫街の端でございました。ヒデジローさんは、黙ってあっしの後から降りてきやす。
 流血の惨事があったことは一目瞭然でした。
 倉庫の外には黒ずくめのスーツ姿の死体があり、そばには、拳銃を握ったままの手首が落ちていました。
 倉庫の中から吹き飛ばされてきたようで、手首の血管は青黒く浮きたっておりました。
 背筋が凍るほどの不安が、梅雨時のカタツムリのように背骨を駆けあがりました。
 壁に血の跡をのこす倉庫の脇で、生白い手首を持ちあげました。
 破砕された断面からは、赤や青の管が飛びだしており、ミンチ状の大小の肉魁が周囲に点描画をえがいていました。
 出入りはかなり前にあったと思われまする。
 鼻を押さえて異臭に耐えながら、倉庫の扉にかくれ、血臭が残る倉庫内を見まわしました。
 天井の蛍光灯はほとんどが割られ、薄暗い非常灯が一つだけ奥にともり、床には、大量の血が流れていました。
 中にはコーヒー豆の袋――薫香を漂わせる荒いジュート素材の袋――が積まれたセクションと、木箱のセクションがありました。
 電動台車も通行可能な通路にも数人の死体があり、血と油で鈍くひかるライフル銃などが散乱していました。
 倉庫内を走査したところでは、生きている人間の臭いは感じとれなかったです。
 4WDの中から低く唸るような音がしました。ダッシュボードに置いたままのケータイがマナーモードで存在を主張してやした。
 4WDに戻り、ケータイをオンにしました。
 サソリからメールが届いていました。
『姐さんからの無線あり。戦闘場所は一番奥の倉庫街。金腹組の舎弟は全員、始末した。自分は助っ人にやられた。助っ人は黒ずくめの男。強敵。羽がある』
 ――まさか。
『応援を待っている』
 メールはそこで終わっていました。
 あっしはケータイを切り、健さん似の板さんと一緒に、車で一番奥の倉庫街に向かいやした。

   9

 一番奥の倉庫街に到着したあっしらは、入口で車からおりました。
 これ以上エンジンをかけて侵入するのは危険です。
 痛いほどの静寂が支配する中、あっしは目の前の倉庫から調査を始め、歩き始めた所で何かに躓きました。
 黒の法被{ルビ=はっぴ}の死体でした。金腹組の舎弟でしょう。
 
 ――戦闘からかなり時間が経っている。なぜ銃撃の音がしない?
 助っ人はきっとどこかに潜んでいるはずです。
 神経を研ぎすましたあっしが、用心深く目をあげた時でした。
 闇を引き裂いて、重い銃弾が飛来してきました。
 ズガガガ。
 ガキの頃からの習性で、銃撃に対しては、瞬時に身体が反応しやす。
 瞬間的に後ろに飛びのき、4WDを楯にして銃弾をよけようとしました。
 しかし、数瞬早く、あっしと敵の間に青い影が奔ったのでございます。
 ガシ!
「痛!」
 あっしは胸に激痛を覚えて倒れました。
 ヒデさんの払った白羽の峰打ちに遭い、瞬時に床に倒れたのでした。
「何するんで?」
 怒鳴りそうになり、逃げていたならやられていたと悟りました。
 健さん似の板さんは、運転席のドアに手をかけて、車体ごと回転させました。
 人間並の力ではございません。サイボーグ並に筋力を増強させた、ハイパー板さんになっておりました。
 グギギギと鈍い音をたてて、車軸に取りつけられた車輪が抵抗をしめしつつ横に回転しました。
 ズガガガ。
 一しきりマシンガンが射ち尽くされると、屋上の影がきえ、数秒後にはどこかで車が急発進する音がしました。
 あっしは、精神集中をし、ほとんど光のない中で相手の車を探しやした。
 
 すると、角を曲がって忽然と黒いワゴンが現れ、猛スピードであっしらの4WDをめがけて突っこんできました。
 黒覆面に黒いケプラー繊維のスーツ。フランス外人部隊の正装でした。
 四角く切り取られた双眸の部分が、池良兄貴に似ています。
 頭の後ろには、洗脳チップを装着されているようで、目は無表情です。
 これが、ヒデさんの言っていた、義兄弟・ジューキチさんなのでしょうか?
 こちらもサイボーグ並の強さです。遺伝子操作されたハイパー戦闘員という感じです。
 うっすらと目を細めた男は、まっすぐに車を疾駆させ、4WDに突っこんできました。
 あっしは座席の下にあったウージーを取だして掃射いたしやした。
 銃弾は片方のタイヤをぶちぬきました。車体が傾きやした。
 洗脳されたハイパー戦闘員は、ハンドルをとられ、車は迷走を始めました。
 そのまま、車は猛スピードで壁に突っ込んでいきやした。
 ズガンと爆発音がたち、車が大破しました。
 
 ――自滅だ。
 心底からそう思いました。
 しかし、敵は何事もなかった顔で、ひんまがったドアを蹴破り、運転席から飛び出してきました。
 燃えさかる炎をバックに、車から脱出したのでございます。
 あっしのマシンガンのストックはつきていました。
 ウージーを放りなげ、走って近くの倉庫に飛びこみました。
 倉庫の屋上からタカの叫び声が聞こえたからです。
 あっしとヒデさんは、四段ぬかしで赤錆の浮く狭い階段をかけあがりました。
 三階には大量の旧式テレビの箱がありましたので、階段の踊り場に落としました。
 数十箱を落とし、また三階分の階段を四段抜かしでかけあがりました。
 
 かすかに荒い息をしながら屋上に到着すると、敗残兵と化したタカが横たわっていました。
 横にはお涼姐さんも傷ついて横たわっていました。
 急いでかけよってみると、タカは、体中から血を流して重症を負っていました。
「タカ」
 思わず馬鹿な舎弟の肩を抱きしめまする。もう死人のように冷たかったです。
「すぐに片をつけて、病院に運び込んでやるから、安心しな」
 本当は怖いんですが、空元気の声を出すと、横にいたお涼姐さんが目玉だけ動かしました。
「見た目ほど重症じゃおまへん。敵の目を欺くために死んだふりをしておるだけじゃ。それに、わてはお主になんぞに、助けられるほど落ちぶれてはおらぬわ。金腹組の舎弟の始末なんぞ、わて一人で充分だったわい。だが、想定外の敵が現れたんじゃ。ほんまにデビルマンみたいに強かったんじゃ。想定外だったから遅れを取っただけじゃ」
 まだやせ我慢をしておりまする。
「そうですかい。じゃあ、勝手になさっておくんなさい」

   10

 互いの空元気で勇気つけられ、にやりと視線をかわした時、側のビルの屋上からヒュンと音がして、銃弾が飛来しました。
「逃げろ」
 後ろにいたヒデジローさんが、物凄い腕力であっしを突きとばし、自分も反対側に跳躍しました。
 ズゴ。ズゴ。
 重い音を蹴たてて、大口径の9ミリパラペリウム弾が屋上家屋の壁にめり込みました。
 ものすごいエネルギーです。
 銃弾は数センチはある壁を突き破って向こうに突き抜けました。小さく開いた穴から、船の灯りが見えました。
「フフン」
 男が不気味な声を上げて銃口をこちらにむけ、ゆっくりと設定を変え、一呼吸置いてマシンガンを掃射しました。
 セミオートからオートマチックに変わりました。
 電動モーターそっくりの音を立てて、マシンガンが銃弾を吐き出していました。
 敵はあっしだけを狙って銃撃していました。金腹組の代紋から、そのように命令されているようです。
 まわりの空気を切りさいて、弾丸が飛び、コンクリートの床に突きささり、空薬莢が炸裂花火のカケラさながらに霧の中に舞いあがり、嬉しそうな音をたてて床に落ちまする。
 戦闘モードに体をリロードさせたあっしは、最初の数発だけは持ち前の瞬発力で避けました。
 しかし、それ以上は避けきれなかったです。
 ――かなり弾を消費している。残るは数発だ。
 そう思った時に隙が生まれました。一発がまともに腹をめがけて飛来してきました。

 されど、ヒデさんが、咄嗟にその銃弾を妨害してくれやした。
 床に落ちている拳銃を見つけ、素晴らしい瞬発力で取って放ったのでありまする。
 ギシュ。
 大口径の銃弾は、銀色の拳銃の銃身にめりこみやした。
 だが、銃弾にこめられたエネルギーは、とうてい四散できないほど、膨大でした。
 銃弾を割り込ませたままの拳銃は、あっしの躯を直撃し、あっしの身体は拳銃を腹にめり込ませ、数メートル後ろに飛んで屋上の建物にぶちあたったのでございます。
 一瞬、ホワイトアウトした頭に、六尺玉花火の暴発も同然の火花が飛びました。
 メキメキと肋骨のうしろ側にヒビがはいり、屋上家屋にも縦横無尽にヒビがはいりました。
 裂けた皮膚からかすかに血の吹きだす音を聞きつつ、ずるずると床に落ちていきました。
 数秒にして脱力した手脚に、大小様々なサイズの瓦礫が落ちる感触を味わいながら。
 不幸中の幸いは、敵のマガジンがほぼ空になっていた点でありまする。

 敵はキエイと言葉を発し、四つ脚獣にも勝る飛躍力で、跳躍しました。
 ハイパー戦闘員がビルを飛び越えて躍りかかってきたのでありまする。
「ジューさん。目覚めろ――」
 ヒデさんが叫びました。
 しかし、相手は洗脳チップを装着されておりました。
 助っ人は唇の端だけ捲りあげました。
 ポケットに手をやると、光る凶器を出をし、目にもとまらぬ速さで投擲しました。
 回転手裏剣でした。
 迎合するかのように健さん似のハイパー板さんの白刃が空を切りました。
 数瞬後、空中で、ガギッと鋭い火花が散ったのでございます。
 白刃と回転手裏剣が空中で相まみえたのです。

   11

 カツンと冷たい音を立てて、手裏剣が、床におちて跳ねました。
 その時には相手はすでに次なるマシンガンを握り締め、腰だめにして掃射を開始しておりました。
 コンマ数秒後。
 あっしと敵の間に青い影が奔りやした。
 ヒデさんが、再度自分の身を割りこませたのでございます。
 ガシ!
「痛!」
 あっしは胸に激痛を覚えて倒れました。
「ヒデさん。あんたってお人は……」
 またしても峰打ちでした。
 払う白羽で銃弾をはじき、返す刀で、あっしに峰打ちをくらわせたのでございます。
 この先は、自分で始末をつけるとの決意表明でありました。

 敵の目が無気味に光り、足どりも軽く、つかつかと屋上を進みました。
 自分より強い敵を発見し、無上の喜び感じたようでございます。
 敵は、ヒデさんに向かってマシンガンを乱射しはじめました。
 ヒデさんは、最初こそ白刃で銃弾を避けておりましたが、すぐにビルの脇に追い詰められました。
「死ねーー」
 ひときわ大きい声を張り上げて、ハイパー戦闘員が、手裏剣を横薙ぎに投げました。
 
 ヒデさんは、ビルの端で足を撓めました。
 そして、ビルから飛び降りたのでございます。
「ヒデさん……」
 驚愕の視線の中、着流し姿の躯が、空中に舞いました。
 波の頂上に打ちあげられたサーファーも同然でした。
 同時に、黒ずくめのハイパー戦闘員も鋭い声を発し、宙に飛び上がりました。
 背中にはデビルマンみたいな羽が広がっていました。
 あっしは、無意識に起きあがり、ビルの端まで走りました。
 地上付近では、ヒデさんが空中を舞っておりました。
 最初はまっすぐ地上に墜落したかに見えましたが、陽動作戦だったようです。
 敵が着地するコンマ数秒前に地上で受身を取り、大きくバウンドして、ビルの壁面を雪駄で走りぬけました。
 マトリックスのネオ兄貴みたいでした。
 凶暴な目の男は、羽をはばたかせてゆっくりと着地しました。

 男はまた回転手裏剣を取りだし、間髪おかずに投げました。
 シュルシュル音を立てて、手裏剣は、ヒデさんの顔のすぐ脇に迫りました。
 が、ヒデさんは、鮮やかにドスを構えなおすと、それを弾き返しました。
 カツン。
 鋭い音を立てて、回転凶器の走る方向が変わりました。
 急激に別方向のエネルギーを与えられ、戦闘員に向かって空を切ってゆきました。
 男の片方の手が伸び、回転凶器をつかみ取ろうとしました。
 ガギ。
 瞬間的に指が伸び、回転凶器の動きが止まりました。
 が、その間隙をヒデさんは見逃しませんでした。
 動きが止まった瞬間を見定め、ドスを振りかざして突っ込んでゆきました。
 一刹那の動きでした。
 ハイパー戦闘員の腹をめがけて、まっすぐ白刃が突きささってゆきました。

「グエ」
 ハイパー戦闘員は、蛙の潰れたような声を出して赤い血を跳び散らしました。
 ――峰打ちや。
 あっしは咄嗟にそう悟りました。
 が、その時でした。
「止めろ――」の声と一緒に、一発の銃弾がハイパー戦闘員の後頭部を掠めました。
 叔父貴の声でした。
 銃弾は、ハイパー戦闘員の洗脳チップを見事に砕いて、血と一緒にコンクリートの床におちてゆきました。
 黒ずくめの男がかなり大量の出血と共に、地上に倒れました。
「ジューさん」
 ヒデさんが戦闘員の頭をかかえました。
「そこまでじゃ。おい。そこの旅のお方。仕事が済んだらさっさと去っておくんな。唐マリはお上の仕事があるんじゃ」

   12 

「おい。唐の字の。目を覚ましーや」
 思いっきり頬を叩かれて目が醒めました。
 あっしは一番奥の倉庫街の入り口で倒れていました。
 胸には峰打ちを受けた時の激痛が走っておりました。
 あっしの周囲では叔父貴やデカ連中が走り回って金腹組の舎弟の死体を片付けておりやした。
 あっしの前にはお涼姐さんとタカがおりました。
「大丈夫? 唐マリ姐さんが失神している間に旅のお人が一人で敵の助っ人をやっつけてくれたんだぜ」
 タカが興奮して話してくれました。
 ――アチャ……。
 でございます。あっしは最初に倉庫街の前で峰打ちを受けた時から妄想状態に入っていたのでございやす。
 ですから、健さん似のいなせな板さんが、どのように戦ったかは見られなかったのでございます。
 残念至極でございます。 
 倉庫の向こうを見透かしますると、健さん似のヒデさんが黒服の男の肩を支えて車まで歩き、一礼して去ってゆくところでした。
 あっしはタカとお涼姐さんを支えて、警察車両まで運び、鳥羽署まで戻って来ました。
 車の中では、ずっとタカが低く歌っておりました。
#親に貰った大事な肌を。墨で汚して白刃の下で。つもり重ねた不幸の数を。何とわびようか、お袋に。背なで泣いてる唐獅子牡丹#
 闘いのシーンは見れませんでしたが、夢にまで見た健さん、元へ、健さん似の板さんに出会えて、しゃーわせーーでございました。涙がでるほどに。

 しかし幸せはすぐに打ち砕かれました。
 鳥羽署の玄関を入ると、ミカリが興奮した顔であっしに告げやした。
「ホームページのメールフォームを通じてメールが送られてきたの。添付ファイルには、『満月ウサギ』と題され、〝狼男〟の絵文字を入れたメールだったわ。送り元は、鳥羽駅側のインターネット・カフェで、幾つものプロバイダーを経由するようにプログラムが組まれていたの。でも、進展はあったわ。捜査員が何とか逆トレースをしてネットカフェに駆けつけた時には、80キロくらいある少女が出てくるところで、ネットカフェには他にはお客がいなかったから、その子が送ったと判明したの。名前は黒田亜美。で、その子が証言したの。ネットで知り合った人間から頼まれたって。犯人作成のCDロムは直接郵便受けに入っていたって。今郵便受けに指紋がないか調べているわ」
 メールには次のように書き込みがなされていた。
『警察は死体が欲しいようだから、近いうちに小夜の死体をお渡ししよう。本当はもっと腐敗が進むのを待っていたいのだが、そうも行かないようだ。二、三日中に、死後五日程度経過した死体が伊勢志摩のどこかで発見されるだろう。時代村か、英虞湾か、的矢湾鳥羽水族館などを重点的に捜査せよ』
 ――小夜まで殺されている?!
 過去のプロファイル――〝狼男〟は病的に残酷で、拉致後すぐに殺害する性癖がある――から言って充分に 予想できていた事態ではありましたが、巨大隕石の襲来を告げられたような重苦しい空気が流れたのでございます。
(続く)