殺戮中11回目

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粗筋。第一章。
佐渡で『殺戮中』というゲームが開催されている。これは5日間戦って、一億を発見すれば、それが手に入るというもの。現在衿がラーの三人をころして、どこかへ隠した。だが、別人格が隠したので、場所が分からない。明人は名案があるという。一方、さやかは、巨大コンツェルンの澪也を手に入れ、セレブの兄に、10億円を胴元から借りるように頼む。これは、誰が生き残るかに賭けられた賭け金。
第二章、三章。衿の過去、または別次元。
連続殺人犯の時雄は、昔、小型機を墜落させたのがトラウマになっていて、被害者の眼球をえぐるを繰り返している。衿は、動物とインターフェースする機械を使って、捜査している。で、時雄は整形を繰り返して、今は明菜になっている。そして、明菜が犯人だと突き止めると、明菜から衿に呼び出しがくる。衿は、明菜と会い、銃撃されて死ぬ。でも死なない。

   24

 ――警察の前線基地。
門田警部は、ラーの潜入捜査官にケータイを入れていた。身代金を二億に引き下げるように提案したが、それとて払う気はさらさらなかった。
ハマダラ蚊が放出されようが、人質がマラリアになろうが、あまり興味はなかった。興味のあるのは、ジークフリートの逮捕と、ラーの強制捜査と壊滅だけだった。
「もしもし。こちら門田だが、そちらで、ニコニコ動画にあったような遺伝子操作したハマダラ蚊を飼育していないかどうか、調べられるか?」
「ああ。今、研究所だ。責任者はジークフリートと書いてあるぞ。ここには明人は関与していないようだ。明人というのは、この前の報告で言ったが、ラーの戦闘部隊の長だが。この研究所のことは明人には内緒のようだ。おっと、扉の向こうで、犬が大量に死んでいる」
「もしかして?」
「そうだ。マラリアになった犬だろう。毛がそられていて、湿疹が大量にできている。どうやら、本物のハマダラ蚊みたいだ。扉を開けるぞ」
 ギーという重い音がした。
「おっと、まるで、映画のゾンビの大群みたいだ。だらだらと血を流して、床にのたうちまわっている。死にかけの犬が大量にいるぞ」
「そりゃ、大変だ。ジークフリートはこっそり、本物のハマダラ蚊を繁殖させていて、それを放つつもりだな」
 明人がうまく立ち回って、テロの映像に姿を現していないので、ジークフリートが主犯だとばかり思った門田は、ジークフリートを逮捕するべく用意を始めた。
「そのようだ」
 ケータイを切った門田は、澪也にケータイをした。澪也は、警察に絶大なパイプをもつ。
「澪也君か、テロを何とかしてほしい。ジークフリートと名乗る男が、ハマダラ蚊を放出すると言っているが」
 どうやら、ラーのテロリストが保有しているのは、本物のハマダラ蚊らしいと説明して、援助を要請した。
 門田の要請に澪也は嬉しそうな声を上げた。
「ほうほう。ちょうど、明人には戦いを挑むつもりだった。ハマダラ蚊には最適の武器があるぜ」
「待て、ハマダラ蚊の飼育に関してだが、研究所の首謀者はジークフリートであって、明人ではないらし。今、潜入している捜査員の報告では、マラリアにかかった犬が大量に死んでいて、研究所の責任者としてジークフリートと書いてあるとか」
「そうか。まあ、でも、どっちでもいいや。どうせ、俺は最新兵器を使いたいだけだから」
 澪也は力強くケータイを切った。

   25

 ――八階。食堂。
さやかは、逃げ惑う人質に蹴飛ばされて、意識が戻った。さっき、意識が飛んだが、実は、血糊の袋と、その端の肩が少し撃たれただけで、驚きで失神しただけだった。
どうやら、ジークフリートは、金持ちには甘いらしい。撃つ真似だけはしたが、自分を助けて、後から、セレブ達に取り入る気、なのだろうか。
この『ゲーム』がセレブたちによって、経営されていることは、明人から聞いて知っているだろうし。
あわよくば、今回、明人をテロの首謀者として警察に逮捕させて、次回からは、自分がメインで参加して、一億を自分の物にするつもりなのかも。
それにしても、さやかには夢でも見ているような景色だった。
 窓の外をヘリが飛んでいた。
 さっき撃ちおとされたのと同じ型だった。澪也のヘリだ。撃たれたふりをして、コートの下からのぞいていた。
 光が、さっき、RPG7で割れた窓から差し込み、大量のアブみたいな物が舞い込んでいた。
 実は、これは、最先端の超小型兵器であった。センサーで察知して、レーザーで蚊を退治する、一機、数十万もする兵器なのだが、さやかは、そんなことは知らなかった。ただ、アルミ独特の光沢と、超高速で上下する羽の動きが機械的であると思っただけだった。
 部屋の中では、ジークフリートが不気味な笑いを立てていた。大きな瓶の蓋を、次々と開けていた。
 蚊が舞い出ていた。
「これは、本物のハマダラ蚊だ」
 ジークフリートは叫んでいた。
 さやかは、コートをすっぽりとかぶっていた。
 蚊が、外からのライトの中、光源に向かって舞い進んでいた。そして、アブ型兵器の光線で、次々とやられていた。
 それが、数千、数万、まるで雲に包まれているようだった。
 人質の何人かが逃げ惑っていた。ブービー・トラップにひっかかる人もいて、あちこちで爆発が起こっていた。
 ガラス扉の方から、「さやかー」と叫ぶ声がした。見ると、雄太だった。
また視線を窓に向けた。蚊が、外へ流れ出していた。
 ガラス扉からは、ジークフリートたちが、笑いながら外へ走りだしていた。
 そっちへも、蚊とアブが流れ出していた。だが、そっちは比較的暗いので、それは、圧倒的に少数だった。
 さやかは、自分も、コートを深くかぶって、兄の方へ向って走り始めた。

   26

 ――数分後。地下駐車場。
 人質にまぎれて逃げ出してきたジークフリート。仮面は外していた。
 新潟テレビと大きく書いたバンの中で、ジークフリートは脱出の機会を待っていた。
 バンの中の小型のテレビで見ると、駐車場の出口は、機動隊とテレビ局の人間や警察の人間が入りまじり、雑踏そのものだ。
 ジークフリートは、バンの中においてあったテレビ局のロゴの入ったジャンパーを着て、地味なめがねをかけた。茶髪のかつらもかぶった。
 それから運転台に座った。
「そろそろかな」
 エンジンをかけ、駐車場を出て、人ごみの端を突っ切った。
 所轄の刑事と想われる男に止められた。
「大スクープなんです。たまたま今日はレポートの予定で地下にいたんです。僕は地下から数階上っただけなんだ。このスクープを他の社に取られちゃクビになっちまうんです。お願いします」
 血相を変えて叫ぶと、刑事はようやく通してくれた。
 だが、後ろで、誰かが叫んでいるのが聞こえた。
「あいつは、仲間だ――」
 一度、どいた刑事がまた前に立ちはだかりそうな勢いで走りだしてきた。
 ジークフリートは呟いた。
「チ。このまま突っ走るしかねえか」
 病院の周囲は報道陣の車がひしめいていた。
 ジークフリートは直感で微かな隙間を探して、強引に走りぬけようとした。敷地の端だった。
「止まれー」
 拡声器で叫びながら、一台のパトカーが追いかけてきた。
 ジークフリートはアクセルを踏む。ギュインと車が加速する。
 だが、猛スピードで、パトカーがななめ横から接近してきて、急ブレーキをかけた。
 バンのフロントにぶちあたりそうに、急停車する。
 パトカーの後ろに中年の刑事がいた。彼の目が細く細められる。
 ジークフリートは片手で窓から銃口を出した。 
 パトカーが止まった。その前に、刑事がとび出してきた。
「警察だ。止まれ。人質か犯人か確認する――」
 刑事が叫んで、銃を構えた。これは門田警部だった。
「畜生。撃てるもんなら撃ってみろ」
 刑事はドスの利いた声をあげた。
「殺されてえのか。ほんまもんでぶっぱなすぞ」
 ジークフリートは叫んだ。
「どけー。ひき殺すぞ――」
ジークフリートはいきなりアクセルを踏んだ。
 車が、刑事をひきそうになって、急発進した。
 だが、刑事はくるりと回転して転びつつ、一発、車に向かってぶっぱなした。
 パリン。テールランプが砕けた。
「どけ――」
 ジークフリートが怒鳴り、いっそう強くアクセルを踏む。
 バンは、止まっているパトカーの鼻先に突っ込んで、パトカーの向きを変えた。パトカーの脇に大きい破損傷が走った。
「止まれ!」
 刑事は尚も叫んで、銃をぶちかました。
「バックか。いや、突っ切るか」
 ジークフリートは、一回バックして、いきなりアクセルを踏んで、パトカーの鼻先をすり抜けた。
 ズキュン、ズキュン。銃弾がリアウインドを砕いた。
 ジークフリートは思わず体をまるめた。キュンと胃が痛んだ。
「止まれ――」
 今度は前にいた刑事がフロント・ウインドーめがけて銃を撃ち込んできた。
 だが、腰が引けている。銃を撃つのは慣れてないとみえる。
 銃弾はボディに当たったが、跳ね返った。
 ジークフリートはかまわずにアクセルを踏んだ。
 そのまま歩道を走った。テロの見物客を当て込んで出張ってきた屋台がひっくり返った。派手にワッフルと厨房道具が天を飛んだ。
 ジークフリートはなおもかまわずにアクセルを踏んだ。バンの頭だけが大通りに出た。
「どけ――」
 怒号を発しながら、急カーブを切るように車線に出た。
 対向車線の車が急ブレーキをかけた。その間隙をぬぐって進行車線に乗ろうとした。だが、なかなか乗れなかった。
 ズキュン、ズキュン。
 後ろからさらに銃弾が飛来して、ボディに穴があいた。
「突っ切るぞ」
 ジークフリートは唇をかんだ。
 ズキュン。パリン。
 バックミラーが割れた。
 思わず後ろを見ると、さっきの刑事が歩道まで追いかけてきて、銃撃していた。
 刑事は、もたもたするバンにさらに狙いをつけていた。
 だが、横から、いきなり三十くらいの男が走りだしてきて、その手を止めた。
「僕の目玉、エルロンだよ――」
 男の口が動いた。逃がした人質の一人に似ていた。
「殺すな。僕が復讐するんだから――」
 若い男は叫んでいた。刑事の手が一瞬とまった。
 その隙をついて、バンは進行車線に乗った。

    27

――数時間後。佐渡病院付属の薬局。
蚊に刺されたと駆け込んでくる人で、ごった返していた。
テレビでは、『時雄付きのカメラマン』が撮影した、ハマダラカが放出される映像が、何度も流されていた。
病院近くの薬局は、薬剤師が呼び出されて押し寄せる人たちと押し問答をしていた。
「治療薬は、まだ治験状態なんです。今ある在庫は、もうありません。治験に使っている物しかありません」
 薬剤師がいくら叫んでも押しかけた人たちは聞く耳を持たなかった。
「それ、ください」
「奪え――」
「待ってください――」
まず薬局が襲われた。騒乱状態で、薬は奪われた。
 群衆に手を焼いた薬剤師は、奪われるままにして薬局を後にしていた。近くにいた雄太は、ちらっとつけっぱなしのテレビを見た。
「繰り返します。月星製薬は、マラリア蚊に対する即効性のある治療薬を発売すると発表しました。これは、新型のマラリアに対し、非常に有効で、すでに大量の在庫があるそうです。この発表を受け、月星製薬の株価は急激に上昇している模様です」
 月星製薬とは、さやかに言われて大量に買った株の製薬会社だった。『月がきれい』というのが、暗号だと察知して、即座に買ったのだ。
「そういうことだったのか。どうも、胡散臭い奴だと思ったんだよな」
雄太はにんまりとし、自分に向かって呟いた。
 薬局はまだ混乱状態だった。
「すべての蚊がマラリア蚊だとは限りません。殺虫剤もありますし」
 薬局の従業員が叫んでいたが、暴徒は鎮まる気配はなかった。
「それも売りきれているんだ――」
後ろではテレビが続けていた。
「殺虫剤のメーカーの株価も急上昇しています」

    28

――三日後。
さやかは兄が買った月星製薬の株を全部売った。兄の代理として何回か証券会社の代理店に顔を出していたので、問題なく売れた。さらに三営業日を経て、二十億を全部手に入れた。それを兄に黙って、ダイヤに代えた。一億のダイヤが二十粒手に入った。
兄には、すぐに十億を渡すと言ってあったが、しばらくは自分で眺めて楽しむつもりだった。
『ゲーム』は終了した。
誰も死ななかった。胴元は損をしたようだ。
一億は、どうやら、時雄がこっそり手に入れたようだった。
明人はジークフリートと一緒に、ラーに逃げ帰った所を、警察に逮捕された。
澪也は、テロを終息させたので、マスコミに取り上げられて、英雄扱いだった。
毎日テレビに出てインタビューを受けている。胴元に電話してきて、次回の『ゲーム』は、自分が胴元になって開催すると宣言したようだ。

    29

――同じ頃。 
 時雄はブログにさやかの写真をアップしていた。
 さらに、ブログに書き込んだ。
『この顔にピンときたら、コメントちょうだい。写メ撮ったり、リンク張っても勿論OKだよ』
 ブログをアップし終わった時雄は、ビニール袋の中の眼球を大事そうに頬に乗せた。猫の眼球である。
「これは、僕の眼球だもんね。日本中がチェイサー、つまり猟犬なんだよーん。お、もう一言付け加えておこう」
『リンク張ったら、自分のブログのアクセスは増えるし。そしたら、広告料もがっぽりだからね。おまけに犯人をみつけたら、立役者として、2チャンネルで超有名人になれるかもね』
時雄のブログには、次々とリンクが張られてきていた。

   30
 
――数日後。さやかは東北のひなびた温泉に来ていた。
最近、やたらと写メを撮られるような気がしていた。どこにいても、部屋から出られない。だが、さすがにこんな山奥までくれば、追ってくる人間もいないに違いない。
今日はひさしぶりにのんびりと温泉につかっていた。
それに、今日、引っ込み思案の少年と出会った。細い男で、瓶の底みたいな分厚い眼鏡をかけて、年齢不詳だった。エルロン、エルロンと独り言をいう癖があった。
どもりながら、お兄さん、今夜一緒に飲みませんか、と話しかけてきた。母親が死んで、傷心旅行なんだとも話した。どもっている所が心許せる人柄に思えた。
それが、時雄のまた成形した姿で、声も偽っているとは気がつかなかった。
さやかは自分の半生をたどってみた。ちょっと前、高校を中退してアメリカにいた。
アーミーに入隊していた。入隊は簡単だった。アーミーの駐屯地から派遣されたのはイラクだった。市街戦が多かった。
ブラックホーク・ダウン』ほどひどくはないが、あれくらい統制のとれていない市街戦を戦った。半年で除隊した。
帰ってきてからは、少しトラウマに悩んだ。『タクシードライバー』ほどひどくはなかったが、ふつうの仕事にはつけなくて、キャバクラ嬢をして、昼間眠った。やはり暗闇は怖くて眠れなかった。
今でも昼間の方が落ち着く。
私の人生は映画か、と自分で言って自分で笑う。
日本に帰ってきたのは、数年前だ。帰って来てからは、高校に復帰し、キャバクラでバイトして生きてきた。戦争の体験を面白おかしく話して、座をにぎわすと、面白いと重宝がられた。
今日、夕方、飲み物を買って、好きな酒も買って、部屋に帰った。
アメリカ暮らしでバーボンが好きになったが、この宿には置いてない。
部屋に入ると、軍隊時代から身についた、くるぶしまでのコートを脱いで、ジャケットと綿パンになった。
顔がドイツ系で、いつもバリッとした格好を求められるせいか、着物やジャージの上下というくだけた服装はダメだった。気持ちが許さない。
薄暗い露天風呂への廊下で、よたった若者三人にであった。
ずりさげたズボン。腰のチェーン。耳たぶに輪っか。鼻にも輪っか。廊下を占拠して歩いていた。その一人がいきなり写メを撮った。
反射的に顔を隠した。相手がエヘヘと笑ったような気がした。急いで姿を隠した。
今は瓶底めがねの少年を待ちながら、一人で酒を飲んでいた。
久しぶりに心行くまで話をしてみるつもりだった。アーミーの体験なら喜びそうだ。オタクっぽいし。
外には中天の月がかかっていた。半月だった。
残酷な天使のテーゼ
メロディをのせて口ずさんでみる。
部屋にはそこはかとなく甘い香りがしていた。
誰かがドアの向こうにいるような気がした。だが、扉を開けても誰もいなかった。
部屋に戻った。甘い香りが強くなったような気がした。
眠気がした。そして、うとうとした。
突然、激痛で目が覚めた。が、真っ暗だった。
手探りで電気を探した。天井の蛍光灯からの紐が手に触れたのでひっぱった。カチカチと音がしたが、部屋は真っ暗なままだった。
だが、それを不審に思う暇はなかった。両方の眼窩に耐えがたい激痛を感じて、再度失神したからだ。ふれると、眼窩がしぼんでいて、血も滲んでいた。
失神しながら、歌うようなさえずるような声を聞いた。
「エルロン、エルロン、エルロン、バンク、ガッシャーン、ガリガリガリ。二十億は僕のものだよん」
(一応の了。以下はおまけ)

    31

――数週間後。
七浦海岸近くに停泊中の豪華船の中。上の部分が、国会議事堂の形をしている。
 時雄はさやかの兄の雄太に呼び出されていた。
 最初は、金のことはあきらめるので、今後の相談をしたいとのことだった。なにしろ、セレブなので、20億くらいは目じゃないと言ったのだ。それより、両目をなくしたさやかが哀れだから、なんとかしてくれないか、とのことだった。
 胡散臭いものは感じたが、時雄が犯人だと知っている訳ではなし、適当に話を合わせて、セレブに取り入ってやれと言う思いだった。
だが、あった途端に、銃撃された。さやかが、時雄に両眼を抉られたと報告していたのだ。あの。エルロンがいけなかったらしい。さやかは、一緒に人質にとられている間に、時雄が何回か興奮してエルロンと呟くのを聞いていたのだ。
雄太は復讐の鬼と化していた。時雄は豪華船内を逃げ回っていた。
雄太は、部下を連れて追いかけてきている。勝ち目はなさそうに思える。
時雄は一部屋のドアをおそるおそる開いた。
重厚なノブのあるドアの向こうは、クイーンサイズのベッドと、チーク材の、上品な主寝室だった。ブランドのタオルなど、いろんなアメニティがそろっていた。
 ドアを開けると、クローゼットになっていた。男女分けてであるが、高そうな服が、ぎっしりと詰まっていた。
 シャワールームには、金の蛇口つきの浴槽、洗面台、ピーナツ型のジャグジーがそろっていた。廊下に戻り、右側に、別の寝室を見つけた。
 こちらは、さっきほど大きくはなかった。ベッドが二つだけで、シャワールームはなさそうだった。隣の部屋を開けた。
 チーク材のテーブルがあった。食器棚には、大倉陶器の食器が入っていた。
 簡単な厨房も見えた。ラウンジもあった。
 食器棚は、片方の扉が空いていた。ウイスキーの瓶が何種類か見えた。スコッチやら、バーボンやらだった。
ラウンジには、緑のレザーのテーブルとライティング・デスク、椅子などが散らかっていた。偽の暖炉もあった。床は、細かい模様の絨毯だった。
どこかの部屋から、ドンという、何かが落ちる音がした。
耳をそばだてた。
部屋は、頑丈な板が張り付けられているのだが、上の部屋の音は、比較的よく響くようだった。
じっとしていると、また小さい、ドンという音がした。
人間の話す声がした。雄太と誰かが入ってきたのか?
厨房にあった包丁を取りにいって、きつく握りしめた。
そろそろと、足をひきずりながら、ドアまで行って、照明を消した。
廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。
頭上でまた音がしたので、廊下を歩いて、端の部屋にいった。
どこかで、モーターが唸る音がした。
浪に揺られる感じがあった。巨大な客船なので、出港したのか?
時雄は隠れ場所を探したが、何もみつけられなかった。
そこは、ただ広いだけの、会議室みたいな部屋だった。
幾つかの簡単な横長のテーブルとイスはあるが、隠れられるような代物ではない。
窓の外を見た。グレーのコンクリーの壁が見えた。遠くには灯台も見えた。
 海の上?
 窓のそばに身を寄せていると、風が鋭く流れる音がした。船は、港から沖に出たようだ。
 どうしようかと思案していると、話声がして、板張りの階段に足音がした。
「どこに隠れているのかな? 無駄だと思うが」
 雄太の声だった。心臓が、痛いくらいに動悸を打った。
 胃がむかむかした。呼吸も苦しくなった。逃げようと思うが、足に力が入らない。
「机の向こうにいるのはわかっている」
 低く、笑うような声がした。
 時雄は背を低くして、深く呼吸をし、這って廊下に出た。幸い、近くのドアが空いたままになっていた。
 だが、外に雄太の部下がいた。
「ごめん。あたし、雄太ちゃんには逆らえないの」
 おかまっぽい部下が、申し訳なさそうに言葉を押し出した。
「君は、とても優秀だ。でも、無謀だ」
 後ろから来た雄太が冷たく強靭な手で、時雄の腕を掴んで、会議室の中へ戻し、ゆっくりと明かりを付けた。
「さあ、ゆっくり話しあおうか。ここでお前はおしまいだからな」
 雄太は、上品なグレーのスーツを着ていた。これから結婚式にでも出るような、高級そうなスーツだ。
スーツは、引き締まったおしりと長い足を美しいシルエットで包んでいた。
「高そうなスーツだこと。これから、結婚式にでも出るの?」
「ああ。お前さんが、邪魔しなければ、私はさやかと極秘の結婚を発表するはずだった」
 彼は腕を離した。時雄は床に落ちた。
「さやかは僕の命だ。世間がなんと言おうと、僕は結婚するつもりだ」
 彼は腰をかがめて、威嚇するように見下ろした。そして、小さくほほ笑んだ。テーブルの上に出してあった箱の蓋を開けた。中には、デカンタとワイングラスが入っていた。
 彼はそれを取りだした。
「ワインはどうだ?」
「いえ、飲みたくはないし」
「そうか。じゃあ、僕だけ」
 彼は、片端だけ持ち上げるやりかたで笑うと、自分のグラスにワインを注いだ。
 時雄の手はかすかに震えていた。それを見られまいとして、自分の両脚にギュッとおしつけた。
「僕が言うのもなんだけど、警察がかぎつけて、駆け付けてくると思うけど。さっき、銃声が響いたし」
「どうかな?」
 雄太は、立ち上がって、嬉しそうにつぶやいた。
「来ないと思うよ。海の上だし」
 彼は冷たく言った。
「大丈夫。連絡はとれているから」
時雄は入れっぱなしになっていると見せかけるためにこっそり電源を入れたケータイを見せた。
 雄太は、唐突にグラスを投げた。そして、時雄のケータイを奪い、二つに折って捨てた。
「これで、もう通じない。今までもどこにも通じてなかったようだが」
 雄太は、また腰を下ろして、ワインを注ぎ直した。少し震えていた。
「もう、さっき、通報したの」
「誰が信じるか」
 彼は、机の上の箱を荒々しく横に払った。デカンタとグラスが、床に落ちて、粉々に砕けた。ワインの雨が、時雄の顔に降り注いだ。
「さっきから、ずっと声が聞こえる範囲にいたんだ。君と僕は。だから通報したのなら、聞こえたはずだ」
 彼は、拳を握りしめて、わめいた。
 それから、怒りを内に秘め、考えこむ顔になった。
 時雄は、何か言おうとしたが、何も思い浮かばずに、唇をかみしめた。
 やがて、雄太が目を細めた。時雄の心の内を読んだかのように、言葉を押し出した。
「さて、いざ、始めようか。人を殺すというのは、どうも、気が進まないものだが」
 それだけ言うと、にんまりと笑った。怒りは消え、興奮を押し殺したような目をしていた。

     32

「そう、簡単にはやられないから」
 時雄はポケットからナイフを引き抜いた。
「おや、おや、気丈なお譲さんだ。ああ、外見は女性だが、内面は男か」
 雄太が哀れむような笑みを浮かべた。
「無駄な抵抗だと思うけど。すぐに楽になるから」
 時雄の心臓の鼓動が速くなった。だが、両手は震えていなかった。
 昔、飛行機が落ちた時のことを思い出した。頭の中のできごとなんだけど、時雄にはリアルな思い出となっている。
 もう、死んだと思ったのだ。あの時。だから、今は余生なんだ。怖い物はない。
 時雄はすばやく腰を上げて、後じ去った。雄太は、時雄を捕まえようと、机を回り込んだ。時雄は思いっきり足に力を入れ、ドアに突進した。
 そして、廊下に走りでて、船首と思われるほうへ走った。走りながら、自分の上着の裾をナイフで切った。自分でも何を考えているのか不明だった。
 雄太の部下は、一瞬のことで、固まっていただけだった。
 時雄は、勢い余って、腹の皮を傷つけ、血が、パンツに滴り落ちた。
 雄太たちは、ドアの前で、一瞬、躊躇していたので、時雄に数秒の余裕ができた。
 時雄は、走って、さっきのラウンジに入った。そこで、高価な食器の入った棚から、一気に食器を薙ぎ倒して、落とした。グラスやカップが部屋の中央まで飛んで、受け皿が落ちて、勢いよく砕けた。時雄は、カーテンに目を付けた。
 カーテンに血をなすりつけた。
「おいおいおい。穏やかじゃないね。何をするつもりだい?」
 彼が入ってきて、あきれたように手を上げた。
「わからない。自分でも、何をしようとしているのか。わからない」
 時雄はラウンジの中を走りまわった。
 それから、床に落ちている食器を拾って、かたっぱしから投げ始めた。
「無駄な抵抗だね。こっちは男が二人なんだ」
「でも、しないよりはましだし」
 時雄は、さらに、走り寄ってくる綾瀬の前に、椅子を投げ、厨房に逃げ込んだ。
 そこには、チャッカマンがあった。なにかが、時雄の中で閃いた。
 チャッカマンを付けると、青い火が上がった。
「何をするんだ」
 雄太が厨房に走りこんでくると、すかさず、時雄は、机の上の布巾を取って、火のついたチャッカマンの上に乗せた。たちまちに火がついた。
 時雄は、それを、手に持って、体の前に突き出し、振り回しつつ、厨房のカーテンに押しつけた。難燃性なのか、火はつかなかった。
「止めろ」
 雄太が飛びついてきたが、時雄は危うく飛びのいた。
 彼が、音を立てて、床に倒れた。
 時雄は、燃える布巾を持ったまま、ラウンジに駆け戻って、カーテンに火を押し付け始めた。
こちらにかかっているカーテンも、なかなか火がつかず、勢いよく煙が噴き出しただけだった。だが、強烈なにおいが室内に充満した。
時雄は、次から次と、走って、別のカーテンに火を押し付けた。
雄太が、どこかから消火器を持ってきて、カーテンめがけて、吹き付け始めた。
室内は、煙と消火器の薬剤で、鼻がひんまがるほどの状態になった。
目がちくちく、刺すように痛んだ。肺もひりひりした。
時雄は焼け残りの布巾で口を覆って、廊下に逃げ出し、階段を上がった。
雄太は、消火器を振り回しながら、わめいていた。
「時雄を止めろ」
部下が、廊下を走って、階段を上がってきた。
時雄を捕まえようとして、上着の裾を掴んだ。しかし、するりと抜けた。
時雄は船尾に向かってはしった。周囲は暗く、違う船がしずしずと進んでいた。
水は黒く、つめたそうだった。
隣を行く船の船尾で、何人かが談笑しており、時雄は、助けを求めて叫んだが、むだだったようだ。雄太がデッキに現れた。
まだ、消火器を抱きしめていたが、怒り狂ってそれを投げ捨てた。
そして、何か叫んで、時雄に向かって走ってきた。
時雄は、息をのんで、水中に飛び込んだ。

      33

「はっはっは。プールに飛び込むとはな」
というように、雄太の口が動いた。
海は黒く、絶対にスクリューに巻き込まれるような気がして、飛び込めなかったのだ。
昔、小さい頃、船に乗っていた時に、友達が客船から落ちて、スクリューに巻き込まれて死んだ。
最初は沈んだかと思われたが、数日たって、頭と胴体が分かれて浮かんだ。
それを思い出したから、どうしても、海には飛び込めなかった。
時雄は臆病な自分を呪って、後悔したが、遅かったようだ。
相当に広いプールだった。でも、水は氷のように冷たかった。
だが、肺を差す薬剤が、かすかに洗い流されて、すこしすっきりした。
時雄は肺から薬剤を全部吐き出そうとして、せき込んだ。
プールの周囲を歩く雄太から何とか少しでも離れようと思って、水に潜った。
だが、水を目いっぱい呑み込んでしまった。むせながら、水を吐き、一生懸命に泳いで、少しでも遠くに行こうとした。
靴を脱ぎ、水中で悪戦苦闘して、上着とシャツを引きちぎった。さっき切ってあったから、少しは楽だった。隣を行く船は、かなり遠くに去っていた。
氷のようなプールの中で、時雄は潜り、泳ぐ、を繰り返していた。
全身がふるえ、水は身を引き裂くようだった。持ちこたえるか、あるいは、雄太にやられるか、どっちかだった。
――どうしようか?
必死に考えたが、いいアイデアは浮かばなかった。
雄太がライフルを持って、プールのそばに現れた。
まずい。
そして、狙いをつけながら、撃った。
ズキュ。
弾が、耳のすぐそばをかすめて、水をえぐった。
ヒッ。
思わず悲鳴に近い息が漏れ、首をすくめた。
「はっはっは。時間の問題だ。目が慣れたから、よく、見えるよ」
ガシュ。
次の弾を込める。
彼の悪魔に取り付かれたような顔がはっきりと見える気がした。
ズキュ。
今度は、球が耳をかすった。
強烈な熱い球になぞられた気がした。
彼が一歩、また一歩近づいた。
おしまいだ。私は観念した。
しかし、その時だった。
ゴーっと言う音がして、船の上に先のまるい、丸太のような物体が現れた。
何だ?
それは、疑う間もなく、船の上の部分に衝突すると、強烈な火花を放って、オレンジの炎を上げて、裂烈した。
グワッシーーン。
耳を弄する音があたりを支配した。
船の客室の部分が燃え上がって、雄太たちの上に襲いかかってきた。
船が燃え上がった。ものすごい灼熱の炎が、プールの上を支配した。
時雄は、衝撃におされて、プールに押し込められた。
水上を、真っ赤に燃える炎がなめていった。
時雄は気を失った。

そして、どのくらい経ったのだろうか。気がつくと、水上に浮いていた。
そして、救助隊が、どこかの船から移ってきて、救助をしていた。
一人が小型テレビを手に持っていて、時雄をプールサイドに引き上げてから、見せてくれた。
北朝鮮のミサイルが豪華客船を襲撃したようです」
北朝鮮のミサイル?
「船の客室の部分が、国会議事堂の形をしていたので、それに、突っ込んでようです」
時雄は、自分の耳を信じられない思いでいた。なんという偶然。
テレビはさらにわめいていた。
「画像認識ミサイルでしょう。この客船は、国会議事堂の形をしていますから。国会議事堂を狙うといえば、北朝鮮のミサイルしか考えられません。船のデッキの部分から、破裂したミサイルの部品が回収されました。それには北朝鮮のハングルが描かれていました」
助かった。千万分の一の偶然だ。
「このミサイルは、巡航ミサイルと言って、地上十メートルくらいを、這うように飛来します。ビルを超え、建物をよけて、レーダーの下をくぐるので、非常に察知するのがむずかしいミサイルです。それが、飛来したようです」
 アナウンサーが唾を飛ばして叫んでいた。
「いや、今回は、日本海に潜っていた潜水艦から発射されたのではないでしょうか?」
 軍事評論家らしき男がコメントをしていた。
――北朝鮮のミサイルに助けられるなんて。
時雄は、涙がこみ上げるのを、抑えることができなかった。
(了)
連載の開始は6月1日です。『バトル・ロワイヤル』とミステリーが融合しているだけでも新しいのに、三分の二くらいのところに、あっと驚くドンデン返しがあります。是非読んでね。そして、投票よろしくお願いします。