越境捜査、沈底魚、蜥蜴

『越境捜査』笹本稜平
内容。14年前、詐欺をやって12億円を隠しもっていた男(森脇)が殺され、12億円が消えた。で、現在。迷宮入り直前ばかりの捜査に回された主人公・鷺沼(警視庁所属)は、その事件を掘り起こすために、神奈川県警にゆき、内部調査課室長の韮沢警視を尋ねる。
 因みに、詐欺は、捜査二課の担当で、14年前、森脇の捜査は、警視庁の捜査二課にいた韮沢が中心となって行っていた。しかし、死体が発見されたのは、神奈川県警の所轄内だったので、殺人事件の捜査は、神奈川県警の捜査一課が行った。
 警視庁と神奈川県警は、犬猿の仲だそうで、当時も喧嘩別れの状態で、互いの情報はほとんど交換されなかった。
 ところで、14年前、韮沢はまだ警部で、地方公務員だったが、14年の間に順当に出世をし、警視正になり、自動的に国家公務員になったので、神奈川県警の内部調査課室長となって、神奈川県へ出たわけである。
 で、消えた12億円についてであるが、韮沢は、当時の神奈川県警の上層部が裏金として隠したのではないかと睨んでいる。
 これには根拠があって、当時、12億は警視庁には入らなかった。しかし、神奈川県警には、14年前から異例のスピード出世をした男がいる。香川義博といって、当時は、神奈川県警警務部長であり、裏金の管理者だった(これは、あくまでも小説の中の設定で、韮沢の推理だからね。現実とは関係ないから)。その後は、ごぼう抜きの出世を重ね、警視監となり、参議院議員に当選し、今では大臣の職についている。これには相当の裏金工作が必要で、それに、12億が使われたのではないか?
 でもって、韮沢の推理は、神奈川県警山下署、刑事課の宮野によって裏づけられる。
 彼は、署内のある呑み会で、例の金(12億円は、旧札で、銀行によって番号が控えられていた)が使われたのを目の当たりにし、自分の札とすりかえて、隠しもっていた。
 ところで、宮野は、賭け事大好き刑事で、静岡のヤクザと賭博をして、2億の借金を抱えていた。おまけに、最近、2億の生命保険までかけられてしまった。
 だから、どうしても、残っている裏金をかっさらって、借金返済にあてたい。
 最初、事件解決のつもりで首をつっこんだ鷺沼も、裏金が足のつかない金で、かつ、まだ相当額が残っていると分かると、にわかに、自分もその金が欲しくなる。
 しかし、この金を狙っているのは、他にも何人かいて、やくざなんかもからんできては、鷺沼の捜査を力で妨害したりする。
 おまけに、香川派は、この事実が発覚すると困る(大臣の椅子も危うくなる)ので、陰に陽に圧力をかけてくる。そうこうしていると、韮沢が銃撃されてしまう(瀕死の重傷)。
 で、宮野刑事の親しくおつきあいしているヤクザに頼んだりして調べてみると、どうも、香川派が命令したらしい。
 というのは、神奈川県警には、香川派と対立する松木派という一派があり、それが、香川派を追い落とそうとして、韮沢を送り込んだらしい。
 ところで、話は入り組んでいるんで、どーんと飛んで、森脇が殺された当時に戻る。その当時つきあっていた女性・中山につめよると、自分がはずみで殺してしまった(実は重症)と自供する。
 しかし、失神している間に、その当時別件捜査で中山に張り付いていた韮沢が、病院に運んでくれた。でもって、家に帰ると、死体はなくなっていた。金を入れたスーツケースはその前にどこかに隠されていたので、自分は知らない。
 このとき、もし、韮沢が12億をネコババしたのなら、今になって血眼で12億を探す必要もないし、香川が、異例のスピードで出世するはずもない。よって、次の推理が成り立つ。
 韮沢が中山を病院へ運んでいる隙に、さらに別件で森脇か中山を追いかけていた誰かが、重症の森脇を連れ出し、12億の隠し場所を聞き出し、ネコババし、森脇を殺した。
 それは誰か? まあ、金は最終的に香川派に渡ったので、香川派の身内の誰かなのだが、話はここで終わらない。更に、二転三転し、二億だけは、香川派が管理する裏金庫に納まっているらしいが、残りは行方不明。さて、最終的に残りを盗ったのは誰か?

感想。この人は、小説の職人さんですねえ。マエストロです。小説推理に連載された当時から話題だったと出ていますが、うなづけます。動(喧嘩や銃撃)と静(推理)が小刻みにくりかえし出てくるので、全然飽きないです。
 それに、登場人物のキャラも立っています。特に、賭博好きでおかまっぽくて、口の軽い宮野刑事は最高です。
 それに、普通の刑事小説と違って、捜査の目的が裏金の奪いあいだってところが秀逸です。小説推理は私も三次まで残ったことがありますが(私の出したのは短編の方ですが)、レベルは高いです。正直、面白いです。

『沈底魚』曽根圭介
内容は公安の扱うスパイの話です。
本当は取り上げるのは止めようかと思ったんですよね。ちょっと難解なんで。取り上げるとなると、どうしてもバッシングになってしまうから。バッシングはものすごく気を使うんですよね。言い過ぎちゃいけないし。取り上げないのが一番気が楽なんだよね。そういう意味では、帯の宣伝文句にだまされて買ったけど、取り上げなかった本は、数十冊はあるんだよね。
 でも、バッシングは、この前も言ったように、話題にならないよりは、ずっとまし。
 私も『ごくデカ』を連載していた当時(二年くらい前)「カラルイって知ってる?」「誰それ?」といわれるより、「『ごくデカ』って、滅茶苦茶」って言われるほうが嬉しかったから。なので、取り上げます。
 まず、言いたいのは、世間に知られてない隠語を使うときは、ふりがなを振ってくれーーってこと。でなきゃ、ハムラビ法典みたいで、意味不明になってしまうの。なにしろ隠語隠語の連続だから。それも、忘れたころに出てくるやつも多いし。
 選者は一日で読みきるだろうから、一回しか説明されない隠語の意味を覚えていられるかもしれないけど、一般読者は忙しいんだよ。一日じゃ読みきれないの。途中まで読んで、次の日が仕事だったりとかすると、Sとかデブリとか、その他の隠語の意味は忘れてしまうのですよう。
 そういう状態で続きにはいるんだけど、この本の場合は、一回以上説明はないし、ふりがなもないの。だから、自分のうろ覚えで読み続けるわけ。前に戻って調べるなんて面倒なことしていられないし。
 で、例えば、私の場合。
 ハードボイルドとか極道小説とか好きな読者は、S=スピード=覚せい剤=シャブってのが脳の芯にまで染み付いているから、Sってでてきたら、シャブだと思うわけ。
 だから、「Sの運用に失敗すると命にかかわる」って文章だと、「覚せい剤の売り先を間違えると命が危ない。下手をすると、ナマスに刻まれて(極道言葉は理解できなくてもよろしい)、東京湾に棄てられる」って意味だと思うわけ。
 それから、「CIAもSの運用には気を使う」なんて文章も出てくるわけ。でもって、おなじCIAでもラングレーとふりがなのついている奴とついていない奴があるの。で、これだけ隠語が多いと、ふり仮名のついてないCIAはもしかしたら、マフィアの隠語じゃないか、なんてことまで考えだすわけ。そうやって、自分なりの推理で読んでゆくと、スパイの話が、マフィアと極道の覚せい剤売買の話に化けたりするわけ。
 まあ、これは、極端な場合だけど。とりあえず、読者は隠語を覚えていてくれるほど暇じゃないということを念頭において、丁寧にふりがなをふってください。
 と、バッシングはここまで。で、これからが本題。この賞(江戸川乱歩賞)を狙う人は、絶対、これを読まなきゃだめ。こういう路線が、選者の好みなんだから。
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『蜥蜴』戸渡阿見(たちばな出版)
 短編の連作です。
この前も紹介したけど、この中の『雨』は、任侠言葉が出てくるし、途中から脚本形式になっちまうし、けっこう滅茶苦茶なので、絶対私の『ごくデカ』のパロディだと思いますだ。出版もされてないのにパロディが出た→嬉しい。ということで、またとりあげてしまいました。ものすごいえこひいきだす。
 他は、誰のパロディなのかは分かりませんが、ギャグと下ネタの連続で、超面白いです。

来週は、『アンフェアー』(DVD)『一瞬の風になれ』『暗礁』(読み終えられたら)の予定。どれも褒めるだけなんで、気が楽じゃー。