由美姐

昨日、ファンの人に会いました。折角サインを出してもらったのに、気がつかなくってご免。勇気を貰ったので、久しぶりに小説をアップします。今回は、仕事がなければ毎日アップです。土曜日はいつものがあるので、そっちです。

では、一回目。
(一回目) 

第一章

    一

十二月一日。

本日はお日柄もよろしく、おバイトでございまする。

わたくし・小夜が、横浜の港の見える丘公園の近くにある坂道を大沸次郎記念館にむかって、えっちらおっちらと登ってゆきますと、上の方からギヤ――っちゅう声が響いてまいりました。

同時に、坂の上から黒い大きな弾丸が転がり落ちてきました。

「きや――」

わたくしの叫びに呼応するかのように、目の前で、その弾丸は気持ち速度を落とし、そこからオランウータンみたなものが立ち上がって、ベッシとこちらに向かって飛びついてきたのでございます。

下半分の回転凶器は、そのまま坂の下へと、まっしぐらに落ちてゆきました。

わたくし、オランウータン状の物に抱きつかれたまま、ごろごろと横転いたしました。実際の感覚としては、地球が回転したかと思われたのでございますが。

そして、道路の縁石にぶつかって、ゴンと鈍い音がいたしました。

回転凶器は坂の下で、グワッシャ――ンと派手な音を立てておりました。

抱きついたのは、下半身麻痺の男の子で、下に落ちたのは車椅子でした。

坂道の上と下では、フェリス女学院の生徒や観光客が眼を丸くして、立ち止まっておりまする。

何でもないの意味で、必死に大きく片手をふりました。

立ち止まっておられた方々も、怪我がないと分かると、三々五々散ってゆきおりました。

またしてもやられました。車椅子のクソガキに、飛びつかれたのでございます。

そいつは、バイト先のクソガキ、元へ、社長のお坊ちゃまでした。名前はトシと申します。小学校四年です。

せっかく無理して買ったヨージ・ヤマモトのお洋服があちこちすりきれかけておるではござんせんか。

もう何回目の惨劇でございましょうや。毎度ひっかかるわたくしも馬鹿でございますが。

「痛えよ。もう。いい加減に離れろ」

怒り心頭に発し、道路から上半身だけ立ち上がりますると、トシは、「今日も、がっつり唇と舌を奪ったでやんす」とうそぶきやがりました。

おまけにおんぶして、離れようとしないでがんす。

車椅子から移動するため、腕力はオランウータン並です。下半身麻痺になったのは交通事故が原因で、膝から下は切断したのです。 

まあ、車椅子がない以上、わたくしがおぶって行くしかないのでございまするが。

「また車椅子、ぶっこわしちまったじゃねえか」

抗議いたしますると、「また親父に買わせればいいさ」と軽くおっしゃいました。

で、車椅子は、店の若いもんに回収にこさせるとして、しょうがなく、クソガキをおぶって店に行ったのでございます。

(2回目)

ここで少し場所的な説明をいたしやしょう。

横浜、山下公園から北に上る坂道が山手通りでございます。山下公園は港に面しておりますから、大きな船が停泊しているのがすぐそばに見えます。

山手通りは、おしゃれな坂道でありますから、大き目の絵入りのタイルをはめ込んだ舗道になっており、上ると、左にはマリンタワーがみえます。

この辺は、総称して港の見える丘公園なのですが、中には、魚の口のようなオブジェのある池、ギリシャ風の石柱のオブジェ、バラのわっかのトンネルなどがございます。

道の両側には、人形の家と見間違うばかりの、人形やぬいぐるみを無造作にショーウインドーに並べた店などがございます。

フランス山から西に向かい上り続けますると、展望台、ローズガーデン、イギリス館、噴水広場、山手一一一番館があり、その先が大沸次郎記念館です。

トシの店はこの近くでありんすが、その先には、霧笛楼、神奈川近代文学館がございます。さらに北側には岩崎ミュージアムがございます。

イギリス館は港の見える丘公園のほぼ中央に位置し、ローズガーデンのバラに囲まれるようにしてそびえています。

かつて英国総領事公邸として建てられたもので、横浜市の指定文化財になっております。

コンサートホールや会議場として利用されてきましたが、平成十四年からは一般公開もなされてます。

山手一一一番館は東京の丸ビルを設計したことで有名なモーガンの手による建物です。左右対称のスパニッシュ・スタイルが特徴です。

大沸次郎記念館は明治三十年、横浜生まれ、『鞍馬天狗』の原作者、大沸次郎の本や猫の置物を収蔵した記念館です。

彼は大の愛猫家で、館内には、大小の猫の置物が、所狭しと飾ってありまする。

霧笛楼は伝統のあるレストランでして、神奈川近代文学館は、神奈川にゆかりのある作家の原稿などが展示してある館でありやす。

岩崎ミュージアムとは、エミール・ガレのガラス工芸品、アルフォンス・ミューシャのポスターなど、アールヌーボー様式の装飾品が展示してある美術館でございやす。

豪華なドレスを着て記念写真を撮影することもできます。

さて、トシの店の中を覗いたわたくしは、言葉を失いました。中が滅茶苦茶だったのです。

 棚の上の商品は落とされ、トイレットペーパーやティッシュの箱は潰され、ビンは割られ、ラーメンの容器からは、麺やカヤクが出されて、床の上にぶちまけられておったのでございます。

「何があったんじゃ」

 訊くと、トシが軽く口をゆがめて、おっしゃいました。

「また、あいつらが来たんじゃよ」

「あいつらって、ここの立ち退きを迫っているヤクザかいのう?」

「そう。君のご親戚」

 トシはウインクをなさいました。

「あのなあ、アチキは任侠。あいつらは暴力団。地に落ちた外道。それに、アチキはもう十年以上も前に足を洗ったの。てか、一日だけの姐さん」

 わたくし、喋る時は、アチキと言う癖があります。

「わかった。そこまで」

生意気なお坊ちゃまは、軽く手で制すと、そのまま黙って、指の先を店の奥の椅子に向けました。

そこまでおぶって行け、という意味でございます。

振り落としてやりたい思いをぐっと腹の底で我慢しまして、オランウータンを椅子におろしますると、わたくし、店の片付けにかかりました。

片付けつつ、一月ほど前の事件を思いだしました。

(続く)
明日は仕事でアップできないので、二回目まででやんす。土曜日はいつものですので、次は日曜日の予定でがんす。
追伸。一こくラーメンの宣伝担当としての仕事でやんす。品川駅港南口にある一こくラーメンでは、スープを拳骨やら鶏がらなどが15−20キロで、7ー10時間煮る本格的スープに代えやした。美味しくなりやしたので、是非来てみて下せえ。