シリアルナンバー3、5回目
これまでの粗筋。
紺野美理はパンジー教団で乳っこが暴走すて、不良を母乳本流で殺しちまう。同じ頃、へり護衛艦『はるな』では副艦長が殺されとるのが発見される。次女の由香里が午後7時に、艦長と砂川医官に「ずみずみ争う音がするだっきゃあ。みてくれなもし」と頼まれて来たが、副艦長室は鍵っこがかかっとって、先に艦長の襲撃体を発見すたのだ。同時刻、艦長も誰かに襲撃されとった。
その後、美理はまた乳っこが暴走して教団員を絞殺しちまう。同じ頃、『はるな』には調査課の人間がやってきて調査をし、凶器はレーザーメスだと断定する。さらに、由香里が上の階に行く途中に逃げる足音がしなかったことなどから、犯人は、砂川医官と艦長だと断定する。そして砂川に対峙すると、片方の乳っこが人工で、中にレーザーが埋め込まれておった。
第五章
1
――同日、午後十一時半。御岳{ルビ=みたけ}山東側・パンジー教団。
深い森のなかであるが、住所だけは奥多摩町である場所に教団本部はある。
自称若頭の関は、次男で教団の二代目有力者・黒沢良次からの電話を受けた。
「是非、教団員に、おっぱいの暴走を見学させたいんだ」
電話を取るや否や、良次は興奮気味にそう言い、脈絡もねく色んなことを口走った。
「すげえ、おっぱいなんだよ。蛸のように伸びるんだよ」
「ありゃあ、絵になるぜ。絶対、うちの宣伝になるぜ」
「おめえたちにあいつの体を押さえ込ませ、おっぱいが暴走している最中に俺が抱くんだ。やりかたはわかったし。そうすりゃあ、エイリアンを俺が征服したと信者は感じるぜ」
関はついに次男がイカれちまったのかと思った。
青梅の道場での出来事は、研究員と教祖によって固く口止めされとった。
教祖の息子たちも、長男が死んだことは話したが、詳しい事情は黙っておった。
よって、御岳の道場にいる関は、青梅の件の正確な内容は知らねかった。
また撮影の手伝いをさせられるのだろう、くれえにしか思わねかった。
次男は以前から時々AVビデオの撮影をすて、売りさばいとった。
撮影場所は御岳の道場が選ばれることが多かった。部下が沢山いるからじゃ。
「お手柔らかに願いますぜ。二代目の撮影は激しいですからのう」
関は揶揄(からか)い半分の声を出すたが、次男はいっそう激しく抗議すて、本当に暴走なんだと、訴えた。
「本当なんだよ。兄貴なんか、頭を母乳で吹き飛ばされて、ブスリと釘が刺さって死んだんだぜ。それに、さっきなんか、乳が蛸のように伸びて教団員を絞め殺したんだぜ」
口から唾を飛ばすかのように、次男は激しく繰り返すた。
「嘘じゃねえって。教団員がシャブを打とうとしたら、いきなりおっぱいが伸びて、首を絞められたんだから。俺もボインと殴られそうになったんだから」
熱に浮かされた次男は、いささか親父ギャグの入(へえ)った調子で、まくしたてた。
「さいですか。おっぱいにボインとのう」
関は思わず自分の目頭を押さえた。ついに麻薬で幻覚を見たと、確信すたのじゃ。
だども、次男は相手の反応などに構わずに、畳みかけてきた。
「これは奇跡だぜ。お前たちに、一刻も早く見せてやりてえんだ」
関は溜息をつき、なお深く妄想だろうとの考えに傾いた。
「分かりやした。分かりやした。おっぱいの暴走ですね」
「そうだ。じゃあ、七階を撮影用に用意しておいてくれよな。びっくりする光景を見せてやっからな。ひっくりけえんなよ」
次男はかんらかんらと笑うと携帯を切った。
「やれやれ、シャブ中毒も本格的になってきやがったぜ」
関は、通話の切れた後の無機質な音っこを聞きながら、でっけえ溜め息をついた。
昔から次男はシャブ中毒っぺえ傾向はあり、悪化したのだと思われたっす。
だども、息子たちの教育係で頭の痛え日々を送っちょる関は、これで次男から解放されるんではねえか、と淡い期待を抱いた。
教祖も次男には愛想を尽かすとった。中毒だとはっきりすれば、強引にでも病院へ送り込んでくれるじゃろう。
関は元やくざの舎弟で、一年ほど前にパンジー教団の幹部とすて採用された。
拳銃密造の技術をもっており、教団での仕事も信者の管理と拳銃の密造じゃ。
関のいた組は、上がりは減る一方で、そんな折、教団から誘いの声があった。
『給料は新卒の初任給程度だが、最高の部屋を与え、飲み食いは自由、女も、信者なら手出し自由』との条件じゃった。
関は即決すて、すぐに引っ越すてきた。部屋は教祖と同じ二十畳で風呂付だった。
林と畑に囲まれ、建物自体はでっけえ。ワン・フロアーに二十畳ほどの部屋が二十くれえある。
八階建てで、中規模の学校くれえのでっかさはある。
一階は信者の大食堂と休憩室、厨房、二階は修行場、三・四階は説教ホール。
五階以上は拳銃の密造工場、覚醒剤の保存室、幹部たちの部屋などがある。
七階には幹部の食堂、喫茶室、映画室、カラオケスナックや、バーなどがある。
今関がおるのは七階のバーのソファーの上じゃ。八階にも遊戯施設がある。
信者たちを就寝させ、お気に入りの女性信者と楽しむっぺと考えとった矢先だった。
関の膝の上では、二十五才の細身の女が関の太ももに手を置いて、微笑んでおる。
関はでっぷりと肉のついた下腹を突き出すて、目を閉じていたんじゃ。
組では襲撃の危険を感じ、いつも殺気立っとった関は、こぎゃん太っていねかったが、ここへ来てからタガが外れた。
好きなもんは自由に取り寄せてもらえ、好きなだけ飲み食いすて、襲撃の危険もねえ。
そげな生活に浸ったせいで肉付きは良くなった。だどもええことばかりではねかった。
今年五十才になる関は、まだまだ枯れる年ではねかったが、最近、興奮しねくなっちまった。
次男が頭痛の種になっちょって、いつも頭から離れねえのである。
教祖の息子たちは、小せえ時から自分たちが世界一崇高な存在だと教(おせ)えられてきた。
長男死亡の情報を得てちっとべえ安堵すたが、次男の方が問題児じゃ。
気に入った女は手に入れるのが当然だと思っとる。
体ばかりは大人になっても、精神は幼稚園児そのままじゃ。
女を拉致すて、逃げ回る姿を撮影すて、AVビデオとして売りさばく。やりてえ放題じゃった。
先日も、次男はシャブ中毒の女を撮影させた。
二十代半ばの女で、色の白(しれ)え女じゃった。関はカメラ担当だった。
「顔は、目の周囲などが赤く爛れているんであまり映すな」と言われた。
女はヤクを注射され、ほとんどイッテる状態じゃったから、あまり抵抗はすなかった。
覚醒させると、女が恐怖を覚え、掠れるような悲鳴を上げて逃れようとすた。
女が床の上を転げ、膝や頭が床に当たってごつごつと音がすた。
さらに、悲鳴を上げ始めた。
恐怖と興奮のないまぜになった、何とも言えねえ声だった。
関は次男が逮捕されると、その度に多額の資金で警察を懐柔すてきた。
この間もビデオの件で警察から呼び出しを受け、百万ほどの裏金で何とか抑えたが、それを嗅ぎ付けた一部のマスコミから電話攻撃を受け、数百万単位の金が消えた。
今でも完全には後始末が終わらねえ状態じゃ。
「他の女に手を出すのは、控えてくれ」と言いたかった。
だどもだどもじゃ。
これは、自分自身でも予想せんかったことじゃが、知らねえうちにヤクに染まっとった。
「ここら辺で二代目を何とかしねえとな。それにゃあその女を始末するに限る」
関は大きく唾を飲み込んだ。
2
ーー同じ頃。『はるな』
由香里は砂川を発見するべえと、艦内を探索にでかけた。
カールは眠らせた。調査課のほかの人間は、報告書を書くんで、事件現場の近くの部屋につめておった。
自分の部屋から出た後、小池からカールの行方を聞かれたので、砂川と一緒に、舞鶴の病院に入院しちょる艦長の見舞いと、尋問に行ったと伝えた。
カールが勝手な行動をしたと思ったのか、小池は、一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐに考え直すたようだった。
「どうせ、艦長もいずれは尋問せねばならんからな」
自分に言い聞かせて、納得すた。
由香里は心の中で安堵の吐息をついた。
これで、当分は一人で行動でける。
土曜の夜の十一時半ともなると、他の隊員はそれぞれ、部屋に帰り、好き勝手なことをしちょるか、眠りについとった。それに、今夜は、小池たちの許可がでるまでは、外出禁止になっとる。
砂川と艦長は、他の隊員には、人間兵器のことは、秘密にしておった。
でもって、隊員には、絶対に入れねえ場所があった。それは、倉庫じゃ。
あそこは、南京錠がかけられとって、だーれも入れねがった。じゃとすると、逃げ込むなら、倉庫しかねえべ。
演習や長期の航海に出るときは、食料倉庫になるが、今は、空っぽじゃ。
倉庫は、一番下の層の、エンジンルームの傍にあった。
狭え廊下を歩いてゆくと、ジーンつう地を這うようなエンジンの音が響いてきた。
廊下は空気が淀んじょる。脇の下にゃあ、誰かにみっからねえかと心配すて、冷や汗が噴出しとる。
案の状、倉庫は南京錠がはずされ、中から鍵がかかっとった。これで砂川がいるのは確定じゃ。
由香里は、予備のキーを持っておった。
誰かが尾行すてきたような気がすて、後ろを振り返ったが、誰もいねかった。
そっと鍵を差し込んで、ドアを開けた。
中は暗かった。由香里は懐中電灯で中を照らした。
明るくすたら、敵が何かの影に隠れちょる分、自分が不利じゃ。
食料が運び込まれたなら一杯になるだろう幾つかの棚は、ほとんど空だったへー。
パイナップルの缶詰の入(へえ)った箱や、カレールーのでっけえ缶が幾つか残っちょるだけじゃった。
が、棚は倉庫の真ん中辺りに寄せられ、中央には、レーザーの修理の装置がぎっしりと置かれておった。
旋盤のようなものや、箱のようなものが、机の上を占領して、手術台と思しき台も見えた。
砂川の姿はねかった。じゃが、いつ、どこから、レーザー光線でやっつけられるかもしんねえ。
由香里は、勇気をふるって、中に足を一歩入れた。
何も動かねえ。また一歩、腰を低くすて、机に隠れるようにすて、足を進めた。
中は食料の残りが腐ったような匂いがすて、鼻を覆った。腐ったっちゅうよりは、血の固まった匂いか?
突然、カタンっつう音がすて、文字通り飛び上がった。
缶が落ちた音じゃった。棚の向こうに砂川はおる。
確信した由香里は、棚を回りこんだ。
だども、そこにも砂川の姿はねかった。
あったのは、ベッドがわりのビールケースで、上に薄っぺえ布団が敷かれておった。
誰かが泊まったんじゃろう。人間レーザー兵器の研究はチームで行われちょるだろうから、その中の一人か?
じゃが、とりあえず、今探さなきゃいけねえのは、砂川じゃ。
ベッドの脇には、飲み干すたビールの缶が何本か置いてある。
新聞紙も落ちておった。血が飛び散っちょった。
由香里は、棚の反対側に目をやった。そこを今、誰かの影が走り抜けたように思えたからじゃ。
「誰?」
由香里は、懐中電灯を振り回すた。
だども、相手は、すばやくどっかの箱の陰に隠れた。
砂川に違(ちげ)えねえ。息を殺すて、懐中電灯で、あちこちを照らすた。
その間も、狙われねえように、すばやくあちこち歩きまわった。
シュッ。
すぐそばでー、何かが掠める音っこがすた。レーザーは音がねえから、何かが投げられたに違えねえ。
由香里は、あちこちの裏を探すて回った。
と、手術台の後ろで、誰かの息を後ろに感じた。
「動くな!」
思わず横っとびにとんだ。
ギシッと音を立てて、椅子のようなものにけつまずいた。
同時に左の乳っこの上半分に強烈な痛さを感じた。
乳っこの中間を赤い線が横なぎにぶった斬るみてえに貫いておった。乳っこが、服ごと、半分ぶらぶらと千切れかけちょる。
「グエッ」
由香里は、悲鳴を上げて、後ろへひっくりけえった。
レーザーじゃ。
服が焦げて、大量の血が噴き出しとった。激痛が走っちょる。
乳っこが半分、鋭利な刃物で斬られたみてえになっちょる。すんげえ威力じゃ。
「チ!」
舌を打つ音がすた。
「せっかく出力を上げたのに、惜しかったぞなもし」
砂川はすぐ後ろにいた。息も乱すておらんかった。
由香里は、激痛を必死に我慢すて、滅茶苦茶に懐中電灯を振り回すた。
電灯の端が砂川の髪を掠ったような音がすた。
由香里は、相手のいる場所をめがけて、手当たり次第に、そこらにあったもんを投げた。
ガツン。重てえ道具が、砂川の肩に当たる音がすた。
ゴト。砂川が倒れる音がすた。
由香里は、懐中電灯で相手を探すて、電気の輪の中に捕らえた。
砂川が逃げようとすた。由香里はすっとんで、砂川の脚におっかぶさった。
乳っこがひきつれて、ちぎれそうに歪んだ。あったらしい血が噴出すただ。
そのまま右手の懐中電灯を捨て、ポケットの中から麻酔の注射器を出すてふりかぶった。
グサ。
じゃけん、横から手を振り払われた。その力で、由香里は横に倒れた。
砂川が立ち上がろうとすた。
だども、一瞬早く、由香里の左手が小型の噴霧器を押した。
相手の隙をついて、左のポケットからクロロホルム入りの噴霧器を掴みだすておいたのじゃ。
由香里は盲目的に噴霧器を押し続けた。
「くそー」
砂川が悔しそうな声を上げて、失神すた。
3
――数十分後。パンジー教団。奥多摩支部。
自称若頭の関は七階のバーの窓から外を見下ろしとった。
バーは三十畳ほどあり、中は暗いが、各テーブルにキャンドルが置かれちょる。
幹部たちが信者の女に、酒を注がせちょるのが、微かに見える。
どの女もランジェリーか透け透けのネグリジェを着せられとる。
隅の舞台では、踊り子たちがライン・ダンスや、ベリー・ダンスを披露すとる。
地方からの団体信者たちを歓迎するためのものじゃ。
彼女らは乳バンドは付けていねえ。パンテとハイヒールを履いとるだけじゃ。
この情景も、最初は興奮したが、毎日だと普通になり、感覚が麻痺してくる。
「シャブはいけねえ。身を滅ぼす」
関は自分に言いかけた。
「染まったら身を滅ぼす。少しでも飽きた時か、危ないと感じるうちに止めるべきだ」
関はまだ次男の話を妄想だと信じとった。その上で、今日を限りにヴィデオは止めようと考えちょった。事故で女を殺しちまう危険性も高え。
では、ヴィデオを止めるにはどうするべきか? 関は考えた。
「あれはいけねえ。あれさえ無けりゃ、二代目も俺も、深入りはしねえはずだ」
では、止めさせる、どうすれば良えか?
女が感じねば良え。だば、感じなくするにはどうすればええか?
「良次が必ず使う催淫剤の中に、睡眠薬でも入れといて、眠らせちまえばいいんだ。あるいは、風邪薬で脳味噌を麻痺させるか」
関は、早速、幾つかの睡眠薬と効き目の強い風邪薬の袋を用意させた。
暫くすっと、次男が黄色いポルシェで山の中腹を通過して到着するのが見えた。
(やれやれ、気が重いこった)
今夜は七階の幹部の食堂とカラオケバーの仕切りが取り払われとった。
二代目の命令で、椅子を隅に丸く並べて観客席を作り、机は片一方に寄せてあった。
暫くすっと、次男がガウンをまとった美理を抱き抱えて、エレベーターで上がってきた。
美理は空ろな目を開けて、次男の腕の中でぐったりしちょった。
次男は、そっと美理の体をカラオケバーの真ん中のシャギー絨毯の上に置いた。
ガウンがハラリと両脇に落ち、下から、ほんのりピンクに染まった肢体が現れた。
下着以外は何も着けていねかった。乳っこは、簡単に暴走しねえように、なめし革で覆われとった。
次男の息使いの荒さは、普通でねえ物を感じさせた。
だども関はまだ幻覚だと考えとった。伸びる乳房なんぞ、戯言じゃあ。
次男の後ろにはビデオ撮影とデジカメ撮影役の部下が従っとった。
裏ビデオや裏写真を撮る時には必ず駆り出される部下じゃ。鼻の下や顎に髭を蓄えて、いっぱしのカメラマンを気取っとる。
二人はそれぞれのカメラや道具を床の上に置き、照明の準備にかかった。
次男は「お前らも撮影して良いぞ。とにかく凄えんだから」と幹部に声をかけ、自分は、どっかりと女の近くのソファーに腰を下ろすた。
興奮しちょるようじゃったが、疲れてもいるようじゃった。
関は部下に命じ、次男にはロマネ・コンティを、女には、もうちっと安いワインをもって来させた。
ロマネ・コンティは次男のお気に入りのワインじゃ。
「どうですか? 女もかなり酔いが覚めたでしょうから、あっしが、また新たにワインを飲ませようと思いやすが」
関はロマネ・コンティを次男のグラスに注ぎながら、鎮静剤のたっぷり入った瓶を持ち上げた。
「ああ。そうだな。酔ったほうが、あの乳房は扱い易いってことが判明したんでな。たっぷり、飲ませてやれや」
上機嫌の次男が、喉を鳴らしてワインを飲み干すた。
「へい」
関は顎で合図すると、部下が女の後ろから抱き抱えるようにすて、喉の隙間を確保すた。女はまだ空ろな目で半分は失神状態じゃった。
関は女の口を開けると、沈静剤のたっぷり含まれたワインを静かに傾けた。
女は数回ごぼごぼとむせ返ったが、何とかワインを飲んだ。
そして、うーと肉食獣の咆哮のような声を響かせた。
4
――十二月二十一日、深夜零時半。舞鶴・自衛隊ヘリポート
舞鶴のヘリポートは海に張り出すように設計されちょる。
三女の由香里は教祖の次女・黒沢アリサの待機するヘリポートで、台車に縛り付けて載せてきた砂川の体を下ろすた。
宿舎やメインの建物とは、林で仕切られておるから、人は誰もいねえ。
UH−1ヘリで近くの航空自衛隊基地まで戻り、F15イーグルで発進すれば、教団まではものの十分、このヘリでも一時間くれえだっしゃ。
レーザーで切られた乳っこには、自分で大量に鎮静剤を注射すた。
鎮静剤は医務室から盗んだ。乳バンドの上からきっつく包帯を巻いた。
それでも、動いたりすっと、激痛が走るだ。乳っこ全体が熱で燃えておるようじゃ。
一刻も早く教団に帰って、医師に縫ってもらわねえと、いけん。
砂川の体をヘリに載せっと、睡眠薬の利きが甘かったんか、砂川が半分覚醒すて、うめき声で叫んだ。
「まんずー、まんずー、こげんこつ、しちゃあいけねえさいがー。すんきゃあヤバイさー。おみゃあさんには別の未来があるはずさー。引き返すだもし」
由香里は冷てえ目で見返すて、アリサと口を合わせた。
「何を言ってんだべー。遅(おせ)えだーが」
今は次女の美理を助けるため、おまけに自分の縫合手術のために、一秒でももってねえ時だった。
発進準備が整うと、由香里はヘリポートの端からカールの声を聞いた。
カールも睡眠薬の効きが甘く、すぐに覚醒すたようで、後からおっかけてきた。
盛んに「ゴー、バック」を連発すておる。
由香里は銃を取り出すた。
「重要な任務だからはあ、邪魔するでねえだー」
銃でカールを追い払(はれ)え、後ろも見ねえで中に乗り込んだ。
だども、カールは諦めんかった。大声で叫んでは追いかけてきた。
由香里がヘリに乗り込むと、アリサが大急ぎでエンジンをかけた。
エンジンが始動すた。時を置かずにアリサはコレクティブ・スティックを引き上げた。
由香里はヘリの後部座席に自分の体を固定しようとすた。
アリサがローターの回転を上げる。強風が起こった。
さらに操縦棹を操作すて、アリサは機体を上昇させた。
格納庫のすぐそばまでカールが走って来たが、旋風で十メートル以上は近づけねえ。
機体を一メートルほど上げる。
それと、ほぼ同時だった。
ヘリの防弾ガラスに銃弾が炸裂すて、鈍(するで)え音を立てて罅が入っただあ。
由香里を阻止すっぺえと、カールがガラスを狙って銃撃すちょる。
(?)
由香里には信じられねがった。アリサも同様だった。エンジンを一瞬で元に戻すた。
ヘリはゆっくり着地すた。
ローターは回ったままじゃ。強風の中でとんぼが着地するような不安定な態勢だった。
「由香里、片付けるべきことは早く片付けちまったほうがええだ。おめも将来がある身なんだへー」
アリサも東北出身じゃあ。
決意を秘めた言葉に促され、由香里は安全ベルトを外すた。
アリサはブレードを水平にし、ローターを回しー、いつでも飛び立てる状態にすちょる。
由香里は後部座席から降りた。間髪いれずにカールが駆け寄った。
由香里には彼の気持ちは分かっておった。さっきから何べんも好きだと言われとったからだへー。
自分を愛すてくれる人がこの世におることは、嬉しがった。
座り込んでしめえそうに嬉しがった。じゃけん、甘い感情だけで、ぐずぐずと崩れてすまう自分は許せねがった。
自分にゃあやらねばならんことがあるでー。愛や恋はその後でもできる。
「ナッシング(何も)セイ(言わない)。バット、ユーにはアイがニード(必要)だ。それをアンダースタンドして欲しい。アイは、ユーのクレバー(よさ)さをノウ(知って)して、ユーをラブしてしまった。もうワーク(仕事)もジャパンもどうでも良い。こんなワークは捨ててアブロード(海外)へランナウエイ(逃げよう)しよう。ツーパーソンきりでリブ(暮らそう)しよう」
カールは一気にまくし立てた。ここで言わねば死んじめえそうな声だった。
だども、由香里は耳を貸さんかった。
自分に鞭打つように、「それは今くっちゃべるでねえ。今は姉っこの救出が第一なのっさあ」を事務的に繰り返すた。
ちっとでも声を上げたら感情がコントロールでけなくなりそうじゃった。
「お願げえだから、この任務が終るまで待ってくんろー」
由香里は冷てえ声で伝えっとー、足音も高くヘリに乗り込みかけたが、カールは怯まずに、後ろから力の限りを込め、由香里の手を引いた。
由香里は殴りつけんばかりにその手を振りほどき、乗り込もうとすた。
乳っこに激痛が走っただあ。
カールも負けじと両手に力を入れ、何とか引き戻そうとすて、もみ合いになっただー。
由香里が手を振り払う。カールの顎に痛烈な掌底打ちが炸裂すた。
カールが押し殺すた声を上げ、思わず手を離すただあ。
その隙に由香里はヘリに駆け込み、アリサがコレクティブ・スティックを引いたっぺえ。
今回のアリサは迷わねかった。一気にローターの回転を上げた。
竜巻並の旋風が巻き起こった。
ヘリが前のめりになりつつ発進しかけた。機体が地上から五十センチほど浮き上がった。
「由香里、ノー(駄目)だ――」
カールも数秒遅れて立ち上がり、風を潜るようにすてヘリの脇の棒に捕まったのす。
だども、カールの手が掴んだのは、けっこう太えもんで、掴みにくっかもんじゃった。
ずるっと掴んだ手が離れた。体制が崩れたが、すぐ下の床に捕まった。
ローターが急回転すて、ヘリは不安定に上昇しかけちょった。
「由香里、降りろ――」
風の中でカールは唾を飛ばすて叫んだ。手に力を込め、反動をつけて中にもぐりこもうとすた。
「カールはこないでくんろー。これはわだすの問題なのじゃ――」
由香里が叫びながら振り向き、操縦席の側にあった箱状の物っこを投げつけた。
箱状の物っこは、金属製の音をたて、カールの手に当った。鉄製のライターだった。
カールは一瞬顔をしかめたが、握った手はどげんすても放さんかった。
嵐に遭遇した状態のヘリは左右に激しく揺れてへえ、上昇できねえ状態じゃった。
「降りてくんろ――。お願げえだから降りてくんろ――」
由香里が金きり声で叫び、アリサもヘリのテールを左右に動かすて、カールを振り落とそうとすた。
カールは渾身の力を込めて、なおもしがみつぐ。
ギシュ。
同時に小っこく湿った音がすた。
床を掴むカールの手から血飛沫が飛び、鋭(するで)え悲鳴が上がっただあ。
カールが皮膚の裂ける痛みに顔を歪めちょった。手に当ったのは銃弾じゃった。
由香里は発射された方角を向いただあ。
撃ったのは病院へ搬送されたはずの艦長じゃった。病院から抜け出すたんじゃあ。
銃を持ちー、目を細めー、片足はギブスでへー、満身創痍でやっとこ立ってヘリに狙いを定めておった。
「撃たねえでくんろ――」
艦長に向かって由香里が叫んだ。
カールが瞬間的に片手を離すた。後から、なおも二発の銃弾が発射された。
揺れるヘリの中で、由香里は大きく目を見開いて艦長を睨んだが。
また拳銃の音が響き、跳弾が一発、由香里の肩をかすった。
由香里の肩に刺すような鋭痛が走り、体がぐらりと揺れた。
「ストップ(やめれ)――」
カールが床を掴んだまま叫んだ。アリサが夢中で二つのレバーを掴んだ。
ヘリは揺れながら回転してへえー、向きがあちこちさあ変わった。
気がつくと開口部正面に艦長がおった。十メートルほど離れとった。
艦長の唇は、「どけー」と動いとった。銃口はカールに向けられちょる。
由香里は、カールが金輪際床を放さねと判断すた。
(カールを乗せて上昇するだ。それ以外に艦長から逃れる方法はねえだ)
由香里は祈る思いでアリサを見るどお、アリサがコレクティブ・レバーをちっとべえ戻すた。
ヘリの動きが一瞬緩やかになった。
カールが着地用車輪に足を乗せて反動をつけ、体を半分、上に引き上げた。
ヘリは風を巻き起こすてへー、複雑な動きで回転しちょった。
由香里はカールに手を伸ばすて艦長を探すた。またまた乳っこに激痛が走った。
斜め後方で、ギブスを装着すた艦長が松葉杖をつきながらへー、敏速に動いとった。
シューっつう、歯と歯の摩擦音を響かせて、走っとった。
自分に気合を入れ、走りながら、ヘリの開口部よりアリサに狙いをつけちょった。
肩でも撃ち抜いてへえ、ヘリを止めさせる気だべ。
「ゴー・アップー(上がるんだ)――」
カールが一っちょうでっけえ叫び声を上げた。足が着地車輪の上に乗り、脚の屈伸で床に飛び移れそうだった。
また数回、乾いた炸裂音を立てて、拳銃が煙を吐いた。
生木が裂けるような音が上がり、窓に亀裂が入(へえ)った。
アリサが全身の力を込めて操縦桿を握り、一気にローターの回転を上げた。
ヘリが激しく左右上下に揺れ、一メートルほど上昇すた。余計に傾きがでっけくなった。
カールが脚の屈伸を利用すて、ヘリの床に飛び込んできた。
アリサはヘリを上昇させ、格納庫の屋根よりはるかに高くなった。
松葉杖の艦長は踵を返すて、別のヘリ置き場に向かっちょった。
「ミー達をショット(撃ち)落す気だ。あの艦長ならドゥイット(やるだ)。任務の鬼だから」
カールが、ヘリの床で入り口の棒に捕まり、低い声を吐き出すた。
由香里も同じ予想を抱いただ。カールがドサリとヘリの床に腰っこをおろして、でっけえ安堵の息をついた。
ヘリは頭を下げて前進を始め、下では格納庫の陰に艦長の姿が消えるところじゃった。
じゃがあ、姿が消える直前、ちっせえ照明の中で艦長が振り向いて見上げた。
陽に焼けた顔には引き攣れたような不気味な笑いが貼り付いとった。
視線の先を辿ると、砂川の体が、地上に落下していった後じゃった。
5
――数分後、パンジー教団
次女の紺野美理はさっきとはまた違った異常さの中で、覚醒すた。
体の中で、煮えたぎった溶岩と流氷が喧嘩をしちょるような感じじゃった。
熱砂のルツボの中で回転しちょるような、体の表面は燃えているのに、内臓が凍っちょる。
だるくてしょうがねえ。美理はどうにか瞼を上げた。シャギーの絨毯の上で、良次に後ろから抱き抱えられ、周囲には沢山のライトがあった。
(やんだ。またビデオだへー。ビデオだけはやんだっぺー)
美理は身をくねらせてライトから逃れようとすた。
だが男の腕は太く、とても逃げられそうにねかった。
「駄目だよ。美理君。こんなに沢山の男がいたんじゃ、君の一対の乳では、とても太刀打ちできないよ」
良次が嬉しそうな声を上げた。美理は目を細めて状況を把握しようとすた。
カメラマンが、少しライトを横にずらすと、十人ほどの男とダンサーや女の子たちがいるのが、朧気ながら見えた。
(それにしても、何を飲まされたのだっぺや? だるくて死にそうじゃあ。熱くてしょうがねえ。走り回っちまいそうだべやー)
美理は、腕から逃れようと良次の肩を押すた。
その姿があまりにもだるそうで、逃れられねと判断すたのか、良次が腕の力を緩めた。
(やんだ。毛足がくすぐってえ。気持ちええ)
美理はシャギーの上に体を落とすて、絨毯に体を擦り付けて転がった。
薄い鞣し革の端が擦れて、ちっとべえずれた。
美理の体の中は、まだまだ溶岩が渦巻いちょるような感じじゃった。
(フローリングの方が、ひゃっこくて、気持ちがええだ)
美理は床の上を這って、フローリングの上に移動すた。皮膚がキュルキュルと音をたてた。床は肌の熱を奪ってひゃっこくい。猫のように床の上を転がった。
「へい。いつまでも遊んでいてもしょうがねえ。そろそろ撮影に行くぜ」
耳のそばで不良息子の低い声がすた。
「やんだ、待ってくんろ。もうちっと待ってくんろ。今は、熱くて熱くて、死にそうじゃー」
美理が床の上を転げながら、反抗すた。
体全体から汗が吹き出しちょる状態で、皮膚が照明にテロテロと反射すてた。
周囲には、自分のカメラを構えた幹部たちが、嬉しそうに集まり始めていた。
だども、良次の目は冷たく光っていた。
「すぐに、前代未聞の症状をみせてやるから、焦るな」
良次は顎で部下に合図をし、使い込まれて黒光りすてる縄を持ち出させた。
関が近寄り両腕を頭の上に持ち上げ、手首を縛った。
「やんだだ……。お願えだへー。まんだ、体が熱くて……、う少し待ってけろ」
美理は抵抗すたが、関はかまわずに、汗で濡れている体を床の上に立ち上がらせた。
手首を縛った縄が、別の長い縄を通され、天井から輪の形に降りている鉄のパイプに通された。
良次が長い縄の端を力を込めて引いた。縄と一緒に、手が引き上げられた。
「痛(いて)えのはやんだ……」
美理は体を揺すってもがいた。
「大丈夫。俺も学習したから。痛くはしないよ。気持ち良くさせてあげるだけさ」
良次が揺れる体をなぜて目を細めた。嬉しそうに自分の唇を嘗めている。
「アア……、苦しいんだっぺ……。体が熱いだっぺ」
美理は苦しくて、頭を前後に揺すって息を吐いた。良次は手を緩めずに縄を引いた。
足が立つ地点まで引き上げられて、縄は止まった。
関が次男に協力すて、縄の端を器用に部屋の隅の鉄のパイプに縛り付けた。
「さあて、どこから、触って欲しいかな? おっぱいかな? それとも」
良次が嬉しそうな口調で囁きながら、なめし革の上から美理の乳っこに指を置いた。
幹部たちが一斉にカメラやビデオを取り出すて撮影を始めた。
「ウ……クク……」
美理の体の中で溶岩が暴れ始めた。体は今にも踊りだしそうな感覚じゃった。
「ああ、凄え、やめてくんろ……。お願(ねげ)えだ」
子宮から、ピシピシするような電流が、肌全体に広がった。
「ほら、感じてるじゃないか。だから催淫剤なんだよな」
良次が、もっと強く乳っこを握った。
「アア……、苦しんだへー……」
美理の頭がい骨に、乳っこの先からの電流がビシビシとぶつかって、共鳴すた。
「そうか、苦しいのか。分かるぜ。ワインもしこたま飲まされているんだものな。だがな、これでさっきは、おっぱいが俺の思う通りの動きをしたんだ。もう少しの辛抱だよ」
良次が美理の片方の足を掴んだ。汗で、脚を掴む手がするりと滑った。
すかさず関が横から手を出すた。両手で膝を抱えた。良次の指は乳っこに戻っちょった。
「へい。ようやく乳が震え始めたぜ。朝露に濡れた薔薇のようだ。俺の指に絡み付いて、蛸のように動いているぞ。いよいよだ」
良次の指が乳っこの先を摘んだ。
美理は思いっきり体を後ろに反らせた。
すると、乳っこの先が伸び、蛸のように身をくねらせて、吸盤のように平たく変形し、きつく手に絡み付いていった。
「スゲエ……」
幹部たちの間から、溜め息が漏れた。
「そろそろ、撮影に行くかな」
良次がつぶやいた。
(やんだ、助けてくんろ……)
美理の体の中を言い知れぬ恐怖が駆け抜けた。
頭のどこかで火花がスパークする音がすた。
「準備はいいかい。お嬢ちゃん」
良次が両手で乳っこを掴もうと、美理の目の前に翳すた。
美理は、逃れがたい恐怖を実感し、ぞわぞわと震えつつ身悶えすた。
それとほぼ同時だった。乳っこの奥のほうが不気味な動きをすた。
全体が地震のように蠕動し、なめし皮の下から乳っこがむくむくとはみ出し、乳っこの先が更に伸びた。
幹部の何人かがカメラを取り出すた。
薄暗闇のなかで、密やかなシャッター音が何回もすた。
痛えような熱いような快感が、美理の子宮の奥の方から沸き上がった。
(あ、これは……)
最初に長男を吹っ飛ばすた時と同じ感覚じゃった。でも何かが違うべ。
それは、催淫剤と鎮静剤の混合のせいじゃった。
美理自身には分からねかったが、今までとは比較にならねえ快感じゃった。
溶岩の噴出にも似た灼熱の激流が、子宮を震わせて、恥骨がカタカタと音を立てた。
あちこちでビデオの回る音がし、カメラのフラッシュがたかれた。
同時に、また背骨を貫いて冷てえ快感が走り抜け、母乳が猛烈な勢いで噴き出すた。
そして、傍に置いてあった、撮影機材と撮影済みのフィルムやチップを完全に濡らすた。
カメラなどからぱちぱちと火花が飛んだ。良次が、怒り心頭に発すて、ワインの瓶を床に投げつけた。
同時に、美理の乳っこの先から乳白色の激流がピシュシュシュシュっと、音を立てて噴出すた。
反動で、美理の体は腕を中心にすてぐるぐると円を描いた。
母乳激流は、なおも激しく幹部たちの顔を目掛けて噴出すた。
何人かが、叫び声を上げて壁に吹き飛ばされていった。
七階のフロアーに、幹部たちの悲鳴と怒号が渦巻いた。
フロアーは、母乳の飛沫でナイアガラ瀑滝のような状態を呈すた。
飛沫と霧で、隣の人間の顔も判別不可能になった。
美理の体の中にまた別の激流が渦巻いた。
さっきのとは逆に、氷山が崩れ落ちるような氷点下の衝撃だった。
(ア、来るべや……)
美理は直感的に、次の攻撃が始まると察知すた。
数秒後、ギュ――ンと空気を震わせて乳っこが伸びた。
片方の乳っこの先が、手の形に変形し、壁に設置してある鉄のオブジェを掴んだ。
美理の手は天井から下げられとった。
「凄え――」
何回か、フラッシュが瞬いた。
手に変形したおっぱいは、ぎゅーんと撓んでオブジェを手元に引き寄せて何かを狙った。
そして、空を切った。
ガツ、ガツ。
飛行軌道の中にいる幹部が、何人かもろにぶつかって撥ね飛ばされた。
「逃げろ――」
幹部たちが慌てて走りだすた。天井からの縄が、きりきりと撚れて音を立てた。
おっぱいハンドが逃げる男たちを追いかけた。
後ろから、力任せに幹部たちの頭を殴り付けた。
グエ。
何人かが床にぶち付けられた。顔を下にしてバウンドすた。
母乳でぬれて、白い飛沫が飛び上がった。グギっと鼻の折れる音がすた。
床に折れた歯が転がり、血が飛び散った。血は白く濁っておった。
「待て――」
それでも良次は美理のおっぱいハンドを追いかけてきた。
何回か美理の乳っこと戦って、比較的落ち着いていたのじゃ。
良次の手にはクロロホルムを浸したハンカチが持たれとった。
乳っこは、ハンドの先で良次の熱を感知したようじゃった。
一旦オブジェを棄て、拳の形を大きく膨らませ、良次を目を目がけて拳を繰り出すた。
ガギっと鈍い音を立てて、乳っこ拳が顎に命中すた。
良次は後頭部から床に叩き付けられた。
だども倒れる寸前に、クロロホルムのハンケチを、美理の鼻を目掛けて投げ付けた。
懐かしい香りがすた。美理の意識が、ほんの数秒遠のいた。
「今だ」
幹部の誰かが叫んで、銃を撃った。
ギシュッ。
湿った音がして、美理の肩に激痛が走った。
美理の意識が飛びそうになった。
だどもその時、部屋のどこかから白い水煙が立ち昇って、部屋に充満すた。
「何だ?」
八坂教授だった。
野菜の消毒をする噴霧器を使って薬品を散布しちょる。
菜園があったから、側にあったんじゃろか?
自分だけ防毒マスクをすちょる。
「スミチオンの原液じゃー。普通は数千倍に薄めなきゃ、即、死ぬ猛毒じゃーー。今は十倍だが、まともに吸ったたら死ぬぞーー」
どうやら彼は、美理を助けねばと思い、猛毒を散布する隙を待っておったようじゃった。
(助かったへー)
白い水煙を浴びて、教団員たちが次々に逃げ出してく中で、美理も気を失った。
(続く)
注・この作品はフィクションで、現実の団体名などとは一切関係ありましねえだ。