霊魂浄化人・遺産


私・カトリーヌは霊魂浄化人をしている。現世に残してきた思いを晴らして成仏させる仕事である。今日も、富士山のちょっと上にある閻魔大王の第三執務室に依頼人が現れた。爺さんで北村と名乗った。
北村爺さん「死んで2ケ月くらい過ぎてしまった。下界を見て歩いていたのだが、昨日、子供の家を訪ねると、自分の家を売ろうとしている。あれは大きい家で、祖母の遺産だが、そこを売って、私の家に住む気らしい。因みに私は失踪したと思われているんじゃ」
私「自分の家だから問題ないだろうに」


爺さん「それが、そうもいかないんだ。あの家の天井裏には遺産が隠してあるんじゃ」
私(隠し財産かあ。それを少しお礼にもらって閻魔大王に渡せば、第二執務室へ格上げになるかも)
爺さん「隠し財産の話をして、家を売るなと伝えに行ってほしいのだが」
私は承知し、弁護士に変装して会いにいった。

私「少し前に君の父上に出会って伝言を頼まれたのだが、この家の天井裏に隠し財産があるんで、家を売るのは待って欲しいとのことだ」
息子「何が隠し財産だあ。家の隅から隅まで探したがそんな物はなかったぞ。大体、ギャンブル好きで一千万も借金を残して失踪した親父だぞ」
 息子は失踪したままだと信じていた。
息子「そんな物があったなら、失踪前にさっさと売って借金返済に充てているはずだろう。二ヶ月間、俺は毎日借金取りに責められて、夜も満足に眠れないんじゃーー。それに、親父の友達から、親父は死んだらしいって聞いたんだ。癌だと宣告されてたからな。ならば、親父の家は必要ない。俺がそっちに住むさ。そうすれば、借金取りからも開放されて俺は安心して眠れるんだーー。お前さんの出会ったのは偽者に違いないさ」
私「わかった。もう一度相談、いや、考えなおしてくる」
 私は第三執務室に戻った。


私「やい、嘘つき。隠し財産なんてなかったそうだぞ。本当のことを言わないと、相談に乗ってやらないぞ」
北村爺さん「悪い悪い。借金のことはコロッと忘れとった。死んだら記憶力が悪くなってのう。そう言われれば、ここ三年くらいは、ずっと借金取りに追われる生活だった。なんか、死んですっきりしたわい」
私「感想はどうでもいい。それより何故、あの家を売るなと言うんだ?」
爺さん「そやなあ。俺としては、そこまでして借金を返さなくても、他に方法があると思うんだ」
私「しょうがないだろう。お前さんの作った借金のために夜も眠れないんだから。他に方法があるか?」
爺さん「わしとしては、息子に自己破産を勧めたいんじゃ」
私「それが嫌だから売るんだろうが」
爺さん「は?」
私「だから、自己破産をすれば、生活の制限をされるのだ。新たに借金して事業を始めることもできない。生活費も制限される」
 私の言葉で爺さんの目の色が変わった。
爺さん「そうか。息子は借金を払った後、何か事業をはじめようとしているのか。それは応援せんとなあ。じゃが、あの家は売って欲しくないなあ」
 私はピンときた。
私「分かった。お前さん、あの土地に執着があるんだろう」
爺さんがギクっとした。
私「あの土地に何か埋めてあるんだろう」
爺さん「実は、借金の証文が埋めてある。子供はギャンブルの借金だと気が付いているようだが、親戚には保証人になって作った借金だと言ってある。俺は、少し馬鹿ではあるがお人好しの好々爺(こうこうや)として皆の記憶に残りたい」
私「嘘だろう」
 私はずばりと言ってやった。
爺さん「は?」
私「今までのお前の態度からみて、そんな好々爺でないことは確実だ。私の勘では、あの土地に埋めてあるのは、死体だな?」
爺さん「グ」

勘で言っただけなのに、当った。私ってサイコメトラーの才能もあるかも。
私「お前の殺した人間の死体か?」
爺さん「違う。友達に預かった死体だ」
私「は?」
爺さん「だから、これにはわけがあって」
 依頼人が口篭もった。
私「話してみい」

爺さん「五年ほど前、親しい友達が死体を埋めてくれといって、母の家に持ってきたんだ。その頃はまだ母の家で、母はもう呆けかけていて、俺は介護でしょっちゅうその家に出入りしていた。だから、このことは俺しか知らない。その時五百万をくれた。まあ、アリバイ工作も含めての金額だが。しょうがなく死体を埋めた。その金でパチンコをやって、倍くらいになったのが運の尽きで、それから俺のギャンブル人生が始まったんだ」
私「そうか。おふくろさんは、お前のギャンブル癖に愛想が尽きて、あの家を孫に渡したんだな」
爺さん「それもあるかなあ。遺言書を作成したのは5年前。ボケも酷くなくて。じゃが待てよ。その頃、五百万が手に入ったばかりだったから、まだギャンブル癖は酷くはなかった。あ、そういえば、遺言状を作成したとき、俺には小さいときから盗み癖があったから、罰として小さい土地しかくれないと言った」
私「小さいときから人の道に外れていたのか? ていうか、お前の職業は泥棒だったのか」
爺さん「ああ、とうとう喋っちまったぜ。それだけは隠しておきたかったのになあ」
私「待て待て。少し頭を整理する。つまり、お前さんは、若い頃から泥棒を生業(なりわい)としていたが、生活は地味で借金もなかった。しかし、五年前、友達から貰った5百万で一回大もうけをしてしまったのが運の尽きで、それから人生が狂った」
爺さん「そうだ。パチンコをして多少の借金があっても、次回勝てば取り返せると思うから、どんどん負けが込んでしまった。そういう気持ちがあるから、危険を冒す泥棒仕事などしなくなってしまった。ああ、たまにはしたが、数百万の金など、滅多に遭遇できるものではない」
私「なるほどなあ。考えてみると、死体が発見されたんじゃあ、息子に殺人犯だと思われてしまう。赤の他人の私が違うというわけには行かない。とりあえず、じゃあ、自己破産を勧めてみるよ」
息子にケータイをしてみた。

息子は私の怪しい態度に不審を覚え、私と同じ推理をしたのだろう。電話で、床下を掘り返したと言った。
息子「床下にはやはり死体が埋っていた。それも、発見しにくくするためか、ばらばらにして埋めてあった。お前の態度が怪しかったのは、死体の存在を知っていたからだ」
私「それは、ちょっと違う」
 息子は私の声を聞くと、私に食ってかかってきた。
息子「やい。偽弁護士」
私「は?」
息子「これは、お前が殺した死体だろう?」

私「違ーーう。なぜそう思うんだ?」
息子「お前の態度が不審だったからだ。あれはお前が殺した人間に違いない。引き取れ」
 私は慌ててケータイを手で覆って依頼人に聞いた。
私「あれは、誰の死体だ?」
爺さん「知らん。親しい友達が持ってきただけで」

 それを息子に電話で伝えた。
私「本当に、あれは私が殺した人間ではない。だが、埋めた人間は知ってる」
息子「そんなことはすぐに想像がつく。親父だろう」
私「どうしてわかる?」
息子「勘だよ。親父はお人よしで、そういう難問を押し付けられると断れなかった。だから、埋めたのは親父だと推理した。では、親父に死体を押し付けたのは誰だ? 死体のことを知っているのは親父とお前だけだ。だから殺して親父に死体を押し付けたのは、お前しかいないだろう」
私「待ってくれ。それは違う。私は、つい最近親父さんに逢って、遺産相続の件を頼まれただけだ。それにその死体はかなり旧いものだ。少なくとも五年前。私はその頃は日本には居住していなかった」
 すでに霊魂浄化人となっていたのだから。
息子「そうか。最近出会ったということは、死ぬ気で旅行に出た後、弁護士に遺産相続の件を頼んだってことだな。では、殺しをして死体を押し付けた人間がいるのは間違いないな。では、その死体を押し付けた友達については何も言っていなかったか?」
私「時間をくれ」
 とりあえず電話を切った。
 地上を映すモニターの向こうでは、息子が怒り狂っていた。

息子「糞う。あの偽弁護士。こんな死体があったんじゃ、この土地は売れないじゃないか。それに、俺が殺人犯として調べられるじゃないか。そうだ、親父の悪友だ。昔、銀行強盗した悪友。あいつが仲間割れして殺したに違いない。あいつの土地に埋め返してやる」
私「なかなか良い発想じゃないか。お前の息子にしては」
爺さん「な、なかなかやるだろ」
私「そういう、問題じゃないが、応援するとするか。で、お前に死体を押し付けた悪友の名前を教えろ」
爺さん「は?」
私「息子も言っていた。その悪友が殺したんだろう。私は息子の考えに賛成だ。悪友にはバツを与えなければな。それに死体がなくなれば、土地は売れる」
爺さん「そうだ。じゃが、友達の名は言えんなあ」
 爺さんは何かを隠している。悪友なのに、何を隠している?
 そこへジョゼフィーヌが入ってきた。私のライバルである。自分に任せてくれと言った。

 ジョゼフィーヌは息子の所へ行った。
 息子は五年前の新聞をインターネットで調べていた。
ジョゼ「私は弁護士カトリーヌの友達。仕事を引き継いだの。話は聞いたわ。何しているの?」
息子「ああ。俺には監察医の友達がいて、骨の状態を教えてやったら、五年くらい前の死体だろうと言った。だから、悪友が関わっていそうなその年の事件を調べているんだ」
ジョゼ「それで、何かわかったの?」
息子「ああ。親父の交友関係を考えたら、悪友が一人いた。友田だ。あいつなら、殺人を犯して死体を押し付けるようなことはする。ありうるな」
ジョゼ「どういう悪友なの?」
息子「ああ。銀行強盗をしたとの噂がたったくらいの悪人だ。それに親父の親友だった。その上、親父は人が良いから、昔から友田の頼みなら断れなかった」
ジョゼ「ふーん。で、その友田が殺人犯だという確証はあるの?」


息子「ああ、ある。五年前の十月に銀行強盗があった。正確には十月九日に銀行強盗があって、その時に喋った犯人の声が友田に似ていたという証言がある。友田はその前にも銀行強盗をしたんじゃないかと噂があった。だが、両方の時に、アリバイがあるので、逮捕されなかった。まあ、両方の時にアリバイの証言をしたのが親父なのだが」
 息子は新聞の記事をさした。地方紙で、かなり詳しく出ている。依頼人に金を渡して偽証をさせたに違いない。
息子「この死体は、銀行強盗の仲間で、仲間割れをした結果だと思う。五年前の親父の介護日記を見たら、十月十日に、ここに来たと書いてある」
ジョゼ「几帳面だな。泥棒の癖に。あ、いや、何でもない」

息子「泥棒。今泥棒と言ったよな。親父はやはり、泥棒だったのか。そうか。そうじゃないかとは思っていたんだが、やはりな」
ジョゼ「知っていたの?」
息子「なんとなくな。セールスマンだと言っていたが、売っている商品を話したことがなかった。給料明細も見たことがなかった。それに、俺の友達は、自分の親父が上司や同僚の悪口を言うと言ったが、内の親父は、一度もそんな話はしなかった。それに、たまに希少なコインや切手や宝石などが増えていた。しかし親父にそういう趣味はなかった。これらから推理される結論はなんだ。会社に勤めていなくても、金が入る。たまに希少なコイン、切手、宝石が増えていた。つまり泥棒としか考えられないだろう」
ジョゼ「そう。嘘はつけないもんね。それより、五年前の十月十日にここに来たのなら、その日に埋めたんでしょうね」
息子「ああ、銀行強盗はその前日だ。一億が盗まれている」
ジョゼ「そう。じゃあ、五百万はその一部か」
息子「五百万がどうかしたか?」
ジョゼ「いや、親父さんが、じゃない。この死体が自分で喋った。五百万で埋められたと。私がサイコメトリングで読んだところによると」
息子「そうか。整理しよう。親父は友田とは親しかったんだよ。で、銀行強盗の後、急に金使いが荒くなった。しかし、銀行強盗に参加するほどの勇気はなかった。そこで、アリバイ証言だけを頼まれて五百万をもらったと推理した。まさか死体の処理を頼まれたとは思わなかった」
ジョゼ「なるほど。でも、父親だから問いただせなかったんだ」
息子「当然だよ。それよりあんた、親父とどこかで知り合ったのか? 親父は癌でもう余命わずかと宣言されたんで、遺書を残してどこかへ消えたんだが」
ジョゼ「は?どういうこと? というより、まだ遺体は返っていないの?」
息子「そうだ。だから失踪だと、前の弁護士にも言っただろう」
ジョゼ「ちょっと、失礼。頭を整理してくる」


 上空。
私「どういうことだ?」
爺さん「だから、どこかで殺されたか死んだようなのだが、記憶がないんだ。それで、そっちも解決して欲しいのだ。つまりで、どこで死んだか?」
私「別料金だよ。でも、まあ、遺族からもらえばよいか。で、最後近くはどこにいたんだ?」
爺さん「友田の妻と会っていたような気がする。で、したたかに酔って、途中から記憶がない」
私「なんで、友田の妻なんかと?」
爺さん「そりゃあ、好きだったから。それに余命わずかなら、最後はあの妻に会って死にたいと思うだろう」
私「判った。それで、友田に何かを頼まれると断れなかったんだろう」

爺さん「まあな。友田だけの頼みでは簡単には引き受けなかったが、面倒な件になると、必ず、妻がお願い、と泣き声で電話をかけてきたから。俺はあの妻の体だけには弱いんだ。渋い顔をすれば必ずベッドインしてくれたし。ああ、あの体だけはもう一度抱きたい」
私「阿呆か。わかった。じゃあ、友田が殺したのは間違いないから、友田の家に死体を突き返せば問題は解決だな。そうすれば、あの土地から死体はなくなり、数千万で売れる。そもそも、友田の庭に埋めるべき死体だったんだよな」
爺さん「まあな」
ジョゼ「じゃあ、そのように言うわ」

ジョゼフィーヌ息子に逢う。
息子「考え直したが、それだけじゃあ生ぬるい」
ジョゼ「なぜ?」
息子「良いか。友田はまだ生きている。老いぼれて死にそうだが、まだ死んではいない。で、我々が死体をこっそり庭に埋めるとするだろう。もう友田も長くないから、数年のうちには死ぬだろう。で、問題はその後だ。ここに友田の妻がいるんだ。ものすごい金使いの荒い妻で、年に十回はハワイやオーストラリアに行くんだ。夫が死ねば、妻は金欲しさに自分の土地を売るだろう。そうすれば、工事のときに庭から死体が発見される。で、死体の身元を調べて、歯形から、銀行強盗の仲間だと割れるだろう。新聞にはこいつにも前歴があって、調べを受けたとでているから。ここで、問題だが、銀行強盗は兎も角、殺人犯は誰だとなるだろう。友田と妻だとなる。で、殺人の時効は二十年だから、友田の妻が逮捕される。しかし銀行強盗を夫に持つ妻だから、正直には言わない。俺の親父が殺し、友田の土地に埋めたと言うだろう。となると、祖母からもらった土地はまた殺人犯の息子の土地となり、売れない。ごちゃごちゃ言ったが、友だの妻に決定的にな罪を着せないと、こっちの得にならない。何か良い方法はないか?」
ジョゼ「判った。また相談してくる。じゃない。頭を整理してくる」 
ジョゼ「困った。」

依頼人の所に帰ると泣いている。
爺さん「息子も立派になったもんだ。自分の息子ながら、とても泥棒の息子には思えない」
ジョゼ「元はといえば、あんたの掘った穴だったの」
二人は頭をかかえる。
私「少し静観しよう」
ジョゼ「そうしよう」
息子は、何か作業をしてから友田の家に行く。
息子「今日は。ちょっと昔の話を聞きたいのですが」
友田「昔というと、銀行強盗か? 今だから言うが、お前の親父さんのアリバイ証言で助かった」
息子「まあ、それはそれとして」
友田「そうか。お前も俺の後をついでくれる気になったか?」
息子「ちょっと、違うんで」
友田「は?」
息子「実際に友田さんの奪った額を知りたい」
友田「三千万だが」
息子「新聞記事だと一億とでているが」
友田「それは、お前のお爺さんが、そうしてくれと頼んだのだ。欠損が七千万出ているからその処理のために三千万だけ盗んでくれと」

 上空。
私「ちょっとまて。あれは、お前の親父が頭取をしていた銀行か?」
爺さん「ええ、まあ」
私「じゃあ、お前たちがあいつに頼んで」
爺さん「いや、正確には、おれの親父が頼んで、銀行強盗をやってもらった。因みに弟が出納係長だった。俺は、うすうす勘付いていたから、弟にも口止め料を五百万ほどもらって生活をしていた」
私「では、弟の不正ではないか。元々は。で、何? 君は弟から援助を受けて暮らしていて、泥棒は趣味だったとでも言うの」
爺さん「その通り。それから、母からもらった小さい土地はアパートだったので、家賃収入もあった」私「で、銀行はどうなったのさ?」
爺さん「潰れた。というか潰した。弟は余った金でパチンコ屋を始めた。それよりも悔しい。弟も友田も豊かな暮らしをしていて、俺だけが借金取りに追われて、挙句の果てはどこで死んだのかも分からないなんて」


ジョゼ「待って。良いことを思いついたわ」
 ジョゼフィーヌの提案で、爺さんは友田の妻の枕もとへ化けて出てやった。
 妻は、ギャーと腰を抜かして次のように吐いた。
「あんまりしつこく言い寄って来たから酔わせて殺して狭山の山の中に捨てたのー。許してー」
 妻は怖がった。息子は、黙っているからといって五百万を要求すると、すぐに出した。
 早速死体を掘り起こして、今度は弟の土地に埋めてやった。そして、弟の枕もとに化けて出て、五百万をせしめた。

 今回の事件で私は教訓を得たーー家を簡単に諦めるなってこと。最後まで悪あがきをして、金を作れと。それを教えることが、遺産だったような気もする。
 依頼人は、友田の妻に殺されたことが余程くやしかったのか、毎日化けてでてやるーと叫んでおったが、霊魂は浄化されてしまったので、天国へ送られてしまった。死んでも死にきれないような悔しそうな顔をしていたが、これも人生ってもんだ。(了)