『昭和探偵伝・絆』5回目

前回までの内容
第一章
 昭和三十二年、十月四日、午後九時。僕(小林星矢十五才)は、小諸、懐古園の脇の叢で死体を発見し、ヒデさんと兄の恭介さんに報せる。ヒデさんは死体の財布から勝手に何かを盗む。
 捜査開始。→八時にヒデさん兄弟が現場にいたことが判明。二人は犯行を否認し、唐松林商事の人間がいたと証言。
 翌日、細田勇気の母親から呼ばれ、勇気を"狂言誘拐"するとの手紙が投げ込まれたことを教えられる。
"狂言誘拐の指示書"の内容――勇気の父親の会社の商品と愛人と愛人の子供を人質にとったので、四日後に開始する"狂言誘拐"に加われ。身代金は八百万円――。
細田オバさんは、犯人は愛人の赤坂オバさんと湯西だと断定し、勇気を有名にするためには、加わると所信表明する。
第二章
 母親が書いた筋書きか?父親の会社の商品も売れ残っている(大卒の給料が一万円程度の時代に一千万の在庫)ので、父親の筋書きか? オバさんは、勝手に"脅迫状"に『ラジオ放送を要求する』などの文を追加する。
 翌日、唐松林商事で闘い。如月警部が現れ、唐松林商事の人間とヒデさんが、容疑者として連行される。
 翌七日。午後の八時半。母親から、勇気が誘拐されたとの電話が入る。四日後に勇気を隠そうと思っていたら、二日後に決行されてしまった。
 警察に連絡。小諸署からは逆探知の捜査官が細田家に行き、僕は小諸署に呼ばれる。
 アマチュア無線などを指定してあることから、"狂言誘拐"だと詰め寄られ、犯人からの"指示書"の内容を話す。僕がオバさんの創作部分――ラジオ放送、ニュース映画撮影――を黙っていたのに、オバさんは話してしまう。
 いよいよ、翌日の午後六時。海野宿で身代金運搬前に、オバさんがスカートを捲るパフォーマンスをする。
僕は、犯人役をこなすために、隠れて無線を打つが、警部に発見され、主犯だと言われる。
第三章
 身代金運搬の開始は一時間後になる。警部が二日前、細田家に部下を送りこんだと漏らす。(僕を最初の殺人<坂之上秀忠殺害>の犯人ではないかと疑って)。今回の計画が全て筒抜けであったことが判明。
 身代金運搬は開始されるが、ラジオ放送されたことで、"狂言誘拐"の噂が立ち、細田夫婦は非難の的にされている。
 運転を開始するとオバさんはウイスキーの小瓶をラッパのみし始め、電信柱の手前で急停車(川中島の古戦場跡)。
第四章
 オジさんが運転して善光寺まで行く。オバさんと僕も一緒。善光寺で犯人らしき男からアマチュア無線が入る。「全員降りろ」と。湯西か?全員が降りて本堂裏まで行くと、変な男が襲ってくる。混乱に乗じて、オバさんは僕を車に連れ戻し、急発進する。しかし、僕は途中で振り落とされて、気がつくと、車は消えていた。襲ってきた男は、金で頼まれたという。頼んだのは四十歳くらいの男らしい。
 翌、早朝(まだ暗いうち)。
細田オバさんが無線を打ってくる。その後、「キャー―」という悲鳴と、すごい衝撃音。勇気の悲鳴が入る。無線を逆探知して、菅平へ。菅平に細田家の別荘がある。別荘入り口付近で、身代金の運搬車発見。勇気が車の中にいるが虚脱状態。
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第五章
  1

 菅平の細田家の別荘入り口に駐車してあった車の中で、勇気は虚脱状態で横になっていた。
 毛布にくるまってはいたが、唇は紫色に変色していた。
 かけよって、揺り動かすと、かすかに頬に赤みが差した。
 そこで思いきって聞いたみた。
「オバさんはどこ?」
 しかし、その質問を耳にした途端に、勇気の顔から音を立てて血の気が失せた。
 
 車の中には細田オバさんの片方の靴や服のボタンなどが落ちていた。
 アマチュア無線の装置はなかった。
「持ち去られたんだろうな」
 如月警部が低い声で断定した。
 その言葉を聞いた勇気が、またぎゅっと唇をかみ締め、僕の腕を痛いほど強く掴んで、胸に顔をうずめた。
 何かを言いたいのだが、言ったら自分の気持ちが崩れてしまいそうで、じっと耐えている目だった。
 にわかに警部の動きがせわしなくなった。
 でも、僕は、震えはじめた勇気を抱きしめる以外にすることがなかった。
 勇気の表情は普通ではなかった。
 しっかりと抱きしめていないと、舌を噛みきってしまいそうな、危険な感じがした。
 何か不吉なことが起こったのだろうと、察知した。
 でも、気持ちが落ち着くまで、聞いてはいけないことのような気がした。
 肩を抱きしめたまま、車の周囲の霧を見ていた。
 太い木と枝が見えた。枯れかけている木もあった。
 霧の中で、幽霊屋敷の門柱そっくりだった。 

 どのくらいそうしていただろう?
 警部が自分の車に帰り、無線で部下を呼び集めている声で、我に返った。
 警部は矢継ぎ早に幾つかの指令を出していた。何班と何班がこちらへ向かえだとか、お握りを買ってこいだとか、実に多くの指令をマシンガンにも負けないスピードでたたきつけていた。
 勇気は大分落ち着いて、僕の腕の中で眠りかけていた。
 おなかが空いているよりも眠気が強いのだから、相当に疲れていたに違いない。
 オバさんがどうなったのかを質問したい気持ちを抑えて、そっと勇気の体を、後部座席に横たえた。

 車から外に出ると、霧が深くなっていた。
 十月頭の山の中。寒さもかなりきつくなっていた。
 霧が白っぽい色に変わっていたから、そろそろ夜が明けると思われた。 

 警部はしきりに車の下を覗いていた。
 杉や唐松の林に囲まれた切り開いたばかりのわき道。砂利の上から、白いビニール袋を拾い上げていた。
 じっとりと露に濡れたビニール袋の中には、細いコルク状のものが入っていた。
 中を覗いた警部の目の色が変わった。
 思わず僕が近づくと、一瞬だけ躊躇した。
 が、やがて、数分間だけ隠してもいずれは話さなければならないと気がついたらしく、諦め顔で白いビニール袋を渡した。
 僕は、そのビニール袋の外見から、すでに中身を想像できていた。
 どう考えても、人間の指にしか思えなかった。
 無意識にツバを呑んで中を覗いた。
 やはり……。
 中には、予想通りの物が入っていた。綺麗に洗われていて、血はついてはいなかった。
 真っ白で、ふやけていて、妙に現実味がなかった。
 刃物を当て、その上から叩いたのか、切断面がジグザグだった。
 ビニール袋の中に少し残ったピンクの水の中で揺れていた。
 ――なぜ、血が綺麗に洗い流されている?
 ――なぜ、切断されている?刃物は犯人が持ってきたのか? ならば、オバさん主導の狂言誘拐ではないのか?
 ――明かにためらい傷もある。

 ふと気がつくと、無意識にビニール袋を落していた。
 いや、硬直した手の間からビニール袋が落下しているのを見て、改めて地球に引力があるのを実感していた。
 唇の端に両切りタバコを挟んだまま、木立の上を見ている警部と、硬直したまま滑り落ちる袋を見ている僕の間で、ビニール袋は、水滴を撒き散らしながら、尖った砂利の上に落ちていった。
 砂利の上で、カツンと硬い音がした。一緒に入っていたダイヤの指輪が当った音だった。
 オバさんのダイヤの指輪だった。オバさんの小指に間違いはなかった。
「身代金はないわなあ」
 警部が袋からわざと意識を逸らすかのように、別のことを言った。
 後ろからすすり泣きの声がした。振り向くと、いつ起きたのか、砂利の上に落ちたビニール袋を見て、勇気が泣いて立っていた。
 さっきの寝息は演技で、本当は目がさめていたのか?

   2

 勇気の泣き声を聞いて初めて、指の持ち主はどうなったのだろうか、と思いが至った。
 それは、警部も同じようだった。
 と言うか、警部は部下に命令を出すのに忙しくて、僕に渡す数十秒前に指を発見したばかりだった。
 僕らは見合わせていた視線を外し、黙って別荘の方に向かって歩きだした。
 後ろでは勇気がしゃがみこんで泣いているのが感じ取れたが、もう勇気に構うどころの精神状態ではなくなっていた。
 
 僕と警部は小道を走った。 
 敷き詰められた砂利は、途中から小石に変わっていた。露でぬれて、ひどく滑った。
 別荘はテニスコートの向こうに見えた。
 建物が目に入ると、もう夢中で走った。玄関はかぎがかかっていた。
 走ってベランダに回った。
 ベランダには蔦がからまっており、西洋の田舎のログ・ハウスそっくりだった。こんな時でなければ、キャンプ気分になれそうな別荘だ。
 
 ベランダの脇に水溜りが残っていた。
 霧がまた深くなっていた。すぐに周囲の木立は見えなくなっていた。
 窓にもカギがかかっていた。
 別荘のすぐ脇の土手から二階に上ろうとした警部が、石と一緒に足を滑らせた。
 窓が白くもやっていた。
 中で白いカーテンが揺れているように感じた。
 でも、一瞬のことで、気のせいだったのか?
 いや、どこからか風が入っていた。

「勝手口から入れる」
 警部が叫んだ。
 裏の勝手口のロックは押されてはいたが、半ロックの状態で、引いたら開いたのだとか。
 恐る恐る勝手口から足を入れた。
 中は薄暗かった。
 別荘はログハウス特有の造りで、広いリビングがあった。
 暖炉やカウンターもあり、一間だけの造りだった。
 中二階があり、そこにベッドがあると思われた。
 
 オバさんの姿は見えなかった。でも、血のついた足跡があったから、中にいると思われた。
 大人の靴跡、ハイヒールの靴跡、それから、子供の靴跡もあった。
 部屋の中央には木の本棚があり、部屋の向こう半分は見えなかった。
 棚が幾つもある本棚で、手作りの花瓶や茶碗がさりげなく飾ってあった。
 本棚の向こうから血の臭いがした。 
 僕の足はそこで止まってしまった。どうにも動けなかった。
 だが、凄惨な殺害現場になれている警部は、落ち着いた足取りで、本棚の向こうに回った。
 そして、一回、本棚の向こうでしゃがみこみ、すぐにこっちを振り向いて、かすかに横に首を振った。

 さっきの勇気の状態から予想していたことではあったが、それで初めて、オバさんが死んでいるのだと悟った。
 思いきって本棚の後ろに回りこんでみた。
 そこにはヨーロッパ風の肘掛のある茶色の皮のソファーがあり、その上にオバさんが横たわっていた。
 頭を抱えて、うずくまる格好で固まっていた。
 肩にも背中にも、息をしているような動きがなかったので、間違いなく死んでいると思われた。
 オバさんの顔は、腕の中に埋もれて見えなかった。
 いや。はっきり言うと、見る勇気がなかった。
 左の小指は、指の途中で切断され、包帯がぐるぐると巻いてあった。
 きつく食いこんでいるようだったから、止血してあったのだろう。
 包帯には大量の血が滲み出していた。

 ソファーの上や周囲には血はそれほど多くはない。
 机や虎皮のムートンに、血は広範囲に飛んでいるが、それは、雫であり、血のプールはどこにも見えなかった。
 ということは、切断された場所はここではない。外のどこかだろう。
 ――なぜ? 別荘を汚さないためか? それに、止血をしてある。したのは誰だ? オバさん自身か? もし、オバさん主導で、湯西さんが協力していれば、不可能ではないが……。
 ――でも、それなら、なぜオバさんが死んだ?
 ――どこかでまだ僕らの知らない真犯人が隠れていて、急に襲われ、殴られ、その傷がまだ発見できないだけなのだとしても、湯西さんがそばにいれば、病院に運べたのではないか? 車はあるのだし。
 ――それに、黙って泣いているだけの勇気は何を見た? 何を隠している? ショックで口にできないことなのか?
 まあ、母親の小指が切断されているのを知っていたのだから――さっき、小指を見た時に、号泣しなかった点から、指が車の下にあるのは知っていたと思われる――ショックを受けたのは間違いないが、その事実から、母親の死亡まで連想できるだろうか。六才で?
 いや、部屋に子供の靴跡もある。ならば、この姿を見ているに違いない。

 ソファーの上には、数本の注射器があった。
 透明なのが三本と、一本の赤く染まった注射器があった。
 注射器の中には血が半分ほど残っていた。
 オバさんの左腕にはかなり多くの注射の跡があった。
 側にはモルヒネと書かれた瓶があった。アルコールの瓶もあった。バンソウコウや予備の包帯なども転がっていた。
モルヒネは痛み止めに使うものだ。アルコールは消毒用だ」
 僕の視線の先を読んだ警部が呟いた。
「それから、この血の残っている注射器は、きっと輸血に使ったんだろうな?」
「輸血?」
「ああ。この指の状態からみて、切断したのは共犯者。切断させたのは、首謀者だろうな。かなり躊躇した傷だから」
 警部が僕と同じ考えであることを表明した。
「首謀者って、細田オバさん?」
「そうだ。これだけ止血用の包帯とか、輸血用の血液とか消毒用のアルコールが用意してあるんだ。計画的に最初から用意していたんだ」
「それは、湯西さんが? ってことは、オバさんは、最初から自分の指を切らせるつもりだったの?」
「いや、違うだろうな。いくら自分の子供を主役にしたくても、指を切るのは勇気がいるからな」
「じゃあ、なぜ?」

「最初は、暗闇で襲われたふりをして、手にナイフを切りつけるくらいのつもりだったんじゃないか。で、勇気が母親は襲われたと勘違いして大泣きし、それが無線を通じて放送されれば、すごいインパクトだからな。それでも、相当の覚悟がいるし、アルコールやモルヒネも必要だ。痛み止めをしてからでないと、素人には無理だからな」
「そうか。でも、それが、途中で、狂言誘拐だなんて大騒ぎになってしまい、仕方なく……」
「そうだ。ボウズ。中々鋭いじゃないか。以上の事実より類推するに、主導が細田夫人。共犯が湯西。湯西は訴訟を起していたが、細田社長の輸入した化粧品との因果関係が立証できなくて困っていた。そこで、金で雇われた。きっと、誰も死なない、といわれて、協力したのだろう。ところが、指を切断した後、不測の事故があって、夫人は死亡した。それに間違いないな」
「じゃあ、湯西さんを見つければ、事故の真相がはっきりするんだね」
「多分な」
 警部は自信がありそうにタバコを床に捨てて、靴でもみ消した。その後、そこが事件現場であるのを思い出し、慌てて吸殻を拾って窓をあけて、外に投げ捨て、またカギをかけ直した。
 僕は、息苦しくなって勝手口から外にでた。
    
    3

 別荘の外では、後れてかけつけてきた警部の部下や、勇気の父親、勇気の声などが入り混じって、お芝居の始まる前の学芸会のようだった。
 あちこちで質問したり、答えたりする声が、体育館の反響する声や音に似ていた。
 今まで体験したことのない、異様な興奮状態だった。
 中でも、ひときわ大きいのは、勇気の声だった。
 勇気は、今まで必死で我慢して泣きはしなかったが、今は、かけつけた父親の腕の中で、号泣状態だった。
 車の外で抱きしめる父親も、泣き伏していた。
 オバさんの死は、先にかけつけた刑事の一人から聞いたようだった。
 オジさんは、「こんなはずでは」を繰り返していた。
 オバさんの計画を、うすうすは勘付いていたようだった。
 しかし、こんな事故までは予測できなかったのだろう。

 オジさんは、子供の肩をゆすって、何が起こったのかとしつこいくらい質問していた。
 しかし勇気は、何を聞いても答えなかった。
 ――オジさんは、どこまで知っている?
 多分、最初に誘拐の指示書が来た段階で、自宅で話をしているうちに、オバさんが主導であることは気がついたに違いない。
 それから、身代金運搬の途中で、最悪、オバさんが逃げることや、ナイフを使って演技をし、子供に注目を集めるだろう、とは予想できたに違いない。
 だが、不測の事故が起こることまでは予測できなかっただろう。
 ああ、また不測の事故だ。
 ――では、少し目先を変えて、オジさんは、湯西さんが協力しているとは、推測しただろうか?
 分からない。今の興奮状態では、類推できない。
 オジさんに声をかけようかと迷っていると、後れてかけつけた沙耶警部補が、僕に小さい声で囁いた。
「犯人が第三者なら、あのダイヤの指輪を奪って逃げるわよね」
 その一言で、沙耶さんも、僕と同じ考えだと分かった。
 
 そうこうしていると、検死役の医者が到着し、オジさんは呼ばれて別荘の方に行った。
 こういう事態が起こることを想定して、医者も待機していたのだとか。
 因みに医者の名前は室田先生だった。小諸の事件の時から協力を申し出してくれた医者である。
 もう七十才過ぎで、自分の医院は息子に譲って引退生活をしているので、誘拐の時も同行してくれたのだとか。
 僕と沙耶さんは、車の中でまだうずくまっている勇気に、再度質問をするよう、警部に言われた。
「こんな時は、友達と女性が一番いいんだ」
 警部は顎で車を差して、そう言っただけだった。
「いやなことは部下に押し付ける。組織人間の典型だわね」
 沙耶さんがわざと聞える声でささやいた。 
 しかし、僕らはあまり多くの情報を得ることはできなかった。
 肝心な質問――指切断現場を見たのか――になると、勇気がかたくなに口を閉ざしてしまったからだった。
 もっとも、母親が殺された直後には残酷な質問だし、とても、ずばりとは質問できなかった
 僕は、お握りをたべさせている沙耶さんを残して、また警部の方へ行った。 

 ところで、誘拐されている間、勇気は、ずっと目隠しをされていたと言った。この別荘にいたとも言った。そのほかには、「湯西のオジちゃんが」というだけだった。
「赤坂のオバさんは?」
 そう聞くと、「いなかった」とだけ応えた。

   4

 別荘の中では、初動捜査がほぼ終わり、検死が始まっているようだった。
 僕が別荘の勝手口まで行くと、警部が困りきった顔で、僕を招いた。
「どうも、良く分からない状態になってきた。はっきり言って困惑状況だ」
「困惑状況?」
「そうだ。室田先生の検死では、細田夫人の死因はモルヒネが多過ぎたための薬物ショック死とは症状が違うとか。さっき、初動捜査の最中に死体の顔を見て、そう漏らした」
「でも、モルヒネの瓶があるんだから、普通に考えれば薬物ショック死で。別のショック死ってのもあるの?」
 僕は、推理マニアだから、死因には少し詳しかった。
 モルヒネとか覚醒剤とか麻薬とかを過剰に摂取した場合に起こるのが、薬物ショック。
 推理小説には良くでてくる。死んで二時間以内に検査をすれば、薬物の代謝物(体内で化学変化をしたあとの物質)が出てくる。
「じゃあ、代謝物を調べれば良いんじゃないの?」
「それが、難しいらしい」
 警部が頭を抱えた。
モルヒネをかなりの量注射しているので、モルヒネ代謝物は当然でてくる。だが、それがショック死を起すほど大量かは、判断がむずかしい」
「待って。さっきの別のショック死。どういうこと?」
「さあ、それを先生は教えてくれないから、お前さんが知っているかどうか聞いたんだ」
 僕は呆れて警部の顔を見返した。
 そんなこと分かる訳ないじゃないか。
「だよな」
 警部は、アウンの呼吸で僕の言いたいことを感じたようだった。

 ところで、別のショック死の意味はすぐにわかった。
 先生が、検死をして間もなく、次のように呟いたからだ。
「こりゃあ、モルヒネの薬物ショック症状とは違うな。心臓発作とか脳梗塞とかの循環性ショックに症状が似ている。詳しいことは、解剖をしないと不明だが、間違いないだろう」
「循環性ショック?」
「ああ。薬物ショックの場合は、もっと苦悶の跡が見られる。長時間苦しむから、髪の毛をむしったり、唇を噛みきった形跡もあっても良い。だが、循環性ショックの場合は即死に近い。心臓発作などを思い浮かべて見るが良い。一時的に心臓が苦しくなったりはするが、苦しむのは比較的短時間だ」
「すると、心臓発作が死因ですか?」
 僕と警部の質問に、室田先生は大きく頷き、補足した。
「まあ、それは直接の死因だが、心臓発作を引き起こした原因が問題だ」
「何ですか、それは?」
「ああ、これも解剖して見ないと断定できないが、心臓動脈の血栓による、心不全ではないか?」
 ここで、先生はさらに驚くべきことを言った。
「今、鑑識さんから聞いたが、この部屋にはA型とB型の血液が飛び散っている。さらにもっと言えば、ここで死んでいる細田夫人の血液型はA型である。しかし、注射器の中身はB型の血液である」
 室田先生がそこまで言った時、後ろで声がした。

「嘘だ」
 細田オジさんだった。
「嘘だ。あいつはB型のはずだ。母子手帳にもB型と記してある。それに、典型的なB型の性格だった。ずぼらで、くよくよしなくて、反省することが少なくて。でも、楽天的だから、どんな逆境でもけっこう潜り抜けられてゆけて」
 これには僕も賛成だった。どう考えてもB型の典型だと思っていた。
 だが、室田先生は冷たく片手をあげた。
「まあな。その母子手帳の記載間違いがきっかけで、自分はB型だと思いこんでいたんで、典型的なB型反応を示すようになったんだろうな。つまり、自己暗示だ。それはとも角、B型の血液が注射器に残っている以上、B型の血液を輸血したに違いない。そこで、A型の人間にB型の血液を輸血した結果が起こった」
「つまり、血栓ができて死んだと」
「そのとおり。で、最後の問題に行く。誰が輸血をしたか? 輸血をした人間が犯人だ。湯西か、あるいは、まだ我々の知らない第三者がいるのか」
「待ってください。細田オバさんは、自分がB型だと信じていました」
 僕は、思わず室田先生の言葉を遮っていた。
「だから、オバさんが輸血をしてと頼んだのではないのですか? 輸血は、普通は命を助けるためにするものですから」
「そうだな。となると、頼まれて輸血した人間は犯人と呼ぶべきかどうかだな。もし、輸血した人間が細田夫人がA型であると知っていてB型の血液を輸血したのなら、殺意ありだ。それにこのB型の血液が誰のものであるかも問題だな。ま、これ以上は鑑識さんの情報が大きな決め手になると思うがな」
 室田先生が言葉を切ると、警部が鑑識さんに合図をした。
 で、鑑識さんのトップが簡単に今までに集めた情報を報告した。
 まとめて言うと、次のようだった――部屋には湯西の指紋が大量にある。凶器はないが、包帯で止血している点から、計画性を感じる。モルヒネの注射器もあり、モルヒネの入った注射器、血液の入った注射器には湯西の指紋しかない。さらに、車に戻って調べていた刑事から、勇気の腕にも注射の跡があったと報告あり。
 鑑識のトップが最後に付け加えた。
「勇気君の血液型はB型であり、注射器の中の血液は勇気君の血液と思われます」
「そうか。注射器の中の血液は勇気の血液で、注射器には湯西の指紋しかないか?」
 警部がうなりながら言葉を押し出した。
 
   5

 これまでの情報からすると、注射器で輸血をしたのは湯西さんで、犯人は湯西さん以外に考えられない。
 そこで一番の問題は、湯西さんに殺意があったかどうかである。それを突きとめるには湯西さんの居場所を探して聞くしかないのだが、湯西さんは行方不明である。
 ところで、ここで、また細田オジさんが意外なことを言い出した。
「これは、陰謀だ。俺は妻は絶対にB型だと思う」
 一瞬、何を言い出したのか分からなかったが、細田オジさんは何かに取りつかれたように部屋の中を歩き始めて繰り返した。
狂言誘拐を仕組むような女だから、自分にそっくりの替え玉を用意していたに違いない」
 そう主張し始めたのだ。
 はあ? 何を言っているの? 正気?と反論したいところであったが、オジさんの主張は次のようであった。
 ――細田オバさんの行動はB型以外に考えられない。それに自分はA型で、子供の勇気がB型なんだから、妻はB型に違いない。だから、きっと外見がそっくりの親戚があったに違いない。二人は小さい頃から良く入れ替わりをして周囲を騙していた。それは結婚したあとも同じで、その親戚が今目の前で死んでいる。
 僕らは再度オバさんの顔に見入った。
 今まで正視する勇気がなくてわざと目を逸らしていた僕も、今度は注意して見てみた。
 目尻から涙が耳に流れた跡が見てとれた。
 筋肉が重力にひっぱられ、生きているときとは違う印象であるが、どこからどう見ても、オバさんの顔である。
 だが、生前の行動を思い出してみると心当たりがある。
 言うことがコロコロかわっていたので、別人が交代でオバさん役をこなしていたのかもしれない。なかなか信じられないが。
 どっちにしても、今目の前にある死体が細田オバさんであるかどうかは、歯型の検証をするまで決定できない状況になった。
 
 さらに、もう一つ気がかりなことがあった。それは、部屋の中に勇気の足跡もあることだった。
 まあ、勇気はここに監禁されていて、その間に食べたパンの袋などが散らかっていたようだから、足跡はあって当然だが、問題は、血のついた足跡があることだった。
 普通に考えれば、細田オバさんが出血した後にこの部屋に入ったということだ。
 ――やはり、勇気は、僕らが到着する前に別荘に入って、母親の死を知っていたんだ。
 断っておくが、今目の前にいるのが、細田オバさんだと仮定しての話である。僕にはとても別人だとは思えないが。
 で、話を戻して、勇気がこの部屋で母親の死を知ったのならば、なぜ、車に戻ったのか?
 普通なら、母親の側で泣いているはずなのに……。
 泣きつかれて夢遊病状態で、車まで戻って、そこで寝てしまったのか?
 それとも、別荘から出なければないない重要なことがあったのか?
 分からない。

 それから数時間。
 刑事さんたちに混じり、幾つかの班に分かれて周囲を探した。
 収穫はいくつかあった。
 その一。別荘の近くの木立の中で、指切断の場所が発見された。
 落ち葉で隠されていたが、血が大量に発見された。少し離れた地点の土の中には、凶器のナイフが埋められていた。
 そのニ。別荘から数百メートル離れた地点の、水のない川にアマチュア無線機が落ちていた。
 発見した磯田警部補の話では、次のようだった。
「十メートルくらいの高さの橋の上から投げ捨てられています。幾つかの部分に割れている」
 その三。さらに、一キロほど離れた場所にある、打ち捨てられた別荘から、赤坂オバさんと子供の大樹が発見された。 二人は、眠らされていたんで何も知らないと証言した。
 ちなみに、赤坂オバさんと大樹が閉じ込められていたのは、別荘の半地下室で、その部屋のドアには外からカギがかけられていた。
 二人は、周囲に刑事たちがくるまで何時間もドアや壁を叩いて助けを呼んでいたらしかった。

 ところで、赤坂オバさんの証言は次のようであった。
「そうか。マーちゃんは、死んでしまったの。そうかあ。最悪の事態になってしまったわけね。私にはあの死体の顔はマーちゃん以外に考えられないけど」
 オバさんは、最初の感想を言っただけで黙りこくってしまった。マーちゃんとは細田オバさんのニックネームである。
 辛そうにその言葉を呟いたオバさんの顔を見て、警部は黙って僕の方を窺っていた。
 僕は、日ごろの赤坂オバさんの表情や考えを知っているので、警部に、同席してくれと頼まれたのである。
 オバさんの反応を見る参考にするのだとか。
 しかし、赤坂オバさんは、株をやるだけあり、先の先まで考えて発言したり、けっこう仕事で駆け引きをすることが多く、その表情から真意を探るのはむずかしかった。
 十分以上も黙っていただろうか、やがて辛抱できなくなった警部が質問を発した。
「そうですか。まるで、この計画を最初から知っていたようですな」
 ゆっくりと柔らかい口調で語りかけると、オバさんは、ちょっと唇を噛んで暫く窓から外を見上げていたが、やがて、ポツリポツリと喋り始めた。

「まあね。彼女から最初に聞いた時に、無謀だとは思ったのよね」
「そうですか。やはり、主導は細田夫人で」
「うん。どうしても勇気を映画の主役にしたいって。それに、自分がナイフを突きたてられるだけだから、誰も傷つかないし、大問題にもならないって」
「はあ。やはり、最初は演技だけの予定で」
「まあね。でも、私はそれだけで済むとは思わなかったけど。あの気の強いマ−ちゃんのことだから、まずい事態になったら、指くらいは落すだろうとは思っていたわね」
「どうして反対なさらなかったのですか?」
「できるわけないじゃない。彼女のコネのある監督さんの作品で、六才の子供が主役だなんて。こんなチャンス、もう二度とは来ないわ」
「でも、コネがあるのなら」
「そんな甘いもんじゃないわよ。あちこちのプロダクションから売りこみが凄いもの。大金が動いているようだし。まあでも、私も一度は反対はしたけど、逆に母親の執念の恐ろしさを思い知らされただけだったわ。湯西さんが協力してくれないなら、最悪、自分で指を落すとか言っていたわ」

「待ってください。母親の執念とおっしゃいましたが、細田夫人はA型だったんですよ。つまり本当の子供じゃなかった」
 その言葉を聞いた時、赤坂オバさんが、不思議そうな目をして見返した。
「嘘でしょ。マーちゃんはB型よ。ちゃんと母子手帳にそう書いてあるもの。勇気も母親もB型だって。それに、A型の母親からB型は生まれないでしょ。たしか、あの家は、父親もA型だし」
「それがですねえ、父親が言うには、細田夫人にそっくりの親戚がいて、その人が入れ替わっていたんじゃないかと」
「あっはっは。バカバカしい」
 赤坂オバさんは、いきなり笑いだした。
「そんなバカな話がある訳ないじゃない。私は彼女の実家のある別所温泉に何回か一緒に行っているけど、一度だってそんな噂を聞いたことはないわ」
「しかし、現実問題として、死体はA型であり、B型の血液を輸血された結果、血栓ができて死んだんですから」
「そうかあ。じゃあ、そっくりさんがいたのかなあ? B型の血液で、私たちと同じ時期にB型の勇気を出産して、その上、私たちにも見分けられないようなそっくりさんが」
「まあ、でも、その点は細田夫人のかかり付けの歯科医に依頼して、歯型の照合などをすれば、すぐに、あの死体が本人かどうかすぐに判明しますが」

 そこまで言いかけた警部が、また新たな疑問を持ち出した。
「ところで、さっき、あなたは、そっくりさんが私たちと一緒の時期に子供を出産してとおっしゃいましたが、良くそんなことまで知っていますねえ」
「ああ。マーちゃんとは子供たちを出産した産院が一緒だったからね。私たちは、そこで知り合ったようなもんね。そうか。でも、あの産院で同時期に出産したB型の女ねえ。私もずっと騙されていたってこと? 信じられないけど」
「しかし、本物の細田夫人が自分までB型だと思いこむのには何か原因があったんでしょうか?」
「ああ、それは、小さい頃にも間違って告げられたと言ったわねえ。要は、判定結果を信じていなかったのね。それで、あの産院で何かがあて、母子手帳が入れ替わって、きっと自分の母子手帳だと思った物にもB型と書かれていたから、彼女は、自分もB型だと信じてしまったのかもね。血液型の判定っていいかげんだから」
 この意見には僕も賛成だった。僕の友達でも間違って教えられた人がいた。まだまだ輸血がそんなに盛んではないので、それほど血液型に敏感ではない。

「それにしても、妻がしょっちゅう入れ替わっていたのに、夫が気がつかないっても、何ですなあ。ベッドを共にすることもあったでしょうに」
「ああ、それなら、不可能ではないわ。あの家は夫婦関係が上手くいっていなかったし。それに、ベッドインする日は本物と決めておけばバレないし」
 このあと、警部が鋭いことを言った。
「それに、あなたがいれば、妻はよけい、必要ではないでしょうし」
 だが、赤坂オバさんは、ガハハッハと笑い飛ばした。
「あのねえ、誤解しているようだけど、私が社長の愛人であると公言しているのはマーちゃんだけよ。実際は、私はあの二人のお守役というか、相談役で、社長が私のところに来るときは、事業が上手くゆかなくて相談に来るときとか、株の運用実績を見る時とか、あるいは、『君は一人ではないし、優秀だから大丈夫よ』って催眠術をかけてもらいたいときだけ。体の関係なんてないわ」
「そうですか。しかし、それにしては、細田夫妻の子供の面倒を、ほぼ無料で見るとか、献身的につくしていたようですが。中々、普通の子会社の社長は、そこまではしませんが」
「そうね。でも、彼女は一年のうち三分のニも家にいない母親だからね。勇気が不憫で不憫でね。生まれた時からうち子供と一緒に私が一人で育てたようなもんだからね。もし替え玉がいたのなら、時々面倒をみてくれても良かったと思うんだけどね。一度としてそんな話題はでなかったし」
 最後の言葉は、しみじみと口から漏れるように囁いた。
 多分、嘘ではないと思われた。 
 

   6

 僕はまだ両方の可能性で推理していた。
 つまり、被害者が本人である場合と、替え玉の両方の場合である。前者では親子で血液型不一致の問題が生じるが、それは、後から考えることにする。
 まず被害者が本人だった場合。つまり、替え玉のいなかった場合。
 細田オバさんは、本当はA型であるが、自分はB型だと思っていたので、湯西さんには、輸血をしてくれと強く頼んだに違いない。
 この場合、湯西さんには殺意はないと思われる。もし殺意があるのなら、輸血なんてしなくて逃げてしまえばよいのだから。

 次に、被害者に替え玉がいた場合。つまり、B型の勇気を出産した別の母親がいた場合。
 この場合も身代金を運搬してきた細田オバさんは、A型なのに、母子手帳の件以来、自分がB型だと信じこんでいた。
 まあ、勇気を出産した当時のことは、別所温泉で調べてみないと、詳しいことはわからない。その辺は後から調べるとして、今回、被害者となった細田オバさんはA型だった。
 再度言うが、替え玉のB型人間の問題は後まわしにする。
 細田オバさんは、自分にB型の血液の輸血を頼んだのであるから、この時点で、自分はB型だったと信じていたことになる。
 以下、上と同じ推理ができる。
 いずれにしても、一つだけ言えることは、後者の場合、替え玉は生きている可能性は大だから、替え玉が出てくれば問題は解決である。

 ところで、問題は少し解決した。
 つまり、訊きこみ捜査から、前者、つまり、細田オバさんが本人であることが判明したのである。
 別所温泉にいる細田オバさんの両親に問い合わせたところ、親戚や姉妹にそっくりさんはおらず、替え玉になりうる人間もいないと断言したのだ。
 さらに、歯医者のカルテで治療した履歴を調べたら、被害者の歯の治療痕跡とカルテの履歴が一致したのだ。つまり、替え玉はいなかったことになる。
 では、ここで残る問題は、A型の母親からなぜB型の息子が生まれたかに絞られる。
 菅平の警察署に待機しているときに、僕がこの質問を赤坂オバさんになげつけると、オバさんは、不思議そうに応えた。


****ここから後、修正****
「さあ、私にも分からないわ。たしかに別所にある産院で、勇気はマーちゃんの子供として生まれたんだもの。マーちゃんは間違ってB型と記されたとしても、本当はA型なんだから、産院での取り違えかしら?」
 ここで、突然、読者が乱入して、作者に文句をつけた。
「あのう、作者はん。仮にA型だとしたらとか、仮に何とかだとしたらとか、仮定が多くて、ものすごー――――く判りにくいと、読者の間から文句がでていますが」
 こもちろん、ネットの回廊から急遽現場に現れたのである。
作者。「ゲゲゲ。嘘だろう。わては、今回こそは、まっとうな、小説を書こうと思うておったのに」
読者。「それは、無理ですって。ストーリーはいい加減、B型は辞書を引くのが嫌いだから誤字脱字が満載。それでまっとうな小説に挑戦するのは百年早いですって」
作者。「しょうがないなあ。じゃあ、こうなったら、最後の奥の手で。作者と読者を乱入させ」
読者。「ですから、それは、今もうやってますって」
作者。「さよか。ちーとも気ずかず」
読者。「ですから、百年も昔のギャグは飛ばして、先、先」
作者。「しょうがねえなあ。あのなあ、星矢はん。わては、こう思いますのや」
 作者注。ここは、星矢と赤坂婦人にだけ聞えるように中空から話しかけたって、設定やで。
作者。「細田婦人は、血液判定を信用していなかったんや。だから、AとかBとか、何でも良かったんや。つうか、自分の血液型は間違えられた事があるんで、変わると思っていた。そんで、子供がBだと言われたから、自分もBになったと思ったんや」
読者。「そんないい加減な。そんな杜撰な推理じゃ映画にはなりませんよ」
作者。「煩い。どうせ、出版だってできないんだ。こうなったら、滅茶苦茶やってやるんじゃ」
読者。「それって、脅迫してません?」
作者。「でへ。際どいこと言うな」
読者。「意見が合ったところで、僕はこう思うんです。赤坂オバさんは」
赤坂婦人。「あのねえ、あんたまで、オバさんと言うな。私は星矢が中学生だから、そんな侮辱的な呼び方を許しているだけなのに」
読者。「あ、すんまへん。訂正します。赤坂おばあさんは」
ビシ。
読者。「お約束の突っ込みが入ったところで、赤坂婦人は、細田婦人をBだと言っているけど、この際、無視。完璧に無視」
赤坂婦人。「あのねえ」
読者。無視して。「結論から言います。赤坂婦人は、自分より細くて美しい細田婦人に恨みがあった。だから、機会があったら、細田婦人を殺してやろうと思って、計画を練っていた。それで、こっそり調べた結果、どうも細田婦人はA型らしいと判明した。しかし産院で取り違えがあったらしく、勇気はB型だ。それで、常々細田婦人殺しの完全犯罪を考えていた赤坂婦人は」
ビシ。
読者。無視して。「赤坂婦人は、今回の狂言誘拐の筋書きを細田婦人から聞いた時に、ひらめいた。細田婦人は、子供を有名するためには手段を選ばない性格だ。となると、指くらいは切るだろう。その時、消毒薬も大量に必要になるだろうが、最悪、輸血も必要になるだろう。自分は看護婦だったから、細田婦人に、輸血の方法などを教えてあった」
赤坂婦人。「待ってよ。何で、そんなことを教えなきゃいけないのよう?」
読者。「判りませんよ。そんなの。人の心の中なんて、誰にもわかりませんて。強いて言えば、二人とも看護婦さんごっこが好きだったとか」
作者。「あのなあ。これは、わての小説や。そんな、三流のアダルト小説にするんなら、お前ら抹殺や」
読者。「わかりました。では、言い直します。赤坂婦人が細田婦人に輸血の方法を教えたのは、今回の狂言誘拐の計画を聞いてからです。それまでにも、自分の経歴をひけらかす時には説明していたでしょうが、今回の計画を聞いてからは、最悪、輸血の必要が産まれると信じて、真剣に教えた。それで、ここからが、本筋の推理です。いいですか? 赤坂婦人は、完全犯罪を考えついた。それは、簡単。細田婦人が輸血をした時に、別の血液――B型――が注入されれば良いんです。つまり、消毒薬の濃度を薄めたものを渡して、細菌を殺さないでおく。すると、具合の悪くなった細田婦人は、出血多量で具合が悪くなったと考え、輸血をしてくれと、湯西に頼む。モルヒネも置いてあるが、それも薄めておく。すると、自分をB型だと思っている、婦人は。わかりますね?」
作者。「わかった。そこで、当然、B型の勇気から血液を抜くことを考える。でも、後々赤坂婦人自身が疑われる可能性もある。だから、自分と子供の大樹は、近くの別荘に監禁してもらう。外カギのついた部屋だから、後から追求されても、密室から出られなかったと反論ができる。でも、床から脱出できるように改装しておけば良い。実際そうしたんや」
赤坂婦人。ビシ。
読者。「まあまあ、仮定の話ですから。先に行きますよ。そして、子供は眠らせておいて、自分はこっそり別荘から抜け出して、勇気が菅平の別荘に到着した頃を見計らって――この辺のスケジュールは、おおよそ、湯西と打ち合わせがしてあった――身代金の運搬車に行く。そして、ここで、湯西が、輸血用の血液を求めて、勇気のところに来るのを待つ。もし来なかったら、自分で、勇気の血液を抜き、細田婦人が眠っている所へ行って、こっそり輸血する」
作者。「そや。それで、謎解き完了や」
赤坂婦人。「あのねえ」
 ものすごーーく不満足顔の赤坂婦人と星矢を残して、読者と作者はまたネット回廊に消えた。
 
 闖入者が消えて、数分後。
 赤坂オバさんがぽつんと呟いた。
「あたし、本当に、何がなんだか、わからなくなっちゃった」
「そうですねえ。今の幻覚みたいな謎解きは無視して、勇気が瞳孔の開いたような目をしているのがすごく心配です」
「そうね。あたし、一度、小諸へ帰るわ。事情聴取は、勇気の気持ちが落ち着いてからでないと無理だし」
 僕は、闖入者たちの推理に妙に気になるものを感じながらも、母親代わりの赤坂オバさんの言葉に、反対できないでいた。
********

 ところで、翌翌日。もっと困った事件が起きた。
 茅野警察から、白樺湖の側にある池の平神社の脇に湯西さんの衣類が落ちており、争った跡があったので、湯西さんが死んだのではないか、との報告がきたのである。
 茅野警察から連絡が来た時、僕は、捜査協力を頼まれて、警部と菅平の別荘にきていた。
 慌てて小諸に帰っている赤坂オバさんに電話すると、誰もでなかった。
 細田オジさんも捜査協力で善光寺に来ていたので、細田家に電話してお手伝いさんに行ってもらうと、誰もいないことが判明した。
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続く。(作者注・登場する団体、名称などは全て架空のものであり、現実の名称とは何の関係もありません)

来週は『プリズン・ブレイク』と『君よ憤怒の河を渡れ』と『フライト・プラン』と『LOST』と新作映画(未定)の紹介。Yahooではダイエット食開発プロジェクトと第二回マネッキ―。その次の週は、別のブログで短編漫画の連載を開始する予定。『昭和探偵伝』の続きは三週間後。次回で誘拐事件は簡単に解決してしまうので、その後は村上義清武田信玄埋蔵金伝説にからむ殺人事件へ行きたいのだけど、でもずっとこのところ耳鳴りとめまいがしているので、どこかでしばらく休むかも。