由美姐45,46,47回目

粗筋。アチキ(小夜)は由美姐に命じられて、マトリの仕事をすることになりやした。
横浜の難破船でシャブの密売が行われたようで、売ったほうのベトナム人と、買った方の山城組の若頭が撃たれて死んでおりやした。
そこへこっそり忍びこんだマトリの一人は海へ落ちて死に、もう一人は瀕死で湾岸署に船で逃げ込んだのでございやす。
アチキは、やましろ組の賭場へ証拠をつかみに潜入せよと姐さんから命じられやした。
そこで、やましろ組の賭場の行われているビルのそばの電話線を切って、電話の修理を装って潜入したのでございます。で、ひやひやしながらも、なんとか盗聴器を設置して脱出いたしやした。
家に帰ると、やましろ組から、トシを誘拐したっつう手紙と手の指が送られてめえりやした。そこで県警に連絡して、身代金運搬の準備をいたしました。
その夜、アチキは湖に死体が浮いているっちゅうサイコメトリングをいたしやした。夢ではなく、ホンマのサイコメトリングでございます。
なぜなら、実際にその場所、――相模湖のそばの小汚い池――に赴きやしたら、本当にブツがあったんでございやす。おっと死体ではないので、正式には、夢かもしれませんが。それから、身代金運搬にかかりました。
最初に指定があったのは八景島シーパラダイスでやんしたが、アチキの身代りになった婦人警官が、うっかりミスをして身分がバレちまいましたんで、急きょ姐が運搬人になりもうした。
そして、人形の家、エリスマン亭、ベーリックホールなどを巡りやした。で、最後の場所で裏に鞄を落とし、誰かに奪われやしたが、刑事が、こっそり鞄に追跡装置を忍ばせておいたので、再度追跡することになりました。
そして、本牧のある改装中のビルの屋上に指示通りにおきました。だが鞄は消えたのでございます。
アチキは西嶋警部に呼び出され、追及され、少々嘘をいっていたのを白状しやした。といいうのは、トシからケータイが来たのでやんす。それは、屋上においた物に黒い袋をかぶせ、紐がつるしてあるので、それに結びつけて、ビルの裏に下ろせっつう命令でやんした。で、そうしたんでゲス。

(45回目)

       二

アチキと西島警部は、そそくさと食事を終わらせ、取引のあったビルの後ろのビルを捜査しに出かけました。
ゆっくりとお話をしたかったアチキとしては、ちょっと残念でやんした。
ちょうど、姉貴も県警の連中も同じように考えたようで、すでに現場で捜査をしておりました。
アチキと西島警部が到着したときは、取引のあった後ろのビルの一室に入るところでした。
そのマンションは、山城組の所有の物件で、若いものに立ちあわせて、一室づつ鍵を開けさせて、中を改めておるところでした。
その結果、取引のあったビルの後ろのマンションの一室で、死体を発見いたしました。
左手の小指のない、二十代前半の男でした。
髪の毛を短く刈り込み、エグザイルみたいに、一箇所に剃りこみを入れ、ジャージの上下をはおって、床の上に倒れておりました。
二段ベッドの上には、一袋だけ、小袋のコカインが開封されておりました。
それは、山城組を破門になった元舎弟で、コカインを吸って、二段ベッドの上から落ちて墜落死したらしいでやす。
どうやら、そいつが誘拐の共犯だったらしいのですが、主犯は逃走したのでしょうか。
コカインもトシも行方不明でございました。

「トシはどこにいるんだ?」
 捜査を終えた後、車の中で、西島警部は、しばらく考え込んでおりましたが、やがて顔をあげなさりました。
「待て。それより、もう一度頭を整理して考えてみよう。まず、君の家のキッチンから混ぜ物の多いブツを山城組の事務所の前に運んだのは、君だろう」
「ぐ」っといいたい気分でございました。
「君は、トシ君からケータイを貰って、屋上から紐をはずしたとき、犯人がコカインを横取りするだろうと考えた。ならば、トシ君の命が危ない。だから、急いで、かわりになるような物を探して、山城組の事務所の前に置いたんだ。本物のコカインはあとから探すとしても、とりあえず、それでトシ君の命は助かるかもしれないと」
「じ、実は。そうです。本当は、全部持ってゆきたかったんですけど、重くて。それで、半分でも、とりあえず命は助かるに違いないと」
「だが、向こうは、それじゃ納得しないようだな」
「じゃあ、トシは?」
アチキが頭を抱えると、その手の上に西島警部の暖かい手が下りてきました。
「大丈夫だ」
 アチキは、この気に乗じて、西島警部の唇を奪おうと、震える手をことさらに大きく震わせて、西島警部の腕を掴もうとしました。
が、咄嗟にアチキの魂胆を察知したのか、西島警部が、申し訳なさそうに呟きなさりました。
「悪いが、俺は、男にしか興味がないんだ」
アチキの恋は一日にして終わったのです。ショックでございました。

(46回目)
    三

 ♪親の血を引く兄弟よりーーも♪
懐かしい着メロでふと気が付くと、三十畳はあろうかと思われる、畳敷きの和室に寝かされて下りやした。
「ここはどこ? アチキは誰?」
 の心境でございやす。
 着メロは、和室の外の廊下から流れてきておりやした。
眼をめぐらしますると、すぐ傍に、骨と皮ばかりの老人が座っておりました。
異様ないでたちでござんす。
皮は骨から五センチほども浮き上がり、顔は老人性の染みが浮き上がり、眼は血走っておりやす。
着物は、唐ザンの縞の着物をぞろりと着て、低く締めた帯には、短いドスが刺さっております。
頭には、豆絞りの手ぬぐいに、十本ほどの鉄串を刺しており、まるで、『祟りじゃー』で有名になった、『八墓村』そのものでございやす。
いや、老侠客といったほうが似合うかもしれやせぬ。
アチキが気がつきやすと、その老侠客が、ごくりと剣山のような喉仏を上下なさいやして、両手をたたみについて、深く頭を下げなさいやした。
「これは、これは、お気がつかれやしたでしょうか。いつカチコミがあるや知れやせんので、ちょいと過激な戦闘体勢にて、失礼いたしやす」
アチキは、金串の先につつかれそうになりやして、思わず、一尺も後ろに跳びすさりました。
すると、老侠客は、「お控えくださいやすでしょうか」と腰を割りました。
あまりのレトロさに、アチキは、また度肝を抜かれまして、おもわず、畳に正座してしまいやした。
すると、老侠客は、トウトウと仁義を切り始めました。
「早速のお控えありがとうさんです。おあ姐さんには、陰ながらお許しこうむりやす。手前、生国は神奈川横浜、渡世縁もちまして、親分は関東山城会八代目、山城直、直盃に従います若い者にござんす。姓名の儀は刈谷勉と発します。ご当地山城親分とは、義兄弟の縁、初代刈谷一家名乗りまして、桜の代紋あずかります。ご覧の通りしがない者でござんすが、以降面体(めんてい)お見知りおかれまして、昵懇に願います。ささ、どうかそちらさんも、お控えなすっておくんなさんし」
 まるで、新国劇か歌舞伎でございます。
 アチキは、思わず、「聞かれて名乗るはおこがましいが、(忘れたので中略でやんすが)、さて、どんじりに控えしは――、桜も恥じ入るいい女、その名もきっちし――、にっぽん――ざ――え――も――ん」と応えてしまいそうになりやした。
 ですが、浮かれて変なことを言いやしたら、お叱りをこうむりそうなので、一応、父親から教えられた通りを返したのでございやす。
「早速のお控えありがとうさんです。おあ兄さんには、陰ながらお許しこうむりやす。手前、生国は神奈川横浜、渡世縁もちまして、元、葉桜組、二代目姐、皆川小夜にございやす。葉桜の代紋は途絶えやした。ご覧の通りしがない者でござんすが、以降面体(めんてい)お見知りおかれまして、昵懇に願います」
 すると、老侠客は、久しぶりに身内にあい見えたような、懐かしい顔をお揚げなさいやした。
「ささ、ごゆるりと、膝を崩しておくんなさいやし。今日日(きょうび)、このような、正式な仁義を切れる姐さんに、会えるとは、嬉しい限りでござんす。大門違えとはいえ、わが組にゲソつけられましたお客人には、ごゆるりと、滞在なさっていただきやす」
「して、どげんして、アチキが、ここにいるんで、ござんしょうか?」
 アチキは、何も思い出せなくて、とりあえず、疑問をぶつけました。
「おっと、その件ですかい。ご質問とあらば、ご説明いたしやしょう。実は、あんさんを誘拐させてもろうたんでございやす」
「誘拐とな」
「へえ。山城親分に、先日の、不始末をきっちし始末をつけい、といわれ、こげな、卑怯な手段に出てしまいやした」
 その言葉で、アチキは、捜索現場から帰る途中に、後ろから殴られて、失神したのを思い出しやした。
 結局、山城組のもっているマンションを隅から隅まで調べたので、夜遅くまでかかってしまい、帰途についたのは、午後九時頃でしたでしょうか。
 姉貴は捜査本部に行ってやることがあると申しましたので、一人で帰る途中でした。
 老侠客の言葉に促されて障子の外を見ますと、すでに日もとっぷりと暮れて、真っ暗になっておりました。
 誘拐のことなど何も知らないと思ったのか、老侠客は、昨日からの動きを話して下さいました。
 どうやら、今日の今日までは、アチキたちには内緒の場所で、賭場を開催することが先決だったようで、トシの誘拐は、まるっきり知らないようでございます。

(47回目)
      三

老侠客・刈谷若頭は、畳に頭をすりつけんばかりに平身低頭して、どうか、コカインか五千万円を取り戻して欲しいといいやした。
「難破船で、撃ち合いになり、コカインを奪われただけで、指を一本つめやした。舎弟の一人にもつめさせやした。友部若頭と一緒に行く予定だった舎弟でおます」
 取引のあったビルの後ろのビルで死んでいた舎弟でございましょう。
「あっしが指をつめたのは、一両日待ってもらうためでやす。今日か明日中に取り戻せない場合には、腹をかっさばくしかありませぬ。どうか、お願いでやす。コカインか金を取り戻しておくんなさいやし」
頭を下げられると断りきれないアチキは自分のケータイで家に電話しました。
うちには、マトリが押収した不純物の多いコカインの残りがありまするので、それで勘弁してもらおうと思ったのです。
この前こっそりと置いてきたのが、二十キロ。合計で四十キロ。それで何とかなるんではないかと。 
家にいたのは、Gメンの森田だけでした。
なので、すぐに森田のケータイ番号を教えてもらい、そちらにケータイしやした。
アチキの縛られた姿を見せる必要があるからです。
「助けて。お願い。誘拐された。キッチンにあるコカインを全部こちらの指示に従って、運搬して。純正の奴。キッチンにあるから。お願い」
 アチキは、自分の手を手ぬぐいで縛り、テレビ機能にしたケータイに自分を映し出してもらって、悲痛な叫び声を上げました。
ここまでしなくても、と最初は思いましたが、森田が不審に思って、運搬をしてくれなかったら、この老侠客ともども、アチキも腹をかっさばかなきゃならねえと思ったからでやんす。
アチキの演技を本当の思ったのか、森田は、最初はぎょっとした眼でケータイをにらんでおりやしたが、やがて、
「わかった。キッチンにある純正の奴だね」
と呟きました。
かなり長く考えておったようでしたが、一応、了承してくれたのでほっとしました。
アチキはそこで、老侠客と一緒に考えた方法を伝えやした。
「横浜近辺を車で周回して欲しいの。こっちで、警察の尾行がないのを確認して、大丈夫だったら、OKを出すから、最後は三渓園にもっていって欲しいの」
「その後は、どうするんだい?」
「それは、後から教えるでやす」
 老侠客が、いきなり、ボイス・チェンジャーを使って、横から声を挟みやした。
任侠言葉になっているんで、ボイス・チェンジャーはあまり役に立っているとは思えぬのでありんすが。
 アチキが戸惑っておると、森田から応え(いらえ)がきやした。
「了解。じゃあ、出発するときにまた報せる。次も僕のケータイに連絡して」
 それでケータイはそそくさと切れました。
「それでは、早速、三渓園の近くの高いビルの屋上に移動いたしやしょう。ここは、八景島の傍で、ちと、遠すぎやすから」
老侠客が、老人とは思えぬすばやさで、立ち上がりやした。

追伸。昨日はうれしかったでやんす。旅番組で、パンチ佐藤とジェローラモが出ていて、14チャンネルにまわしたら、クリスチャン・ベールがでていたのですから。