シリアルナンバー3、二回目

これまでの粗筋。
 紺野美理はパンジー教団で乳っこが暴走すて、不良を母乳本流で殺しちまう。同じ頃、へり護衛艦『はるな』では副艦長が殺されとるのが発見される。次女の由香里が午後7時に、艦長と砂川医官に「ずみずみ争う音がするだっきゃあ。みてくれなもし」と頼まれて来たが、副艦長室は鍵っこがかかっとって、先に艦長の襲撃体を発見すたのだ。同時刻、艦長も誰かに襲撃されとった。
 ・
第二章 

   1

 ――同日、午後八時、『はるな』
  艦長を送り出すた後、三女の紺野由香里は副艦長の部屋に戻っとった。
 副艦長の部屋では、砂川医官が酸素吸入器と電気ショックで副艦長の治療をすておった。
 こちらは艦長室ほどの惨状ではねかった。
確かに闘争の形跡が残っとり、入り口付近にブルーのガラスの破片が散乱すちょったが、血があまりねかったからじゃあ。
大木副艦長はドアん所に頭を置き、部屋の中に足を向け仰向けに寝かされとった。Yシャツの胸ははだけ、電気ショック時のゼリーが、濡れたように光っとった。
部屋は三畳くれえしかねえ。収納式ベッドや机もある。
そこに、身長が百七十以上ある副艦長が横たわっちょるのだから、部屋の床全部を占領しちょる感じじゃあ。
副艦長はベージュのバーバリのスーツを着用すて、お気に入りのフェラガモの靴をはいておった。
 髪の毛は明るい茶髪じゃ。基本的にヘア・ダイは禁止じゃから、ヘア・マニキュアだべ。
 明らかにこれから遊びに行く服装だっぺ。
鼻筋が通っとって一見ハーフに見らるる顔じゃ。女性にもてて、週末はほとんど外泊すとった。
 ガラスの破片は、机の上にあったオブジェで、犯人との争いの時に掴んだのじゃろう。
 左手の脇には携帯電話が落ちとった。
 一番異様だったのは瞼の上で、赤(あけ)えちっこい痣みてえなものがあったべえ。
 不ぞろいな出来物っちゅうか、焼けた針金を押す付けて火傷をさせたような、細いジグザグの痣じゃった。
 砂川二佐が副艦長の胸をはだけて治療を行っとったが、すでに副艦長の顔色は青っぽく変り始めとって、蘇生措置が無駄なのは、一目同然じゃった。
 廊下では隊員たちが色々な噂を囁きあっとった。
「レーザーかのう?」あるいは「最新鋭の秘密部隊かも知れへん」と言っとる者もいた。
 そん噂のある一隊は、昨日『パソコン修理の技官のグループ』と称すて乗艦すて、倉庫にパソコンやレーザー光線銃入りと思わるる箱を運び込んだ。
 だけんど、その後離艦すて、今日は不在だ。
(彼らは今日は来てねえだ。倉庫の鍵もロックされたまんまで、彼ら以外に開けることはできねえ。せば、凶器は新兵器ではねえ。ならば犯人は誰だっぺえ
 由香里は詮索すたくなったが、殺人犯を特定するほうが急務なんでー、そっちは後回しにすた。
 
 暫くすっと、調査課の人間たちが桟橋からやってきた。舞鶴基地にいたようじゃった。
 日系二世の橘カール二尉、土屋一尉、小池二佐じゃった。
 カールの第一声は次だった。
「へーイ。エブリバディ。ボーイズ&ガールズはどこにトゥギャザーしてるんかいや?」
(ルー語だべ)
 由香里の感想を察知すたのか、来宮三佐がすぐに説明すた。
「カールは、小せえ時に、アメリカで育ったせーでえ、たまに英語が混じんだ」
 じゃが、由香里は再度思った。
(ルー語だっぺえ
 甲板の上は、ロープで囲われた足跡が舷側の鉄階段の下まである。
 由香里が待機しとって、注意を促すて、ついでに隊員の撮った足跡の写真を渡すた。
 カールたちは大股でロープを跨ぐと、甲板を抜け一階の水密戸をくぐった。
 艦内に戻るとざわついた雰囲気じゃった。
 警察にはまだ報せてねえ。自衛隊・調査課にも面子があるんで、一応、犯人の目途がついてから、報告するのが通例じゃあ。
 二階部分の廊下には、白衣を着た砂川が待っとった。 
 由香里が艦長室へ案内すると、土屋一尉はカメラや他の器材を持ちこんだっぺや。
 じきに白(しれ)え手袋をすて、指紋の粉をふりかけ、撮影用のライトを点け、シャッターの音が鳴り始めた。警察の鑑識に当る役じゃあ。
 よれよれの背広、剃ってねえ髭。三十歳くれえ。一週間ほど実験をやっちょる大学院生に良く似ちょる。血糊の広がる艦長室を迂回すて横切り、軽いフットワークで仕事をこなしちょる。
 同じく三十くれえで足が長くて神秘的な緑の目のカールが監察医だっぺや。
 土屋は生き生きと走り回っては、上官の小池に指示を出し始めた。
 小池二佐は四十歳ほどで、毛の生え際に微かに白髪が混じりかけちょる。細い枠の眼鏡がずり落ちそうじゃ。
 土屋が写真撮影しちょる間にカールが携帯用のパソコンを取り出すた。
 携帯電話に接続すると、ドイツ語の情報が次々と流れ込み始めた。
 救急病院から送られてきたカルテの写しだと思われた。
 カールは土屋や小池その他に向かって、カルテの翻訳を始めた。
「ええと、ヘッドエンド(頭頂)部にショット(打撲)痕、側頭部には、罅が入るほどのショット(打撲)痕。ネック(頸)部には索状痕、ブレスト(胸)部には、長さ十センチ深さ五ミリの刺傷。レフト(左)のリスト(手首)は、鈍器で殴られて骨が破砕。フェイスには銃把で擦ったような擦過傷。ライト(右)の頬にも打撲痕。さらにレフトのエルボー(肘)の関節が脱臼。極めつけはライトのふくらはぎ上部から踝にかけて。およそトゥエンティ(二十)センチのショット・ウーンド(射創)。射入口はふくらはぎ上部。レフト・アキレス(左足首)の捻挫部分は添え木があるが、イエスタデー、治療済み」
「立て板にウオーターじゃ」 
 由香里は舌をまいただ。
 カールは日本語に翻訳し終わると、唸り声に近い声で呟いた。
「よくこれだけのウーンド(傷)をゲット(負い)しながら、リブ(生き)していたもんですねえ」
 手袋を嵌めながらパソコンをしまいかけたカールに来宮三佐が応えた。
「へえ。発見が早かったんで。紺野事務官が発見したんでのす。簡単に説明してあげーや」
 来宮に促されて、由香里は極めて簡単に説明すた。
「『ずみずみ、大木副艦長の部屋で不審な物音がするぞなもし』と言われたんで見に来たんでがんす。香川艦長と下の階にいた砂川医官の両方からの艦内電話で言われますただあ。その直後、副艦長の携帯からわだすの携帯に『助けて』と電話があったでがんす。じゃがあ、来てみると、大木副艦長の部屋は鍵がかかっていたのす。だもんで、すぐに香川艦長の部屋を開けたでがんす。こちらは鍵はかかってのうて、そこで艦長の襲撃体を発見すたって訳で」
「すると、香川艦長は、ユーがデスカバー(発見)するジャスト・ビフォー(直前)に襲われたんだね」
 カールが自分のコメントを述べた。
「甲板上の足跡からして、犯人は、桟橋から濡れ甲板を通り、階段を上って侵入して犯行を犯し、同様の経路を伝って逃げたと思われっすなあ」
 後ろから来宮三佐が口を挟み、小池が今受け取ったポラロイド写真を差し出すた。
「フットプリント(靴跡)は辛うじて撮影できているようだが、土屋君が割り出したリザルト(結果)では、マーダラー(犯人)のものと思われるシューズは官製品だ。サイズはトゥエンティ・セブン(二十七)だ。犯人特定には役に立ちそうにない」
 小池が写真を証拠品の袋にしまった。
「それと、マーダラー(犯人)はグローブ(手袋)をしちょったのか、香川艦長のルームにフィンガープリント(指紋)もねえ。犯人像などに関しては、艦長が意識を回復してからでねえと、事情聴取できねえだのう」
 後ろから土屋が身振りを交えて説明する。カールの影響かルー語と生まれ在所の方言が混じっとる。
「甲板のフットプリント(靴跡)はマーダラー(犯人)の物と特定できるんだね?」
 カールが由香里をみつめて確認すた。
「そうでがんす。最初に艦長の襲撃体を発見すた時からありますただあ。一往復ですた。水密戸も開いてたでがんす」
「アンダーストゥッド(分かった)。バット、ミー(僕)らが来たとき、桟橋で艦長を運ぶ隊員とすれ違ったのだが、『桟橋にはフットプリント(足跡)はなかった』といってた。すると、マーダラー(犯人)は舷側からシー(海)に飛び込んだか、あるいは……。いずれにしてもマーダラーに関するニュース(情報)は、あちらのバディ(ご遺体)に訊くしかないですね」
 カールは由香里に「アフター(後)でデスカバーズ・タイム(発見時)のサーカムスタンス(状況)をモアー詳しくトークして」と囁いて、副艦長室のドアに手をかけた。

    2
   
 ――パンジー教団。十数分後。
 次女の紺野美理は寒気を覚えて目が覚めた。
 どこかの狭え部屋で、狭えベッドに横たえられとった。
 まだパンテだけのままじゃった。
 美理は寝台の上に上半身を起き上がらせた。
(さっきのは、何だったんだろべー?)
 自分の胸に手を当てて考えてみた。乳っこは普通の大きさまで戻っちょる。
 あまりでっけえほうではねえから、掌にちょうど入(へえ)るくれえじゃあ。
 どげん強く触っても、今は痛みも快感もねえ。
(乳っこが暴走したんかなやー?)
 それぐれえしか思い当たらねかった。ベッドから降りて部屋を見回すた。
 六畳くれえのでっかさで、ベッドのある以外の部分には畳が敷いてあった。
 畳の上には美理の服と持ち物一式が置いてあった。
 服を手に取り、同時に部屋の隅にあるベビー・ベッドに目をやった。
 中にはわらしが寝かされちょる。よく眠っとった。
 美理は服をはおって近づいてみた。
 生まれて半年くれえのわらしだった。おなごだっぺか?
 薄茶色のまき毛で、よく太ってめんこい子じゃった。水色のベビー服を着ちょった。
 美理はわらしが好きだった。
 そっと頬に触ると、すっとりすてツルツルの頬じゃった。
 美理は急に、なぜかそのわらしに母乳を与えてえと思った。
 そっとわらしの頭の下に手を入れると、あどけねえ瞳が開いた。
 わらしを抱き上げて乳っこに近づけ、そっとわらしの唇を乳っこの近くまで寄せた。
 わらしは、乳っこを求めて薄ピンクの乳っこにくらいついた。
 そんで、強く乳っこの先を口に含み、思いっきり強く噛んだ。
(いてえ)
 それが刺激となった。胸っこの奥からツーンと、熱っぺえ感覚が乳っこめがけて押し寄せて来た。
(何だべ?さっきのは、ちっとべえ違う感じじゃあ。だども……)
 戸惑っちょる間に母乳が溢れて、ポリポリと落ち、わらしのあごや頬を濡らすた。
 わらしが母乳を求めて首を前後に振った。
 美理は、おもむろに乳首っこを口に押し当てた。わらしは上手にそれを含んだ。
 わららしが強く吸い始めると、熱い何かが体内を走り抜けた。
 乳っこはむっくと膨れ上がり、じわーんと体の奥に熱さが広がった。
 すっとへー、わらしがもっと吸おうと、乳首っこをちいせえ歯で噛んだ。
 「痛(いて)え」
 美理は乳っこをわらしの口から放そうとすた。だども、乳っこは口から離れようとはしねかった。
(変じゃあ)
 最初はちっとべえ訝ったが、深くは考えねかった。
 まんずわらしを下に置き、次に自分の右手で乳っこを口から放そうとした。
 だども、無駄じゃった。体は放そうとしちょるのに、乳っこの先がわらしの口から出てこねえ。
 わらしは、嫌がって盛んに首を左右に振っちょる。
 美理が渾身の力を込めて乳っこを引き抜こうとすても、乳っこが、がんとして口からでてこねえ。
 今度は両手で乳っこを挟んで、引き抜こうとすた。
 だども、乳っこはさらに強力な力でわらしの口の中に入(へえ)り、小せえ歯に吸い付こうした。
 じょっぱり(いじっぱり)な乳っこじゃ。ものすげえ吸引力じゃあ。
 とうとうわらしが怖がって泣き声をあげた。
 美理は困って左手で乳っこをつかみ、右手の人差し指と中指をわらしの口の中に入れた。
 乳っこを歯からひっぺがそうとすたんじゃ。
 だが乳っこはまるで蛸の吸盤みてえになって、歯にくっついちょる。
 わらしが更にでっけえ声を上げた。叫び声に近え。
 美理のパニック係数は一挙に上がった。
 ついにわらしの胸に足をのせ、全身の力を込めて乳っこ吸盤を引き離す作戦に出た。
 泣かれようがどうしようが、他に方法がねえ。
 心を鬼にすて、片足を真っ赤になってわらしの肩に乗せた。
 痛くねえようにタオルを間に挟み、全身の力を込めて乳っこを引っ張った。
 すっとー、乳っこは、美理の決心に恐れをなすたのかー、ぐいーんと餅っこのように伸びた。
 瞬間、美理は後ろに倒れそうになったが、でっかく片手を回すて、倒れる寸前でわらしの上から足を外し、ガシッと足をふんばり足裏で畳を捕らえた。
 すっとー、乳っこは一瞬撓み、ギュッと湿った音を立てて、わらしの歯を放すた。
 それは、蛸があきらめて吸盤の吸引力を捨てたかに思えた。
 美理はちょっとほっとすた。だども、敵はそんな事では戦いを諦めはしねかった。
 今度は、わらしの顔の上に母乳を垂らし始め、その勢いは次第に強まっていった。
 立っちょる美理の胸から三十センチも伸びた乳っこは、白え液体を細い滝のように放出し始めただ。
 美理はまた慌てた。両手で乳っこを掴んで、溢れる母乳噴水を受け止めようとすたのだが、敵はもっとしたたかじゃった。
 乳っこの先が美理の指の間をかいくぐって、細く伸び、その先から四方八方に、母乳水流を噴射し始めた。
「やめてくんろ――!」
 美理はあられもねえ懇願の声を上げたが、噴出する母乳の勢いは止まらね。
 白い液体は、わらしの顔から頭から胸から畳の上から壁にまで降り注いだ。
 ついに美理は畳に這ったり壁に押すつけた。
 それでも、乳っこは噴射をやめようとはしねえ。
 むしろ面白がるように指の間をすり抜け、自由自在に伸びて、わらしの顔の上や部屋の天井にまで降り注いだ。
 白く甘え液体が、小さい口からあふれ、鼻の穴の中に侵入すて、髪をぬらすた。
 わらしがぼごぼと喉を詰まらせながら、一層でっけえ泣き声を上げた。
 美理は、とうとう座布団を自分の胸と壁の間に押しつけ、乳っこを圧縮しようとすた。
 その時だった。ドアの開く音がすた。
「入るわよ」
 明るい声とともに黒い服を着た女性が入ってきた。
 咲子研究員だった。
 美理はとっさに座布団をだいて、おなかが痛くて堪らねえっつう仕草をすた。
 乳っこの暴走は隠せねが、それが精一杯の芝居だった。
 だが、咲子研究員の姿を見ると、乳っこはすっと元に戻っちまった。
 予想すとったのか、研究員は部屋の中を見て、満足げに頷いた。
 畳の上が母乳の洪水状態で、ドアの下から外に流れ出すてた。
   
   3

 ――数分後、『はるな』
 調査課のカールと事務官の由香里が館長室に入(へえ)ると、砂川医官が敬礼すて立ち上がった。
 もう蘇生措置は諦め、機材をしめえかけとった。
「ずみずみ、経緯を説明するっきゃあ。七時に下の階にいた時に争う音が聞こえ、水野君にきてもらい、少ししてわーもこの階へ来たのきゃあ。でもってえ、水野君が艦長の襲撃体を指したのでえ、まず艦長室で重傷の艦長を検診したのさあ。脈はあったから直ちに搬送の手配をさせたのさあ。その間に食堂にいた連中に鍵を持ってこさせー、鍵のかかっとった副艦長室のドアをあけたがー。そんで大木副艦長の死体を発見したのっしゃ」
 砂川二佐が自分で動いた道筋を辿って説明すた。
「副艦長の体は、ドアに寄りかかるように倒れていたわにゃあ。脈を取るとねえ状態だったのお。襲撃後、被害者が自分で内側から鍵をかけたと推理したみゃあ」
「アンダースタンド」
 カールが嬉しそうに頷いただ。
「そこでわーは、迅速に人工呼吸などをしたのっしゃ。無駄だったけんど。同時に殺された経緯を推測してみただー。大木副艦長はドアを開けて誰かと会話をしとってえ、その最中に相手に襲撃され重症を負ったのっしゃ。相手は逃げたがー、また戻ってくる可能性もあるでー。とりあえずドアを閉めて携帯電話で助けを呼んだのっしゃ。つまり、副艦長は鍵を締めた後、携帯をかけドアの所で力尽きて倒れ死んだっちゅうこと。因みにわーがこの部屋のドアを開けたのは七時七分くらいだったにゃあ」
「つまり、マーダラー(犯人)は被害者とはフェイス・ノーズ(顔見知り)だってことですね」
 カールが副艦長室に入(へえ)り、横たわる死体を仔細に調べ始めた。
 まんず直腸の体温低下を調べ、「死亡推定時間はセブンPM (午後七時)前後のサーティ・ミニッツ(三十分)」と周囲の人間に告げて小型パソコンに入力すた。
「砂川二佐が、セブン・パスト・セブン(七時七分後)にはドアーを開けてデスカバー(発見)しているから、死亡推定時間はシッスク・サーティ(六時半)からセブン・パスト・セブン(七時七分)の間と限定できます。バット、検視では、エニーモア詳しくは出せないな」
 カールの横では、土屋が素早くすべての遺留品に指紋検出用のアルミの粉を振り掛けたり、指紋検出用のスキャナーを翳すて、写真撮影をしちょった。
 まっ先に携帯が白く覆われ、次には他の遺留品も全て粉で覆われた。早え仕事じゃあ。
 土屋の動きを追いながら、カールが死体の瞼の上のジグザグの傷に目を止めた。
「セブラル・サウザンド・センティグレード(数千度)に熱した針金をインサート(押し込ま)され、ジグザグに掻き回されたような感じですね」
 カールが細胞片を採取し、所持している携帯顕微鏡で精査すた。
「バーント(焦げている)。焦跡は、アイボール(眼球)の奥の方まで続いているようだ。これはレーザーじゃ」
 カールが間違えねえっちゅうトーンで告げっとー、砂川医官が応えた。
「わーも前に部品工場の事故で同じ傷を見ただっきゃあ。レーザーの種類は特定できるかのう?」
 頷きながらカールが、ダウンロードすてあった画面を見せた。
『人体はタンパク質じゃからー、熱が加わると変質すて固化しちまうだ』
 アップロードすた隊員もなまっとうようじゃ。
『アルゴン&フッ素混合気体から発射されるコンマ一九ミクロンのレーザー光は、角膜でよーけ吸収すて、断熱的に角膜を切断するが、その内部の部分には吸収されることねく透過する。だもんで、薄い角膜だけを選択的に切断することがでける。これは既に眼科医の間で活用されちょる。これより強えレーザー光で剥離しかけた網膜を眼底に固定する治療法もあるが、ちっとでも強すぎっとー、網膜を焼いちまうので、要注意じゃあ』 
 情報画面を読みながら、砂川医官がコメントすた。
「瞼と角膜に切断痕跡が残り、その奥の水晶体に変化はねく、奥の網膜に同じような切断および焦げた痕跡が見られるっきゃ。ずみずみ眼科手術用のレーザーに違(ちげ)えねえわ。器具は病院から盗み、マンモスでっかい出力で、眼球の奥の視床下部や旧脳などを焼き切ろうとしたのっしゃ」
 懐かしか言葉に、思わず由香里の頬が緩んだ。
 後ろから来た小池も土屋と一緒にパソコンを覗き込んだ。
「アルゴン・フッ素・レーザーか。ホスピタル(病院)から持ち出したプロスペクト(可能性)はビッグだな。エニウエイ(ところで)、レーザーメスはこの艦にあるのかのう?」
 小池が来宮三佐に問い掛けた。だども来宮三佐は、硬く顔の筋肉を引き締め、砂川医官を振り仰いだ。
 例の『レーザー機銃を装着した人間兵器』の件は、自衛隊研究所の極秘機密じゃあ。
 二人は口止めされとるんじゃろう、しんばらく顔を見合わせとったが、やがて揃って首を横に振った。
「アンダーストット(了解)。自衛隊はシークレットが多いから。バット、いずれはっきりさせまっさ」
 カールが事務的な言葉さ吐き、チラッと由香里を見た。
 自分が尋問されるべーと予感すた由香里は、咄嗟に応えをシミュレーションすた。
(眼科で使われちょるレーザーメス程度なら、最新鋭のレーザー兵器とはいえねえ。せば、さっき調査官が言ったように、誰かが病院から盗み出すたものに違えねえだ。ならばー、計画殺人だへー。当然逃げる途中で海に捨てたのだっちゃ。わだすも倉庫の中の物については知らん振りをすっぺ)
 そう決心すた由香里は自分も犯人推理をすべーと周囲を見回すた。
 入り口には、血液の付着すたガラスの破片があり、血が斑点状に飛び散っとったので、入り口で殴られたに違(ちげ)えねえ。
 部屋の中には机と造り付けのロッカーや移動式の小物入れがある。
 中に入(へえ)ったカールが自分の推理を語り始めた。 
「砂川医官のリザルト(推測)に間違いはなく、マーダラー(犯人)は被害者の知り合いだろう。被害者たちは入り口でトークをしている間に口論になり、マーダラーはレーザーのスイッチを入れ、レーザー光線が発射された。レーザー光線が発射された時、至近距離だったので、大木副艦長はとっさには動けず、アイボール(眼球)を焼かれた。レーザーを凶器にセレクト(選んだ)したのはホワイ(なぜ)でしょうか?」
 カールが振り向くと、砂川は応えた。
「ずみずみ、盗難経路を辿らせねえためだや。拳銃ならば発射痕から銃が特定されちまうけんど、眼科のレーザーメスなら、どこの眼科の物でも同じだみゃあ」
「イエス。バイ・ザ・ウエイ(ところで)、被害者はレーザーのライトはルックしたが、一瞬、レスポンス(反応)が止まり行動がインポシブルだった(起こせなかった)。バット、微妙に動いた。それが瞼の上のジグザグの焼痕となって残った。レスポンス(反応)がストップしている間に旧脳をバーント(焼か)された。セイムタイム、ハンドにもっていたガラスのオブジェを奪われてヘッド(頭)を強打された。マーダラーは致命傷を与えたとシンク(判断)し、ドアから出た」
 旧脳には呼吸などをつかさどる中枢などがあるだー。
「香川艦長も襲われていることからシンク(判断)して、マーダラーは次には艦長を襲うスケジュールだった。故にデッド(死んだ)かどうかを確かめるタイムはなかった。これでパーフェクトだと思ったのだ。艦長まで襲うにはそれなりのリーズン(理由)があったのだろが、ニュース(情報)不足だからアフター(後で)シンク(考え)しよう」
 カールの言葉を聞きながら由香里もその先を推理すた。
 この後は砂川医官の推測と同じじゃあ。副艦長は犯人が帰って来ねえようにドアに鍵をかけ、携帯を探すて助けを呼んだが、自分でかけた鍵のせいで救出が遅れ、死に至ったに違(ちげ)えねえ。
 カールが次に副艦長の左手の脇に落ちちょる携帯電話を指すた。
「ディスイズ、大木副艦長のですね」
 由香里は答えた。
「へえ。副艦長のでがんす」
「このモバイルフォン(携帯)で、由香里君にヘルプ(助け)を求めたのだね」
 カールが白い粉に覆われとる携帯を拾いあげた。
「へえ。最初はへえ、艦長と砂川医官から艦内電話で『ずみずみすぐ来てくれー』っと呼ばれー、次には副艦長から『助けて』と携帯があったでがんす」
 カールが「送信履歴にあるのは、プロバブリー(多分)由香里君のだね」と言いつつスイッチを入れた。リダイヤルすっとー、由香里の携帯が鳴った。

   4
 
 ――数十分後。パンジー教団
 どのくらい経ったじゃろう。次女の紺野美理はうとうと状態から目をさますた。
 薬品でも嗅がされたのか、眠っちまっとった。
 さっきとはまた別の部屋で、ベッドの上じゃった。
 今度はパジャマを着せられちょり、ふと、乳っこの先に痛みを覚えた。切られた部分だ。
(化膿すなきゃええけんど)
 パジャマのボタンを上から二つ外して、そっと乳っこの先に触れた。バンドエイドが貼ってあるだけだが、切られたのがほんのちっとだったから、痛みはちっこかった。
 起き上がろうとすっと、ベッドサイドに誰かの気配を感じた。
 後ろを振り向きつつ見上げると、枕元に黒ずくめの男が立っとった。
 黒のテロっとすたシャツと黒いスーツと黒いサングラスだった。どうみても、普通のサラリーマンには見えねえ。
 目を凝らすて見ると、空手でもやってそうに、がっちりすた体格だ。
「気が付かれましたかな?」
 唇だけに薄ら笑いを貼っつけた男が、親しげに片手を差し出すた。
 が、状況を把握できねえ美理は固まっちょったた。男は薄ら笑いのまま嘯いた。
「先程は、咲子研究員と、目の毒になるような光景を繰り広げてられてましたねえ」
「ああ、あんたは、さっきの」
 男はカーテンの後ろに隠れとった奴じゃった。
「はい。それで、早速ですが細胞分析をいたしました。うちの研究所にあるレーザー斜光暗視野顕微鏡と共焦点レーザー走査顕微鏡では特別な組織は発見されませんでした」
 黒ずくめの男は、手に持った資料をぱらぱらと捲った。相変わらず唇の端っこだけをめくる笑いを浮かべて、目を細めちょる。
「しかし、他にも世間には赤外線顕微鏡、紫外線顕微鏡、走査型電子顕微鏡透過型電子顕微鏡などもあります。これらは大学の研究所や科学警察研究所にありますから、適当な理由をくっつけて、分析を依頼することにします」
 男は資料をパサリとベッドの上に投げ捨てっとー、片膝をベッドの脇に乗っけた。
「ですが、これらでの分析には少なくとも一週間はかかります。我々はそんなに悠長なことは言っていられません。そこで」
 目の奥に笑いさー押す込めた男は、顔を近づけ、好色な目付きで美理の胸っこをねめつけた。
「そうなると生身の肉体の反応を調べ、あなたの乳の分析を進めなければなりません」
 男は面白(しれ)げに目を細め、遠慮しねーでベッドの端に腰を下ろすた。
「あなたは、ロシアと北朝鮮の国境付近で遺伝子ウイルス薬を注射されたのだとか」
 男の口調がちっとべえ変った。
「まんずまんず。その時は、なんも変化はねかったんでがんすがあ」
 美理は反論すたかったが、おっかねそうなんで頷いた。
「我々も同じ研究をしています。兵器になります。パンジー教団が資金を提供して設立した機関なんですが。当然名前も公表されていません。極秘プロジェクトなんでしてね」
 気持ち頭を後ろにそらせた男は、おっかねえ外見とは不釣り合いな丁寧語で説明をすた。
「咲子女史はその機関の一員というわけですな」
「待ってくんろ。じゃあ、さっきの電動の舌はわだすの乳っこを誘い出す道具だとすても、わだすの体が兵器だなんてえ」
「いえ。まだあなたは大切な研究材料。決して粗雑には扱いませんから、ご安心ください」
 男は極めて深く瞼を下ろすて、強引に美理の手を掴んだ。
(だども、研究材料と呼ばれるからにゃあ……)
 美理は、おっかねくて、逆らえんでー、男の行動に従っちょった。
「我々は、地上には地球人の感知できない生物が潜んでいると信じています。あなたは遺伝子ウイルス薬によって、その生物にされたのでしょうが、今回はその研究するまたとない機会だとも信じているわけです」
 敵がニッと笑いかけた。
「そったら、兵器だの感知できねえ生物だとかあ」
(もう何が何かわからねえだあ)
 混乱すてー、頭を抱えた美理を無視すてー、男は自説を繰り広げる。
「おっと、遺伝子操作生物に関してはご存じないでしょうな。八百比丘尼とかろくろっ首とかかぐや姫とか、昔から人間界を賑わしているでしょうが。あれはすべてそのような生物だと考えています」
 彼は片目をつぶったが、美理はまなこを見開いたままじゃった。
 冷徹な狂気を皮膚の下に押す込めた顔がおっかねくて、身動きができねかった。
「急には信じられませんか。もっともウイルスの宿主に意識はありませんから。では、ダイニングでゆっくりお茶でも飲みながら説明しましょうか。どうせ今日はあなたの護衛なので」
 薄ら笑いを取り戻すた男が、握っちょる手を放すてー、ぽんぽんと美理の肩を叩いた。
 男は勝手知ったる我が家っちゅう感じでキッチンに入(へえ)った。
 逆らうことのできねえ美理はこわごわと男に付いてキッチンに行った。
 黒ずくめの男はキッチンに入(へえ)ると、突然態度を変えた。
「ところでシャブを試してみたくはないですか? 何もしないなんて、退屈でしょう」
 キッチンで立ち止まって、男が嬉しそうに囁いた。
「やんだ。待って、麻薬はやんだよ。それに色々あり過ぎて全然退屈してねえからご心配ねく」
 同時に立ち止まった美理は、必死になって頭を横に振ったが、男は美理の言葉など無視すて薄く笑っちょるだけじゃった。
 男はふっと顔から表情を消すて、立ち上がって寝室に向かった。
 不気味なもんを感じた美理は、キッチンの扉から逃げ出そうとすたが、鍵がかかっちょった。
 焦った美理は扉の前(めえ)で振り向いた。
 寝室への扉は開けっ放しで、扉の向こうに男の姿が見え、机の上の箱の蓋を取った。
 でっけえ蓋の下にゃあ、紫色の注射器が二本入っとった。
 シルクのシャツをテロリと光らせて、男は無造作にそれらを取り出すて、振り向いた。
「実は私、さっきからずっと試してみたいと思っていたことがあるんです」
 恐怖にかられた美理は一、二歩退いた。
「お分かりかと思いますが、あなたの胸は、興奮すると暴走するんですよね」
 男が二本の注射器を片手にもって、一歩、美理に近寄った。
「じゃからって、何なのへー?」
 美理は胸っこを押さえて、後ずさりしようとすたが、後ろは扉だった。
 それでも、ちっとでも男から離れようと、キッチンの壁伝いに移動すた。
 男は糸のように細っこく目を細め、美理の後を追っかけて来た。
「私は、一度はシャブを打った女としてみたかったんですよ。どうでしょう。これは又とないチャンスですし。あなたも欲求不満を解消できるでしょうし」
 殺意すら感じさせる顔で、男がまた一歩前に出た。
 鼻息が荒く、走った後の馬みてえにひゅうひゅう音っこを立てとった。
「ま、待って。やんだよ。それにわだすは欲求不満ではねえし。今夜、あまりにも色んなことがあり過ぎて……」
 唇を真っ白になるほどきつくかみ締めた美理は、また一歩下がった。
「だが、君の体は今日は一回も興奮してない。絶対に欲求不満のはずだ」
 黒ずくめの男は美理をテーブルの側に追い詰め、肩に手を置いた。
「違っぺ。違うっぺ。わだすは欲求不満でもねえ」
 逃げっぺともがきつつー、美理は肩にかかる男の右手を払いのけようとすた。
 だども相手はプロレスラーみてえに強かった。
「違おうが、違わなかろうが、お主に選択権はないんじゃい」
 男の口調ががらりと変わり、左手の注射器を、美理の胸っこに押っつけた。
 ひやっこい感触が美理の胸っこに伝わってきた。
「さあて、次はお尻を出してもらおうか」
 男の右手が穴を穿ちそうな勢いで美理の肩をつかみ、机の上に倒そうとすた。
「待って、待ってくんろ。わだすの胸っこは特別だの。妖精が魔法をかけたのす。あるいは座敷わらしが魔法を」
 パニックになった美理は、無我夢中で口走っとった。
 信じるのは無理だろうと分かっちょっても、言わずにはいられねかった。
「は――っはっはっはだ。妖精が魔法を。こりゃ傑作だ」
 予想どおり、男が呆れたような顔をすて上を向いて笑った。
 豪快な心の底から沸きだす笑いじゃった。釣られて男の力が一瞬、緩んだみてえに思えた。
 その間隙を逃がさず、美理はテーブルの下に逃げようとすた。
 だども次の瞬間には、倍の力で胸ぐらを掴まれた。
「おい、姉ちゃんよう、そんな寝言で、大人が騙されると思とんのかい」
 男は凄みながら、美理の体をベッドまで引きずっていった。
「やんだ。やめてくんろ。お願(ねげ)えだ。普通のキッスならすっから」
 美理は男の心を変えさせようと、心にもねえことを言ったが、男は嘘っこだと承知のようだった。
「ふん。お前(めえ)がやりたくもねえ男とやるような玉じゃねえのは、今までの行為がきっちり証明しているんだよ。いいか、自分が何をしたか思い出してみろよ」
 怒りでうっすらと汗を浮かべた男は、美理の胸倉を掴んでベッドに頭を押っつけた。
「まずは、教祖の長男の頭を、母乳水流で演台に叩き付けて殺した」
「そ、そんな。わだすにだって、どしてえ、そげになったのかまるっきり分からねのでがんす。無理にやるなんつうから、おっかねくて、死にそうにおっかねかったら、ああなっただけなのだっきゃあ」
 美理はあらんかぎりの力で首を振り自己弁護をすた。
 だが男は薄ら笑いをすちょるだけじゃー。
「それから次は、赤んぼうのいる部屋で母乳洪水をおこした」
「だから、それは妖精が魔法をかけたからで……」
 美理は頭の隅では、こげな弁解では無理だと思いつつも、つい同じ弁解をすていた。
「へい、へい。ねえちゃん。いつまで寝言を言ってるんじゃい。大人を嘗めるんじゃねえぜ。そんなことで、長男を殺した言い訳が立つと思うとるんかい」
 ヤクザの本性を剥き出しにすた男は、プロレスラー並の力で美理をベッドに押っつけて反転させた。
 尻っこを上に向けたのだ。次いでパジャマのズボンのゴムの部分に手をかけた。
「でも本当なのしゃー。本当に妖精が」
 パニックに陥った美理は、渾身の力をこめて説明しようとすた。
 色っぺえしぐさで断りゃ良かったのだが、興奮しすぎで、そっただことは思い浮かばねかった。
 美理は泣きながら「妖精が妖精が」と繰り返すた。
 男は一層怒り狂って、美理のズボンを尻っこの途中までずり下げ、一本の注射を、尻っこに打とうとすた。
 それでも美理は必死で腰を振り、逃れようとすた。
(助けてくんろ……)
 恐怖で真っ青になった美理の喉から、掠れて声にならねえ悲鳴があがりかけた。
 男の力は争えねえ。美理の顔は深く布団に押っつけられて、息もできねえ状態だった。
 ついに意識までもが朦朧とすて、針の先が震える皮膚を割って中に侵入すようとすた。
(駄目だ……。どうしようもねえ)
 美理が覚悟を決めた時、強烈な衝撃が乳っこに生まれた。溶岩噴出に負けねえ衝撃だった。
(何? 何? 何? 今度は何だっぺ?)
 美理はパニックに陥って、ベッドのシーツをおっ掴んだ。
 フワッと体が浮いたような気がすた。
 さっきよりも数段強え、一万ボルトの電流のようなもんが全身を貫いた。
 すっと……尻っこを押さえ込む男の力がすっと抜け、同時に注射器がことりと床っこに落ちる音がすた。
「な、な、何だっぺやー……?」
 一瞬なにが起こったか分からねかった美理は、無意識に胸っこを押さえた。
 両手を放すたはずなのに、体はベッドの上に落ちねかった。
(嘘だっぺ……)
 おっかなびっくり自分の胸っこを見た。
 と、そこからギューンと、蛸の足のような物が伸びとった。
 蛸の足は伸びて、ベッドの上でU字型に曲がり、上に伸びとった。
(まさか……)
 美理は慌ててベッドから転がり出ようとすた。
 だが、自分の胸から伸びる乳っこから強力な抵抗を受けた。
 反射的にベッドの布団を掴み、恐る恐る天井を見上げた。
 そこには美理の胸っこから伸びた蛸のように強靭な乳っこがあった。
 竹のように強靭に伸び上がり、男の首ねっこに巻きついて食い込んじょった。
「う、ぐぐぐ……」
 高く釣り上げられた男の顔は紫色に膨れ上がっとった。
 男の両方の手が首ねっこに巻き付いた蛸型乳っこを解こうと、必死の抵抗をすてた。
 だども美理の乳っこはなおさら力を増すていった。
 男の首と顔に紫色の血管が浮き出すて、血管の弁の部分が瘤のように盛り上がった。
 男の舌っこが苦しそうにはみ出すて唇の辺りをさ迷った。
 真っ赤から紫に顔の色を変色させながら、男の双眸は蛸のように飛び出すた。
 ズボンの裾からは、べこのおしっこそっくりの黄色い液体が流れ出すた。
 美理の蛸型乳っこが最後の力を振り絞った。
 瀕死の男は二、三回、両方の足で空を蹴った。
 が、ついに首の骨が折れたのか、一瞬静止するとがっくりと首を垂れた。
 すっと、乳っこがするすると降り、男を床の上に下ろそうとすた。
 だども寝室はベッドでほぼ占有されていた。
 蛸型の乳っこは男の体を部屋の入り口まで運び、敷居の上にどさっと置いた。
 首から上だけ紫に膨れ上がった死体は、頭を百八十度以上回転させちょった。
 胴体からは尿を、頭部からは鼻汁と血泡だらけの唾を流失させとった。
 乳っこは見る間にいつものでっかさまで戻っておった。
 美理はすんばらく放心状態で、床に座り込んじょるだけじゃった。
 二、三分くらいすて急に腹っこが空いてきたんでー、死体を跨いでキッチンに行った。
 冷蔵庫を開けてチーズをみつけ、袋を破ってそれを手に取り、口に突っ込んだ。
 チーズを頬張った。表面は冷てえ感触だったが、すぐにぬるっと溶けてー、うめかった。
 ドアホーンが鳴った。反射的にドアを開くと外には咲子研究員が立っちょった。

(続く)やっぱしー、二章続けてはしんどいので、来週は三章だけの予定だのす。それから文太語が大々的に出てくるのは後の章ですた。