由美、3回目、4、5回目

(3回目)

   二

一月前。

わたくしが店の前を掃除しておりますると、「じゃまするぜい」というドスの利いた声がいたしまして、金地に赤の竜の縫い取りのあるジャンパーをひっかけたチンピラが二人、いきなり、入り口で立ちしょんべんをし始めたのでございます。

薄暮の頃でございやした。二人とも二十代前半でありんす。

わたくし、ヲノコの物を二本、一緒に見たのは初めてでございましたから、一瞬、みとれてしまいました。

店内からの照明で確認いたしますると、二人とも、ガタイの割には貧相な一物でした。

しかし、数秒後、怒りがじわじわと立ち上ってまいりました。

そして、「馬鹿野郎、立ちしょんが許されるのは、粋な姐さんだけなんじゃい」と凄もうといたしましたが、さすがに、それは、寅さんマニアでないと分からないと考え、別の手段で抗議行動をとりました。

「ちょいと、そこのお兄さん。ここは、トイレじゃあござんせんが」

少しも面白くない抗議ではございましたが、相手のチンピラは、ご親切にも立ちしょんを止めたのです。まあ、丁度、終わる頃だったのでしょうが。

そして、こちらをぎろりと睨んで、ご自分では最高と思ってらっしゃる声で凄んだのでございやす。

「へえ、こりゃあ、鼻柱の強えお姉ちゃんだ。ちょうど暇だから、一丁、遊んでやろうではありませんか」

 ギシリと音のしそうな勢いで眼を飛ばしてきおりました。

わたくし、カチンときやした。

「ほう。そうですかい。遊んでくださると。それはそれは嬉しくて涙がちょちょ切れますがいな。ですが、お子様同士の喧嘩なら、近くの幼稚園でやっておくんなさいまし」

 言ってしまってから、『同士』ならば、わたくしも含まれるんではねえかいと気が付きやしたが、訂正する間もなく、二人のチンピラは、お子様っちゅう言葉に必要以上に反応いたしました。

「何だとう、このアマ。いてこましちゃるぜ。後で咆えずらかくな――」

 そう喚き声を上げると、卑怯にも、両方から一斉に殴りかかってまいりました。

 しかし、そこは、幼少のみぎりより、父にけんかをみっちり仕込まれた姐御。喧嘩と出入りは願ったりかなったりです。

わたくしの頭が反応するよりも早く、体が回転し、腕が空を切っておりました。

わたくし、それから、喧嘩慣れしておらぬチンピラを千切っては投げ、千切っては投げ、したのでございます。

まあ、二人でございますから、ちとオーバーでがんすが、詳細に描写いたしますると、このようになりまする。

「いくぜい」 

一言一言区切って発音しますると、のっぽの男がじりじりと足で間合いをはかりました。

数秒後、いきなり男の顔からにやにや笑いが消え、剃刀めいた鋭光が双眸に宿ったかと思うと、両手をふりかざしました。

息をつく暇もなく掌底がわたくしの顎に突き刺さってめーりやした。

ですが、咄嗟に拳の進む道筋が見えたわたくしは、紙一重の距離で体を逸らしまする。

繰り出される拳に伴う旋風が頬を嘗めて通り過ぎてゆきおります。

訓練された動作でわたくしが近くの棚を壁に突き飛ばし、拳を避けまする。

行き場を失った拳は後ろにいたチビ男の顎に入ってゆきました。

チビ男の頭ががくっと、後方に傾きました。

唇の脇に刺さっていた金色ピアスが捲れ上がりまする。

ピアスと同サイズの血玉が、ハンマー投げの選手の手から放たれたハンマーのように空中に飛びまする。

チビ男はそのまま床に向かい、仰向きで弧を描いて落ちていったのでございやした。

それを見たのっぽは、一瞬で負けを悟ったのでございました。

しかし、今日はすでに、狼藉を働かれた後で、わたくしの出番はなかったのでございまする。

残念。
(続く)
明日とあさっては、長野のいなかに行ってこなくてはならないので、二日分もアップでやんす。
 

(4回目)

   三

 わたくし、産まれも育ちも葛飾柴又ではございませぬ。帝釈天で産湯を使った訳でもありませぬ。

それでも寅さんは三度の飯より好きです。健さんと極妻姐さんとスケバンデカはもっと好きですございますけれど。

 ここで、自己紹介を一くさり。わたくし、皆川小夜は十七歳で、コンビニのバイトをしております。

わたくしは極道の娘でした。
父がある組の若頭で、小学校五年の時に組を抜けました折に、新たな組を作り、一月だけは姉貴の由美を姐に、最後の一日はわたくしを姐御にしてくれたのでございます。
組の名は、葉桜組と申しやした。

その時の興奮を、今でも覚えております。

いつどこから殴りこみがあるかもしれませぬ。出入りになるやもしれやせぬ。

そりゃあ、ものすごい興奮でございやした。

で、今でも自分を時々姐御だと言ってしまうのでございます。

それだけではございませぬ。

寅さんと健さんと極妻と座頭市の大ファンでもあります。それから、ボーイズラブ物も。

私見ではございまするが、任侠ものも、ボーイズラブも同じだと思うのございますよ。

うまく言えないのでございますが、世間からつまはじきにされた、オタクっぽさがどこか似ているっちゅうか。

ま、講釈はここまでにいたしませう。

本棚には、寅さんと健さんと極妻のDVDが何本か並んでおりまする。
他にもスケバンデカ、『セーラー服と機関銃』、『鬼龍院花子の生涯』もありまする。

マンガでは萌え路線マンガが数十冊あります。その他に、わたくしの大好きなボーイズラブ路線の本が数冊。

中でも一番のレア物は、美少年恋愛の初期の頃、栗本薫先生が参加した、『妖花』でございましょうか。

ちなみにわたくしとトシ、二人の趣味は、ほぼ一致しているのでございます。

にもまして、彼がわたくしにぞっこんなのは、健さん路線の実物がわたくしだからでございます。
つまり、生身の極道の姐さんがそばにいるのが、任侠オタクにとっては何物にも代えられない贅沢なんだそうです。

わたくしは旧いです。滅び行くものが好きでございます。

胸にぎっしり涙を溜め込んだ腐女子姐御は、「どこに新しいものがございましょう。世の中みな、旧い奴ばかりでございます。しかし、旧い奴ほど新しいものを好むものでございます」と、鶴田浩二兄貴の言葉を胸に、静かに泣くしかないのでございます。

(5回目)

  四

十二月七日。

本日もお日柄はよろしく、我がコンビニでは萌え萌えフェアが開催されております。

「お帰りなさいませ。ご主人様」

「お帰りなさいまし。お嬢様」

 店の二人のおなご店員が苦役――気色の悪―い声でにこりと挨拶をする――をさせられておるのでございます。

 二人はメイド服なるものを着用させられております。

何で任侠の跡目をついだことのある姐御がと、不服の意を顔いっぱいに表現いたしました。

が、『売り上げ上昇』の一言で説き伏せられてしまいました。

 このコンビニは売り上げが今一で、本部でも手を引きたがっているのです。

でありますから、コンビニをつぶし、その跡地をマンションに転売しようとヤクザもんが動いているのでやす。

 今日のフェアの発案者はクソガキ、元へ、社長のご子息です。

ちなみに男子は執事服でございやす。

しかし、無精ひげの青白でガンダムオタクのオノコ、ネットカフェ在住のゲーマー――幽霊顔、ぼさぼさ頭です――、かなりガタイのでかい、昔ラガーマンのおかまさんが着用しているのですから、あまり様になってはおりませぬ。

現実は空想とはかけ離れて寂しいものでございます。

「小夜君ちょっと」

 社長のご子息が偉そうに招きやがりました。

「執務室で話があるんだ」

執務室とは、倉庫の端、私物置き場でがんす。

「あいつらに店を荒らされて、商品ロスが馬鹿にならないんだよね。何とかしないとまずいんだよね」

 執務室に入ると、ご主人様――今日はそう呼べと命じられております――はおっしゃいました。

「だねえ。このまんまじゃ埒があかねえしよう」

「あのうねえ、何度も言うようだけど、今日は、メイド言葉に徹してくれる。それを言うんなら『埒があかないでございますし、ご主人様』だからね」

 クソガキはそう訂正を入れた後、本題に入りやした。

「で、僕、あのチンピラがどこの組のもんか調べたの」

「尾行したのけ?」

「いんや。世の中には盗聴器っていう文明の利器があるんだよ。君には使えないから縁がないかも知れないけど」

「へえへえ。んで、どこの組の舎弟だったんでございやすか?」

「そしたら、山猫建設のもんだと判明したの」

「へえ。そこがこの土地を買占めようとしてるんかいのう?」

「そう。てか、何度も言うけど、今日の君はメイドなんだから、『買占めしてるんでございますか? ご主人様』って言うべきなんだけど、まあ良いや。
盗聴器の会話を総合したところ、次のことが判明したんだ。
ここは坂の上の一等地で、隣は空き地だろ。そっちは、どうも山猫建設が買収したらしいんだ。
看板には別の名前がでているけど、電話番号が山猫建設と同じなんだ。で、隣の三角地とうちの土地を合わせるとマンションには最適らしいんだよ。
市役所にも手を回しているらしいんだ」

 わたくし、そこで、不審なものを感じましたので、思い切って指摘してやりました。

「お前さあ、尾行しただろう」

「へ?」

 敵さんは、フライパンの中の目玉焼きのような眼をいたしました。

「だってよう、盗聴器の電波はそんなに遠くには届かねえんだよう。

近くに行って受信機を使って聴くか、ゴミ箱にでも受信録音機を隠しておいて回収しなきゃ、聴けねえんだよ。

アチキだってそのくらいは知ってるってもんでい」

凄んでやりますると、敵はちょっとヘコミました。図星だったようです。

こいつは、元来無鉄砲なのを思い出しました。

ちょっと昔、盗撮機械を通販で買って、小ギャルの更衣室を覗こうとして、偶然にも同じ目的の少年――れっきとした盗撮魔でやんした――の行動を撮影してしまい、図らずも警察に協力してしまった過去があります。

「分かった。白状する。尾行した。こう見えても腕力は並の人間以上だから、塀を伝わってあいつらのアジトを発見した。

そして盗聴器をしかけた。でも危険なことはしなかった。これで良いべ。

僕は危険なことはしない。危険行為は葉桜組の姐さんに任せる」

 トシは、大きく両手をあげ、次に、深く頭をさげおりました。

「へいへい」

「先に行く。で、山猫建設の社長は暴力団の組長そのものなんだけど、ウイークポイントがあるんだ。

息子だよ。まだ二十代なんだけど、こいつが市議会議員に立候補する予定なんだ。だから、スキャンダルなんかを起こしちゃまずいんだよ。

でも、こいつは制服マニアで、メイド喫茶大好き人間なんだよ」

 キャツはそう言ってわたくしをポインティングなさいました。

「な、何、何をさせようっつうのけ?」

「簡単。君が、彼の部屋に行ってある事をするんだよ」

「そ、そんなあ。なんでアチキがそこまで」

 抗議する暇があらばこそ、キャツは「業務命令だから」と涼しい顔でうそぶき、目を細めてにんまりと笑ったのでおます。

「祭りじゃ。祭りじゃ――」

 勿論、現代用語での祭りとは、『血祭り』の意味でございまする。

(続く)