『容疑者Xの献身』短編『ゾンビ&ゾンビ・ハンター』

今回から『このミス』の上位に来そうな作品の紹介も。内容を詳しく紹介したいのですが、ファイルが重くて開くのにとても時間がかかるようになったので(作品の内容に関係ないお喋りは削除したのですが。そのうち、掌編小説だけを自分のHPへ移動する予定)、簡単に紹介です。
容疑者Xの献身東野圭吾
内容*『どちらかが彼女を殺した』路線の延長です。『どちらか』は被害者の兄の視点と、刑事の視点が交互に語られ、最後の最後まで行ってもまだ犯人が分からず、終了した後でも、自分の頭でまた推理をしなければならない、という面白いが頭を使う内容でした。今回は、不幸にして加害者になってしまった女性に加担する男(天才的な数学者)と刑事の友達の数学者(大学教授)の視点が交互に登場します。
 二人とも天才的な頭脳の持ち主なので、こういう証言をしたら、相手はこういう風に考え、その結果こうなるだろうと、先の先まで考えます。将棋の数十手先を読むのに似ていて、非常に面白いです。
 感想*去年の歌野の『葉桜』のようで、「え、そういう落ちかよ?」という、とんでもない謎解きです。いや、正確には謎解きではなく、容疑者Xの用意した仕掛が仰天動地です。語り口も舌を巻く上手さです。
 
三週前の『世にも奇妙な物語』の続きです。
第三話『結婚シミュレーション』からの発想
このストーリー展開からは、『社長&秘書』のシミュレーション、『銀行強盗&銀行の金を横領していて、帳尻を合わせようとあがく銀行員』のシミュレーション、『吸血鬼&狼男』のシミュレーション、『ゾンビ&ゾンビ・ハンター』のシミュレーション、『エイリアン&死神』のシミュレーション、などなどが考えられます。まずは、4番目から。他は機会があったらです。

掌編小説『ゾンビvsゾンビ・ハンター』
   1
窓の外は、全ての事象を混沌の中に塗り込める陰鬱な雨が降っていた。一ミリほど開けたサッシ脇から外を見透すと、十一月初めのペーブメントは油を流したようにじっとりと濡れて、ぼんやりとかすむ街灯の煌きを照りかえしている。
 青みがかった虹彩を部屋の中へ移した雅也は完全武装したわが身を見た。レイン・コートとレイン・パンツ――雨の日の自転車通勤でたまに見かける――を着用し、ナイロンのシューズ・カバーを素足の上に履いている。
表参道の奥まった場所にある高級マンションのバスルームで耳を澄ます。残業をおえて帰宅した住人の足音が、コンビニ袋のガサガサ音とともにエレベーターの中に消えたばかりである。
こげ茶色のレンガで鎧{ルビ=よろ}われた瀟洒なマンションの一階にある突きあたりの部屋。深夜零時の七階建てのマンションは、高い広葉樹の植えこみに囲まれ、周囲の無機質な商業施設からは隔絶された空間に建っていた。
さっき街路樹の間から見あげた時には、半分くらいの部屋が幽玄なる桜色のフロアー照明にほんのりと浮かび上がっていた。半分は在宅であるが、残り半分は仕事上のつきあいで帰宅前なのであろう。表参道の高級マンションを所有するには、人の何倍もの努力と辛抱が要求されるであろうから。
それはともかく、これだけの高級マンションなら、多少の雑音――ミツバチの羽ばたきにも似たレーザー・メスの振動音――が聞こえるのでは、と心配しなくても良い。
雅也は仕事をすべき部屋で、一人ゴチする――人間の住むマンションで、こっそり死体処理をするなんて、はっきし言って、しんどいぜ。
目の前には女の死体がある。依頼人からは、単に「人間の女の死体」と告げられた。
無造作にかけられたミッキーマウスのバスタオルが、首を中心にしてどす黒い血をぐっしょりと染みこませている。思いきって死体の上のバスタオルを取りのぞく。
 ねっとりと血滴を落とすタオルの下からは、斑模様の血にまみれた彫の深い顔が現れた。首の中程がすっぱりと斬れ、上下には血糊が波をうって広がっていた。
神経の端末細胞やピンクや赤にそまった細かい肉片も、ざっくりと切断された首の断面からはみ出し、血色の肌にへばりついている。空気に晒された切断面には、神経の断面とか、血管の断面とか、脂肪組織や筋肉の繊維までもプツプツと見える。首の後ろには血のプールができており、髪の毛が血で房になっている。死体の身長は一七〇程度あり、下半身にはかっちりした女性用ボクサーパンツを穿き、上半身には晒{ルビ=さらし}を巻いていた。中性的だが魅力満点の肢体だった。
(まずい)
 軽く足を開いて腰をかがめたまま立ちつくす雅也の、足と足の間にある柔らかいスポンジ状の袋の表面に、熱くて冷たい切なさが走った。
(駄目だ。死体を見て感じるようじゃ、死体処理屋は失格だっつうの)
 

ファイルが重くなったので、アスキー付きで公式HPへ移動。アドレスはプロフィールの中。