シリアルナンバー3,四回目

これまでの粗筋。
 紺野美理はパンジー教団で乳っこが暴走すて、不良を母乳本流で殺しちまう。同じ頃、へり護衛艦『はるな』では副艦長が殺されとるのが発見される。次女の由香里が午後7時に、艦長と砂川医官に「ずみずみ争う音がするだっきゃあ。みてくれなもし」と頼まれて来たが、副艦長室は鍵っこがかかっとって、先に艦長の襲撃体を発見すたのだ。同時刻、艦長も誰かに襲撃されとった。
 その後、美理はまた乳っこが暴走して教団員を絞殺しちまう。同じ頃、『はるな』には調査課の人間がやってきて調査をし、凶器はレーザーメスだと断定する。さらに、由香里が上の階に行く途中に逃げる足音がしなかったことなどから、犯人は、砂川医官と艦長ではねえかと推測する。
第四章


 ――同日、午後十時三十分。『はるな』の廊下
 由香里は倉庫の前で、さっきの勢田三佐の言葉を思い出しとった。
 この倉庫に運び込んだ研究は、一体どこの研究班がおこなっちょるのか?
 広島の研究所は外部には秘密じゃが、自衛隊内部では極秘機密ではねえ。
 広島での研究はミサイルや戦闘機を破壊するようなでけえ装置じゃから、倉庫に運び込まれたのはそれ以外の研究じゃろう。
『人間兵器』っちゅうくれえだから、ごくちっこいもんで、威力の弱(よえ)え兵器と考えらるる。
 どげなもんだっちゃ? 『人間兵器』なんだからー、サイボーグの手に装着されちょるような小型のもんか?
 まるでアニメみてえだ。腕の先に装着された小型の兵器。でも眼科のレーザーメスよりはでっけえ?
 漫画みてえな物を想像して、笑いそうになっちまった。倉庫のドアに目を移すた。
『はるな』は旧式の艦じゃから、ドアに鍵をつけるには、昔ながらの南京錠が必要でえ、三つほど頑丈な南京錠がかかっとる。
 どれも研究所の人間がかけたもので、鍵は研究所の人間すかもってねえ。となると、ここの機材は考(かんげ)えに入れる必要はねえ。
 由香里が情報を整理しちょると、後ろからカールの声がすた。
「ヘイ。ユーをサーチ(探)していたんだ。シンク(推理)するにはどうしてもユーのブレイン(頭脳)がニード(必要)なんでね」
 由香里はカールの笑顔に魅せられ、さっきの罠の件は暫くお預けにすただが。
 カールは由香里に近付き、面白え事が判明したんだ、とウインクすた。
「土屋君のリサーチの結果、副艦長のモバイルフォンからはエニバディ(誰)のフィンガープリント(指紋)も検出されなかったんだよ。副艦長自身のフィンガープリントもだ。少なくとも、副艦長がヒムセルフ(自分)でテル(携帯)をかけていれば、副艦長のフィンガープリントだけは残るはずだ。バディ(死体)はグローブ(手袋)をしていなかったんだからね。で、この先はトゥギャザーでシンク(推理)してみよう」
カールは目(まなこ)を輝かせながら提案すた。
「復習になるが、副艦長はユーとナンバーチェエンジ(番号交換)をしていなかった。ゼン(となると)、ショット・ハード(強打)され朦朧としたサーカムスタンス(状態)でロング・ナンバー(長い番号)をプッシュできたとは思えない。さっきも言ったが」
「へえ。普通なら難しいでがんすがあ」
 疑われてねえとはっきりすた由香里は協力的に応えた。
「バット、送信記録には由香里君のナンバーが残っていたのだから、副艦長のモバイルフォンをユーズ(使っ)してラストの通話がなされたのは間違いない。このニューズ(情報)と、副艦長のモバイルフォンにフィンガープリントがないという事実から導き出されるリザルト(結果)は何か?」
「そったらこたあ簡単ですだー。最後に副艦長の携帯を使ってかけたのはー、副艦長ではなく別の人間だっちゅうこってすだ。副艦長を殴って携帯を奪っちょれば誰でも副艦長の携帯からかけられるでがんす。かけたのは十中八九まで手袋をしてた犯人ですだあ。だからそれ以前の副艦長自身の指紋も消えたんだへー」
 由香里が推理すた。自分が無罪と証明され、犯人探しに意欲を感じたのじゃあ。
「イエス。ザッツ・ライト。死に際の副艦長と違い、マーダラー(犯人)はクリアーな意識の元でかけられた。マーダラーはあらかじめ由香里君のモバイル・ナンバー(携帯番号)をメモライズ(暗記)していたのだろう。エニウエイ、ユーはサムバディ(誰か)にモバイル・ナンバーをティーチ(教えて)していたのかな? チャーミング(魅力的)なバディ(体)だから、さぞや何人かのメン(男)と」
「教えてねえだー。わだすのメモしたのは緊急連絡カードだけでがんす」
 由香里は即座に否定すた。
「だもんで、わだすの携帯番号を知る機会のあったのは、艦長と砂川医官だけだす」
 怒りで一言の元にきっぱりと言い切った。
「そうか。やはりマイ・シンキング(僕の推測)と一致したね。ゼン(となると)、残るクエスションはスリー(三つ)である」
 にんまりと微笑んだカールはそこで指を一本立てた。
「クエスションその一。モバイルフォンから響いた大木副艦長のボイスであるが、そのボイスは、果たして生のボイスだったのか?」
 カールの目に促され、由香里はちょびっと考えて応えた。
「答え。そりゃあ録音された声だったと考えられるでがんす。犯人が計画的にテープに吹き込んでおいたのだっちゃあ。その声を、副艦長から奪った携帯で流すたのさー。こげな偽装は、テープレコーダーせえあれば、小学生でもできまっすがー。まんずまんず、今は盗撮用の小型の物がいくらでも売られちょるでがんすから」
 緑の魅惑的な瞳を細めたカールは、さらに大きく頷き、もう一本指を立てた。
「クエスションその二。ミーも副艦長のモバイルフォンはグローブ(手袋)をしたマーダラーに奪われたと考えた。バット、調査課がバディ(死体)を発見した当時、奪われたモバイルフォンがバディのハンドの脇にあった。ワンス(一回)奪った後、戻せばOKであるから、サムバディ(誰か)が奪ってアゲイン、プット(置いた)下と思われる。ではフー(誰)がウエン(いつ)置いたか?」
「答え。犯人が死体発見の後、どさくさに紛れて置いたのでっせー。推理小説でそったらことするのは、てーげー死体の第一発見者でがんす。今回はドアの鍵を開けて最初に副艦長の部屋に入ったのが砂川医官ですさけえ、携帯をこっそり置いたのは彼女だと思われるでがんす。ついでに携帯を奪ったのも彼女ではありましねーだか」
 この応えに対し、カールがグッドグッドと頷いた。
「クエスションその三。では、甲板上のフットプリント(靴跡)に行こう。この件に対しては、さっきのシンク(推理)でアウトサイド・マーダラー(外部犯)説は否定され、インサイド・マーダラー(内部犯行)とジャッジ(断定)された。となるとインサイド(内部)のパーソンが、アウトサイド・マーダーに偽装しようとして付けたとしか思えない。それでは、フー(誰)がウエン(いつ)つけたかだ?」
「誰がについては、うっがりとは断定できましねーが、いつに関しては断定でけるでがんす。雪が降っていたでがんすから、足跡をつけたのは犯行の直前でっしょう。靴は二十七ださけえ、脱いでいた艦長の靴を使用すたと思われますだ」
 由香里が応え、カールは頷いた。
「ベリー・キュート(鋭い)だねえ。ネクスト」
 カールが、自分の片手を上げた。
「ワンモア・ビッグニュースがあるんだ。小池二佐が隊員の一人から聞いたニュース(情報)だ。テン・ビフォー・セブン(七時十分前)に、ダイニング・ホールにいる隊員の一人に、副艦長からテル・バイ・モバイルフォンがかかって来ていた。『スーン、借金がバックできそうだ』と嬉しそうに話した。モバイルフォンがかかったのは、ダイニング・ホールにいる全員が証言している。そうなると、テン・ビフォー・セブン(七時十分前)には副艦長が自分でモバイルフォンをハンド(持って)していたとなる。その後ダイニング・ホールにいた人間は、ファイブ・アフター・セブン(七時五分後)くらいの砂川医官のコール(呼び出し)があるまで、エニバディ(誰)も席を外してない。となると、理論的に考えて、大木副艦長のモバイルフォンを奪うチャンスのあったのは、砂川医官来宮三佐と香川艦長のスリーパーソンだけだ」
 由香里は、カールの推理を理解すた。
「じゃがあ、来宮三佐は精神不安定で、計画殺人に加担できるほど冷静な状態ではありまっしぇん。これは秘密でがんすが」
 それを聞き、カールが先を進めた。
「つまり、来宮三佐は除外して良い。となると残るツーパーソンの共犯だな。ツーパーソンが共謀すれば、マーダード・タイム(犯行時間)についてライ(嘘)をでっち上げることもできるし、自分たちのアリバイを偽証することもできる。もっと言えば、『セブン(七時)に犯行があった』と由香里君がビリーブ(信じた)した根拠は、『セブンに副艦長の部屋でアンキシャス・ノイズ(変な音)がする』とツーパーソン――艦長と砂川医官――が艦内電話で言ったからである」
 由香里は自分が利用されたことをはっきり理解して怒りが込み上げただ。
「じゃがあ、これ自体が嘘であると考えればー、七時の時点の二人のアリバイなんて、まるっきりなくなっちまいますだあ。おまけにその後わだすにかかってきた副艦長の声が、録音されたものじゃったらあ、副艦長が殺された時刻は、当然ながら七時以前になりますだー。副艦長の声なんぞ、『余興で使うから』などと嘘ついてえ、前(めえ)に録音すればええ訳でがんすし。どげん考えても、犯人は艦長と砂川医官の二人になりますだ」
 そこでカールが大きく両手をあげた。
「ゼン。まとめると、こういうことだね。ナオ(今)までのリサーチから言って、マーダラーは砂川医官と艦長だとジャッジ(断定)してよい。で、順序だてて言うと、ファイヴ・ビフォー・セブン(七時五分くらい前)に、副艦長は砂川とミート(会う)するプロミスをしていた。そのビフォー(前)に砂川は艦長のシューズで甲板に往復のフットプリント(足跡)をつけた。そして、グローブ(手袋)をして副艦長とミート(面会)し、レーザーとガラスのオブジェでマーダーし、副艦長のモバイルフォンを奪った。レーザーはポケットに隠していたのだろう。一方、香川艦長は、アウトサイド(外部)からのマーダラー(襲撃犯)がいるように見せるため、艦長室で自分でヒムセルフ(自分)をショット(襲撃)した」
 今度は由香里が続けた。
「んだんだ。その後、七時、砂川医官は医務室に帰(けえ)り、艦長は艦長室から、それぞれ艦内電話でわだすに連絡すたでがんす。内容は『ずみずみ副艦長室で大きな音がしただなもし』じゃ。つまり口裏を合わせたのっす。さらに砂川医官は、奪った副艦長の携帯とテープに録音すてあった副艦長の声を使って、来宮三佐には聞こえねえ所からわだすに携帯をかけ、アリバイ工作をすた。来宮三佐は催眠術治療中で意識はねかった。その後、砂川医官は副艦長の携帯を自分のポケットにしまい、第一発見者となってからまた遺体の傍においただ。推理小説にありがちなトリックでがんす」
「パーフェクト。で動機だが、パーマネント・プアー(慢性的金欠病)だった大木副艦長がスレッド(強請り)のネタをみつけて、スレッドをかけたのだと思う。そのネタとは、イエスタデー、ストアールーム(倉庫)に運び込まれたウエポン(兵器)。それに砂川も深く関わっているって事実だ。それをエニウエアー(どこか)から聞き込み副艦長はスレッドをかけた。バット、医官の砂川はレーザーメスを隠し持っていた。トップシークレットを守るために艦長と砂川は、ミューチュアル(互い)のアリバイを補填しあって、パーフェクトマーダー(完全犯罪)を決行した。もうわかったかね?」
「んだ」
「そうだ。わかったようだが、ユーは、アリバイの証言に利用されたのだ。それに最新鋭のレーザー兵器のルーモア(噂)を流したのも主犯の二人かもしれないね。そうでないと、砂川医官に疑いが向く。何しろ来宮三佐一人のために呼ぶというのもサスペクトフル(胡散臭い)。オーディナリー(普通)は、精神的な症状は隠し、ロング・ディスタンス(遠く)のホスピタルへ行くのだから。逆に艦の中のほうがシークレットが保たれるとシーマン(海の男)は考えるのか、アイにはドント・アンダースタンド(不明)だが」
 カールはにっこり微笑んで、囁いた。
「エニウエイ、シークレット(謎)は解けた。アイはクレバー(頭脳明晰)なフィーメイル(女性)が好きだから、ユーをラブしそうだ」
 さらにカールがもう一つ付け加えた。
「スネークフット(蛇足)ながら、艦長は、用事があると言ってユーをセブン(七時)まで事務室に引き止めている。この事実などは、まさに艦長がアリバイの証言者を作り上げるためにした事前工作としかシンクできない。ついでにスネークフット(蛇足)そのニ。証拠物件のレーザーメスはウエアー(どこ)に行ったかについて言えば、マーダラー(犯人)がまだ艦内におる以上、ハンド・アウト(持ち出)されたプロスペクト(可能性)はゼロ。舷側の周囲は徹底的にライトを照らしてエブリーメン(隊員総出)で探したが、ウエポン(凶器)が浮き上がってきてない」
 甲板の足跡は単に外に逃げたと思わすだけで、武器を捨てに行った足跡ではねえ。
 せば、凶器はまだ艦内にあるっつう結論になる。それを発見すれば全て解決だー。
「ユーのお陰だよ。ユーなら調査課のパースン(人間)でもなれるよ」
 カールが、さっきの罠を繕うかのように、ため息まじりにくっちゃべった。
 由香里は悔しくて、思わず叫んだ。
いぶりがっこが食いてえーー」

 2

 ――午後十時、パンジー教団
 次に紺野美理の目が覚めた所は、殺風景な場所じゃった。
 薄暗くて良く見えねかったが、研究所のようで、四十畳くれえで、フラスコや顕微鏡や様々な実験装置があった。隅の死体解剖をするようなベッドに寝かされとった。
 まだ、さっきと同じつなぎを着とった。
 乳っこが男の首を絞めて殺すてしまった後、逃げようとすて建物の中をさまよい、薬を嗅がされたのは覚えとった。
 部屋の中は寒くはねかったが、人体模型などがあるせいか、背中に寒気を感じた。
 窓から外を見ると、さっきまでおった所とは違うみてえな風景が見えた。
 最初のビルに入る時からすでに暗くなっとったが、とりあえず周囲には誰もいねえ。
 チャンスじゃ。
 美理は、今度こそ逃げようと急いでベッドを降りた。
 周囲を歩き回るとバッグはあったが、服はねかった。つなぎのままで帰(けえ)るしかねえ。
 男の首ねっこを絞めた時に、乳っこの先には男の鼻汁と唾がべっとりと付着すた。
 その後、乳っこが元に戻ったせいで、胸の辺りがべとべとで気持ちが悪(わり)い。
 それにさっき渾身の力を込めて首を絞めたせえか、乳っこが筋肉痛じゃあ。
(困っただー。最低でも、この唾だけは洗い流さねえと)
 水道を探して歩き始めると、部屋の隅で押し殺した笑い声がすた。
 黒沢教祖の息子の一人と思わるる二十歳ちょっと前(めえ)くれえの男が椅子に腰を掛けとった。
「自己紹介が遅れたが、俺の名は教祖の二男の黒沢良次。以後、よろしく」
 髪を緑に染め、顔のあちこちにピアスをして、間違えねく不良と判断される。
 息子は、十年くれえ遅れた挨拶をすて、ふらりと立ち上がった。
 美理は思わず壁に背中をおっつけて息を飲んだ。
「へい、姉ちゃん。さっきは、よくも兄貴を殺してくれたなあ」
「だ、だからあ、それはへー……いきなり抱こうとしてー、それにシャブを射つなんてくっちゃべるから……」
「へえ、そうかい。怖かったんだ。了解した。怖いとああなるんだ」
 次男はなぜか納得したようじゃった。
 美理も慌てて話を合わせ、相手の気持ちを和らげようとすた。
「そんだ。そんだ。恐怖に震えとったから、ああなったと思うのだへー。決して抱かるるんが嫌だったわけではねえの」
「そうか。じゃあ、さっきの教団員を絞め殺した件も、怖かったからなんだな?」
 不良息子が一歩足を出して美理の頤を掴んだ。
「そんだ。全くその通りなんだあ」
 美理は意気込んで、でっかく手を振り上げて説明すた。
「さっきの男はいきなりシャブを打とうとしただあ。それで死にそうに怖ぐて……。そしたら、乳っこがまた暴走したのさー。嘘じゃねえ。わだすだって、殺す気なんてまったくねかったのよ。信ずて。お願(ねげ)え」
 最後は哀願するように手を合わせた。
「分かった。ならばだ。恐怖さえなければ、乳は暴走しねえってことかな」
 次男が、頤を掴む手にぎゅっと力を入れた。
「つまり、楽しんで俺に抱かれるような状況になれば、乳は、穏やかに暴走するってことか?」
 鼻と唇の端のピアスを動かすて、次男がにやにや笑いを唇の端に浮かべた。
「へ?」
 相手の言わんとする意味が分からね美理は、相手の目を覗きこんだ。
「だからあ、俺はお前の乳の暴走シーンには、非常に興味があるんじゃい。しかし、俺が絞め殺されては困るんだ」
「へ、へえ……」
「そこで、おめえの乳に緩やかに暴走してもらって、それを撮影するにはどうすれば良いか、ずっと考えていたんだ」
 不良息子がふざけた口調で美理の頤を掴む手に力を込めた。
「それには、どうしたら良いか? 俺は知恵を絞ったんだ。そして、一つだけ結論を得た。分かるか?」
 美理はまなこを見開いたまま首を横に振っただ。
「分からないかな。簡単なことだ。お前が喜んで俺に抱かれたくなればよいんだ」
「ま、まさか……」
 ようやく相手の真意を理解すたが、同時に背中に嫌な予感が走った。
「そうさ。催淫剤。つまり、淫乱になる薬を使えばよいんだ。そうすれば、お前は気持ちよく抱かれたくなる。そして、途中で少し恐怖を与えてやれば、乳は穏やかに暴走する。これは、咲子研究員のやり方を頭に入れて、考え出した結論だ。思い出してみろ。咲子研究員の時は、非常に穏やかな暴走だっただろ」
 にんまりと笑った次男は、頤を掴んどった手を放すて、自分の椅子のそばに戻った。
 椅子の横にはでっけえバッグが置かれとった。
「嫌だへー。待ってくんろ。ちっとんべー考えさせてくれ。いんや、これは決しておめさんがやだといってんじゃねえ。それは信じてくんろ」
 美理は何とか逃げ出せるように、猛スピードで自分の頭を回転させただ。
「だけんど、今日のところは待ってけろ。だって、今日は二時間だけという契約だったべえ。姉さも心配してると思うし。取りあえず一旦は帰って、姉さに今日のことさ報告しねえと。な、おめさんに抱かれるのは、それからでも遅くはねえし。そうすれば、わだすももっと楽な気持ちになるし、乳っこも暴走すねだろうし……」
 決死の作戦を決めた美理は、不良息子に自分から近よって懇願すた。
 だども、相手は無表情で鞄の中から太い注射針を取り出すた。
 針を注射器本体に差し込み、アンプルを割り、黄色いドロリとした液体を注入すちょる。美理はもう説得してる場合じゃねえと察知すた。
 相手は、どぎゃんあがいても今日中に乳っこ暴走シーンを撮影するつもりじゃあ。
 そう察知すた美理は、なりふりかまわず逃げる決心をすた。
 慌てて近くに置いてあった自分の鞄を掴むと、一目散に出口に向かって走りだすた。
 散々悪さをしちょる目付きの次男がゆっくり顔を上げるのが、視野の端に入(へえ)った。
(なすて、なすて慌てねえんだ?)
 答えはすぐに判明すた。研究室のドアには鍵がかかっとったのじゃ。
 狂乱状態になってへー、ドアノブを回すたが、ノブは半回転以上は回らねかった。
 それでも必死になってがちゃがちゃ動かすた。だども、何度回すても同じじゃった。
「へい。姉ちゃん。お前も馬鹿だよな。せっかく何百年に一度お目にかかれるかどうかの貴重なサンプルを、みすみす逃がすようなことを、俺がすると思うかい?」
 にやにや笑いを浮かべた不良息子がおもむろに顔を上げた。
 右手には薬の入(へえ)った太え注射器を持ち、左手には、ビデオ・カメラを持っとった。
(やんだ。ビデオはやんだへー。何がなんでもやんだへー)
 体を冷てえ恐怖が駆け上がった。
 不良息子がスイッチを入れたビデオを手近な机の上において、一歩近づいた。
(どうすっぺ……?)
 全身から冷や汗が吹き出すて、同時に乳っこの先のほうに尋常じゃねえ冷たさが走った。
(あ、そんだ。この感じじゃ。ちょうどあん時と同じ)
 美理の頭の中で何かが閃えた。
 それは、乳っこが暴走する時、特有の感覚じゃった。
(このまま怖さが増長すればへー、あん時と同じように、きっと暴走するに違えねえわ)
 少し勇気が生まれた美理は、乳っこからこぶしの固まる感覚を受け取った。
 美理はギリッと両目を開いて、不良息子を見返すた。
 だども、不良は動かねかった。ビデオを机の上に置いた後、近寄るふりをして、また鞄の中から何かを取り出したんじゃー。
(何んだへー? 何なんだっしゃ?)
 不気味に落ち着いた次男の取り出すたのは、一枚のハンケチじゃった。
(どげなことだっしゃ?)
 疑問でいっぺえの美理の前で、彼はハンカチをヒラヒラさせ、ハンカチに注射器の中身を噴射しながら、突進してきた。
 どこかで嗅いだような匂いが部屋に充満すた。
(これって……、確かはあー、フナの解剖をした時の……)
 そう悟った時は遅かった。
 身の危険を感じた美理が逃げようとすたが、一瞬早く、クロロホルムを染み込ませたハンカチは、がっつりと美理の鼻の上に押っつけられとった。
        
    3 
  
 ――同日、午後十一時半。『はるな』
 調査課のカールと事務官の由香里は、医務室で砂川牧と相対峙しておった。
 カールは無表情で歩き回ってこれからの進め方をまとめとるようじゃった。
 さっきの二人の推理からすれば、砂川と艦長の共犯となる。
 だども、砂川の部屋や甲板上の全ての部屋を探しても凶器は発見できんかった。
「もうこれ以上、タイムを無駄にするわけにはいかない」
 カールと由香里は砂川を自白に追い込む確信が湧き、砂川の部屋にやってきた。
 そんでー、相手の許可も得ずに部屋に入(へえ)って、自分らの推理をくっちゃべった。
「それじゃあ、おみゃあさんはあ、わーがレーザーで副艦長を殺したと言うぞなもし」
 砂川は半ば予測すてたのかー、慌てず騒がず、カールの説明を聞いとった。
「イエス。ディス・リザルト(この結論)に至った経緯はナオ(今)説明しました。反論のスペース(余地)はないと思いますが。おとなしくウエポン(凶器)を出して下さい」
 年上のせいか砂川医官は圧倒的な存在感じゃったが、カールは気おされねえようにと、相手を睨み返すておったただ。
 砂川はすばらく黙っちょった。部屋の中を歩き回って、反論を纏めとる感じじゃった。
 カールはちょびっと待っとった。ここまで来ちまった以上、後には退けねえ。
 自分の推理には絶対の自信があるっつう目だった。
 砂川はかなり長(なげ)え間歩き回っとったが、やがて、ポケットに入れとった手を出すっちゅうとー、くるっと振り向いた。
「ずみ、ずみ、ずみ」
 そげな言葉を吐くとー、いきなり薄っぺえ笑顔を浮かべてカールに接近しただー。
 カールは慌てて手を上げて、迫る女の顔っこを遮った。
 と、砂川の手がカールの右手の手首を掴んだ。カールの掌は開いたままじゃった。
 砂川が白衣をおっぴろげてー、でっかくブラウスをはだけて、左の乳っこバンドをみせた。指の関節で軽く叩くとコツコツっちゅう音がすた。それは人工のものじゃった。
 そんでー、見る間に、パカッと蓋を取るように片乳の先を捲って、ちっせー何かを見せた。
 細く尖った赤銅色の円錐形の物じゃった。砂川がポケットに手を入れっと、その先が赤く熱せられた色に光った。
 すっとー、細(ほせ)えノズルの先から赤っぺえ光線が伸び、カールの親指の付け根の薄っぺえ部分に当たり、皮膚を貫いただ。
(?)
 次の瞬間、カールが掌に熱い物っこを押っ付けられたように飛びのいたんじゃった。
(!)
 カールは、反対の手で口を覆ったっぺや。由香里もおったまげただー。
「レーザー光線」
 なんとなんと、映画みてえにくっきりとレーザー光線が片方の乳っこの先から発射されとった。
 円錐形のノズルはかすかに揺れとったが、すぐに止まった。
(せばあ、レーザー本体は、乳っこの中? 勢多も掌サイズと言っとった。リモコン・スイッチはポケットの中?)
 信じられんことじゃが、そうとしか考えられねかった。砂川は訓練を積んじょったのか、手をすぐに放し、空いた手をポケットに戻すた。
「アウチ(痛い)」
 叫ぶと同時に、カールの体がクルッと後ろへ跳んで、光線を避けた。猫みてえに柔軟な反応じゃった。
 アメリカで柔道を習っておったのかあ。
 砂川が笑いながら赤っぺえ光線を発射し終えただ。乳っこの先の蓋をぴたんと閉めた。
「おみゃあさんは、サーカスの団員程度には体が柔らかいわなあ」
「ディスイズ、例の、ヒューマン、ウエポン(人間兵器)?」
 呟きながらへー、カールは掌を反対の手で包んだ。
 驚きで遮断されとった感覚が戻って来て、痛みが全身を貫いたようじゃった。
 砂川がにこやかに笑いながら、椅子を勧めた。
「ずみずみ大丈夫。レーザー光は細いから、すぐに自分の治癒力で治るがさあ」
 涼しい顔じゃった。怒る気にもならねえような穏やかさじゃった。
「砂川医官。おめーさんが秘密兵器だなんて。おっとろしいこった」
 問い返すた由香里に向かって砂川が顔をむけ、にっこりと微笑んだ。
「さてと。おみゃあさん方にはご相談があるさーのー。わーのことを黙っていて欲しいのす。そのためには、じっくりとお話をしやせんか」
(まんずまんず、砂川医官自衛隊の最新兵器、人間レーザーだったんじゃあ。こったら幸運があるだべかあ。倉庫にあるんは、人工乳っこの中の兵器を修理するための機材なんだべえ)
 由香里はにんまりと微笑んだ。
 何を隠そう、この人間兵器こそが由香里の探してた物じゃった。
 実は由香里は、妹・美理が拉致されちょるパンジー教団から派遣された潜入スパイだったんでがんす。
 
 由香里は、姉妹や親の反対を押し切って教団に入ったのじゃー。おまけに教団の中でも攻撃的な『パンジー・チップ』の一員じゃった。
 最初は自衛隊の機密を盗む目的で潜入したのじゃが、そのうちに、人間兵器の噂を聞き、目の前の兵器を発見するまで一年もじっと我慢していたんじゃあ。
 すぐにも奪って逃げ帰(けえ)りてえと思った。
 だども、砂川を力で押せえつけ、自分たちの戦いに協力させるわけにゃあいがねえ。
 失神させて運ぶっきゃねえ。それに、秘密を知ったカールにも眠ってもらう必要がある。
 まずは、カールも麻酔で眠らせることにすた。
「あんのう、カールさんやあ、ちっとべえ話があんだけんども」
 なぞを解いて安心しておったカールににっこりと微笑みかけた。
 カールは、「報告書をライトするのがニードなんだけどもなあ」といいつつ、まんざらでもねえ顔で、立ち上がった。
 由香里は、なおも唇の端を上に上げて、カールを自分の部屋に招いた。
 カールは、好きになった由香里の誘いださけえ、にこにこしながら着いてきた。
 由香里は、一旦、部屋に入ると、「謎の解けたお祝いに乾杯でもすっぺ」といって、カールを椅子にかけさせた。
 そんで、表情を殺してカールの後ろに回りこみ、隙を見てポケットから麻酔注射を取り出して、後ろから、首筋に突き刺すた。
 相手は何が起こったかを予測できる余裕はねがった。
 おまけにカールは由香里には心を許しとったので、由香里の攻撃に対処する心の準備もなく、あっけねく注射針を受けて意識を失った。
 そん時だった。
「カール。報告書ならあ、わーも協力して書かねえと、まずいぞなもし」
 いきなり、砂川がドアを開けて、声をかけてきた。
 そして、カールの横たわった体を見て、一瞬、顔色をかえた。
「おめはん、まさか」
 砂川は、一瞬で、事態を理解したようじゃった。
 自衛隊は、極秘事項が多いから、スパイも多い。
 よって、疑わしい人間をみたら、スパイと思えと教育されちょる。
 おまけに、砂川は、極秘の人間兵器じゃ。即座に由香里の素性を理解したらしかー。
 砂川は、由香里が麻酔注射を持って、とびかかる前(めえ)に、ぴしゃりとドアを閉め、きびすを返しておった。 
 じゃが、由香里は自分に対して、再度にっこりと微笑んだ。砂川が隠れる場所は予想がついちょる。
 ゆっくりと、人間兵器・砂川をいただけばいいべ。
 こういうのを何と言うんじゃ?
 由香里のヘッドを『ルー語大変換』のセブラル(二、三の)ことわざが流れた。
 頭ハイド(隠して)ヒップ隠さず?
 違う。
 ファニー(楽)あればデフィカルト(苦)あり?
 違うような、あってるような。
 火中のマロン(栗)を拾う?
 ちっとべえ違うような。
 脳あるホーク(鷹)はネイル(爪)を隠す?
 これだ。
 カールを眠らせた由香里はアリサに携帯を入れた。
 アリサは黒沢教祖の次女で、同じくパンジー教団の団員であり、近くの航空自衛隊に潜り込んじょる。
 ヘリやF15イーグル戦闘機などの操縦がでける。
 アリサに砂川の移送を頼み、姉の美理のメールを読んだ。変なバイトに入(へえ)ると出ておった。
「馬鹿な奴だのう。だども、AVビデオさえ売られなきゃ良かっぺ」
 呟きながら、長女の紺野衿と戦闘部隊『パンジー・チップ』の長に携帯を入れたのっしゃ。 

  4
  
 どのくれえ経っただろう。美理はまた寒さを覚えて目が覚めた。
 だども、今回の寒さは普通ではねかった。
 体の表面は寒いんじゃが、体の芯は燃えるように熱いんじゃ。
(しまっただー。油断しただわ。あの注射器の中に入(へえ)ってたのは、クロロホルムで、眠っちょる間に、催淫剤を注射されたんだっぺー)
 そうは悟ったが後の祭りだった。
 ワインを一本くれえ飲まされたみてえで、体全体が熱くほてって、歌いたくてしょうがねえ。
 多分、催淫剤を注射された後に、飲まされに違えねえ。
 体が異様な状態じゃった。体中の血が逆巻いちょるのじゃあ。
 背中の下のビニールコーティング感からすると、体は、手術台の上に寝かされとるようじゃあ。
 服は脱がされちょるが、下着はまだ付けちょる。
(嫌々ながら、下着を脱がされるシーンをから撮影する気だっぺー)
 思わず両足をきつく閉じようとすた。
 まだ敵は美理が覚醒してねえと思って油断しちょるだろう。
 迂闊には動けねえ。
 足は束縛されてはいねえが、両手は紐でゆるくベッド脇のポール状の物に縛られとった。
(どうすればええのけえ? 何も思い付かねえ)
 幸いにして、目はアイマスクで覆われちょる。
 こげん風にやったほうが美理に恐怖を与えねと、相手は判断したらしかー。
 困った美理は、取りあえず眠っちょるふりを通そうと思った。
「ふふふ、だいぶ感じてきたようだな。肌がピンクに上気してきたぜ」
 ベッドの脇で、不良息子の低い声が聞こえた。
「そうですな。これなら、きっと良い絵が撮れますぜ」
 ベッドの反対側では、酒で喉をおっつぶしたような、ガラガラ声がする。
 喋り方はさっきの黒ずくめの男と似た感じじゃ。
 不良息子の部下で、ビデオにゃあ慣れとると推測さるる。
(どうすっぺえ……。何とかこの場から逃げ出さねえと。ビデオに撮影されちまうだ……)
 若えおなごにとって、ビデオは、何より恥ずかすいことじゃあ。
 だども体の方は、たっぷりとワインを飲まされたせいで、熱くてどうしようもねえ。
 体中の皮膚がちべてえような熱っぺえような、異様な感触じゃ。
 毛穴の一つ一つが、泡立って、叫びてえ感じじゃあ。
(ああ、どうすっぺ……。苦しいだ。何とか逃げねえと、このままでは、こいつらの思う壺だ……)
 美理は必死に頭を回転させてこの場を切り抜けようとすた。
 だども、体の芯の熱っぽさは、理性を完全に封じちょるようじゃ。
「へい、どうしますかい、二代目。このまま目覚めるまで待ってるってのも、芸がねえような気がしやすが」
 不良息子の部下が低い声を出すた。
 肩の上からは、ジーッとビデオの作動音が聞こえちょる。すでに撮影は開始されとる。
「そうだなあ。鳴かぬのなら、鳴かせてみよう、ホトトギス、だなあ」
 不良息子が低く含み笑いをすた。
(やんだ。絶対にやんだ。ああ、だども熱いだ、どうすっぺえ……)
「何から、やりましょうかねえ」
 部下が汗ばんだ片手で、ねっとりと張っつけるように美理の脚に触りながら聞いた。
「グ……」
 美理は必死に唇を噛んだ。
 だども、その微かな行為が彼等に美理の覚醒を察知させちまった。
 不良息子が、クククと含み笑いをして、両方の掌を美理の乳っこの上に置いた。
「ウ……」
 美理は、なおも気が付かねえふりをして歯を食いしばった。
 だども、不良息子の指は乳っこの上で動き始めた。
 すでに、乳っこの奥のほうからはふつふつとお湯が沸き、激流が全身に流れてゆくような感覚が沸き上がっとる。
「やめれ……」
 とうとう我慢できねくなった美理は、呻き声をあげた。
「ふふふ。そうだよ。そうやって、素直に声を上げれば良いんだよ」
 不良息子と部下が、嬉しそうな笑い声を上げた。
「さあてと。お嬢さんが気が付いたとなりゃあ、いよいよおっぱいの変形の撮影に行きますかな」
 部下が美理の下着の上から胸っこを軽く叩いて言った。
「ああ、まずは、逆らうところから撮影だな」
 不良の細い指がツツツと首に上がり、ゆっくり美理の唇の上に触れた。
「待ってくんろ。撮影はやんだ。契約違反じゃ。訴えてやるっぺ」
 美理はもう恥も外聞もねく喚いて、両足をばたつかせた。
「ああ、良いなあ。俺はそうやって、喚く女が大好きなのだ。訴えるのなら、いくらでも訴えて良いよ。君が家に帰れたならね」
 不良息子が美理の唇の中に深く指を入れた。
 美理は口から手を外そうとすて、首を横にふった。
 だども舌は美理の意思を裏切って、不良息子の指に絡み付いていった。
(ま、まさか……)
「アーーッハッハッハ。そうだ。分かったか。お前の舌は正直だ」
 不良息子が、笑いながら自分の指を、二本口の中に押し込んだ。
 舌が指に絡み付いた。
 美理は抵抗しようと、今まで以上に激しく首を横にふった。
「へいへい、二代目。それじゃあ、売り物の裏ビデオにならないじゃねえですかい。女が喜んでいるところなんざ、後からいくらでも撮影できますって」
 足のほうから、部下の抗議する声がすた。
「今回は、恐怖に震えて、おっぱいが暴走するシーンを撮影するのが、主たる目的なんじゃ、ねえんですかい?」
「あ、ああ、そうだったな。ではまずそっちを撮影しちまうか。女が喜んで、涎を流すシーンなんか、シャブ中毒にしてしまえば、いくらでもできるからな」
 不良がやっと指を抜いた。
「では、行きやしょう。何をすりゃあ良いですかい?」
 部下が乳っこを強え力で押すた。
「ヤンダーー………」
 何万ボルトもの電流を流されたような恐怖が背中を疾った。
「グッ……」
 すっとー、体の一部から、何かが噴出するような感覚が生まれた。
「ギ……ギエ……」
 一瞬後には、喉の奥から絞り出すような唸りが生まれた。
「な、何だ? すげえ力だ。もっと力を入れて押さえろ」
 不良息子の命令する声がすた。
「そんな、こと言ったって、俺にゃあカメラがあるんで……。ちょちょちょ、待ちやがれ、まだ早いって」
 部下の慌てる声がすた。同時に、二、三歩、退く足音がすた。
 時をおかずに、美理の子宮が数回収縮すた。
 強烈な電流が乳っこに向かって走り抜けた。
 ゴンゴンという音が二回すた。
 乳っこの先がぎゅーーんと伸びて空を切り、ガシッつう音がすた。
 同時に激突したみてえな音がすた。乳っこの先から激烈な衝撃が伝わった。
 薄い肉をまとった骨――ほっぺた?――を殴ったんかや?
(何だべ? こんどは何じゃ? 拳で殴ったような)
 アイマスクを取ろうとすっと、ガツンガツンと、衝突音が二回すた。
 ミシっという音もすて、また乳っこの先に激痛が走った。
 思いっきり壁をぶったような激痛だった。
 その後乳っこの先は、何か指状の物に変化すて、両手の脇でせわしげに動いちょったが、やがて火山が沈静化するように、元に戻っていった。
 暫く失神状態にあった美理は、ふと我に返った。
 両手が自由になっちょるのを知り、おそるおそるアイマスクを外すた。
 手術台のそばの壁に二人の人間が頭をぶち付けて倒れちょった。
 不良息子は頭を抱えて失神同然でうめいとった。
 部下のカメラマンの頭からは、赤い血が数滴、流れ出しておった。
 カメラマンのそばにはカメラが落ちとった。
 カメラのレンズにゃあ、罅が入っとった。
 二人の顎には拳形の痣が赤黒くついちょった。
 やはりへー、乳っこが拳に変形して二人を殴り倒したんじゃった。
 カメラマンは失神しとった。
 が、不良は意識を失ってはおらず、顔を上げ、嬉しそうな声を上げた。
「ほーら、俺の言ったとおりだ。催淫剤のおかげで、乳は拳にしかならなかったんだ。大成功だ!」
    

(続く)