由美姐。18,19,20回目

粗筋。アチキは由美姐の命令で、マトリの捜査の手伝いをすることになりやした。横浜港に停泊中の難破船の中で、マトリのGメンの一人が撃たれて死亡し、もう一人が湾岸署に命からがら駆け込んできたんでやんす。

(18回目)

 ところで、アチキたちは、所轄の外へ出てからケータイで森田と先の話をしやした。

中では、県警の警部に聞かれてしまうからでおます。一応、森田は記憶喪失にしておかなければいけやせんし。

「ところで、もう一度聞くが、後からどこぞの組の舎弟が来たといったが、そいつに心当たりはないんだな」

 姉貴の威圧的な問に、森田の死にそうな声が返ってきやす。

「ああ。顔は覚えてないんだ。俺も腕を撃たれて、失神状態だったし。そのおかげで助かったようなもんだが」

「で、ミエはどこで、いつ撃たれたんだ?」

「それは、ちょっと、記憶が」

「大体でええがな。全然覚えておらんのか」

「ああ。あまりにも急なことだったから。俺たちは、食堂に盗聴器をしかけて、それを、確か、隣の部屋で聞いていたんだけど、急に撃ち合いが始まって、それで、あたふたしていると、突然、血だらけの友部若頭が扉を開けて入ってきて」

「みつかったのか」

「ああ。だが、取引をしていた二人は、撃ち合ったんで、かなり興奮していて、そこで、どっちかが発砲して、流れ弾で俺が腕を撃たれて、それから、甲板に駆け上がっていった。

ミエは、咄嗟に机の下に隠れたような。で、その先はちょっと……」

「ミエが、後を追ったんだな」

 姉貴が先をついだ。

「多分。俺は撃たれて、一瞬失神していたんだけど、かなりたって、気が付いて。俺も、ミエが心配になったんだ。

その時は、そばにいなかったから、甲板に追いかけていったんだろうと考えて、そして、上に行くと……」

「甲板に取引をしてた二人の死体と、ミエがいたんか?」

「いや。ミエはいなかった。俺も、かなり落ち着いてたから、船の中にあった懐中電灯を照らして甲板を歩いたんだけど、ミエの姿はなくて、甲板から落ちたような血の跡があるだけで……。

あれだけ血があれば、撃たれたに間違いない」

「そうか。じゃあ、ミエは落ちたとしよう。そんで、後から別の舎弟が来たと言ったが、顔は覚えてないのか?」

「ああ。出血がひどくて、朦朧としていたから」

「さよか。しかし、ベトナム人と友部若頭が死んでるのを発見した時、もう敵はおらなかったんだから、その時点で、なんで、マトリにケータイを入れなかったんじゃ?」

「それは、その時は、今よりもっと酷い記憶喪失だったから。

それに、いつも短縮で電話しているのに、その短縮を消した状態を考えてみろって。急には思い出せないさ。

それに、腕を撃たれて、意識も朦朧としていたんだぜ。無理だって」

「さよか。まあ、信じることにするか。ま、せいぜい養生するこったな」

 アチキたちは、それだけ話すと、ケータイを切りやした。

「情報はどこから漏れたか? それに、後からきた舎弟が誰か、これが問題だな」

ブツがどこにいったかのほうが、よほど大きな問題のような気もしやすが。

「ブツは、純度の高いコカイン。それが十キロ。日本の卸値の相場は、一グラム五十ドル、つまり五千円程度だから、それの一万倍で、まあ、軽く見積もって、五千万にはなるな」

姉貴が目を細めて、アチキに囁きました。

「どんなことがあっても、取り戻すぜ」

やっぱちょろまかす気だ。

「その際は、山分けだな」

もう、何を考えているんでおますやろ。

(19回目)

 

     三

馬車道駅近くにある神奈川県警からは、二人の警部がきていやした。

捜査一課の菅原警部と、生活安全課の西島警部でおました。

二人に遭う前、姉貴が所轄の廊下を歩きながら教えてくれやした。

「西島警部は横浜国大を出て三十二歳で警部になった。

一方、菅原警部は三流大学を出て四十過ぎでやっと警部になった。二人は全てにおいて対象的じゃ」

 西島警部は百七十センチ以上あり、痩せ型で脚も長く、淡い茶色の髪と目鼻立ちの整った品の良い顔で、浜育ちで更に服のセンスを磨いて育っただけに、都会的な匂いがしました。

 今日は、ラフなベージュのジャケットと白のチノパンでした。

 時々冷たい目をしまするが、やり手の男ならありがちなことで、許せる範囲の物でございました。

それに比べ、百六十センチほどしかない菅原警部は、禿げかけの脂ぎった典型的な中年親父で、服はドブねずみ色で、靴も底が減り革が罅割れ、白く横嶋の走る物でした。

菅原警部は、不機嫌そうな顔を隠しもせんでおりましたな。

「マトリは何で、警察に情報を渡してくれないんでしょうねえ。警察が摘発に乗り出せば、逃がしやしねえのによう」

姉貴はいつものように、冷たく突っぱねるだけでございやした。

「っるせーなあ。こりゃあ、マトリの仕事なんだよ。おメーさんがたは、殺しの捜査もある、強盗(たたき)の捜査もある、知能犯相手の戦いもある。

それらで忙しいから、うちらが危険を犯して担当してやってるんじゃねえかい。すっこんでな」

 二人の間を、まあまあととりなしておるのは、生活安全課の西島警部でござんした。

まあ、普通にしているだけで充分にさわやかでありんすから、多少、声を荒げても、それほど不快感は顔に表れないんでございますが。

他にも、捜査一課からは、刑事一号と二号が来ておりました。

刑事一号はグレーのスーツを着た中年のメタボ気味のださいおっさんでした。

刑事ニ号は、若いスリムなおぼっちゃま風なデカさんでやんした。

横浜で育ったのでしょうか、仕立てのよい、カジュアルっぽいシャツにスーツでございます。

もう少し詳しく言いますると、高校のクラブの先輩によくいるお友達タイプ――親しげに後輩に語りかけ、気安く肩にも手をかけ、率先して後輩を新歓コンパに誘うような――でした

ちなみに、刑事一号はゼナを愛用しているので、ゼナ、二号は、ウイダムの宣伝に出ている北村一輝に似ているので、ウインダムと呼ばれておりました。

ミエは、生きておるのか死んでおるのか不明でやんすので、他の人間の証言から、その人間性を推し量るしかツテはございやせん。

Gメン森田は門田ミエの写真を所持していました。

難破船の中に落ちていたのとは比べ物にならない外見でやんした。

ここに写っているミエは、二十九歳という話でございやんしたが、髪は後ろにまとめて編んであり、化粧は薄めですが、丸の内のOLと間違えるくらいビシッとしてスーツの似あう美人でありやす。

門田ミエは、才女だったらしいでやす。

最初の写真では髪は後ろにまとめ、服は地味なスーツでございやしたが、次に見せられた写真はまるで反対の印象でした。

変装の名人でんなあ。難破船の中の写真では、黒いファンデーションを塗って、貼り付け型のタトゥをつけていたのでしょうか。

 三枚目の写真では、髪は大きくウエーブをかけ、口紅も濃く、胸の開いた緑系統のドレスを着用し、スレンダーで鎖骨の浮いた首にはバロック真珠のネックレスがかかっていました。

「彼女は母国語のほかに三ヶ国語が不自由なく喋れたんじゃ。英語と中国語とスペイン語じゃ。

片言でよければ、フランス語も韓国語もポルトガル語も喋れたなあ。

君も知っての通り、港のある都市では、麻薬密売や密入国がらみの犯罪が多いんじゃ。

これらの言葉を喋る船員の流入が多いからだ。だから、神奈川県マトリの中では重要視されておった。わての部下を一年くらい勤めたかのう?」

 姉貴が眼を細めて、懐かしむような顔をなさりました。

表面では、ミエが撃たれて海に落ちて死んだっちゅう情報を信用している顔でいはります。

目の前には港が広がり、潮の匂いがし、波の音や船の汽笛が流れておりやした。

 森田はミエと一緒に写っている写真もありやした。

写真の森田は色白で細面の鼻が高い男でした。ちょっと色白のインド人のような感じでやす。

 三十くらいの時の写真でしょうか、金髪で、片方の耳にピアスをしていて、キャバクラの呼び込みかスカウトをやっていそうな感じでございやした。

 枠の細めのサングラスをかけていましたので、人相はよく分からないですなあ。

 写真に写っておる背景ろは赤レンガ倉庫でしょうか。

仲良く肩を組んでおるから、個人的に親しかったのかもしれまへん。

(20回目)

    四

鑑識から報告がございました。

結果は以下である。

――まずは、弾丸について。

ベトナム人と友部若頭は、互いに三発づつの銃弾を胸および腹に受けて死んでいた。

ベトナム人の体の中にあったのは、コルトの銃弾。友部若頭の体の中にあったのは、トカレフの銃弾。

友部若頭のハジキはコルト。ベトナム人のハジキはトカレフ。よって、互いの武器で殺されたのは間違いない。

それから、あの腕はベトナム人のものに違いない。

血液型が一致した。船内からは、犯人特定に結びつく証拠は挙がらなかった。

大量に流失していた血液は、A型、B型、O型で、ベトナム人がA型、友部若頭がB型、森田とミエがO型。

それだけ判明。

胃液と唾液からも、A型の血液反応がでた。

それと、机の上のウイスキー・グラスに残った指紋は採取されたが、ベトナム人のものであった。

甲板の柵に残っていたのはO型の血液で、ミエがここから落ちたのは間違いない。

コカインの売主は海外から到着したばかりの船員で、初めてブツを運んだ人間であり、この難破船は密売用に勝手に借りただけと考えられる。

それから、ゲソは五種類。ベトナム人と、友部若頭と、森田と、ミエのものと思われる物。それから、以上の四種類とは別の一つ。

ベトナム人と友部若頭のは、死体に直結していたし、森田のもすぐ本人の靴と一致した。ミエは、甲板から落ちたと思われる場所まで続いていた。

その他に、死体を迂回しして甲板脇の鉄階段まで続いている物。

森田の言を信じれば、コカインを横取りしたと考えられる舎弟が後から来たのだとか。

それが第四のゲソなのか。真偽のほどは不明。

それから、薬きょうについて。

再度言うが、友部若頭のハジキはコルト。ベトナム人のハジキはトカレフ

森田とミエのハジキはコルト。

薬莢は、キャビンで十ケ、甲板でも数ケ発見されたが、以上の二種類しか発見されなかった。

よって、後から横取りした舎弟がきたとしても、そいつはぶっぱなしていない。

最後にナイフであるが、下の食堂に、二本落ちていた。一本はベトナム人の手が握り、もう一本は床の上にあった。友部若頭の指紋が取れた。二人が切りあったのは間違いない。

新しい情報を仕入れて、姉貴がまた自分の推理をし直しやした。

「やっぱミエが怪しいぜ」

一向に変化も進歩もない推理でおます。

姉貴は、昔から、一度思い込んだら、簡単に変えない偏狭なところがおました。

「あのねえ。自分を基準に考えないの。もと極道の姐で、平気でちょろまかしをやるような人間なら、ヤクザと撃ち合いをしたり、同僚を裏切ったりするかもしれないけど、ミエは、普通のOLなの。

ちょっとはハードな仕事・麻薬取締り局のサラリーマンなの」

「まあ、ききーな」

姉貴の推測は次のようでございました。

――森田は相棒の門田ミエが撃たれたと思うと言ったが、実は、ミエが裏切り者で、撃たれたふりをして、海に飛び込んだとしたらどうだろう?

 ミエはブランド大好き人間で、金のためなら、簡単に転ぶようなところがあった。

二人が潜入したとき、麻薬のテイスティングの予定が早まって、実際の取引があった。

この時までは、ミエも、裏切る気はなかったと思う。二人対二人では危険が多すぎるからな。

しかし、急に山城組の友部若頭が、裏切って、ベトナム人を撃ったとしよう。

ここで急遽形勢が変わったのだと思う。

友部若頭とベトナム人は、撃ち合いながら甲板に駆け上がっていった。

ブツと金はそのままそこにある。

友部若頭とベトナム人が死んでしまえば、マトリ二人の物になる。しかし、ミエは、独り占めしたかった。

そこで、彼女は、隠れている部屋から別の部屋に移動して、山城組の舎弟か誰かをケータイで呼んだ。

前から横取りしようと計画していた相棒だ。体で誘惑したのだろう。幸いその相手は港の近くにいた。それで、すぐ来ると言った。

それから、森田の様子を見にキャビンに行ったら、流れ弾に当たり、片手を撃たれ、重症を負ったようで、キャビンかどこかに倒れていた。

片腕はぶらぶらで、今にも死にそうだ。

ほうっておいても死ぬだろう。

だが自分が生きているのを見て覚えていたら厄介だ。

おまけに万が一、この船の乗組員が来て、助けられた時に、森田の口から自分が生きていたと証言されたら困る。

そこで、彼女は、流れ弾に当たって負傷したふりをして、甲板から落ちた演技をした。甲板に血のついた足跡をつけた。

靴の裏に血をつけて海に向かう足跡である。

甲板の手すり付近外側には、自分の血をべったりとつけた。

そんなことをするよりも、ここで森田にとどめを刺したほうが確実だが、それじゃあ、後で警察が来たときに、体の中の銃弾から、自分で撃ったことがバレてしまう。

だから、それはよした。

その後、電話を受けた男が、ブツと金を取りにきた。

この時は、森田は失神していたので、死んだと思われた。この間に気が付いたと言っておるから、この時は甲板にでも倒れていたのだろう。

それで、横取りした舎弟は、見過ごした。

一方、森田は気が付くと、手がぶらぶらで使い物にならなくなっていた。

それで、とりあえずキャビンまで降り、応急手当をした。そして甲板に出た。

そしたら、船が一隻あったので、それで逃げ、湾岸署に駆け込んだ。

この際、当然、山城組の裏切り者とミエがつるんでいなければならない。

そうでないと、持ち逃げされた金を奪い返すために、ミエは殺される危険性がある。

ミエはそんなヘマを犯すような人間ではない。それに、自分は死んだことになっている。

当然、コカインと金(五千万)は山城組の裏切り者が、どこかのマンションか何かに隠してあるはずだ。

ミエは金だけもらってさっさとどこかに逃げた。

たぶん、半分くらいはもらったんじゃないか。それくらいのタマだ、あの女は――。

「この前の推理と、ほとんど変わっておらぬではござらんか。それに、急に取引が早まったんだよ。

姉貴は前々からミエが他の舎弟と組んで横取りしようとしていたと言ったけど、そんなに急にかけつれられるかなあ」

「そりゃあ、同じ横浜だ。組にいようと、どこにいようと、そんなに時間はかからねえ」

 頑固な姉貴でおます。
(続く)

追伸。この前の「ふれふれ少女」のアラガッキーは超凛々しいお姿でやんした。ま、それだけ。