『昭和残侠伝・唐獅子仁義』&『血染めの唐獅子』

『昭和残侠伝・唐獅子仁義』

唐類。「今回は、マキノ雅弘は女か? と、健さんの脳みそは少ないか? というタイトルでお送りするぜ」
ビシ。
≪読者≫。「まずいっすよ。それは。最初のはまだ良いとしても、後のは、」
唐類。「いや。わて、証拠の品をみつけましたのや」
≪読者≫。「どこで?」
唐類。「『網走番外地』の中や。最初の奴。丹波哲郎が、トロッコに乗って北海道の大雪原の中を追いかける奴や。その中で、健さんはもう一人の囚人と手錠で繋がれて逃げるんだが、線路に手錠を置いて、列車の重みで手錠を切断してもらうんや」
≪読者≫。「それはまた、無理な話ですなあ。普通なら頭蓋骨が破砕されますやろ」
唐類。「その通りや。健さんは線路の中に横たわり、相棒は線路の外側に横になるんやが、列車が通過した後、相棒は、頭蓋骨を強打して瀕死の重傷を負うのに、健さんはかすり傷も負わないのや」
≪読者≫。「脚色でしょう。にしても、それと脳みその量とは何の関係もないでしょうに。というか、僕は、そんなこと爪の先ほども思ってないですからねーー」
唐類。「まあ、わても半分はジョークやから、安心しーな」
≪読者≫「半分かいな」
唐類。「ま、それはそれとして、普通、頭蓋骨は脳みそを守るために大きくなるもんやろ。それが小さいということは、な」
≪読者≫。「僕は、頷きませんからね。ただ聞いているだけですからねー」
唐類。「ま、『唐獅子仁義』の中でもそれをうかがわせる言葉はでてくるし」

≪読者≫。強引に。「ここで話題をかえます。マキノ雅弘が女か?ってのは、どういう意味ですか?」
唐類。「うん。女の心が痛いほどよく分かっているからや」
≪読者≫。「例えば?」
唐類。「そうやなあ、この作品の中では珍しく藤純子が゛わての健さん"と゛わての池良(池部良)"にべたべた触るのや」
ビシ。
≪読者≫。「だから、勝手に自分の物にすんなってえの」
唐類。「でへ。女の観客は、いつも自分が世界の中心で映画を見るから、美人女優が健さんみたいなイケメンに触ると、逆切れしますのや。で、ここが監督の策略なんや。美人女優がイケメンにべたべたするのは、女性観客の心に、わざと爪を立てておりまんのや。でもって、女性観客を怒らせて、最後には、純子を銃撃で殺させてしまうんや。そこで、女性観客は、うわーーっと感情移入をするし、美人女優が殺されれば、男性観客も一気に感情移入して、最後に仇同志の健さんと池良が一緒に殴りこむっつう、自然な感情の流れになりまんのや」
≪読者≫。「なるほど。それは良く分かりました。でも、それで、なんで゛マキノ雅弘が女"ってことになるんだす?」
唐類。「それやがな。男性作家(監督)が主役クラスの美女を途中で殺すってことが、どのくらい辛いことか、あんさんは想像できます?」
≪読者≫。「そんな辛いことですか?」
唐類。「例えば、『ハリー・ポッター』の途中で、ハイマーオニーを殺してしまったらどうします?」
≪読者≫。「そりゃあ、無理でんがな。続編ができませんわ。JKローリングだって、そんな辛いことはでけんわ。でも、健さんシリーズはまた新しい設定ではじめるのやし、それほど問題はないような」
唐類。「ちょっと、例が悪かったかな? 例を変えますわ。例えば、わてが脚本家だったとしますな。で、『次の映画では、岩下志麻藤純子が主役で、健さんが二人の思われ人っちゅう話にします』といわれたと」
≪読者≫「もの凄い設定でんなあ」
唐類。「例えばの話や。それで、二人はいがみあっているんだけど、健さんが殺されたことをきっかけに和解し、一緒に敵の組に殴りこみに行く、と言われたとします。その時、どうします? わてだったら、間違いなく監督さんの顔に硫酸ぶっ掛けてやりますわ」
≪読者≫。「だから、公私混同ですがな。でも、感情的に無理だと言いたいんですね。女の作者の場合、健さんほどのイケメンは途中では殺せない。逆に男の作者(監督)の場合、美人女優は途中では殺せない、と」
唐類。「そや。それなのに、美人女優を殺すようなことを、このおっさんはやりおったんや。だから、マキノ雅弘は女やって言うておるのや。男装の麗人だと」
≪読者≫。「ちょっと強引な気もしますけどな。それより本編紹介せんと」

唐類。「そやった。まず、深夜、出入りを終えて、血刀を持って帰る健さんがおりまんのや。そこへ池良が挨拶します。『お待ちなすって。花田秀次郎さんとお見受けします』。で、健さんが『さようでございます』と応えると、さらに挨拶します。『道中、仁義略させて頂きます。手前、当地雷門一家にわらじを脱いでおります、風間重吉と申します。渡世上、あんさんには何の恨みもございません。お察し願います』と。すると、健さんは、『ご丁寧なるご挨拶、いたみいります』と応えるんや」
≪読者≫。「なかなか感動的なシーンや」
唐類。「そうかあ?」
≪読者≫「て?」
唐類。「わて、このシーン見た時、二人は阿呆かと思いましたんや」
ビシ。
≪読者≫。「だから、喧嘩を売るな。喧嘩を。それは台詞やし」
唐類。「台詞にしてもなあ、深夜やで。草木も眠る牛三つ時やで。そんでもって広ーーーーーーいのっぱらやで。誰も見ていないわ。そんな所で、ご丁寧な挨拶をかわして、どないしはります?」
≪読者≫。「だから、台詞やて」
唐類。「じゃあ、そういうことにしておきま。でもなあ、殺す意思があるんなら、照準装置付きのマシンガンで狙えば一発や。ウージーでもイングラムでも」
≪読者≫。「だから、専門用語を出すな。一部のオタクを除いて理解不能だろう」
唐類。「分かった。じゃあ、そこは飛ばして、この後、『勝負はこの場限り。どっちが勝っても恨みっこなしだぜ』って言うんだけど、勝負の行方は明らかに決まってるじゃないか」
≪読者≫。「何故?」
唐類。「だって、これまでのシリーズの中で、いつも最後は池良がやられ、健さんは絶対に斬られないと決まっているんだから」
≪読者≫。「だから、それはシナリオで。ああ、疲れた。先に飛んで」

唐類。「分かった。で、この後、ずいいと飛んで、健さん藤純子の家にお世話になるシーンがあるんや。その時の台詞がよく分からんのや」
≪読者≫。「どんな?」
唐類。「うん。健さんが傷の手当てをしてもらった御礼を置いてゆこうとすると、純子が断りまんのや。『ここはお茶屋ではないでしょう? 私は看護婦さんではないでしょう?』って」
≪読者≫。「それのどこが分からないのや」
唐類。「分からないって言うか、これを聞いた時、この前に看護婦さんごっこのシーンがあって、カットしたのかと思ったんや」
ビシ。
≪読者≫。「ありえねーーだろう。このB級作家がーー」
唐類。「まあなあ。わても数分後には、そう思い直しましたが」
≪読者≫。「もう、疲れたから、先に飛ばして」
唐類。「そやな。ええと、他に頭に来たことは」
≪読者≫。「だから、頭にきたのでない。普通に筋を説明して」
唐類。「でもなあ、わて、健さんの唇しか見てないから。ああ、そうや、この中で一番頭にきたのは、純子が健さんと二回も間接キスをするところや」
ビシ。
≪読者≫。「もっと適切に言え」
唐類。「しょうがないなあ。盃の交換をしますのや。わての健さんと」
ビシ。
≪読者≫。「先」

唐類。「あ、それから、ずっと飛んで、片腕を斬られた池良が、すさんだ目をして、芸者をしてる妻の純子の元に来ているシーン。で、金をくれって言うんだな。すると、純子が、『手切れ金?』って切り返すんだな」
≪読者≫。「なかなか洒落た台詞じゃねえかい」
唐類。「まあなあ。で、その後の池良の台詞が秀逸なのや」
≪読者≫。「どんなんや?」
唐類。「一瞬だけ純子をハスに睨んで、『ヘ、荒れてやがんなー』って一言」
≪読者≫。「凄いなあ。普通の夫婦やったら、あん時はどうだったから、どうのこうのとか、果てしない口喧嘩になるのになあ」
唐類。「うん。この時の台詞だけは巻舌だったわ」
≪読者≫。「だから、舌を巻く上手さだろうが」

唐類。「それから、観客に喧嘩を売っているせりふがありま」
≪読者≫。「普通に説明してよな」
唐類。「はいな。健さんが、池良に、かなりの金を渡して、この地から出ていってくれと頼むシーン」
≪読者≫。「たしか池良は、腕を斬られてから捨て鉢な生活をしているんだよなあ」
唐類。「さいでんがな。その時、池良が、『これはおルイとの手切れ金か?』って、聞くと、健さんは、『舐めちゃいけませんぜ。これはオメーさんと俺との手切れ金だ』って言いますのや」
≪読者≫。「それのどこが喧嘩を売っている台詞なんじゃ」
唐類。「ですから、その次でんがな。その次に、こう言いますのや。『上さんを芸者にしての自棄なくらし』って。これがいけませんや」
≪読者≫。「どこが?」
唐類。「全てがです。わて、これを聞いた時、健さんに、『馬鹿やろうーー』って怒鳴ってしまいましたが」
≪読者≫。「なんで?」
唐類。「なんでって、決まってますがな。池良やったら、何やっても良いんだよ。妻をソープに売ろうと、赤線に売ろうと。わてどこにだって行きますがな」
≪読者≫。「阿呆か。またまた公私混同じゃ。つうか、旧いわ。赤線て。オメー幾つじゃ。それに、ソープだって、そんな婆さんはお断りやろ」
唐類。「くそう。五十年昔なら」
≪読者≫。「先、先」

唐類。「あと、健さんに脳みそが少ないと思われる台詞が」
≪読者≫。「お願いだから、喧嘩は売るなよな」
唐類。「ええと、純子が、ありえない角度から銃撃されて、二人が敵の組に殴りこみに行くシーン」
≪読者≫。「ありえない角度って?」
唐類。「それは、見てもらうしかないな。まあ、壁に撥ね返った跳弾とも思えるけど。見ろや、オメーら」
≪読者≫。「読者に向かって怒鳴ってどうします」
唐類。「さいでした。その後、二人は和解し、健さんは、先に殴りこみに行き、途中で池良が、『秀次郎さん、ご一緒させていただきますよ』って、声をかけるんです。このとき、健さんは、信じられない問いを発するのです」
≪読者≫。「何と?」
唐類。「『どちらへ』って聞き返すんです。わては思わず、『そんなの、オメーと同じ血みどろの戦場に決まっているじゃネエかーー』って叫んでしまいやした」
ビシ。
≪読者≫。「だから、それは、台詞だから」
唐類。「そういうことにしておきま。でも、その後の池良の台詞は、古今東西の台詞の中で、一番、秀逸」
≪読者≫。「何て?」
唐類。「一瞬黙って健さんを見据えて、『重ねてお願いいたします』って言ったんだよ。もう、涎と涙と他の液体がどば―っと」
ビシ。
≪読者≫。「このB級作家が――」
唐類。「言いなおす。巻舌」
≪読者≫。「だから、脱帽だろうが。それか、舌を巻くうまさ」
唐類。「そうとも言う。ああ、疲れた。後は、斬ったはったのシーンだから、省略」


『昭和残侠伝・血染めの唐獅子』
唐類。「疲れたから簡単に。この時の健さんは肝臓でも病んでいるのかなあ。少し顔がむくんでいるんだよね。でも、それが逆に母性本能をかきたてて、ムフフなんだけど」
≪読者≫。「オメーは健さんなら何でも、ムフフなんだろうが」
唐類。「でへ。内容は、健さんが兵隊から帰って来るんだよ。そして、浅草で鳶の頭に納まるんだ。で、丁度博覧会の会場に選ばれ、あこぎな建設会社の親分とはりあうんだが、どうも良く分からないんだ」
≪読者≫。「どこが?」
唐類。「だから、鳶というのは、火消しのことらしい、ってのは見て分かった。もっとも、わての父親は高い所の職業だと教えてくれたから、わては当時流行っていた電線マンだと思っていたが」
≪読者≫。「旧い話や」
唐類。「それで、火消しがなんで、建設会社の仕事ができるのかが今一不明」
≪読者≫。「だから、その地域の権力を握っていたんだろう。自分で仕切って業者に卸すとか」
唐類。「さよか。それと、作品の出来は、まだまだ時代劇風で、痛快娯楽活劇に徹しきれてないかな。もっともこれは1967で、『唐獅子仁義』より二年も前だから、完成度は『唐獅子仁義』より下で当たり前なんだけど。それにしても、『唐獅子仁義』は、もうやること全てやってしまって、何にもネタが残っていなから、最初から最後まで健さんと池良の度アップなんだよ。健さんの顔の度アップ、池良の背中の度アップ。健さんと池良のXXの度アップ」
≪読者≫。「だから、伏せ文字を使うな。裸はでてこないんだから」
唐類。「そやった。腰の度アップ。まあ、そんな所で。話の展開はいつもと同じ。でも、最後の啖呵の切り方は、シリーズの中で一番決まっているかな? 以上」

唐類。「来週は、『ごろつき』と『無宿(やどなし)』の予定だす」
≪読者≫。「お、珍しく東宝に跳ぶんや」
唐類。「うん。たまたま『無宿(やどなし)』を買ったら、これが予想外に素晴らしい出来だったのや」
≪読者≫。「任侠ものよりも?」
唐類。「うん。まず、健さんの眉間に縦皺がある。もう、驚きや。あのサイボーグ面が、人間の男の顔になっている」
≪読者≫。「だから、喧嘩を売るな。それにしても眉間の縦皺。好きでんなあ」
唐類。「はい。『昭和残侠伝』の時よりも、百倍も良い顔をしている。脳みそも一人前にあり、触れれば斬れそうな鋭い雰囲気」
≪読者≫。「だから喧嘩を売るな」
唐類。「今公開しているのはもっと深い縦皺があると思うから絶対見たいけど、『ごくデカ』が終わらないと何もできなくてな」
≪読者≫。「まあ、そっちは、一人称から三人称に跳ぶような、でたらめのB級小説だし」
唐類。「そんなのは黙ってりゃ、わからへんて。それより、『無宿』の中では、勝新が良いなあ。三枚目に徹しているんや。『座頭市』の時は、自分が健さんくらいカッコ良いと勘違いしているので、今一感情移入できないんだけど、この作品の中の勝新は違う。自分が三枚目だと気がついたんや。で、自分が不細工なのを認識した後の役者は怖い。危機迫るものがある。自分を消して、作品の90%を健さんの顔の度アップにしているんや。それも、頭と顎が三ミリづつはみ出るほどの度アップ。『座頭市』であれだけ有名になったのに、この中では、脇役に徹している。涙ぐましいまでの自己犠牲じゃ。色々と問題は起こしたけど、勝新は男の中の男だぜい」