由美姐、39,40,41回目

粗筋。アチキ(小夜)は由美姐に命じられて、マトリの仕事をすることになりやした。
横浜の難破船でシャブの密売が行われたようで、売ったほうのベトナム人と、買った方の山城組の若頭が撃たれて死んでおりやした。
そこへこっそり忍びこんだマトリの一人は海へ落ちて死に、もう一人は瀕死で湾岸署に船で逃げ込んだのでございやす。
アチキは、やましろ組の賭場へ証拠をつかみに潜入せよと姐さんから命じられやした。
そこで、やましろ組の賭場の行われているビルのそばの電話線を切って、電話の修理を装って潜入したのでございます。で、ひやひやしながらも、なんとか盗聴器を設置して脱出いたしやした。
家に帰ると、やましろ組から、トシを誘拐したっつう手紙と手の指が送られてめえりやした。そこで県警に連絡して、身代金運搬の準備をいたしました。
その夜、アチキは湖に死体が浮いているっちゅうサイコメトリングをいたしやした。夢ではなく、ホンマのサイコメトリングでございます。なぜなら、実際にその場所、――相模湖のそばの小汚い池――に赴きやしたら、本当にブツがあったんでございやす。おっと死体ではないので、正式には、夢かもしれませんが。それから、身代金運搬にかかりました。
最初に指定があったのは八景島シーパラダイスでやんしたが、アチキの身代りになった婦人警官が、うっかりミスをして身分がバレちまいましたんで、急きょ姐が運搬人になりもうした。
そして、人形の家、エリスマン亭、ベーリックホールなどを巡りやした。で、最後の場所で裏に鞄を落とし、誰かに奪われやしたが、刑事が、こっそり鞄に追跡装置を忍ばせておいたので、再度追跡することになりました。
(39回目)
    九

建物からでて林の中を走り始めますると、車の中で待機していた姉貴や刑事七号(コムサ)、八号(コムデ・ギャルソン)も合流しました。
刑事五号(ニューヨーカー)と六号(二十三区)は、まだシーパラダイスの駐車場から急発進した車を追跡しているようで、連絡がないです。
「コカインは山手八〇番館遺跡の付近です」
無線から、刑事三号(Gパン)の声が響いてきまする。
山手八〇番館遺跡とは、かつては鉄筋コンクリートのレンガ造りの三階建ての建物であったらしいですが、関東大震災で倒壊し、現在残っておるのは、地下部分でありんす。
今では廃墟ですが、公園の木立に囲まれて、ひっそり横たわっていまする。遺跡の周囲には散策路がめぐらされ、展望デッキも設けられております。
そこの後ろ、木立の中が揺れておりやす。
「木立の中です」
と無線ががなります。
駆けつけますると、刑事三号(Gパン)と四号(龍の刺繍)が、一人の浮浪者みたいな男を挟んで、たっていました。
「確保したか?」
菅原警部が、息をきらして声をかけますると、刑事三号(Gパン)が、こきたない男を指しました。
「こういう状態です」
夕闇の迫る木立の中、薄暗い中で、男は、草の上に倒れていました。
十グラムづつに小分けされたコカインの袋が一ツ空けられ、男の手の甲には、白い粉が残っていやした。
男の手首には輪ゴムがあり、他の袋はどれも開けられておらなかったので、姉貴がテイスィングしたのと同じ袋を開けたようでござんした。
「やつら、この浮浪者に試させたんだな」
菅原警部がぴんときたようですが、アチキには意味が分からないので、聞き返しました。
「どういうことっすか?」
即座に姉貴が応えました。全員が口を開きそうになりましたから、アチキ以外は全員が、ぴんと来たらしかったです。
「こいつは単にテイスティングのために雇われたと思われる」
「たぶん、ジャンキーですよ。どこかのガード下かなにかで眼をつけられて、テイステシングのためだけに、金を渡されて、あの場所で車から下ろされたに違いないです」
と刑事三号(Gパン)。その次には、刑事四号(龍の刺繍)が、姉貴の次の言葉を待ちきれないように、説明を始めた。
「だから、誘拐犯のことは何も知らないでしょう。誘拐犯は、ブツが本物かどうかを確認するためだけに、こいつをエリスマン邸近くまで車で運んで落としたのでしょう」
「とすると、あの近くに停車していた車の中に、犯人はいたっちゅうことじゃな。だが、もう逃げてしまっただろうが」
と菅原警部。
「それにしても、よく、こんな木立の深い中で、この男を見失わずに追跡できましたなあ」
と姉貴。
刑事三号(Gパン)が、ストラップを持ち上げました。
「このストラップ、全体が不自然に太いでしょう。実は、中に追跡装置が入っているんです。西島警部が、念のためといって、仕掛けてくれたんです」
「そうか。あいつ、中々やるじゃないか」
とは菅原警部。
そのとき、ケータイが鳴りやした。誘拐犯からでございます。
「どうやら、ブツは本物みたいだな。だが、追跡装置はこちらの命令違反だ。要求は再度言い渡す。次回、追跡装置を設置したら、トシの命はないと思え」
「どうして、追跡装置のことがバレたんだ?」
アチキたちは顔を見合わせ、慌てて、男の服を調べました。
すると、ボタンの一つが盗聴器になっていました。
「やられた。これで、追跡装置も使えなくなった」
と刑事三号(Gパン)。
まあ、どっちにしても、アチキは鞄の追跡装置のことすら知らなかったのですし、姉貴は、ストラップの追跡装置のことだけは知らなかったようでございます。

「お前ら裏切ったな」
突然、姉貴が怒り出しました。
「トシの命がどうなってもいいと思っておるんかい」
「そ、それは」
「二度と追跡装置なんぞ、しかけるな。鞄の中のはまあ、許す。どうせ、途中で鞄を変えろとか言うだろうし。だが、それ以上はやるな。トシの命にかかわるんだぞ」
「しかし、山城組の刈谷若頭は俺も知っておりますが、トシを殺すようなお人ではないと」
刑事三号(Gパン)が反論しやした。
「煩い。あいつが人殺しはしねえとしても、舎弟が裏切るかも知れねえじゃねえか」
「そいつは」
そういっただけで、刑事の方々は何も言えなくなってしまわれました。
「それから、この先は、わてが運搬人になる」
「待ってよ。それじゃあ、向こうの要求と違うじゃない。それこそ、トシの命が危ないし」
「煩い。オメーの命だって危ねえんじゃ。こんな、ジャンキーが使われておるんじゃぞ。この先、もっと酷いジャンキーが雇われるかもしれねえ。その時は、オメーを平気で襲うかもしれねえんだぞ」
「でも」
「でもかしこもねえ。わてがお前になりかわる。なに、服をかえりゃあ、わかりゃしねえ」
姉貴がきっぱりと啖呵をきりやした。
そこで、服をかえました。
姉貴は二十三歳にして始めてのメイド服でやす。
アチキは黒の和服。もう、走ることもできやしません。姉貴は走りやしたが。

(40回目)
    十

読者H「またしても、突然の読者乱入だよーん。誘拐物で面白いものは、他にもあったよーん。歌野晶午の『ガラス張りの誘拐』。これは、事件が二つあって、二番目が身代金物なんだけど、両方ともたまたま家出した少女がいて、その情報に便乗した人間が、狂言誘拐をするっつう話」
読者A「知ってる。私も読んだそれ」
読者H「でも、その途中で運搬方法についていろいろと話あうシーンがあるんだ。面白かったのは、橋の上から船の上に落とすんじゃないかってアイデア
これは、『天国と地獄』の発展形なんだけど、身代金を透明なビニール袋につめて、警察のガードつきで運べって命令したからなのね。
船は、水上バスを想定すれば、運行時間が決まっているし、潜水服を着て、こばんざめみたいに底に張り付いていれば、暗い時なら分からないだろうしね。
ま、アイデアだけど。でも、この小説には正確には三つのネタがあって、面白かったわ」
読者A「そうそう。犯人からの脅迫電話で、『きゃー、いやー』って叫べば、どんな声でも――性別は同じでないとだめだけど――誘拐された本人の声にきこえるってのも面白かったわ」

読者I「その作者では、もう一つ驚きの作品があったわ。『さらわれたい女』よ。
これは八っつの連作になっていて、一つ一つが完結してるように思わせて、次の章では、ドンデンかえしになるっつう筋たてなんだけど、まず、最初の奴は、犯人から被害者の家へ、ダイヤルQ2とか伝言ダイヤルで三千万の要求がくるの」
読者J「時代を感じますなあ」
読者I「そんで、その間に、被害者の夫の姉に電話がきて、息子の命が惜しかったら、四百五十万を明大前にもってこいって言われて、あたふたしている間に奪われてしまうの。
でもって、次の章では、犯人の語りになって、実は、犯人は便利屋で、誘拐された女が自分から誘拐をもしかけてきたことが語られるの。
で、次は三章。ここからがどんでん返しで、今度はその女の死体が発見されるの。勿論、誘拐した犯人は殺してないんだけど、隔離してあった部屋で発見されるんで、犯人は驚くのね。
で、困っていると、自分を知っていると思われる男から電話で、死体を始末しろと命令がくるの」
読者A「この作品は、被害者の夫と便利屋の男の視点が交代で描かれるから飽きないのよね」

読者I「先に行くわね。で、死体を始末して、やれ安心と思っていると、今度は死体が発見されちまうの。
で、犯人は、殺人犯の割り出しに動くんだけど、最後に飛んで、死んだと思われる女が生きているのを見つけるのよ。
そこから謎解きなんだけど、何度もどんでん返しがあって面白かったわ」

読者K「この作者は農工大で、理科系でしょ。偏差値の高い大学の作者って、やっぱり天才だと思うわ。
私の一番すきなのは、綾辻の『時計館の殺人』で、時計の歯車のぎざぎざを欠いて一分を五十秒にするっつうアイデアは今でも語り草よね。
それから、最近では、『月館の殺人』の、車輪も回転するけど、XXXも回転するってアイデアもすごい。まだ新しいので、ネタは伏せておくわね」

読者L「何々、誘拐ものでなくてもいいの。それなら、あたしが一番すごいと思ったのは、東野圭吾の『どちらかが彼女を殺した』で、読んでも謎解きがのこっちまうの」

読者M「待ってよ。今は、誘拐物に限定しましょ。私がすごいと思ったのは、黒川博行の『二度のお別れ』ね。
これは、銀行強盗が起こって、その犯人にはむかった男が撃たれて、誘拐されて、身代金を要求されるって話。
身代金運搬人はその男の妻。でもって、身代金運搬の後に、誘拐された男の死体が発見されるの。
で、銀行に残った血液や指紋と、その男の部屋の指紋などから、死体は誘拐された男と断定されるんだけど、最後に、本人から電話がきて、実は自分は生きているって白状されるの。何と、身代わりよ」
読者N「別人の血液をばらまかせて、別人の指紋を部屋に残して、身代わりにさせるって、例の手ね。
で、身代金の流れだけを言ってしまうと、この身代金誘拐の最後は、マンホールから紐をつけて流させるのよね。これって、この作品の作者と同じレベルくらいだから、きっと、これを真似すると思うわ」
ベシ、ベシ。(作者の手) 

    十一

一時間半後。午後六時。
エリスマン邸の近くにある我が家に帰ってスタンバイしておりますと、ドコモが鳴りました。
「コカインをかついで元町を歩け」
その指示に従い、姉貴が先頭になって、元町を南から北に向かって歩きぬけました。
アチキたちは、刑事一号(ゼナ)と二号(ウインダム)、三号(Gパンデカ)と四号(龍の刺繍デカ)というように、それぞれが十メートルくらいはなれて、尾行を開始しました。
元町は、山手と中華街に挟まれた部分で、南は元町プラザ、北は石川町で、細い通りなのでございます。
でも、その通りの途中にはぎっしりと有名なブティックやカフェやレストランなんぞが並んでおります。
中でも有名なのが、バッグのキタムラ、服のフクゾー、靴のミハマ商会、レースの近沢レース、スタージュエリー、メイカーズ・シャーツ鎌倉などでございます。
洋服から家具まで、丁寧なつくりとベーシックなデザインで、親子二代に渡るファンも多いのでございます。
ブティックの他にも、有名店の支店のカフェや洋菓子店などがあります。
有名なのが、霧笛楼フランス菓子店、三月ウサギなどでございます。
姉貴は、ボストンを二つにし、紐を肩に担いで、元町を北から南にゆっくりと歩きました。
途中でケータイが鳴り、カフェに入りました。
カフェ霧笛楼と書いてあります。霧笛楼フランス菓子店のカフェ部門でありんす。
入り口の付近に刑事一号(ゼナ)と二号(ウインダム)がスタンバイし、アチキと菅原警部が少し遅れて中に入りやした。
元町の南の端には刑事五号(ニューヨーカー)と六号(二十三区)が張り付きやした。
元町の北の端には刑事七号(コムサ)と八号(コムデ・ギャルソン)、店から数メートル離れたところには、刑事三号(Gパン)と四号(龍の刺繍)がはりついております。
ポルテで黒塗りのベンツを尾行した刑事五号(ニューヨーカー)と六号(二十三区)は、山城組の事務所付近まではついていったようでありんすが、逃げられたようでござんす。
偽装工作か、刑事をふりまわすために、若頭に命じられた行動かもしれません。
ますます山城組の若頭・刈谷君が怪しいでやんす。
店の中は落ち着いた雰囲気で、お客も半分くらいでおました。
姉貴はしばらくそこで腰を落ち着けました。
アチキと警部は、少し離れた席に着席しやした。
隣の席では、男女のカップルが楽しそうに雑談をしております。
「昨日、ノミホーに行っちゃった」
「何だそれ。蚤の放牧か? それとも蚤の包帯か?」
「やあね。飲み放題じゃない。今ちゃん、お笑い芸人になったら」
オナゴは、今はやりのチュニック丈のワンピにレギンスで、短いコート。
ヲノコは、パンツの柄の縫いこんであるGンズに、短いジャケットにベルトチェーンが五本ある、ファッションでやんした。
アチキたちがコーヒーを頼むか頼まないかのうちに、姉貴にはケータイがきましたようで、トイレにはいりました。
アチキが入ろうとすると、「出発しろっちゅう指示じゃ。トイレはわてがはいりたかっただけや」と、無線で連絡が入りました。

今度はトランスミッターのかわりにまた無線を復活させたのでやんす。
姉貴が言いまするには、向こうは、無線の周波数をキャッチしておると豪語しているが、周波数を買えちまえばわからねえ、それに、最後の最後と思われるところまで連絡しなきゃ、無線の周波数を探れねえ、とのことでした。
その一言で、使用と決まったのでございやす。
今は、無線の周波数を代え、襟に装着してあります。
トイレをでた姉貴はまた移動を始めました。
犯人はどこで接触をこころみてくるのでしょう。
アチキと警部もさりげなく後に続きました。
警部は、自分の襟の無線を通じて、部下たちに、姉貴の居場所を教えておりました。
姉貴は元町の南の端まで歩き、次は中華街に向かいました。
中華街は、南門、善隣門、開帝廟などで囲まれた一区画でおます。
世界各地にある中華街でも最大級なのが、横浜です。
中国全土からあつまった、北京料理から広東料理まで様々な料理が楽しめまする。
もう夕方で、暗くなっておりまするが、すごい人でした。
姉貴は、最初は開帝廟通りを歩きました。
店の前では、チャーシューまんなどを売っておる声がかまびすしく溢れておりやす。
次に、右に折れて長安路、さらに、中華街大通りを、重い荷物をかついで、汗をかきながら歩いてゆきました。
今度は、尾行を交代して、すぐ後ろをポルテに乗車していた刑事五号(ニューヨーカー)と六号(二十三区)がつきました。
二人は交代して姉貴のすぐ後ろの道の両端を歩き、中華街を抜け、善隣門までまいりました。
もし、マリンタワーあたりから見ていたなら、次のように中継ができるかもしれやせん。
「中華街はすごい人出だ――。あ、上品な縞のスーツのニューヨーカーと二十三区が、陰になり日向になり、マルタイを追う。
その後ろ数メートル離れて黒のスーツのコムサとコムデ・ギャルソンが追いかける――。
道の両端には、Gパンと龍の刺繍がスタンバイしておる。おお、マルタイが店頭販売しているチャーシューまんのお姉ちゃんに近づいたぞ。この状況で、試食かあ――。
いや、ただ、すれ違っただけだ。と思ったら、後ろのニューヨーカーが店頭販売の人ごみの中で、派手な服のオバチャンに腕を捕まれたぞ――。
一緒に食べようと、誘われておるのか――。遅れた。マルタイから遅れたぞ――。すかさず、二十三区が、先に出た。おっと、マルタイは善隣門を左に折れた。
また、犯人は中華街を一周させる気か――。そろそろ車での移動があると考えたのか、ゼナとウインダムが車にもどりかけたぞ――。
しかし、車は路上駐車ができないので、山手町のエリスマン邸の前に駐車してあるから、戻るのは時間がかかるぞ――」
「犯人は、一体どこで奪うつもりなんじゃい。これじゃ、横浜の観光旅行じゃねえか」
 警部がぼやいた頃、姉貴から無線がはいりました。
本牧の倉庫にゆけといわれた。これからサイドカーまで戻って、それに乗ってゆく。ゆっくり走るから尾行せよ」
 姉貴は我が家の前に停めたサイドカーまで戻って、本牧方面を目指しました。 
アチキたちは、百メートルほど間を空け、無線で連絡をとりながら、エリスマン邸まで戻りました。
そこで、離れて停車してあったそれぞれの車に乗り込み、また百メートルほど間を空け、無線で連絡しあいながら、麦田町、大和町、上野町を経て、本牧まで尾行いたしました。
(41回目)
   十二

「指示が来た。例のカジノを開催しているビルの傍だ」
 姉貴から無線が入ったのは、十分後でした。
どうやら、敵は、一度、無線をはずしたので、その後も命令を守って無線は使ってないと思っているのか、無線のチェックはしていないようです。
アチキたちも、百メートルほど間隔をあけて、車を駐車させました。
「カジノの二軒隣の修理中のビルだ。そのビルの左側のエレベーターで屋上までゆけ、と指示がきた。これからそれに従う」
姉貴の無線に応じて、菅原警部が、部下に命令を下しました。
「四課の二人、お前らは若いんだから、すぐに非常階段で屋上まで走ってあがれ。他の人間は、ビルの入り口、隣のビルなどに散れ。そして、エレベーターでも何でもいいから使って、屋上に上り、由美君の上った屋上が見えるところまで行け」
「了解」
 全員の刑事たちが、即座に、車を飛び出したようでした。
外は暗く、車は離れて駐車してありますので、はっきりとはわかりませんが。
アチキも、最後に車をでて、カジノの隣のビルに向かいました。
メタボ気味の菅原警部は、俺は車の中から指示をだすとおっしゃって、車からでませんでした。
どうやら走ったり歩いたり、今日一日は強行軍だったので、疲労困憊なさったようです。
それにしても、今夜は、カジノの前は沢山の車が駐車してあります。
よく考えれば、カジノが開催されておるのでした。西島警部も潜入しておるのでしょうか。これから手入れだとも知らずに、中では億の現生が飛び交っておるのでしょうか。
 アチキが倉庫の二軒隣のビルの前に到着したのは、三分後でしたでしょうか。
内部は修理中のようで、ビルの前には鉄のポールやナイロンの布が雑然と置いてありますが、周囲は何も囲いがしてはありませぬ。
 横長のビルで、右と左に一部屋分づつの間取りがあります。
多分、奥に向かって、リビング、ダイニング、キッチン、バストイレ、寝室というように縦長の設計になっておるのでしょう。
さらに、その両端に廊下、その両端にエレベーター、さらにその両端に壁で囲われた非常階段がありました。
 つまり、右棟は右の専用エレベーター、左棟には、左の専用エレベーターで行くのでしょう。
その頃には、「エレベーターが途中で止まっている。変だ。応答もなし」っちゅう無線が飛び交っておりました。
「どこの階だ?」
 菅原警部が質問なさると、刑事二号(ウインダム)からすぐに返事がきました。
「五階付近です」
「すぐ各階に散れ。どこかで開けられているかもしれないから。特に四階と五階は要チェックだ」
 車の中からは、菅原警部の支持する緊張した声も無線に乗って流れてきておりました。
アチキたちは、すぐに各階に散りました。
しかし、エレベーターはじきに動き出しました。
そして、一分もしないうちに屋上のそこだけ屋根が飛び出した部分に到着したようです。
「左エレベーターが到着しました」
 無線が入ってきました。元気がよいから、刑事三号(Gパンデカ)でしょうか。
「エレベーターが開きました。眠っています。由美姐さんが眠っています」
 姉貴を姐御として尊敬している刑事四号(龍の刺繍)の声もします。
「姐御を起こします。姐さん」と刑事四号(龍の刺繍)。
それからぺしぺしと頬を叩く音。
すぐにうーんと姉貴が気が付く音が、入れっぱなしの無線を通じて流れてきました。
「お前ら、すぐにここから退散しろ。向こうの要求は、この袋を屋上の小屋に置くことだ。それをやってる途中を見られたら、トシの命はないぞ。すぐに退散しろ」
姉貴の声に続いて、了解の声が幾つか聞こえました。
そして、姉貴の声。
「屋上にお菓子の家みたいなのがある。これは、ちゃっちいテーマパークか。これからここに入れるぞ」
暫く、歩き、どさっと袋を下ろす音がいたしやした。
「終わった。帰るぞ」