新刊紹介『コレクターの不思議』・中編小説『血文字』三回目

『コレクターの不思議』・二階堂黎人
内容・手塚治虫マニアのグループの中で特に希少価値の高い漫画を所有している人間が殺される。密室殺人の様相を呈している。それをミャーコ氏と呼ばれる女性と名探偵サトルと十姉妹{ルビ=じゅうしまつ}刑事が解決する。
感想・江戸川乱歩の提唱した面白くてどきどきして、なお且つレベルの高い本格路線。これくらい軽いとうちの子供も小説を読むかな、と期待しそうなくらい軽い。今時の大学生は本当に小説を読まないから。どうしても読ませたい麻耶雄嵩などは私がイラスト化しようと思っているのだけれど。(誰か『蛍』か『翼ある闇』を漫画化してくださ――い)
 話は逸れたけど、ネタとは関係なく、この小説の中で一番面白かったのは次の文。『道ばたに何か落ちていませんでしたか。あるいは酔っ払いを見たとか。変な立て看板を見たとか。大きな石につまずいたとか。赤いポストが通せんぼしていたとか。真っ白なマシュマロが、自分の腕をムシャムシャ食べていたとか』


中篇小説『血文字』第三回。開始は10月2日。
{前回までの粗筋・私(八神沙希)は十年前に弟(雄介)が火事で死んでから、悪夢を見て、腕に『Y』の字が浮かびあがるようになった。弟が何かを伝えようとしていると思われる。私は霊感体質でもあり、友達の新ちゃんの幽霊に導かれ、新ちゃんの死体を発見した。しかし警察は雄介の事件と新ちゃんの事件の両方の時に私の記憶がないことから、私が多重人格で犯人なのではないかと疑う。十年前は弟の遺体が紛失した。新ちゃんの件では、遺体を発見している}

『血文字』第二章・1

「大丈夫かや?」
 肩を強くゆすられて目が覚めた。すでに夕方になっていて、私は土蔵の入り口に倒れていた。また夢をみていたようだった。
 今日の夢は、一月ほど前、伯母さんの娘が自殺したときに見た夢と同じ夢だった。
 伯母さんに起こされて裏山に行くと伯母さんの娘の首吊り姿があったが、眼球も夢ほどひどく飛び出しておらず、首も切れてはおらず、血も流れていなかった。
 いくら記憶不良でも、この夢は何回も夢に見たから、よく覚えていた。
 伯母さんの娘は私と同じ年だったが、事故に遭って耳が聞えなくなり、バイオリンが弾けなくなったのを悲観して、弦で首を吊った。
 夢のお告げで裏山に行ったら、実際に死体があったのだった。
 この時も私が霊感体質であるとの噂は一層強固になったが、私は弟が教えてくれたのだと信じている。
 冷たい水を飲んでようやく人心地がついた私は、思いきって、気になっていたことをきいてみた。
「伯母さん、私が霊感体質になったのはいつから?」
 思い詰めた顔で聞くと、伯母さんは少し考えていたが、やがてはっきりと言いきった。
「半年前くらいかな。東京へ行って、帰ってきた後だ。埋蔵金貨の発見をしたのもその頃だし。そういえば帰ってきてからはいつも雄介の霊魂の話ばかりで、昼間もぼーっとしていることが多くなったなあ」
 また半年前だ。記憶不良になったのと同時だ。嫌な予感がした。新ちゃんの殺されたのも半年前。何か関係があるのだろうか?
「それにしても、何で東京へなんて行く気になったんだろう?」
 それとなく聴くと、伯母さんは、また思い出しつつ答えてくれた。
「なんでも、急にアメリカに行くなんて言い出しただ。母親に話すことがあるとかで。んで、一旦東京へ行って、それから成田へ向かう予定だった」
 私は何をアメリカの母に話すつもりだったのだろうか?
 思い出せない。必死に意識を集中して思い出そうとしていると、伯母が、無理するなやとでも言いたそうに頭を撫ぜて、ぽつんと呟いた。
「ところが、翌日の夜には帰ってきていただ」
「翌日に帰ってきた?」
「ああ。アメリカに行くと言い出したのは、母親に会いたくなったんだべ。でも、東京の家で一泊している時に母親に電話して、遭いたい気持ちが半減したんだべ。おメエは昔からこの家の子として育ったから、母親にはそれほどなついていなかった。ずっとこの家に預けっぱなしだったし」
 
 三年前に母親が外国へ行ったとき、私は反抗期で、ここに残った。
 週末にしか帰って来ない母。それだけでも不満だったのに、急にニューヨークに行くと言い出した。
 気が強くて、コックの腕も一流だった母は、あるオーナーにアメリカで新規開店する店を任せると言われたのだ。
 母は、落ち着いたら一緒に住もうと言ったが、信じられなかった。それまでも子供を実家に預けっぱなしだったのだ。
 それは、とりもなおさず、子供よりも自分の名声が一番の証拠。そう思いこんでいた。
 最後に母が説得にやって来たときも喧嘩同然で追い返してしまった。
 それと、ここに残った理由は、もう一つある。アメリカに行ってしまっては絶対にできないこと。八歳以前の記憶を取り戻すことである。
 今まで、伯母たちに「弟がいなくなった時のことを教えて」と言うと、時には強くまた時には諭すように、「そんなことは思いださねえほうが良いだ」と言われていた。
 あるいは、「もうそんなことは考えるのは止めな」と、頭がおかしくなった人間を心配するような顔で、悲しそうに言われ、記憶復元は諦めていた。
 なのに、半年前にアメリカに行こうと思い立って東京まで行ったのは、何かきっかけがあったに違いない。
 ――何だろう? 半年前に何かがあったんだ。半年前のことも調べないと。
 半年前のことに思いを馳せてみたが、何も思い出せなかった。参考までに、母親の家の鍵はあるかと 伯母に聞いてみると、「オメエが持ったままでねえべか」という返事が返ってきた。

   2
 
 翌日。旅行かばんの中などを探したが東京の家の鍵はなかったので、管理をしている不動産屋さんに電話して鍵を借りることにした。
 伯母さんは、半年前に私が持ってでかけたままと言う。どこでなくしたのだろう?
 半年前に乱闘でもして記憶喪失になったのならば、その現場に落ちているはずだ。
 半年前と東京の家。
 東京の家に落ちている可能性は大だ。事件があったに違いない。痕跡も残されているはず。
 いざ出かけようとしていると、チヨからケータイが入った。
「あの警部補が沙希の周囲を調べ始めている」
 チヨは教えてくれた。
「昔の同級生や上村の親戚へ行って、それとなく半年前のアリバイや、十年前の事件について訊きこみをしているわよ。別に心配する必要はないと思うけど」
 半年前と十年前。両方とも私に記憶がない時期。またしても《多重人格》が頭を掠めた。
 
 ファイルが重くなったので、続きは公式HPへ移動作業中。アドレスはプロフィールの中。