新刊紹介『逆説探偵』鳥飼否宇、中篇小説『血文字』第五回

 『逆説探偵』(双葉社
小説推理に掲載された13の短編小説集。一つの短編の中に必ずドンデン返しが一つ以上ある。ミステリーの王道。主人公が漫画的でタッチも軽いのが、とても良い。できれば表紙も漫画にして欲しいくらい。

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 中篇小説『血文字』第五回。開始は10月2日。
{前回までの粗筋・私(八神沙希)は十年前に弟(雄介)が火事で死んでから、悪夢を見て、腕に『Y』の字が浮かびあがるようになった。弟が何かを伝えようとしている。私は霊感体質でもあり、友達の新ちゃんの幽霊に導かれ、新ちゃんの死体を発見した。しかし警察は雄介と新ちゃんの両方の事件時に私の記憶がないことから、私が多重人格で両方の犯人なのではないかと疑う。十年前は弟の遺体が紛失した。新ちゃんの件では、遺体を発見している。私は十年前の記憶を取り戻そうと、土蔵に入るが、血まみれの日記の切れ端があるだけ。翌日警部補に呼び出される。私の行動を陰から見ていた警部補は、私の第二の人格が、十年前の証拠を破棄するために土蔵に入ったのだという。さらに、半年前には東京に行っているので、今度東京に行くのも証拠隠滅のためではないか?怒ったチヨが警部補の首を絞めると、警部補の背後霊が離脱する。しかしチヨからは離脱しない。私は、チヨが私の背後霊に違いないと思う。普通の人間と同じ行動ができるのは、修行を積んでいて、具現化に優れているため。チヨは私と同じ霊感体質で、さっきのは催眠術だと主張。しかし、警部補は死んでしまったようなので、東京へ逃げる。途中で、雄介の友達の霊魂(葵)にであう。葵は、半年前に東京へ行く途中で私と電車内で出会い、箒村に行ったが、自分は殺されたと言う。私は東京で用事が済んだら箒村にゆき、遺体を探してあげると約束する}
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第三章・1

 ……コトコトコト……
 列車の屋根の上を誰かが歩いてくる。
 ……コトコトコト……
 微かな足音。子供のように歩幅が狭く忙しない足音。鉄の上を軽やかに走る足音。まるで無心にダンスの練習でもしているような。
 風の抵抗を全く受けないで、走る列車の上を行きつ戻りつする足音。革靴のような、木の靴のような。
 誰? 私に何の用?
 心臓が縮み上がり、やがてだんだんと激しく鼓動を打ち始める。この車両には私一人しかいない。
 車内の温度が急激に下がっている。空気もどんどん減少している。意識して吸わないと肺に入らない。胸が締め付けられる。他の車両に移動しようとしたが、目に見えない怪力で座席に押し戻された。
 逃れられない。低く地を這ううめき声が聞こえる。
 ……コト……
 連結部分で足音が止まった。昔の列車のようにガタピシと音を立ててドアが開きかける。
 ドアの外には誰かがいる。ドアは戻り、素早く移動して、次の瞬間にはまた屋根の上にいる。しかし、ずっと私だけを見ている。私の周囲を走り回っている。
 ……見えない。
 突然に車内の電気が消えて、闇夜も分かたぬ真っ暗な空間が広がった。だが、窓の外の暗闇に、青く光る二つの瞳がある。暗い炎を宿した瞳。
 グシュ。
 天井で音がして、青く燃える鋭い刃が天井から差し込まれてきた。
「止めて――」
 叫んでも、だれも来ない。
 天井を貫いた刃の根元からじわりと赤い血が伝わり、切っ先から、ぽたりと落ちる。血が、まだ暖かい血が、膝の上に落ちて、綿のスカート地に広がる。
 真っ赤な色が滲み、広がる。天井から落ちる血は、まだまだ止まない。ぽたぽたと落ちてきて、服や肌は、どんどん濡れてねっとりした血に染まっていく。
 周囲にも血のプールができる。血は見る間に広がり、ゆっくりと生臭い匂いが車内に充満する。

 ……コトコト……
 また別の天井部分で小動物の足音がした。子犬か子供の足音?
 ガシンと窓の割れる音が響く。外は雪が舞い始める。
 我慢できなくなった私は、よろめきながら立ちあがった。座席に足を取られ転びそうになりつつ、ドアに向かって走った。
 車内の空気は下がり続ける。窓の割れた所から雪すら入り始め、指がかじかんで、動かなくなった。それでも隣の車両へのドアを開こうと、ノブを動かした。
 だが、ガンとして動かない。その間にも、天井からの血飛沫は間断なく降り注ぎ、頬の上にまで跳んできて、氷ついた。
 ドアノブをなおもしつこく動かしながら、暗いが妙に視界が利く車内を眺めた。天井からの刀が自由に動き、血がぽたぽたと落ちている。
 暗闇の中や壁の途中から、顔のない幽霊がにょっきりと現れ、首に冷刀を押しつけそうな気がする。
 息が苦しい。酸素が少ない。貪るように深く息を吸ったが、空気はほとんど入ってこない。
 ギシッギッシッギッシ、グシュ。
 天井の上では新たに大きい物体が歩き始めたようだ。鉈らしき物を持っていて、天井を叩いている。
「止めて。私は悪意はないわ。だから、許して」
 わけのわからない恐怖におののきながら、天井を見上げ、まだあきらめずにドアノブを動かす。
 ギシッギッシッギッシ、グシュ。

「ニャア」
 猫の鳴き声がした。
「猫なの? 降りておいで。私はここよ」
 語りかけると、天井からニュッと斑模様の猫が覗いた。じっと興味深そうに、あるいは意地悪そうに下を見つめている。
 ……コト、コトコト……
 天井の足音が再開すると、猫は首をさらに深く下ろしながら七色に変化する瞳を私から窓の向こうに移動した。それから、ゆっくりと視線をはずし、また天井の上に頭を引きぬいた。
「判ったわ。推理できたわ」
 私は屋根上の物体に向かって叫んだ。猫がまた顔を覗かせ、頬のひげをピンと張って、疑問でいっぱいの視線を送ってきた。その顔は疑問よりも不安に溢れ、相貌が猫の色ではないような色に染まっている。
「ぜ――んぶ、わかったから」
 挑戦的に叫ぶと、猫は小さくひげを動かし、天井の上に首を引きぬいた。
 また闇が支配してきた。所々に不自然なくらい鮮やかな血の球が舞っている。蛍光を発して輝いている。天井の足音は陰を潜めた。
 代わって、潜めた笑いが電車の窓を伝播してゆく。
 ……クククク……

    7
 ついに我慢できなくなった私は、天井に向かって叫んだ。
「雄介でしょ。現れなさいよ。でなきゃ、私がリストカットして、そっちの世界へ行ってやるから」
 
 
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