昭和探偵伝第二部・心の中・第五章』11回目

第一部・絆の内容
 昭和三十二年、十月四日、午後九時。僕(小林星矢十五才)は、小諸、懐古園脇の叢で死体(坂之上秀忠)を発見した。ヒデさんと兄の恭介さんに報せるが、ヒデさんは死亡推定時刻の前後に現場にいたことが判明し、逮捕される。ヒデさんは死体の財布から真田家の隠し財宝のメモを盗んだ。逮捕の前に僕に渡したと、周囲の人間には話した。
 一方、友達の細田勇気(小学校一年生)の母親が、子供を映画の主役にしようとして、"狂言誘拐"をする。僕は、途中で犯人役になって無線を打つ仕事を押し付けられ、身代金運搬車に同乗させられ、善光寺まで連れてゆかれる。
 善光寺で一波乱あった後、細田家の別荘で勇気は無事に発見される。だが、不幸な事故があって――狂言誘拐がまずい方向に転がり、世間からバッシングされるのを怖れた細田オバさんが、自分の指を切断。その後、勝手に輸血をし、血液型の不一致で、血栓ができた――、母親が死ぬ。
 しかし、不幸は続いた。勇気が湯西さんを溺死させたらしい、との情報が飛び込んできた。身代金運搬車の中で眠っていた勇気が、湯西さんの渡した注射器に毒が入っていて、それが原因で母親が死んだと考え、復讐に走ったらしい。
 つまり、勇気は、もう一人の共犯者、赤坂オバさんと一緒に、白樺湖で湯西さんを突き落としたらしい。だが、勇気の心情と、湯西さんの無実を知っている赤坂オバさんが、黙って復讐に協力するはずはない。それでは、みすみす勇気を殺人犯にすることになる。なので、勇気には復讐が済んだと思わせ、湯西さんはこっそり逃がした可能性もある。三人は消えたまま。

第二部・第一章
 一週間後。勇気の日記が出てきた。母親が嫌いだ、と書いてあった。事件解決から一週間の出現である。如月(きさらぎ)警部は、日記を書いたのは赤坂オバさんで、理由は僕(小林星矢)へのあてつけだと主張。つまり、湯西さんの偽装溺死事件において、主導権を握っていたのは、勇気に同情した僕であり、このまま湯西さんが姿を消した状態である以上、勇気が本当の犯人にされてしまう危険性がある。
 今は精神不安定で逃げ回っているが、このままでは家に帰れない。そこで、僕が主導したことを告発するために、赤坂オバさんが、日記をこっそり細田家に置いた。中には勇気の心の底――母親が嫌いだった――まで書いてある。だから、勇気が湯西さんを殺す動機も生まれない。
 僕は反論したが、信大の繊維学部(上田)で立てこもり事件が発生し、議論は中断。僕は偽装(多分)溺死事件の主導権を握ったのは沙耶警部補ではないかと考える。
 第ニ章
 信大の繊維学部に行くと、カラマリ姐さんとその部下が講堂を占拠していた。要求は次――坂之上秀忠から買った真田家の隠し財宝のメモをよこせ。自分も二年前に金を払ったが、一部を渡され逃げられた。ヒデが盗んだ資料は自分のもの。それを持ってくるか、ヒデを連れて来い――。
 僕らは小諸署に戻り、ヒデさんと兄の恭介さんから、地図と資料の話を聞く。坂之上は天才的な詐欺師で、上田城の歴史を調べ、あちこちに隠し財宝があると推理し、その情報をかなりの金で売っていた。恭介さんも詐欺にひっかかって多額の金を取られた。坂之上の殺害では、恭介さんも動機がある。それは後で調べるとして、上田に帰ろうとしていると、新たな情報が入る。上田城跡の西櫓で死体が発見された。被害者は、二年前にカラマリ姐さんと駆け落ちをした相手(志賀直樹)で、第一発見者の証言では、ダイイング・メッセージは、「カラマリに謀られた」だった。

第三章
 第一発見者(樋口一陽)の証言――被害者は深夜の三時半くらいに西櫓に入った。三十分後にカラマリが入って出た。すぐ後に入ると首をナイフで突いて瀕死の状態だった。自分はマフラーで止血して警察を呼んだが、到着した時は死んでいた――。ナイフを握る被害者の手にはカラマリの指紋あり。小諸署にはすぐに電話がきたので、警部と僕と恭介さんは猛スピードで上田城址まで車を飛ばし、四時半すぎには到着した。警部は、発見者の嘘を見抜き、真実は次であったと推理――発見者は、被害者が西櫓に入ってからすぐに異変を察知して中に入った。被害者に『いつもの狂言心中だ』と言われて外に追い出された。カラマリが入って出た時も中を覗いていたに違いない――。しかし、発見者は、『先生に頼まれた』というのみ。一方、信大からは、ヒデさんとカラマリが睨み合っているとの情報がくる。

第四章
 信州大学に戻ると、ヒデさんとカラマリ姐さんが、果し合い直前の睨み合いをしていた。磯田警部補が仲裁をしようとして逆に僕にぶつかり、僕は失神する。
 数分後に目がさめたと思ったが、沙耶さんが講堂の後ろの会館に僕を連れ込んで、ガシガシとカラマリ姐さんのアリバイ工作の謎解きを始めた――カラマリ姐さんはこっそりここを抜け出し、その間、ジャカード織りの編み機にベルトコンベアで連結したからくり人形が置いてあり、それが永久運動をしていたのだとか。実際にガラクタの山の中から部品を探し出して動かした。カラマリ姐さんがここを抜け出したのは、真田幸村の隠し財宝があると言って周囲の人間が浮き足立った時。裏路地にいた刑事たちが講堂の前のほうに移動して来た。戻ったのは、上田城址の西櫓で志賀直樹の死体が発見された時。この時も、刑事たちは浮き足だち、裏路地はがら空きだった――。
 そこまで聞いた僕は、自分が主役の座を奪われたことに腹がたち、沙耶さんに喧嘩をふっかける。しかし、沙耶さんは、「さっき失神した時から夢だから、何をしても良いんだ」と主張。おまけに、吸血鬼に変身して僕に襲いかかってきた。
「これは推理下克上小説じゃ――。お前から主役の座を奪ってやるわ――」と。


第五章

  1

 二階の窓から空中を飛んだ沙耶さんは、音もなく着地すると、僕の上に馬乗りになって、胸倉を掴んだ。
「お前は甘いんじゃ――。何で、自分が主役だから謎解きができると思いこんでおるのじゃ――」
「だって、だって、それがポアロやホームズ以来の推理の王道じゃないか――」
「甘いんじゃ――。読者は新しいものを求めているんじゃ。主役が作者に特別扱いされておるなんぞと、旧い常識に甘んじておる奴は、置いてけぼりにされるんじゃあ」
「そんなこと、思っていないよう――。唐類(からるい)は普通じゃないし、自分が主役にならないと気がすまないから、それだけは注意していたんだ――。だけど、沙耶さんまで、そんな悪癖に染まることないじゃないか――」
 僕らは夢の中にいると意識していたから、普通では考えられない言葉を投げつけあっていた。

 すると、いきなり上空から暗闇を破って、ぶっとい足が降ってきた。
「作者じゃ――。次元の解れ目から登場じゃ――」
 案の定、作者が乱入してきて、大見栄を切った。
「お前が変な夢をみるから、『六トン』を『六トン2』と間違えてしまったじゃないか――。おかげで2チャンネルで作者は呆けてきたとか言われて」
 僕は必死で反論した。
「そんなあ。呆けは本当じゃないか。自分が呆けてきたのに、人のせいにするな――」
 作者が目を三角にして僕を蹴った。
「おのれ――。たわけたことを申すな――。阿呆阿呆阿呆。呆けじゃないわい。ちょっとした勘違いじゃわい」

 僕は身の危険を感じたから少し譲歩した。
「それよりも、カラマリが志賀直樹君を刺した動機を解明したらどうですか? 小説家の手の甲にカラマリの血染めの指紋があった以上、カラマリには刺す理由があったのでしょうし。やっぱし、作者は主人公なんですから、作者が動機を解明するのが順当かと思いますが」
「そうかあ? やっぱ、君は良くわかっておるなあ」
 思慮の浅い作者がニコニコ顔になった。
「じゃあ、謎解きにゆくぞ。察するに、カラマリは動転して、うっかり被害者の手の甲に触ってしまったのじゃ。でも、」
 作者が喋りはじめると、「お待ち下され――」の声が響き渡った。
 声に続き次元の裂け目から、小学生くらいの男の子が降ってきた。胸に読者Aと書いたプレートがついている。
 学級医員を六年間もやっていたような優等生オーラを全身から発している読者Aは、もったいぶって、片手の掌を作者に向けた。
「お、良く言えば修験者、一歩間違えば、ドラゴン・ボールじゃ」と頭の軽い作者。
「作者の解釈では動機が軽過ぎます。読者に感動を与えることはできません」
 小学生読者Aが偉そうに解説した。良い所のお坊ちゃん風だ。
「本当か? 教えてくれ」
 作者が全てをなげうった目で小学生読者Aに迫った。
「ですから、そうやって、すぐに他人の説に飛びつかないで下さい。いやしくも作者でしょう」
「そんなのは構わへん。そっちの動機を教えてくれ――」
「やれやれ。たかが十年ちょっとしか生きていない小学生読者Aが五十年も生きてきた人間に動機をおしえてあげなきゃならないなんて、世も末です。でも、まあ、良いでしょう。教えてあげます。そうすれば、私は主役の座を」
 ビシ。
 見下しの視線を浴びた作者が豹変した。
「さっさと教えんかい」
「わかりました。ええとですねえ、カラマリは、志賀直樹君の煮え切らない生き方にうんざりしていた。小説は売りたい、しかし、新しい分野ですぐに成功は無理。でも、出版社には良い顔をして、『今度もまた大ヒットさせますから、任せてください』と大見得を切っていた。で、やることといったら、偽装心中」
「でも、志賀直樹君だって、やりたくてやっていたんじゃないのだ。それしか方法がないから、止むに止まれずに」
「そうです。それが、まさに、カラマリが死にかけの志賀直樹君の手を握った理由です」
「どういうこっちゃ?」
「もう。曲がりなりにも小説家なら、人間の心の動きを書いてください。いいですか?カラマリは姐御肌だった。そして、志賀直樹君がふにゃふにゃと煮え切らない態度で生きているのに業を煮やしていた。だから、死にかけの小説家の手を握った時も、多分こう言ったのです。『死ぬも生きるも勝手。自分の人生は自分で決めな』と。そうですよね。カラマリ姐さん」
 小学生Aが後ろを振り向いた。
 後ろには、忍者の黒装束から粋な着物姿に変身したカラマリが立っていた。
 髪も高く結い上げているが、牙だけは残っていた。やはり夢の中だ。
「わかってしまったんじゃあ、しょうがねえなあ。言いたいことは沢山あるんだが、そっちの方がカッコ良いから、そういうことにしとこうぜ。なあ、樋口君よう」
 カラマリ姐さんが振り向くと、おっかけの樋口一陽君が突然地中から登場した。 
「はい。小学生の動機が正解です」
 樋口一陽君が冷たい声で断言した。
 夢だから、いつでも自由に瞬間移動できるのか? 
 僕は自分に言い聞かせる――そうだ。夢の中だから、無茶苦茶は当たり前だ。怒りは抑えろ。夢でなくとも、もともと無茶苦茶な小説なんだから――と。
「カラマリ姐さんは、小学生が言ったように志賀先生に囁いて、さっさと帰ったんだ。その後かなりたって、先生が移動しようとして血糊で滑って、逆に深く刺してしまったんだ」と樋口君。
「じゃあ、何で、ダイイング・メッセージが『カラマリに謀られた』なんだ?」と磯田警部補。
 いつの間にかすぐそばに出現していた。
「だから、それは……」
 そこへ恭介さんが割り込んだ。
「その辺の樋口君の心の動きは私から説明しましょう」
「カラマリ姐さんは、樋口君の生き方の先生だったんですよ。彼は、上田城址で、都合三回、先生という言葉を使っています。最初の二つは明らかに志賀直樹を指しています。しかし、最後の先生は、カラマリ姐さんを指しているんです。西櫓から出てきた時、カラマリは、こう言ったに違いありません。『もし、志賀直樹が死んだら、ダイイングメッセージはカラマリに謀られたと言え』と。そうですよね」
 恭介さんは振り向いたが、カラマリはそっぽを向いていた。
「さあね。どうとでも勝手に解釈しな。どっちにしても、アチキは誰の弁護もしねえし、誰の味方でもないわ。あいつには、はっきりと、『自分の進路は自分で決めな』といってやったんじゃ」
 樋口君は泣き崩れるだけだった。恭介さんの解釈が正しいように思われた。
 ――それにしても、小学生にまで主役の場を奪われるとは、無念だ。

   2

 僕が頭を抱えていると、講堂の向こうから如月(きさらぎ)警部が体をくねくねさせて登場した。
白樺湖で偽装溺死事件を演じたのは私じゃわん。勇気があまりにも落ち込んでいたし、どうしても母親の復讐をしたいと泣いて頼んだから、私が、復讐とはどんな大変なものかを実演してみせたのじゃにゃん」
 ――またしても、無茶苦茶だ。でも、夢だから、怒りは抑えろ。
 僕は警部に殴りかかりたい気持ちを抑える。
「警部、どうしちゃったんですか?」
 僕だけじゃなく、沙耶さんまでもが仰天眼になった。
「ノダメ・ウイルスだわ」
 別の読者小学生Bが次元の裂け目から飛び降りてきて叫んだ。
 今度はマリーアントワネットみたいな髪の女の子だ。
「そうでございます。これこそ本当のノダメ・ウイルスです。この前のは、正式には千秋ウイルスと真澄ウイルスにちがいございません。いや、ノダメ・ウイルスの変化した形態かも」
 別のオタク小学生Cが後ろから現れた。
 ロイド目がねでモスグリーンの高級そうなブレザー。それも胸ではなく、肩にエンブレムのついた、私立小学校の制服。
 僕はそいつらよりも、自分で謎解きを始めた如月警部に抗議した。
「止めてくれ――。犯人が自分から謎を解くな――。なぞを解くのは僕の仕事じゃ――」
「煩い。これは、推理下克上じゃあ。才能のあるものが先に謎を解いて、主役を奪うのじゃ――。別名、舞城展開とも言う。謎があって、すぐに謎解きじゃ」
 如月警部までもが、また沙耶さんと同じ主張をもちだした。
「でも、警部にそんな時間はありっこないじゃないか――? 絶対、沙耶さんだと思ったのに――」
 頭を抱えると、沙耶さんが嬉しそうに片手で口を覆い、反対の腕は伸ばして翼をひらひらさせながら踊り始めた。明らかにこうもりの翼だ。
「ほ――っほっほっほ。私も一緒に行ったのよ――。警部に頼まれて、池の平の監視員が来るのを見張っていたのよ――。何しろ、み――んな、数キロにわたって散らばっててんでに捜査をしていたしねえ。七時間や八時間、現場を抜けても、だ――れも気がつかなかったのよ〜〜」
「嘘。嫌だ――。僕は信じないぞ――」
 強く頭を振ったが、僕以外の全員が正常ではないから、逆に僕が変、みたいに思えてくる。

 またしてもオタク読者Cがしたり顔で口を出した。
「それは、できるんでございます。今は昭和三十二年でございますから、移動式簡易電話なんぞはありはしませんし、菅平全域にちらばって捜査しておりましたから、十時間や十二時間連絡が取れないのは、普通なのでございます」
「じゃあ、じゃあ、何で、一週間前に、勇気の日記を発見したなんて、わざわざ僕に報告したんだ――? 自分から日記のことをバラスなんて、卑怯じゃないか――」
「それは、策略だわ〜〜ん。ムッキャ――」
「お、正統的なノダメ・ウイルスでございますわ。正統的なノダメ・ウイルスは……」
 小生意気な小学生Cがわき道に逸れそうな話を始めたので、僕は強引に遮った。
「煩い。そんな説明は今は聞きたくないんじゃ――。今は、警部が、黙っていれば、隠しおおせるのに、何で、勇気の日記を持ち出したかを問題にしているんじゃ――」
「ほ――ホッホッホッホ。それは、簡単。ミスディレでごさいますわ。常識中の常識でございますわ」
 小学生読者Bが高らかに笑い飛ばした。
「自分が硫酸を被れば、自分は容疑者から外される。これ、江戸川乱歩の常套手段。それと同じ。警部自らが日記を持ち出せば、まさか警部と赤坂夫人が書いたとは思われない。さらに、警部が池の平で偽装溺死事件を仕組んだとは思われない」
 それを聞きながら、警部がオカマ踊りを始めた。
「ひゃはは。にゃはは。愉快じゃわん」
 ――世も末じゃ。
「ノダメ・ウイルスを侮っちゃいけないのでございますわ。これは、三分間ごとに変質する進化ウイルスなのですわ。最初は千秋ウイルス、次が正統的ノダメ・ウイルス、最後は真澄ウイルスに進化するのでございますわ」
「真澄ウイルスが一番進化した形かよ?」
 読者Aの突っ込み。
 僕は呪文のように、自分に囁きかける――無視だ、無視だ。全部無視だ。こいつらは全部幻だ。この小説の主役は僕だ――。

   3

 頭を抱えて草の上に座り込んでいると、後ろから肩を突つかれた。
「あ、星矢、体が砂に変化している」
 小学生読者Aだ。
「察するに、これは新たなウイルス、ホムンクルス・ウイルスでございますわ」
 小学生読者Bじゃ。
「やめろ――。僕のどこが砂だっちゅうんじゃあ――」
「ああ。そうでした。ここは昭和三十二年。二十一世紀の常識はまだ浸透しておりません。でも、常識を知らないってのは悲劇ですわ。ホムンクルス・ウイルスは、見るほうの視覚がウイルスに犯されるんですわ。って、感染しているのは私たちではございませんか……」
 小学生AがBを振りかえった。
「お待ち下さい。これは砂状の記号ではありませんせわ。岩塩ですわ。とすると、いばら・ウイルスですわ」
 小学生Bが片目を手で覆って、僕を精査して、訂正した。
「どっちでも良いですけど、もっと大きい問題が発生しましたわ」
「何ですの?」
「大問題。私も、感染したみたいですわ。それも、ウイルスのDNAが変質しているみたい。星矢が全身、魚の鱗に覆われていってますわ。きっと星矢の頭の中では、魚に変身して、私の口の中にもぐり込みたいという欲求が渦巻いているに違いありませんわ」
「勝手にさらせ――。魚といってもなあ、メダカから鮫まであるんだぞ――。お前らの頭を食いちぎってやるわ――」
「まあ、感動」
「違いますわ。『まあ、快感』でございますわ」
 ――うう。返す言葉がねえ。
 僕は邪念を払うために、強く頭を振った。
 すると、すぐそばでヒデさんと恭介さんが中空に飛びあがる姿が目に入った。
 僕も、ここから逃れるために、大きく足を撓めて、地を蹴った。
 体が数十メートルも飛びあがって、一瞬で小諸の懐古園に飛んでいた。

 懐古園の死体発見現場には先に、ヒデさんと、恭介さんが着地しかけていた。
「夢じゃ」
 僕はまた自分に言い聞かせた。そうしていないと、気が変になってしまいそうだった。
 二人は、僕の前で草の上に見事に着地すると、くるりと後ろを振り向いた。
「首きり遺体の謎解きができるかな? お主に」
 偉そうに聞いてきた。
 僕は、今こそ主役を奪還するチャンスだと察した。
 周囲を見まわすと、木のある公園だった。見まわすと、木の枝がスパッと切れていた。
「もしかして、これは、」
 いいかけた僕の口を、後から瞬間移動してきた作者が塞いだ。
「全部は言うな。電子出版になったときに売れないだろうが」
 僕は、一瞬、意味が理解できなかったが、とりあえず、重要な所は伏字にしないと命が危ないと感じたので、所々伏字にすることにした。
「ええとですねえ、首がスパッと切れたのは死亡時で、枝がスパッと切られたのは、その後の偽装工作。さすれば」
 言葉につまると、小学生読者Aが割り込んできた。僕らのすぐ後に瞬間移動してきたらしかった。
「それは、『中伊豆・黄金崎・紅葉狩りの殺人』の謎解きと同じじゃないですか?」
「そうかなあ。わしゃ、知らんがな」
 作者があっちのほうを向いて、口笛を吹いた。
「ええと、説明します。あれは、XXXXもしくはXXXを使った手口で」と小学生A。
「そうじゃ。坂之上が探偵小説に凝っていて、斬新なトリックがないかというから、あっしが提案してやったのや。『XXXで首が切れるかを実験してみろ』とな。そしたら、本当にあいつ、やりやがって。XXXに自分からXを入れてXを蹴ったのだ。そしたら、すっぱり。良い子はマネをするな」
「待って下さい。『中伊豆』をパクルのはまずいですよ。いくら脳みその少ない作者でも」
「阿呆。『中伊豆』の凄いところは、そのXXXが反対側で別の仕事をしたことなんじゃ」
 作者がまるで自分の考えたトリックのように偉そうに反り返った。
「教えてくれ――」
 読者Cがせがんだ。
「誰が教えるか。宣伝は、一番知りたいことを伏せるのが鉄則じゃ――。宣伝料が入るかどうかがかかっておるんじゃ。アマゾンで買え」
「違うでしょう。そのうち、忘れた頃に自分で、こっそり使うとか」
 ビシ。
「それを言うな。たとえ思っていても、口に出すな――」
「それより、何で、Xの下に死体がなかったのだ? もし、Xの下だったら、すぐに分かったのに」
 僕は抗議した。
「阿呆か。死因を偽装するために死体をXXしたんじゃ。それで、XのXXXは外してその下のXも泥で隠したのじゃ」
「でも、それじゃあ、余計に自分に嫌疑がかかってしまうじゃないか?」
 小学生読者Aが叫んだ。
 ヒデさんの顔色が変わった。
「なぜじゃ?」
「何故って、Xの下にXが残っていたら、XXだとも考えられるけど、移動された場所であんなにすっぱりと斬れた切り口を見せられたら、普通は、物凄い剣の使い手が犯人だと思うだろう。そしたら、犯人はヒデさんしかないじゃないか?」
「う。恭介、そうなのか?」
 脳みその足りないヒデさんが、初めて気がついた目で、弟を睨んだ。
「いや。俺はそこまでは考えなかった。本当だよ。星矢がどれくらい推理力があるか試そうと思って」
「だからって、兄貴に嫌疑かかかるようなことをするなんぞ、いくら弟でも、許さねえ」
「あのねえ。そこまで考えられないヒデさんが、バカなの」と小学生A。
「お主――」
 キエ――。
 気の短いヒデさんの匕首が講堂の電灯で光って、僕は斬りつけられた。
 ――そんなあ。どうして、そうなるんだよう?

   4

 そこで僕は目が冷めた。場所は信州大学繊維学部の講堂の前で、周囲には関係者全員がいた。
 最初の夢に落ちる直前と同じ状況だった。
 何故か、猛烈に腹が立ってきた。僕は叫んだ。
「お前らなあ、勝手に人の夢の中で、謎解きをするな――」
「はあ?」
 全員がキョトンとした目をした。
「まず。沙耶。お前じゃ――」
 思わず呼び捨てにしてしまった。その後で後悔したけど間に合わなかった。
 沙耶さんの顔色がかわった。もうヤケクソになって、夢の中のことを端から喋り捲ってやった。
「お前は、講堂の後ろの会館の中でジャカード織り機やからくり人形を発見して、カラマリ姐さんのアリバイトリックを解いただろう」
 僕が指摘をすると、沙耶さんが目の色を変え、一目算に会館の二階へ走った。
 数秒後、窓が開いて沙耶さんが叫んだ。
「あったわ。ジャカード織りのプログラム化された穴明き板とからくり人形。それから、ベルトコンベア―。星矢、凄いわ。いつ、謎を解いたの?」
「だから、それは、夢の中で、沙耶さんが」
 何がなんだか、わからなくなった。頭が痛い。

 頭をふって、整理していると、黒装束の老人――沙耶さんのお祖父さん――まで現れた。
「そうじゃ。わしも主役の座を奪うぞ――。真田幸村の隠し財宝の謎を解くぞ――」
 沙耶さんのお祖父さんが叫んだ。
「嘘」
「あれは、簡単じゃ。金銀財宝よりも高価なもの。それは」
「そこまで」
 作者が次元の裂け目から落ちてきて老人の口を押さえた。
「それは、電子出版用にとっておこう。少しは謎を残さないと、売れないからな」
 作者の目配せに、沙耶さんのお祖父さんが不満げな顔で頷いた。
「まあ、良く分からんが、そういうことなら」
 お祖父さんが簡単に譲歩した。

 それにしても、僕は周囲の人間全部に怒っていた。僕をないがしろにして、どんどん謎解きをするなんて……。
 作者がまた口を開きかけた。
「そうだ。勇気の現在についてまだなにも報告してなかった」
「止めてくれ――。そこまで先走りをするな――。それは、僕がこれから調べてゆくんだ。僕から主役の座を奪うな――」
「おだまり。主役はわてじゃ――」
 作者の鉄拳が飛んできた。
「ぎえええええ――」
 草の上に飛ばされた僕は、そのまま卒倒した。

 そして、また目が醒めた。
「大丈夫?」
 さっき一旦醒めたと思ったけど、まだ夢だったのだ。
 最初の夢の直前の状態で、講堂の前ではヒデさんとカラマリ姐さんが睨みあっていた。
 ぼくを起した沙耶さんが、「じゃ、あたしは、カラマリがここを抜け出し謎解きをするから」と言って、会館を指した。
「待って。それは、さっき解けたんじゃあ……」
 言いかけた僕を、沙耶さんが不思議そうに見返した。
「カラマリが、ここを抜け出したトリックを? 誰が解いたの?」
 ――そうか。今までのは全部全部夢なんだ。じゃあ、僕が、みなの前でカッコよく謎解きをするチャンスはあるんだ。
 一人、ほくそえんでおもむろに立ちあがると、上田署の谷村警部補が血相を変えて信州大学の事務所から走ってきた。
「大変です。今、電話が入って、勇気君がまた誘拐されたとか」
「嘘だろう」と警部。
「確認してきます」
 谷村警部が走ってゆき、すぐに引き返してきた。
「間違い情報でした。小津安二郎監督からで、新しい映画の企画が決まって、その中で勇気君の誘拐シーンから始めたいとのことでした」
 汗を拭きながら報告する警部補に警部が欠伸をしながら答えた。
「こんな時に、紛らわしい情報を流すなあ」
「すみません。因みに勇気君は、赤坂夫人が小津安二郎監督のところに連れていったそうです。映画の主役に抜擢してくれといって」
「育ての親が死んだら、今度は産みの親がステージママかいな。勇気も先が思いやられるなあ」
「はい。でも、本人は『今回の事件を目の前で体験し、警部には溺死させる場面の演技指導もしてもらったので、主役はできる』と言っているそうです」
「おい、おい、まじめ過ぎるぞ。小学生くらいの時に反抗期を経験しておかないと、そのうち、自律神経失調症になるぞ。めまいと頭痛と、口を開けて、とろんとした目で、作者みたいになるぞ」
 ビシ。
 突然、次元の裂け目から作者の鉄拳が落ちてきた。

 警部が倒れると、磯田警部補が走ってきた。
「別の電話が入りました。今度は、湯西の死体が上がったとか」
「間違い情報ではないのか?この前も一回、偽装溺死事件をやっておるし」
「確認します」
 警部補が敬礼して走って言ったが、すぐ戻ってきた。
「どうだったのだ?」
「やっぱり映画の筋でした。湯西が自分から持ち込んだ映画の脚本らしいです」
読者。次元の裂け目から「一層のこと、作者が死ぬ夢から始めれば」
作者。同じく次元の裂け目から「ビシ」

(了)

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