極道デカ』(『ごくデカ』)11回目(最終回の1)

『極道デカ』(『ごくデカ』)11回目(最終回の1)開始は12月19日

  前回までの粗筋。私(20才、唐獅子組の三代目姐。通称、唐マリ)は叔父貴(橘警視、35才)のご指名を受けて、広域犯罪捜査班(jfbi)で捜査をしている。今回の仕事は誘拐の捜査。
被害者は萱本小夜(17才で、『四葉宝飾』の娘)。身代金の運搬人は後妻の由香(37才)。脅迫状の内容は次――二億円分のダイヤの裸石を持ち、今日の午後八時に、伊勢市二見浦の海岸、夫婦岩の近くにあるクルーザーに乗れ。北に向かえ――。
午後の八時、後妻がクルーザーに乗った後、私は車のトランクから出て、遺留品を探すが、細い少女とぶつかり、サイコメトリングが落ちてくる(私は、不完全なサイコメトラー)。映像は、後妻が爆死させられたものと、将来、自分が爆破されるシーンの二つ。数分間、映像に翻弄され、気がつくと、相手はいなくなっていた。
 その後、すぐにクルーザーの爆発が起こった。真のサイコメトリングだった。そのことをミカリ(14才、天才プロファイラー)に通知。私の襟にあったCCDカメラの映像から、少女の存在も証明。同時に犬並の嗅覚を持つ赤影(17才、忍者修行済み)がかけつけ、少女がバニラの匂いを残したこと、駐車場の端から自転車で逃走したことを発見。
 午後十時。鳥羽署での捜査会議。 菊田警部から、小夜の誘拐の過程が発表される。菊田警部は、誘拐犯の告知したホームページが゛満月の絞殺魔(狼男)"と同じサーバーだったのでJFBIを呼んだが、三重県警の大方の見方は、身代金の額が違いすぎるので、過去の連続殺人は無関係。被害者小夜の狂言誘拐ではないか?二億円のダイヤは重い鞄に移し換えられた後、床が開いてクルーザーの停泊地点に落ち、共犯に持ち去られていた。
 ゛狼男"の犯行は以下ーー過去二回、誘拐殺人がおこり、『満月ウサギ』と題されたホームページに犯行声明文が掲載されていた。サーバーはライブドア。どちらも、身代金運搬が満月(曇り)で、被害者は中学生か高校生で、誘拐後すぐに絞殺され、身代金は受け取らなかった。脅迫状ではテキスト形式のMSPゴシックの11フォントを使っていたので、MSPG11とも呼んでいた。
 翌日、ブログ・゛はてな"の中に゛狼男"の犯行声明文が掲載される。主犯しか知らない事実を知っている。一方、父親の証言から、クルーザーと革の鞄は元萱本家にあったものと判明。これにより、小夜も共犯だったと断定(母親を脅すために爆破を計画した)。主犯と知り合ったのはネットの中。犯人に挑戦状を出す。JFBIのページに『あなたは網にかかった』と書きこむ。すると、゛狼男"から、近日中に小夜の死体をお目にかける、とのメールがくる。このメールを出したのは、ネットで主犯と知り合った黒田亜美。80キロある少女。脅迫状とは知らずにネットカフェから送った、と主張。
 黒田亜美は私を指名したが、私が後催眠にかけられていることを利用して、薬局から逃走した(忍者屋敷風にトンネルがあった)。その後、ミカリに約束していたように、ケータイで、主犯に関する情報を教えてくれる。
内容は以下――私を後催眠にかけたのは主犯。かけ込んだ薬局は主犯が探しておいたもの。すべては主犯の計画で、自分は、手首を切られたので、しょうがなく協力している――。
 しかし、菊田警部は、黒田亜美が嘘つきなのを見ぬき、主犯だと断定。
 誘拐から四日後、小夜と思われる死体が神島に放置されている。DNAも小夜のマンションにあった髪と合致。更には宝石を回収した細い少女と、80キロある少女の死体が発見されるが、二人の身元はすぐに判明。゛黒田亜美"は行方不明になるが、≪読者A≫が登場人物の一人の変装だと断定。
 サイトで登場人物全員の情報を流して゛黒田亜美"情報を募集すると、半年前に佐渡で足跡を残したいたことが判明。その時の情報から、≪読者A≫は、゛黒田亜美"はつい最近整形していたことを突きとめ、可能性の高い順に、小夜か由香夫人の変装ではないかと絞りこむ。さらに≪読者G≫が、小夜が一重瞼であったことから、゛黒田亜美"は小夜の変装、狂言誘拐後に激太りをした姿だと推理。そして、佐渡で、二人の人間のからんだ事件があったことから、双子の犯行説を提唱。つまり、小夜の死体として神島に放置されたのは、小夜の双子。
 因みに作者は沈黙。作者は以下のように思っている――作者=神様だから、神様はもっと存在感を消さなきゃいけん。それでなきゃ神様視点にならない。でも、読者の主張が強すぎて、作者を出さなきゃバランスが取れない。つうことは、読者を何とかするしかない。それには、作者=カメラマンという設定で゛誰もいなくなる゛っつうオチしかない。
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第七章
  1

 チャット・ルームみたいな暗い場所。
 どこかにあるようでないような、極めていいかげんな造り。多分、大きい建物の中の会議室みたいな場所。
 何人かの≪読者≫たちが、てんでに坐っては、適当に話しながら、好き勝手に飲んだり食べたりしている。
 
作者。「さて、そろそろ始めましょうか。前回から色々とあって、二週間ほど経過してしまいました。が、気を取りなおして、小夜の死体を製造した犯人は誰か、の絞りこみに行かなければなりませんが、その前に告白がありますがな」
≪読者G≫。「何だ? そのもって廻った言いかたは。実は、★この小説が実は多重人格もので、≪読者≫たちは誰かの頭の中の妄想の産物だった★とでも白状するのかいな?」
作者。「ぐ。だから、そないなことは言うなや。可能性を一つ潰すことになるやないか」
≪読者G≫。「別に。あんさんの主張は誰も聞きたくもないし。ちなみに僕が書いたら、もっと面白くなるぜ。例えば、゛作者"は、名前は作者だけど、作者の頭の中の第ニの人格、つまり、従で、逆に゛読者"という名前の人間が、第一人格で、主だとか。まあ、こんなのは、心臓が潰れそうであんさんには無理だろうが」
作者(無視して)。「話を戻すがな。実は、提案があるんや。唐突ではあるが、君たちには思いきって心の扉を開いてもらって、もっとフランクに」
ビシ。
≪読者G≫。「だから、それは、『ホテル・ビーナス』や。さっきまで見ていたやろ」
作者。「そうだった」
 といったまま、作者は黙る。
 今日の作者は、黒の着物で、モデルと間違うほどのスリムなプロポーションで。
 ビシ(読者Gの手)。
 今日の≪読者G≫は、黒ブチめがねで汚れたスタジャンに汚れたリュックという電車男スタイル。
 ビシ(読者Gの手)。

≪読者G≫。「何じゃ? 今回は口が重いなあ」
作者(空元気で)。「そんなことはなか。ちょっと慣れない緊張状況が続いたんで、疲れただけや。もう少し慣れれば、わても楽になるんじゃ」
≪読者G≫。「心にもないことを」
作者。「ぐ。でなければ、作中で読者を殺して殺して殺しまくるとか。そうじゃ、『ゴッド・ファーザー』のように、抹殺をすれば、わてもすっきりするぜい」
≪読者G≫。「それって、私的な恨み以外のなにものでもないですやん」
作者。「ま、それはそれとして、考え直してみるに、読者がなだれこんできてから、この作品も王道を外れたように思う。だから、そろそろ王道に戻して終わらなきゃいけない。クリスティやカーや江戸川乱歩が苦労して築きあげた路線は、揺るぎないものじゃ」
≪読者G≫。「何を言い出すかと思えば。読者を非難する前に、己のリアリティのなさを反省せーよ。あちこちミスだらけじゃないか。現に、今のこの部屋の設定にしてからに、曖昧で、とりとめがなくて」
作者。「そうや。その通りや」
 と言いながら、含み笑いをし、おもむろに横においてあったビデオ・カメラを取り上げる。
作者。「ヘッヘッヘ。初めて意見があったな。実は、前から言いたかったんやが、わてもリアリティがないが、読者はんたちもそうや」
≪読者G≫「だから?」
作者。「だから、あんさんたちにも、もっとリアリティをもってもらわにゃあかん。それには、ビデオの前で自分の過去を洗いざらい話してもらうに限る。大体、小説の中に登場してくるんだったら、両親の職業から自分の生い立ちから異性の趣味から、あっち方面の好みまで喋ってから登場せいっちゅうんじゃ」
 ビシ。
≪読者G≫。「阿呆か。真剣に聞いてれば、『セックスと嘘とビデオテープ』のパクリやないか。阿呆らし」
作者。「でへ。ばれたか」
 と再度、ビデオ・カメラを置く。
作者。「ところで、≪読者A≫はんが見当たらないようじゃが。前回、あれだけ、大見得切っておいて」
 そこまで言った時だった。暗いような明るいような、曖昧な部屋の一箇所から鈍い光が指しこんだ。
 ドアが造ってあったのである。壁の一部と同化していたドアは、音もなく開き、外から≪読者A≫の顔が半分だけ覗きこんだ。
≪読者A≫の後ろには、鉛色の空と重苦しい波頭をくねらせている冬の日本海がかいま見えた。
 もっと詳しく言うと、『隣人13号』の心象風景とか『砂の器』のような空と大地である。興味のある人は、『隣人13号』とか『砂の器』←をクリックして、そっちのページに飛んで調べること。゛はてな"のコンピューターがリンクを張ってくれていると思うから。
≪読者A≫の後ろには唐マリの姿もあった。 
 
   2
 
 佐渡の金山近くのとあるビルの一室。殺風景な部屋。
 唐マリと≪読者A≫と作者。
 唐マリは黒の紋付にはかま。≪読者A≫はホームズみたいなインバネス(半外套つきコート)。それにパイプ。どう見ても推理オタク。 
 ところで、これから神様役に徹することに決めた作者は、ビデオをかかえて、撮影に専念している。
作者。「ここから最後までは神様視点でゆくからな。覚悟しーや」
 ビシ。
唐マリ。「何が神様視点や。完全に脚本形式になっとるやないか。それも脚本の勉強をしたことがないから、できそこないの脚本や」
作者。「でへ。まあ、面白ければ何でもいいんや。それより、あんさんの推理を話せーや」
 と≪読者A≫にカメラを向ける。
≪読者A≫。「そやった。では、この二週間のわいと唐マリの動きとその結果得られた推理を話すぜ。わいらは、捜査本部の人間たちとは別行動を取った。特に理由はない。ちゅうか、≪読者≫を捜査に参加させてくれるほど警察は甘くはないので、唐マリにこっそり金を渡して、捜査から外れてもらったんや」
唐マリ。「でへ。作者はんを出しぬくために、捜査本部の連中には嘘をついたんや」
作者。「あこぎやなあ。主役になるために、そこまでするか? まあ、いいか。最後にわてが派手な活躍をすれば。主役はわてや」
≪読者A≫。「だから、今、神様視点に徹するっていうたやないか?」
作者。「ぐ」

≪読者A≫。「では、一つ一つ疑問を解決するぜ。まず゛黒田亜美"だ。≪読者G≫の推理では、わずか四日で十キロの激太りをしたことになっているが、それは無理だ」
唐マリ。「そうや、現実的に無理や」
≪読者A≫。「じゃろう。だから、現実にありそうな推理をしてみた。まず、゛黒田亜美"は、DNAを残してはいないのだから、小夜とは別人だと考えられる。最近二重瞼に整形したのかもしれないが、もともと太っていた。だが、まるっきりの赤の他人なら、なぜ、あんな危険なことをしたのだ? ミュンヒで掴まるかどうかのスリルが堪らない、と前に誰かが推理をしたが、そのほかにも何かあるに違いない。例えば本当に弱みを握られていたとか」
唐マリ。「何の弱みじゃ?」
≪読者A≫。「それは後から探す。一時保留じゃ。で次の疑問」
唐マリ。「神島で上がった死体。一部には、★神島の死体が小夜と同じDNA★というのは、単に神島の死体と小夜のマンションにあった髪の毛が同じDNA、という意味しか持たない。つまり、神島に誰の死体を放置しようと、そいつの髪の毛を小夜のマンションにばら撒いておけば、良い。小夜が死体と同じ化粧をして、狂言誘拐前に写真撮影しておけば良い。という説もあった」
≪読者A≫。「しかし、わいは≪読者G≫の説を支持する。★小夜と神島の死体が双子★という推理や。あの時、父親初め、関係者全員が本人であると騙されたのだから、よく似ていた人間だと推測される。たとえば年齢。少なくとも三十過ぎの人間の死体だったら、少しくらいガスで膨張していても、何となく三十過ぎだと判るやろう」
唐マリ。「因みに、双子の可能性に父親が言及しなかったのは、生まれた時に片割れなどを里子に出すなどして、すっかり忘れているのだと、思われる」
≪読者A≫。「そこで、俺は父親に直接会って聞いてみた。どうやって会ったかなど、詳しくは後から話すが、ここに返事がある――小夜は双子ではなかった。生みの母親の実家が佐渡で、金山近くの病院に帰って生んだが、双子だったとは一言も言っていなかった」
唐マリ。「ということは、つまり、双子の可能性もありってことや」
 二人は作者を振り返った。
 作者は無表情。

≪読者A≫。「では、ここで報告がある。唐マリからどうぞ」
唐マリ。「警察が発表してなかった証拠を一つ。実はここに神島の死体の詳細な情報がある。警察が今まで極秘にしてきた」
 唐マリは、作者の担ぐビデオカメラの前に一枚のフロッピーをかざした。
唐マリ。「わてがこっそりコピーして持ち出したことは、三重県警の人間は誰も知らん」
≪読者A≫。「くどい。その先を言えーや」
唐マリ。「これによると、神島の死体の指紋は、小夜の部屋や学校のロッカーに残る指紋と一致した。DNAだけだったら死体から抜いた髪の毛を小夜の髪の毛だといって差し出すこともできる。しかし、小夜の通っていた高校の、ロッカーに残されたいた指紋は小夜のものや。つまり、神島で遺棄された少女と小夜とは最低でも双子である。きっと、のっぴきならない事情があって八ヶ月の間に殺されたんじゃ。その上、゛黒田亜美"に関しても、たった四日で八十キロ太るのは無理だった。それと神島の死体とは直接関係ないが、的矢湾で発見された二人の死因は、絞殺による窒息死と判明した。これは捜査上の秘密だったので」
≪読者A≫(唐マリを遮って)。「あのなあ、そこで、最低でもと言うなや。わいが次に言う言葉が分かってしまうやないか」
唐マリ。「でへ」
≪読者A≫。「作者みたいなボケをすな。ああ、もう、分かってしまったが。謎解きは」
唐マリ。「待ちーな。それを言う前に、やはり、グアムで何があったかとか、この二週間の間にあっしらの調べたことを先に言わんと」

   3

≪読者A≫。「了解」
唐マリ。「あっしらは、グアムに行って捜査しようと考えたんやが、それでは捜査本部にあっしらの動きが察知されてしまう。そこで、お手伝いさんに化けて、萱本家に潜入して、小夜の部屋を徹底的に調べたんや。そしたら、床下に小夜のノートが隠してあったが」
作者(割りこんで)。「ああ、やっぱ、ここ、再現フィルムの方がいいかなあ。リアリティがないし」
≪読者A≫。「どっちでも、いいがな。じゃあ、試しにやるぜ」
作者。「待て。やっぱ、枚数を食うから、カットするが」
≪読者A≫。「かったるいなあ。ちゃっちゃと行くぜ。ええと、ノートには小夜が八ヶ月前にグアムに行った時のメモがあった」
≪読者A≫は涙のような液体でぼろぼろになりかけたノートを作者の持つカメラの前に突き出した。
≪読者A≫。「読むで。印象に残ったものはいくつかあるが、ジャングルの泥河クルーズ」
唐マリ。「それ知ってま。横井さんが隠れていたジャングルの側を流れる泥の河を船で下りますんや。でも、現地のガイドが笹を編んで鳥なんかを作ってくれるのが結構なつかしくて」
作者。「カット。本文に関係あるものだけ」
≪読者A≫。「ええと、綺麗だったのは、ココス島、プラネット・カフェ、サンド・キャッスル」
作者(カメラの後ろから)。「飛ばせ。かったるいことやってると、わてがマイク奪うぞ」
≪読者A≫。「わかった。ええと、飛ばして、どこだったかな? どこかに、興味深い文があったんだけどな」
≪読者A≫は、小汚いノートを後ろまでめくって、最後に小さい声を上げた。
≪読者A≫。「あった、これや。『亜美から聞いた住所を尋ねてメアリー・ローズに会った。そっくりだった。それより、ヤバイことが起こり始めている。メアリー・ローズが私になろうとしている。このままでは、家をのっとられる』。これに間違いないがな。日付も八ヶ月前じゃ」
唐マリ。「それや。メアリー・ローズが小夜になるっちゅうのは、やはり、双子や。そっくりだからできることや」
 二人の視線が絡まり合ったまま止まった。

   4

 唐マリと≪読者A≫の会話を盗聴機で聞いていた≪読者G≫。盗聴機は、作者の襟にこっそりつけておいたのである。
≪読者G≫。「やはりそうか。この二週間の間に、佐渡に行き、小夜の家の別荘を調べたんだが、歯ブラシの予備が三種類あったし」
 デカの勘でなくてもピンときた。石鹸や歯磨きの種類は一つでも構わないが、歯ブラシは他人とは共有できない。
 別荘は、掃除をしたのか、髪の毛も落ちていなかった。
 別荘のある場所は、庭の手入れ業者になりすまし、萱本家に入りこんで父親から聞き出した。
≪読者G≫。「やっぱり、この際だから、≪読者A≫には協力しておいたほうが賢明かのう?」
 自分に問いかけた≪読者G≫は≪読者A≫にケータイをいれた。 

    5

 さっきのとある廃屋ビル。
≪読者A≫は≪読者G≫からのケータイを受けた。
≪読者G≫が自分の調べたことを話し、謎解きをしようとすると、≪読者A≫が先に喋り始めた。
≪読者A≫。「あんさんも気がついたんか。では、ここで言ってしまうわ。小夜と神島の死体、メアリー・ローズは双子や。その上゛黒田亜美"も含めた三つ子かもしれません。つまり双子でのうて、三つ子ネタ」
ビシ。ビシ。
唐マリ。「案の定、大量の拳が飛んできましたなあ。それと、分かりきってま、という声も」
作者。「そや。すでに幾つかのサイトでネタバレしていた奴や。さすがに読者はんは頭がよいなあ」
ビシ。
≪読者A≫。「嘘を言うな。そんなことちっとも思っておりゃせんやろ」
作者。「でへ。当たり前や。ただ言うてみただけや。本当は自分が一番頭がよいと思うとるが。小説に≪読者≫を登場させた時点でわての勝ちや。後は蛇足や。あ、でも、お主だけは違うが。親近感を覚えて」
ビシ。
≪読者A≫。「だから、俺にふるな。バッシングを人に向けようったって、無駄や。それから、あんさんのは天然や」
作者。「ばれたか」

 ここで話についてゆけない唐マリが手をあげた。
唐マリ。「三つ子やってえ? しかし、゛黒田亜美"は小夜とは似ていなかったが」
≪読者A≫。「それはこうや。小夜とメアリー・ローズは一卵性双生児子だった。指紋が一致したのだから。でも、黒田亜美は、二卵性双生児と考えられる」
唐マリ。「そんな都合のよい」
≪読者A≫。「それがあるんや。かなり強引やが。その秘密を探るには、十七年前にさかのぼらなきゃならない。全ての秘密は由香夫人が握っておったんや」
唐マリ。「十七年前ちゅうたら、三人が生まれた頃や」
≪読者A≫。「そうや。ここに、由香夫人の貯金通帳がある。萱本家に臨時のお手伝いに入った時に、こっそり由香夫人の部屋に忍び込んで盗んだんじゃ。天井裏に隠してあったがな」
唐マリ。「すっごい。わても知らん間に」
≪読者A≫。「読者の意地や。主役になるためやったら、何でもやるでー―。で、中を見たら驚いたが。佐渡の金山近くのX病院と萱本という人間からかなりの金が払いこまれていたんじゃ。それから、十七年前X病院で受精卵を斡旋していたという噂があった」
唐マリ。「どういう繋がりがあるんや? それより、すごい。スピード捜査やな」
≪読者A≫。「ミカリさんにこっそり頼んだのや。三重県警とあんさん以外のJFBIは、独自の捜査を行っていたが、捜査は難航しているようで、喜んで強力してくれたがな。十七年前の地方新聞のマイクロ・フィルムを調べたら、゛X病院の婦長と唐澤組との黒い噂が流れ、婦長が辞める"という記事が見つかったんやて。それで、すぐに見当がついたらしい。唐澤組とは数年前まであった代紋だが、今では病院経営もする会社となっている」
唐マリ。「つまり、その婦長が後の由香夫人だったと?」
≪読者A≫。「そうや」

唐マリ。「でも、その受精卵の斡旋と三人の件はどうつながりますのや?」
≪読者A≫。「それや。つまり、こうや。この近くにX病院という小規模病院があった。今は廃屋になっているが。そこでは凍結受精卵の闇販売をしていた。バックについているのが唐澤組じゃった。この病院ではそのほかに里子の斡旋などもしていた。これはまっとうな斡旋じゃ。そこへ、小夜の母親が入院して双子を生んだ。しかし、身体が弱く双子を育てられないと判断した母親は、双子の片割れを里子に出す決心をし、X病院の婦長に託した。その当時X病院で婦長をしていたのが、後の由香夫人だった。で、由香夫人は双子の片割れをグアムの資産家に譲り渡し、その子はメアリー・ローズと名づけられて育てられた」
唐マリ。「待っておくれやっしゃ。さっきの一卵性双生児と二卵性双生児の話から類推すると、゛黒田亜美"も何か関係があるような気がしますが」
≪読者A≫。「そうや。その前に、そもそも小夜の生みの母がなぜ佐渡のX病院で出産しなければならなかったかというと」
唐マリ。「分かった。X病院に受精卵を売っていた?」
≪読者A≫。「そや。今では資料がなくて確かめられないが、当時は宝石会社は全然儲かってはいなかった。しかし、有名デザイナーと契約するためにはかなりの金がいる。だから」
唐マリ。「受精卵を売っていた」
≪読者A≫。「そや。ミカリはんが調べた資料では、小夜の生みの母は元スッチー。父親は大学教授。高く売れたと思うが。≪読者G≫はん。あんさんもそう思いますやろ?」
 ケータイに≪読者A≫が語りかけたが、いつの間にか切れていた。

   6

唐マリ。「すごい。つうことは、゛黒田亜美"も小夜の母親の売り渡した別の受精卵から生まれた子であり、不妊症に悩む家庭で生まれたが、大きくなってから、由香夫人に目をつけられ、手伝いをさせられていたってことか?」
≪読者A≫。「そうしか考えられないが。片手首がなかったのは、事件とは関係がなく、事故かも知れない。ただ、自分が世界の中心でないと気が済まない病気――ミュンヒハウゼン――であることには間違いはない。だから、薬局から逃走した後、海外で脂肪吸引などの手術を受け、別人になっている可能性は高い。由香夫人からすれば、日本にいてもらっては困る」
唐マリ。「待ちーな。何じゃ、その由香夫人て? ≪読者A≫はんは、由香夫人が生き残っていると考えているんか?」
≪読者A≫。「当たり前や。あれほど頭よい人間が簡単に死ぬかいな。わいは絶対に、整形手術をして生き残っていると思う」
唐マリ。「さよか。最初に会った時、あっしは冷たい女としか思えなかったが、男たちは美人と言っていた。で、後半で美人となると?」
≪読者A≫。「阿呆か。整形手術とは自分と反対の人間になりたくてするんや。特に犯罪がらみとなると、その傾向は顕著や。となると」
唐マリ。「誰? 婆さんかブスの人間と言うたら。え?これって、そういう謎解きかいな? 婆といわれるのを極端に嫌う女は多いが……」
 唐マリはちらっとカメラをふり向く。

≪読者A≫。「まあ、その点は後から検討するがな。あくまでもわいの勘やさかい。さて、話を戻すぜ。ここで、由香夫人の貯金通帳に話を進めるが、由香夫人は、X病院の婦長を辞めた後、X病院と小夜の母親からかなりの金を受け取っていた」
唐マリ。「X病院のほうは、闇の受精卵売買を黙っていてもらうためで、小夜の母親のほうは、受精卵を売り渡した事実を黙っていてもらうためだな?」
≪読者A≫。「そうじゃ。そういう強請りの相手が何人かいたから、由香夫人は婦長を辞めたあとも結構な暮らしができた。そして、七年後、病弱だった小夜の母親が死ぬと、今度は小夜の父親に近づいて結婚した。小夜が七才の時じゃ。その後、経営の手腕を発揮して宝石会社を大きくしたが、今年になって、小夜が何かのきっかけで、自分に双子の片割れがいると知った」
唐マリ。「どんな?」
≪読者A≫。「あくまでもわいの推理であるが、゛黒田亜美"は前から由香夫人と繋がりがあった。となると、頻繁に萱本家に出入りしていた。となるとこんな状況が考えられる。彼女は、自分の遊ぶ金欲しさに、小夜に出生の秘密を少しだけ教えた。そして、もっと多くの情報を欲しがった小夜に金と引き換えでグアムに片割れがいることを教えた。それがこの涙で汚れたノートのメモ――亜美から聞いた住所――や。八ヶ月前、゛亜美"がメアリー・ローズの住所を小夜に教えたのや」
唐マリ。「それしか考えられないでんなあ。で、小夜は、グアムで双子の片割れにあったが、そいつが予想外に悪い奴で、そこから悲劇が始まった」
 
≪読者A≫。「では、≪読者G≫の推理にそって箇条書きで整理するぜい」
1、★八ヶ月前に、小夜は、グアムで双子の片割れと出会い、まずいことが起こった★
↑この推理は、正しい。メアリー・ローズが小夜は大金持ちのお嬢様であることを知り、自分とそっくりであることから、すりかわり計画を始めた。

2、しかし、半年前に佐渡で共同で死体消失のお芝居をしているから、★半年前までは険悪な関係ではななかった★。だが、どこかの時点で険悪になり、いつか相手を殺そうと決心した。
↑この推理は、間違い。八ケ月前の日記で、すでに、メアリー・ローズを危険だと言っている。つまり、この時点からメアリー・ローズは小夜の背中が寒くなることをし始めていた。では、八ヶ月に、背中の寒くなるようなことが起こっただろうか? あった。この時期に、最初の誘拐殺人が起こっている。つまり、これはメアリー・ローズの仕業と考えられる。その後、メアリー・ローズはまた日本にきて誘拐殺人を犯した。

3、だが、小夜が★゛狼男"となって、二回、誘拐殺人★を起こした。なので、★最後に自分自身の狂言誘拐★をしくんだ。そして★片割れの死体を神島に放置★した。
↑これは正確ではない。゛狼男"になって誘拐殺人をしたのは、メアリー・ローズ。小夜はこの先、自分が殺される恐怖を感じていた。だから、今回、狂言誘拐を仕組んでメアリー・ローズを殺した。

4、片割れの殺害に関して言えば、いつの時点で殺しても、★冷凍保存★にしておけば、大丈夫。そのために佐渡の別荘を使った。が、とうの昔に冷凍庫は処分しているだろうから、別荘の捜査は無意味。
↑これはどうなんだろう。まあ、二回目の誘拐殺人以降なら間違いではないだろう。
 
≪読者A≫がおおまかな流れをまとめ終わると、≪読者G≫からケータイがはいった。内容は以下。
≪読者G≫。「大変だ。唐澤組の舎弟に掴まった。実は、君らの話は途中まで盗聴させてもらっていた。だが、僕が先に謎をとくつもりで、X病院とは丘一つ超えた先にあるK研究所に潜入した。ここは唐澤病院付属だと噂がある。しかし、掴まってしまった。助けてくれ」

   7

 ≪読者A≫と唐マリは、佐渡金山近くで、林の中に建つK研究所に侵入する決心をした。
 鉄筋五階建てのビルである。
 根が臆病で、楽して金儲けをしたいと考えている作者は、最初は渋ったが、カメラマンの役に徹する以上付いて行くしかなかった。
 それに、どこかで派手な活躍をして主役の座を奪い返すチャンスがあるかもしれないので、こわごわ後に従った。
 すでに夜十一時を回っていた。表の玄関口は、閉まっていた。
 三人は通用口から入った。
 警備員はうたた寝していた。
 エレベーターに乗り電気の点灯している三階に直行した。
 フロアーは、シンと静まり返っていた。
 取りあえず、一番手近のドアを開けた。
 部屋の中には、二十才くらいで色の白いか弱そうな男が一人いた。
≪読者A≫はその男の子に向かって真っすぐ進み、挨拶もせずに彼のネクタイを掴んだ。
「手入れだ。拘束されている人間がいるはずだ。どこにいるんだ」
 警官のふりをするのは慣れていた。口からは、ハード・ボイルド映画の主人公のような言葉が溢れ出た。
≪読者A≫の耳も自分の言葉を、他人が喋ってるように聞いた。
 限界を越えた興奮と恐怖が、脳の連合野を寸断してしまってるようだった。
 相手には予想外の攻撃だったようだ。
 ホームズまがいの外見にぐっと息を詰まらせたまま、声を飲んで≪読者A≫の目を見返した。
「あなたは、だれですか? ここはレッキとした研究所で」
「ふん。ここが唐澤病院の付属だとは分かっているんだ。病院の関係者はどこにいるんだ」
「ああ、それなら、下の階でしょう。病院事務所は一、二階で、ここはパソコン組みたて専門階。僕は、何も知らないから」
 彼は喘ぎながら、手を振った。
「そう。じゃあ、下に行くか」
≪読者A≫は彼の体をどしんと、椅子に投げ返すと、踵を返した。
 一歩、歩き始めようとして、ふと後ろで空気が動いた。
(何?)
 ふり返ると、今のボーヤが逃げようとしていた。
「お前――!」
 今度は血の気の多い唐マリがそいつに手を伸ばした。
≪読者A≫の三倍以上の力で、ネクタイを引っ張り上げた。
「た、た、助けて下さいよ。僕は、何も関係ないんだ。お願いですから」
 そいつは、涙を浮かべて、手を合わせた。
「うるさい。君が関係あるかどうかなんて、聞いてはいないんだ。あっしらはこの人の同僚がどこに拘束されているかと聞いてるんだ」
「だ、だから、それは、外部の人間には言えないんですよ」
 彼が涙ながらに、さっきの倍も大きく目を剥いた。
「何だと? あっしらの仲間が拉致されているのに、教えられないっていうのか!」
 唐マリは、左手できりきりと青白い首を締め上げながら、右手で机の上のパソコンを横に払った。
 スッコーン。
 超軽量のラップ・トップ・パソコンは、小気味良い滑走音を響かせて、綺麗にかたずいた机の上を滑った。
 そのまま空中を滑空して、はるか向うの机の脇にぶつかった。
 それから、カツンと乾いた音を立てて跳ね返り、さらに斜めに飛び上がり、空中でバランスを取り戻した。
 パソコンは、そのまま重力に引かれ、中程度に重い音を立て、床に落下した。
 最後に、ピシンと強化プラスチックにひびの入る音と、電池の飛びちる音を響かせて、二つの部分に解体した。
「ああ、僕のパソコンが……」
 ボーヤが喘ぎながら、唐マリの腕にすがりついた。

「これでもまだ、吐かない気か?」
≪読者A≫は低い声で囁きかけた。
「知りませんよ。僕には関係ないんだ」
 彼はパソコンを壊された恨みか、いっそう反抗的になった。
「そう。じゃあ、今度は別のものに聞いてやろうじゃないか」
≪読者A≫の合図に、唐マリが、また近くにあった別のパソコンに手をかけた。
「待ってくれ、それは、僕のより十倍も高い奴なんだ。それにデータが満杯なんだ」
「そうかい、そうかい。じゃあ、明日これがどうして壊されたか聞かれたら、自分がケチな根性で、場所を教えなかったんで、壊されたと弁明するんだな。きっと研究所長にこってりお説教を食らうぜ」
 唐マリは意地悪そうに嘯き、重く大きいパソコンを両手で掴んだ。
 それから、ハッと気合いを入れ、渾身の力を込めて持ち上げると、床を目がけて投げた。 五十キロ以上はありそうなパソコンだった。
 普段ではぜったい持ちあがらなそうな代物だった。
 グアッッシャーーン。
 バチバチバチ。
 デスク・トップ・パソコンが、くぐもった音を立てて床にめり込んだ。
 刺さったままのコンセントから供給された電力が、勢いよく破壊の火花を吹き上げた。
「ああ……」
 若いボーヤがとうとう顔を覆って床に崩れおちた。
「分かりました。言いますよ。でも、絶対僕が言ったと言わないで下さい。僕の命がかかっているんですから。約束して下さいよ」
 彼が何度も釘を指してからボソッとつぶやいた。
「X病院、廃屋になっているほうの建物です。その地下室だと思うんですが。あっちには昔から組員がたむろして胡散臭い噂があって」
「警備の手薄の入り口は? 組員が張りついているだろうから、直で地下室に入る方法を教えろ」
 唐マリは、大きく肩で息を付いて聞いた。
「それは言えません。だって」
 許して下さいとボーヤの目が訴えた。
 しかしその時、彼に代わって後ろから低い声が響いた。
「その問いには答えられないな。我々には我々のやり方があるんだ。私は、この子のために全てをかけてこの病院と研究所を守る」
 ふり向くと、中年の男がいた。手には、少女の顔写真を入れた額縁を持っていた。写真の少女は、脂肪吸引をしたのか、すっかり細くなった゛黒田亜美"だった。太る前の写真かもしれない。
 男の胸には院長のネームプレートがあった。
゛黒田亜美゛はこの男の子供として育てられたのだ。
 院長は、四十五才くらい。鬢のところに白いものが混じりかけている。
 イタリア辺りのブランド物のスーツを一部の隙もなく着こなしていた。
 胸ポケットにはシルクのポケット・チーフまで差していた。
 唐マリはつかつかと歩み寄った。
 何も言わずにそいつのポケットから、派手な水玉のポケット・チーフを抜き取った。
「な、何を?」
 相手は意表を突かれ、唐マリが十歩も歩き去ってからやっと声を出した。
「煩い。拘束された仲間のいる場所を言わないなら覚悟があるからな」
 唐マリは叫びながら、振り向きもせずに、隣の部屋のドアを開けた。
 そこには次世代コンピューターが整然と並んでいた。
「な、何をしようと言うんだ?」
 院長が、おたおたと手を振り上げながら叫んだ。
「決まってるじゃないか」
 唐マリは今のポケット・チーフを手近の机の上にあったボールペンの芯の上に乗せた。
 そして緩慢な動作で、これまた同じ机の上にあった花瓶の花を抜き、その中に浸した。
「まま、待ってくれ、君はまさか」
 院長がやっと分かり、唇を震わせて、制止しようとした。
 唐マリは無視して、その次世代パソコンのMOの挿入口に濡れた布を近ずけた。
 旨い具合にMOの口は、普通の数倍もの厚さがある。
 少し近ずけただけで、ぱちぱちと静電気がはじける音がする。
「これをお釈迦にされたくなかったら、組員のたむろしている場所と拘束場所への近道を言え」
「分かった。分かった。言おう。だが絶対に馬鹿な行動をしないでくれ。K研究所と唐澤病院はまっとうな病院だ。それから私にきいたことは秘密に」
「煩い。仲間を救いだすだけだ。早く言え。これまで駄目にされたいの?」
 唐マリは、無視して、大声を上げた。
「わ、わかった。東のリネン類搬入口のカギは安っぽい奴だから、簡単に壊れる。地下室にも近い」
「そうか」
 唐マリは、嬉しそうに目を細めると、挿入口から濡れた布を離した。
「ああ、あの時始末しておけば、良かったのだ。こんな野獣の仲間は、いつかは命取りになると」
 院長の口から、ぼそっと呟きが漏れた。
 唐マリは立ち去りかけてふと足を止めた。
「あの時とは、いつ?」
「だから、あの時だ。十年前、由香の起した事件の時だ」
 院長が悔しそうに睨みつけ、唐マリは、少し言葉使いを改めた。
「お言葉ですが、私は野獣ではありません。そこで、ご忠告を差し上げます」
 唐マリは言葉を吐きながら、一歩ずつ後退りしていた。
 手にはまだ濡れた布が握られている。
「何を企んでるんだその手は?」
 院長が、声を震わせながら、唐マリの手を押さえようとした。
「それはすぐに分かります」
 唐マリは、目を座らせたまま、低く声を押し出した。
「ご安心下さい。ただ同僚を取り返して、謎を解くだけです」
 言い終わるか終わらないかのうちに、唐マリは濡れた布を捻り、ボールペンの先から長く伸ばして、MOの挿入口に勢いよく突っ込んだ。
 プシュ、シュ、シュ、シュシュ、ペシュ、フシュシュシュ……。
 何億もする次世代パソコンは、何とも言えない溜め息を付いて、死んだ。
 まるで一月も行方不明になっていた子供が、発見されたけど死体だった、と告げられた時の母親のようだった。
 電力は、濡れた布を通じてはい上がり、手先から腕に噛み付いていた。
 バチバチと、手の先から火花が散った。
 唐マリは重量級の電力を必死で堪えていた。
 反対の手で、堅く握ったままの手を、何とかボールペンから引き離した。
 そして、一目散にそのフロアーから逃げ出した。
 一瞬遅れて、後ろから院長の怒鳴り声が追いかけてきた。
「掴まえろー! あのきちがいを掴まえろー!」

 三人は研究所の中を逃げた。深夜で従業員はほとんどおらず、裏口から逃げ出せそうな感触を掴んだ。
 だが、唐マリが、病院の裏口のドアを空けると、外には、『BRⅤ』と書かれた首輪をした高校生が立っていた。手にはマシンガンを持っていた。
 唐マリがほとんど声にならない声で呟いた。
佐渡の一部で、『BRⅤ』が行われているのか?」
≪読者A≫は呟いた。
「そっちに逃げこむのって、卑怯じゃないか?」
 作者は目を泳がせながらうそぶいた。
「わては何も知らん」
 唖然としている作者たちに向かって、高校生がマシンガンを向け、トリガーを絞った。
「嘘」

(再来週、続くかもしれないし、続かないかもしれない)
作者コメント。この作品はフィクションであり、現実の名称とは一切関係ありませんがな。