由美姐21、22、23回目

アチキは、マトリの由美姐の命令で、麻薬の密輸がらみの殺人事件を捜査することになりやした。

(21回目)

     五

 事情を訊き終えると、アチキと姉貴は湾岸署の外に出ました。

「ようし、まずは、山城組の情報を得るために、小夜が傘下のクラブに潜入しろ」

 姉貴が命令口調でおっしゃいました。

姉貴の頭の中では、山城組の舎弟の一人が、ミエと組んで横取りしたことに決定したようでございます。

「なんで、アチキが?」

 眼一杯不機嫌な眼で見返してやりますると、あっさりとした返事がかえってめえりやした。

「マトリの奴ら、臆病だから、一人じゃ潜入できんのじゃ」

「じゃあ、姉貴がやればいいじゃないか」

 すると、姉貴は、くいとアチキの顎を持ち上げ、眼を細めて嘯きました。

「わてはおメーほど可愛くねえ。それに、警察もヤクザの事務所も、どっちも、テメーの家みたいなもんじゃろうが」

 確かに、親父は極道でございましたし、警察へは、地上げがらみの恐喝でひっぱられた親父を迎えに行ったことも何回かございやす。

 にしても、姉貴がアチキより可愛くねえ、とな。

そこまで言われちゃあ、しょうがありません。

 まずは、警察に潜入することにいたしやした。

 生活安全課の西島警部に連絡を取って、山城組の秘密クラブがどこにあるか訊こうとしましたが、連絡が取れなかったのでございます。

相手のケータイが切れているんですなあ。潜入捜査にでも入ったのでございましょう。

「警察のデータベースで調べりゃ、すぐに分かるに決まってらーね」

 姉貴に命令されて、まずは、港の傍にある神奈川県警までやってまいりました。

午後の六時でございます。

アチキは、掃除婦にばけて、裏口から潜入いたしました。

着メロは切って、マナーモードにしてあります。

ちなみに、わたくしの着メロは『必殺仕事人』、姉貴のは『唐獅子牡丹』でございます。

 姉貴は、婦人警官の服で、ロビーであちこちを整理するふりをしたり、何かの調べものをするふりをして、菅原警部か西島警部が帰ってくるのを見張っておりやす。

 菅原警部は私の顔を知っておるので、危険でして、西島警部は、帰ってきたらそれで用が済むので、連絡をくれる手はずになっておるのでございます。

生活安全課(捜査四課)が何階にあるか分からなかったので、適当に、誰もいないフロアーで、一番手前にあったパソコンのスイッチを入れました。

姉貴がいうには、『山城組のクラブ』で検索をかければ、簡単にでてくるはずだ、とのことでやんしたが、そうは簡単に問屋が卸しはしないようです。

一応、データバンクにアクセスする前にパスワードかナンバーを、と要求してめーりやした。

困りました。

たぶん、このパソコンの所有者の生年月日か電話番号だろうと予想をつけて、机の中をあさり始めました。しかし、どちらも、参考になる資料がでてまいりません。

そこで、とりあえず、1111と入れてみました。

もし、この課の人間が共有で使うのなら、いっちゃん簡単な番号を入れると想像したからでございます。

しかし、答えはノーでした。そこで、1234とか2222とかを入れ始めました。

ですが、なかなか侵入OKとはなりませんでした。

ふと気が付くと、後ろに誰かが立っていました。刑事が帰ってきたんでございます。

恐る恐る振り向きますると、やくざ顔で目つきが悪い中年の男でやんした。

アチキは、思わず、パソコンで捜査状況を、と余計な言葉を口走っておりやした。

「何で掃除婦が捜査状況を探るんだ?」

 刑事は、がんと机に両手をついて、びしっとアチキを睨みおりました。

「あ、いえ、実は、わたくしも刑事で。この捜査は、長さんに、頼まれて、行っているんであります。
それに、それに、掃除婦の服装は、変装でして。
そう、わたくしは潜入捜査のために、変装の訓練をしているんです。
はい。それに、今日、配属されてきたばかりでして、まだ自分のパソコンがないのでございます。それで仕方なく、これで。済みません。決して怪しい者ではございません」

 これ以上ないほど怪しい言いわけでございやす。

「そうか」

奴は一旦は、気を許しおりましたが、すぐに、また質問を浴びせてめーりやした。

「長さんて・・・デカ長か?」

「え、は、はい」

「変だなあ。今朝、進展がないって報告したばかりなのになあ。電話してみるか」

刑事は即、電話器を取り上げて電話し始めました。

「あ、いえ、わたくし、帰ります。もう用事はすみましたから」

 画面にアクセス拒否のマークがくっきりと出ているのにも関わらず、必死で手を振り、すり足で入り口に移動を開始いたしました。

 しかし、相手がいきなり電話を置いて、ぐいと手を伸ばし、わたくしの腕を掴みおりました。

「待て。お前は誰だ? 見ねえ顔だ。それに、今日、配属代えでくるデカがいるなんて話は聞いてねえぞ。どこの誰だ?」

「で、ですから、部署を間違えたんでやんす。アチキは、今日、配属になったばかりで、西も東も分からないんでやんすから」

 夢中で相手の腕をはがそうとして争っておると、ダテ眼鏡が落ちました。それでも相手はアチキの手を離そうといたしません。

アチキも負けずに、全身の力をこめて、ドアに移動しようとしていますと、カチッと音がしてドアが開きました。

 中年の刑事と一緒に振り向きますると、そこには、西島警部が立っておりやした。

「あ、小夜、何をしているんだ」

 西島警部は、一足飛びにデカ部屋に入り、アチキの腕を掴んで、自分の領域に引きずり込んだのでございます。

相手は一瞬、あっけに取られて、思わず腕を放しおりました。

「こいつは、妹でございますだ。わたくしは生活安全課の者でございやす。実はこいつは交通課の刑事で。ちょいと、探偵癖がありやして。わしがマトリがらみの捜査をしておると申しましたら、勝手に協力してくれるといいおって。ご迷惑をおかけしやした」

 西島警部は、四十五度脚を開いて両手を腿の上におくっつうヤクザ風の挨拶をなさいました。

どこぞの組に潜入していたのでしょうか、細いピンストライプの黒のシャツとグレーのスーツで、ネクタイだけは派手な鯉の模様でがんした。

ちなみにスーツもピンストライプでござんして、ポケットチーフは派手なピンクの水玉模様でした。言葉も眼一杯やくざ言葉に徹しておりました。

「マトリがらみというと、潜入ですかい」

「へえ」

「潜入。そりゃそりゃ、ご苦労なこって」

相手は、意外に素直に信じおりました。もっとも、真実ですので、迫力がございましたから。

(22回目)

 生活安全課に戻りながら、西嶋警部は、やさしく、「君は勇気があるね」と褒めてくれました。

玄関で、姉貴に、どこかの階でわたくしがパソコンに侵入しようとしているに違いないから、下の階から探すようにと頼まれたのだとか。

助かりました。

そして、自分のデスクに戻ると、デスクの中からセロテープを出して、出てくる時に拾ったダテ眼鏡を修理してくれたのでございまする。

「こんなもんでどうかな。応急措置だけど」

 警部は細い臙脂のブリッジのところを持ってメガネを差し出しました。つるの折れた部分には、セロテープがぐるぐるまきにされていました。

テープの間には、あちこちに細かい気泡が入っておりました。わざわざ、気泡入りのガラスで修復したみたいでした。

「きれい」

 アチキはメガネを薄暗い電球にかざして呟き申しました。

雪原で体が冷え切って生きるのも面倒くさくなった時に見えた民家の明かりのような、心の奥底が温められる気泡でした。

――この人になら、今の心境を語れるかもしれない。忌憚のない想いを打ち明けられるかもしれない。

自分を飾ったり、隠したり、あるいは卑屈になったりしないで、相談ができるかもしれない。

この気持ちは愛かもしれない。いや、同情かもしれない。落ち込んでいるときにすがりたくなっただけなのかもしれない――。

いやいや、そのすべてを含んだ、何とも形容しがたい感情でした。

懐かしくて、少しこそばゆくて、恥ずかしく、皮膚の内側がひりりとし、このまま頭の中の不安と焦燥が、蕩けてゆきそうな感触でした。

一言で言えば、運命かもしれまへん。

アチキは気泡を通して警部の顔を見、楊貴妃も負けそうな微笑みを投げかけました。

警部の顔はまだメガネのすぐ向こうにあり、同じようにほほえみかけておりました。

眼の中に自分の顔が見えました。相手も同じように、じっと瞬きせずに、こちらの眼の中をのぞきこんでいました。

二人の視線は絡まりあい、やけどしそうな温度に沸騰しておりました。

あまりに長い間まばたきをしなかったので、眼の表面に罅が入るかと思われました。

アチキはほんの少し視線をずらしました。警部もこほんと小さく咳をしました。

二人の視線がこころもち揺れ、視線はほどけ、互いの首と顔を舐めあい、また絡まってとどまり、やがてほどけて肩から下のほうに滑っていきました。

かなりたってから、警部が、気持ちだけ眉をあげて、自分に言うように囁き申した。

「君の秘密の部分に触れさせてもらえないだろうか」

 耳の中で血が吹き上がる音を聞きました。小夜姐御は恋に落ちたのでございます。

健常男子を足蹴にし、オタク男子を蹴散らしてきた腐女子姐御、一世一代の恋でございます。

(23回目)

     六

西島警部の情報により、秘密のクラブの所在地が判明いたしました。
そこでカジノが開催される確率が高いんだそうでやす。そこなら情報を掴める可能性が高いとか。

午後の八時。

西島警部に教えられたのは、ある倉庫。

原付の荷物入れに、必要と思われる物を入れて、トコトコと走ってめーりやした。

倉庫からちょいと離れた場所に駐車して近づいてみると、バラックに毛の生えたような外観でした。

横浜のはずれ。本牧通り、マイカ本牧のそばでございました。近くには三渓園なんぞもございます。

電車の音ががたがたとうるさいでおすなあ。

小さい窓がありましたので覗きましたら、ジュートの袋がうずたかく積みあがっておりまする。

中はコーヒー豆かいなあ。

 どうやって潜入したらよいのか分からないので、しばし逡巡いたしやした。

 西島警部は、自分は、顔が割れておるので、潜入は無理だとおっしゃいました。

 姉貴は、これくらいのことができねえようじゃあ、将来、マトリに来るのは無理だとおっしゃいました。

将来、アチキを強引に相棒として抜擢するつもりらしいでやす。人の意見もきかんと、困ったものでございます。

 勿論、当方、マトリになんぞ入る気は、さらさらないので、こんな危険な仕事からは、今回限りで、すっぱりと足を洗う覚悟でございますが。

今回は特別です。全てはトシのためでやす。

 にしても、どうやって、中に入れば?

 誰かの紹介だと適当に嘘をついて、中に入って、カード賭博をいたしましょうか?

 西島警部に、山城組の舎弟の名前は何人か聞いてきましたので、入ることはできますが、元手がないので、カード賭博に参加することができまへん。

 よって、この手は使えませぬ。

 困って、近所をうろうろとしておりますと、山城建設と表札を上げた建物がみつかりました。

とりあえずは、そっちの方に盗聴器をしかけることにいたしました。

 今は三軒向こうのカジノで違法賭博がおこなわれているのなら、そっちのほうに、ほとんどの人間が借り出され、チンピラしか残っておらないだろうと推測したのでございます。

 事務所は、三階建ての、コンクリート造りの物で、ドアは鉄でございましたが、長方形に切られた鉄枠の周りが一センチほど透明の板で囲われておりましたので、そこから覗きますと、二人の人間が、パソコンをいじっておるのが見えました。

 チャンスでございます。アチキはドキドキしながら、ピンポンを押しやした。

 ドアを開けて出てきたのは、暴走族上がりと思われる、茶髪のあんちゃんでございました。

 アチキは心もち腰をかがめ、低い声で、申しました。

「きさらずの方のおやっさんに紹介されました。防犯装置の販売をいたしておりますが、こちらの防犯装置がちゃんと作動するかどうか、チェックをしろとのことですので、無料で点検にまいりやした」

 きさらずの方に親戚筋の叔父貴がいるっちゅうのは、西島警部から教えられておりました。

 茶髪のあんちゃんは、ちょっと不審そうな顔をいたしましたが、アチキがにっこりととびっきりの笑顔をみせますると、安心したようでした。

後ろを振り向いて、「防犯装置の無料点検だってさ。きさらずの叔父貴の紹介だってよう」と兄貴分と思われる男に取り次ぎました。

 あんちゃんがそのままドアを開けて、中に入ってしまわれましたので、アチキも続きます。

中は、八畳ほどの広さの事務所で、古いレコード盤が回っており、淡谷のり子の♪メリケン波止場の灯が見える♪っちゅう歌が聞こえておりました。

山猫建設のように悪趣味な物は置いてありはしませんで、ビジネス一色の雰囲気で、パソコンが何台も置かれております。

兄貴分はケータイでどなたかと話をなさっておいでで、そのちょび髭の口からは、「サブプライムローンのこげつきが」などという専門用語が飛び交っておるのでございます。

アチキは窓とドアの防犯装置を点検するふりをして、盗聴器をしかける場所を探しにかかりやした。

しかし、そばには茶髪のあんちゃんがぴったりと張り付いて離れないんです。

「なあ、姐さん。そんなに若くって一人で、全国を流れ歩いて、防犯装置を売りさばいておるんかい。恋人はいねえんかい。

それじゃあ、寂しいだろうによう。俺立候補しようかのう」

どうも、アチキに惚れちまったようなんでありんす。

黒い着物で、びしっと髪なんぞをアップにしておりますれば、『極妻』と勘違いして、うるさく付きまとってくる輩がたまにはいるんでありんすが、キャツもその一人のようでした。

アチキといたしましては、ここで、「わたくし、生まれも育ちも葛飾、柴又」と寅さんの真似をして口上を申し上げたいところでございましたが、それじゃあ、よけい、アチキに惚れちまいそうでやすんで、極力そっけなく断ったのでございます。

「申し訳ないでございやすが、アチキは、葉桜組の組長と行く末を誓った身でござんす。あんさんの温情は心だけ、温かく頂いておきやす

。でも、それ以上深入りなさると、お怪我の元ですんで、そこまでにしておくんなさいまし」

そういって、相手を突き放し、「これは問題ない。こっちもOK」などと呟きつつ、事務的な素振りで防犯装置を点検いたしました。

そして、隙を見て、窓の脇の机の影になっているコンセントの部分にコンセント型盗聴器を設置しただけで、そそくさと退散してまいりやした。

しかし、出てきたときには、汗びっしょりでございました。


(続く)

追伸。選挙でやんすねえ。日本が変わるかもしれないんでいきましょうね。私としては、障害者自立支援法を廃止してくれる党、諫早湾干拓なんぞを取りやめて、自然と漁民を保護してくれる党、天下り、渡りをなくしてくれる党を支援してるんでやんすが。そういえば、田中真紀子さんは、民主党に入ったんですねえ。新潟にいたら一票当時たいでやんすが。なにしろ、女性総理大臣が誕生するかもしれないですから。ヒラリーも好きだけど、強い女は好きですなあ。