由美姐、42,42,44回目

粗筋。アチキ(小夜)は由美姐に命じられて、マトリの仕事をすることになりやした。
横浜の難破船でシャブの密売が行われたようで、売ったほうのベトナム人と、買った方の山城組の若頭が撃たれて死んでおりやした。
そこへこっそり忍びこんだマトリの一人は海へ落ちて死に、もう一人は瀕死で湾岸署に船で逃げ込んだのでございやす。
アチキは、やましろ組の賭場へ証拠をつかみに潜入せよと姐さんから命じられやした。
そこで、やましろ組の賭場の行われているビルのそばの電話線を切って、電話の修理を装って潜入したのでございます。で、ひやひやしながらも、なんとか盗聴器を設置して脱出いたしやした。
家に帰ると、やましろ組から、トシを誘拐したっつう手紙と手の指が送られてめえりやした。そこで県警に連絡して、身代金運搬の準備をいたしました。
その夜、アチキは湖に死体が浮いているっちゅうサイコメトリングをいたしやした。夢ではなく、ホンマのサイコメトリングでございます。なぜなら、実際にその場所、――相模湖のそばの小汚い池――に赴きやしたら、本当にブツがあったんでございやす。おっと死体ではないので、正式には、夢かもしれませんが。それから、身代金運搬にかかりました。
最初に指定があったのは八景島シーパラダイスでやんしたが、アチキの身代りになった婦人警官が、うっかりミスをして身分がバレちまいましたんで、急きょ姐が運搬人になりもうした。
そして、人形の家、エリスマン亭、ベーリックホールなどを巡りやした。で、最後の場所で裏に鞄を落とし、誰かに奪われやしたが、刑事が、こっそり鞄に追跡装置を忍ばせておいたので、再度追跡することになりました。
そして、本牧のある改装中のビルの屋上に指示通りにおきました。

(42回目)
   十三

それから、アチキたちは、一時間ほど、近くのビルの陰に隠れて、今コカインを置いたビルの屋上に人が登るかどうかを確認するために待ちました。
しかし、ビルには誰も近寄ってきませんでした。
そのビルは、修理中のようで、どの部屋にも灯りが点らず、エレベーターを使う人もおらず、非常階段を上る不審人物もいませんでした。
待っている途中、暇でやんしたので、菅原警部殿が、無線で隣の倉庫にガサ入れに入っておる西島警部殿に無線で連絡を入れておりました。
無線からは次のような会話が流れてきておりやした。
「ガサ状はどこにあるんじゃい」
「言われなくとも、ちゃんと見せたるわい。それより、客はこれしかおらんのかい」
「さよじゃ。今日は、客人も、お休みでして、暇でございますなあ」
 なんと、アチキの情報は、ガセだったようです。
これで、西島警部との距離が遠のいてしまうと思うと、ちょっと残念な気もしたのでございますが。

    *

「どうやら、まんまと騙されたようだな。それとも、身代金受け渡しが終了したのか」
一時間後。菅原警部がおっしゃいました。
「誰か、屋上に行って、そのお菓子の家とやらの中を覗いてこい。まだコカインの袋がのこっておるか、どうか、確かめるためでいい」
「了解。まだ一階に隠れておりますから、すぐに行ってきます」
 刑事四号(龍の刺繍)の声でした。
一分後。刑事四号の息せき切った声が流れてきた。
「屋上のお菓子の家の中には何もないです。床が開閉式になっていて、そこからコカインは袋ごと下に落とされたようです。しかし、九階は、左側の扉も右側の扉も鍵がかかっていて、中に入れません」
「そうか。じゃあ、犯人はまだ中にいるっちゅうことだな。逮捕に踏み切るぞ」
 アチキたちが、そんな会話をしていると、隣の倉庫からは、どやどやと足音が入り乱れ、大声が響き、ぞろぞろと人が出てきました。
どうやら、賭博の手入れが終わったようです。
しかし、今日は、手入れがあるかもという噂でも流れたのでしょうか。参加なさっておる親分さんは少数で、逮捕された人は数名でした。
倉庫の前に駐車してある沢山の車は、どうやら警察の車両だったようでござんす。
逮捕された方々の最後から、西島警部もぎしぎしいうエレベーターで出てきました。今日は、縞の着流しで、健さんのようなイナセなお姿でした。
西島警部は、菅原警部から事情を聞くと、ではすぐに、修理中のビルの捜索に参加しようとおっしゃいました。
もちろん、部下は報告を書く仕事があるので、ご自分ひとりでございます。
菅原警部は、自分の裏をかかれて、ストラップにこっそり追跡装置を忍び込まされ、先をこされたっちゅう、いやな経験があったので、一瞬、嫌な顔をなさいました。
いや、正確に言いましょう。
捜査としては、ストラップに追跡装置が入っていたので、成功だったのでございまするが、自分の案ではなく、西島警部の案だったので、自分の脳みそが西島警部の脳みそに劣っていることを、部下の前で思い知らされたのです。
今度も先を越されるかも、とお思いになったのかもしれません。
しかし、断るわけにもいかず、渋々と頭を下げました。
西島警部は、今、逮捕してきた山城組の親分さんに、二軒隣のビルの鍵を渡せ、とおっしゃいました。
こちらも山城組の持ち物のようでございやす。
山城組の親分さんは、舎弟に命じて、すぐに鍵を出させ、隣のビルの一斉捜索とあいなりました。
しかし、しかし、修理中のビルはどの部屋も空で、おまけに、どの部屋にもコカインの袋はなかったのでございます。
お菓子の家の下にある九階の部屋は、真ん中の仕切りがない広い部屋で、天井に穴は開いていましたが、工事中で、ほこりだらけでした。
セメントをいれる紙の袋はありましたが、ビニールの袋もコカインもありませんでした。
セメントの袋は口が開封されておりませんでしたが、念のため開封してみると、中はセメントの粉でした。
セメントの袋の上にうっすらとつもる粉が検出されましたが、埃と、小麦粉でした。
山城組の親分さんに聞くと、天井の穴は、手入れが入ったときに抜けられるように空けたものであるが、今夜は、誰も使ってないと、証言なさいました。
コカインの袋はどこに消えたのでございましょう。

しかし、二日たってもトシは開放されなかったのでございやす。
それどころか、山城組からは、次のような電話がありました。
「昨晩、本牧の事務所の前に二十キロのコカインと思われる袋が置いてあった。回収してテイスティングしたところ、中は不純物入りのブツだった。こんなものでは五千万には届かない。本物を返せ」
怒りの電話でございました。通話してきたのは、身代金運搬で使った例のケータイではなく、ボイスチェンジャーも使っていなかったのでございます。
あの純度の高いコカインはやはり、消えたままでございます。
どうやって、すり取られたのでしょう。
姉貴は、頭を抱えました。次にアチキたち全員を集めました。身代金受け渡しの警護に当たった刑事全員でございます。
そして、アチキたちを前にして怒りの声をあげました。
「この中にブツを横取りした犯人がいる。さっき調べたら、キッチンにおいてあった混ぜ物入りのコカイン。あれが小麦粉に変わっていた。正確に言うと、五キロの袋が八っつあったんだけど、半分が小麦粉になっていた。わてが吸って試したから間違いない」
「どうして分かったんだ?」
「簡単じゃ。盗んだ奴は、性格がガサツな奴で、小麦粉をそのまま置いてあったんじゃ。つまり、押収した物は、末端の販売用なので、十グラムづつの小袋に入っておった。しかし、新たに出現したやつは、一キロづつのビニール袋に入っていたただけだった。小袋が手元になかったんだろうなあ。でも、一見ごまかせるように、小袋の写真を撮って、大袋の内側に貼り付けてあった。そんなんじゃあ、わての目はごまかせねえんだよ」

(43回目)
    十四
 
ここで再度、読者登場。

読者A「姉貴が共犯でしょう。姉貴は任侠の姐御で、平気でブツをちょろまかすような性格設定だから、ミエとも話が合う。
そこで、ミエがちょろまかしたけど、山城組に追われて困っているときに相談を受けた。そこで、ブツだけをかえすために、とりあえず、主人公が夢を見た沼にミエのちょろまかしたコカインを隠した」
読者H「それは、ミエが生きているって仮定した場合ね」
読者A「そうよ。先に行くわ。それで、ミエを通じて、山城組と連絡を取って、途中から自分がコカインの運搬人になった。
だから、コカインはどうにかして渡した。だが、山城組内部で、またちょろまかした奴がいる。
だが、そんなのは山城組内部の問題だから、姐御としては、堂々と怒鳴り込んでいって、はでな切りあいがあって、最後はトシを取り戻すと思う」

読者I「ちょっと待って。では、最初の船に第三者の靴跡があったとあるが、あれは、ミエと森田が最初から靴を持ち込んでつけた足跡だというのね」
読者A「そうよ。ミエと森田の二人は、最初からブツを奪ってちょろまかす気で乗り込んでいた。
でも、急に撃ち合いが始まって、友部若頭とベトナム人が死に、ミエは急に独り占めしたくなった。
それに、流れ弾に当たって負傷している森田が重荷になった。二人はブツの分け方をめぐって諍いになったのかも知れない。
ミエは痛みで動けない森田を残して、勝手に金とブツをもって逃げたとかね。いや、もう一人、山城組の裏切り者をケータイで呼んで、二人で持ち逃げした、でもいいわ。
その際に、第三者に目を向けさせるために、船の中の船員の靴で、ゲソをつけたのよ」
読者M「それにしても、あたしの推理、マンホールを真似するのは出てこなかったわね」
読者J「よっぽど、『二度のお別れ』が好きなのね」
読者M「そうよ。絶対、次のようなトリックを使うと思ったのに。箇条書きがで説明するわ。
一、本牧の倉庫前にバンが駐車してあり、最後にその車に乗れと言われ、乗ると、車の中のカーテンがしかれ、十分待っても動かないので入ってみると、中は煙が充満していて、床の中央がくりぬかれた車で、そこからコカインが持ち去られていた
二、車の床には丸い穴が開いていた。その穴は、マンホールに直結していた。つまり、マンホールの上に車を停車してあった。
三、まずは睡眠薬入りの煙を充満させ、姉貴が眠った隙に、そこから穴を抜けて、床の上のコカインを奪ったと思われた。
四、犯人はマンホール沿いに逃げた後だった。
五、下流で、かなり太いマンホールで、一斉捜索をかけたときは、すでに、別のマンホールから抜け出した後だと思われた。とかね」

読者B「待ってよ。最終的な受け渡しは、どうにでもなるよ。それより最初の読者Aさんの推理だけど。それじゃあ面白くないです。
僕は、森田が犯人だと思う。森田によってミエは殺されていると思う。
森田は、ミエとどこかの誰かが共謀してブツを盗んだと言い張っているが、実は自分が盗んで、近くに船を借りてそこへ隠したんだと思う。
ミエが美人で、森田がブランド物を貢いでいたが、それで借金がかさんでいたんじゃないかなあ。たまたま物の取引があると聞いて、二人で潜入しようともちかけて、ミエを殺したか、ミエが流れ弾で死んでしまったから、独り占めしようとした。
でも、逃げれば、自分も疑われる。だからブツと金はモーターボートでどこかに隠して、それから湾岸署にやってきた」

読者K「でも、待って。山城組のほうから考えてみましょうよ。
山城組では、昨日コカインの受け渡しがあることを知っているのは、友部若頭しかいない。
彼は極度の秘密主義者だと出ているから、組内部で知っている者がいるとしても、直属の部下くらいだと思われる。
それが、つまり、森田への情報屋であると思われるんだけど」
読者A「普通は、取引には一人では行かないから、直属の部下は今日、取引があることは知っていたと思われるわね」
読者K「そうよ。直属の部下は知っていたのよ。でも、五千万という大金を持って出かけたまま友部若頭が帰ってこない。
コカインの取引は、大黒ふ頭の近くの難破船でやることは、前に聞いていた。そこで、直属の部下は、山城組が賭博で人員を裂かれているのに乗じて、一人で、難破船まで見にいったんじゃないでしょうか。
そして、甲板で、二人の死体を発見し、金もコカインも奪われたと悟った。で、奪ったのは誰かと考えた。
そうこうしていると、警察に放ってあるスパイから、湾岸署の医務室に、怪我をしたマトリが逃げ込んできた、という情報が舞い込んできた。
それで、金を奪って隠したのは、森田ではないかと考えた」
読者L「待って。あなたの推理だと、ミエが山城組から別の裏切り者を呼んだってのは可能性ゼロね」
読者K「その通り。つうか、今は、ミエが撃たれて死んだという仮定で推理しているから。
で、話を戻すけど、森田を疑ったが、金を取り戻すのが一番先だと考えた。どうすればいいか。考えていると、森田の同僚に由美姐という人間がいて、そいつの妹が、コンビニでバイトをしていて、そこの息子が小学校四年だと聞いた。
話をしたのは、たまたまカジノにきていた山猫建設の社長だ。
これは、誘拐しやすい。で、偶然ではあるが、同じカジノで黒ずくめの舎弟が、トシは野毛の近くにいると話した。
そこで、友部の直属の部下は、トシが家に帰る途中で誘拐したと」

読者B「山城組からすれば、そうでしょうね。で、また話を森田に戻しますが、森田は、湾岸署に逃げ込む前に、金とコカインをどこかに隠したんでしょう
でも、山城組に疑われていると気が付いた。そこで、ヤバクなった森田は、小夜の夢の通りの場所にブツだけはこっそり持っていって、発見したことにした。
で、誘拐だが、ブツさえ返せば、安全だと思っていた森田は、最後の場面で、ブツを再度横取りするはずがない。
だから、横取りしたのは、姉貴に違いない。あるいは、山城組内部に渡ってから、内部の誰かがちょろまかしたか」

読者A「待ってよ。最初のミエが殺されているって点についてだけど、統計的に見て、美人は殺されることは少ないよ。
作家とて人間。やっぱ殺すとなったら、男のほうが、気が楽。だから、私は、ミエは殺されていないと思うよ」
読者B「それは、統計的に見て、男性作家が多いからじゃないかな。
そこへゆくと、この作者は五十歳以上で、七十キロ以上ある女。若くてスリムな美人には本能的に嫉妬をして殺すじゃろ」
読者Q「そこまで深読みしますか。鋭いでんなあ」
ベシ。ベシ。(作者の手)

読者N「それより、誰がコカインをすりかえたかにゆきましょう。
あたしは、姉貴だと思うわ。姉貴は、途中でカフェとか入っているから、どこかのトイレの天井裏にでも隠してあって、途中ですりかえたのよ、きっと。
だから、最後に運んだのは偽だった。当然、トイレにかくしてあったのは、自分で、家から運んだ不純物の多い物よね。
そんでもって、お菓子の家に置いたときは袋のままだったけど、九階の部屋に向かって穴に落としたのは、袋を破いて中身だけだった。
だから、九階に落ちていた埃と見えたのは、実は不純物の多いコカイン。そんでもって袋はまるめて、服の下に隠しておりた」
読者B「それは無理よ。不純物の多いコカインは小袋入りなんだから、一瞬では撒けないわ。
それよりさあ、不純物の混じったコカインが、後日、山城組に届けたって記事があったけど、あれは自分で届けたの?」
読者N「そうよ。で、さらに五キロの小麦粉を買ってきて、不純物の多いコカインと一緒にして、みんなには、二十キロだけが盗まれたと言った。
でもって、なんでこんなまどろっこしいことをしたかというと、自分が純度の高いコカインを横取りするためと、誘拐した人間を特定させないため。
あのまま屋上にコカインを置いておけば、誰かがとりにこなきゃならない。そのときに、山城組の人間が犯人だと特定されてしまう。
ただそれをごまかすためだけに、こんなまどろっこしいことをしたの」
読者M「まあね。そうやれば、山城組が誘拐犯だと人言われても、証拠がないもんね。どこかの誰かからコカインを譲り受けた、とでもなんとも言えるもんね」
読者O「待って。それじゃあ、インパクトがないし、品格が落ちるわ」
読者N「どういうこと?」

読者O「まあ、聞いて。私の推理は、こうよ。私は、カーの原則にのっとって考えてみたの。
例の、犯人は、最初数ページで登場した重要人物の中にいないと、インパクトが落ちるし、作品の品格も落ちるってやつよ。
あれにのっとると、誘拐の最初に登場したのは、アチキ(小夜)と姉貴とトシと菅原警部と西島警部とGメン森田までよね。
その中で、名前を貰って、登場場面の多い人間が犯人でないとインパクトは弱いから、可能性のあるのは、小夜と姉貴と西島警部と菅原警部よね。
さらにさらに、何と言っても、一番インパクトが強いのは、アクロイドだから、可能性があるのは」
読者P「アチキ(小夜)ってことになるわ」
読者O「そうよ。ついでながら断っておくけど、私は、最後の最後までコカインは純度の高い奴だったと思うわ。
それを、どこかに隠しておいて、最後に、山城組に届けるブツだけを、混ぜ物の多いものにしたんだと思うわ。
なぜこんなことをしたかっていうのは、読者Nさんと同じ理由よ。渡した相手が山城組と断定させないため。
つまり、証拠なしにするためね。じゃあ、主人公はどうやって、お菓子の家からコカインを横取りしたかっていうと、簡単よ。こっそり屋上から紐でつるして下ろしたのよ。
ここで思い出して欲しいんだけど、主人公たちが、修理中のビルの周囲を見張っているときに、階段を上った不審人物は誰もいなかった、って書いてあるけど、これは、あくまでも、第三者の人って意味よ」
読者R「刑事たちは別ってわけですな。刑事たちは、捜査のために上っても数には入らない。よくあるパターン」
読者O「そうよ。だから、主人公は上ったの。そして、エレベーターや非常階段を見張っている刑事たちからも見えない死角、その角から紐でコカインの袋を下ろしたの。
そして、回収した紐は自分の和服の袂に隠して、また階段を下りてきて、コカインは、死角の部分の土の中に一旦は埋めたの。
それで、翌日、刑事たちが皆いなくなった隙に、掘り出して、近くのビルのゴミ置き場に隠したのよ。
だから、純度の高いコカインはまだ近くのゴミ置き場にあると思うわ。そして、家に戻って、こっそり純度の低いコカインを盗み出して、山城組に届けて、小麦粉を換わりに置いたのよ。
そんなことをした理由は、誘拐犯を特定させないためね」
読者A「その意見賛成だわ」
読者B「わたしも」

(44回目)
   第四章

   一

姉貴は、刑事とアチキたちの中に横取りした犯人がいると頑張りましたが、結局誰も名乗り出ませんでした。
まあ、当たり前でしょうか。
 姉貴は、絶対に尻尾をつかんでやるといきまき、散会になりやした。
その日の夕方、アチキは西島警部から呼び出しを受けました。
ランドマークタワーのホテルの上の展望レストランで密会いたしました。
夕日がビル群をバックにして海に没してゆき、デートには最適の場所でやんした。
「君、菅原警部に疑われている」
 フランス料理とちょっとは高級なワインを前に、西島警部は、開口一番、ひそひそ声で、そう囁きました。
「は?」
 ワインを飲むほうが先で、仕事は二の次に考えていたアチキは、窓の外の景色も、警部の顔も眼に入らずに、空になったワイングラスに向かって、聞き返しました。
「君は、警護の最中に、非常階段を一度上り下りしただろう。そのときに、コカインを隠したんじゃないかって、菅原警部に疑われている」
「実は」
 アチキは言葉を溜めやす。
「話してくれないか」
 ワインを注いで話を引き出しにかかるとかと思っていたんでやんすが、いつまでもワインをついでくれないので、しょうがない、自分で注いで、話をし始めました。
「はい。実は、修理中のビルを警護している間にトシからケータイが入ったんです」
「トシは、ケータイを取り上げられてしまったといっていたじゃないか」
「はい。自分のは、そうです」
「どういうことだ?」
「ですから、自分を誘拐して見張っていた人のをトイレにいった隙にこっそり借用したようです」
「なんとまあ」
「で、先に行きます。トシは、あの時、詳しくはいえないけど、修理中のビルから紐がたれているから、それを回収して、自分の袂に入れて棄ててくれといってきたんです。そうでないとまずいことになるって」
「どういう意味だ? ブツを運び下ろしたときに使ったのか?」
「後で考えればそうかと思われました。でもあの時は、アチキには、とんと予想もつかなかったんです。でも、トシが泣きそうな真剣な声だったんで、アチキとしては、断れなかったんで、とりあえず、言われたとおりにしたんです」
「その紐は?」
「棄てました」
「そうか。で、君としては、どういう意味だと思うんだね。今となっては」
「はい。今、ゆっくりと考えるに、次のような状態だったんじゃなかったかと。
つまり、誘拐したのは、山城組の組員だけど、組の中の重要な立場の人間ではない。コカインの取引の責任者、友部若頭が難破船で死んだ日、実は、一緒に行く予定だった男ではないか。
そいつは、死んだ若頭に嘘をつかれて、取引の日にはいかなかった。だが、五千万円が消え、友部も死んで、コカインの取引があったことが明るみに出た。
なので、一緒に行かなかった責任をとらされて、指をつめた。しかし、それを怨みに思っていた。
で、例の夜。アチキがカジノの廊下の外で、トシとケータイで話した夜です。黒ずくめの男と山猫建設の親分が話しているのを訊き、自分でトシを誘拐しようと決意した。
そして、誘拐して、一連の身代金運搬をさせ」
「つまり単独行動で、組には報せなかったということだな」
「はい。翌日の夜までは、組は賭博で、それどころではなかった」
「別の場所で開帳しておったんだな。多分」
「はい。で身代金ですが、最後、自分があの修理中のビルの中に隠れていた」
「どこだ。探したがエレベーターの中にも屋上にも誰もいなかったと報告を受けているぞ」
「ですから、刑事が鍵を借りて捜索をする前までです。そいつも、九階の鍵を持っていて、そこに隠れていたんじゃないかと。
それで、先にゆきますが、姉貴がブツを屋上に置き、九階近辺に刑事が誰も居なくなったすきに、コカインの袋に黒い布袋をかぶせて、闇に紛れるようにして、屋上から下に下ろし、自分も降りて、近くのトシを隔離している隠れ家にいった。
そこから、トシを脅し、ケータイであの紐を回収させるように電話させた」
 アチキは、この二日間、一人で、修理中のビルの後ろを徹底的に探しました。自分の責任でトシが誘拐されちまったんで、自分で探しださなきゃなんねえと。
 しかし、修理中のビルの後ろにはコンクリート打ちっぱなしのビルがニ棟並んでおりまして、両方とも、道路に面しておらない部分は、手すりなどはありませんでした。
 トシだけでなく、コカインの袋も、一時は、近くに隠して、刑事たちがいなくなってから回収する可能性もあると考え、周囲をくまなく探しました。
特に、刑事たちから死角になる角の下は、何度も探しました。
刑事たちが怪しんで、尾行しているのはわかっておりましたので、「落し物が」などと、大声で呟いて、ビルのゴミ置き場などは何度も何度も探しました。
修理中のビルは、住民がおりやせんので、ゴミ置き場にゴミはなし。
後ろのビルは、二棟ともコンクリート打ちっぱなしのマンションでしたから、ビルの横にゴミ置き場がありやして、そこでは、出されておるゴミ袋を破いてまで探しました。
しかし、コカインはありませんでした。
「つまり、トシの隔離場所はあのビルの近くってことか? ついでに、コカインも同じ場所にあると考えられるな」
「多分」
「では、しらみつぶしに捜索すしかないか」

追伸。この前、アメトークで熟女特集をやっていたけど、熟女ブームがくるといいわね。それから、「音楽ばーか」が深夜枠に移動してしまうのはショックだわ。朝が早いから見れないもの。どこかでリバイバルをやってほしいわ。