時代劇の間違い探し


2・20(金)
「時代劇の間違い探し」(本)若桜木虔。長野俊也(新人物文庫)
いくつかを紹介。
薩長同盟を演出したのは坂本竜馬ではなかった。
 驚きだよね。あんなに有名だから。てっきり深くかかわっていたと思っていたのに。
・江戸時代に士農工商という身分制度はなかった。
 これも目からうろこだよね。明治政府がそう宣伝したもので、実際はそんなに厳しい身分の違いはなかったのだとか。あくまでも業種を意味する概念であったから、一つの業種から他の業種に移ることも、まったく自由だった、とある。たとえば、武士を捨てた有名人に、中江藤樹、百姓身分から武士になったものに、勝海舟、男谷信友などがいるとか。勉強になるわ。
大名行列に一般民衆は土下座しなかった。
 これも目から鱗。じっさいは、一種のショーだったから、物見見物で道の脇で見ていたのだとか。勉強になるわ。
・江戸時代まで正座という習慣はなかった。
 これも目から鱗。実際は、足を開いて、膝で曲げて、足の裏を合わせたのだとか。歴史文学賞なんかで、こういう薀蓄を披露すれば、高得点を稼げるかも。
・代官より力のある百姓代表もいた。
 これも驚き桃木、山椒の木だよね。あんまりきつい年貢を徴収する代官は、百姓の力で罷免することができたのだとか。その代表的な事件が、勘定奉行の荻原重秀で、兼務していた佐渡奉行を首になったとか。勉強になるわ。歴史ものを書くときに、こういう知識をさらりと入れておくと、高評価になるのよね。ぜひ読むべきだわ。この本は。
・有力百姓より貧乏だった大名がいた。
秀吉の太閤検地で、「単なる百姓」身分に落とされた者は、基本的に支配者となった大名の家臣団の大多数よりは裕福である、んだとか。その代表が酒田の本間家。
・百姓は武士になれなかった、は間違い。
新田開発などで功績があれば、武士の身分になれたのだとか。旗本まで出世したのが、井澤弥惣兵衛。紀伊の国、那賀郡、溝の口村の百姓だったが、紀伊の川流域の新田開発をした。多摩川の改修、手賀沼の新田開発、木曽三川の改修、鴻沼の干拓などをした。美濃郡代にまでなった、とか。こういう人のことを取り上げれば、歴史大賞とかとれるかも。そういう意味で言ったら、この本は本当に、宝の山ね。
他にも沢山、目から鱗の事例があるから、ぜひ読むことをお勧めするわ。

2・20(金)
ウロボロス」TBS夜10時。
イクオ(生田)は、探していた金時計の男を警視庁ないで、二人も見つけ、大きな衝撃を受ける。一方、イクオは竜也(小栗)とともに、山城組長(佐々木)の息子・隼人(中の)の行方を追う。隼人は、二人が育った施設(まほろば)にかかわる情報をもって、逃走中だった。

2・20(土)
「三面記事の女たち」フジ、夜9時。
町内会長が自宅を放火され、死亡。新聞記者の明子(田中)と新人の桂木(千葉)は、折り合いが悪かった近所の美恵子(寺島)を訪ね、有刺鉄線が張り巡らされた要塞のような自宅に息を飲む。二人が見映子の夫・正文(林)や妹・房江(板谷)に話を聞いてほどなく、美恵子の家も放火で全焼し、焼け跡から、白骨死体が見つかる。一方、桂木は、捜査一家の理恵子から、明子が記者になった経緯を聞く。

情報
桜井翔いい。久しぶりに言ったこの言葉。
PHEVライフ広がる。三菱のアウトランダー
ECCジュニア、伸びそう。