『36』1話後半

前回までの話。ボストンの中心部で、狂犬病ウイルスの進化型ウイルスが撒かれる。第ニCTUの捜査員であるジミー・ミャウガーが、以前潜入捜査したことのあるテロリストが撒いた。そのテロリストから「強力なウイルスを撒かれたくなければ上司のシャ―ペーを殺せ」との脅迫電話がくる。


テロリスト「ジミー君だね。そうか。君は第ニCTUの隊員だったのか? うちにパソコン修理で来ていたときは、プログラマーだと言っていたが」
ジミー「プログラマーだよ。嘘は言っていない。だが、どうして、ここが第ニCTUだと分かったのだ?」
テロリスト「簡単さ。君の使っているケータイは僕がプレゼントした奴で、GPU付きだし、こっちには追跡装置があるんでね」
ジミー「しまった。だが、俺はここにもパソコンの修理で来ているだけで」
テロリスト「まあよい。弁解はそれくらいにしな。それより、君にプレゼントがある。後1時間もしたら、ボストンで今朝の百倍も威力のあるウイルスを撒く予定だ」
ジミー「止めろ」
テロリスト「といわれて止めたらテロリストとしての存在意義はなくなる。止められない。だが、上司のシャーペーを殺せば、七本あるウイルス容器のうちの一本の隠し場所を教えてやらないこともない」
ジミー「本当か?」
テロリスト「テロリストに二言(にごん)はない」
ジミー「分かった。一時間以内にシャーペーの死体をお目にかける。どこへ運べば良い」
テロリスト「分かり易い場所だな。野球場の前が良いかな? 部下を確認に行かせる。本人かどうか、死んでいるかどうか、きっちし確認させるからな。ごまかしは通用しないぜ」
ジミー「OK。それしか方法がないのなら、心苦しいが、実行する。任せろ」


シャーペー「嘘だろう。そんなに簡単にテロリストに屈してどうする。痩せても枯れても第ニCTUだぞ。テロを封じこめるのが仕事だろうが」
ジミー「だが、何万人もの命を引き換えにはできない。心苦しいのですが、何とか協力を。球場の側まで行くだけでも良いです。あっちについてから、何か別の手を考えますから。絶対に上司を殺しはしませんから。死ぬマネだけでも」
シャーペー「マネだけで良いのなら、俺に変装した別人をつれて行け――。それに、本人かどうか確認までするといっているんだぞ。ごまかすたって、どんな方法があるって言うんだーー。俺は重要人物なんだ――」
ジミ―「だから、向こうで考えますって」
シャーペー「嫌だ。俺は嫌だ。お前はそう言っていて、いざとなったら、俺を殺すに違いない。絶対に嫌だ――」
 シャーペーはいきなり逃げだした。



 ジミーはシャーペーを捕まえてシャーペーの部屋から引っ張りだした。
ジミー「みっともないですから、とに角、行くだけいってください」
第ニCTUの裏出口では中学生のジョンがシャメの準備をしていて、暴れるシャーペーをカシャ。
ジョン「これで、シャーペーは名誉の殉職だね」
シャーペー「誰か、こいつを殺せ――」


約一時間後。球場近くの廃屋ビルの中。
暴れ、泣き喚くシャーペー。
ビルの外には、テロリストの部下の車が待機している。
シャーペー「わしゃ、死ぬのは嫌じゃーー」
ジミー「みっともないですよーー。これだけ考えて他に方法がなかったじゃないですかーー。ボストンにあの百倍もの狂犬病ウイルスをまかれても良いんですかーー。数千人が死にますよーー。ボストン市民のためですよーー」
シャーペー「わしじゃなくても良いはずだーー。別人を殺せーー」
 パンパンと銃を撃つ音がする。

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 ジミーが走り出してくる。腕から血を流している。
「駄目だ。こんなにも往生際の悪い奴だとは思わなかった。見てくれ。撃たれちまった。死ぬところだったんだぜ」
  ビルの中からは、なおも泣き叫ぶ声。
ジミー「ケータイを隠してきた。机のかげにはダイナマイトも置いてきた。俺は、ボストン市民のためには約束を守る男だぜ」
 ケータイを見せると、喚いているシャーペーの声と、時には姿もチラッと映る。
ジミー「ケータイが起爆装置につながっている。これから信号を送れば、ドンだ」

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 ジミーが#を押す。
 ドーン。爆発音がし、へやの中で大爆発がおこり、ケータイの隅をシャーペーの腕と頭らしきものが掠め、ケータイは途切れた。
ジミー「しかたがなかったんだ。シャーペー、往生してくれ……」
テロリストの部下「後は、死体を回収して、指紋で本人確認をするだけだ」
ジミー「俺が?」
部下「そうだ。他に誰がいる」
ジミー「ちょっと待ってくれよ。今、人を一人殺したばかりだぜ。それも上司だ。ショックが大きすぎて、すぐには。あ、お前も一緒にきてくれ」
「しょうがねえなあ」

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二人は階段を上って、爆発のあった部屋に行った。そこは、肉片と肉塊と血の海だった。
部下「これじゃあ、死体の回収は無理だなあ」
ジミー「ああ。だが、ここに片腕だけは残っている。これで指紋確認はできないか?」
部下「そうだなあ。本人確認さえできれば問題はない」
ジミー「おお。ちょうどここにシャーペーの財布が落ちている。お、中にクレジットカードがあるぞ。当然ながら、シャーペーの指紋もあるだろうから、こっちの指の指紋と照合してくれ」
 テロリストは、両方の指紋を確認した。一致した。
部下「だが、これだけでは、完璧とはいえない」
ジミー「な、何だって? これだけ揃えば充分だろうが」
部下「お前が細工をしていないとも限らない」
ジミー「それは神に誓ってないって」
部下「そうかな? じゃあ、こっちの指紋と照合しても問題はないはずだ」
 一枚の紙を取り出す。
部下「これは、今日、こっそり、シャーペーの家に忍びこんで、持ち帰ってきたレターの下書きだ。これと照合して合えば、これは間違いなくシャーペーの腕。したがって、飛び散った肉片はシャーペーの物と断定できる」
 ジミーはギクっとするが、部下はさっさと照合をする。
部下「合致した」
 ほっとするジミー。
部下「これで一つのウイルス容器の隠し場所だけは教える。だが、俺がつかまっても困るので、俺がテロ組織の本部に帰って報告してからだ」
ジミー「約束が違うぞ」
部下「約束を破るのはテロリストの常識だ。じゃあ、CTUに帰って待ってろ」
ジミー「くそう」

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第ニCTU
トニー「ジミー。うまくゆきましたね」
ジミー「ああ、優秀なCG技術者がいたからな」
ジョン「な。僕がいて良かっただろ。それにしても、あの腕は本物だったの? それとも指紋まで偽造したの?」
ジミー「敵を騙すためには、多少の犠牲は必要だったんだ。忘れろ」
 ジョンが再度質問をしようとすると、トに―が口をはさんだ。
トニー「ジミーに会いたいと美人がやってきてますよ」
美人「はーい。ジミー。潜入先で会ったキャシーよ。あなたに一目ボレしてしまったの。ボスが出かけてチャンスだったから逃げ出してきちゃった」
 ジミーが、キャシーを利用できないか考えていると、ジミーのケータイが鳴る。テロリストからだった。
テロリスト「約束を守るのは、テロリストの掟に反するから」
 いいかけたテロリストを遮って、ジミーは目でキャシーに合図した。ジミーの意図を察したキャシーが、すかさずケータイに向かって泣き声をあげた。


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キャシー「パパー、助けてーー。さらわれたの――」
 それを聞いて驚いたテロリストが少し顔色を変えた。
テロリスト「ようし、約束を守ったようだから、一つだけ、ヒントを与えよう。不本意だが、キャシーがそちらにいる以上仕方がない。ウイルスの隠し場所は、ジミーの頭の中にある」
ジミー「どういうことだ」
テロリスト「『JFK』をみて思いついたアイデアだ。後催眠だよ。次の言葉を言ったら、覿面に思いだすからな。合言葉は”キロロ”だ」


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 その言葉を聞いたとたんに、ジミーは、ワンワンと吠えはじめた。
 20分後、再度テロリストからケータイが入った。
テロリスト「どうやら苦しんでいるようだな」
ジミー「助けてくれーー。ワンワン」
テロリスト「かなり遠くまで逃げたから、本当の合言葉を教えよう。本当の合言葉は”バウリンガル”じゃ」プツ。
 

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 その言葉を聞いたとたんに、ジミーは蛇のように体をくねらせ始めた。
ジミー「シューシュー。ぐるじい。助けてくれーー」
 キキが赤ちゃんをあやしながら、アイデアを出した。
キキ「こっちにはキャシーがいるのよ。本当の合言葉を教えなきゃキャシーを殺すって、ネットで流したらどう? テロリストはキャシーを愛しているようだし」
トニー「それが良い。キャシーにはまた泣きまねをしてもらおう」
さっそくネットでキャシーの泣き顔をながした。
すぐにテロリストからケータイが入った。
テロリスト「キャシーと交換なら、本当の合言葉を教えるぞ」
ジミー「俺がキャシーに変装して会いに行くぞ。小型マイクと小型スピーカーをしこんでゆくから、声をキャシーが流してくれ」

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テロリストが指定してきた場所で、会うジミー。
テロリストは、不審気な顔で、新しい合言葉を言った。
テロリスト「合言葉はチャウチャウだ」
 すると、急によだれがだらだら流れ出した。
テロリスト「あ、お前はジミー」
 ジミーは逃げ出した。テロリストは追いかけてきたが、日ごろ訓練をしていないので、倉庫の中で撒くことができた。
 ジミーは隠れて、キャシーにケータイを入れた。すると、キャシーがバウバウという言葉を思い出した。
キャシー「たしか、ボスのノートにキロロ、バウリンガル、チャチャウの後に、バウバウって言葉が書いてあったような気がするの」
 その言葉を聞いたとたんに、ジミーは5ケ所の名前を思いだした。それは、球場の食堂やトイレなどだった。
 早速、その場所にはCTUの署員を派遣して、容器を回収させた。
 しかし、まだ2箇所が思い出せない。
ジミー「他に言葉は書いてなかったのか?」
キャシー「そうねえ。ミャウミャウって書いてあったような気もするけど」
 それを聞いたジョンが、「中学校だ」と叫んだ。
ジョン「うちの中学校、ミャウミャウ中学と言うんだ」
ジミー「そこなら、ここからすぐだ。俺が行く」

29
 一方。倉庫でジミーを見失ったテロリストたちは、一足先にミャウミャウ中学に忍びこんでいた。
 そこへジミーがかけつけた。
ジミー「手を上げろ。さもないと、銃弾をお見舞いするぞ」
 しかし、部下を数名連れていたテロリストは、逆にジミーを拘束してしまった。ジミーは動物飼育用の檻に入れられ、腕には、ウイルスの時限爆破容器を装着されてしまった。鉄製の檻の中で、鉄の鎖のついた容器を嵌められてしまったのである。
テロリスト「キャシーをさらったバツだ。そこでウイルスに感染して死ね。ちなみに俺たちが、逃げるまで、30分の猶予はある。せいぜい苦しめ。じゃあな」
 テロリストたちはにげてしまった。


30
 15分もすると、ジョンがかけつけてきた。
 友達を呼び集めて、まずは、鉄柵をチェーンソーで切った。技術室にあったチェーンソウーだ。
 しかし、手首の鎖を切断する余裕はない。

31
ジミー「助けてくれー―。俺は時限者爆破装置を解除する方法は知らないんだーー」
ジョン「時間がない。おーい、皆。例の物を空けろーー」
中学の友達「アイアイアサー」
 返事と同時に、ジミーの上からドボボボと柔らかいものが降り注いできた。石膏だった。
 ジミーは顔まで石膏にうずまった。

32
ジミー「息ができねえ。助けてくれーー」
 そうこうしていると、ボンと音がして、時限爆破装置が破裂した。
 ジミーは必死に顔の石膏をぬぐう。
ジョン「では、ゆっくりと、顔をぬぐってください。ボストン市民はパニックから救われたのですから、殉職しても本望でしょうが」
ジミー「いつか、お前を殺してやるう」


33
第ニCTU
石膏まみれのジミーが帰ると、ケータイが入った。トニーが取る。シャーペーからだった。
シャーペー「ジミーを出せ。ジミーを」
 ようやく石膏をほぼぬぐったジミーが出ると、シャーペーが怒鳴り始める。
シャーペー「お前さあ、片腕を犠牲にしたら、一生、美女に囲まれて、悠悠自適の生活を保証してくれると言ったよなあ」
ジミー「はい。長官。トニーがNSAの長官に協力に直訴して、そういう約束を取りつけましたが」
シャーペー「じゃあ、なぜ、ここには昔の美女と成形美女しかいないのじゃーー?」
 トニーがメモを見る。成形の所が折れていた。
トニー「すみません。些細なミスでして」
シャーペー「それから、ジミー、爆発から階段を上がってくるまでが早すぎるぞ。もっと時間を稼げと言っただろう。ケータイのCGは中学生が作成したんだから余裕だっただろうけど、あの部屋の”模様がえ”は俺がやったんだからな。いいか、俺は、君らが裏階段を上がってくるまでに、部下に麻酔をさせて、腕を切らせて、血糊をぶちまけて、小道具の作った服の歯切れや歯の断片や、特殊メイク班の作った皮膚の断片や肉の断片をばらまく仕事があったんだぞ。それも片腕でだぞ」
ジミー「でも、部下もおりましたし」
シャーペー「煩い。それに、ダイナマイトも多すぎだぞ。危うく俺は死にかけたんだだからな。とっさに棚の影に隠れて助かったが」
ジミー「まあまあ」
シャーペー「それから。本物の女を派遣しろ。若い美人の女だ」


34
キキ「ジミー。大変。最後のウイルス容器がボストンの郊外で爆発したんだって」
ジミー。プチッとケータイをきる。
ジミー「困った。そうだ、こんな時は」
キキ「こんな時は?」
ジミー「人間たちのやっている第一CTUに任せよう」
トニー「アイアイサー」
ジミー「それより、中学生はどこへいった? 一緒に帰ってきたはずだが」
キキ「今帰ったわ。母親に子供を返す時間だとか言って」
ジミー「自分の弟じゃないのか?」
キキ「さあ?」

35
 ジョンの家。
ジョン「はい、こちら、緊急育児相談所。ニミー・マイヤーさんですね。お子さんは、ジミー・ミャウガーの家の前にある籠に入っておりますよ。ええ、ここから見えますから安心です。お迎えに来てください。費用は五時間ですから二百ドルです。またのご利用をお待ちしています」
次の電話がはいる。
ジョン「はい、こちら、緊急育児相談所」
電話の声「あのう、ベビーシッターが急に来れなくなってしまって。そちらは緊急に子供を預かってくれるってネットの宣伝で見たんだけど」
ジョン「はい。大丈夫ですよ。今から三十分後に、ジミー・ミャウガーの家の前に置いといて下さい。すぐに保育担当のキキを迎えに行かせます。手紙も添えて。それから、これは忘れずに書いてください。『この子はジミ―の子供です。あなたが眠っているあいだにできた子です』と。ああ、深い意味は考えないで。これが合言葉ですから。それから、キキが来るまでは私が見張っておりますからご安心下さい」
 ジョンは、一旦電話を切ると、すぐにキキに電話をいれた。
ジョン「大変だー。君の家が火事になりかけているぞー―」 

36
ボストン中心の大病院。
美人レポーター「ナースさん聞きました?郊外で最後のウイルス容器が爆発したって」
ナース「聞いたわ。でも、このウイルスはすぐに重篤な状態にならないから、大丈夫。それより、チェリーが危篤状態なの。困ったわ。第ニCTUに電話しても、第一CTUに主導権が移ってしまって、テロリストもみつからないって言うし。せめて血清でもあれば」
レポーター「あ、そうだわ。ジミーは昔、潜入捜査中に、弱いウイルスを注射されて、人体実験されているの。ジミーの血なら、血清になるかも」
ナース「名案だわ。すぐに血清を採取してきて。彼女のほかにもこの病院で十名、ボストン郊外で数千人分の血液を」
レポーター「このくらいで間に合いますかね」
ナース「多分」(第一話。了)