『昭和探偵伝・第二部・心の中』8回目

『昭和探偵伝・第二部・心の中』8回目
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作者、お断り。
今回より、写真やイラストを入れることにしました。今回は、↓の本からスキャンしたものが数枚入っています(参考として文末に掲載)。本の紹介程度ですので、著作権の問題はないと思いますが、著作権に触れるようでしたら、ご連絡をいただきしだい、削除します。著作権料が払える範囲でしたら、払います。これは、もーーーーし出版になった場合でも、同じです。
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第一部・絆の内容
 昭和三十二年、十月四日、午後九時。僕(小林星矢十五才)は、小諸、懐古園の脇の叢で死体を発見したヒデさんと兄の恭介さんに報せるが、ヒデさんは死亡推定時刻の前後に現場にいたことが判明し、逮捕される。だが、ヒデさんは死体の財布から何かを盗んだ。それは、被害者の持っていた真田家の隠し財宝の地図で、逮捕の前に僕に渡したと話したらしいのだ。
 一方、友達の細田勇気(小学校一年生)の母親が、子供を映画の主役にしようとして、"狂言誘拐"をする。僕は、途中で犯人役になって無線を打つ仕事を押し付けられ、身代金運搬車に同乗させられ、善光寺まで連れてゆかれる。
 善光寺で一波乱あった後、細田家の別荘で勇気は無事に発見される。だが、不幸な事故があって――狂言誘拐がまずい方向に転がり、世間からバッシングされるのを怖れた細田オバさんが、自分の指を切断。その後、勝手に輸血をし、血液型の不一致で、血栓ができた――、母親が死ぬ。
 しかし、不幸は続いた。勇気が湯西さんを溺死させたらしい、との情報が飛び込んできた。身代金運搬車の中で眠っていた勇気が、湯西さんの渡した注射器に毒が入っていて、それが原因で母親が死んだと考え、復讐に走ったらしい。
 つまり、勇気は、もう一人の共犯者、赤坂オバさんと一緒に、白樺湖で湯西さんを突き落としたらしい。だが、勇気の心情と、湯西さんの無実を知っている赤坂オバさんが、黙って復讐に協力するはずはない。それでは、みすみす勇気を殺人犯にすることになる。なので、勇気には復讐が済んだと思わせ、湯西さんはこっそり逃がした可能性もある。三人は消えたまま。

第二部・第一章
 一週間後。勇気の日記が出てきた。母親が嫌いだ、と書いてあった。事件解決から一週間して現れたことからして、如月(きさらぎ)警部は、日記を書いたのは赤坂オバさんで、書いた理由は、僕(小林星矢)へのあてつけだと主張した。つまり、湯西さんの偽装溺死事件において、主導権を握っていたのは、勇気に同情した僕であり、このまま湯西さんが姿を消した状態である以上、勇気が本当の犯人にされてしまう危険性がある。それでは困る。
 今は精神状態が安定していないので逃げ回っているが、このままでは家に帰れない。そこで、僕が主導したことを告発するために、赤坂オバさんが、日記をこっそり細田家に置いた。中には勇気の心の底――母親が嫌いだった――まで書いてある。だから、勇気が湯西さんを殺す動機も生まれない。
 僕は反論したが、信州大学の繊維学部(上田)で立てこもり事件が発生したので、議論は中断。僕は溺死事件の主導権を握ったのは沙耶警部補ではないかと考える。

第二章
  1

「だからよう、あっしは、埋蔵金の地図なんて、掏り取っちゃあいねえんだよう」
 ヒデさんが、取り調べ室の中で、三度目の否定をした。
 ――留置所で、はっきり、そう言ったんじゃないのかよう。そのおかげで、唐松林組の連中に、死にそうな目にあったんだぞう。
 僕は、思いっきり睨んだが、例によって大人である――自分に都合の悪いことになると白を切りとおす――ヒデさんは、知らん顔だ。
 ここは、小諸署。
 僕と如月警部は信州大学繊維学部に立てこもっているカラマリ姐さんの要求で、ヒデさんの隠したメモの場所を聞き出すか、本人を上田まで連行するために小諸署まで戻っていた。
 ちょうど恭介さんも面会の申請に来ていた。
 夜中なのに、留置所の外で待機していたからには、かなり重要な用件があると思われた。
「じゃあ、オメエが坂之上秀忠の死体から盗んだメモは何だっつうんだ?」
 如月警部がぐっと顔を迫らせた。
「だからあ、埒もねえ落書きよ」
「それならはっきり言え。オメーが重要な証拠を盗んだのは、この小林少年も目撃しているんだ。小林少年はそのせいで、唐松林組の連中に襲われたんだ」
「だからあ、あの時は、口からでまかせを吐いたんだってばよう。あんさんの部下の方々の取調べがきつくてよう。つい」
「嘘をつくな。あくまで白を切りとおすなら、オメーを坂之上秀忠の殺害犯人として起訴しても良いんだぜ。あれだけスパッと首を斬れる奴となりゃあ、数は限られるわのう」
「そうかい。そうおっしゃるんなら、さっさと決断すりゃあいいじゃねえですかい。あっしは務所なんざあ、怖くもなんとも」 言いかけた時だった。恭介さんが、すっくと立ちあがった。
「待ってください。唐松林商事の社長は何と言っているんですか?」
「ふん。知らぬ存ぜぬだな。まず、十月五日の件についてだが、あれは正統に坂之上から得た情報で、社員の一部が埋蔵金発掘事業に従事しておった。そこを、一方的にオメーに襲われた」
「だから、それは、坂之上の殺人事件がらみで」
「黙れ。それは後で考える。それより埋蔵金だ」
 警部が、自分の趣味を優先した。
「しかしだ、その社員の中から、今発掘している場所――別所温泉の北向き観音近く――には埋まってないんではないか、との意見が出ていた。そこで、俺たちが誘拐事件にふりまわされている最中に、こっそり留置所でオメーに面会し、オメーが小林少年に渡したとの証言を得た。俺がいなかったから、きっと署員を外に連れ出して、その間に手荒い歓迎をしたんだろうが」


「待ってください。それは、大体予想がつきます」
 また恭介さんが、片手で制した。
「唐松林商事の連中も、かなりの金で埋蔵金の地図を掴まされた。しかるに、それが偽だったのですよ。きっと」
「ほう。随分と自信のある発言じゃあねえか」
 警部がギロリと恭介さんを睨んだ。
「でも、カラマリ姐さんも、さっき、駆け落ちする前、同じように、坂之上からかなりの金額で埋蔵金の地図を買ったと証言したじゃないか。僕もその意見に賛成だな」
 僕は慌てて二人の間に入りこんだ。
 信州大学の立てこもり場所から去る前に、少し詳しい事情を聞いていた。
 それによると、カラマリ姐さんは、駆け落ちしたあとの生活資金にと、親から借りた金で、坂之上から埋蔵金の地図を買った。かなりの金額を払ったらしい。二年前の話だ。
 だが、もらったのは、地図とは程遠いものだった。つまり、上田城全体に〇がしてあって、そこのどこか、と記してあった。
 で、怒って食ってかかったら、上田城跡のいくつかの場所に二重〇をつけたのだとか。
 だが、本丸の脇の堀とか、真田の空井戸のどこかとか、はては、野原の真中に記しがしてあって、まるで信用できない。そこで、さらに激しく食ってかかったら、翌日、もっと詳しい資料で説明するから、と言って、行方をくらましてしまったのだとか。
 姐さんは、坂之上を探しながら日本各地を流れ歩き、数日前に親の元に帰ってきて、坂之上の殺人事件を聞いた。で、ヒデさんの掏り取った地図は、自分らが貰うべきものだと判断したわけだ。   
「分かった。そこまでオメーが否定するんなら、直接繊維学部であの女と対決してくれい。あいつもかなりの剣の使い手だっつう話だから、果し合いでケリをつけるってもの乙なもんじゃねえか」
 警部が皮肉に睨んだ。
「へん。あんな詐欺師のメモなんざあ、屁の価値もねえやな」
 ヒデさんが、うっかり口を滑らした。警部の目が輝いた。
「おお、ようやく、メモであることを認めたな。その言葉を待ったおったのだ。せめて、概略だけでも話せ。でねーと、本気でオメーをカラマリとの果し合いに」
 腰を上げかけた警部を制して、恭介さんが、すっくと立ちあがった。

   2

「分かった。話すよ」 
「キョ、恭介」
 ヒデさんも立ちあがりかけたが、恭介さんは、目で制した。
「もう良いんだ、ヒデ」
 一回、大きく首を回した恭介さんは、観念した顔で話し始めた。
「確かに、あれは、真田幸村の隠し財宝のありかを記したメモだ。正確には、あれら、と言うべきか。何枚もあるんだ。しかし、本物かどうかは証明できない。ひどく曖昧なメモなんだ。俺も騙されたんだ。しかし、坂之上は天才的な詐欺師で、非常に説得力のある話し方をするし、とても詳しく歴史を調べてあるんで、ほとんどの人間は騙されるんだ。俺は、今でも、あのメモのどこかに財宝が隠されていると信じている」
 ゲゲゲゲだ。恭介さんまで?
「アーーア言っちまいやがった。百万も出した情報をよう。恭介殿は退職金の前借りまでして払ったのによう」
 横でヒデさんが大きく肩をそびやかした。
 しかし、警部は呆れた顔だった。
「なんで、そんな些細なことを黙っていたんだ。じゃあ、ヒデが最後に掏り取ったのは、坂之上が最後に渡すといって、出し渋っていたメモなんか?」
「まあな」
「黙っているようなことじゃないじゃない」
 僕も抗議すると、ヒデさんの見下した目線が返ってきた。
「阿呆か、オメエは。坂之上に騙されましたなんて、白状してみろ。殺人の動機がございますって言っているようなもんじゃねえか」
「もう良いよ。もし、俺たちが犯人にされたのなら、俺はお勤めを果たすよ。もう詐欺師は死んだんだ。思い残すことはないさ。そして、出てきてからゆっくり宝探しをすれば良いさ」
 恭介さんが諦め顔で呟く。ヒデさんは不満顔だ。
「確かに、あいつは天才的な詐欺師だった。情報を小出しにしては、少しづつ金を巻き上げて行くんだ。だから、気がついたら百万以上も払ってしまうんだ」
「分かった。それより、その情報を話せ。オメーたちは逮捕はしねえ。そのかわり、俺も宝探しに協力してやる」
 警部が、かなり強引な理論を打ち出した。
 恭介さんが頷いた。もう、自分一人で探すのは無理だと諦めていたのだろうか。たとえ刑事でも協力してくれるのなら御の字だって、顔だ。

「まず、これが、上田城の地図だ。旧い順に並べるぜ」
 恭介さんが、ポケットから、畳まれた地図を何枚か机の上に並べた。

「多分、これはカラマリ姐さんも買わされていると思う。いや、他にも何人かが買わされていると思うので、隠さずに言うが、真田昌幸、幸村親子は智将だった。特に、築城の際の普請、つまり、基礎工事にかけては、天才的だった。その当時の最先端の技術を学んで、利用していた。だから、徳川軍との二回に渡る決戦にも、非常に有利に闘えたし、大阪夏の陣でも、西側でただ一人、勝ち戦を収めることができた。それに、戦をするには金が必要なのだ。砦を作るにも優秀な職人を雇ったり、職人に食事を出したり、路銀と言って道中の移動費用もバカにならなかった。だから、イザという時のために隠し金はあったと思われる」
 恭介さんは、そこで、僕の顔を見て、口を閉じた。僕が理解できていないことに気がついたのだ。
「では、順を追って説明する」

「まず、一般的に隠し財宝があるのではないかと噂されているのは、真田井戸。直径は二メートルで、深さは十六メートル半に達する。この井戸の途中から抜け穴が掘ってあって、その穴を伝わって城北の太郎山砦へ逃げる目的で造られたらしい。敵に包囲されても、抜け穴から兵糧を運びこむことが可能だったらしい。これは一般的に知られている話であるが、さらに発展させて、その抜穴の途中に隠し扉と隠し部屋を作って、財宝を隠すのは不可能ではない。カラマリ姐さんももらった地図で二重〇のあった地点だ。坂之上の主張だが」

   3

「でも、噂があるくらいだから、調べた人はいないの?」
「いるに違いない。しかし、まだ超音波探知機が手作り程度で、精度が低い。それに、たとえ中に潜って調べても、善光寺地震で、途中が崩れているし、調べようがない」
善光寺地震て、いつあったの?」
「ええと、1847年。これは最大だが、そのほかにも細かいのはいくつもある。で、次は、本丸の南の土居(土手)の地下だ」
 恭介さんは、お堀の写真を並べた。

それについても、調べた人はいるんでしょうねえ」
「当然だ。しかし、1732年の千曲川の氾濫で、本丸の一角が崩れるなどの被害があり、たとえ、真田幸村が隠し部屋を作ってあったとしても、入り口が破壊されている可能性は非常に高い。大体、真田昌幸と幸村は基礎工事に関しては、超一流の技術を持っていた。例えば、真田石と呼ばれる、巨大な石で城の基礎をこしらえたりしている」


「だから、地下の隠し部屋があったとしても、部屋まではかなり長い秘密の通路を作り、更に、秘密の通路への入り口には、石か鉄の扉で偽装を施してあったと思われる。それが、地震千曲川の氾濫で壊れたとしたら、調べようがない」
「と、坂之上は主張したわけか。なるほど、頭が良いわなあ」
 警部が、大きく頷いた。今回の事件が片付いたら、自分もこっそり調査に乗り出しそうな目つきだ。

「おっと、その前に、再度いうが、真田昌幸と幸村親子は、頭が良かった。戦略的にも優れていたくらいだから、商売の才能があったとも推測できる。だから、藩の財政は潤っていたと思われる。その証拠に、二の丸の跡地から、金箔の瓦が発見されている。それに、徳川の大群と合戦をする時には、町民にも協力を仰いでいる。その際にはかなりの金が動いたと思われる。よって、埋蔵金はあると推測される」

「では、今の堀の説明にゆくが、これはカラマリ姐さんのもらった地図で、二重〇のついていた地点だ。上田城の土居(堀の土手)は、本丸周囲の高さが4間半であるのに対し、二の丸周囲の高さは三間しかない。逆にいえば、本丸の基礎が1倍半高く、堅牢な城であるとも言えるが、逆の考えかたをすれば、どこかに財宝の隠し場所をつくる必要からそういう設計にしたとも言える。因みに、本丸の南側は空堀だ。ここに入り口を作ったが、洪水で崩れたと考えられる。参考までに、本丸の東南には、本格的な排水口も残っている」


「じゃあ、そこを大々的に掘って調べれば」
「小規模な発掘調査らしきものは行われた。横穴を掘って、ごくごく内輪の調査だが。昭和28年、西の櫓を移築してもどした際にも行われた」
「移築して戻した?」と僕。
「ああ。明治の初期に遊郭に売られたのを、買い戻して観光の名所にしたんだ」
「で、秘密の通路らしきものは見つかったの?」
「なかった。そのくらい想像できるだろう。今でも俺たちが目の色を変えて探しているんだから」
「そうか。でもやってみる価値は」
 そこでヒデさんが口を挟んだ。
「他にも可能性はたくさんあるんだから、そっちを先に教えてしまえよ」
「わかった」
 恭介さんが、水泳をしている男と、海津城の写真をだした。
「これは、神伝主馬流、加藤主馬の写真だ」

「加藤主馬は、仙石氏に仕えた古泳法の達人だ。仙石氏は、真田幸村が関が原の合戦で敗れ、真田家が上田城を追い出された後、上田に入場したのだが、もともとは、美濃の出身で、仙石氏も加藤主馬も豊臣秀吉に仕えていた」
「ああ、そっちのツテか。ならば加藤主馬が真田幸村親子と知り合いであって、財宝の隠し場所を知っている可能性もあるなあ」
 警部が知ったふうな口を利いた。
 僕が疑問の視線を送ると、渋々話してくれた。
真田昌幸と幸村親子は、関が原の闘いで豊臣側についたのだ。だから、加藤主馬と知り合いである可能性はある。”きっと、真田幸村は、加藤主馬の人柄とか、口の堅さに惚れて、隠し部屋の存在を教えたんじゃなかろうか。関が原の合戦の後、小諸を支配していた仙石氏が上田へ入場する可能性が高いから、加藤主馬も同行するだろうと、幸村は読んだ。加藤主馬ならば、堀から入れるような隠し部屋を作っておいても、入るのは可能だ”と坂之上は言った。おっと、関が原の合戦の時の状況は複雑なので、後で説明するがな。そうか。財宝の隠し部屋への入り口は川からのほうが見つかりにくいしなあ」
「そうだ。そこで、次の隠し場所の候補は海津城だ。江戸時代に松代城と改名されたがな」と恭介さん。

海津城は、川中島の闘いの時に築城されたのだが、幾重にも堀が巡らされている。”こういう城で隠し部屋を作るには堀の途中から横穴を掘るに限る”と坂之上は言った。加藤は関が原の合戦の後、仙石氏の部下として上田城に入場しておるが、家老にまでなった男だ。高級官僚だ。財宝の隠し部屋を知っていたのかどうかは不明だが、仙石氏の時代に内乱が起こって、殺されている。坂之上の言によれば、仙石氏の内乱は、隠し財宝を巡るもので、加藤主馬が子孫に残した財宝のありかを示すメモもあるんだとか」
「そりゃあ、嘘だな。というか、坂之上の作り話だろう。金を巻き上げるための隠し玉だな」
 警部がまた口を挟んだ。
「俺もそう思う。いくら金を積んでも、ついに見せてくれなかったようだから」
 ヒデさんも同意した。
「でも、水のある堀からどうやって、隠し部屋に入るの?」
「ああ、それは簡単だ。扉でしきられた部屋を三つくらい造れば良い。まず、最初の部屋に入るときには、自分と一緒に水は入る。しかし、すぐに扉を閉めれば、途中くらいまでしか水はゆかない。まあ、天井までいっても、そこまでだ。で、そこまでは息を止めていて、第一の扉を閉め、次には、最初の部屋の天井に作られた第ニの部屋への扉をあける」
「そうか。水は、それ以上は上にゆかないんだ」
「そうだ。でも、安全のために第三の部屋まで用意しておけば、万全だ」
「でも、現在まで隠し部屋が発見されていないって事は、当然、調べた人がいて、そんな部屋も見つからなかったんでしょう?」
「そのとおり。だが、例によって、千曲川の洪水で、秘密の通路が破壊された可能性はある」
「はいはい。また例によってだね。でも、もっと根本的な疑問。真田幸村には兄弟もいたんでしょう? たしか、関が原の闘いの後にも生き残った人もいたはずだよねえ。それならば、他人に教えるより、肉親に教えておいたほうが確実でしょうに」
 僕が抗議すると、恭介さんと警部がにやっと笑った。
「へいへい。やっとおいでなすったね。では、ここで、真田家の内情と関が原の合戦を巡る歴史の勉強をするぞ」

   4

 警部が嬉しそうに署内にあった歴史本を開いたが、ヒデさんが手をあげた。
「あのよう、あっしは、歴史はあんまし興味ねえんで、先にちょっと休ませてもらいてえんだがよう」
 恭介さんが、疑わしい目を向けた。
「逃げるんじゃねえだろうなあ。いくら兄弟だからといって、ここで逃げちゃあ」
「そうじゃねえってば。分かった。じゃあ、残りの財宝伝説だけ先に話しちゃくれねえか。あっしも、兄貴が百万も騙し取られたからにゃあ、他にも隠し玉があると睨んでいるし、それに、あの”算術”ってメモが何を意味するかも知りてえし」
 ――まだあるのかい?
 ぼくの感想はそっちだったが、警部は、”算術”って言葉に反応した。
「ほう。オメーが掏り取ったメモには算術って書いてあったんかい? そんなことぐれえ、隠さねえで、さっさと喋っちまえば、もっと早く楽になれるものをよう」
 ヒデさんは、口が滑ったことに気がついて、ちょっとまずそうな顔をしたが、すぐに、フォローした。
「ま、どうせ、兄貴にも意味のわからねえメモだしよ」
 恭介さんが中に入った。
「分かった。じゃあ、先に残りの資料を話す。そしたら、ヒデは寝ても良い。しかし、オメエーは務所に入るくらい、なんとも思っちゃいねえ。よって、逃げるかもしれないから、机に縛り付けさせてもらう」
「勝手にしな」
 ヒデさんが取調室の隅のベンチに横になってしまうと、恭介さんは自分で弟の足を隅の柱に縛り付け、また別の紙を出した。
 ――一体、何枚の資料があるんだ?

「これは、上田城のニの丸の北側にある巨大石だ。”北向き観音道標石”と刻んである。この地方に伝わる伝説では、善光寺だけにお参りしただけでは片手落ちで、北向き観音にお参りしてこそ、願いが適うと言われている」
「それって、商売のためでしょ? よくあるじゃない。一つの神社でも、北と南、両方の建物にお参りしてお賽銭を入れないと願いが適わないとか」
「ま、普通はそうだ。だが、考えてくれ。この石に、どんな意味があるんだ? 言い換えよう。善光寺から別所温泉の北向き観音へは、普通は道路を歩いて旅をするんだ。それなのに、なんで、真田の二の丸の北側の目立たない場所に、こんな石を置く必要があるんだ?」
「まあねえ、必要ないといえば、そうだけど」
「な。”不必要なものを置いた。それは、つまり、別のものを意味する”。そう、坂之上は言った。信頼性があるように思われた。これだけの情報で数万払った。そうやって、少しづつ積み上げて行ったから、最終的に百万近く払うはめになってしまった。だが、どれも信憑性があるんだ」
「なるほどな。それで、北向き観音の近くを掘り返していたっちゅう訳か。唐松林組の連中は」
 警部が、自分の捜査用のノートに北向き観音と書き入れた。
「他にもあるべ」
 ヒデさんが眠そうな声を出した。
「そうだ。次は、真田町の伝説だ。これが真田町の地図だ」

 地図には四ケ所に〇がしてあった。
 鬼ケ城、鬼ノ門、安知羅(あんちら)明神、真田山城跡、真田氏館跡。
「まず、鬼ケ城と鬼ノ門。真田町の伝説によると、昔、坂上田村麻呂がこの地を訪れたとき、この地に住んでいた鬼――名前は毘耶――を退治した。でも、簡単に退治できたわけではなくて、観音様が白馬を与えてくれたのでようやく退治することができた。でも京都まで連れ帰ることが出来ないので、実相院の庭で鬼の頭を斬り、埋めた。実相院には今でも馬頭観音がある」
「じゃあ、実相院のほうが、埋蔵金のある可能性が」
「阿呆か。お前は。普通、人間は、怖い場所にこそ近寄らないんだ。鬼ゲ城と鬼ノ門は山の中だ。夕方からは真っ暗だ。おまけに鬼が出る噂もある。埋蔵金を隠すにはうってつけの場所だろうが」
「と、坂之上の秀忠はいったんだな」
 警部がまたノートにメモしながら呟いた。
「まあ、そういうこっちゃ。それから、真田の山城跡と、真田氏館跡。こっちは、小さい。上田城に比べたら数分の一の大きさだ」
「じゃあ、普通は隠さないんでは?」
「と、思うだろう。だから、逆の心理をついて、すぐに見つかりそうな場所を選んだ」
「と、坂之上は言った」と警部。
「次」とヒデさん。
 恭介さんが抗議をしかけたが、すぐに別の場所を指した。
「次は安知羅(あんちら)明神。これは、真田幸村の小さい頃の姿を模した、安知羅像を祭った社であったが、昭和二十四年のキティ台風で壊れてしまった。安知羅様は、現在は屋敷跡の歴史館に陳列されておるが」
「壊れた社のほうには、地下の隠し部屋へ続く入り口があったが、台風で破壊されてしまったに違いないと、坂之上は言った」と僕。
「まあ、そうだ」
「でも、社というからには、かなり小さいものでしょ?」
「まあな。だが、金貨や銭よりもかさばらない物にして隠したのではないか、とも言った」
「どういうこと?」
「さあな。後から検討しよう。まだまだ資料はあるんだから」
 恭介さんが、また別の写真を出した。

「それから、昔の城には、武者だまりとか、中屋敷とか、櫓とか、色々な建物があった。それらは、戦の時は、本来の目的で使われたが、そうでない時は、他の目的で使われることが多かった」
「例えば?」
「蔵だ。つまり、生活用品から食料から、武器などを保管しておく場所だ。それに、上田城は何回も改築しているから、中屋敷などは、仙石氏の時代になると、出入りの大工や左官屋たちの作業小屋になってしまっていた」
「だから?」
「だから、幸村が、そのどこかに秘密の入り口を巧妙に作ってあったとしても、誰も気がつかずに、上に武具などを重ねておいてしまっていて、そのうち、幸村も死んで、加藤主馬も暗殺されたら、その存在すら忘れ去られた可能性もある」
「そうだな。一国一城の主に限らず、昔の大尽様は、宴会なんぞの時は、ものすごい量の食器なんかを使ったから、宴会用の道具専用の蔵がいくつもあったもんな」
 警部が武者だまり、等々とメモりながら、続けた。
「結婚式や葬式の場合を考えただけでも、大変なもんだ。昔は三日くらいは続いて行われたからな。茶碗からお膳、座布団、座卓、数百人分を用意しなきゃならなかったんだ。お大尽さんの家ではな。それに戦は葬式なんぞとは違い、数ヶ月も続くこともある。だから、城の主ともなれば、戦で兵隊を集めた後は、数ヶ月分の食料を蓄え、さらに、数百、数千人分の食事を作る鍋、釜、食器を用意する必要があったんだ。そのほかに、数百、数千人分の武器だ。いや、長期戦になれば、食料を自給する必要があるから、鍬(くわ)や鋤(すき)なんかも必要だ」
「今で言ったら、耕運機やリヤカーや一輪車だね」
「そうだ。そういう道具が、中屋敷とか櫓とかにはぎっしり積めこまれていたんだ。だから、もし、和歌山に幽閉された幸村がこっそり財宝を取り出しに帰ってきたとしても、秘密の入り口に到達することすら不可能だった可能性がある」
 自分の意見のごとく言いきった警部に変わって、ヒデさんが眠そうな声をあげた。
「さ、これでほぼ、隠し場所のメモは紹介し終わっただろうから、あっしは寝るぜ。算術ってメモは、後からじっくり考えてくんな」
 ヒデさんは、言い終わらないうちにいびきをかき始めた。

   5

「では、いよいよ、歴史の勉強にゆくぜい。眠たそうだから、ごくごく簡単にすますがのう」
 警部が揉み手をした。
川中島の戦いの頃からで良いよな。川中島の闘いは、1561年頃じゃ。これは、武田信玄上杉謙信の闘いであったから、信濃の武将は、どっちかに味方していたわけだ。この頃は、まだ真田昌幸の父親が城主で、武田方に味方しておったが、戦国の乱世で、武田信玄が死に、その後を継いだ勝頼も織田信長に滅ぼされてしまった。一方、昌幸の父親も1575年の長篠の闘いで死に、昌幸が城主になった。で、昌幸は、最初は北条氏、次には徳川家康に味方しておった。で、1583年頃に上田城を築きはじめた。だが、この頃から徳川と反目するようになった。というのは、徳川が、沼田城を北条氏に明渡すように迫ったんじゃ。この頃はまだ一人の城主が城をいくつ所有していてもよかったんで、沼田城は真田家のものだった。きっと、家康は、昌幸の勢いを恐れたんだろうなあ。だが、昌幸はそれを拒否して、この後、上杉謙信に味方するようになった」
「そこで、第一次上田合戦が起こったわけだ」
 恭介さんが強引に中に割りこんだ。
「そうだ。第一次上田合戦は、1585年の八月に起こったが、家康軍は七千人あまり。対する真田軍は、二千人に足らなかった。しかし、真田方は、敵を城のまぎわまでおびき寄せては反撃に出る作戦を取った。攻めては退くの繰りかえしで、家康軍を二の丸のそばまでおびき寄せ、一気に石落しなどの反撃に遭った。鉄砲は百発のうちニ発も当れば良いほうだが、石落しは、百発百中だ。その上、城下町の各所には伏兵が潜んでいて、反撃を助けた。さらに町民を味方につけていて、街路に組まれた千鳥掛けの柵ーー互い違いに組まれた柵ーーの手前で右往左往している時に、火矢を射掛けさせた。これにより、家康方は千三百の兵を失ったが、真田方の死者は、わずか四十人ほどだった」
 警部も負けずに声を張り上げた。
「それから、第二次上田合戦は、関が原の闘いの直前、1600年の九月に起こった」
 ここからは、警部と恭介さんが、入り乱れて、薀蓄(うんちく)を披露し始めた。
「関が原の合戦では、父の昌幸と次男の幸村が豊臣方に味方した。長男の信之だけは家康に味方した」
「何で?」
「だから、色々考えた末の結果だろう。例えば、昌幸は、家康とは反目しあっていたので当然豊臣方だわなあ。幸村は単純にそれに従ったまでだ。しかし、豊臣方は、すでに秀吉が死んで統率力のある武将がいなかった。だから、長男の信之は、家康が勝つだろうと判断して、そっちについたとか」
「あるいは、両方に分かれて闘えば、もし、どっちかが負けても、勝ったほうが嘆願すれば、兄弟の首だけは繋がるだろうと判断したとか」
「あ、それ、新しい説ですねえ」と恭介さん。
「実際、豊臣は負けて、多くの武将は首を取られたのに、真田昌幸と幸村だけは、長男の嘆願のおかげで高野山幽閉だけで済んだんだから。そこまで考えていたとしたら、すごい先読みだなあ」
「あのさあ、そっちはどうでも良いから、第二次上田合戦について」
 僕は急かした。
「そうだった。関が原に行くには、中仙道経由の場合、途中で上田を通らねばならないんだ。だから、家康は三男の徳川秀忠を総大将として、約13万7千人ほどの軍勢を西に向かわせた。もちろん、13人以上の大将が参加していたから、13万人は総勢で、各武将も、移動する時にはかなり距離を置いていたと思われる」
「それらの足を止めるために、昌幸と幸村は、約三千人ほどを各城に分けて配置した――上田城に約5百、安中、松井田、軽井沢にそれぞれ八百くらい――。それだけの数の差がありながら、約半月ほど足止めをくらわせたんだ」
「ちょっと、待ってよ。それは、いくらなんでも、話、百倍じゃないの?」と僕。
「だろうな。多分、実際に戦ったのは、敵の第一陣、つまり一割か二割だと思うぜ。俺も」と恭介さん。
「多分な。それにしても、三千対一万以上の戦いだ。それで、半月間互角に闘ったのだから、相当に智将だったんだろうな」
「だから、具体的に説明して。前の時と同じ石落しと火矢だったの?」と僕。
「ああ、当然、石落し用に設計されていたのだからな。その上、今回は、熱した糞尿とお粥も動員したらしい。それから途中の陣からは大砲も使ったし、夜陰に紛れて爆弾を騎馬で運んで、秀忠のすぐ脇に投げこんだりもしたらしい」と警部。
 ――上田方の人間は死ぬ気だったんだろうな。だって、お粥を煮た鍋ならその後使えるけど、糞尿を煮た鍋は、その後、絶対に料理に使えないもの。
「ま、そういう訳で、昌幸と幸村は散々抵抗したが、最後には長男の信之が出張ってきて、城は焼き払われたっちゅうこっちゃ。でも、首だけは取らなかったのは、やはり、肉親の情からだろうなあ」と恭介さん。
 二人が自分の知識に浸っていると、後ろからヒデさんの声がした。
「あのよう。薀蓄(うんちく)はもう飽きたからよう、和歌山へ幽閉された後のことを話してやれーや。隠し財産があるのなら、何で、長男の信之は、それを発見できなかったっちゅう点をよう」
 ――眠っていなかったのかい?

   6

「そうだ。そっちが大切だった」
 ヒデさんの忠告に、二人が目を合わせた。
「第二次上田合戦の後、昌幸と幸村は和歌山へ幽閉されたが、何回か、長男に金の無心をしている。長男も、何回かは金を送っているが、隠し財宝の場所は教えなかったと思う。何しろ敵として戦ったのだからな。しかし、関が原の十一年後には昌幸が死に、その三年後には、大阪夏の陣で、幸村が大活躍をした末に討ち死にしてしまった。ゆえに、隠し財宝はまだ隠されたままだったと思うな」と恭介さん。
「そうだ」
 警部も郷土の歴史の別の頁を開いて知識披露を始めた。
「第二次上田合戦で上田城は焼き払われたから、しばらくの間、信之は近くに館を築いて上田と沼田を統治していた。だが、1622年に海津城、今の松代城を与えられた。上田と沼田は合計で九万5千石だったが、松代は十万石、沼田はそのまま統治していた。大出世だ。だが、上田にいた頃から中仙道を使う交易で豊かだったとは思う。だから、隠し財宝などなくても、金は送れたと思う。それに、幸村としては、敵として戦った以上、死んでも隠し場所を教えたくはなかったんじゃないか? 第一信之の奥方は、徳川方の武将の娘だ。教えるはずがないだろう。それにそれに、大阪夏の陣では豊臣方から乞われて参加したのであって、資金は全て豊臣が出したんで、幸村が調達する必要はなかったし」
「だから、隠し財宝はまだあるにちがいない、と坂之上は言ったんじゃな」と警部。
「まあな。上田城の地下には、絶対に隠し財宝はあると思うな。いや、幾つかに分けて隠してあって、その幾つかの部屋はまだ手付かずで残っていると思うがね。何しろ、仙石氏が統治してから、内乱が起こり、加藤主馬が殺されているんだ。この事件は、間違いなく財宝がらみだと睨んだが」と恭介さん。
「内乱?」
 僕の問いに、警部が身を乗り出した。
「さよう。信之が松代に移った後、上田には、小諸を統治していた仙石氏が移されてきて、城を再構築したんだ。ここで前の説明を思い出して欲しいのだが、昌幸は加藤主馬と面識があった。ゆえに、加藤主馬は、こっそり財宝を探したんじゃないかとは思う。その行動が危ぶまれて、打ち首になったとか」
「待ってよ。もっと根本的な質問。さっきから、二人は、隠し財宝があるとの前提で話しているけど、戦国武将って、ほとんど毎日戦に明け暮れていたんでしょう? それなのに、隠し財宝を蓄えるゆとりなんてあったのかなあ?」
 僕が、素朴が疑問を投げつけると、阿呆か君は、の視線が返ってきた。
「あのなあ。戦国時代といっても、長いんだ。毎日闘っていたわけじゃないんだ。何年に一度くらいのペースだ。それに、戦には金がかかるんだ。兵隊を集めたら、そいつらに飯をくわせなきゃいけない。鉄砲や大砲は買わなきゃいけない。移動するには馬を調達しなきゃいけない。それに、優秀な忍者も雇わなきゃいけない。忍者といっても、マンガのように水の上を歩く者じゃない。敵地に潜入して、敵に不利な噂を流したり、敵の財政状況や内情を視察するプロフェッショナルだ。今でいう諜報員だ。そう簡単には育成できない」
「わかった。お金がかかったのは、よく分かった。でも、逆にお金がかかるんなら、貯金はできない状態だったんじゃないの? それに、もし、昌幸と幸村が財宝の隠し部屋をこっそり作っていたなら、長男の信之が気がつかないはずがないじゃないか」
 またしても、阿呆かお前は、の視線がきた。
「答えてしんぜよう。最初の質問だが、闘いは数年に一度だが、いつ起こるか分からないんだ。だから、よけいに隠し財宝を蓄えておいて、いつ闘いが起こっても参加できるように準備する必要があったんだ」と警部。
「そうだ。それに、第二の質問について」
 恭介さんが割りこんだ。
「信之に知られないようにするには、いくらでも理屈をつけられる。例えば、真田井戸がそうだ。井戸だといえば誰も疑わない。井戸の途中に隠し扉を作ったとして、それを暗号で残しておけば、他人が見てもバレない」
「待ってよ」
 僕は大きく腕をふりあげた。
「もっと、根源的な問題。もし、隠し部屋や秘密の通路を作ったのなら、少なくとも工事人夫はそれを知っているわけでしょう。ならば、黙っていられるはずがないと思うけど」
「いや。あの時代には絶対服従を誓う家臣や人夫がいたと思うが」
「でも、人の口に戸は立てられないって言うじゃないか。現実問題として、ピラミッドを作った人夫は、秘密を守るために殺されているじゃないか」
 僕が主張すると、二人が肩を落した。
「そうか。となると、やはり、隠し財宝の噂は噂に過ぎなかったのかなあ。それとも、人夫は殺されてしまったとか。そうは思いたくないんだが」
 ――単純な奴らだ。

   7

「だからあ、僕は、そう言っているんじゃなくて、財宝を隠すにはもっと簡単な方法があったんじゃないかと思うんだ。幸村が一人でも隠せるくらい簡単な方法が」
 それを聞いて、今下を向いた二人が、またぐいっと顎を上げた。
 ――何で、僕が、こんな奴らを元気つけてやらなきゃあかんのや?
「今まで黙って聞いていたけど、ここからは、僕の推論を言うね。財宝があったかどうかは、それから判断して」
「アイアイサー」
 三人が――ヒデさんまで――同時に答えた。
「まず、秘密部屋があると仮定して、秘密に工事をするためには、短期間で工事ができなきゃだめだよね」
 三人が頷く。
「となると、川から扉を作ったりするような大工事はできない。時間がかかりすぎる」
「そうか。海津城ではダメだ。時間がかかりすぎる」
「その通り。同じ理由で、本丸の脇の土手も、バツ
 僕は、恭介さんの並べたメモのうち、本丸脇の堀と、海津城のメモを捨てた。
「それから、財宝っていうと、金貨か銭を思いうかべるけど、もっと小さいのに高価な物だって、たくさんあると思うんだ」
「オメー、まさか、ダイヤなんて言うんじゃねえだろうなあ。この前の身代金がダイヤだったから」
 警部が頭を横にふったけど、恭介さんは、考え深げに呟いた。
「いや、実はそれに関しては、坂之上も意味ありげなことを言ったんだ。ダイヤとは言わないが、金貨よりも高価なものがあるって」
「あの頃は鎖国じゃなかったから、海外から象牙やヒスイや皮に金で絵を描いた製品なんかも入ってきていたが、まさか、骨董なんて言うんじゃないだろうなあ」と警部。
「いや。ありえねえとは言わせねえぜ。白磁のツボとか青磁のツボとか、誰かの掛け軸とか、あるいは、井戸茶碗なんてのも高いぜ。一番高いのは、耀変天目って言うらしいが。そうだ。名刀村正なんてもの高いし」とヒデさん。
「待ってよ。それはないと思うけど」
 口の止まらなくなったヒデさんを、僕は遮った。
「骨董はないと思うよ。あれは趣味の物だから、売ろうと思ってもすぐには売れないし。買える武将は限られているし、それに、売ろうと言った段階で、戦の準備だとすぐに知れてしまうでしょう」
「まあな。だが、あの時代は戦国時代だから、知れてもよいんだけどな」と警部。
「だからあ」
 僕はまとめに入った。
「僕の言いたいのは、細川ガラシャ夫人の銀のロザリオみたいな輸入の金製品とか宝石も考えに入れた方が良いってこと。あるいは鼈甲のかんざしとか宝玉のかんざしとか象牙の根付なんかにして隠しておけば、比較的簡単に換金できるし」
「そうだな。それなら小さい隠し部屋で済むしな」と警部。
「そうか。それなら、小さい神社の地下でも良いし。だが、余計に探しにくくなったなあ」
 恭介さんが溜息をついた。
「だが、加藤主馬が暗殺されたことから、財宝の一部は、加藤主馬が発見したと考えたほうが論理的じゃあねえか」
 ヒデさんが口を挟んだ。
「それによう、仙石氏の後に統治した松平忠周(ただちか)が老中にまで出世した点から考えても、財宝は見つかったんじゃあねえか?」
 ――一体、ヒデさんは、恭介さんから、どこまで聞いているんじゃ?
「あ、そうだ。いくら松平姓だからといっても、出世には裏金がいるからなあ」
 警部が目を輝かした。だが、恭介さんは余計に落ちこんだ。

   8

「でもなあ、松平が出世したからには、財宝を全て使いきってしまったってことも考えられるしなあ」
 三人が三者三様の溜息をついた時、電話が鳴った。
 誰も動かないので、仕方なく僕が出ると、女性の声で、次のように告げた。
「ヒデはまだか? もう一時間以上経つじゃないか。カラマリ姐さんが、しびれを切らして怒っているぞ。あと一時間経ったら、人質を一人づつ殺すからな」
「ま、待ってください。今、向かっているところです」
 僕はとりあえず、その場をとりつくろった。
「それより、あなたは誰で、どこから電話しているんですか?」
 相手は、冷たい声で答えた。
「わちきは桃影。繊維学部の講堂の中の電話からかけている。じゃあ、一時間後に、絶対だぞ」
 電話はそっけなく切れた。
 それとほぼ同時に、別の電話がなった。
 今度も僕が出ると、上田署のXX警部補からだった。
「大変です。上田城の西の櫓の中で誰かが殺されたようです。今、近くで悲鳴を聞いた人間が電話をしてきました」
「もっと詳しくわからないのですか?」
「それが、血を流して人が倒れているというだけで。ですが、目撃者の言葉では、被害者は、最後に、『カラマリに謀られた』といったような気がしたと」
「カラマリに謀られた」
「そうです」
「で、肝心のカラマリ姐さんは、どこで何をしているんですか?」
「それが、さっき立てこもり現場の警部補からきた連絡では、繊維学部の会館の二階で編物をしているとか」
「編物?」
「そうです。編物クラブの毛糸編み機がおいてあって、それでマフラーを編んでいるんだとか」
「一時間前からずっとですか?」
「はい。残念ながら、ずっとです。すぐにこっちに来て下さい」
 こっちの電話は沈痛な声で切れた。
 電話が切れると、警部が僕に言った。
「星矢、お願いがあるんだが」
「なんですか?」
「再度のお願いになるが、お前を殴って良いか?」

追伸
読者A。「これはまあ、予想外の展開になりましたなあ。黒ずくめ忍者だというから、てっきり『インサイドマン』だと思っていたら、『六トン2』のパクリですか」
読者B。「どこが?『六トン2』って、例の下品で有名になった『六枚のトンカツ』の続編でしょ?」
読者A。「さいです。赤影や桃影が出てくるところがですよ」
読者B。「まるで、子供向きマンガみたいですが」
読者A。「違うんですよ。お面やぬいぐるみを被るのはマスカレード方式というんですが、昔は二人の入れ替わりが主流だったんです。しかし、『六トン2』では、リレー方式でぬいぐるみを被っているんです」
読者b。「え? すると、ぬいぐるみを着ている人間が順番に替わるとか?」
読者A。「その辺はネタ元の本を読んで下さい」

(続く)
作者注、この作品は架空の事件であり、登場する人物や団体などは現実の物とは一切関係はありません。
それと、スポーツ選手の引退などに関して質問がきましたが、来週、映画批評と一緒にやります。