由美姐、6,7,8回目

由美姐の続きでやんす。今日の分と、明日、あさっての分でやんす。明日は、9月に出す奴のアイデアが固まりかけてきたので、それにかかる予定で、あさっては、仕事でやんす。でもって、土曜日は小説の紹介なので、続きは日曜でがんす。

(6回目)

    五

 十二月十日。

本日は決行の日でやんす。時刻は夜中の一時。

場所は坂の途中の、山猫建設のおぼっちゃまの入居なさっておる豪華なマンションの前です。

場所的には、山手町のブリキのおもちゃ博物館の近くでございます。

ブリキのおもちゃ館は、『なんでも鑑定団』でおなじみの北原照久さんが集めたブリキのおもちゃの館です。

一八九〇年から一九六〇年に作られたブリキのおもちゃを展示公開しております。

隣には、一年中クリスマス・グッズの買えるクリスマス・トイズもあります。

 マンションに向かって左の方では、パッパラッパッパパ――と、かまびすしき単車のホーンが響いておりまする。

二十台のハーレー・ダビッドソンとカワサキでおます。

単車にまたがって、ぐるぐると道路を暴走まがいの走行をしている二十人ほどのヲノコたちがおりまする。

皆、『夜露死苦』と縫い取りされた学ランを着用しております。

 実は、彼らは、わたくしめの少しだけ通った高校時代の暴走仲間でございます。

今はまじめに日給労働などに従事しておりますが、今夜は、久しぶりの単車走行に、わくわくしておるのでございます。

高校の頃、わたくしもグレまして、暴走行為に走ったことがございやした。

でも、堅気さんに迷惑をかけるなとの父親の教えを守りまして、ごく地味に山奥の山道で転がしておったのでありますが。

「助けて――」

 単車の輪の中には、一人のオナゴがおりまして、か細い声を上げております。同じコンビニでバイトをしておるダチの菜美です。

 メイド服で、メイド喫茶のバイト帰りを装っておる菜美は、実によく響く声をマンションに向けて発しておりました。

その悲鳴の合間を縫って、単車のホーンが夜気を劈(つんざ)きまする。抜群のタイミングです。

 そんなパフォーマンスを五分ほど続行しておりますると、管理人が外に出てまいりました。

 良い兆候でやんす。

玄関前で、「警察に通報したからな。さっさと退散しろ」と警告しております。

しかし、我がダチどもはそんな警告ぐらいは、屁ともおもいませぬ。

いっそう音量を大にして、迷惑行為を続行し始めました。

 すると、中からさらに二、三人の住民が出てまいりました。

「行くぜい」

 すかさず、わたくしども――メイド服のわたくしと黒ずくめのおかまのクロちゃん――は、隠れていた玄関脇から飛び出して、オートロックの玄関を突破したのでございます。

管理人が出た時は、すぐにドアが閉まってしまったので、忍び込む隙がなかったのでありんす。

 わたくしどもは、かねてより調べてあった資料に基ずき、三階へ上がりました。

ここに山猫建設のおぼっちゃまの部屋があります。

 コンコン。

 部屋の前で、ノックをいたしました。

少し時間があって、「誰だ」と応え(いらえ)がございました。

「先ほど、お電話いただきました、メイドカフェ・デリヘルでございます。顔だけお改め下さい。その後で、チェンジはご自由にできますから」

 わたくし、映画『ストロベリー・ショートケイクス』で勉強した言葉を淀みなく口にいたしました。

また少し間がありました。

部屋の中で、「え、部屋違いじゃねえの」と呟いている声がいたします。

ですが、メイドカフェという言葉が効いたのでしょうか、しばらくすると、カチャカチャとチェーンを外す音がいたしました。

 しかし、玄関のドアを開いた時が、運の尽きでございした。

 グス。

 強引にドアを開けるのと同時に、クロちゃんの鳩尾突きが見事に決まったのです。

 わたくしどもは、早速、二人で、可哀想な目に遭うおぼっちゃまを抱きかかえて、エレベーターで玄関まで運びました。

 玄関は、先ほどより大勢の住民が集まっていました。

外では、パトカーが到着して、単車集団と追いかけっこをはじめたところでした。

 抜群のタイミングでございます。誰もわたくしどもに注意を向けませなんだ。

わたくしどもは、二人で、酔っ払った人間を介抱するふりをして、おぼっちゃまを玄関から運びだし、マンションの右に位置する、公園に運んだのです。

そこには車椅子のトシが待っておりました。階段の上でございまする。

 これからが決死の大作戦でありまする。

 まず、黒服のクロちゃんが、おぼっちゃまを後ろから抱え、車椅子を押そうとしているかのごとき写真を撮影いたしました。

周囲をぼかすために、フラッシュは焚きませんなんだ。

クロちゃんは、黒服で、外灯もなく、黒子のように、写真には写りこみませんでした。

 その間、トシは、「死ね、死ね。糞野郎。親の威を借る糞ガキが。華麗に散って死にやがれ――」とお経を唱えておりやした。

それがすむと、「行くぜ」とクロちゃんが気合をいれ、トシが「オー」とガッツポーズをすると、決死の覚悟で、階段に突進していったのでございます。

(7回目)

   六

 ガラガラガッシャ――ン。

 車椅子が階段を転げ落ちると、派手な音が響き渡りました。

わたくしも、「きゃ――」っと、ありったけの声で悲鳴をあげたのでがんす。

 その頃には、単車のホーンは静まっておりました。

ダチ公たちは、すでに暴走まがいの行為を止め、こちらの声が響くように待機しておったのです。

「トシが突きおとされた――」

 わたくしは更に大声で喚きました。喉がはり裂けそうな程度にボリュームを上げておりやした。

同時に階段を駆け下り、車椅子から一メートルほどの場所で伸びているトシを抱きかかえました。

 その声で、警官がぱらぱらと駆け寄ってまいりました。

「あいつにやられたの。山猫建設の息子に――」

 わたくしは階段の上を指して叫びました。

警官が階段を駆け上りました。

わたくしも後を追いました。

すると、そこには、キョトンとした顔のおぼっちゃまが上半身を起こして、キョロキョロしていたのです。

 実は、失神させておいたおぼっちゃまを、クロちゃんが渇を入れて覚醒させてから逃げたのでございます。

 そして、トシも、車椅子で何回も階段落ちを練習し、最後の二段くらいで車椅子を突っ放せば、怪我はしないと会得したのです。

 車椅子の階段落ちは、自転車の階段落ちより楽でした。

バランスをうまく取れば、それほど難しくはありませぬ。車輪が横に二つあるのですから。

 おぼっちゃまはキョトンとしたまま警察へ連行されて行きました。

本当の戦いはこれからなのでございまするが、一応今日の成果に、わたくしとトシは胸をなでおろしたのでございます。

(8回目)

    七 

二日後。

わたくし、偽造した証拠写真を持って、山猫建設へ乗り込みました。

一応受け付けと書いてある部屋には、ヤクザの三下が三人ほどおりまして、暇つぶしに、兜磨きなんぞをしておりました。

部屋の中には虎の剥製が飾られ、明らかに偽とわかる胸像なんぞが置かれておりました。

中には立ちしょんをしたチンピラもおり、わたくしを見ると、一斉に気色ばんだのでございまする。

ですが、こちらが下手に出て、「おやっさんはおりなさいますか。おやっさんに直でお話があるんでございますが」と申し、写真入りの封筒をかざしますると、どうやら事情を察したようでございます。

悔しそうに黙ってわたくしの周囲を三周ほどしてから、仕方なく、奥の部屋に通して下さいました。

奥の部屋は受付よりさらに趣味が悪く、神棚がしつらえられ、大きな鎧兜や紫の房のついた刀や赤絵の皿なんぞが飾られておりました。

山猫建設の社長さんは、椅子にふんぞりかえって、どこかにケータイをかけていらっしゃいました。

わたくし、十分間、待ちました。

ですが、一向に電話を切らないようなので、おもむろに歩み寄りまして、いきなり目の前に、この前の階段上での写真をかざしてあげたのでございます。

社長さんのお口が、一瞬、止まりました。そして、ギロッと睨み上げた後、静かにおっしゃいました。

「あの件は、片がついちゃる。デカには手をまわした。新聞社にも手を回した。息子の名前はどこの新聞にも出ん。とっとと帰れ」

そう言われて引き下がったら、姐さんが廃ります。

わたくし、低い声で告げてやりました。

「この写真はまだネガがございます」

「へん。そないな、偽造写真」

「はい。偽造ではございまするが、これをマスコミにばら撒いたら、スキャンダルを喜ぶ雑誌は飛びついてくると思われまするが。そしたら、市議会議員の椅子は」

「オノレ――。何が望みじゃあ。金かあ」

 社長さんが、漸くこちらをまっすぐに見返してくれました。

「いいえ。そんな大それた望みではございません。コンビニから手を引いてくださるだけでよござんす。小さい小さい望みでございます」

「オメーラ――」

 こちらの目的に気がつかれました社長さんは、ギッシリと怒りを双眸に滲ませましたが、息子さんの可愛さには勝てなかったようでして、やがて、そばに置いてあった刀を、力任せに投げ捨て遊ばしました。

刀は、鞘ごと華麗な線を描いて空を飛び、部屋の隅の花瓶に当たり、花瓶は派手な音とともに砕け散りました。

数十万はしそうな花瓶でしたが、それでもまだ両手の拳がぶるぶると震えておりましたから、相当に悔しかったのでございましょう。

 わたくしは、気が変わらぬうちにと思い、ではと軽く頭をさげ、精一杯の空元気をふりまいて、出てきたのでございます。

出掛けに、「ネガはありますから」と念をおすことは忘れませんでした。

(続く)