由美姐12,13,14回目

明日は小説でいそがしく、あさっては仕事なんで、三日分でやす。

(12回目)

    二

 電話の相手はトシどした。

トシは、開口一番、切羽詰った口調で、喋り始めおした。

「誘拐されたんだ――。大至急、由美姐の言うとおりにして。僕を助けに来て」

 そう叫んで、野毛山動物園近くの住所を告げおりました。そこに姉貴が待っておるんだとか。

 アチキは、げんなりいたしたんどすえ。

姉貴は、昔から目的のためには手段を選ばぬ性格でございましたが、それにしても、こげな卑怯な手段を使うとは。

 それでも、酷く切迫した口調でおしたので、つい騙されましたなあ。

原付バイクで指定された場所に行きますと、倉庫のような建物どしたえ。

一枚のシャッターが上がりかけておりましたゆえ、腰まであげて、中に入りますると、多目的ホールみたいな場所どした。

三十畳くらいの広さでしょうか、奥のほうには、磨きあげられた茶色のデスクがあり、中央には、三十人は座れる横長の、相当にゆったりした応接セットがおました。

その横には、ビリヤードの台があり、壁には、ゴブラン織りの織物がかかり、反対側の壁には、アンディ・ウオホール風の七十号くらいある本物らしき女性の絵が飾ってありました。

全体的にはベージュを基調とした漆喰の壁でまとめられておりましたが、生活感の感じられへん殺風景な空間でございました。

マトリが、ヤクザさんなどを信用させるために借りておるのでございましょう。

アチキはイタリアのブランドのマントを入り口の椅子の上に脱ぎ捨てて、ずいいと中に足を踏み入れやした。

応接セットの真ん中には姉貴がおりましたなあ。

♪怨み〜ます♪と梶芽衣子の怨み節を低く歌っておるのでございまする。

今日のアチキは、昔を思い出しておりやしたから、和服でありんす。

十二月でございますが、袷のカラーの模様の入った京友禅。文庫結びの博多帯。髪もかんざしでくるくると巻き上げ申した。

爪だけは付けづめでおす。雪月花のマニキュアでおますがな。

姉貴は、銀座のチーママ風に、黒の留袖でおます。大きいバラの刺繍が入っているんどす。ピンクがかった金色ですじゃ。

細い金のネックレスには、小石大のダイヤのヘッドがついておりまする。

指輪も三十カラットはありそうなピンクダイヤで、かんざしも同じ程度のピンクダイヤでおす。いつもながら派手でおますなあ。

「今夜だけ同行してくれたら、トシは返す」

「あだよ」

 アチキは、ぴしゃりと言い捨てましたえ。

「さよか。ならば、勝手にするがよい。じゃが、トシはわてしか知らねえ場所に幽閉してあるんじゃ。三日も放置されれば、餓死するに違えねえ」

 姉貴は向こうを向いて、高らかにタバコの煙を吐き出しやがりましたのどす。

「糞う」

 こいつはやると言ったらほんまにやるんでございまするのやで。

昔、ほんまの姐さんだった頃、アチキが不良仲間と暴走行為をして別のチームと喧嘩になってパクラれた時のことでございまするが、マジで怒って、アチキの手の甲に白刃をつきたてたことがあるのどすえ。

それから、マトリになってから、密売の捜査でも、相棒はんと二人だけで潜入しておって、応援が間に合わなくて、二人だけで踏み込まはったことがあるんどす。

そんな時なんぞ、相棒はんがビビッて逃げようとしていたら、そいつの足に鉄の弾をぶち込んだんでおすえ。

結局そいつは、そこにうずくまったまま、裏口からヤクザはんが走りだしてきた時に、戦わざるを得ない状況になったんどす。

それ以来、可哀想な相棒さんは、精神内科に入退院を繰り返しているでございますえ。

(13回目) 

   三

作者「ストップ。ストップ」

読者「なんや、また、作者の乱入どすか?」

作者「そや。京都言葉がちょっとなあ、」

読者「京都言葉がどないしはりましたん。うちは、はまっておりますがな」

作者「間のびがしまんがな。間のびが。ちょびっとだけど、はらはらどきどきしまへんのや」

読者「じゃあ、もう、変更でっか?」

作者「そや。今度は、大阪弁でいこ思てまんのや」

読者「分かった。あんさんの真意はわかったで。大阪弁で文章をながーーくすりゃあ、うまく見えるし。まあ、でも、今、日本中の文学賞を目指す人たちが、みーんなそれをやってまっさ」(作者注。すんまへん。去年の情報でっせ)

作者「敢えて否定はせん」

読者「それより、こやって、細こううちらを入れ込むのは、短編ネタしかなくて、無理に繋ぎ合わせるためや。苦しいでんなあ」

作者「だから、そこは、大きい声で言わんかてええやろ」

読者「まあ、だめ元で、つきあってあげまっせ。ゲッツ」

作者「だから、そのネタは過去の遺物だっちゅうの」

    四

「二時間ほど前に、同僚が、負傷して、横浜湾岸署に逃げこんだんじゃ」

姉貴は苦虫を噛み潰したような顔をして事件の概要を話し始めましたんでんなあ。

「負傷したGメンは森田と言う。
森田は、バディ――相棒――の門田ミエと一緒に、潜入捜査で、ある船に隠れておったんじゃが、そこで、誰かに急襲され、ミエは死んで海に落ち、森田は片腕を負傷して、命からがら敵の残してあったボートで逃げ出したらしいんじゃ。
らしいっちゅうのは、斑記憶喪失になっちまったようで、詳しくは覚えとらんからじゃ」

「待っておくれやっしゃ。その連絡は、森田自身から入ったのかいな?」

 アチキは深くソファーに腰を下ろしたんでんな。

ドアの外では、十二月の寒風が、シャッターを震わせて、吹き抜けていきまんがな。

「いんや。湾岸署からじゃ。
奴は、湾岸署に逃げ込む時に、ケータイのアドレスを全て消したらしい。
ちゅうのんは、潜入捜査に入る時には、もし相手にみつかった場合、我々のアドレスがあると、マトリの人間だとばれちまう。
そうしたら即、消されるんで、身分を推測されるものは全部消す習慣があるんじゃ」

「でも、記憶喪失でいながら、よう、マトリの人間だと分かったじゃねえかい」

「ああ、そこか。斑記憶喪失で、そこだけは覚えておったんじゃ。
それに、まあ、斑記憶喪失っちゅうのんは、ある意味、演技でもある。
わてらマトリと警察はライバルでもあるし、警察は組織がでっかいだけに、内部にはヤクザのスパイもおる。何もかんも全て話しちまったら、自分の命が危ねえ場合もある。
そこで、まず、事件があった時は、マトリが最初に捜査をして、重要な証拠を回収して、その後警察に報せるっちゅう習慣がある」

 姉貴が、ピンクパールのマニキュアの爪で、バージニア・スリム・メンソールをきゅっと消しおりました。

「なるほど。縦割りじゃなあ」

「そないな言い方もある。話を戻すが、森田もそこだけはしっかり覚えとったらしゅうて、ヤクザか誰かに急襲されたが、場所は覚えておらん、と警察では話した。
じゃが、マトリの仲間なら場所が分かるかも知れんから、とりあえず、マトリに連絡してくれっちゅうてな。
そんで、わてに連絡があったんじゃ。おまはんが、変にてこずらせなきゃ、連絡から一時間後には、現場検証がでけておったんじゃが。
まあ、それは責めん。死体は逃げんから、一時間くれえ、遅れてもどうっちゅうことはねえじゃろ」

 それから姉貴は、二人のGメンがかかわっていた事件を簡単に説明してくれましたんでんがな。

(14回目)

     五

 まずは、マトリの森田にベトナム人が、コカインを日本に運び込むっちゅう情報が入った。

買いよるのは、関東一円に根を張っとる山城組らしか。

コカインの隠し場所は、パナマ船籍の砂利運搬船らしゅうて、まずは、テイスティングを近日中に、行うらしいっちゅうことやった。

情報源は、森田の使っとる情報屋で、情報は確からしか。

ここまでの情報は、マトリの全員が知っておった。

じゃが、この先の情報は、森田しか知らんかった。

ちゅうのんは、森田は、極度の被害妄想狂で、ひとたび情報を別人に流したが最後、絶対に手柄を横取りされると思いこんでおって、前から、抜け駆けすることが多かったらしいんじゃ。

上層部からは、困りもんじゃといわれておったが、なにせマトリは三苦の職種で、人材不足じゃったんで、上層部も、ぬけがけを見てみぬふりをしとったんじゃとか。

今回もそうじゃったぞな。

で、今日になって、森田は、テイスティングが今日になったのんを掴んだらしか。

テイスティングとは、純度がどの程度かをテストするものでおます。

『インファーナル・アフェアー』でもおましたやろ。実際の取引に先立って、最初に純度をチェックするシーンが。あれでおます。

で、森田は上司に報せず、相棒のミエを誘って、抜け駆けしたんじゃ。

まず、森田とミエは潜水服で船に泳ぎ着き、内部にもぐりよった。
キャビンなどに盗聴器をしかけて、ほんちゃんの取引の日の情報を掴むためじゃった。

ところが、どないしてか、ここでも予定が変わった。

取引が前倒しになりおって、そこで実際の取引になり、おまけに、ブツの買い手の山城組の若頭が急にベトナム人を撃った。

そんで、慌てとると、今度はどちらかに急襲されたんやて。

「どこぞから情報が漏れておったに違えねえんや、と森田は言うたがな。
山城組の若頭・友部が急にベトナム人を撃ったのは、そいつが自分で金もコカインも横取りしようっちゅう魂胆やったかも知れん。
じゃーが、その後、別の人間が入ってきたんだと。
その時はすでに、友部若頭もベトナム人も、相撃ちで死にそうで、自分らも流れ弾で死にそうになっておって、そいつが持ち逃げするのを阻止できなかったんだとか」

「待ちーな。姉貴は、直で森田いう男と話したんかいな。マトリの他の人間はその事件に関心は持っておらんのかいな」

「さいですなあ。うちの班は他にもでっかいヤマをかかえておって、動けねえから、わてが手をあげて、森田のケータイに電話をし、詳細を訊いたんや。ま、森田は斑記憶喪失っつっちゅうことになっちょるさかい、ほとんどはわてが話して、森田はうんうんとかちゃうちゃうとか囁いておっただけじゃが」

「なるほど」

相手が警察の医務室におったんでは、それが限度でおますやろなあ。

「で、先にゆくで。森田の言では、自分らが船倉に隠れておるのは、誰も知らんこっちゃ。
そもそも、テイスティングの情報を掴んで、船に潜入したことを知っているのも、二人しかいねえ。
それを、あとから来た人間に発見されて、コカを横取りされたっちゅうのんは、マトリ内部に裏切り者がおったとしか考えられへん、と頑固に主張しよる。
おっと、この部分は、隠語と専門用語を交えて、警察の連中に聞かれてもわからんように喋ったんやがな。
それから、実際に撃たれた状況は、まだ詳しくは訊いてないんだがな。
何せ、森田は警察におり、斑記憶喪失っちゅうことになっておるんで、詳しい話はできんのじゃ」

 アチキはそこで手を上げましたなあ。

「待ちーな。待ちーな。山城組に、もう一人裏切り者がいたっちゅう可能性はないのんかいな。森田の言葉を借りれば、その可能性もあるがな」

「それはありえねえ」

姉貴が強く首をふりやした。

「森田が言うには、取引には山城組の友部若頭が一人で来たっちゅうことやった」

姉貴は即座に否定なさりました。

「友部は、非常に注意深くて、普段から、部下もよう信用せん奴やった。
おまけに、今日は横取りする心つもりだったんや。誰が部下の舎弟に話すかいな」

「さよか。で、姉貴は、誰が裏切りものだと思うんや」

 アチキの問に、またも即座に答えが返ってきよりましたなあ。

「ミエや」

「ミエって、撃たれて海へ落ちたっちゅうおなご?」

「ああ。ミエは、ブランドマニアだったんや。
それに、借金もぎょうさんかかえておったらしい。そんで、前から、森田とつるんで抜け駆けしてコカをちょろまかしてんやないかって噂がたっておった。
じゃから、ミエがどこぞのヤクザに情報を流して、急襲させたんやないかと思う。
自分は、撃たれたまねをして、さっさと海に落ちて逃げたんじゃねえか」

「待ちーな。待ちーな。待ちーな」

 アチキは、話についてゆけなくて、大きく両手を振り回しましたがな。

「今の話じゃと、森田も、前に抜け駆けして、コカをちょろまかしておったちゅうことやないかい」

「そや。あいつら同じ穴の狢や。森田もどこぞの県から流れてきた一匹狼だったんやけど、借金が仰山あったらしい。

それで、うちの班に来てからも、ミエと抜け駆けする必要があったんや。

じゃが、あいつはケツの穴が小さか奴じゃけん。せいぜい五キロのコカを一キロちょろまかすくらいが関の山や。

全部を横取りできるような玉じゃねえ」

 ちょろまかし。

 これは、前に姉貴に聞いた話でおますが、かなり頻繁にあるらしいでんなあ。おまけに簡単らしいだす。

押収の現場は修羅場でおますさかい、売人が足音を察知して、トイレに流すことも多いらしいんでおます。

 ですよってに、逮捕の時に、マトリの人間がどさくさに紛れてトイレの水タンクに隠しておいて、後でこっそり取りに来るなんて方法も採用できるらしいんどす。

 まあ、姉貴が教えてくれたっちゅうことは、姉貴の得意な方法かもしれまへんが。

「さよか。で、アチキはどう協力すりゃ、ええんかいなあ」

「これから一緒に船に捜索に行くんじゃ。警察が来る前に、船に潜入して、重要な情報を捜すんや。

まあ、警察にはそれから連絡するが、これはわてらのヤマや。誰も邪魔はさせまへんで」

(続く)