妃は船を沈める

『妃は船を沈める』有栖川有栖
猿の手』と『残酷な揺り籠』の二部構成です。圧巻は、前者。
内容。防波堤から車が海に落ちて、男(盆野和憲)が死亡します。しかし胃の中から睡眠薬が検出される。隣で運転していた人間が海にドボンさせ、自分は泳いでにげた、と推測される。彼には一億以上の借金があった。妻は、最初は援助していたが、最近は諦めて援助していなかった。彼女には、事件当夜、アリバイがあった。彼女は催眠ダイエットという商売をやっているが、本格的な催眠術と違い、後催眠で、夫を眠らせたまま運転させられるほどの腕はなかった。死んだ男は、妃沙子からも一億近い借金があった。こちらは、きつい借金のとりたてはなかった。妃沙子は、若い男の子を周囲にはべらせる癖があり、特に潤一という子を気に入って、養子にしていた。二人にも、殺す動機はあった。盆野が一億円の生命保険に入っていたからだ。その金で借金返済を考えていた節がある。しかし、妃沙子は、最近足を痛めていて、運転もできないし、泳ぐこともできない。それから、息子の潤一は極度の水恐怖症で泳げない。
主人公の二人(火村と有栖川)は、妃沙子たちの過去を調べる。すると、昔、ストーカーが家に侵入し、潤一と間違えて、そのとき居候していた男の子を殺害していたことが判明する。その殺し様は残酷で、顔の判別がつかなかったから、歯形で照合したほどだった。
さて、行き詰った主人公の二人は、ここで、雑談で『猿の手』の話をする。ウイリアム・ジェコブズの話である。内容は、ある男が三つの願いをかなえてくれるという『猿の手』を手に入れる。この手は、一つ願いをかなえるたびに、一つ不幸をもたらす。しかし、そんなことを信じなかった男は、二百ポンドを要求する。すると、後日、息子のハーバードが機械に巻き込まれて、ずたずたになって死んだ。ついてはお見舞いに二百ポンドを送る、との連絡が来る。ひとつの願いと、ひとつの不幸が成就されたわけである。さて、十日後、どうしても、息子を諦めきれない妻が、息子の蘇りをお願いする。すると、しばらくして、扉をどんどんたたく音がする。夫は、ここで、死んだ息子が生き返ったとしたら、願いがひとつ成就されたのだから、不幸もひとつ起こることを確信する。それは何だろう? まあ、本ではここは詳しくは書いてないのだが、妻の死、かも知れない。何しろ、息子は、死後10日もたっており、ゾンビ状態になっているのだから、妻は心臓麻痺を起こすに違いない。それを察知した夫は、とっさに、別のことを願う。これも、本には書いてないのだが、扉を開けたら冷たい風が吹いていたとあるのだから、「さっきの妻の願いを取り消してくれ」と願ったに違いない。さて、これもひとつの願いで、また新たな不幸が訪れるだろうが、妻の死よりはまし、と夫は考えたのだろう。
これは、一般的な推理であるが、この小説の中で、探偵役の火村は、もっとひねくれた推理をする。それは、死んだとき、顔もわからないほどずたずたになっていたんだから、これはXXで、殺したのはXXではないか?(この推理だと、不幸は起こっていないのだから、どうなんだろう?) まあ、これ以上言うと、謎解きに触れてしまうので、ここまでにするが、この推理から、妃沙子の親子(どちらか)を犯人ではないか、と追い詰めてゆく。まあ、まあ、まあ、すっごいひねくれ方。すっごい推理です。驚きの一語。さすがです。