シリアルナンバー3,8回目

これまでの粗筋。
 紺野美理はパンジー教団で乳っこが暴走すて、不良を母乳本流で殺しちまう。同じ頃、へり護衛艦『はるな』では副艦長が殺されとるのが発見される。次女の由香里が午後7時に、艦長と砂川医官に「ずみずみ争う音がするだっきゃあ。みてくれなもし」と頼まれて来たが、副艦長室は鍵っこがかかっとって、先に艦長の襲撃体を発見すたのだ。同時刻、艦長も誰かに襲撃されとった。
 その後、美理はまた乳っこが暴走して教団員を絞殺しちまう。同じ頃、『はるな』には調査課の人間がやってきて調査をすて、凶器はレーザーメスだと断定する。さらに、由香里が上の階に行く途中に逃げる足音がしねかったことから、犯人は、砂川医官と艦長だと断定する。んで、砂川に対峙すると、片方の乳っこが人工で、中にレーザーが埋め込まれておった。
 由香里は砂川と戦い、片方の乳っこをざっくりと斬られるが、相手は麻酔で眠らせる。で、舞鶴ヘリポートから運びだそうとするが、病院から抜け出した艦長に邪魔されて、失敗する。一方、美理はまた乳っこが暴走すて教団員を殴りまくるが、銃弾が掠める。が、教授のスミチオン攻撃で難を逃れる。一方、長女の衿は、『ラー』から少女を助けだすために戦っとった。由香里は気がつくと、片方の乳っこが人工レーザーにされちまっとった。美理は、またまた暴走すて、今度は、腰の上に乳っこ唇が出現すて、不良息子の手首を噛み砕いちまった。
 その後、美理は自分の撮影されたビデオを盗み出して燃やすのに成功するが、不良息子に捕まる。衿は『ラー』の教団員の耳を噛み切って少女を奪還。催眠術をかけられた由香里は『パンジー教団』へ、「艦長を確保した」と嘘をついて凱旋する。
第八章
    1

 ――深夜の四時、パンジー教団実験棟
 由香里はトイレから強引に実験室まで引き戻されとった。
 さっき、悩んだあげくに、トイレに行きてえと言って、トイレに行きそのまま閉じこもっていたんじゃあ。
 咄嗟に「トイレを我慢してたんじゃあ、正確な照射ができね」と弁明すたのじゃ。
 じゃが、いくらトイレで考えてもよい案は浮かばねかった。
 窓があったら外にいるはずのカールに応援を頼もうと考えたのだが、窓はねかった。
 だもんで、痺れを切らすた咲子の命令で、部下に連れ戻されておったのじゃ。
 ついに実験室に戻された由香里は、咲子研究員の前で銃を突きつけられ、命令を実行するように迫られとった。
 咲子は楽しむように命令すた。
「あんたが、生粋の闘士で、天下りと税金の無駄使いのはびこる官庁にミサイルをお見舞いし、ついでにうちの教団をもっと大きくしようとしているのは、私もよーく知っているわ。でも、それをやるなら、肉親を殺せるくらいの根性を持たないと、駄目よね。まあ、これはあんたの根性を試すための試練だと思ってやることね。そんなに大変じゃないわ。あんたは紺野家を出た時点で姉妹の縁を切ったも同然。今は私たちと義兄弟なんだから。さあ、やりなさい」
 由香里はそれでも踏ん切りがつかずに、艦長を盗み見た。
 包帯をすて無表情を貫いちょる艦長は、衿をしげしげと見て歩いとった。
 かなり長え間、背中の辺りを見つめていた後、「どんぞ、ご自由に。わーは洗脳され、教団の一員になったのだからもし」と覚めた言葉を吐いた。
 由香里は、命令に従うしかねえと悟った。いくら意思が反抗すても、体が命令どおりに動いちまうんだ。
「待って。まだ、完全に作動するかどうか分らねし。こげな精神不安定な状態では自分自身に向かってレーザーを発射すてしまうかもしれねえし」
 由香里はそれでも微かに抵抗をすたが、無意味じゃった。
「やってみれば分るわよ。あなたがスイッチを押す勇気がないのなら、私が押してあげようかしら」
 咲子研究員が、軽いコメントと同時に、ぐいと由香里に近づいて手を伸ばすて、ポケットからリモコンを出すた。
「これがスイッチかしら。小さいから、きっとそうよね」
 咲子が意地の悪い笑いを浮かべ、スイッチに指をかけた。
 だども、それと同時に、眠り込んじょると思っとった衿が、すっくと立ち上がって叫んだ。
「待ちな。やると決心したんなら、自分でやる子だわよ。三女の由香里は。じゃっどんおいどんは信じてねえちー。妹は催眠術にかかるような弱え人間だとは思ってねえから、全然平気だきにー」
 負けん気の強(つえ)え衿がぎろりと双眸を光らせて、由香里を睨みつけた。
 そげな問題じゃねえべ。
 由香里は言いたかったが、姉が何かを考えちょるようじゃったので、黙っとった。
 昔、科警研での研究に参加すてた姉じゃあ。レーザーについての知識はあるに違えねえ。
 多分、襲われるふりはするかもしれねえが、最終局面で逃げるじゃろう。
「じゃが、照明が明るすぎるだきー。こげなに耀きに満ちた部屋じゃあ、いくら闘士に徹しちょる由香里と言えども、姉にレーザーを発射することはできねえきー」
 いきなり衿が部屋を横切り、証明を消すた。
「止せ。何をする」
 教団員の中でも屈強な男が叫んだ。だども、横から艦長が覚めた声を挟んだ。
「待ちな。そこまで馬鹿にされたんじゃあ、いくら由香里君でもやらねえわけにはいかないぞなもし。由香里君が気骨のある人間なら、きっとやるよ。見学しようじゃないか。さあ、気骨のあるところを拝見しよう。戦闘開始じゃ」
 その言葉と同時に、由香里の手が勝手に咲子の手からスイッチを奪っただ。
 『戦闘開始』っつう言葉で後催眠が開始されたのだ。
「さあ、かかっておいで」
 衿は挑戦的に叫んだ。だども言葉に反すて、自分は広い部屋を素早く走り周り始めた。
「行け」
 艦長が目を糸のように細めて、低く呟いた。
 由香里の頭はその言葉に抵抗を示すたが、自律神経系と体が、勝手にビクンと動いた。後催眠の第二段階に入ったのだ。
 イヤ――と叫びそうになった由香里の頭を物ともせず、足が大きく踏み出された。
 いくら止めようともがいても、足から先に動いて衿を追いかけ始めた。
 由香里の手は、勝手に人工胸の蓋を開き、衿に照準を定めて、そんで、指が勝手にスイッチを押すた。
 ついに人工乳首っこから赤く細い光線が放たれた。
 同時に、咲子が銃を出すて、衿の逃げ道を塞いだ。
 衿はかなり早く走っとったが、光線と咲子の銃に追われてしだいに部屋の隅に追い詰められていっただ。
 そんで、体育館ほどもある実験棟の向うの端で、とうとう追い詰められた。
「死ね」
 艦長が一際大きく叫ぶと、由香里の胸は姉の背中に向かって照射を開始すた。
 赤く細い殺人光線は、まっすぐに姉の左側の背中に吸い込まれていった。
 あんだけ強気だった衿が、部屋の隅っこで硬直すて、グッというような押し殺すた声を上げ、そのまま演台の傍で凍りついた。
 光線は衿の背中の少し左側に入(へえ)り、服がジジジっと燃えて煙を上げた。
 そんで、赤く細い光線は、向うを向いた衿の左胸から、真っ直ぐに突き抜けて出て行った。
 皆の体が凍りついて、さすがに冷血な咲子研究員も思わず目を覆った。
 薄暗がりの中に絹を引き裂くような衿の断末魔の叫びが響き、続いて衿の体を間歇的な痙攣が走った。
 数瞬俊には、完全に心臓の隔壁が焼け切られたのか、小っこく硬直すて、床の上に崩れ落ちていった。
「どぎゃんだね。これでわーが嘘をついてねえことが証明されただもし?」
 艦長がにんまりとすて、低く呟いた。
 衿が策を考えているべ、と期待しちょった由香里は、想像を裏切られて、がっくりと床に崩れ落ちた。

   2

 カールはヘリの中から外へ出ようとしとった。武器の箱の中でずっとウエイトしてたんじゃ。
 由香里は自分が乗るのを確認したから、いつかヘルプに行くのを待っちょるに違えねえ。
 バット、なかなかそのチャンスがねかった。
 ようやく誰もいねくなり、十数分後、やっと、外にでた。だども、どこに由香里がいるのか、パーフェクトにわからね。
 そんで、とりあえず、敷地の中を歩いて、隠れる場所を探すた。
 リトルビットのムーンライトの中で、幾つかの建物ーー修行棟と書いてあるーーと、でっけえ8階建ての建物をみつけた。
 他にも実験棟や食料棟があるらしか。これは、修行棟の壁に耳をつけてー、中の信者の話から得た情報じゃ。
 そのどこかに由香里はおる。
 バット、周囲に誰もいねえ時に入り込んで、催眠術をとかねと、チャンスにならねえ。
 逆にマイセルフまで催眠術にかけられちまうかも知れねえだ。
 カールは、あちこちの建物のそばを歩いて、ドアのオープンしちょるところを見つけた。
 あちこちで、屈強なメン(男たち)が、ビッグボイスで、トークをしちょる。
 どうも、由香里には美理っつう姉がおって、そいつの乳っこがライオン頭に変身すて、教祖のサン(息子)を襲ったらしか。
 にわかには信じられねえ話だ。
 バット、信者たちの興奮すた話ぶりからすっと、ライ(嘘)でもねえらしい。
(とにかく、ヘッドを整理して、ニュース(情報)をゲットせねば)
 カールは見つけたドアを開いて、中にフット(足)を踏み入れた。
 ものすげえバッドスメール(悪臭)がすた。
「オーマイガット!」
 そこは、リビングダスト(生ゴミ)の集積所だった。
 じゃが、外にでようとすっと、すぐ近くで男たちのボイスがすた。
「見かけねえ男がいた。とっつかまえろ」
 これじゃあ、出るわけにはいかね。
 しょうがねえ。
 カールは意を決して、リビングダスト(生ゴミ)集積所に入って、ドアをシャットすた。
 シューズがずぶずぶと大根の切れ端や煮物の余りの中に沈み込んだ。
「グエ!」
 思わず吐きそうになって、マウスを押さえた。
「どこじゃ。ここか?」
 ドアのすぐそばを、男たちが歩いてゆくだ。一瞬とまって、ドアを開けようとすた。
 ハートがストップしそうになった。
 年かさの男の声がすた。
「まさかのう。こげな臭えとこにゃあ、おらんべ」
「じゃのう」
 別人が否定すて、二人は、ドアを開けんと、素通りすた。
 カールは大きくブレス(息)をついた。
 リビングダストの水分が上に上がって、シューズの中に侵入すてくる。
 ズボンの下から臭え水が上がってくる。
 それでも我慢すて数分は、ドアに耳をつけてウエイトす(待っ)た。二人のボイスは遠のいていった。
 ついに我慢できなくなって、ドアを開けた。外の見える範囲には誰もいねかった。
 カールは、腐った水をしたたらせながら、リビングダスト置き場から足を踏み出すた。
 数分歩きかけると、修行棟の下に来た。入り口に一人のウーマンがおって、タバコを吸っておった。
 かなりの年にみえる。ヘアーは白髪まじりで、顔も皺がディープだ。
 カールは決心をすた。このウーマンの前を通りすぎ、実験棟にゆく。
 この棟の向こうが実験棟だと思われる。ここは二階だてだが、その向こうの棟は三階以上あり、近代的な造りをしちょる。ここさえ通り過ぎれば、到達でける。
 そこで、ズボンの水分をほっぺたと眉につけた。裾にからまりついちょる千切りの葱を、数本をヘッドに塗った。
 そこら辺から侵入すてきた浮浪者にみえるに違えねえ。
 案の定、ウーマンの方に向かって歩き始めると、ウーマンは、バッドスメールに気がついたようだった。
 ハートがどきどきしちょる。
 ウーマンの上の電気の届く範囲にきた。ハートがマウスから飛び出しそうになる。
 じゃが、走ったら怪しまれる。わざとよろよろと歩くしかねえ。
 ウーマンが、アイを細めて、こっちを見た。宙を泳いでおったタバコの先が、止まった。
 同時にマウスからでかかっておったスモークが、止まった。
 人生経験をつんでおって、こっちの身を怪しんじょる目だ。
 バット、カールは、歩き続けた。近くまで。ハンドの届くほど近くまで歩いた。
 ゼン、震えながらワンハンドを差し出すた。
「タバコ、ギブミーでないかのう」
 ウーマンに向かって、かすれた声を押し出した。
「タバコ。吸いかけのタバコ。ギブミー。ギブミー」
 ウーマンは見るも汚らわしいっちゅうフェイスをすて、タバコを棄てた。
 カールは恥じも外聞もねくそれを拾って吸った。
「ああ。うんめえ」
 ウーマンに向かってスモークを吐きかけてやった。
「あっちへ行きな。ここは神聖な場所なんだ。修行の場なんだよ」
 ウーマンが叫んだ。
「ウエイト。タバコをワンモアーだけ。それで出てゆくからさあ」
「さっさと出て行きな。警備員を呼ぶよ」
 ウーマンがドアを開けて、誰かを呼びそうになった。
 それは困る。
「アンダースタンド。わかったよ。行くよ。ケチ」
 カールはふらふらと歩きながら、修行棟から遠ざかった。
 そんで、月が隠れてほぼ暗闇となった『パンジー』の敷地の中を、実験棟のほうへ、歩きだすた。
 ウーマンが後ろから見ちょるのが感じられた。
 でこぼこの小道をよろよろしながら、歩いた。ハートはまだどきどきしちょる。
 実験棟にたどり着いた。 
 バット、後ろを振り向くと、ウーマンはまだ見ておった。
 仕方ねえから、実験棟を通りすぎた。
 ゼン、影になったところまできて、そっと修行棟をのぞき見ると、ウーマンの姿はねかった。
 カールは安心すて、実験棟の入り口に行き、隠れ場を探すた。
  
 
   3

 ――同日、深夜四時半、御岳山北・実験棟
 次女の美理は、でっけえ体育館並の実験棟の中に引き戻され、檻の中に入れられちょった。
 関と次男が、相談の上、実験用動物の檻のあるこの道場に、美理を運び込んだのじゃ。
 この実験棟を仕切っておるのは、パンジー・チップの長の能代だった。
 ずんぐりすた体躯、丸坊主りの頭、常に威嚇するように炯々とすた光を放っている双眸、太い亥首。
 どれを取っても新興宗教の武闘集団の長とすて重宝される風体じゃった。
 二人は、能代に、今までの経緯を説明すた。
 まんず、長男が美理の母乳奔流で演壇の縁に激突させられ、釘が後頭部を突き抜け、死亡。
 次には、わらしが母乳奔流で溺死させられそうになった。
 この後、教団員が乱暴しようとすて絞殺された。
 次男は、ここら辺から美理の乳っこに恐怖をいだき始めておった。
 そんで、さっき、手首を噛み切られた三男を目の当たりにすた。恐怖は恐慌状態にまで達すた。
 だども、尾底骨に生えた乳っこ唇を見た関は、逆に興奮すちょった。
 おまけに次男の言葉――酒か催淫剤を投与すれば、乳っこは穏やかに暴走するんだ――を信じとったんで、自分はその方法で、この乳っこを調教しようと考えておった。
 ところで能代は、さっき由香里から携帯をもらい、由香里が自衛隊の秘密兵器を持ってくると知らされとった。
 能代は由香里を信頼すておった。
 自ら自衛隊に潜入すて、自衛隊の人間兵器を得たんじゃ。由香里の帰りを待ちわびとった。
 ちっと遅れてアリサからもすぐに帰るとの携帯が入った。喜びは二重じゃった。
 この実験棟は道場から離れた位置にあり、道場の情報は入ってこねかった。
 入ってきたとすても、麻薬でイカれた教団員の話など誰も信じねかった。
 じゃから、できれば、変身する乳っこなんぞには、関わりたくはねかった。
 だども、関と次男が口角泡を飛ばすて実験すろというので、話だけは聞くつもりじゃった。
「これが、教団員を次々と殺傷したっちゅう女なのか。どこをどう見ても、凶暴な風体には見えねえが」
 広(ひれ)え実験室の端で、ソファーに浅く腰をかけながら、能代は部屋の中をうろうろと歩き回っちょる関と次男に話しかけた。
「だから、究極の恐怖を感じないと駄目なんだ。変身しないんだよ、この乳は」
「そうだ。試しに手足を縛って、水の中にでも突き落としてみろ。たちどころに俺たちの証言が嘘でねえと証明されるから」
 次男と関がほぼ同時に答えた。
「ほほう。手足を縛って水の中か、なかなか面白い趣向ではないか」
 能代の目がすっと細くなり凶悪な色を宿すた。
 それを合図に、後ろにいた部下が音もなく近づき、素早く横にされちょる美理の服を剥ぎ取り、胸に巻かれた革と下着だけにすて両手足を縛った。
「何をするんだ。大切な実験材料だぞ。さっきの言葉はあくまでも例であって」
 次男が気色ばんだ声を出すたが、部下と能代がすかさずマシンガン・MP5を構えて威嚇すた。
「君たちの言葉が正しいかどうか確かめるだけじゃ。突き落とされて死ぬくらいならどっちにしろ使えん。やれ」
 能代の顎の合図で、部下が、事務的に美理をプールの中に突き落とすた。
 冷てえ水しぶきが上がった。


    4

 したたかに酔っとった美理は、水の冷たさで覚醒すた。
 体が動かず、水が容赦なく口と鼻の中さー入(へえ)ってきた。
「何、何なのへー。助けてくんろー」
 叫ぼうとすたが、余計水が入(へえ)ってくるだけじゃった。
 死にもの狂いでもがいたが、腕と足の拘束は解けそうにねかった。
(ぐ……苦しいだべ――)
 鼻腔の奥深くを水が侵略すて、痛さで、思考が麻痺すた。
 苦しくて、思わず唇を噛んだが、歯の力が強すぎて、プツッと唇が切れた。
 血が零れ、生ぬるいぬるっとすた液体が鼻と舌に降りかかった。
 水で薄まっちょるが、紛れもねえ血の臭いじゃった。
 血臭が嗅覚と味覚を刺激すた瞬間、ぞろりと悪寒に似たものが美理の体を這い上がった。
 悪寒ではねえ。快感じゃった。
 一瞬にして乳っこの裏側にむずむずとすた掻痒感が広がり、体全体に鳥肌が立った。
 同時に、肉の底から骨を軋ませ、内臓を押しのけて競りあがってくるものがあった。
 血を好む獣の魂だった。血肉を引き裂いて乳っこの奥から自己主張をしちょる。
 獣の意志は、強烈な痛みと例えようのねえ快感を伴って脳髄を痺れさせながら、子宮と卵巣を捕まえた。
 美理の背骨が、メリリと捻じ曲がり、体形が変化し始めた。
 同時に、体のあちこちの部分が局部的に、急速に異常変化を始めた。
 あまりにもいろいろな薬品を投与された結果じゃ。
 もう水は苦しくはねかった。むしろ親しみすら感じた。
 原始、水の中で細胞が生まれた時のような、あるいは胎児が呼吸をはじめた時のような親しみで包まれた。
 呼吸はせずとも平気だった。水中で意識が透明になり、手首と足首が蛸のように柔らかくなり、するりと紐が抜けた。
 目のくらむような殺傷欲が頭をもたげた。
 水の上、目の前にある人っこの肉を引きちぎり、温かい血を思いっきり吸って、肉に舌鼓をうちてえ。
 美理は水の中で大きく目を開き、目の前の小柄な男に標準を合わせると、大きく両腕で水を掻いた。
 体が軟体動物のように軽く浮き上がった。豹のような俊敏さで、足が水をけって、水の上に躍り上がった。
「きゃあ―――」
 すぐ前におった男が、女のような悲鳴を上げた。
 美理は、水しぶきさーあげ、激しく水を滴らせた。
 背中を丸めて水の上二メートルの高さにまで飛び上がった。
 ザバンちゅう水音とともに宙を切った肢体は、四足獣のしなやかさで跳躍すて、タイルの上に音もなく着地すた。
 そんでー、空気を切った。
 一瞬後には、腰を抜かすて目をむいちょる男の首に牙をつきたてちょった。
 人間の、否、恒温動物の血肉が、口の中で裂けた。
 獣の食欲を持ち、血を渇望すちょる舌と歯が、血をすすり上げ、骨と筋を舐め回すて、肉を噛み千切った。
 男の喉が切り裂かれ、熱っぺえ滝状の血流が降り注いだ。
 体内の獣が喜悦の叫びをあげた。自分の肉の奥底にくすぶっとったものが、突如噴き出すた感じじゃった。
 黒い欲望に満たされた獣のエネルギーがとめどなく噴出すとった。
 美理は、もう何も考えずに、心行くまで血肉を食らった。 
 だども、満足すると、ふと人間の心が戻ってきた。
 美理は血と食いちぎられた肉を捨て、顔を上げた。自分の顎からしとどにぬるつく血と粘液が滴り落ちとった。 
「ほほう。こりゃあこりゃあ」
 驚きを隠せずに、満足すちょる男の顔がそこにあった。
 男が、一歩近付いて、食いちぎられた人間の肉の間に靴の先を入れた。
 内臓は真っ赤な血に塗れちょるが、美理の舌が舐めたところは、綺麗な薄桃色になっとった。
「嘘じゃ―――」
 美理は叫んだつもりじゃった。
 だども獣になった声帯から押し出された声は、ライオンの低い遠吠えじゃった。
 美理は、突然、自分の体に巣食う獣に恐怖を覚えた。
 このままでは、周囲の人間全てを手にかけちまうかもしれね。
 餌となりそうな恒温動物から距離をとらねば。
 咄嗟にそう悟った微かな理性が、体に跳べと命令を下すた。
 まだ理性に支配されている自律神経系が、獣化すた体を離れたプールの縁まで跳躍させた。
 着地すたのは直角になっちょる部分を越えて、人間からは数メートル離れた地点だった。
 まだ動物の臭いがはっきりと捕らえられる距離じゃったが、手を出して簡単に餌を捕まえられる距離ではねかった。
(取りあえずは、安心じゃがの)
 そう思ったが、体の奥底に蟠る獣の欲望は簡単には収まらね。
 ギィ――――――。
 喉の奥のほうから、歯噛みをすてる声が押し出された。
 プールの向うでヒイとか細い悲鳴が上がった。
「ち、乳っこが」
 震えがちに、美理を凝視しておった男が片手を差し出すた。
 釣られて美理は、自分の胸を見た。すっと、体の一部が急速に変形しかけておった。
 皮がずれ落ちて、下から現れた左の乳っこがむくむくと蠕動していたんじゃ。
 美理は黙ったまま自分の左の乳っこを睨んだ。
 薄闇の中に、白い乳っこがぼんやりと浮かび、燐光を発しはじめていた。
 血に濡れた乳っこの表面に漣にも似た蠕動が走っとった。
 幾つかの瘤が盛り上がりつながり、丘を形成すて、乳っこがライオンの頭に変形し始めた。
 そんでー、急速に雌ライオン頭を形成すた。
 ふいにギュルっつう音を発すて、瘤の頂上が口をあけた。
 まるで、雌ライオンが獲物を狙って口を割ったようじゃった。
 ライオンの口の間から、強く噛みすぎて内壁の肉を切ったのか、一筋血が流れ出すた。
 狂おしいほど芳醇な血の匂いだった。
 と、突然、ライオンの口状の肉の裂け目が、変形を始めた。
 たんぱく質だけだった口の中に、カルシューム製のライオンの歯が生え始めたのじゃ。
 白い牙状の歯が見る間に生えそろい、涎を零すて、薄暗え蛍光灯の光を反射すた。
 さらに茶色の口状の裂け目の中には、薄桃色の肉が盛り上がりつつあった。
「舌だ。ライオンの舌だ。いや、獣の顎{あぎと}だー」
 誰かが掠れた声を押し出すた。
 美理ははっと、我に立ち返った。
(逃げねば)
 その思いが体と全神経を支配すた。
 今決然と逃げねば、ここにいる全員をかみ殺すてしまうべ。
 自分の肉体が獣の意志に蝕まれてゆく恐怖。
 どうにも律することのできね恐怖が、脳に速く逃げよと命令を下すていた。
 獣の食欲に反抗すて、まだ人間である脳髄が何とか逃げろ、と命令すた。
 美理は、何万トンもありそうな拘束力を排すて、敢然と廊下に向かって自分の足を跳躍させた。
「待て――」
 後ろからマシンガンを構えた男が美理を追いかけて走り出すた。
 怒りと殺戮の意志に支配された男の体からも、青白い炎が立ち登っちょるようじゃった。

      5

 ――数分後、教団の図書室兼カフェの中。
 美理はとりあえず近くの部屋に入り、四足でキャビネの後ろや机の下などを歩きながら、思考を巡らせておった。   
 どうやら自分は遺伝子組み換えをされた人間であるようだ。
 ライオンに変身する人間? 咲子研究員の話は正しいっぺ。
(嘘だっぺ。信じたくね)
 逃げちょる間に、乳っこ全体が震え、その漣はゆっくりとでっけえ波になり、体の別の部分にまで及んでいった。体全体が変身を始めとった。
 乳っこに同調するかのように、乳っこの周辺から下半身にかけては、目に見えるほどはっきりと獣の毛に覆われ始めちょる。
 高速回転のビデオを見ちょるように、皮膚の上ではライオン色の体毛が生え広がり、皮膚の下では筋肉がキュルキュルと音を立てて動き始めとる。
 筋肉の盛り上がりは、見る間にでっかくなって体のあちこちに瘤を生じさせながら、様々なうねりを生じはじめた。
 ついに美理の下半身は、びっしりと雌ライオン特有の獣毛で覆われつくした。
「出て来い!」
 薄暗い空気の中に男のダミ声が響いた。美理は机の角を曲がってさらに部屋の奥に身を躍らせた。 
 相手は、訓練されているのか臆することもねく、扉の影から素早く室内に体をすべりこませた。
 すぐに美理の気配を感じたのか、大きく手をふり被り、薄闇の中のある一点に向かって引き金を引いた。
 カツン。
 夜気を引き裂いて銃弾が飛来すて、スティール製の書架に当たって跳ね返り、美理の頬を掠めた。
(危ねー)
 自分の意識よりも先に体が避けた。
 だども、まだ完全に四足獣の運動神経ではねかった。
 跳躍すた拍子にパイプ椅子にしたたかにぶつかった。
 痛烈な痛みが腰から全身に走った。すかさず、第二の銃弾がキャビネの端から飛来すた。
 美理は体勢を崩しながらも逃げようとすた。
 が、脚は意思決定を待たずに屈伸すて、机の上に飛び移っとった。
「お・の・れ――」
 男の目の色が変わった。怒り心頭に発しちょるようじゃった。
 美理の骨が軋んだ。喉が低く唸りかけているのを感じた。
 体内の何かが、抑えきれねほど凶暴になっちょる。恐怖を感じると急激に獣化する別動物だへー。
 獣化が進み、痛えほど五感が研ぎ澄まされちょる。かび臭え書類の匂いや男の体臭が、急速に本来の顔と乳っこライオンの鼻孔に侵入すてきた。
 水晶体の奥がチカチカと瞬いて、網膜が再生される感覚が生れた。
 人間では使わね部分の運動神経野を、血液が滝の如き音を立てて駆け巡り始めた。
 今の美理には、敵の動きがスローモーションみてえに見えた。
「そうやって、せいぜい俺を馬鹿にすれば良いさ。だが、いつまで逃げ切れるものかな?」
 男がいささか狂気じみた笑いを口辺に貼り付けて、美理に狙いを定めた。
自分の脚が書棚に向かって跳躍すた。自分の所有物ではねくなっとった。
 棚までは三メートルほどあった。その距離を楽々と飛び越すて、棚の陰に廻りこんだ。
 筋肉の動きが統一的になっちょるのが自分でも分かった。
 獣の意志が人間の意思を上まわりかけちょる。悔しいが、今はそれで助かっちょる。
 鉄の棚は冷たかった。床にしっかりと固定されとった。
 痺れを切らすた男がまた大きく息を吸い込んで、狙いをつけた。ゆっくりと棚を回りこんで、引き金を引いた。
 カツンと乾いた音を立てて、弾丸が鉄の壁に当って跳ねた。
 銃弾の後から男がすぐ前に飛び出すてきた。
 美理の脚は反射的に床を蹴った。主人の意志決定を待たねえ跳躍だった。
 顔の前の空気が、空気銃から放たれたように、鼻先を掠めて移動すた。
 双眸を見開いちょる男が急激に眼前に迫った。
 自分の脚が、人間を狩る目的で、男に肉薄すたのだった。
 猪首で赤ら顔の男が恐れを感じたのか、頭を片手で抱えて、ひょいと腰をかがめた。
 獣の食欲を辛うじて押さえ込んだ美理は、喘ぎながら自分の体を操った。
 眼前に迫った男の頭を飛び越すて、まっすぐに出口まで跳んだ。
 そのまま止まらず、ダイブするように跳躍すて、廊下へ飛び出しとった。
 完全に四本の脚になりつつある手足が、人間の脳の命令を逸脱しようとすて、悲鳴にも似た激痛を発しておった。
 まるで、獣と人間、二重の人格に支配されたような感じじゃった。

   6

 ――同じ頃
 八坂教授は走っておった。腕に美理の牙の痕跡を宿しながら、独自に実験棟などを探すてここまで駆けつけたのじゃ。
 教授はロビー入り口で耳を澄ますた。奥から何かが駆けてくる音を聞いたからじゃ。
 足音から察すると、四足獣のようじゃった。
(まさか)
 疑う教授の目の前をライオンの顔と片方だけライオン頭の乳っこをすた、四足獣が走りぬけた。
(やはり)
 案の定、全身がほぼライオン化しとる美理じゃった。
 完全に四つ脚走りの半獣は、涎と涙を流すてロビーに踊りこんできた。
 ロビーには迷彩色の教団員がいた。教団員は、反射的に獣を迎え撃つ体勢に入った。二十歳くれえの若え男だった。
 若え男は正確には何が起こったのか把握できねまま、盲目的に拳銃を突き出しちょった。
「止まれ。プリーズ」
 男はへっぴり腰で同じ言葉を繰り返すた。顔には怯えの色が走っとった。
 銃口が一点に定まらず、ジグザグに動いておった。
 だども四足の美理は立ち止まらねかった。
 速度もそのままにフロア―を突っ切り、シャーと威嚇にも似た声を上げながら、教団員に飛び掛り、頬を殴り倒すた。
 グシュっと湿った音がすた。抉り取られた赤い肉片が、教授の傍のエレベーターの扉まで飛んで来てきた。それは、濡れ雑巾が当ったような音と共にドアに激突すた。
 生暖けえ物が飛び散り、扉の上をズルリと滑り落ちた。
 男の顔の半分がざっくりと抉り取られちょった。
 教授はフロア―の暗がりへ走り去る美理の手を見た。
 獣の手の甲には斑に毛が生えちょった。産毛以上の剛毛じゃった。
 指には鋭い爪も生えかけちょった。爪には血に塗れた肉がこびり付いとった。
(本格的に獣化しかけちょる。何とかせねば)
 教授はそう思ったが、恐怖で暴走し始めた獣は、美理自身にも統制できねえようじゃった。
 獣は尚もフロア―の中を走りまわっとった。
 肉の内奥から突き上げる食肉願望を抑えようとすておったが。
 うなり声と嬌声を上げ、壁を駆け抜け、天井にまで走り登った。
 ぷすっと、乾いた銃の音がすて、誰かがロビーに駆け込んできた。
 目を剥いて怒りくるっちょる次男じゃった。
 次男はぶち切れちまった顔で銃を乱射すとった。
 銃口からは、間を置いて弾丸が発射され、プスプスと床や壁で鈍い音を立てた。
 獣の指の間からは、カツカツと冷たい音が立っとった。指の皮を破って飛び出すた爪が、床を打つ音だった。 
 四足獣の体は、意思までも獣になることを要求しとるようじゃった。
(隠れろ。とりあえず、どこかに隠れろ) 
 教授は心の中で叫んだ。まだ人間の理性が残っとる美理も同じ意見らしかー。
 暗がりを探すて、ロビーの端に隠れようとすていた。
 だどもロビーには椅子や机以外には、隠れ場所はねかった。半四足獣は、何度も梁から机、天井に駆け上がっては低い唸り声を上げとった。
 ふと後ろから、走り疲れてでっかく肩で息をしちょる次男が優し気な声をかけた。
「分かった。君が特別な人間であることは、良く分かった。攻撃は止める。銃は捨てるよ」
 声量は豊富で、荒い息をすとった。
「約束する。ほら銃はここに捨てる。君には適わない。降参だ」
 声と同時に、硬いものが床に落ちる音がすた。
 次男のおる場所は暗く教授からは何が落ちたかは見えねかった。
 棚の上の四足獣は、微かに作戦ではねえかと疑っちょるようじゃった。
 最初は頭を振っておったが、人間よりも獣のほうが強い力を持っとったようじゃ。
 今は決定権は獣にあり、おまけに獣は単純思考だった。
 人間の脳をちっとだけ残すた四足獣は深く疑わず、相手の戦略に引っかかった。
 ロビーの棚の上に、四本の足で掴まり、ついと暗がりから頭を出すたのだ。
 すかさず銃口が赤い火を噴くのが見えた。バスンと乾いた音が続いた。
 同時に十階建てのビルから地上に叩きつけられたような衝撃を持って、獣の体は数メートルも後ろへ飛ばされた。
 長く尾を引いて、ライオン頭の左胸から派手な血飛沫が飛んだ。
 ライオン頭の乳っこの中でグギっと歯が折れた音がすた。鈍い音じゃった。
 飛ばされながらも獣は、捨てられたのがライターだと悟ったようじゃった。
 瞬時にして双眸に怒りの色が戻ったが、遅かった。
 飛ばされた体は、強化ガラスの窓にぶち当って、ガクンとロビーの床に落ちた。
 全身の骨と肉がミシミシと音を立てちょった。
 ライオン形の乳っこからは派手な血しぶきが飛び散った。
 だども弾が貫通すた様子はねかった。ものすげえ衝撃には違えねえが、背中を突き抜けて飛び散る血は見えねかった。
 獣が体を奮わせた。カツンと血まみれの何かが落ちた。銃弾の突き刺さった牙だった。
 部分的に女の体の四足獣は、激痛に顔を歪め、失神しかけたが、体は徐々に人間に戻っているようじゃった。乳っこだけを除いて。
   
    6
    
 ――数分後
 美理はゆっくりと意識を取り戻しかけとった。
 電気が消えておって周囲は暗えが、ものの輪郭がはっきり見えた。
 居たたまれね不快感がぶりかえすて来た。
 血管の中で血液が逆流しちょる。どげんしても抑えられねえ不快感じゃった。
 意識がさらにハッキリしてくっとー、激痛が全身を支配し始めた。
 激痛は乳っこから全身に広まった。左の胸と肩は感覚もねかった。
 手に目をやると、人間の形に戻っとった。
 乳っこに目をやった。左の乳っこの中心には、歯茎状の赤い丘が形成されちょった。
 ごつごつとすて、盛んに蠕動したまま血を流しちょる。
 胸の横には、黒光りする銃弾と血に濡れて銃弾と一体化した牙が一本落ちちょる。
 歯茎の所で折れ、根元には深紅色の肉片がこびり付いちょる。
 乳っこのまん中に白い尖ったものが数本、微かにある。
 消えかかっとったが、明らかに牙の名残に見えた。
 乳っこの中央の歯茎状の肉丘は、速回しビデオのように変化すて、原型に戻ろうとすてた。
血塗れの肉の丘が細かく動いとった。周辺の乳っこが盛り上がり、銃創を修復すようとすとった。
 突然、意識の底に押しやられとった記憶が鮮明に脳裏に浮かんできた。
 そうだ。研究所にいた時に、何かの薬を投与された。
 それを投与されると、乳っこに固い異物感を覚えた。
 結石状の物で、その物体は、獣化したときだけ突如、出現すた。原因はわがらね。
 昔はこんな至近距離から銃で撃たれたこたぁねく、牙が乳房を突き破って出現することはねかった。
 目を上げると、口の利けねえ幼児のように、八坂教授が手足を動かすとった。
 パントマイムで、何か必死に伝えようとすた。時に「ライオン」の言葉が入(へえ)った。
 全身が獣化すて、人間を襲ったっぺ?
 俄かには信じられね話じゃが、ライオン頭の乳っこには牙が歯茎と共にある。
 口の中には血の味も残っちょる。相手が嘘を言っているとは思えね。
 それにしても痛え。耐えられねほど痛え。不快感も耐えられね。
 脊髄の中では脊髄液がかなり変化しちょる。
「レトロ・ウイルスで抑制しねと」
 脳の中で何かが警告すた。
 苦しいっぺ。
 全身の骨と筋肉がぎしぎしと音を立て、骨から腱が剥がれるような強烈な痛みが、肉の間を走っとった。
 皮膚のすぐ下を、得体の知れねえ小動物が走り回っちょるようだ。
「助けてくんろーー」
 叫んだが言葉にはならず、かわりに喉の奥から押し出されたのは、獣の咆哮だった。



(続く)
次回は、最終部分と、おまけ、あるいは、第二部へのイントロダクション。