『極道デカ』(略して『ごくデカ』)4回目

『極道デカ』(略して『ごくデカ』)4回目
  前回までの粗筋。私(20才、唐獅子組の三代目姐。通称、唐マリ)は叔父貴(橘警視、35才)のご指名を受けて、広域犯罪捜査班(jfbi)で捜査をしている。今回の仕事は誘拐の捜査。
誘拐されたのは萱本小夜(17才で、『四葉宝飾』の娘)。身代金の運搬人は後妻の由香(37才)。脅迫状の内容は次――二億円分のダイヤの裸石を持ち、今日の午後八時に、伊勢市二見浦の海岸、夫婦岩の近くにあるクルーザーに乗れ。その後の指令は、クルーザーに乗ってから報せる。とりあえずは北に向かえ――。
午後の八時、後妻がクルーザーに乗った後、私は車のトランクから出て、遺留品を探そうとするが、細い少女と鉢合わせをする。相手の言い分は次――男が何かを持って北に逃走した。自分は後妻の由香に護衛を頼まれた者――。
  捕まえようとするが、サイコメトリングの映像が落ちてくる(私は不完全なサイコメトラーで、いつサイコメトリングの映像が落ちてくるか分からない)。
 その映像は、後妻がダイナマイトで爆破されたものと、将来、自分が爆破されるシーンの二つ。数分間、映像に翻弄されて、気がつくと、ぶつかった相手はいなくなっていた。
 その後、すぐにクルーザーの爆発が起こった。真のサイコメトリングだったのだ。そのことをミカリ(14才、天才プロファイラー)に通知。襟のCCDカメラの映像から、少女の外見を特定してくれた。同時に犬並の嗅覚を持つ赤影(17才、忍者の里で育った)がかけつけ、少女がバニラの匂いを残したこと、自転車で逃走したことを発見。
 午後十時。鳥羽署での捜査会議。 菊田警部から、小夜の誘拐の過程が発表される。菊田警部は、誘拐犯の告知したホームページが゛満月の絞殺魔"と同じサーバーだったのでJFBIを呼んだが、三重県警の大方の見方は、身代金の額が違いすぎるので、過去の連続殺人とは無関係。被害者小夜の狂言誘拐ではないか?二億円のダイヤは重い鞄に移し換えられた後、床が開いてクルーザーの停泊地点に落ち、共犯に持ち去られていた。
 ゛満月の絞殺魔"の犯行は次ーー過去二回、誘拐殺人がおこり、『満月ウサギ』と題されたホームページに犯行声明文が掲載されていた。自称゛狼男゛。絵文字で狼の顔が描いてあった。


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 第二章・8の前のインターバル
 唐マリからのご挨拶、もしくは口上。
 わたくしこと唐マリは、JFBIを抜ける決心をいたしました。
 よって、心を入れ替え、警察の連中の裏をかいて先に解決し、あいつらの鼻をあかしてやる所存でございます。
 つきましては、自分の呼び方も゛アチキ"なんて軽いものから゛私{ルビ=わたくし}"に換えるでやんす。では。
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   8
 三十分後。
 私(わたくし)は、鳥羽市内のオカマバー『マン・ホール』におりやした。
 JFBIは辞めてやるつもりでござんした。
 が、どうせ鳥羽まで来たのなら、一晩はドンチャン騒ぎをしてカラオケを歌いまくってから帰っても遅くはない。
かくの如く考えた次第でござんす。
 気分はすっかりフーテンの寅でやんす。
 ところで、私(わたくし)、ホストクラブも好きですけど、オカマバーはもっと好きです。
 そこんところ、タカもよーくわきまえており、私(わたくし)が最高に怒っておる時はオカマバーをセッティングするんですな。これが。
 実は、さっき、舎弟のタカから、ここで宴席を設けたとの連絡を受けたのでありんす。
 タカは次のごとく述べたんでやす――宴席のついでと言っては何でござんすが、捜査本部に盗聴装置をしかけたので、二人っきりで検討しやしょうーー。
 私といたしましては、叔父貴をはじめ、県警のやつらの鼻をあかしてから辞めてやるのも悪くないと思っていたので、即、その提案に乗ったのであります。

 オカマバーのガラス戸から覗くと、タカは茶髪の長髪、黒ブチ目がねでドブネズミ色のスーツでありました。
 ――そう言えば、こういう風体{ルビ=ふうてい}の奴が一番後ろにいたわい。
 二坪ほどの地下バーのドアを開けると、悩ましい曲が流れ、化粧をして一層お化けになったオカマさんたちがタカを囲んでドンペリを開けていたでやんす。
 寅さんマニアの私(わたくし)としましては、心を入れ替えた証拠に、小林俊一監督の『新男はつらいよ・4』の前口上を一くさり申し述べたんでござんす。
「どこからともなく聞えてくる谷川の水の音も、春近きを思わせる今日このころでございます」
 アチキ、元へ、私(わたくし)が、片手を出して仁義を切る格好で口上を述べはじめるや、タカはすぐに仁義を返す格好になったのでございます。
「旅から旅へのしがない渡世のあっしらは、オーバーも着ずに歩いちゃおりやすが、本当は、春を待ちわびて泣く小鳥のように、暖かい日差しを待ち焦がれているんでござんす」
 さすがに舎弟のタカ。
 少しは違うような気もするが、何とか第四話の前口上を淀みなく暗礁しやした。
DVDを百回ほど見させた甲斐があったってもんでございます。
 わたくしが目を細めて舎弟の肩に片手を置くと、極道というよりはチンピラ面に戻ったタカが威勢のよい掛け声をかけてきやした。

「姐さん、大丈夫っすか?」
「ウィッスじゃ!」
 私(わたくし)めも早速挨拶代わりの軽いドツキを一発、かましたでやんす。
「よくも、さっきはだまくらかしてくれたな! このヤロー」
 もののついでにもう一発。
 にこやかに笑いながら渾身の力をこめてこずいてやると、髪とめがねがいっしょに飛んでゆきおりました。
 カツラの下から、ボーズ頭が現れ、ソファーの向こうまですっ飛んでゆきまする。
「姐さん。さっき、叔父貴から、『ヤロー呼ばわりはよくねえ』って言われたばっかりじゃねえですかい」
 タカが痛そうに頭をかかえて起き上がってきやした。
「うるせえ。ガタガタ言うねい。そんなものはなあ、相手がカタギの衆の、それも、目上でなきゃ良いんだよ。その上、思うだけなら勝手だベ。最悪、叔父貴の前で口に出さなきゃいいんだよ」
 私(わたくし)、肩で風を切りながら、ずいいいと店に足を踏み入れました。
「さっすが姐さん。ミステリー・マニア。針の先でつついたような卑怯な言い訳をするでやんすね。極道はそうでなくちゃ。今度、書いた小説見せてくだせえ」
 タカが床に片膝をついて、迎えてくれました。
「まあな。気の利いたのができたらな」
 趣味でカルチャーに通ったりなんぞして書いておるが、こっぱずかしからまだ誰にも見せてねえです。

 ところで、私(わたくし)、周囲のオカマさんたちが顔をしかめたのを見て、自分が悲惨な匂いを撒き散らしているのを思いだしました。
 他でもねえ、持田と赤影、二人分のおしっこでやんす。
 またタカに着替えを出させやした。航空貨物便でバイクともども運ばせた着替えでございます。
 で、タカが並べた服を見て迷いながら、ふとあることに思い至ったんでやんす。
「おい。タカ。おめえ、二見浦で、私(わたくし)の爆破シーンを空想しなかったかい?」
 突然ではありますが、聞いてやると、タカは鳩がマネ鉄砲をくらったような目をしました。
「いいえ、何ででありやすか?」
 問いかけたタカは、すぐに質問の意図を察しました。
「あ、姐さん。またサイコメトリングしなすったんですかい? さっき、赤影が姐さんのサイコメトリングを疑ったのを聞いて、えれえ怒っていやしたが、あんときに、自分の爆破シーンもサイコメトリングなさったんでござんすね?」
 舎弟にずばりと言い当てられて、わたくし、少々口篭もってしまいやした。
 じゃが、ここで隠してもしょうがありやせん。素直に白状いたしやし。

「ああ、実は、タカの視線で見た爆破のシーンで、和服を着た私(わたくし)が空を飛んでいたんじゃが」
「へえ、すると、それは将来起こる可能性大ですな。そのことを心配しているんでやんすね?」
「まあ、突き詰めて言ってしまえば、そういうことではあるが……」
 言いよどんでおると、タカの隣のお化け、否、オカマさんが、口を挟みやした。
「まあ、和服を着た姐さんが空を飛んでいたの? 素敵――。でも、でも、飛んでいたとき、和服を着ていたのよねえ。ならばさーーあ、着物を着なきゃ良いんじゃないの?」
「おお。さすがじゃ。そうじゃ。着物を着なきゃ爆破はされないんじゃ」
 そう悟った私(わたくし)は、着替えの服として、豹柄のワンピースを選んだのでございます。
 ――まあ、これで、当分は安泰じゃわい。
 身も心も軽くなった私(わたくし)は、次には、同僚のミカリにケータイを入れ、もう一つの疑問をぶつけることにしたでやんす。

     9
 ミカリにケータイが通じると、生まれ替わった証明に、またお気に入りの口上を述べてやり申した。
「私(わたくし)、生まれも育ちも葛飾柴又。帝釈天で産湯を使い、姓は橘、名はマリ次郎。人呼んでフーテンのマリと発します」
 名前は字足らずなので、勝手に付け足しました。
 後ろでは、タカが覚えたての『新男は辛いよ』のテーマソングを歌っておる。
「#どうせおいらは底抜けバケツ。わかっちゃいるんだ、妹よ。入れたつもりがスポンのポンで、何もせぬよりまだ悪い#。キエーー。栗原小巻。きゃわいーーい」
 呆れ顔で聞いていたミカリは、予想通りの質問をしたんでやんす。
「どうしたの? リーダー。腐ったものでも食べたの? それよか、唐獅子組のテリトリーは新宿三丁目の花園神社じゃないの? いくらゴロが悪いからって勝手に変更してよいの?」
 ったく。冗談を理解しない世代でやんす。
 つうか、この顔と言葉使いから、新生唐マリの心意気を感じ取れっつうんじゃ。
 しかし、ここで怒っても餓鬼には通用しないので、怒りをぎっしりと胸の奥にしまいこんで、低い声で問うてやりやした。

「ちょいと、教えて欲しいことがあるんだ。他でもねえ。わたくしのサイコメトリングが正しいかどうかなんじゃが」
 すると、相手は明らかにバカにした顔をムービー・ケータイの画面にくっつけたんでやんす。
「何だ、そのこと。また妄想でも見たんですか? 個人的な質問にはいちいち答えていられないなあ。それに、私、これから捜査会議で忙しいんだけどなあ。肉体労働部隊の誰かさんと違って、私は頭脳労働部隊だから」
 いつもながら、クソ生意気な態度でござる。
「いや。お手間は取らせません。赤影や持田のヤローや、菊田警部までが後妻の爆死を信じていねえようだからよう。ちょいと確認しようと思って」
 画面に顔をつけて抗議すると、マリー・アントワネット・ヘアーのクソ餓鬼は、つんと鼻を上に向けて、軽ーーく嘯きやがりました。
「ああ。あれね。後妻がクルーザーの中でダミーと摩り替わったって意見でしょう?あれはないわ。百パーセントあ・り・え・な・い・わ・よ。あいつらは、ミステリーの読み過ぎですわ」
「は?」
「だって、海から上がった死体は、DNA鑑定ではっきり由香夫人の遺体と確認されたんだよん」
「本当かよ」
 疑い半分、安堵半分の気分でがんす。
「本当よ。あ、もしかしたら、菊田警部は、唐マリ姐さんと同じく、『デス・ノート』にでも凝りすぎているんじゃないの? あるいは、鑑定の結果が出たのが十分ほど前だから、まだその結果をしらないとか」
「まあ、それならいいが」

 一安心しておりますると、知能指数が自慢のガキはさっさとケータイの蓋をとじかけたでございます。
「じゃあ、そういうことで。切りますわよ」
 私(わたくし)、慌てて止めました。
「ちょっと待て。菊田のヤローは何か言ってないか?」
「何かって? 」
「だから、やたらに勘が良いからよう。さっきも、わたくしが鉄砲玉だなんて、一言も申し上げていないのに、怒りの原因をズバッと言い当てやがったんでい。すっげー勘だぜ」
 囁くように断言すると、敵はまたもや涼しい顔で嘯きやした。
「それは、別に驚くようなことじゃありませんわ。だって、さっきの台詞を言えと、菊田警部に教えてあげたのは、他でもない、この私ですもの」
「は? お主が教えた? 身代金運搬の前にか? どういうこった?」
「だからあ、菊田警部が、唐マリ姐さんを上手に操縦する方法は何か?って聞くから、姐さんは単純バカで、鉄砲玉って言葉が大嫌いだから、それを言えば、簡単に逆上して突っ走るって教えてあげたの」
「テメエー」

 正直、ドツイテやりましょうか?っつう気分でございます。
「本当のことでしょう?」
「グ」
 反論の余地もないでやんす。
「ところで、リーダー帰ってくるの? もう後半の捜査会議始まるよ?」
「ふん。私(わたくし)は、もう、JFBIを抜けた人間でござんす」
「抜けた? ははあ、さては、さっきの菊田警部の脅しが利き過ぎたかな? でも、責任感の強いリーダーが途中で投げ出すなんて考えられないなあ。それっても、ものすごーーくカッコ悪いと思うわ。唐獅子組の体面にも傷が付くんと違う?」
「いんや、私(わたくし)には私(わたくし)の方針つうものがあるんでござんす。もう足抜けしたんですから、古巣の人間に教える義理はないでやんす。では」
 言葉では適わないんで、一方的に切ってやったのでございます。

   10

 五分後。
 机の上にドンペリのピンクを並べ、私(わたくし)どもは、盗聴装置の音に耳を傾けておりやした。
「では次。今回の誘拐と゛満月の絞殺魔"との類似点について。個別かつ具体的に指摘する」
 捜査本部では、叔父貴が、過去の件について説明を開始いたしまする。
「かいつまんで述べると、以下のような手順で事件は進行しておる。最初の事件は、四月二十三日。その日に身代金運搬が行われた。被害者は仁科栄子という女子高生で行方不明になったのは身代金運搬の三日前の夕方」
 場所は四国の徳島県・鳴門市。
 身代金の運搬時、被害者の両親は警察へ届けなかったのでございます。
 身代金の額は五百万とそれほど大きな額ではなく、警察に報せると娘の命はないといいう脅迫状もあったので、両親は犯人の指示に従ったのです。
 身代金も指定された場所――娘のバイト先の近くの物置小屋――に置きやした。
 翌日、娘の絞殺死体が娘のバイト先の近くの林の中で見つかりました。
 胴体と頭が分断されておりました。小型の家庭用回転鋸のようなもので切断されたと推定されやす。
 同時に、『満月ウサギ』と銘打ったホームページに、〝狼男〟と名乗る人間の犯行声明が掲載されました。
 両親は、娘の死体が発見された後、身代金を置いた場所に行ったが、金はそのまま残っておったんです。
 補足すると、被害者の仁科栄子は中規模の病院の病院長の娘でありんす。
 タレント志望で、月に二度は飛行機で東京のタレント・スクールに通っておりやした。
 両親は飛行機代とタレント・スクールに通う程度の援助はしていたが、スクールの友達とディスコにいって遊ぶ金までは出していなかったようで。足りない分はバイトで補っていたのだとか。
 被害者は週に一度程度はバイトをし、その帰りに拉致されたと思われまする。

「そう言えば、これは、姐さんが手がけた初めての事件で、死体の写真を見たときに、ゲロ吐いたんでやんした。あの頃はデカとしてもひよっこで、可愛いもんでござんした」
 タカが余計な感想をはさみおりました。
「うるせえ」
 条件反射的に坊主頭をどついてましたが、確かに、半年前に刑事に抜擢されて、初めて見せられた凄惨な現場写真でやんした。
 大き目の岩の上に大きく目を開いたままの首が載っており、コケの生えた地面に横たわる自分の死体を見下ろしておりやした。
 首の上の部分に絞殺された時の紫色の痣が残り、目も舌もだらりとはみ出して、首の付け根の部分は、小型の回転鋸で何度も繰り返して斬ったようで、ギザギザの傷口になっておりやした。
 誰が見てもゲロを吐くに足る死体でございました。
 死体の周囲には電源はなし。出血量も今一でござんした。
 それと、林の近くには車で侵入できる道はありやせんでした。
 なので、近くの家の中で切断してビニール袋に入れ、バイクか自転車の前後に乗せて遺体遺棄現場まで運んで捨てたと、警察は推理しやした。
「あん時きゃあ、近くのアパートで切断をしたと踏んで、あっしらも徹底的に訊き込みをして廻ったんですなあ」
 タカも、あの事件からバイクで一緒の行動をとるようになったんでやんす。
「じゃが、あの近辺はイラン人なんぞも多く下宿していて、身もとのはっきりしねえ人間のアパートなんぞ、五万とあって、結局手がかりは掴めなかったんじゃった」
 私(わたくし)は、あの時から、顔の見えねえ犯人に、底はかとねえ薄気味悪さを感じていたんでげす。

 私(わたくし)共の会話をよそに、叔父貴の解説は先に進んでおりやす。
「二回目は二ヵ月後の六月二十二日の身代金運搬。被害者は小森ケイ。女子中学生。場所は奈良県奈良市。行方不明なったのは身代金運搬の四日前の夕方。身代金の額は四百万。この時も両親は警察に届けずに犯人の指示に従った。そして、翌日娘の絞殺死体が、娘の学校の近くの空き家に放置されているのが発見された。前回と同じく頭と胴体が分断されていた」
 この事件では、〝狼男〟の犯行声明文の中に、娘の死体遺棄の場所が書き込まれておりやした。
 二回目の事件の時も両親は、娘の死体が発見された後に、身代金をおいた場所に行きました。
 家から数キロ離れたマンションのゴミ捨て場で、身代金はそのままだったんでございます。
「補足すると、小森ケイの父親はサラリーマンで、母親は主婦であり、六月の十八日、被害者から『学校の帰りに友達と会うので少し遅くなる』とのメールが入っている。それを最後に連絡が取れなくなったので、学校の帰りに会った友達が犯人と推測される。学校の友達には該当者はいないので、ネットの友達ではないかと、推測される」

「で、誘拐された被害者たちの死亡推定時刻は、皆、拉致されたすぐ後でござんした」
 いっぱしの刑事気取りのタカが、コメントを挟みやす。
「そうじゃ。死因は、抵抗した形跡がないから、睡眠薬やワインを飲まされた上での絞殺だと断定されたんじゃ。一緒にワインを飲むくらいだから、ネットで知り合ったとしても、気の許せる友達じゃ」
 私(わたくし)の解説の後、盗聴装置からは、叔父貴のコメントが流れ出しまする。
「誘拐してすぐに殺した点と身代金が奪われていない点から、いずれも身代金目的ではなく、殺害目的で誘拐されたものと推測される。暴行の形跡はなかった。犯人は男性とは限らない。変質者の線も捨てきれぬ」
 変質者の場合、犯行後、自分の『行動』を自慢したくて、新たなる脅迫状を送りつけたりする傾向がございます。
 この二件に関しては、事後の自己主張行動はありまする。
 だが、一般的に変質者という場合、性的な目的が多い。事前に偵察行動をするので、車などが目撃されている場合も多い。今回は乱暴されていないので、変質者とも違う。
 私どもの勘としては、多重人格などに代表される性格破綻者の匂いを感じておりました。
 校門前に首を置いた酒奇薔薇聖斗が有名でやんすが。
 しかし、一般的に性格破綻者の場合は、身代金の要求はないでやんす。
 という訳で、警察側は、犯人の絞込みに頭を痛めておりやした。

   11

「では、個別に過去の事件との関連性について検討に入るぜ」
 わたくしは盗聴機のスイッチを切り、こっそり持って来た資料を机の上に置きやした。
「一度目の時は、JFBIが独自の捜査の結果、事件を探し出したんじゃ。事件は終わった後じゃった。二度目は、和歌山県警からJFBIに応援要請があった。しかし、残念ながら、身代金を運搬してしまった後、インターネットに〝狼男〟が書き込みをした後の要請じゃったんじゃ」
 私(わたくし)の後を察しの良いオカマさん・マリリンが引き継ぎまする。
「つまり、今回のような物的証拠はないのね。和歌山県警も犯人との接触がなかったから情報はないと。そうなると、これだけの情報を元に、分析する以外にないわね」
 タカが大きくうなずき、関連性を列挙していったであります。
「まず、拉致が身代金運搬の二日以上前に行われて、身代金の運搬が満月であるが曇りの夜に実行されている点でやす。これは、『満月ウサギ』っつうホームページにひっかけてあると思うんや。二番目は、被害者が中学生か高校生である点。三番目は犯行声明文がライブドアのホームページに掲載され、最後に絵文字で狼の顔が描いてあった点」
 私(わたくし)は、ダウンロードした『満月ウサギ』のホームページを見せやした。
 サーバーはライブドアでありますが、アドレスは二回とも別。
 しかし、ページの作成方法に共通する特徴がありました。
 たとえば、センタリング好きの人、片方に寄せるのが好きな人、あるいは、壁紙は赤系統が好きな人間など、人にはそれぞれ癖がありやす。
 
 この犯人の場合は、アドレスの一部に半角のyu-kaiの文字が入り、本文の書き込みはセンタリング。
 壁紙は黒系で、『満月ウサギ』という題字も黒っぽい色で、本文の書き込みは表の挿入を使ってありやす。文字色はオフ・ホワイトで、表のビクセルは六百でやんす。最後には顔文字の署名。
 ブログと違い、ホームページ・ビルダーを使って作成するホームページは結構難しいです。
 それを難なくこなしており、かなりの凝り性か勉強家、と見うけられやした。
 オカマさんたちが、顔文字に興味を示したので、例の絵文字の説明をしてやりやした。
 特に明記すべきは、絵文字がMSPゴシックの11フォントで作成されている点でありまする。
 脅迫状の文面もテキスト形式で、MSPゴシックの11フォントでございました。
 我々は、゛満月の絞殺魔"のほかに、MSPG11(イレブン)というニックネームも献上しておりやした。

「ついでながら、今回は、犯行声明はまだ出されておらぬ。しかし、まだ身代金運搬から時間が経過していないので、これから出される可能性もある。今の段階では何とも言えないんや」
 タカがガラスの机の上に、ドンペリでクエスション・マークを書きおりやした。
「では、違う点について検討しやす。まずは、身代金の額が違いすぎるんでござんすが」
 私(わたくし)も、ドンペリでガラスの机の上に金額を描きやした。
「まず、身代金の額と種類。今回は二億円と桁違いに大きく、ダイヤだったんじゃ。二番目は運搬にクルーザーを使用しておる点。前回までも運搬人には被害者の母親を指定していたが、物置の中に置くなど、単純な手段であったのでございます」
 私(わたくし)の後を、タカが更に身を乗り出して、解説を加えます。
「おまけに前回の二回は、身代金は奪わなかったのでござる。だが、今回は共犯に頼んで、わざわざ回収させておる。金額が大きいから、見捨てるにはしのびなかったのか?」
「普通に考えるならば、もしおなじ犯人なら、今回も金は見捨てたはずだと推測するわよねえ。少なくとも前回までの犯人は金目的ではなかったのですからあ」
 マリリンの隣のキューピーが私の手を握ってきやした。
 まだ見れるマリリンと違い、不精髭のキューピーの腕力は、ギョッとするほど強大で、思わず背筋を寒気が走りやした。

「待って。となると、単純なデカなら、今回は別の犯人と考えるわよねえ」
 キューピーの手を、またマリリンが覆いやした。
「でーーも、でも、そこまで犯人は読んで、あえて回収させたか? つまり、別人と思わせるためよね。 あるいは、二回で度胸がついて、危険であると知りながら、回収に及んだか?」
 キューピーがやっと私(わたくし)の手を離して、マリリンの手ごと、自分の偽の乳房に挟みやした。
 ほっとした私(わたくし)は、立ち上がり、歩きはじめました。
「ここで、個人的な見解を言わせてもらえば、私は、菊田警部と同じ考えでやんす。つまりい、今度も脅迫状でライブドアを使うと告知している以上、同一犯ではないかと思うんですな」
 ここでギシっと振り向いて、眼力を飛ばしてやりやした。

「で、一気に結論でございます。もし、過去の事件と同じ犯人なら、誘拐された人間はもうすでに殺されていると考えられる。心情的にはそうあって欲しくはない。じゃが、心情的な面は排除して捜査しないと、犯人を取り逃がすんじゃ。警察当局は、過去と同一の線、関係ない線、両方を想定して捜査してるんじゃが」
 事件慣れをしていない素人衆が、『すでに殺されている』の部分で、目の色を変えた。
 一層化け物になりやした。
 タカが頬を押さえて微かに震えるオカマさん方を見回し、大きく頷きやした。
「以上の理由で、我々JFBIは《過去の事件と同一犯》の線で捜査をしておるんじゃ。つまり、被害者はすでに殺されてどこかに遺棄されていると想定してな。当然ながら、過去の例から言って、近いうちにライブドアに、犯行声明がアップされる可能性は大。よって我々は、四六時中インターネットをチェックして犯行声明をリサーチしておるんじゃ。まあミカリ君が中心じゃが」
 タカは自分もデカであるかのような口をききおった。
 私(わたくし)はまた盗聴機のスイッチを入れやした。
 別行動を決定した我々と同じく、叔父貴も次のような指令を出しておりやした。
「それから、県警の諸君には、過去の件とは無関係の線で捜査をしてもらう。では、菊田警部」

  12

 菊田警部が話し始めやした。
「では、次。〝狼男〟と無関係の線。まず、身代金が二億円分のダイヤの裸石であるという点についてだが」
 菊田警部は言葉を切りやした。
 視線の合図でもあったようで、軽い足音が近づきやす。
 持田のヤローがフットワークも軽く前に出てきたようです。
「二億円分のダイヤなら、四葉宝飾に在庫としてある。すぐに用意できる。そんなのは四つ葉宝飾の店員に聞けば分かる」
 持田がマジックを走らせる。大方、『内部犯、もしくは過去の従業員』と書いたんでしょうな。
「であるから、内部犯の線も考えられる。さっき持田の指摘した、小夜の共犯説も含めてだが。県警はこの線で捜索をする。それからDNA鑑定によって遺体は由香夫人と断定された。よって由香夫人の共犯説は忘れろや」
 菊田警部は、四葉宝飾の従業員の名前を印刷した紙を配らせ、アリバイの有無や、萱本家との確執を調べるように指示した。

「それから、過去の従業員や過去に取引のあった人間で、恨みを持っている人間を洗い出せ。アリバイも調べろ」
 菊田警部は、さらに、共犯の身元を洗い出すために、私(わたくし)の述べた風体{ルビ=ふうてえ}書を配布させ、近くの学校などで訊きこみをするように指示をしやした。
 捜査会議の終わる頃には、海中捜査をしている海上保安庁から、爆弾の破片が発見されたとの情報が届いたようでがんす。
 爆弾の表面には英語でメーカー名などが印刷されておったらしい。
「これで、爆弾はインターネットで購入したか、あるいは、海外にいる友達などに送ってもらった可能性も生まれやしたね」
「つまり、捜査範囲が世界に広まったわけですわね。困難な捜査が予想されるわーー」
 タカとマリリンの感想にかぶって、キューピーも溜息を漏らす。
「けっこう毛だらけ、猫灰だらけ、お尻の周りはクソだらけ、だわ」
 どうも、こいつらの脳みそは理解しがたい。
 菊田警部は、さらに発信機の販売元を突き止める仕事や、クルーザーを二重底に改装した業者の洗い出しを命じておりました。
 そこで捜査会は終了したようで、刑事達が立ちあがる音がしやした。
 JFBIもネット捜査をするので、パソコンルームに向かったようじゃった。

「では、あっしらも、作戦会議に入ろうではござらぬか」
 タカの提案に、私(わたくし)は、具体的な戦略図を描きはじめやした。
「まず、ミカリにケータイをすれば、同僚の情報は入ってくるから、タカは赤影に変装して、持田に接近し、三重県警の情報をいただく」
「へい。ガッテンでい」
「それから、私(わたくし)は」
 そこまで言った時に、タカのケータイが鳴り、着信番号を見たタカが目の色を変えました。

   13

 一分後、私(わたくし)どもは、血相を変えて走り去ったタカの後を追いかけておりやした。
 酔っ払っているタカはあちこちにぶつかりながら、ある建設途中のビルに走りこみやした。
 私(わたくし)どもも追いかけまする。
 鉄骨が組みあがったばかりのビルの三階部分では、薄暗い懐中電灯が点っておりやした。
 霧が立ち込めておりやしたが、明りの周りに数名の極道がたむろしておりました。
 中心には、拉致されたと思われる大学生くらいの少女が縛られておりやす。
 チャイナドレスでしたので、そっち系のバイトの帰りにとっ捕まったのでやんしょうか? 
 
「止めろ。竜二」
 足音も高く、タカは踊り場に駆け上り、柱の後ろから声をかけやした。
 タカの怒りが伝わったようで、空気が低く震えたでござんす。
 タカが工事道具の散らばるフロア―に姿を現すと、二人の不良が、すかさず身がまえやした。
 だが、怒りに燃える双眸を見て、ぎょっとし、踏みだしかけた足をとめたんでございます。
 二人の後ろにいた竜二も怒りでコバルト色の瞳に変化しておりやした。
 何か、この兄弟の間には、拭い切れぬ私怨が横たわっているですな。
 上半身の服を裂き、ブラの下に指を入れたままの竜二が、顔だけうしろをむけ、憤懣やるかたない声を出しました。
「うるせえ。東京の極道まがいの組なんかに逃げている男に、何がわかる? 俺は兄貴とは違うんじゃ。ここでいっぱしのやくざになってやるんじゃ。それのどこが悪いんじゃ」
 兄というよりも、私(わたくし)にみせつけるために、ブラの下の指を激しく動かしました。
 少女の顔が苦悶の表情にゆがみ、うめき声が猿轡のあいだから漏れやす。
「煩え。何が極道まがいじゃ。唐獅子組は立派な代紋じゃーー」
 怒り心頭に発した私(わたくし)は、思わず舎弟のタカを追いぬいて、ゴキブリ野郎にくってかかったでやんす。
 じゃが、その私(わたくし)を、信じれねえ力で脇にどけ、タカが打ちっぱなしのコンクリートの上に進み出ました。
 少なからぬ埃が闇に舞いやす。

「馬鹿にするな。俺はお前のために人を殺{ルビ=あや}めかけたんじゃーー。ちったあ、感謝したらどうなんでい」
 そういえば、昔、ちらっと喧嘩の原因をもらしたことがあったでやんす。
 確か、弟が暴行事件の首謀者だと濡れ衣を着せられ、その汚名を濯ぐ{ルビ=そそぐ}ために、タカが弟の不良仲間を粛清してやったんだとか。
 しかし、それが原因で、弟は余計にグレてしまい、タカは故郷を捨てなきゃならなくなったとか。
 厳しく言っちまえば、不良とつきあっておった弟がいけないんじゃが。
 タカの反論に、いっぱしの極道面をした不良崩れは少しも動じず、ゆっくりと女の胸から手をぬきやした。
「へん。何が俺のためじゃ? 兄貴面しやがってよう……。ウ・ゼ・エ――んだよ――」
 そう叫び声は上げましが、直後に、苦しげな声をあげ、突然、自分の喉を絞めかけやした。
「ウ……」
 あまりの興奮に発作が起こったようです。竜二は心臓に問題をもっているのか?

   14

「竜二。ニトロを」
 かけよろうとしたタカが、警戒態勢を解き、無防備なまま数歩ふみだしやした。
 が、その時。発作を起こしているはずの弟の右手が闇にひらりと閃いたのでございます。
「危ねえ」
 グシュ。
 湿った音を立てて、二メートルほど離れた私(わたくし)の肩に何かが突き刺さりやした。
 私(わたくし)が瞬間的に舎弟を庇ったんでやんす。
 今夜、二度目の名誉の負傷じゃ。
 焼けた矢を刺さされた以上の激痛が走り、血が飛沫となってうしろに飛んだでござんす。
 飛びだしナイフでした。
 バタフライと呼ばれる銀色の凶器ですが、とっさに身がまえたので上方からの裂入でございました。
 苦しげな仕草は竜二の演技でだったのでやす。一瞬の隙を見せた兄に向かっての投擲{ルビ=とうてき}。
 ――さすが、タカの弟だけのことはある。
 私(わたくし)は痛みを忘れて思わず感心しちまったでがんす。
 さっきの麻酔がまだ利いていたので、それほどの痛みは感じなかったんでございますが。

「テメエ……」
 忍者修行を経たタカは集中していれば、銃弾の飛跡も読めまする。
 それを知っており、故意に油断をさせたのであります。
 今夜のタカはアルコールのせいで、注意力も落ちていやした。私(わたくし)も酔っておりました。
 私(わたくし)は空気が床から上に移動するのを感じながら、肩からコンクリートの床に落ちやした。
 その上にタカが覆い被さってきやした。
 ナイフを抜こうにも、研ぎすまされた凶器は柄がうまるほど深く突きささっておりやす。
 おまけに利き腕の上であり、いくら女丈夫の姐でも抜けませぬ。
 悪魔が乗りうつったような顔の弟がゆっくりとそばに近よってきました。
「兄貴は卑怯だ」
 不良崩れは、私(わたくし)の上のタカの脇に、ドスンと音を立ててドタ靴を踏み下ろしやした。
 まだ忍者の俊敏さを失っていない兄が、私(わたくし)の肩ごとヒュンと転がって避けまする。

「自分は正当防衛という名のもとに人をカタワにしておいて、俺には暴行をするなという」
 弟がさらに大きく足をあげ、兄の顔に踏みおろそうとします。
「卑怯ではない。あの時はしょうがなかったんだーー」
 兄が激痛に顔をゆがめつつ、転がって抗議しやす。
「嘘をつけ。手加減をすれば、二人の人間をポンコツにしなくて済んだはずだ。だが、兄貴は手加減しなかった。それはなぜか? 喧嘩を楽しんでいるからだ――」
 目を細めた弟がゆっくりと腰を落として、内ポケットから拳銃をだし、銃口を兄のこめかみに突きつけやした。
「竜二、言っていいことと悪いことがあるぞ」
 兄は、声をとがらせ、歯ぎしりしつつ叱責の声をあげました。
「いいや、黙らねえ。兄貴は優等生の皮を被っておるが、本当は喧嘩が大好きなんじゃ」
 弱みを握っている弟は、ねちっこい口を横たわる体に近づけやした。
「黙れーー」
 触れられたくない弱みを隠そうと、タカは空元気の声をあげましたが……。

「いいや。黙らねえ。兄貴はすでに十歳にして喧嘩の魅力に取りつかれていたんじゃ。わりゃあ」
 弟は蛇の執念さで、わざと大声をあげおりました。
 ーー十才の時にも何かあったのか?
「嘘だ。じゃあ、なぜ、止めてくれなかったんだ」
 不良たちの声を消そうと、タカがまた叫び声を上げていました。
「ふん。止めたってどうせ行ったくせに。ま、俺が金を渡して仕組んだ喧嘩だったんだがね」
 ――なんちゅう弟じゃい。
 最後の言葉と一緒に、突然、銃を握ったままの弟の右手が一閃しやした。
 
 鈍い音をたてて銃把がタカの頬にくいこんできやした。
 グギ。
 表面は冷たいが内側は熱く燃えている皮膚と、その下の組織を巻きぞえにして、頬骨が折れやした。
「黙れ――」
 あまりの痛さを吹きとばそうと、兄が怒りの叫びをあげやす。
「い――や、黙らねえ――。俺は兄貴は嫌いだ――。テメエなんて、でえ嫌えだ――。人前では優等生ぶって。卑しい根性を持っているんじゃ。本当は喧嘩が楽しくてしょうがねえのに、正当防衛なんて言い訳をくっつけて、自分を正当化しておるんだ。本当に精神がひん曲がっておるのはテメエじゃ――」
 喉が裂けんばかりの声で叫びつつ、竜二はまた銃把を兄の頬にめりこませやした。
 
   15

 もう、タカは逃げなかったでやんす。
 逃げればよりいっそう弟の心をねじれさせるとわかっているんでしょうな。
 ズボズボっと湿った音をたてて、竜二の拳骨が何度も頬にくいこんできやした。
 頬骨がさらに複雑に折れて皮が裂け、血がしぶきました。
 ――兄弟喧嘩は犬も食わねえ。
 そう思っているアチキもとうとう我慢ができなくなって、思わず庇いかけやした。
 が――。
 ビルの向こう端から大声がしたでやんす。
「そこまでだ。銃を捨てて、投降しろ――」
 十メートルほど向こうの場所でやんした。道路向こうのネオンを受け、ぼんやりと明るいです。
(……)
 凛とした声でやんした。
 無意識に視線を移動すると、渺々と風の吹きすさぶフロアーにすっくと立っていたのは、『覚悟しいや』の姐さんでやんした。
 元へ。
 五社秀雄監督の『極道の妻たち』の主役、岩下志麻姐さんそっくりの姐さんでございしました。
 
 ゆるりと着物をはおり、腕を組んでおりやす。
 苦味走った良い女というか、背中におすがりしたいほどの魅力的なお姿です。
 兄弟喧嘩の間に靄は晴れ、ビルの下からの旋風が立っておりました。
「なぜ、お主が?」
 肉が陥没し、二目と見られぬ顔の兄と泣いている弟が同時に叫びやした。
 二人とも知っている顔のようでがんす。
「理由は簡単だ。ここは私の管轄だからだ。もう十年近くもな」
 目の前に落ちかかる前髪をはらりとふりあげた姐御が、カード式の警察手帳を高くかかげやした。
「不良少年、倉沢竜二。お前を婦女暴行の容疑で逮捕する」
 姐御のうしろには数名の女デカが援護射撃の体勢をとっておりました。
 いずれも革のボンデージ・スーツや豹柄のワンピで、俄かにデカとは思えぬ面々でありやしたが。
 女デカの一人が大股で近ずこうとすると、竜ニの顔が情けなく歪みやした。
「違うんだ。これは、違う。ある人間に頼まれたんだーー」
 
 低めの声で必死に卑怯な言い訳を始めまする。
「何が違うんじゃーー。わりゃあーー。卑怯な言い訳をせんと、とっとと連行されんかい」
 姐御の一言に、一番近くにいた女デカ――シャネルのサングラスを胸ポケットに差し、鋲打ちのジャケットを着用――がゆっくりとワッパを取りだしやす。
「待てーー。違うんじゃーー。わいは頼まれたんじゃーー」
 弟の言に重なり、タカも弟をかばい始めました。
「それに、これは兄弟喧嘩なんじゃーー。他人の出る幕じゃあねえわーー」
 サツに刃向かうなんて、信じられねえカスでありやす。
「おう。さようか。じゃあ、ここできっちり片をつけんかい? どう見ても、そっちのお姐さんを巻き込んで玉のやり取りをしているようにしか見えねえが」

   16

「ウ・ル・セ・エ――」
 怒りの声を上げて、いきなり内ポケットから手裏剣をつかみ出したタカは、姐御にむけて投擲したのでござんす。
 隠しておったのか?
 ――つうか、やっぱりバカじゃ。極道じゃ。
 乾いた音をたて、鉄の回転凶器が壁に突き刺さりました。
 だがデカたちは俊敏に暗闇を移動し、手裏剣の穿った壁からコンクリートの欠片が少し落ちただけでした。
「ウ・ゼ・エ・んだよ。これは、兄弟の問題なんだ。それにこれはビシネスなんだよ。他人はすっこんでろ――」
 火がついたように怒りの叫びをあげ、弟も何発か発砲しやした。
 が、銃弾はむなしく空気を裂いただけで、姐御デカたちの間を抜けていきました。
「ご挨拶じゃが、そういう訳にはいかねえんだ。ワテはおせっかい焼きなんだ。これはワテの性分なんじゃから、悪く思うねい」
 不良少年を扱い慣れている姐御警部が、冷たく嬉しそうな声を上げました。

「ウ・ル・セ・エ――」
 怒鳴り声を上げて、竜二が大きく跳躍しました。
 両陣営の間の十メートルの間隙を軽く跳躍し、女デカたちのまん中へ飛びこんでいきました。
 こいつも忍者のはしくれか?
 予想外の攻撃に雌豹のような肢体が四方にバラけました。
 が、姐御は怯まずに、銃をふりあげて弟に飛びかかっていきやした。
「往生せんかあーー」
 グギ。
 赤茶色の頭と姐御ヘアーに結い上げた頭が激しくぶつかりまする。
 竜二も銃をふりかぶり、姐御をめがけ、弧を描いて殴りかかったでやんす。
 だが、一瞬早く、姐御はふりおろされる銃把をよけました。
 ダメージを内包した攻撃はかわしたかに見えました。

 されど、ストリート・チルドレン同様の竜二は喧嘩なれしておりやた。
 姐御が体をよけるその先を読んで、鋭いまわし蹴りが飛んでいったんです。
 まっすぐに伸びた不良の脚が、姐御に向かって突っこんでいきました。
「いてこましたろかあーー」
 グシュ。
 腹に一撃をくらった姐御の体が、一瞬宙に浮き、背面からコンクリートに叩きつけられやた。
 湿った音がしました。
 が、まわし蹴りをはなった脚が床につくよりも早く、後のデカが、トリガーを引いたんでござんす。
 
 バスン。銃弾は竜二の手にあたって、一ミリほどの厚さの肉を抉りとりました。
 銃を握っていた手が反動で開き、銃を落としたです。
 不良の顔が激痛にゆがみました。
 バランスを失い、地球の重力に引かれて、銃と同じ速度で床に落ちていきおりました。
 が、床に転がると同時に、喧嘩で培われた瞬発力でまた態勢を立て直しやした。
 銃を掴んで、しかる後にすばやくトリガーを引いたんです。
 プシュッ。
 床の上数センチの空中をおよぐ銃から発射された銃弾が、流れ弾になりやした。
 そして、横たわるタカの肩を穿ったかに見えました。
 
 グエッと死にそうな声をあげて、タカが床の上で大きく跳ねました。
「やめろ――」
 思わず大声で叫んだアチキは、肩にナイフを刺したまま空中に飛びあがっておりました。
 ――ああ、また、軽い自分に戻っちまった。
 と感じておりやした。
 身体は無意識のうちに、風を切って竜二の元まで跳躍しておりました。
 舎弟を助けたいのか、姐さんをかばいたいのか、自分では判断がつかなくなってました。
 自分の体が脳みそよりも早くに反応し、どうにもこうにも訳がわからない状態でございました。 
 ズキュ。
 またしても竜二の銃が火を吹き、アチキの頬を掠めやした。
「この糞ガキがーー。一度ぶっ殺したるわいーー」
 じゃーーが。

 アチキが飛びかかるのとほぼ同時に、闇の中から悲痛な叫び声が聞えました。
「お願いだーー。止めてくれーー」
 どこかで聞いた声でございました。
「待てーー。やめろーー。竜ニ。暴走しないと約束したはずだろうが――」
 極道顔の菊田警部じゃった。
「暴走しねえと、約束したア? ワレえ、そりゃあ、一体全体、どういうことでおますかのう?」
 ドスの利いた声が、姐さんの唇から押し出されていました。
   
 菊田警部は三階まで駆け登ると、息を切らしながら、今までの経緯を喋りました。
 うちらがJFBIであることは姐さんに対して告げました。
 それから、アチキに対しては、目の前の姐御軍団は、極道から抜擢された警部や警部補たちであると、教えてくれました。
 アチキと違うのは、皆、ちゃんと大学出て、試験に受かっている点でありまする。
 ついでに姐御が本当に葉牡丹組の三代目で、名前がお涼ということも話してくれました。
 今では三重県警のドンであるらしい。
 最後に、タカの弟が出現した経緯も述べやした。
 どうやら、タカの弟が近くに住んでいると聞いた叔父貴が、唐マリ奪還のために、金で頼んだらしかったです。
 じゃが、極道崩れの弟は、兄貴への憤りが強すぎて、暴走したようじゃった。
 ようやく事情がつかめると、お涼姐御は、涼しい顔でおっしゃいました。
「さよか。相手が警視殿となりゃあ、任侠道に反する行いでも、正面切って刃向かう訳にもいかんどっしゃろな。ほなら、引き上げまひょか?」 
 
 菊田警部の車から放り出された場の、鳥羽署の前でやした。
「ご苦労」
 叔父貴が直々にお出迎えして下さいました。
 ほんまに、「おどりゃあーー。落とし前つけたるわい」でございます。
 叔父貴は、自分で仕組んでおきながら、お涼姐さんが出張ってきたことで、気まずそうな顔をしておりました。
 しかし、引っ込みがつかんので、タカに怒りの矛先を向けました。
「おい。タカ。テメエはこの鉄砲玉がどっかに飛んでいかねえように、用心棒として同行を許しておったが、この辺でお役目終了じゃ。唐獅子組へ帰{ルビ=けえ}れ」
「そんなあ、叔父貴ーー。殺生ですがなあ」
 肩を銃弾に擦られ、血を流しているタカが消え入りそうな叫びを上げました。
 じゃが、叔父貴はさっさと署の中に消えてしまったでやんす。
「姐さーーん」
 叔父貴にどなられたタカは、今度はこっちを向いて涙をながしたんでござんす。
 しかし、アチキも百人からの舎弟を擁する代紋の姐御。
 そこはきっちり引導を渡してやったでございやす。
「そうじゃ。オメエの仕事は終わったんじゃ。アチキにはお涼姐さんがいるから、もうテメエは必要ねえんじゃ。とっとと帰{ルビ=けえ}れ。アチキは、また肩を縫いなおしてもらわにゃならねえんじゃ。それもこれも、お主の弟のせいじゃ。少しは反省せーや」
 ――それにしても、か弱い女一人を回収するために、極道崩れを使うなっつうんじゃ。マジでおしっこチビったじゃねえか。
 (続く)