新刊紹介『六トン2』・中篇小説『血文字』第六回

『六トン2』蘇部健一
 何の説明もいらないくらい、メフィスト賞では、物議をかもした人。まあ、色々と評価はありましたが、私は、この人は天才系だと思う。前回の六トンで特に天才性を感じたのは、ぬいぐるみトリック。いわゆるマスカレード物で、クリスティやカーなどが大好きなトリック。DNA鑑定や写真の裏焼きなどという無粋な謎解きが登場する以前の、本当に知能指数の高さを問われるトリック。
 クリスティの時代以降、沢山の作家がこのトリックを使っているが、リレー方式に拡張させたのは、この人が初めての気がする。
 しかし、天才系の人は、多くの場合、普通の頭脳を持った読者を置いてけぼりにするキライがある。特に絵解きの場合、どう考えても判らないことも多い。
 例えば、今回の作品で、最初の謎解きも、YOKO・HAMAだと気がつくまでに三十分かかった。他のでも謎の解けないのもある。そんな場合、非常にバカにされたような気分になる。そう言えば、『届かぬ思い』でも同じような気分を味わった。今でも謎は謎のまま残っている。
 この点は、東野圭吾の『どちらかが彼女を殺した』でも感じた。読み終わってから謎解きをするまで同じくらいかかった。天才系の人にすれば、数分で済むかもしれないが。
 こういう終わり方だと、次は買いたくなくなる。そういう意味では、最後に、普通の頭脳の人間が苦もなく判るくらいの説明は欲しい。 

 

 中篇小説『血文字』第六回。開始は10月2日。
{前回までの粗筋・私(八神沙希)は十年前に弟(雄介)が火事で死んでから、悪夢を見て、腕に『Y』の字が浮かびあがるようになった。何かを伝えようとしていると思われる。私は霊感体質でもあり、友達の新ちゃんの幽霊に導かれ、新ちゃんの死体を発見した。しかし警察は雄介と新ちゃんの両方の事件時に私の記憶がないことから、私が多重人格で両方の犯人なのではないかと疑う。十年前は弟の遺体が紛失した。新ちゃんの件では、遺体を発見している。私は十年前の記憶を取り戻そうと、土蔵に入るが、血まみれの日記の切れ端があるだけ。翌日警部補に呼び出される。私の行動を陰から見ていた警部補は、私の第二の人格が、十年前の証拠を破棄するために土蔵に入ったという。半年前には東京に行っているので、今度東京に行くのも証拠隠滅のためではないか?怒ったチヨが警部補の首を絞めると、警部補の背後霊が離脱する。しかしチヨからは離脱しない。チヨあ私の背後霊? 普通の人間と同じ行動ができるのは、修行を積んでいて、具現化に優れているため。チヨは霊感体質で、さっきのは催眠術だという。警部補は死んでしまったようなので、私は東京へ逃げる。途中で、雄介の友達の霊魂・葵にであう。葵は、半年前に東京へ行く途中で電車内で私に出会い、箒村に行ったが、自分は殺されたと言う。私は、東京で用事が済んだら箒村にゆき、遺体を探してあげると約束する。その後ついに雄介の霊魂が現れ、実は自分を忘れて欲しくないのでYの字を浮き上がらせたと言う。自分の遺体は別人として埋葬されたのだと。一つ懸念が晴れた私は、東京に行く。雄介もチヨも葵も、全員が東京の家に行くのに反対したから、そこに記憶を取り戻す手がかりがあると考えたのだ}
   *
 第三章  4

 私は一旦、東京行きの列車を降りた。一駅分を帰ってきて、またその足で東京行きの列車に飛び乗った。
 別れ際の演技が効を奏したようで、列車の中で意識を研ぎ澄ましてみても、雄介の気配を感じ取ることはできなかった。
 列車は順調に東京を目指して疾駆{ルビ=はし}って行き、誰の邪魔もなく、恋ヶ窪にある母の家に辿り着きそうだった。
 ローカル色の濃い武蔵野線の電車を降りて、大家さんに鍵を借りて、母の家に向かった。小さい頃に良くきたことがあるので、場所はすぐにわかった。
 ところが、まだ畑や林の多く残る未舗装の道を歩いて行く途中で、ふと嫌な気配を感じた。空がどんより雲ってきたのだ。
 それでも雄介はいないのだと、自分に言い聞かせ、勇気を出して、母の家にたどり着き、玄関ドアを開けた。
 家の中の空気は暗く、ねっとりと淀んでいた。

 暗い玄関に一歩脚を踏み入れると、背後にしのび寄ってくる者の気配を感じた。
「誰かいるの?」
 誰もいるはずのない空間に訊いてみる。答えはない。
 ただ、密やかなしのび笑いがあちこちの部屋から空気を伝わって来るだけ。
 勇気を奮い起こして玄関に足を踏み入れた。
 だが、片足を乗せただけで、突然カチっと、どこかの扉が開いた。
 ヒッと、悲鳴じみた声が上がり、瞼が落ちる。
 しかし、次の反応はない。こんなことで怖気づいてはいられない。
 もう一歩を踏み出し、一番手近のドアを開けた。
 そこには、大量の古い人形が並んでいた。
 市松人形、ビスクドール、マリオネット、博多人形、などなど。ありとあらゆる人形が整然と並べられ、私を見ていた。
 フフフフフ。どこかで誰かの忍び笑いがする。
 怖くて、振り向くことができない。固まったままだ。
 ギギギッギっとドアがきしんで、少しずつ開き始めた。
 後ろからトトトと小さい小さい足音がする。
 ……チチチチ。トトトトオ……
 人形? それも虫の? おまけに蟋蟀のような羽を持っている?その上、私を凝視する視線を感じる。痛いくらいに背中を突き刺す視線だ。
 息を飲んだ。誰かがいる!
「お元気? 次は君の番だよ」
 子供の声がする。
「止めて。私は敵ではないわ」と叫びたいが、喉が痙攣して、声が出ない。
 止まりそうになってはまた急に鳴り出す心臓を抱えて、恐怖に打ち震えていた。
 でも、勇気を出して問いかけてみる。
「雄介なの?」
 ニ、三度聞いた。返事はない。それに雄介なら何となく気配でわかる。
 いや、分からなかったときもあった――小学校の校庭の時など――が、あの時は注意が足りなかったからで、今は違う。充分過ぎるほど注意をしている。
 もし雄介の霊魂がいるのなら、私が名前を呼びかけた時に空気が動くはずだ。だが、何の変化もない。
 
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