シリアルナンバー3、三回目

これまでの粗筋。
 紺野美理はパンジー教団で乳っこが暴走すて、不良を母乳本流で殺しちまう。同じ頃、へり護衛艦『はるな』では副艦長が殺されとるのが発見される。次女の由香里が午後7時に、艦長と砂川医官に「ずみずみ争う音がするだっきゃあ。みてくれなもし」と頼まれて来たが、副艦長室は鍵っこがかかっとって、先に艦長の襲撃体を発見すたのだ。同時刻、艦長も誰かに襲撃されとった。
 その後、美理はまた乳っこが暴走して教団員を絞殺しちまう。同じ頃、『はるな』には調査課の人間がやってきて調査をし、凶器はレーザーメスだと断定する。

第三章 

 1

 ――午後九時、『はるな』。
 調査課のカールと由香里は艦長室に戻った。まんだむっとする血の匂いが強く残っちょる。
「あんのう、艦長の襲われた拳銃は見つかったんでがんすか? 揉み合っとって腹のほうから足首に向けて発射されたようだすがあ」
 後ろからきた小池二佐に問い掛けると、小池も頷き重てえ声を押し出すた。
「ウイ・ファウンド(見つけた)。シグサワーだ。自衛隊の支給品だ。艦長のをルックアウト(探し出)したと思われる」
 カールは、副艦長殺害の様子を推し量っちょるようじゃった。
「マーダラー(犯人)は副艦長をレーザーメスでマーダー(殺害)しようとした。動機は不明だが計画性ありありだ。それにマーダラーはインサイド(内部)に詳しいパーソンと思われる。ビコーズ、隊員が出払っているサタデーを見計らってダン(やって)している。ジャスト、イエスタディ、艦長は怪我をしてルームから出られないし、セブン(七時)なら全員ディナーでルック(目撃)される危険性も少ない。にしても、ホワイ(何故)、こんな珍しい凶器を使ったのか? どこかのホスピタルからストール(盗ん)して副艦長に横流しでもしようとし、揉めてマーダーしたのだろうか?」
 カールが由香里の意見を求めちょるようじゃったんで、由香里は事務的に答えた。
「それも一理あるでがんすが、この推理だと、香川艦長が襲撃された理由が分からねでがんす」
 由香里が協力的でねえと思ったのか、カールは腰をあげた。
「エニウエイ、現段階ではニュース(情報)がトゥウ・リトル(少なすぎる)。先に進みたいのはダブルマウンテン(山々)だが、これ以上のシンキング(推測)は後回しにしよう」
 ところで『はるな』は練習艦になるんで、操艦や技術を教えるのに必要な隊員っきゃ残ってねえ。それに今夕は十名ほどっきゃいねえ。
 艦長室の傍の司令官公室で、小池二佐が、砂川医官から順に訊き取り調査を開始すた。
 司令官公室は、艦長室や司令室と同じフロアーにあり八人ほどの人間が座れる机がある。
 来宮三佐は、まだ興奮が冷めやらずう、由香里のそばに来ては、事件発生当時の様子を、何度も喋っとった。
「今夕は、全員にアリバイがあるでえ」
 由香里に同意を求める目つきになっちょる。
 司令官公室の端では、土屋が持参した顕微鏡などを駆使して、遺留品の分析をすとった。
暫くすっとー、カールが由香里を誰もいねえ部屋に誘った。
「隊員らの話だと、ファーストに、桟橋にフットプリント(足跡)はなかった。綺麗にスノウが積もっていた。ダークだったがミステイク(間違い)ない。さっきはシー(海)に飛び込んだかも、と言ったが、このコールド(寒)さであるし、本当はアウトサイド(外部)からのインベイド(侵入)はないと思っているんだ。ホワット・ドウ・ユウ・シンク(君の考えは)?」
話し方は柔らけえが確信に満ちた表情だった。
「内部犯ってことでがんすね。じゃが甲板上の足跡の問題が残るっぺやあ」
由香里は答えたが、同時に、そんな馬鹿なこってあるがや、と思った。午後七時の時点では全員のアリバイがあるでねえべか。
相手は黙っとった。由香里は軽く敬礼して部屋を出た。
 第一甲板の出入口とその上の階には禁足令が敷かれちょるので、隊員は誰もいねえ。
 昼間、遊んで眠りに帰ってきた隊員たちは、甲板での物々しい様子を目にすて、物問いたげな面持ちで、それぞれの部屋に向かっとった。
 由香里が扉を閉めようとすると、後ろからカールの声が追っかけてきた。
「ウエイト(待って)。ならば一つだけアンサーしてもらえる? まず、サタディ、土曜日に出勤だったよね。普通はサタデーはホリデーだよね。僕はアメリカでエレメンタリー・スクール(小学校)まで育ったので、それが凄い魅力で自衛隊をチョイス(選んだ)したんだが」
 カールの問に、由香里は微かに微笑んだ。
「わだすは月曜日に代休を貰いましただあ。何でも、土曜日には大事な用事があるとかでえ、艦長に『七時まではいてくれやー』と言われたでがんす。用事の内容は分かりまっしぇんが。だっでえ、食事も採らずに事務室で今月の諸手当を纏めていたのっさあ。もっとも、それが済んだら陸に上がるつもりだったでのす。せば、艦長の大事な用事って何だったんけー」
「その件に対しては、ニュース(情報)がリトル(少)ないのでアフターにシンク(考え)しよう」
 カールは先に進めた。
「でネクスト。思い出して欲しいんだけど、ユーが艦長と砂川医官から艦内電話を貰ってアップサイド(上)に行き、艦長の襲撃体をディスカバー(発見)した時、すでに濡甲板には往復したフットプリント(靴跡)が遺されていたと聴いた。スノウは降っていたんで、早い時間に外出した隊員のフットプリントのはずはない。となるとマーダラー(犯人)のフットプリントだよね」
「へえ。一往復ですたから、わだすもそう思ったでがんす」
「そう。ゼン(すると)、マーダラーは、ユーが駆けつけるトゥミニッツ(二分)ほどビフォーに二人を襲ったわけだから、ユーが走って上がる時には、ランナウエイ(逃げる)する途中だったとシンク(推測)されるわけで」
「へえ。そうですだあ。足跡を見た時、わだすもそう考えますただあ」
「そうだよね。ゼン、ネクスト。ユーは現場に行く途中に、甲板上を逃げるフットサウンド(足音)を聞いた? タイム的に考えて、セブン(七時)に戦いがあったのなら、ユーが駆けつける時には甲板上をランナウエイしていたはずだよね。で、甲板は響くから、聞こえたと思うんだけど」
 この問いにゃあ、由香里は、数分じっと考え込んだが、やがてきっぱりと答えた。
「いんえ、なんもなんも。何の音もせんかっただあ。三階分の鉄階段を登るんで二分くらいは要すたと思いやんすが、その間、波の音以外はしねかったでがんす」
「ほら、やっぱりアウトサイド・マーダラー(外部犯)説はデナイ(否定)されたじゃないか。ミーらも来た時聞いた話からインサイド・マーダラー(内部犯)だとシンク(考え)した。間違いないよ、インサイド・マーダーだ。ユーもここまできたらミーの説に賛成するね」
 カールが一旦言葉を切って由香里を正面から見つめ、由香里は渋々認めた。
「すると、甲板にフットプリント(足跡)をつけたのはフー(誰か)という疑問は残るが、それはニュース(情報)がリトルだから後にして、ネクストに行こう。ユーは、艦長と砂川医官、両方からの艦内電話で『不審な音がするぞなもし』と言われたとか」
 これは重要な点なのか、カールがゆっくり区切るように言った。
「へえ、そうですだあ。艦長と砂川医官からは艦内電話でがんした。相手の部屋のボタンが点灯すますたから、違(ちげ)えねえですだあ」
「そうか。ではネクスト。被害者の副艦長はモバイルフォン(携帯電話)だったとか。確か、副艦長にも『ヘルプ』というテレフォン・コールを貰ったんだよね。それもユーのモバイルフォンに」
「そうだす。その通りでがんす」
 カールは、どうやら携帯がマンモスでっけえ役割を占めると考えちょるようだった。
「ではネクスト。さっき副艦長のモバイルフォンでコンファーム(確認)済みなんだけど、被害者のモバイルフォンの送信履歴にユーのナンバーが残っていた。それで、ここからがプロブレン(問題)。副艦長のモバイルフォンを調べたら、副艦長の短縮にユーのナンバーは登録されていなかった。だが死に際にイミーヂアトリー(即座)にユーのナンバーをプッシュすることができた。つまりユーのナンバーをリメンバー(覚えて)していたことになる。ここでアスク(訊く)するけど、ナンバーチェンジ(番号交換)するくらい親しかったのかな?」
 この質問は、何を言いてーのか分からねかったので、由香里は正直に答えた。
「違(ちげ)えますだ。親しくはありまっへん」
 それを聞いたカールは暫く黙って考えていた。
「そうか。短縮にも入っていなかったし、モバイル・ナンバー(携帯番号)のチェンジもしていなかったのか。では、何でわざわざユーのモバイルフォンにかけてきたのだろう。なぜファースト(初めて)のナンバーを朦朧とした状態でプッシュできたのだろう?」
 カールはゆっくりと疑問を述べた。言われれば不思議じゃあ。
 副艦長がなぜ自分の携帯に電話をすてきたかは不明じゃった。由香里は教(おせ)えてねがった。
 それにー、副艦長は自衛隊のおなごにゃあ全然興味がねえらしく、携帯番号を聞かれたこともねかった。
 かかってきたこともねかった。キャバクラやクラブの女性とは、しょっちゅう遊んどるとは聞いたが。
 ま、それは後から考えることにして、動機だけはー、わかった気がすた。
 副艦長は遊びが派手でー、内部の皆にお金を借りとったのは知られとった。金銭がらみの事件に違えねえ。
 カールはずっと腕を組んで黙っとった。あんまりにも長く黙っとったんでえ、由香里は再考し、ふとある疑問を持っただー。
「もすかすて、おめえさんはわだすを疑っているんでねえか? 艦長の襲撃体についてはわだすが第一発見者だから、何か小細工をしたと。じゃが、はっきり言ってわだすのアリバイは動かせまっしぇん。わだすは七時には、艦長たちの艦内電話を事務室で受けたのでがんすから」
 意識的につっけんどんに言うと、カールが大きく腕を振った。
「いや、いや、それはシンク(考え)しすぎだ。ユーは鋭いが、そういうミーニング(意味)で聞いたんじゃないんだ。ミスアンダースタンド(誤解)をしないで。ミーはユーをサスペクト(疑って)してはいないかセイフ(安心)して」
 そうは言ったがカールはまだ黙ったまま見返しちょった。
 由香里は自分の無実を信じてもらえたか心配になった。
 何すろ第一発見者が犯人の可能性はかなり高えのだから。
 さらに気まずい沈黙にも耐えられず、秘密の件――人間兵器――を喋っちまうことにすた。
 眼科のレーザーメス程度なら、倉庫の秘密兵器とは関係ねく、どっからでも盗めるが、とりあえず、そちらに目を向けさせようと考えたのっしゃ。
「あんのう、例の凶器のレーザーの件でがんすが」
「ああ。眼科のレーザーメスだね」
「はい。実は、これは極秘の機密なんでがんすが、『レーザー機銃を装着した人間兵器』の研究が自衛隊研究所でなされててえ、昨日、それに付随する機材が倉庫に運び込まれたんだす。だども、今日は関係者は一人もいねぐってえ、倉庫にも鍵がかかっとって、出せねえんです。じゃから、それが使われた可能性はねえと思うんでがんすが」
 思い切って言い切ると、カールの顔がぱっと輝いた。
「センキュー。実はその部分のニュースが知りたかったんだ。どうもそっちのルーモア(噂)はあるが、エニバディ(誰)もティーチ(教えて)してはくれなくてね。そうか。ニュー・レーザー・ウエポンがあるんだ、この艦には。センキュー。でも、そのニュー・ウエポン(最新兵器)は、この際、関係ないな。何しろウエポン(凶器)は眼科によくある一般的なレーザーメスだから」
 カールは、『センキュー』と声を掛けて事務室を出ようとすた。
 安心した由香里は思い切って殺害の動機について述べた。
「あの動機なんでがんすが、はっきり言って副艦長は女遊びでお金がかかり、かなりの借金をしてただあ。動機は金銭がらみか強請りだと思いますだあ」
 カールはドアの所で「アンダースタンド」の印に大きく頷き、ドアをシャット(閉め)しかけたが、ワンス・モア振り向き、一言付け加えた。
「この事件のキーワードは『艦内電話』とモバイルフォンだね。実はファーストに説明を聞いた時から、トゥ・カインド(二種類)のテレフォンにサスペクト(疑問)を感じていたんだ。 艦長と砂川医務官は艦内電話。バット、副艦長はモバイルフォン。これではまるで、艦長と砂川医務官が、セブン(七時)に故意に自分のいる場所を特定させるために艦内電話を使ったとしかシンク(考えら)できない。それから副艦長のモバイルフォンは、故意に居場所を不明瞭にするためとしかシンクできない。ザッツ・オール」
 カールの姿が消えてから、由香里は、さっきの沈黙は、殺人事件とは直接関係ねく、自分に秘密を話させるための罠じゃったと悟った。
ヘッドにきた。
 この気持ちをなんつうだっぺか?
 イエスタディにリードした『ルー語大変換』つうブックをリメンバーしてみた。
 バイマイセルフ(自己)破産?
 違う。
 幼児バイオレンス(虐待)?
 違う。
 いじめスイサイド(自殺)?
 何でわだすが自殺しなきゃいけんのや。
 ベリー(超)うざい、デビル(鬼)むかつく?
 こんなとこかのう?
 いずれにしても、そげな単純な罠に簡単にひっかかった自分に怒った。
 思わずスチール製の椅子を投げ飛ばしただあ。 
 ガシンと音がした。
 椅子の脚が歪んだ。
 ちっとべえすっとしたんでー、『艦内電話』と『携帯』について考えてみた。
 そぎゃん言われれば、自分の携帯番号を同僚に教えたことはねえだ。
『はるな』に勤務すてから携帯番号を書いたのは、緊急連絡カードくれえで、それを見る機会のあるのは、艦長と砂川医官くれえっきゃいねえだ。
 由香里は唸り声を上げた。
「艦長と砂川医官かやあ。カールの言い方によれば二人の共謀の線はありありでねえべか。まさに寝耳にウオーターじゃ。いんや、藪からスティックかや?」

   2

 ――同日、同じ頃、パンジー教団。
 次女の美理は夢を見ているような気分じゃった。
 体の中が熱く体の表面はひゃっこく、夢と現の間をさ迷っているような感じじゃあ。
 見知らぬ部屋でベッドの上に寝かせられ、ピンクのネグリジェを着ておった。
 先ほどちっとべえ部屋を覗いた咲子研究員は、乳っこの暴走を確認すると、満足げな表情で「使えるわね」と呟いた。
 美理の胸がどぎゃんして暴走したのかなどは眼中にねえようじゃった。
 たんだ、この宗教団体の宣伝に使える、と判断すたようだった。
 多分、教祖が美理の胸に向かって掌をかざして、乳っこから母乳が噴出するシーンでも撮影すて、宣伝ビデオにするのだっぺー。
 自分が嫌だと言っても、向こうは無理にでもそれを撮影する気じゃろう。
(そげんこって、変なイメージができちまったら、女優としてデビューできねえべ)
 美理は逃げ出そうと考えた。だども眠り薬でも注射されたみてえで、意識はあるんじゃが、体が動かね。
(どしたらよかんべ? まあ、そのうち敵も油断するじゃろうから、その隙に逃げっぺ)
 とりあえず、美理は大変な問題を先送りすた。
 目を外に転じると、窓はいつのまにか開け放たれとった。
 冬にしちゃあ爽やかな風と、淡い月の光が流れ込んでおった。
「気が付いた?」
 どっかから甲高い声がすた。
 目を巡らすと、出窓に置いてあるジュモーの水汲み人形が目に入(へえ)った。
 陶器の顔と指で、年代物の服を着とった。
 人形はにっと笑いかけるように唇の端を上げっとー、掠れ声で囁いた。
「素敵な夜だのう。こげん素敵な夜は、月が魔法をかけるのっしゃー。わだす、知っちょるんだから」
 人形までなまっとった。
 人形は揺れる白いレースのカーテンの裾に、陶器のちっこい指を絡ませ、ウインクをすた。
「魔法って、これのこと?」
 美理は上半身をベッドの上に起こすて、自分の乳っこを指すた。
「んだ。月が魔法をかけたから乳っこが暴走すたの。正確に言うと、魔法をかけたのはわだす。月は手助けをしたの。ついでに言うけんど、わだすの名前はメリッサ」
 人形が生意気そうな声で、つんと鼻を上に向けた。
「そうだかあ、そうなんだへー。魔法だっぺー。ふふ笑っちまうだなあ。だども、どうせ夢なんだからへー、途方もねえ話でも信じるだべさ。メリッサさん」
 軽い気持ちで言い返(けえ)すと、人形・メリッサの目がギロッと睨んだ。
「言っておくけんど、これは夢ではねえのす」
 えれえ自尊心を傷つけられたような表情だった。
「分がったよ。夢ではねえ夢だね」
 まだ信じられねえ美理は慌てて訂正したが、それは反(けえ)って馬鹿にした言葉だった。
 メリッサの陶器製の目尻がキッと上に上がった。
「分がった。そんなら、いつまでも夢と思っていなせー。ところで、さっきまでは素敵な乳っこにしてあげようと思っていたけんど、方針を変えただ」
 メリッサが意地悪そうに軽く唇を噛んだ。
「へえ、どんな風に? 飛行機形の乳っこにでもすてくれるのかのうー?」
 疑心暗鬼の美理は、片手を頬にあてて斜に構えたままで答えた。
「もっともっと暴走する乳っこにしてあげっぺー」
 半眼に瞼を閉じたメリッサが、美理の顔を覗き込んで小っこく舌を出すた。
はえー、面白そうじゃん。やれるものならやってみれっぺえ
 挑戦するように見下げると、メリッサは無表情で指を上げて、美理の乳っこを指すた。
「美理のおっぱい、もっともっと暴走するおっぱいにな――れ」
 人形の指からレーザー光線状の光が発射され、ネグリジェの上から美理の乳っこを明るく染めた。
 すると、乳っこが東京タワーみてーに盛り上がって、ググッと迫り出すた。
 先は鋭く尖んがり、ピンクのネグリジェを突き破り、一メートルも前に突き出て止まった。
「ちっと待ってくれっぺよ。ちっと待って。今の言葉は取り消すでがんす。謝るぞな。御免なせえ」
 美理は慌てて立ち上がったが、尖んがった乳っこが重すぎて、自然と頭が下がった。
「すっかりおめえを妖精と信じただが。せば、せば、お願(ねげ)え。考え直して、新しい取引をしてくんろ」
 美理は、東京タワーのように尖っちょる乳っこを両手で持ち上げて、頭を下げー、メリッサに懇願すた。
「新しい取引?」
 メリッサが、興味を覚えた目で振り向いた。
「さいで。新しい取引。つまり、わだすはおめえさんを妖精として、地球人に紹介してあげるさー。誰だってこの乳っこをみれば、あめえが妖精だって信じるわー。勿論、わだすも信じちょるよ。そんで、地球で妖精は人気があるから有名になるわさ。その後、わだすにかけた魔法を解いて欲しいのさー」
「地球で有名になるだかのう……」
 メリッサが興味ありそうな顔をすた。
「さいで。有名になれば、お金ががんがん入ってくるしよー。毎日、贅沢な暮らしができるっす」
 美理は精一杯の媚びを込めてウインクをすた。
 が、相手は見下した視線を投げてよこして、「馬鹿みてえ」と、きっぱり言い放った。
「妖精にお金はいらねえの。なぜなら、魔法で欲しいものが何でも手に入(へえ)るから。故に抵抗は止めなっせー。所詮、無理だし。じゃ、これで交渉終り」
「そったらこったあ、一方的過ぎるぞな。そんなんじゃあ、いつか地球人に滅ぼされっだよ」
 懇願が駄目だと分かった美理は高圧的な態度に出たが、メリッサは動じねかった。
「ふむ。まあ、何億年も先なら可能かもね。だども今は全然レベルが違(ちげ)え過ぎるから、わだすの心配(しんぺえ)することじゃねえわ。それに、今のわだすはとても頭に来ちょるの」
 項の髪を振り払いながらメリッサは出窓で足を組んで座った。
「なぜなら、おまはんはさっきわだすを侮辱した。夢じゃねえのに夢だとゆった。その侮蔑的な言葉に対する罰は受けるべきだっぺ」
 明らかに軽蔑的な視線を送ってきた。
「それはだから……すぐには信じられねくて。だども、今は心底から信じちょるわ」
 美理は死に物狂いでメリッサの機嫌を直そうとすたが、敵は冷たかった。
「それに、もう一度言うけど、わだすは妖精。ちっとべえ退屈してて、意地悪な妖精。乳っこが暴走してあわてふためく人間が好きなの。だから、おっぱいさん、おっぱいさん、もっともっと凶暴にな――れ」
 彼女はさっきよりも一層激しく指を回すた。
 すると、乳っこに熱い棒を押す当てられたみてえな痛みを感じた。
「止めてけれ――」
 パニックになった美理は胸を押せーて転げ回った。
「ひひ、もう遅いだ。わだすは意地悪なの。あたふたする人間を見るのはで――え好きじゃ」
 そう高らかに宣言すながら、メリッサは消えた。
 同時に、頭が刺されるように痛くなった。
「た、助けてくんろ……」
 尖ったまんまの乳っこを持ち上げ、うめきながら、美理は意識を失った。
 ああ、この世はまさに、オランウータンがチンパンジーじゃ。
 
    3
  
 ――午後十時、『はるな』
 カールたち調査課では、パソコンと携帯を使い、広島にある自衛隊と三菱の合同研究所所属の勢多三等陸佐の携帯と結んで勉強会を開くことにすた。
 由香里もカールに是非と請われて参加すちょった。勢多は調査課の顧問じゃあ。
 カールたちのおる場所はブリッジじゃ。ブリッジは三階部分にあり操舵装置が並んどる。右左には赤と黄のカバーを掛けた司令や艦長の席っこがあった。
 小池二佐が急遽「勉強会を開くべ」と言い出すた。
「レーザー全般に関してモアー詳しい知識がねえと調査が進められねえ」とも言っただ。
 カールは「砂川医官と艦長がサスペクトフル(怪しい)」との推論を小池に伝えとったが、物証がねえ。
 砂川の部屋やその近くからレーザーメスの本体を発見せねばならねえが、でっかさなど、全般的知識がねえと、捜査が進められねえからじゃ。
 勢多は三十五歳で、広島の三菱研究所に在駐しとって、民間と共同開発中のレーザー機関砲の研究に従事しちょる。
 勢多はレーザーやロケットだけでねく、コンピュータ関係一般に詳しい。専門的な件を聞くと、即座に答えが返(けえ)ってくる。
 モニター画面の向こうに、やっとこさ汚れた白衣の勢多が着席すた。
 後ろには、説明のためか三菱研究所のレーザーが数種類、置いてあった。
 勢多三佐の前の机の上には、掌サイズのレーザー・ポインターがある。
 勢多が着席するとすぐに、小池が「どんぞ」と右手を軽く挙げ、それを合図に勢多は、淀みねく説明に入(へえ)った。
「遅うなり申した。さっき、橘調査官から凶器は眼科手術用のレーザーメスと聞きましたでのう。眼科手術用のレーザーメスの大きさは掌サイズですばい。そりゃあ、出力を調整するコンピュータは大きいがのう、それを外しゃあの話ですけー。今回は殺人目的で出力調整は必要ねえですばってん、本体だけで、サイズは掌くらいじゃのう」
 勢多は、三人の表情を読みながら、早口でレーザー発射装置の説明に入(へえ)った。
 彼は広島や九州を行き来しちょる。おまけに『新仁義なき戦い、組長の首』が好きなんで、二つの方言と文太語が混じっちょるようじゃ。
「まず、レーザー発射装置は、小型のもんから巨大なもんまで多種多様にあるさーねえ。小型のもんは、コンパクト・ディスクやレーザー・ポインターですばい。巨大なもんでは、厚さ十センチ以上の鉄の切断に使う装置があり、ほんなこつ大掛かりなもんじゃあ、原子力発電所で、ウラン二三五とウラン二三八の分離にも使う装置もありまっす。後者はトラック一台分ほどのどでっけえ装置が必要じゃきに。じゃあ、最も単純なレーザー・ポインターの説明からしましょっかのう」
 勢多は慣れた手付きで、レーザー・ポインターに指を伸ばすた。
「こりゃあ素人でも簡単に作れますちー。まず〇・〇五%くらいのクロムを含む人工のルビーを用意して下せえ。工業高校程度の実験室で良かですばい。それを直径一センチ、長さ五センチくらいの円柱にし、両端を磨いちー、反射率の高い金属の蒸着膜を付けちー、螺旋状にしたキセノン・ランプなどを巻き付けちー、周囲から強い光を照射しますばい」
 勢多は机の上に人工ルビーを出して置いた。
「すっと、波長純度のええ、指向性をもった、六九四・三ナノメーターの赤いレーザー光が出てきますばい。ええと、蒸着とは、真空で金属を付着させるこって、メッキみたいなものですちー。いっちゃん最初のレーザーはルビーから発見されたばってん、現在使われとるのは殆どが真空管を使ったものですきに」
 横に真空管のようなもんを並べた。
「こげん奴は真空管の中に気体を閉じ込めた放電管ですばい。アルゴン・ガスとフッ素ガスを閉じ込めた放電管の周囲を鏡状にすっとー、今回使用された外科手術用のアルゴン・フッ素のレーザーメスができ上がりますばい。電源はたんぱく質を切断するくれえなら小型の電池でOKですちー。ほんじゃあ眼科用のレーザーメスをお見せしますがのう」
 勢多はレーザーメスを取り出すて、研究員特有の青白(じれ)え指で電源を入れた。
 カールもレーザーメスの実験を見るのは初めてのようで興味深そうに見ちょった。
 勢多は今、広島の三菱研究所におる。
 部屋にはタバコの煙が充満して、その煙の中を一直線にレーザー光線が走り、三メートルほど離れた目標物に達っすた。
 レーザー光の当る場所には、牛肉の塊が二センチほどのサイコロ形に切って置いてある。サイコロ・ステーキの材料じゃあ。
 肉の上の面とレーザー光線はほぼ同じ高さで、光線が上の面を掠った。
 光線を照射された場所は箸の先ほどじゃが、一秒もするとジーっと音っこを立て、湯気を上げ始めた。
 一点が電子レンジの中で変化するように、紅色っぺえ黒から白茶けた黒色になり始めた。
 次第に細っこい溝っこが掘られて行く。
「本当は動物の眼球で実験してみたかったばってん、死亡した動物が、急には手に入らんかったんでー、これで勘弁して下っせえ」
被害者の頭の中を連想さするよなリアルな映像っこに、見ちょった全員が唸り声をあげ、由香里は目を覆った。
 カールは最初こそ身を乗り出して見入っとったが、やがて徐々に退き始めた。
「補足説明しますでー。こりゃあ均一な蛋白質じゃけん、時間が掛かっちょりますけ、眼球じゃあ、大部分が水分じゃきにいー、瞼、角膜、眼底、視床下部、旧脳に達するまでー、時間は掛からんことあるさーね。間違いなか」
 説明を聞いちょる間に、レーザーはサイコロ・ステーキに溝を穿ち終えた。
小池二佐がすぐに電源を止めるよう指示すた。これ以上は一秒も見たくねえっちゅう表情じゃった。
「だば、レーザー全体の種類を説明しちゃるばい。レーザーには、次の三つの種類があるですばい。ヘリウムやアルゴン・ガスや炭酸ガスなどを使う、ガスレーザー。ルビーなどを使う鉱物レーザー。半導体を使うパルス発振レーザーじゃのう。工業的に重要なのは、炭酸ガスレーザーとYAGレーザーですちー。YAGレーザーはイットリウム・アルミニウム・ガーネットの結晶ですき。じゃっどん、これらは専門的すぎるクサー、レーザー機関砲の極秘情報にも触れるので止めまっすのう。炭酸ガスレーザーなんぞは一瞬で体を粉々に吹っ飛ばすくれえの威力があるさけー、明らかに眼科のレーザーメスとは違いますで。考えにいれなくて大丈夫ですろー」
 最後に勢多は次のように締めくくった。
「調査課の方の話をきいたさけー、おいも推理してみましただー。極論しますっと、眼科のレーザーメスでパワー調整のパソコンを外しちまえばー、掌に収まるくらいのサイズにできまっす。これならどこにでも隠せますのう。それに甲板から投げ捨てたとしてもー、真空管を使っちょって軽いきー、浮くはずですばい。浮いてねえってえことは、棄ててねえってこったクサ。こんだけの情報でー、解決に向けて前進せんことば、ありゃあしねえですばい」
「掌サイズか。どこからでも、スーン(即座に)取り出せるのう。被害者はサドンリー(いきなり)の発射で、チキン・スキン(鳥肌)ものだったんだろうなあ」
 カールが呟いた。


    4

 ーー午後十時。パンジー教団。
 同じ頃。美理は殺風景な部屋で眼(まなこ)が覚めた。狭(せめ)え部屋で寝かされとった。
 下着だけじゃった。
 じゃが、傍には誰かの服が置いてあった。つなぎに白衣みたいな服じゃったから、教団員の物に違えねえ。
 幸い、傍には誰もいねかった。
 さっきの、メリッサは夢だったようじゃ。
 チャンスじゃ。逃げるには今っきゃねえ。
 そこで、急いで服を着て、ドアをちっとべえ開けて、外を見た。
 廊下は暗かったが、ホテルの廊下みてえに、シーツの取替えワゴンや、掃除用具を載せたワゴンが置いてあった。
 ワゴンに隠れて、廊下に出た。四っつほど、ワゴンに隠れて進むと、突然乳臭えにおいのワゴンにぶちあたった。
 ちょっと前(めえ)、自分の乳っこが暴れたときに濡れた服や布団が入れてあるに違えねえ。
 その先に進むと、廊下の先で、階段に突き当たった。
 降りるべきか? 上がるべきか? いんや。どっちにしても、逃げられる可能性は薄いっぺ。出口にはガードマンがいるじゃろうし、屋上からじゃ、もっと無理じゃ。
 いっそうのこと、窓から飛び降りるべえか?
 それしかねえべ。
 決心すて、端の部屋のドアを開けた。中は薄暗(くれ)え感じ。汚れたコンクリートの部屋で、物置のようだった。
 壁にはガムがこびりつき、落書きだらけじゃ。
 浮浪者みてえにペンキで汚れたつなぎの男が、壁によりかかって、ぐっすりと眠りこけちょる。飲んだくれたのか、いびきをかいとる。
 美理はつばを飲み込んだ。
 意を決して部屋っこを横切り、窓に近寄って、外を見た。暗くて見えね。
 そっと、窓を、ちっとんべえだけ開ける。
 汚れたカーテンで、吹き込んでくる風を防ぎ下を見た。駄目だ。四階じゃ。
 でっけーため息が出た。
 どうすんべえ?
 悩んでいる暇はねえ。
 美理はくるりと後ろを向き、再度ドアに向かって部屋を横切った。
 じゃが、ドアを開けようとした所で、あわてて止めた。廊下で話し声がするだー。
「この倉庫も掃除すんだべか?」
 ドアの前で二人の女が話しあっておる。
「しょうがねえべ。上の命令じゃから」
 一人がドアを開けようとすた。
 美理の心臓が口から飛び出しそうに跳ね上がった。慌てて棚の奥に走りこみ、隠れた。
 ドアが開いて、二人のつなぎ姿の女が入(へえ)ってきた。中年で、化粧っ気のねえ二人だ。
 二人は話しながら、どんどん中に入(へえ)ってくる。
 じゃが、向こうの壁の前で、泥酔すて眠りこけちょる男を発見すた。
「あんれ、まあ。ヤーさん。おきなっせ。こげなとこで、風引くじゃがよー」
 二人は、掃除も忘れて、その男を引きずりだそうとすた。
 美理は、どうにか逃げる方法を考えた。棚の後ろにかすかな隙間がある。
 これを伝わって、二人の女が男を引きずりだす隙に。
「女を捜せーー」
 突然、廊下で、教団の幹部っぺえ男の声がすた。複数の男らの足音が乱れて、走ってきた。
「女が逃げたぞー。まだ遠くには逃げてねえはずだーー。徹底的に探せーー」
 廊下を、懐中電灯が入り乱れて、乱舞すておる。
(逃げねば)
 一斉に冷や汗が出ちょった。手を握って、後ろの壁によりかかった。その途端に、後ろに倒れこんだ。
 後ろはドアだった。落書きと、注意書きの紙だらけのドアだった。
 鍵がかかっていねかったんだ。それに、幸いに、ほぼ真っ暗じゃあ。
 廊下じゃあ、なおさら一杯(いっぺえ)の人間の足音が乱れた。
 美理は必死で隣の部屋に入(へえ)り、鍵っこをかけた。
 ちっとんべえして、動悸が治まるのを待って、中を見回すた。
 目が慣れてくると、ちっとんべえ、中の様子がわかった。
 部屋の中はそれほど寒くはねく、汚え物置だった。
 誰かのねしょんべんした布団があるんか、しょんべん臭え。
 じゃども、とりあえず助かったようじゃ。
 さらに動悸が収まると、向こうの端に薄暗え明かりが見えた。機械の動いちょる規則的な音がするだ。 
 手で、壁や置きっぱなしの布団を伝わりながら、そろりそろりと部屋を横切った。
 積んである布団を回りこみ、人がいねえか確かめながら、壁を伝う。
 部屋の壁は、京壁みてえで、ざらざらしておった。
 部屋の向こうも、ドアになっておった。
 明かりは、ドアの向こう、ちょっとした隙間から漏れておる。
 恐る恐るドアを押すた。ギーと気味の悪い音っこをたてて、ドアが開いた。
 ドアの向こうには下りの階段が続いておった。階段の下は、機械室になっちょるようじゃ。
 階段を下りれば、機械室からどっかに出られるかもしんねえ。
 美理は耳をでっかくして、様子をうかがった。じゃが、下で誰かが動く気配はねえ。
 じゃども、もしかして、下にいった時に誰かが入(へえ)って来たらどうすっぺ?
 適当に教団員になりすますっきゃねえだ。ちょうど、教団員のつなぎを着ちょるし。
 それで、騙せるかもしんねえ。ここで戻りゃあ、つかまるのは間違えねえ。
 美理は思い切って、階段をおり始めた。
 階段は錆びた鉄じゃった。さっきもらった教団員の靴は運動靴じゃけん、足音はしねかった。
 三十段くれえおりたじゃろうか。
 確実に機械室に近づいちょる。音っこが徐々に大きくなった。
 機械室に近づくにつれて、上の足音は小っこくなったが、まんだまんだ怖え。
 こげなバイトに入るんじゃねかった。早えところ、逃げ出すっぺ。とにかく、出口を探さねばなんね。
 階段の途中には裸電球が揺れておった。
 ついに機械室まで降りた。
 旋盤の機械みてえなものが一定の速度で回転しちょる。
 そこからどこかの部屋に太えベルトが繋がって、動力を伝えちょる。発電機かや?
 美理は、機械の脇を通り、その部屋を横切った。誰も入(へえ)ってこねかった。
 部屋の突き当たりには、くすんだ色のドアがあった。
 これも半分開いちょった。その外は暗(くれ)え。どうやら建物の外に通じているらしか。
(ラッキーじゃ)
 美理は、ドアのそばに立って、じっと耳を済ませた。
 人の話声はしねえ。足音もしねえ。
 するのは、自分の心臓の音だけじゃ。つなぎの下が汗でぐっしょりで、気持ちが悪(わり)いが、興奮しちょるんで、そんなことは、どうでもええ。
 美理は思い切って、ドアを開けた。
 するってえと、ドアの横からすっと白い物が差し出された。
 さっきと同じ甘(あめ)え匂いがすた。クロロホルムじゃ。
「ご苦労さん」
 匂いと同時に、男の野太え声がすた。
「あの部屋から逃げるには、ここしかねえと思って、張っておったんだ」
 美理のヘッドの中をイエスタディにリードしたブックのページがよぎった。
 こういう状態を何と言うんだべ?
 念には念をプットイン(いれる)? 
 違う。
 背にストマック(腹)はかえられぬ? 
 ちっとべえ違う。
 ボディ(身)からでた錆? 
 もっと違う。
 骨折りロスト(損)のくたびれプロフィット(儲け)?
 ああ、これだ……。
 美理は、幹部と思しき男の声を聞きながら、意識を失った。
 
(続く)