殺戮中10回目

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粗筋。
第一章。佐渡で『殺戮中』というゲームが開催されている。これは、5日間戦って、一億を発見すれば、それが手に入るというもの。現在衿が、ラーの3人を殺して、それをどこかに隠したらしい。でも、別の人格がやったんで、拷問しても、わからない。そこで、明人が、いいアイデアがあるという。一方、さやかは、巨大コンツェルンの御曹司の澪也を手に入れる。またセレブの兄に頼んで、誰が生き残るかに賭けられた10億円の掛け金を借り出させる。
第二、三章。衿の過去、または別次元。
連続殺人犯の時雄は、昔、小型機を墜落させたのがトラウマになっていて、被害者の眼球をえぐるを繰り返している。衿は、動物たちとインターフェースできる機械を使って、捜査していた。そして、整形手術を繰り返して、今は、明菜と名乗っている犯人を突き止める。その時、明菜から呼び出しがくる。衿は明菜と戦って、銃撃されて死ぬ。でも、死なない。


  15

 ――澪也の部屋。
澪也は一人で、セレブ室の下の一室にいて、ハイボールを傾けていた。彼もこのマンションに一室を持っているのである。
「ディレクターって人使荒いよな。これでヘリが二機、おじゃんだぜ。それに上空から落ちろだってよ。それも簡単に一回、パラシュートの練習をしただけで。すぐに本番。きついよな。俺は軍事オタクで、何回もやっているから、いいけど」
 ちなみに、さやかの背中には教官がくっついていた。カメラマンは、ディレクターが、パラシュート降下のできるカメラマンを用意していた。このゲームには金がかかるので、一千万ほどの予算が胴元から支給されていた。
 澪也はまだヘリの燃えるのを見ていた。昼間、カメラマンが撮影したVTRである。
 澪也は掌を見た。そこには人間の肉を抉る感触がはっきり残っている。昔、一人、殺めたことがあるからだ。
 澪也は、昔からギャンブルが好きだった。
 三年ほど前、友達に保険をかけて殺したことがある。
 話があるふりをして酒を呑ませ、車に乗せて海に落とした。
 相手は助手席で眠っていたが、海に落ちる瞬間に気が付き、自分を、化け物を見るような目つきで睨んだ。その目付きは今でも忘れられない。
 自分は、車を突き落とす前に脱出する予定だったが、人間とは思えない力で腕をつかまれ、一緒に海中に潜るはめになった。
 海中に没してゆく車の中で、水を掻きわけながら、ポケットにあったナイフで、相手のわき腹や胸を、手当たり次第に刺した。
 途中からは車から抜け出し、二人とも水面に顔を出しながら闘った。相手がいつ死んだかは覚えていない。
 だが、腕を掴まれた感触、柔らかいのに強靭な腱を抉る感触。それらが今でも消えずに残っている。
 後で警察が来たが、当時付き合っていた女にアリバイ証言をさせた。金は少々かかったが、問題はなかった。すべてが金で解決できた。
「一億もいらねえよな。人を殺すのも、もう面白くねえし」
彼は、今まで手に入れた銃やロケットランチャーを打ちまくって、それをセレブたちに見てもらうのが目的でこのゲームに参加した。
 銃を並べた。
「さやかとは話があうような気がするな」

    16

――セレブ室。
ディレクターが、『さやか付きのカメラマン』から送られてきた映像をみて、興奮して叫んでいた。
「面白くなってきたぜ。大爆発だぜ」
ディレクターは澪也にケータイをした。
「今、何をしている?」
「別に、何も」
「新しい仕事だ。病院ビルにテロリストが侵入した。どうやら本気らしい。今、一階部分を爆破した。八階を外から映した映像が欲しい。それから、さっき、『時雄付きのカメラマン』がテロリストの一人から、ホールの外で撮影した映像を局に送るように命じられたので、我々は、それを東京のテレビ局に送るが、君は、ヘリで映像を送って欲しい」
「おーし、じゃあ、部下にカメラを持たせて、ヘリで撮影するぜ」
「頼んだぞ」
「ラジャ」
 澪也へのケータイを切ったディレクターは部下に命じた。
「さっきニコニコ動画で見つけた蚊のビデオを、テレビ局で放送するように伝えろ」

    17

 ――警察の前線基地。
前線基地に、どさくさにまぎれてもぐりこんだ、時雄。
「機動隊は、あと何分したら、突入できるんだ?」
「SATがちょうど佐渡に来ていて、今、駆け付けたようです。あと十分で突入できます」
 時雄は、興奮しながら、捜査状況を見学していた。
 病院の南側のカフェには、後続の捜査員たちが到着し、次々と必要機材を運び込み、設置をしていた。
 カフェの営業を終了させ、割れた窓から吹き込む風と、寒さに震えながら、パソコンと睨みあい始めた。
 カフェの周囲には十メートルおきに大型のサーチライトが配置され、病院を照らし始めた。三、四階くらいまでは、昼間のような明るさになった。
 病院の南側は道路。北側は八階だてのビル。雑居ビルだ。
 道路の向かいには八階よりはちょっと低いホテル。
 あちこちからクリスマスを恋人や友達や家族とすごしていた人たちが飛び出してきている。
 機動隊や制服警官が野次馬を追い返しているが、人数は増えるばかりだ。
 報道陣は、強引に黄色いリボンをまたいで、南側の広場にまで侵入しているが、黄色いリボンの十メートル前あたりで、警察官に制止されて、それ以上は近づけない。
 時雄は外に出て、警備員のふりをしながら、救急隊員の手伝いもしていた。
 しばらくすると、SATの乗っている護送車みたいなバスが現着した。だが、まだ要請が出ていないのか、誰も降りてくる気配はない。
 そうこうすると、時雄の近くを通った捜査員の無線が叫んでいるのが聞こえた。
「周辺の道路はすべて封鎖の上、警官隊を配備。北側と西側は道路。南側は広場ですが、機動隊が固めております。北側のビルへは捜査員を派遣し、事情を説明して、まだ営業している事務所などは、早期に退避するように勧告中」
「ところで、SATを一階の非常階段から潜入させます。八階まではブービー・トラップと爆弾はないようです。道路を隔てて、向かいのビル、そこから一班には、射出機を使い、綱を張り、屋上を伝わって侵入させる。もう一班は、七階までゆき、そっと人海戦術で椅子や机を動かします。あったらですが。十五分後には、屋上から突入できます」
 門田は、即、SATに手配をした。
「できるだけ早く一階の裏口から侵入し、階段で登れ」
 一階南側は警察やマスコミの持ち込んだ照明で明るいが、その他の入り口は暗い。
 幸い、非常階段は壁で囲まれていて、階段を昇っても、SATの撮影は不可能だ。
「向かいのビル屋上を伝わって現場に侵入させるので、ヘリでの撮影を禁止させろ」
「アイアイサー」
 部下が、「マスコミに、これだけは守るように」と前線本部の一人にきつく指示した。
 門田は更に次の指示を出した。
「事は慎重を要するから、SATの半分は、七階で待機せよ。もう半分は屋上から突入することを考え、すみやかに向かいの屋上まで上れ。そのうち交渉して人質を解放させるから、滑車やロープなどを用意せよ。暗視装置やハットン弾も全員に渡せ」
 部下が無線で指示を現場のSATの隊長に伝える。
 ハットン弾とは、室内の人間に被害を与えずにドアの蝶番を破壊するスラッグ弾である。ドアを壊しても、ブービー・トラップを切った後でないと、突入はできないが。
 暗視装置はブービー・トラップを見破るためである。 
「近くのビルに入っている会社には、屋上に辿り付いたSATの姿を隠すために、電気を消して周囲を暗くするように要請せんといかんなあ」
「その命令はすぐには行き渡りそうにないですねえ。辛抱強くお願いして回らせるしかないでしょう」
 部下がさっそく手配する。
 門田は、前線本部の用意された椅子に腰を下ろし、部下には幾つものテレビを並べさせて、各局の映像のチェックに入らせた。
 
時雄は、さっきから部下の小巻と呼ばれた男に注目していた。
 小巻は、SATへの命令の前も後も、ずっとケータイで作業をしていた。
 後ろから覗きこむと、写メで写した映像を自分のブログにアップしているらしかった。
『ただいま立てこもり事件が進行中。前線本部の内部からレポートします。前線本部は警察庁の人間を中心に二百人態勢の警備陣を投入しました。断続的に門田警部が犯人と交渉中』と続いていた。
 小巻は警部補と呼ばれていた。さすがに、秘密をばらすような書き込みはしていなかった。
 時雄は思わず手を打った。興奮がこみ上げてきた。
自分は今事件の渦中にいる。世界中が注目している。だとすると、世界の中心にいるとすら言える。
時を移さず、時雄は、いつも持っているデジカメを取り出した。
動画で前線本部を撮影し、それを、これまたいつも持っているeモバイルパソコンに取り込んで、ニコニコ動画にアクセスし、アップし始めた。ハンドルネームは警備員とした。
曰く。
佐渡病院の捜査関係者。ただいまテロ進行中。これからテロ対策本部より実況中継します。テロ対策本部では、一分ほど前非常階段からSATを突入させた。十分後には七階まで到着する予定。もう一班も、向かいのビルの屋上に到着し次第、屋上を伝わって突入の予定。尚、投降者には二億を与えると、門田警部は断言』
 二億は勝手に時雄が予想した額だ。
アップすると時刻が表示された。画面に『実況中継』の文字が躍っている。
満足した時雄は、パソコンのスイッチを切った。そして小さく口ずさんだ。
「エルロン、エルロン、エルロン、バンク、ガッシャーン、ガリガリガリ

   18
 
――十数分後。
 八階のジークフリート
 CCDにつながったパソコンで各階の動きをチェックしていた。
 地上には明人がいる。
アルベリヒを殺さなければならなかったのは、痛かったが、まだ、食堂の入口には、何人かの仲間が銃を持って、残っていた。人質の残りは二十数人。
 人質の残りを銃で脅して、一緒に逃げようと思っても、無理だろう。ブービー・トラップを切って、非常階段で下りたとしても、周囲の捜査員と機動隊の壁を突破できるはずがない。
 あとは、屋上の救急ヘリで、自分だけ逃げる手もあるが。
「まあ、後でゆっくり考えればいいか」
 ジークフリートニコニコ動画にアクセスした。
 今さっき、ニコニコ動画に面白い情報をみつけたので、ゆっくり見ることにしたのだ。
 ニコニコ動画には警備員というハンドルネームの人間のアップした動画があった。
アップされた時間は約十五分前。
『たまたま佐渡に来ていたSATがかけつけた。あと十分で七階に到着の予定』と書いてあった。
 時間はとっくに過ぎている。だが、まだ七階の非常階段にしかけたCCDカメラには、何の動きもない。
 カメラに映らない位置で待機はしているが、突入の最終指令を待っているに違いない。
「急がねば」
 ジークフリートはRPG7を抱えて、窓から外を見た。ヘリの音を聞いたような気がしたからだ。

 数分後。同じく八階、食堂。
『ほいほい。来るな。死にたいのか』
 ジークフリートワンセグのテレビの画面を見て、呟いた。
 画面には八階付近がアップで映し出されている。窓の外を見ると、こちらに向かって進んでくるヘリの姿が捉えられていた。
 中の様子を撮影しようとしているのは明白だった。
 ジークフリートは、よく見ようとして、仮面を捨てた。だが、顔を写されると困ると思って、急きょ、道具箱に入っていたサングラスをかけた。
 ケータイが鳴った。出ると、明人だった。
「あのヘリをどうにかしないといけない。一機に撮影を許せば、次々とこの中を撮影される。一旦どこかが口火を切ったら、あとは収拾がつかなくなる」
「煩え。わかっておる」
 ジークフリートはケータイを切って怒鳴り声をあげた。
「俺は本気だ。今、それを見せてやる」
 ジークフリートはRPG7を掴んだ。そして、上昇してくるヘリに照準を合わせた。
『止せ。被害をこれ以上大きくするな――』
 人質の誰かが叫んだが、ジークフリートは無視した。そして、引き金を引いた。
シュッという微かな音を立てて、ロケット砲が発射された。
それは、窓を丸くぶち抜き、一秒後には、ヘリに命中した。明るいオレンジを基調とした黄色と赤の炎が舞い上がった。
 グワッシャ――ン。
 一瞬送れて鼓膜の破れるような轟音が凍る空気の中を伝播してきて、非常扉が派手な音を立てて吹っ飛んだ。
 ビル全体がたわんだかと思われた。
 ヘリと、すぐ後ろにあった、向こうのビルの非常扉が爆発した。
 窓が割れそうに震え、ヘリの破片と、向こうのビルの飛び散ったコンクリートの塊が、ぱらぱらと落ちた。数秒後。キャーッという悲鳴が下から沸き起こった。
 巨大なコンクリートの塊が落下していった。
その中を、極限まで双眸を開いた操縦士の顔が流れ、そして、ヘリの残骸は斜めに墜落していった。
 同時に、向こうのビルで見物していた人間が、爆風で飛びあがり、ぱらぱらと落下していったのだった。

   19

 ――数分後。地上。明人。
 明人は強烈な衝撃を受けて、地上でぐったりしていた。
ヘリの墜落で、プロペラが自分を襲ったのは覚えていた。
爆発の影響で、広場とその付近の地上には地獄絵が繰り広げられていた。
 爆発で千切れとんだ肉の塊も幾つか落ちていた。
巨大なコンクリートの破片が、周囲百メートルに渡って落下して散乱した。
サーチライトの中を大小さまざまな破片が雹のように降り注ぎ、それが、カメラマンや機動隊の体を直撃した。肉の塊と大量の血が、テレビクルーと機動隊の上に降り注いだ。
カメラマンやアシスタントが右往左往し、発電機が姦しい音を上げ、人の叫び声や命令の声が大合奏のように反響していた。
 ビルの間にパトカーや救急車のサイレンが反響していた。
病院の中の生きているテレビは、一階や道路上の様子を生々しく報じていた。壁は崩れ、あちこちでまだ炎が上がり、壁には一回目の爆発の血しぶきが生々しく残っていたが、その上にまた鮮血が塗られた。どうなったのだ?
どうせ、澪也の命令で、澪也が買い込んだヘリを飛ばしたのだろうと考えた。
「余計なことを」
 立ち上がろうとした。
痺れるような疼痛を伴って意識が戻ってきた。
 明人は氷と化した雪の中で微かに首を上げようとした。雪は降りしきっている。体は感覚がないくらい冷えているのに、顔は暖かかった。
――生きていた。
 意識が戻ってきて、最初に持った感慨はそれだった。
――死ぬわけにはいかない。それよりも俺を見捨てて仲間達はどうしたのか?
 様々な疑問が去来した。
 体の上に生暖かいものがあった。雪を防いでいたが、濡れていて酷く重かった。息も苦しかった。
――ジークフリートは何をしている?
 明人は動かす度に電流が走る右腕を、何とか自分の顔の上に持ち上げた。
 冷たくべっとりとした筋状のものと、生温く柔らかいものが指に触れた。動かそうとしたが、重すぎて動かなかった。
 腕の激痛を我慢してもう少し力を入れた。柔らかいものがずるっと動いて、指が中に嵌り込んだ。掴んだ物体が少し動いた。
横倒しになったマスコミのバンのヘッドライトが自分の顔と物体の間に差し込んで視界を確保した。
 眩しいのを我慢して見ると、物体は肩の下で切れた人間の頭部だった。指が喰い込んでいるのは、大きく見開かれた眼窩だった。
 上腕筋の外側が反射的に収縮した。たっぷり水分を吸い込んだ頭部が、ごろりと舗装された道路の上に落ちた。
 同時に胃の底から苦く酸っぱい液体が込み上げ、口の中に溢れた。咄嗟に横を向き、気管に流入しそうになる液体を、咳き込みつつ外に吐き出した。
――それにしても仲間はどこだ? 俺を探してはいないのか?
 疑問と怒りが幾重にも押し寄せてきた。
 肩と左手で体を支えて周囲の光景に目をやった。
雪の中にバンが横倒しになっていた。
 ヘッドライトの中に、放り投げたばかりの血まみれの首が横たわっていた。
 その先には頭の持ち主と思われる胴体が転がっていた。赤い色のプールの中に、腹がザックリと抉れた赤黒い肉があった。肉隗は落ちてくる雪を溶かしていた。
 血は流れきっているのか、じとじとと染み出している程度だった。
――マスコミのカメラマンだろうな。
 脳裏にヘリが落ちてくるシーンが再現された。ヘリが燃え上がるまでは一瞬だった。
 数秒して左のビルの上から一定間隔で銃弾が降り注いだ。警備員たちが直撃され、壊れたマリオネットのように踊っていた。
 さっきまで息をしていた人間たちが、頭半分を吹き飛ばされて動かなくなった。首から噴水のように血が噴き出して……。
 喉の奥から思わず掠れた呻きが漏れた。
 すぐ先でガソリンが微かな音を立てて、タンクから滴っていた。高原の乾季の水道のようだった。膨らんで水滴を造り、ゆっくりと離れ、金色に光って落下していった。
――逃げなければ。
 病院まで這ってゆこうとした時、遠くからパトカーの音が聞こえてきた。
音は猛スピードで近づき、一瀬のすぐ傍で止まった。ライトが顔の上を指した。
 コンクリートの上に石が落ちるような響きで、堅い底の靴音が近づいてきた。
「大丈夫ですか」
 肩が掴まれて揺すられた。
 明人は断続的に痛みの走る背骨を庇いながら、ようやく「大丈夫」の印に、右手を微かに振った。
 周囲に複数の警官たちの足音が溢れ、叫び声が入り乱れ始めた。
「こっちにも生き残りがいるぞー」
「酷い」
 叫び声は、風に千切れて切れ切れに耳に届いた。
 遠くからは、大量のパトカーや救急車が駆け付けてくる音がしていた。
「もうすぐ救急車が来ますから、大丈夫ですからね」
 若い刑事が耳元で叫んだ。手は感覚がなくなっていた。痒くなり始めていた。
 明人は氷と同化寸前の唇を動かした。
明人は怒りに震えていた。
――おのれー、俺を本気で怒らせたな。
原因となった爆破は、部下がRPGを発射したせいだとまでは気が回らなかった。ヘリがビルに接近しすぎて、電線にでも接触して爆発したのだろうと思っていた。
自分は、電話はしたが、脅せ、と命令したつもりだった。
――こうなったら、マラリア蚊を本気で散布してやる。
 このテロ計画は、数か月前、さやかと顔を合わせた時にささやかれたものだった。
 この『ゲーム』の打ち合わせの会場だった。ラーは戦闘部隊を強化している時だった。
 世間を騒がせるのは、教団の宣伝になるという教祖の考えのもとに、どんな作戦でも決行するムードにあった。
 明人はすぐにハマダラ蚊を買い入れ、大量に飼育し始めた。
 もちろん、遺伝子改良して、マラリア原虫を運ぶようにしたものではなかった。ただ、世間を騒がせるためだけに、さやかの作戦に乗ったのだった。だが、ジークフリートが本物の遺伝子改良したハマダラ蚊を飼育しているのは知らなかった。
 蚊にさされて、皮膚が爛れるビデオはさやかが作った。
明人は救急車に乗せられながら、ポケットを探って、ケータイを出した。そしてジークフリートに蚊を放出するように指示をだす決心をした。

   20

――八階のさやか。
さやかは、じりじりと部屋の外に退却していた。食堂の中は、ヘリの墜落で、一瞬シーンとしたが、その後は、すすり泣きをするもの、大声で叫ぶ者などで、混乱していた。
 誰もさやかの動きに気がつく者はいなかった。
しかし、ジークフリートは冷静で、気がついたようだった。
「何をしている」
 突然、後ろからジークフリートが囁いた。
――見つかった。
さやかは観念した。そして、ゆっくりと上体を起こして言った。
「あれ? ラーの人間なら、明人ちゃんから言われてないの。協力するようにって。つまり、私と明人ちゃんは一蓮托生なの。見逃さないと、後で怒られるわよ」
 しかし、冷たい声をしたジークフリートは、ゆっくりと囁いた。
「あいにくだな。俺は明人の命令には従わないんだ」
「嘘」
 その時テロリストの一人が叫んだ。
「一階にSATが到着したようです。このブログに掲載されている画面からすると、まだ待機しているようですが」
 そのテロリストが自分で探しだしたブログの画面を、ジークフリートに見せた。
「本当か?」
 他のテロリストたちが少し浮き足だった。
「落ち着け。俺たちはラーの戦闘部隊だ。世間を騒がせることが仕事だ。これから、ハマダラ蚊をばらまく。やることはそれだけだ。これはラーの宣伝だ。派手なことをやるのが一番なんだ。これからは明人でなくて、俺が隊長だ。俺の命令で動いてもらう」
 それだけを宣言すると、ジークフリートはさやかの方を向いた。
「お前には静かにしていてもらおう。俺は、明人とは違う。お前とは協力はしない」
 そしてさやかに銃を向けた。
ズキュ。ズキュ。
 さやかの肩から血がしぶいた。わざとライフジャケットの途切れた先を撃ったのだ。
 さやかは激痛に失神した。

   21

 ――セレブ室隣の編集室。
澪也はディレクターにクレームを言いにきていた。
 編集室には、胴元が賭け金を回収して戻ってきて、三人はウイスキーで盛り上がっていた。
 八階の外にいたカメラマンから、さやか撃たれた映像が送られてきたのだ。さやかは死んだと判断されていた。
 澪也は三人の間に割り込んで、呟いた。
「おい。これで、ヘリが二機、おしゃかになったじゃねーか。部下もやられた。さっきは単なる偵察って話だった。話が違うだろ」
 すぐに脚本家が両手を上げて、澪也の肩にタッチした。
「ですから、それは、手違いなんです。どうか押さえてくださいな。ラーの中に切れている奴がいるらしいんですよ」
「そうか。テロリストはラーなんだな。つうか、ならば、明人の命令であそこを占拠しているんだろう」
「そうなんです。そのはずなんですが、明人の命令に従わない奴がいて、どうも、暴走しているらしいんです」
「そいつが勝手にRPG7を撃ったというんだな」
「はい。その通りで」
「まあ、新興宗教なんで、オウムのことを思い出せば、分からないことはないと思うんだよ」とディレクターが口を挟んだ。
「でもなあ、それにしても、ヘリを一機、よけいにおしゃかにしたんだぜ。くやしいなあ。ラーにお礼はしてやるからな」
「まあ、これも、ゲームにつきものの、経費だと思えば。うちからもいくばくかの手当は出しますよ」
 と胴元が肩をたたいた。
「テレビをつけてみましょうか」
 と脚本家が話をそらした。そして、勝手にテレビをつけた。
そこでは、マラリア蚊と思われる蚊が飛び交っている映像が流れていた。
 アナウンサーが叫んでいる。
「これは先ほど、ニコニコ動画にアップされた映像です。佐渡病院を占拠しているテロリストがアップした映像だとキャプションがついています。マラリア蚊を試験的に放出した映像だそうです。テロリストの主張を繰り返します。彼らは百億円を政府に要求しています。三時間以内に政府が回答しない場合は、ハマダラ蚊を放出すると言っています。さらに、同病院の八階に二十数の患者を人質にとって立てこもっているとも言っています。以上です」
「ハマダラ蚊か、面白いことになりそうだな」
 と澪也。
 三人の後ろには雄太がいた。
 彼は、妹が撃たれたとは信じてはいなかった。あくまでも演技だと思っていた。
 ついでに、さっきまでの流れを思い出していた。さやかからのメールは入ってきていなかった。時雄がいうには、ポケットの中でめくら打ちをしていたはずだが。
 肩を撃たれて、腕が効かないのだろうと思いこもうとしていた。
 だが、ラーの中の切れた奴のことは心配になった。本気でマラリア蚊を繁殖させていたかもしれない。ラーの本の一部だろうが、あり得なくはない。
 雄太は心配になった。
「現場に入ってみようか」
 自分に向かって呟いた。

    22

――病院、一階。
 明人は病院の一階で、手当を受けていた。
 ロビーは最初の爆発と、ヘリの墜落の巻き添えになった人たち、さらに野次馬とマスコミ関係の人間でごった返していた。
 明人はほぼ手当が終わったので、ジークフリートにケータイをした。
「ハマダラ蚊を放て」
 冷たく命令すると、すぐに返事が来た。
「ラジャ。して、ここで、いいんですかい?」
「そうだ。まずは 病院の中で放て。そして、逃げ惑う人たちをニコニコ動画でご紹介してあげろ。それ以上のことは、おって指示をだす」
「ラジャ」
「それから、武器を揃えろ。澪也と全面対決だ」
「ラジャ。望むところで。すぐにラーの支店から運ばせますぜ」
 ケータイを切ったジークフリートはにやりと笑った。これから本物のハマダラ蚊が放出されれば、本物のテロと断定されるだろう。さすれば、実行犯の主犯は明人だということになり、明人は逮捕され、自分がラーの実質的な支配者になれるだろう。

   23

――澪也の自室。
澪也はネットを見ていた。
 そこには、月星製薬がハマダラ蚊に対して強力に殺虫効力を持つ殺虫剤を発売したとの情報が載っていた。
 月星製薬は、自分の会社の傘下の会社だった。しかし、そんな情報は澪也の耳には入ってきていなかった。
「おのれい。ラーと勝手に結託しおって」
 澪也は自分の頭をすっとばされたことに怒りを覚えた。
「ラーと全面対決だ」

(続く)
追伸。北からミサイルがうちあがりましたですねえ。何かのサインかな? サインだったら嬉しいんだけど。私が連載を開始してすぐだったから。なにしろ1500ポイントだから、投票よろしくね。それと、ミサイルと言えば、私も北朝鮮の画像認識ミサイルに命を助けられるという結末の話が一つあるの。ええと、今の嬉しい気持ちを表すために、それをこの小説の最後に持ってきちゃおうかな。