新刊紹介『あなたが名探偵』(創元)小説『血文字第四回

『あなたが名探偵』泡坂妻夫他。
 ミステリーズの犯人当て小説のアンソロジー。泡坂の他に西澤保彦麻耶雄嵩法月綸太郎などが参加しているとあれば、外すわけにはいきません。期待を裏切らない出来です。


 中篇小説『血文字』第四回。開始は10月2日。
{前回までの粗筋・私(八神沙希)は十年前に弟(雄介)が火事で死んでから、悪夢を見て、腕に『Y』の字が浮かびあがるようになった。弟が何かを伝えようとしていると思われる。私は霊感体質でもあり、友達の新ちゃんの幽霊に導かれ、新ちゃんの死体を発見した。しかし警察は雄介の事件と新ちゃんの事件の両方の時に私の記憶がないことから、私が多重人格で両方の犯人なのではないかと疑う。十年前は弟の遺体が紛失した。新ちゃんの件では、遺体を発見している。私は十年前の記憶を取り戻そうと土蔵に入るが、血まみれの日記の切れ端があるだけ。翌日警部補に呼び出される。私の行動を陰から見ていた警部補は、私の第二の人格が、十年前の証拠を破棄するために土蔵に入ったのだという。さらに、半年前には東京に行っているので、今度東京に行くのも証拠隠滅のためではないか?怒ったチヨが警部補の首を絞めると、警部補の背後霊が離脱する。しかしチヨからは離脱しない。私は、チヨが私の背後霊に違いないと思う。普通の人間と同じ行動ができるのは、修行を積んでいて、具現化に優れているため}

 『血文字』第二章・4

 気味の悪い闇の中を私は逃げていた。
 警部補の首から現れた背後霊が、追いかけてきた。
 霊力が強すぎるのか、チヨは私に接近することすらできない。遠くから、逃げて――と叫ぶ声がするが、蚊の鳴き声にも等しい。
 まだ午後の二時過ぎなのに、濃い闇が地上を支配しはじめている。
 逢う魔が刻と呼びたくなる雰囲気である。
 どこへ逃げようか思案していると、丘の途中の林の中にほっそりした少女が出現した。
 アルビノと見まごうばかりに色のない少女である。
 皮膚の下の毛細血管が縦横無尽に真皮と細胞の間に地図を広げている。
 紺の制服を着用している。セーラー服で、スカーフと襟の三本線が赤紫である。何処から見ても、清楚な女子高生である。
 敵をねめつけるように、敵愾心に満ちた目で私を凝視している。
 一応、敵ではないことを表明すために、明るく爽やかな笑顔で軽く手をあげ、「はーい」と声をかけてみた。
 されど、眦に険を含んだ少女は、ブスっとしたまま、愛想笑いをしてまでコミュニケーションを図ろうとする私を睨んでいた。
 サタンの生まれ変わりのような極めて剣呑なまなざしだ。
敵意を抱く背後霊に不慣れな私は、ひきつった愛想笑いをしたまま、周囲を見上げた。
 次いで、ゆっくりと指を上げて背中を指し、私の背後霊はチヨだと思うけど、友好的になれないの? の表情を作ってみる。
 だが、青白い女の子は、幽霊でも恐怖を覚えるおぞましい顔と、殆ど動かない唇で音を紡ぎだした。
「お・家・へ・帰・り・な」
 水琴窟にも似た声だ。少女は、ふんわりとターンし、墨流しそっくりの靄の中に漂い、林の中に姿を消した。
(いい加減にしてよう……)
 
 白く長い髪が風もないのに大きくそよぎ、沢山の残留思念が、少女の消えた辺りに凝固している。
 警部補の心の闇が成仏できない霊を呼び集めたのか?
 普段、友好的な霊以外はほとんど感知できずに、あまり恐怖を感じない私が、初めて心底から恐れる驚異的な霊エネルギーだった。
 ギ、ギ、ギ、ギギギギギギ、イイイイイイ―――――。 
 どこかで錆び付いた旧い大きな扉がゆっくりと開かれる音がする。
「助けて。ここから、出して――――」
 生きとし生けるもの全てを凍りつかせるような真闇の底から、圧倒的な力で怨念たちが叫びを上げる。
 脳髄を引きずり出されて石臼にかけられるような声である。
 周囲に漂う靄は、一瞬でも気を抜けば、ぎゅっと音を立てて重い水滴の群となり、皮膚の上で人間形に固まる。
 振り払おうとすると、闇の中から、突然、真っ黒な手が現れた。
 二百歳に手の届きそうな山姥の肘から先だ。私の顔から僅か数センチの空中だった。
「ヒっ!」
 しわくちゃにやせ細って、赤黒い血管が浮き立って、表面は焼け焦げてはいるが、蛇のように良く動く手首が上下左右に招く。
 恐怖に凍りついた足で逃げようとすると、また別の腕が現れた。
 肘が鈍器で切断され、しとどに血を滴らせ、悔しそうに拳を握ったり開いたりしていた。
 腕が、突然、私の耳と頬を撫ぜる。
 
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