誘拐児

『誘拐児』翔田寛
江戸川乱歩賞の受賞作です。いわずと知れた、ミステリーの最高峰です。私も毎年、これには出してみようと思うんですけど、なぜか、出したことがないんですねえ。なぜか?それは、たぶん、タイミングの問題なんですねえ、私のバヤイ。毎年、青春文学大賞を狙うんですよ。出すと出さないとにかかわらず。でもって、こっちの締め切りは10月10日。それに全力を傾けて書き終わると、一月くらいはぼーっとして何も書きたくないんですよ。で、江戸川乱歩賞の締め切りが一月末。11月から考えると三ヶ月しかないわけなんですよう。で、このくらい大きい賞になると、三ヶ月くらいで書き上げた作品は、どうも、今一、スケールが小さいというか、勝てないような気がするんですよ。で、毎年あきらめているわけ。でも、この作品を読んだら、けっこう地味だったんで、来年は私も三ヶ月くらいで書き上げた作品でトライしてみようかなあ、なんて思ったりして。あ、いや、でも、今年は、横溝正史賞に出してしまったんで、そっちに期待しましょう。
内容。終戦直後、誘拐事件がおこり、誘拐された子は、戻らなかった。そして、21年後。良雄は、母が死んで、親戚探しをしている。それは、母の死に際の言葉、「お前は、誘拐した子……」という言葉と、自分の記憶が、自分の過去を明らかにしてくれると信じたから。母の住所録から親戚や知り合いを尋ねて、どうやら、自分は、誘拐された子供であると推理する。それは、5歳以前の記憶がなく、人ごみで、親しい人間と分かれたような記憶があるから。となると、母親が誘拐犯だということになる。しかし、恋人の幸子は、母親が死に際に記憶が混濁しただけで、母親が誘拐犯だなんてありえないと主張する。
でもって、この年、下条弥生という人間が殺される。刑事の輪島は、この事件を調べていて、下条弥生の部屋で何かを探したような痕跡があったことから、この事件と、21年前の誘拐事件が関係があることをかぎつける。
さらに、もっと調べ、21年前の事件の担当刑事などにも会い、21年前の誘拐事件の被害者(父)とその周囲の何人かは、詐欺まがいの方法で、物資を横流ししては、詐欺にかけられた人間たちの恨みを買っていたことをつきとめる。一方、良雄と幸子も、調査を進め、実は、母が誘拐の実行犯(共犯)ではなく、たまたま誘拐された子をみつけて、自分の子として育てたことを突き止める。では、誘拐犯は誰か?ここからは、誘拐犯の調査に移る。
さて、刑事の輪島たちも、下条弥生の身辺捜査をしていて、彼女が、21年前の誘拐犯の残した証拠を手に入れ、誘拐犯をゆすっていて、逆に殺されたことをつきとめる。
では、21年前の誘拐犯は誰か?

感想。誘拐児というタイトルから、誘拐物かと思って読んでみたら、違いました。誘拐のシーンは最初の数ページで、あとは、21年後、誘拐された子が成長して、自分の過去と誘拐犯を探し出す話でした。業界用語でいう、スリーピング・マーダー物です。
それと、終戦直後と昭和30年代という半歴史物です。この手のものは、時代検証を一生懸命するあまりに、ストーリーが単調になるきらいがあります。これも、そうで、ドンデン返しを期待したのですが、今一、驚くほどのことはありませんでした。
それに、インパクトが薄いのは、カーの原則にのっとっていないからですなあ。つまり、真犯人は、最初の数ページでフルネームで登場した人物のなかにいないと、インパクトがない、っつう、やつです。この作品も、真犯人は、捜査途中で浮かび上がった人物の中の一人なんで、最初の数ページにはいません。そのせいですなあ。いやあ、これだけをとってみても、カーがいかに偉大かがわかります。
それから、登場人物が出てくると、数ページにわたってその人の経歴を書くのは大きなマイナス点ですねえ。カルチャーなどでは、たしかに、三代前までの経歴を考えるとその人物に奥行きがでると教わりますが、同時に、それを全部書いてはいけないとも教わります。それを、この人は、全部書いてるんで、そこで、話がストップしてしまいます。立ち読みしていたら、この時点で、棚に戻してしまいます。この癖だけは、直されたほうがいいかと思いますが。
まあ、いろいろと書きましたが、今後、江戸川乱歩賞を目指す人は、読んでおいたほうがいいと思います。来年は、スリーピング・マーダーでの受賞はないでしょうから。(毎年、前年とは反対の方向のものが選ばれる傾向があるので)。それから、これなら勝てると自信をもつかもしれないから。あるいは、地味な作品でも、細部がしっかり書けていれば可能性があると、確信を持つかもしれないから。