新刊紹介『痙攣的』・中編小説『血文字』二回目

『痙攣的』鳥飼否宇(光文社)
五つの章からできていて、最初の三つが独立した殺人事件なんだけど、最後の二つの実験途中の事件へのプロローグとも言える。圧巻は最後の二つ。特別に開発されたスーツを着用して烏賊とインターフェイスをするのだが、烏賊が人間か、人間が烏賊か判らなくなる。キャッチ・コピー・「本格ミステリーの新しい地平。この謎は快楽的なまでに美しい」は、誇張ではない。まさに痙攣的で衝撃的で劇的。

中篇小説『血文字』第二回。開始は10月2日。
{前回の粗筋・私(八神沙希)は十年前に弟(雄介)が死んでから、悪夢を見て、腕に『Y』の字が浮かびあがるようになった。私は霊感体質でもあり、友達の新ちゃんの幽霊に導かれ、新ちゃんの死体を発見した}
『血文字』二回目
第一章・5

「ミイラの件を駐在さんに知らせたほうが良いんじゃないかなあ?」
呆然としていると、チヨが小さい声で囁いた。私たちの会話を黙って聴いていたのだった。
私には、駐在に知らせるなんて案は毛先ほども浮かばなかった。
弟の霊魂に遭ったと新ちゃんが言ったのに、出たのは弟の死体ではなかった。
何故? 毎日夢に見る弟なのに、何で遺体の場所を教えてくれないのか? 何で、新ちゃんの幽霊が私の前に現れたのか? 何で新ちゃんの遺体を発掘させたのか?
弟は三途の川の傍にいるとか。つまり、閻魔大王の審判を拒否して、十年間も三途の川の傍に居座っている計算になる。
何故? 決まっている。私に犯人探しをさせ、自分の遺体を発見してもらわないと、死ぬに死ねないからだ。天国に行けないで悪霊となって煉獄をさ迷うからだ。
ならば、弟も、直接私の前に現れても良いはず。夢の中だけでなく。
それに、あの夢の中の苦しそうな顔は何? 腕の血文字は、何を伝えたいの?
様々なことが、グワ――っと頭の中にわき、他のことは一切考えられなかったのだ。
チヨが差し出したケータイで駐在署に電話すると、お巡りさんは最初は訝っていたが、やがて「県警に報せ、自分も駆けつけるので、それまで待っていてくれ」と返事をした。
「少なくとも、お巡りさんは、沙希の証言を信じてくれたよ」
途中からケータイを奪ったチヨが言った。最初に電話したのは私だったが、相手が信じてくれないので、興奮して泣き出したのである。
ここは関東の境界近くとはいえ、山村で、まだまだ三途の川や賽の河原伝説が根強く信じられている。
「大丈夫だって。駐在さんも村人。村人は皆、信じてくれるって。沙希が霊感体質で、弟の夢を頻繁に見ることや、腕に血文字が現れることを知っているし」
チヨはドンと肩を叩いて励ましてくれたが、嫌な予感は否めなかった。

十五分後。駐在さんが駆けつけ、一応の説明をした。
駐在さんは一目見ただけで、「死後半年程度だなや」と呟いた。山で熊や鹿の死骸を見ることがあり、ミイラ化の具合が似ているとか。自分の見解も付け加えた。
「五ヶ月くらい冷蔵庫に入れておいて、最近埋めたんだなや」と。
駐在さんは六十過ぎのごま塩頭の年嵩の男で、この村にもう三十年も勤務していた。
私の霊感体質の噂は聞いているが、私の証言――霊魂が教えてくれた――を信じかね、困惑している顔つきだった。
怒りを覚えた私は、同じ証言の繰り返しが面倒になり、帰ってきてしまった。一時間以上も、霊魂が見えるとか見えないとかの押し問答だったのだから。
   6
 帰ってから三時間後。県警の三村警部補がやってきた。
 四十過ぎのちょっと太目の男で、田舎ではまだ流行りの省エネルック――ノーネクタイで白のYシャツと半袖のブルゾン姿――だった。
 初見では、冴えない万年警部補という感じだったけど、一重瞼の下の眼光は鋭く、抜け目なく私を見ていた。
三村警部補は、死体は死後半年程度だったのを繰り返して述べた上で、また証言の確認に入った。つまり、遺体発見の過程である。
「あそこに死体が埋まっていることは、どうやって知りました?」
 三村警部補は、伯母さんが出したお茶にも羊羹にも手をつけずに、鋭い目で私を見下ろした。
「新ちゃんの幽霊が教えてくれたんです。本当です。私は霊感体質で、霊魂が見えたんです。同じ霊感体質のチヨにも見えたようで、追いかけてきて、一緒に掘り出しました」
 早朝の斜めの陽の中で、ぶっきらぼうに答えた。昨晩ほとんど寝ていなくて、ようやく寝付いたと思ったら起こされたのだ。
「そうですか。霊魂がねえ。中々貴重な体験ですなあ。その件に関しては駐在も同じようなことを言っていたが、しかし、幽霊じゃあ裁判は維持できないのでねえ」
 三村警部補は、私の証言を軽く聞き流し、黒い小さい手帳の一ページをめくって、「ところで」と口調を改めた。
「こんな証言も取れたんです。他でもない。実は、遺体発見現場で、前にも沙希さんの姿を目撃した人がいましてね」
 数秒して、自分が疑われていることに気がついた私は、しばし警部補の顔を見つめてから、慌てて言い返した。
「何をいうんですか? じゃあ、私が殺して埋めたとでも言うんですか?」
「常識的に考えて、それしか考えられませんなあ。一番多い例では、ある人格が殺して埋めておいて、主となる人格にはそれを報せない。つまり多重人格ですな」


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