由美姐48,49,50回目

粗筋。アチキ(小夜)は由美姐に命じられて、マトリの仕事をすることになりやした。
横浜の難破船でシャブの密売が行われたようで、売ったほうのベトナム人と、買った方の山城組の若頭が撃たれて死んでおりやした。
そこへこっそり忍びこんだマトリの一人は海へ落ちて死に、もう一人は瀕死で湾岸署に船で逃げ込んだのでございやす。
アチキは、やましろ組の賭場へ証拠をつかみに潜入せよと姐さんから命じられやした。
そこで、やましろ組の賭場の行われているビルのそばの電話線を切って、電話の修理を装って潜入したのでございます。で、ひやひやしながらも、なんとか盗聴器を設置して脱出いたしやした。
家に帰ると、やましろ組から、トシを誘拐したっつう手紙と手の指が送られてめえりやした。そこで県警に連絡して、身代金運搬の準備をいたしました。
その夜、アチキは湖に死体が浮いているっちゅうサイコメトリングをいたしやした。夢ではなく、ホンマのサイコメトリングでございます。
なぜなら、実際にその場所、――相模湖のそばの小汚い池――に赴きやしたら、本当にブツがあったんでございやす。おっと死体ではないので、正式には、夢かもしれませんが。それから、身代金運搬にかかりました。
最初に指定があったのは八景島シーパラダイスでやんしたが、アチキの身代りになった婦人警官が、うっかりミスをして身分がバレちまいましたんで、急きょ姐が運搬人になりもうした。
そして、人形の家、エリスマン亭、ベーリックホールなどを巡りやした。で、最後の場所で裏に鞄を落とし、誰かに奪われやしたが、刑事が、こっそり鞄に追跡装置を忍ばせておいたので、再度追跡することになりました。
そして、本牧のある改装中のビルの屋上に指示通りにおきました。だが鞄は消えたのでございます。
アチキは西嶋警部に呼び出され、追及され、少々嘘をいっていたのを白状しやした。といいうのは、トシからケータイが来たのでやんす。それは、屋上においた物に黒い袋をかぶせ、紐がつるしてあるので、それに結びつけて、ビルの裏に下ろせっつう命令でやんした。で、そうしたんでゲス。その後、今度はアチキが誘拐されちまいやした。今度はGメン森谷身代金の運搬を命令しました。
(48回目)
   四

三十分後、アチキと老侠客――さすがに頭の串は取りやした――と運転役の金髪の舎弟が、車に乗ってスタンバイしておりやすと、Gメン森田から、ケータイがありました。
「今から出発するけど、どこにゆけばいいの?」
「おっと、その前に、遠くからでもコカインがはっきりと分かるようになっておるんだろうのう」
 老侠客は、まるで、敏腕刑事みたいに、てきぱきと指示をだしやす。ボイス・チェンジャーも使い慣れておるようです。
「ああ、ちゃんと、小袋ごとビニール袋に入れて、バイクの荷台に載せたから。バイクはこの家にあったカワサキだから」
「了解でやんす。では、国道十六号線に乗って、三渓園に向かっておくれやす」
「分かった。西町の八幡橋で国道八十二号線に乗って、それから、三百五十七号線を経由して三渓園に向かえばいいんだな」
「そうでやす。ついでに言いやすと、三渓園で下りずに、高速湾岸線に乗って、ベイブリッジに向かい、大黒ジャンクションで高速神奈川五号大黒線に乗り換え、生麦で国道十五号線に降り、そこからまた国道十六号線に向かっておくれやすかい」
「何、何をさせようって言うんだよ」
「それは、秘密でござんす」
「分かったよ。とりあえず、出発する。じゃあ、ベイブリッジの途中くらいからまた連絡する」
 ケータイはそこで切れやした。

 二十分もすると、アチキたちは、三渓園の傍にある日本石油製油所の石油備蓄場所に到着しておりました。
老侠客は、ケータイで、他に数名、舎弟を呼びよせやした。
そこから、森田にケータイを入れやすと、もう国道十五号線まで行っているとのことでした。
「そのまま、さっきの道順でめぐっておくれやすかい」
「分かったよ。だけど、一晩中、こうして走っているわけじゃないよね」
「へえ。それは、大丈夫でやんす。警察の車両がついてないと確認したら、次のステップに移るでござんす」
「それは大丈夫だってばあ。菅原警部にも西島警部にも報せてないってばあ」
「それは、こっちで確認するでやんす。とりあえず、指示にしたがっておくんなまし」
 老侠客は一方的にケータイを切ると、石油の備蓄タンクの階段に登り始めました。
 暫くすると、前の国道三百五十七号線をカワサキが走ってゆきやした。
大型のトラックが多い地域ですので、かなり渋滞しており、カワサキもゆっくり走っておりやした。
双眼鏡で確認すると、片手と添え木を当てた腕で、器用に運転しておりました。
荷台の部分には、小袋をぎっしりつめたビニール袋が見えました。
後ろには、ティアナもポロも、プリウスも、ポルテも尾行しておりませんでした。
「どうやら、信じられるようじゃな」
 老侠客はそう呟くと、森田にケータイを入れなさりました。
「確認した。では、本牧埠頭で一般道に入り、三渓園に戻っておくんなまし」
「了解」
 アチキたちも、柵を乗り越えて、三渓園に入りやした。
中は真っ暗です。
「ずいぶんと用心深いんだね。こんなことしなくたって、大丈夫だってば。森田は気が小さいんだから、ちゃんと、コカイン二十キロはもってくるって」
「二十キロとな?」
 老侠客が一瞬、怪訝な顔をなさりましたが、アチキは、あわてて、純正、純正とごまかしやした。
 アチキたちは、舎弟数人と一緒に、三渓園を歩き回りました。
森田が、どこぞコカインの袋を置いたかと思い、つつじの植え込みの陰や池のふちなんぞを懐中電灯で照らして探し回りました。
しかし、コカインの袋はみつかりませんでした。
ですが、そうこうしていると、三渓園の入り口近くで爆発があったぞーと舎弟の一人が叫ぶのが聞こえました。
アチキたちは入り口に向かって走りました。
すると、そこには、大量の印刷物が飛び散っていたのでございます。
あちこちで燃えている炎と懐中電灯の光で照らしてみると、それは、コカインの小袋ではなく、五千万円の札になっておりました。
「おい、さっさとしやがれ」
「消せ。消せ――」
舎弟たちが、あわてて、踏みつけて、燃えている札の火を消しておりやした。
運搬途中、双眼鏡で確認したときはコカインの小袋だったのですから、どこかで摩り替わったにちがいありません。
どこですりかわったのでしょうか。
おまけに、これが、難破船から奪われた五千万だとすると、その犯人も不明です。
それに、森田は、どこへ行ってしまったのでしょうか。
ですが、五千万が還ったことで、山城組は納得したようでございます。
私は、解放されやした。

(49回目)
    五

アチキが家に帰るとすぐに、Gメン森田からケータイが入りやした。
テレビ電話機能になっておるでございやす。
傍には姉貴がおりやす。
「誰かに襲われた。助けてくれ」
 死にそうな声が響いてきました。
「どこ?」
 そう、ケータイに向かって叫ぶと、消え入りそうな声が響いてきました。
「倉庫だ」
「どこの倉庫?」
 必死で叫びましたが、声は、途切れ、周囲の暗い壁が写るだけでございます。
足元には、血が落ちておるのか、黒いプールができておるです。
 アチキと姉貴は、急いで、バイクで家の近くの倉庫と名の付く場所に走りました。
バイクは森田が乗っていってしまったので、走るしかないのでございます。
まず思いついたのは、馬車道駅のすぐ南側で、県警からも近い帝蚕倉庫でございやした。
 荒い息をしながら、声の途切れたケータイに向かって、今行くからをくりかえして、走りました。
帝蚕倉庫の敷地に到着し、敷地を仕切る金網の一部に破れがありましたので、そこから敷地内に侵入しました。
まるで、ヤクザ映画でございます。
 そういえば、森田が持っていた写真の中に赤レンガ倉庫をバックにしたものがございましたが、ここは、赤レンガ倉庫街の北側に当ります。
 倉庫街は真っ暗でした。
 北側は駅周辺の繁華街のネオンと、南側はショッピングモールになっている赤レンガ街のネオンで明るいのでございますが、ここだけブラックホールのように暗いでやんす。
 どこにも血のプールはございません。
 どうもここではないようです。
「森田、森田、どこ?」
 つながりっぱなしのケータイに向かって叫ぶと、かすかにうなり声がしました。
そして、テレビ機能になっている画面に、新たな何かが映しだされました。
映っているのは真っ暗な部屋でした。
 無意識に時計を見ました。午後十一時五分前。アチキは変な胸騒ぎを覚えやした。
画面に映っている部屋は殺風景な二十畳ほどの部屋でした。
机が衝立で仕切られておりやす。全ての物が埃を被っているでございます。
部屋の三分の一くらいには、ダンボールが雑然と詰まれておりまして、倉庫のようです。
画面に血だらけの指が映りこんでおりましたから、倒れている人間が撮影しているようでございます。
倒れているのは、森田に違いありやせん。
画面の向うの暗い空間に誰かがいます。
突然、大きいナイフがこちらに向かってきました。
グギっというような、かすかな湿った音を立てて、ナイフが肉に突き刺さりました。
ナイフは肉に突き刺さると、一瞬とまり、また引き抜かれました。ナイフを握っている手は映るのですが、その先に人間は映りこまないのでございます。
映像を送っている人間――森田――は、机の下にいるようで、ナイフが突き刺さるたびに、テレビ電話を机の脚の陰に隠すのです。
森田は一生懸命相手の顔を映そうとしているが、暗いので分らないです。
殺害現場を実況中継しているごとき映像でございやす。
「助けて。お願いだ」
森田が低い声を出しました。
森田は懇願しながら、重い体を引きずって部屋の中を逃げようとしているようでした。
暗いのに頭蓋骨の中で氷を粉砕されたごとき冴え渡った映像でした。
「森田さん、助けるから、どこか教えて」
 アチキは叫びましたが、森田は逃げるのに必死で、こちらに応える余裕はないようでした。
(50回目)
       六

 また画面のナイフが突きこまれ、突然アチキのわき腹も焼き鏝を当てられたように熱くなりました。
「何、何、なんで、アチキが?」
 アチキは声も枯れそうに叫びました。
 ケータイから強烈なる思念が伝達されてきているようでした。
さらに、画面の中の映像は動いていきました。
相手の男はじりじりと動いていまして、ナイフはじわじわと近付いきました。
ナイフには血が付着していまする。
刺したばかりで粘性のない血が、ナイフを振るたびに机の脚や衝立の面に飛んでおります。
森田の手が不規則に揺れるのでございます。はあはあと荒い息の音がしまする。
アチキのおなかもただ熱いでやす。
鉄板の上でポップコーンにされている唐モロコシの気分でございやす。
「相手は誰? そこはどこ?」
 これは、サイコメトリングでしょうか。
にしても、こんなすごい思念に遭遇したのは初めてです。
間違いなくリアル・タイムで行われている事件の思念のようです。
このシーンから手がかりを掴んで場所を特定し、駆けつけなければならないでございます。
背中にすざまじいまでの寒気を覚えました。
送られてくる映像を隅から隅まで記憶しようと、極限まで集中しました。
出血多量のせいで、画面が霞んできておりまする。
おまけに殺害の進行している部屋は暗いです。
殺害の意思を宿らせた足が一歩一歩、埃に侵略された床の上を近づいてくるでございます。
恐怖で貫かれ、森田は少しでも逃げようとして、机の下、奥深くに入るでやす。
またずんと鋭い痛みがわき腹から突き上げて、脂汗がたらたらと流れました。
すでに額も頬も首筋も、ねっとりした汗でびしょ濡れです。
森田は、そうとうダメージが深いらしく、息も絶え絶えでございます。
ケータイの角度が変わって、少しづつ見える物が変わりました。
そして、外のビルの形状が見えそうになった時、また背中に痛烈な熱さを感じました。
数千度の焼き鏝を当てられたような熱さでした。
(やられた)
全身を熱さが貫きました。肉の水分を一瞬で蒸発させるような熱さでした。
ナイフが内臓に達したのです。
粘性の強い血が腰や脚を伝わって、床をぬるぬるにしています。
中は暗く、赤い色ではないのでグロテスクではないですが。
森田は、生に執着し、逃げようと、必死で這い始めました。
凶器は這うたびに内蔵に突き刺さり、槍で皮膚を突き破るように、内蔵を引き裂いているようでございます。
最後には、凶器に腸がからみついてわき腹の皮を突き破ったような痛さが襲ってきました。
激痛は心地好い熱さに転じました。
森田はぐったりと床に頭を落とし、ケータイの角度が変わり、壁には馬車道駅付近の地図が見えました。
 アチキは画面をのぞきこんだのです。
うっすらと埃をかぶった衝立と衝立の間から窓の外が見えまする。
ぼんやりとした港の明かりの中で、右手にベイブリッジの先が見えまする。
はっきりとはしないが、ネオンのイルミネーションでベイブリッジ手前に停泊している大型コンテナ船の輪郭が見えまする。
少し景色が移動し、すぐ側のビルの壁面に赤い月と魔女のオブジェが見えました。
「赤い月と魔女。ハローウインのオブジェだわ。外すのを忘れている」
 アチキは思わず叫びました。
 アチキがまた画面に視線を戻すと、画面が動きました。
今度は左手の窓から観覧車の一部と、その先に小さく鋭角に尖ったイルミネーションが見えました。
「観覧車と、尖った先がみえる。コスモ・ワールド?」
アチキも極力意識を集中しますと、観覧車の先にある物が、ヨットの先のように見えました。
「右手にベイブリッジ。左手にヨットの先のイルミネーション。それに観覧車。観覧車とヨットの先は左手の窓のずっと先。観覧車は港未来地区・コスモワールドの大観覧車。それで、ヨットの先のイルミネーションはグランドホテル・インターコンチネンタル。ということは、そこは山下埠頭の倉庫だわ」
 アチキ叫ぶと、急いで柵を越え、移動を開始しました。

追伸。この前テレヴィで大家族の番組をやっていたけど、早く子供手当26000円を出してやってほしいとおもったわ。