シリアルナンバー3,6回目

これまでの粗筋。
 紺野美理はパンジー教団で乳っこが暴走すて、不良を母乳本流で殺しちまう。同じ頃、へり護衛艦『はるな』では副艦長が殺されとるのが発見される。次女の由香里が午後7時に、艦長と砂川医官に「ずみずみ争う音がするだっきゃあ。みてくれなもし」と頼まれて来たが、副艦長室は鍵っこがかかっとって、先に艦長の襲撃体を発見すたのだ。同時刻、艦長も誰かに襲撃されとった。
 その後、美理はまた乳っこが暴走して教団員を絞殺しちまう。同じ頃、『はるな』には調査課の人間がやってきて調査をし、凶器はレーザーメスだと断定する。さらに、由香里が上の階に行く途中に逃げる足音がしねかったことから、犯人は、砂川医官と艦長だと断定する。そして砂川に対峙すると、片方の乳っこが人工で、中にレーザーが埋め込まれておった。由香里は砂川と戦い、片方の乳っこをざっくりと斬られるが、麻酔で眠らせる。で、舞鶴ヘリポートから運びだそうとするが、病院から抜け出した艦長に邪魔されて、失敗する。一方、美理はまた乳っこが暴走して教団員を殴りまくるが、銃弾が掠める。が、教授のスミチオン攻撃で難を逃れる。
 第六章

   2

 ――同じ頃。御岳・パンジー教団の研究棟前。
 八坂教授は自分の車の後部座席に美理を乗せると急発進すた。
 良次は失神したが怒り狂っちょる。このまま放置したら、女をいびり殺してしまうがや。
(どげんしても、自分が間に入って、時間をかせいで、良次の暴走を止めねば)
 その一念だった。だども走り出してすぐに、道の真ん中に立ちはだかる人影を発見すた。
 キキィ……。
 三男の徳次と関だった。無視して走りぬけようと思ったが、見つけるや、自分の足が反射的にブレーキを踏んどった。
 人を撥ねるような真似をしたことがねえ教授には、危ねえことはできねかった。
 三男はさっきの部屋にいたが、遠くにいてスミチオンの影響を受けねかったらしく、目を三角にしておった。
 片手には鞄を持っており、もう片手には銃を持っておった。鞄の中には濡れたビデオやデジカメ・チップをかき集めて放りこんだと思われた。
 後ろの関は、被害を免れたビデオ・カメラや三脚などを持っとった。
 教授は、意を決して、エンジンをかけ、再度、ヘッドライトをつけ直すた。
 教授は、ひき殺しても構わねと決心づて、バックにしながら、必死にハンドルを握って、方向転換を始めた。
 研究棟の前の広場を、じりじりと二人が動くのが分かっただー。一人は銃を構えだ。
 ガッシュ
 激しい衝撃音と共に、銃弾がフロントガラスに命中すた。白いクモの巣が広がった。
 だども、真ん中に小っこい穴が開いて、助手席のシートに穴が開いておった。
 徳次の目が教授の心臓を縮み上がらせた。
 教授は必死で、方向を定めると、トップギアーに入れて、アクセルを踏んだ。
 キキキーー。
 耳を聾する音とともに、車は二人の間を突き抜けたが、広場の端で、縁石に乗り上げた。
 ガシュガシュガシュ。
 ちっとべえバックすて、再度全速力で門に続く泥の道を走りぬける。銃弾がトランクを貫く嫌な音がすて、その度に心臓が止まりそうになった。
 車は、曲がりくねる小道を抜けて、門に向かっておった。
 だが、その直後。
 グワン。
 最大級の衝撃が車を襲った。 
 前で激しく何かが砕ける音がすた。急ブレーキをかけた。
 恐る恐る見上げると、道路わきの崖の上から大きな岩が転がり落ちて、フロントガラスを突き破りそうになって、巨大な亀裂が入っとった。
 暗くて、崖に衝突すたのだ。
 幸いにして岩はバウンドしてノーズの部分をすべり落ちていったが、教授の顔から血の気が引いた。
 恐怖で手がハンドルから離れね。それでも、何とか車を出そうとすて、エンジンがストップしちょのに気がついた。
 慌てふためいてキーをまわすた。
 じゃが、セルモーターの空虚な音がするだけだ。
 教授は道の後ろのほうを振り向いた。
 二人が銃を構えて走ってくるところじゃった。
 何とか、このカーブを乗り切らねえと、やられる。
 暗くて、道に岩が散乱しちょるかどうかは、分からね。
 教授は目を凝らすた。少なくとも、ヘッドライトの円の中には岩はみつかんね。
 教授は震える手でキーを回すた。
 数秒後、エンジンがかかった。
 教授は意を決して、アクセルを踏んだ。
 がくんがくんと車が上下すて、かたむいた。左側は崩れかけたがけで、右側は深く落ちる斜面だー。
 車は、上下左右に揺れながら、細い道を下った。
 転がり落ちた石を蹴散らしながら、走った。
 ガシュン。
 今度は、後ろのウインドから入った弾が、ダッシュボードを直撃すた。
 教授は蒼白になって、バックミラーを覗いた。二人の姿は見えねかった。
 だども、すぐ近くのどこかにおる。
 逃げねば。
 ぎりぎりに崖によせて、カーブを切った。
 その直後。車の屋根に何かが落ちてきた。
 細長い木の形に屋根が凹んだ。ログハウス用に積んであった丸太を転がり落としたんじゃ。
 全身が竦んだ。それでも遮二無二アクセルを踏んだ。
 だども、さらに道の前に、丸太が何本も転がり落ちてきた。
 ある丸太は斜めに切った切り口がギシュっと泥の道に刺さった。
 ある丸太は、ギリリリと縁石を削り、道を削ってすべり、最後は、橇のように滑っていった。
 教授は、ついに諦めた。
 これ以上走れば、事故っちまう。
 ブレーキをかけて、歯軋りをすっとー、崖の上から、二人の人間の哄笑が聞こえてきた。


   2

 ――数十分後、舞鶴港の『はるな』
 三女の由香里は寒さと胸に言いようのねえ熱さを覚えて目(まなこ)が覚めた。
 まぶしい光が自分の胸っこに集中すてて、体はビニールを敷いた固いベッドの上に寝かされとった。
(手術台?)
 固い感触は明らかに手術用ベッドに特有のもので、おまけに周囲の広さや壁の色からすて、今いる所は、一年間住み慣れたヘリ護衛艦『はるな』の医務室に間違えねかった。
 由香里は、ベッドから頭を浮かせて周囲を窺い見た。
 ベッドの脇には全身包帯だらけで片足の膝から下がギブスになっちょる艦長と見知らぬ男がおった。
 男は海上自衛隊のグレーの作業服の上に白衣を着ちょり、まだ手術用のビニールキャップとゴム手袋をすてタバコをふかしとった。
 血のついた手袋と、滑らかな手つきからすて、医官だと思われた。
 艦長と手術をすたに違(ちげ)えねえおのこはー、満足げに由香里を見下ろすてうなづいとった。
 由香里が両手っこを動かすて自分の体を触ると、片方の乳がプラスチックのドームになっとった。
 胸っこにゃあ麻酔がかかっちょるのかー、痛みはねかった。
 むしろ胸部全体が熱いような感触で感覚がねえに等しかった。
(もすかすて)
 由香里はいやなものを感じた。
 人間兵器・砂川が十メートルくれえの高さから落下すて行く姿はー、はっきり覚えちょる。
(あの高さからだとまず助からねえべえ)
 あの後、アリサが衝撃を受けて操縦を誤り、ヘリがほぼ失速に近え形で着地すたのも、うっすらと覚えちょる。
 自分はその後失神すたのだが、艦長のストイックな性格と、この手術後の状況から考えれば、自分の胸っこに何がなされたかは想像がついただー。
「やあ、ようやく気がついたなもし」
 由香里が麻酔から覚めたのを見て取った艦長が、目を糸のように細め、目じりに沢山の小じわを寄せて由香里を上からのぞきこんだ。
「こちらは、極秘に行われとるキューピー作戦の医務官だ。おみゃあさんの99%取れかけとった片っぽの乳房を切除して、そこにレーザー光線を埋め込んだがやー。まあ、広島の研究所から比べれば、屁のようなものだなもし。じゃが、要人暗殺計画なんかには、適用さるる可能性がある。武器の検査を潜り抜けられるからのう。それの研究だっぴゃあ」
 由香里は黙って人工乳首の先のノズルと鉄の三角錐を見返すた。
 今さら何を言っても無駄だっぺ。
「どんだ。自分が人間兵器になった感想は」
 艦長ももう何の説明もせずに、由香里に次の命令を下す顔つきになった。
「わだすは艦長の命令には従えませんからのう」
 由香里も何の質問や抗議もせずに、ぷいと横を向いて宣戦布告をすた。
「ほっほ――。こりゃこりゃ、どうもねえ。さすがにわーの睨んだ戦士だけのことはあるぞなもし」
 艦長が嬉しそうに由香里の肩を軽く叩いた。
「わーは一月ほど前からおみゃあさんが気骨のあるテロリストだと見抜いとっただ。こんな男ばかりの職場で恋人も作らずに一年間働いたからだっぺ。で、砂川君の次には是非おみゃあさんにもハイパー自衛隊に参加してもらいてえと思っとったんじゃ」
 由香里は、口の中でハイパー自衛隊、と繰り返すて、そっと艦長の鶏がらのような顔を見返すた。
 艦長は偉(えれ)え嬉しそうに新(あったら)すい人間兵器・由香里を見下ろすとった。
「最初は、自分の意志で参加してくれる人間をと思って、砂川君に声をかけたのだっしゃ。幸運にも砂川君は、乳癌で片乳を失っておったんで、協力してくれたんじゃ。んでもって、今回も、おみゃあさんは、片乳をレーザーで破壊された。これは何かの暗示じゃ。そこで、手術をさせてもろうたんじゃ。じゃけん、こうなっちまった以上は、おみゃあの意思もへったくれもないぞなもし。協力するしかねえべ。それに、明らかにおみゃあさんは砂川君を死に追い込んだ。わーたちが手塩にかけて開発した人間兵器をだ。であるから、その責任をとるべきなんじゃ」
 艦長は糸よりも細く目を細めて、部屋の隅を指すた。
 そこには砂川医官の横たわる体があったっぺ。
 だけんども、テロを目指す由香里は微かに反論を試みた。
「だども、わだすはそう簡単にはおめさん方の命令には従わねえだから。こうみえても、わだすの意思は強えほうでがんすから」
 じゃが、由香里の抗議は殆ど功を奏さなかった。
「ああ、おみゃあさんが意思の強いのは重々承知しとるぞなもし。だがのう、世の中には催眠術っちゅう便利なものがあるさあねえ。おみゃあさんもそのくれえは知っとると思うがのう」
 艦長が、軽く手を上げると、医官らしき男が血のついた手袋のままで、微笑みながら近づいてきた。
 そいつの手の中には鎖のついたコインが握られとって、歩く途中で黄色くうす暗い照明に落とすと、それがゆっくりと顔の上に降りてくるのが見えた。

 
    3

 ――数分後。奥多摩のパンジー教団。
 車が停止すっと、崖づたいに、二人の男が走りおりてきた。
 三男は黙って助手席に乗り込んだ。関は、後ろの席に乗り込んだ。
 美理はコートにくるまれているだけじゃった。
 三男は、黙ったままの教授を怒り心頭に発すてる目で見下すたが、ある棟に行けと命令すた。
 教授には抗議はでけんかった。
 暫くすて車はホテル並の外装を施すた別棟の前で止まった。
 外見は、女子大生の喜びそうな、お城のような教団のホテルだった。
 際でえ道具なんぞは、置いてなさそうだったが、逆におっとろしそうじゃった。
 教授は真っ先に降りて美理を抱えたが、寒さとアルコールばかりでねく、他の薬品も投与されちょるようで、細い背中は不規則に細かく震えてとった。
 目はどろんとすてたので、酩酊状態もまだ続いちょると思われた。
 三男が最上階まで運べと命令すた。
 有無を言わさぬ雰囲気に、八坂教授は抗うことができねえで、三男の後ろに従った。
 美理は、ぐったりすとって重かった。
 三男はホテルの受付から、薔薇の花束とワインなどの入った鞄を持ち出すた。
 いつでも用意してあるらしかったへー。
 最上階のスイートルームに入ると、教授は美理の体をそっとベッドの上に置いた。
 美理は蛇のように体をよじって、深く浅く息をすてた。
 三男は持ち込んだワインを、登山用の七つ道具のコルク抜きで器用に開け、一本を息もつかずに飲み干すとへー、別の一本を関に投げた。
 次には薔薇を取りだすて、ベッドの上に放り投げた。花束は美理の背中の上に落ちた。
 セロハンに包んでねえ花は、束ねた所を軸に不揃いな扇状に広がった。
 徳次は美理の脇に来て、後ろから足を持ち上げ、美理の腰が浮くまで持ち上げて、下ろした。
「待って。やんだよー。ビデオは絶対にやんだよー」
 まだ朦朧状態の美理が、小刻みに体を震わせながら三男の腕を逃れようとすた。
「ふん、冗談じゃねえぜ。あんな素晴らしいシーンが二度と撮影できるかっつうんだ。あのシーンだけで一千万は稼げたんだ。信者は馬鹿だから。それを……、お前は駄目にしたんだ。お前にはその罰を受ける資格があるんだ」
 自分もビデオ・マニアの徳次がYシャツのボタンを外して言った。
 関は後ろで黙ってワインを、ちびりちびりと飲んでいるだけじゃった。
 迂闊に口出しをすっとー、よけいに徳次を興奮させると熟知すとる。
 教授も刺激すねえように、暫くは静観するっきゃねえと、考えた。
「俺は優しいやり方も嫌いだから。それにおっぱいは革のベルトをすれば、暴走できねえだろうし。さっきより、数倍も厚い革のベルトを用意してあるんだ」
 徳次が鞄から革を取り出すた。まだ牛の形が残とった。
 嬉しそうに目を細めた徳次はベッドに上り、恐怖で震えている美理の体からコートを脱がせ、美理の胸に幅広の革のベルトを巻き、その上から三か所を紐で縛った。
 さらに、自分の脱いだシャツで後ろ手にすた手首を縛った。
 美理は身をよじって逆らったが、酔った女の動作は緩慢で、妨害にはならねかった。
「やんだー……」
 徳次の座った目に恐れを抱いた美理が急に暴れ、隙を見て立ち上がり逃れようとすた。
 だども、その動作はあまりにも非力で、前にいた関に押し戻された。
 関は、危なくなったら制するが、危険でねえ時は従うつもりと見えた。
 徳次がベッドから腕を伸ばすて、神経質そうな指で脇のワインの瓶を拾い上げると、一口口に含んで、ゆっくり飲み下だすた。白い喉がこくんと上下すた。
 美理は、きっちりと引き寄せた両足で、拒否の意思を現すてた。
「やれ、やれ、ここまで来て反抗しなくたって良さそうなのによ」
 徳次が美理の前髪を掻き揚げた。
「や、やんだー。ビデオはやんだ」
 まだかなり酩酊状態の美理が顔を真っ赤にすて泣き声を上げた。
「フフフ。その目は良いねえ。余計その気にさせる」
 徳次がうすら笑いを浮かべながら、美理の体の上でワインの瓶を傾ける。
 暗い照明の中で、冷たい滝が白い肩と腕と胸の上に零れて細い糸を引き、ローズピンクの染みがシーツに広がった。
「お前がいけないんだ。俺の勘に触ることをするから。お前がいけないんだ」
 
「二代目。遊んでやれよ。そうすれば、また売れるビデオが作成できるし」
 関が、後ろから徳次の肩に手をかけた。
「煩え。黙ってろ。あんな、できの良いビデオが、すぐできる訳がねえじゃねえか!」
 徳次がいきなり叫び、関を突き飛ばすた。関の頭が壁にぶつかって堅い音を立てた。
 だども徳次は陶酔の中だった。
 美理の体の下では、体重でひしゃげた薔薇の花びらとワインの滲んだシーツがくしゃくしゃになって波打っちょる。
「そうだ。おっぱいも酒で泥酔させれば、どうだろう。きっと酔っぱらって、大人しくなるんじゃないかな」
 関が徳次の気を逸らすように叫んだ。
「そうか、試してみるか」
 徳次はちっと真顔に戻って冷蔵庫の中から新しいワインを出し、コルク抜きで栓を開けた。
 そして右手で美理の肩を掴んで引き上げた。
 美理の顔が醜くひきつれ、声にならねえ呻きが漏れる。
(ウ……)
 徳次は美理を俯かせたままピンクに上気すた乳っこにワインをかけた。
 ワインにむせ返り、暴れた美理だったが、その時、細い体がメリメリと不気味な音を立てた。
 肉が間歇的に蠢いてへー、尾底骨の上に乳っこ状の肉塊が盛り上がった。
 その乳っこ状の塊は獲物を見つけたような不気味な声を上げた。
「何だ?」
 徳次が咄嗟に手を離すと、乳状の盛り上がりは急速に大きくなり、徐々に唇の形になった。
「ほっほ――。こりゃあ、また」
 徳次が自分の指を乳っこ唇の上にそっと載せた。
 乳っこ唇は、女の唇とそっくりだった。ぼってりと盛り上がり濡れて、テロテロと輝いておった。
 ふるふると、細かく震えちょる。
「まずは、お二人さんに敬意を表して、軽くワインで乾杯だ」
 不良は唾を飲み込むと、小っこく窄まっちょる乳っこ唇の中へ瓶の口を逆さに突き立てた。
 ギュ、ギュルルル。
 乳っこ唇は、一瞬はぐいと瓶の口を包んで、アルコールを飲み下すたが、すぐにガラス特有のくぐもった音を立てた。
 アルコール分が、熱いナイフとなって力一杯縮こまった肉に突き刺さった。
「う、うう……!」
 美理は一瞬何が起こったのか分からぬままに、喉の奥から呻き声を上げた。
 だども本当の衝撃は数瞬後から襲ったらしい。
「な、何すたのへー?」
 乳っこ唇は、急速にアルコールが侵入すて、アルコールに侵食された部分から赤く皮膚が染まって行った。
 アルコールは暴れる魔物となって、美理の体内を駆け巡ったのだ。
 まさに燃え盛る溶岩流じゃった。
 美理は、喉から獣の吼え声を上げ、前後に激しく反り返った。
「二代目そのくらいにしとけよ。最初からじゃ壊れちゃうぜ」
 苦悶の表情を見かねてへー、関が声を掛ける。
「うるせ――。復讐してやるんだ。俺の汗と努力の結晶をずたずたにしたんだからな」
「熱い、熱いだよう……」
 美理の体からはおびただしい汗が溢れ出し、乳っこ唇は激しく左右に振れていた。
 ワインの瓶をつきたてられたまま、何とかして燃える熱から逃れようとすてた。
 関は見兼ねてボトルに手を掛けたが、ぎゅうと押し込まれた凶器はびくともしねえ。
「邪魔をするなと言ったろ――。これは俺の物だ――」
 又しても徳次の顔色が変わり、いきなり関の髪を掴んで壁に叩き付けた。
「ぐえ!」
 関がひき蛙の潰れたような声を出すた。
「俺の物に手を出すなって言ったんだ。トーシローは、これだから嫌なんじゃー」
 甘やかされて育った徳次は同情のかけらもねえ。
 関は立上がり、そそくさと壁際に後ずさり、徳次はゆっくりと美理の元に戻った。
 やんがて、乳っこ唇の間に手と足を掛けると、全身の力を込めてボトルを引き抜いた。
 瓶はゴムの擦れる音を立て、熱い唇の中から束縛のねえ空中に投げ出され、また新たなアルコールの滝をどぼどぼと零すた。
 その滝は真っ赤に上気すた皮膚の上から、一気に真っ白なシーツの上に広がり、むっとする香りを発散すた。
「あ……熱いだー」
 アルコールの熱に体を支配され、美理が虚ろな目を上げた。
 徳次は嬉しそうに、両手で乳っこ唇を弄び始めた。
「止めれ……」
 濡れた髪を頬に張り付かせた美理が身を捩って逃れようとすた。
 熱っせられた体は、余計に熱くなるばかりじゃ。
「ウ……、グ、グ、」
 美理が喉の奥で呪いのように低く呟いた。
 その呟きが一瞬、冬の木枯らしのように甲高く変わり、そんで、顔が青く変わった。
 体の奥から、体を貫く痺れに似た陶酔感が広がり始めとるようだった。
 ついと美理の目が開いた。眼球がカッと蛸のように大きく膨張すた。
「ヤメロ……」
 徳次は、双眸の変化には気が付かず、乳っこばかりに注目すてた。
「ざまあみろ。俺の作戦勝ちだ」
 徳次は勝ち誇った笑みを浮かべ、乳っこ唇の中に、静かに静かに自分の手首を埋めていった。
 だども……。
「ギ、ギエ――」
 一秒も経たねえうちに徳次の体が反り返(けえ)った。
 同時に、この世の物とも思われねえ悲鳴が喉から迸り出て、徳次の足が、美理の体を思いっきり突き飛ばすた。
 細かく動く乳っこ唇から、血まみれの肉塊がずるりと抜けた。
 しとどに血を流し、大小さまざまな肉片を無数に纏わりつかせた腕には手首から先がなかった。途中で、ざっくりと噛み切られとったのじゃ。
 鋭(するで)え歯がかみ合わさったように、幾筋もの赤い筋が咬合して、激烈に刻まれた裂創が走っとった。
 教授はふと耳を澄ますた。乳っこ唇の中でクチャクチャと音がすとった。
 その音は、どげん考えても、鋭い歯が、柔らけえ肉と硬え骨を咀嚼しちょる音に違(ちげ)えねがった。 


    5

 ――同じ頃、奥多摩町、御岳のパンジー教団のホテルのスイート。
 三男の片手が乳っこ唇に噛み切られ、他の人間が恐れをなすて自分の部屋に戻った後。
 美理は尿意を覚えて目が覚めた。部屋は血だらけだった。だども自分以外は誰もいねかった。
 大量の血だけでねく、小さな肉片と手の形をしているが、ばらばらになった骨が幾つか転がっとった。血まみれの肉片もだっちゃ。
 尻の上の乳っこ唇の先がちっせくなっとったが、小刻みに動いとって、血を舐めて、うっとりしとった。
 他にも革の下から生まれつきの乳っこの片方が伸びて、部屋の鍵を閉めている途中だった。体がまだ異常な状態じゃった。
 もう片方の乳は蛸の足状に伸びて、自分の手の紐を解いてくれとった。
 それらが済むと両方の乳はすぐに元に戻ったが、朦状態の最中に何かが起こったに違えねえ。
 かなり前、クロロホルムを嗅がされて気を失いながらも、七階のバーにいたのは覚えとる。
 良次がその部屋に、ビデオやデジカメラのチップを持ち込んだのも、朧気ながら覚えとる。
 その後、自分の母乳で機材が火花を散らしたのも覚えとる。
 さらに白い煙にまかれ、周囲の人間が次々と失神し、自分は八坂教授に抱かれて車に乗ったが、部屋の端のほうで長男とよく似た男が、テープやチップを集めたのも、その後そいつがどこかで車に乗り込んできたのも覚えとる。
 感覚が遮断されてボワッとした状態なのに、バーチャル空間で映像を送り込まれて見せらたような、異様な状態じゃあ。
 美理は自分の体を見回すた。血まみれのベッドの上に横たえられとった。
 最終的に、ホテルみてえな部屋に運び込まれたのは覚えとる。
 最初に連れ込まれた七階のバーとは違うが、部屋は二十畳くれえある。電気はフロアー・ライトが二本点灯しちょるだけで、薄暗え。
 見回したが良次の姿も部下の姿もねえ。別の不良息子の姿もねえ。
 言いようのねえ感覚が体を貫いただ。
 さっき失神する前(めえ)、別の不良息子は流血の惨事を起こして、悲鳴をあげながら泣き喚いとったような気がする。よくは覚えてねえが。
 だども、それは次男ではねえ。次男はバーで眠ったような気がする。
 多分、まだバーで眠っているのだろうと推測すた。
(細切れの記憶からすっとー、教祖の子供の一人が、ビデオやデジカメをもってこの部屋で撮影を再開すたに違えねえ。せば、ビデオやデジカメがあるはずだっぺ)
(一刻も早く、あのおっぱずかしいテープを処分すてしまわねば)
 美理は部屋を見回すた。尿意は耐えがたいほどではねえ。
 取りあえずビデオを回収すて外へ出てから、どこかへ行くまでは、大丈夫だ。
 真中のスツールの脇にフロアー・ライトがある。その周囲だけは明るいが、他は暗え。
 短いスペースの先の照明が出口だと思わるる。
(急がねば)
 良次が起きる前に、あのビデオだけは燃やすてしまわねば。
(何が何でも、あれだけは……)
 美理はそっとスツールからフローリングの上に、足を下ろすた。
 頭に一気に血が上り、歯がカチカチと音を立てそうになる。
 美理はスツールの側の革の鞄に手を入れた。ボストン・バッグくれえの大きさがある。
 ビデオ・カメラと、デジカメに手が触れた。そっと取り出す。
(他にも、テープやチップが幾つかあるはずじゃあ)
 部下たちは、一回、テープやチップを取り出すて入れ替えとった。
 他にも、幹部で撮影すてた人間もいた。
 美理はでっかい鞄の下に手を入れた。八ミリテープっぺえものに、指が触れた。
「全部じゃよ。一つも残らずに、始末すなきゃ、意味がねえんだから」
 美理は自分に向かって囁き、鞄を光の下に持ち上げ、下に手を入れた。
 カタっと音がすて、突然テープが一本、鞄から落ちた。濡れとった。
 思わず鞄を抱き抱えた。
 顔から血が音を立てて降り、手足が一瞬にひゃっこくなった。
 じっと隣の部屋に耳を凝らす。首や脇の下から、汗がふつふつと吹き出しちょる。
 何の変化もねえ。どうやら教団員たちは、ぐっすり寝ちょるようだ。
(良がった。急がねば……。チャンスは、もう二度とはねえんだから)
 美理は大慌てで部屋を見回すた。鞄の側に三脚があり、その上にも別のビデオがあった。
 美理はそれも鞄に入れた。それから大急ぎで部屋の中を歩いて見回すた。
(早く逃げねば。見つかったらお終いだへー)
 頭の中で、警戒信号がけたたましく喚いちょるが、一本でも残っていたらアウトだへー。
 勇気をふり絞り最後の点検をすた。ソファーの上や机の陰なども見た。
 テープやデジカメのチップっぺえものはねかった。
 やっと美理は部屋を出る決心をすた。そこらへんに投げ出してある服を着た。
 男物のソフト・ジーンズのGパンとジャケットだった。
 不良息子の誰かのだと思うとゾッとすたが、自分の服は発見できねえ。
 コートだけにくるまれて連れてこられたのを思い出すた。
 そこにある服を身に付けると、出口に行き脇に置いてあるカギを手に取った。
 車のカギだと思われた。細心の注意を払って出口の扉を開けた。
 心臓が喉から飛び出しそうに打っちょる。外には誰もいねえ。
 幹部も教団員も、皆、疲れて寝とるようだ。あるいは自分の部屋で女を抱いちょるか。
 美理は、十センチくらい開けた隙間から鞄と自分の身を滑り出させた。
 男物の靴があったが、音がするので鞄の中に入れた。車の中で履けばええ。また細心の注意を払って、扉を閉めた。
 後は無我夢中だった。必死で走ってエレベーターに乗り込み、駐車場に直行すた。
 エレベーターを降りると、迷わずに車の列に向かってダッシュすた。
 リモコンキーを押すて振り回すと、すぐに一台の車のライトが点滅すた。黄色のポルシェじゃ。
 車に乗り込み、鞄を助手席に放り込むと、すかさずイグニッションを回すた。
 軽快な起動音が響いた。ようやく美理は大きく息をつき、アクセルを踏み込んだ。
 駐車場から出る時も、ホテルの上階をちらっと見た。電気が点く部屋はねかった。
 どうやら危機は脱出すたっぺ。
 深夜の道路に出て美理は考えた。どこで燃やすだか。それとも埋めっか?
 プラスチックだから、燃やすと凄え煙がでそうだが、埋めて誰かに発見される危険性を考えると、燃やす方が安心だ。
(燃やすっきゃねえわ)
 そう決めて場所選定に入った。
 煙が出てすげえ異臭が漂っても、誰にも注意されねえ場所でねえといけねえ。
 森の中でねえと駄目だ。
(この辺なら大丈夫なんだけどへー……)
 カーナビから、ここが御岳山の麓だとも分かっとったが、道場からもうちっと離れねと駄目だ。異臭が立ち上っても、気がつかれね場所まで行かねえと。
(とに角、一刻も早く道場から離れ、御岳山の反対側で燃やすっぺ)
 決心すっと、美理は一層強くアクセルを踏み込んだ。