由美姐51,52,53回目

粗筋。アチキ(小夜)は由美姐に命じられて、マトリの仕事をすることになりやした。
横浜の難破船でシャブの密売が行われたようで、売ったほうのベトナム人と、買った方の山城組の若頭が撃たれて死んでおりやした。
そこへこっそり忍びこんだマトリの一人は海へ落ちて死に、もう一人は瀕死で湾岸署に船で逃げ込んだのでございやす。
アチキは、やましろ組の賭場へ証拠をつかみに潜入せよと姐さんから命じられやした。
そこで、やましろ組の賭場の行われているビルのそばの電話線を切って、電話の修理を装って潜入したのでございます。で、ひやひやしながらも、なんとか盗聴器を設置して脱出いたしやした。
家に帰ると、やましろ組から、トシを誘拐したっつう手紙と手の指が送られてめえりやした。そこで県警に連絡して、身代金運搬の準備をいたしました。
その夜、アチキは湖に死体が浮いているっちゅうサイコメトリングをいたしやした。夢ではなく、ホンマのサイコメトリングでございます。
なぜなら、実際にその場所、――相模湖のそばの小汚い池――に赴きやしたら、本当にブツがあったんでございやす。おっと死体ではないので、正式には、夢かもしれませんが。それから、身代金運搬にかかりました。
最初に指定があったのは八景島シーパラダイスでやんしたが、アチキの身代りになった婦人警官が、うっかりミスをして身分がバレちまいましたんで、急きょ姐が運搬人になりもうした。
そして、人形の家、エリスマン亭、ベーリックホールなどを巡りやした。で、最後の場所で裏に鞄を落とし、誰かに奪われやしたが、刑事が、こっそり鞄に追跡装置を忍ばせておいたので、再度追跡することになりました。
そして、本牧のある改装中のビルの屋上に指示通りにおきました。だが鞄は消えたのでございます。
アチキは西嶋警部に呼び出され、追及され、少々嘘をいっていたのを白状しやした。といいうのは、トシからケータイが来たのでやんす。
それは、屋上においた物に黒い袋をかぶせ、紐がつるしてあるので、それに結びつけて、ビルの裏に下ろせっつう命令でやんした。で、そうしたんでゲス。
その後、今度はアチキが誘拐されちまいやした。今度はGメン森田に身代金の運搬を命令しました。物は覚せい剤だったんでやんすが、目的地で外側が燃えると、5千万に代わっておりました。そして、森田はどこかで刺されたと連絡してきやした。

(51回目)
     七


 三分もすると、山下埠頭に到着しました。
霧で覆われたセピア色で年代物の倉庫群が浮かび上がっていました。暗いのですが、周囲からの灯りで、ぼんやりと輪郭はわかります。
 路地は北東に向かって一直線に伸びていまする。
山下埠頭は昔どおりの貨物中心の埠頭で、東南アジア・中近東への金属機械製品の輸出を扱う埠頭でございやす。
傍には山下公園もありまするが、夜には、停泊している船の船員たちも降りてきたり、車でやってくる外国人も多いです。
暗がりでは麻薬の取引が行われているような雰囲気もあり、山下公園近くには、体中にピアスをしたような若者がたむろしていまする。
開放的な雰囲気と同時にかなり危険な雰囲気がそこここに漂っていまする。
そんな連中を脇に見て、アチキたちは血のついた通路を探して走りました。
テレビ電話の向こうの森田は、机の下を移動しはじめたようで、階段が映っております。
相手は、もう死んだと思って去ったのか、誰も追ってくるものはおりません。
ケータイからは、ただ、森田の荒い息が聞こえてくるだけです。
アチキはベイブリッジが右手に見えたことを参考に、埠頭右端の路地から探し始めた。
数回倉庫街を行き来すると、やがてケータイの画面で見たとおりの風景が見付かったのです。
一番左端で倉庫の後ろには貨物船が停泊していました。
隣のビルにはハロウイーンのオブジェがかかり、倉庫と倉庫の間からベイブリッジが見えまする。
反対方向には、停泊している貨物船の間から大観覧車、ヨットの先と似たホテルの頭が見えまする。
アチキは倉庫の正面玄関もすぐに見つけましたが、鉄製の大きい扉はしっかりと釘と斜めの板で、封鎖されていました。
貸し倉庫になっているのですが、借り手の会社が夜逃げでもしたのか廃屋同然になっていてました。
アチキは扉を探して、細い入り口から入りました。
そっと扉を空け、中に懐中電灯の光を差し込んだのです。
中はケータイで看たとおりの状況でした。
アチキは机の間を部屋の中央まで進み、机の下を覗き込みました。
視線の先に血のプールと血の川がありました。
机の下から指紋を拭かれたらしきナイフを発見し、床に腰を落としました。
窓からのほの暗い光を受け、血の川は後ろの扉から出て埠頭にまで続いていました。
そして、体を引きずった通りに、血の帯が描かれており、血の帯は埠頭から海に落ちていました。

(52回目)
    八

読者A「突然ホラー小説みたいになったけど、これは何だと思う? この映像はビデオかDVDに録画しておけば送るのは可能だけど、痛さも伴うってのは、どうやればいいと思う?」
読者B「サイコメトリングとみせかけた、後催眠でしょう。それも、サブリミナルを利用した奴」
読者A「説明して」
読者B「つまり、ある映像なり言葉なりに接したら、このような激痛を覚えるように催眠術をかけておくんですよ。これを後催眠というんだけど。
そして、後催眠も忘れるように催眠をかけておく。そして、ケータイにサブリミナルで、その催眠開始の映像を送る。すると、激痛を覚えるって奴。
サブリミナルってのは、昔事件があったえしょ。テレビコマーシャルで、コンマ数秒、ある食べ物の映像を送ると、それが食べたくなるって事件が。それですよ。
映像は、ビデオかDVDで作って、パソコンから送ったんでしょうねえ」
読者A「理由は?」
読者B「ああ、森田が逃げるためですよ。彼は、コカインも金もちょろまかしていたんですよ。だから、一応は金は返したけど、恨みを買ったから、後々命を狙われるのを避けたかったんですよ。
それに、彼の死んだようなケータイ画像も、実は彼の偽装でしょう。これからも、どこかの県のマトリになって、同じことをするに違いないですよ」

   *

翌日、トシからケータイがあり、迎えにゆきました。
トシは山城組の修理中のビルの一室におりました。
「遅いじゃねえか」
と毒舌で迎えてくれやした。
折角心配したのに、絞め殺したろうか、と一瞬思いやした。
誘拐した男から鍵を借りて、勝手に入っていたようでございます。
修理中のビルの中にいるのは、トシ一人でございました。
捜査は、一回したので、後は、誰も近づかなかったのでございます。
おまけに、山城組の幹部は、ほぼ皆、賭博容疑で、ブタバコに入っておるのでございやすから。
死んだ指なし男に関してでございまするが、トシが言うには、純度の高いコカインを吸引したのは初めてで、あまりにも興奮して、二段ベッドの上から落ちて、死んだのだそうです。
トシは、冷たく言いました。
「僕が、一袋だけ持っていってやったんだ。そしたら、興奮して、大めに吸引して、あの始末さ」
ところで、コカインはエレベーターの隠し部屋の中にありました。
仕切りがモザイクになっていて、隠しボタンがあり、それを押さない限り空けられないのだそうです。
向こうの隠し部屋からは、自由に開け閉めできるんだそうです。途中の階で止める操作もできるんだそうで。
ですから、運搬のときは次のようだったようです。
 トシは、破門になった山城組の舎弟――エグザイル頭で死んでいた男――に、誘拐されたが、自分が主犯になって、舎弟を手伝わせ、運搬の最後、修理中のビルのエレベーターの隠し部屋に隠れていて、姉貴を催眠薬で眠らせて――扉の隙間から睡眠薬を吹き込んだ――、用意していた小麦粉とコカインを摩り替えたのです。
そして、刑事たちが誰もいなくなると、小麦粉の袋を屋上の穴から下の階にばらまき、屋上の隅から紐をたらして、いかにも犯人が持ち逃げしたように偽装したのです。
小麦粉は、一瞬でばらすために、大きな袋に入れて、その周囲を小袋に入れたコカインの写真を撮って、巻き、コカインに見えるように偽装してあったんだそうです。
おまけに、私にケータイで紐の回収を頼んだので、刑事たちは、全員が、そちらばかりを捜査していて、エレベーターの中は捜査しなかったのでございやす。
というか、巧妙な隠し扉――市松模様の扉で、隠しボタンがあるのが分からなかった――だったので、エレベーター奥に隠し部屋があるとは思いもしなかったようでござんす。
コカインは、トシの命令で、アチキが夜、黒い鞄に入れて、自宅までバイクで運搬いたしやした。

(53回目)

    九

 それから、難破船での事情を簡単に言ってしまいますると、まず、最初にブツと五千万を盗んだのは森田だったようでございやす。
撃ち合いで、関係者全員が死んでしまったので、森田は、ブツと五千万を盗むことを考え、シーパラダイスのマリーナにヨットを借りて、そこに隠したらしいです。
 しかし、少しちょろまかすのと、全部を盗むのとは訳が違いやす。
山城組があきらめそうもないと感じ、アチキが夢を見たのを利用して、沼に、こっそりコカインを運び込んで、発見したように装ったのでございます。
沼を捜索したのは夜で暗かったので、黒いビニール袋に入れて、沼の反対側にいる刑事たちに見つからないように沈めるのはむずかしくはなかったようです。
ところで、話は飛びますが、三渓園で、コカインが札束にすりかわったのは、以下のようなトリックだと思います。
森田は、五千万も、返さないと怖くなったので、身代金運搬に乗じて、返すことに決めたらしいです。
まず、アチキたちが捜査をしている間に、逃げようと思った森田は、こっそりシーパラダイスのマリーナに停泊させているボートに隠した金を取りにいって、アチキの家の床下に隠しておいたようです。
しかし、森田が臭いとにらんだ菅原警部にそれとなく意見をされ、サイドカーでコカインを運ぶとみせかけて返すことにしたらしいです。

三渓園までは、まずは、不純物の多いコカインの小袋の写真を撮って、五千万の袋の周囲に貼り付け、偽装したようです。
それを最後は一瞬で爆破させたので、五千万に化けたように思われたらしいです。
さらに、自分は、撃たれて海に落ちて死んだと思わせるために、偽の映像を作成し、パソコンからケータイに流したと思われやす。
アチキが激痛を感じたのは、うちに居候している間に、後催眠をかけられてていて、サブリミナルを利用した手口で、感じさせたらしいです。

    十

ところで、姉貴は、共犯ではなかったのでございます。
三日後、ミエの死体が横浜港に浮かびました。ミエも共犯ではなかったのでございやす。

それから、ええと、そうです。まだ細かいところが話してございやせんでした。
最初に、送られてきた指ですが、あれは、トシの仕業だったようです。
誘拐された後、トシは、指なし男の話に乗るふりをして、こっそり切り取られていた小指を分厚い封筒につめて、脅迫文を書いて、男に、うちの郵便受けに運ぶように指示したのだとか。

それから、身代金運搬は、まあ、トシの筋書き通りにおこなわれたようです。
シーパラダイスの駐車場から急発進したのは、小指なし舎弟の車でした。
指なしは、組が賭博で忙しいのをよいことに、勝手に車を使ったのでございやす。あれも、刑事の数を減らすための作戦だったのでしょう。
まだ、小指ナシ舎弟のやったことはありまする。ジャンキーを探して、エリスマン邸の後ろまで運んだことです。
それらをやりおえ、トシの横取りした純度九十九パーセントのコカインを吸引して、興奮して天国に昇天なさったのだとか。
やはり、人間、気持ちのよすぎることは、危険が伴うので、注意しませうでございますだ。
で、話は、最後の最後に飛びます。
トシは、コカイン――最終地点まで、ずっと純度の高い本物でした――が修理中のビルのエレベーターに乗ったのを、ざわめきから察知しました。
その時、彼は、すでに、隣のアパートから抜け出して、修理中のビルのエレベーターの隠し扉の後ろにスタンバイしていました。
それから、姉貴が乗り込むとすぐに睡眠薬を隙間から撒いて、姉貴を眠らせ、本物を隠し扉の影に入れ、小麦粉を出しました。
小麦粉は自分を誘拐した組員に用意させたものだそうです。
それから、姉貴が屋上に袋を置いて、屋上から誰もいなくなると、エレベーターからでて、その袋を、屋上の穴から下に撒いたのだとか。
そして、空になった袋はエレベーターの隠し扉の後ろに隠しました。
さらに、エレベーターを捜索させなくするためと、誰かがビルの死角をついて持ち去ったと思わせるために、屋上から紐をつけました。
そして、アチキに電話して、紐を回収させたのです。
紐は回収させないほうが、怪しさを増すのですけど、それじゃあ、ビルの中を見てくれといわんばかりだから、仕方なく、回収させたのでございやす。
案の定、アチキはまんまとそこから逃げたと思いましたから、翌日もずっとそっちばかりを探していました。
山城組の前の側溝にしかけた盗聴器の受信機まで回収して調べたのです。
ですが、トバクと、その後の斬りあいで全員がパクられてしまった組事務所と倉庫からは、何の情報もなかったです。
身代金受け渡しの最終段階で、アチキがビルに上り下りして、怪しいとにらんでいた菅原警部も同じでした。
どうやら、ずっとアチキを尾行して、あのマンションの死角だった部分ばかりを捜索していたようです。
やられました。
純度の高いコカインはずっとエレベーターの隠し扉の裏に残っていたのでございやす。
あのビルは改装中で、誰も住んでおらず、山城組の幹部も、全員が逮捕されちまいやした。
で、警察は、一回、全ての部屋を空けて調べて何も出てこなかったので、エレベーターを捜索しようなんぞとは、思いもしなかったようでござんす。
前にも言いましたが、後日の夜、トシは、それをアチキに回収させました。
身代金の運搬のあった日、山城組の幹部は、まだ、トバクの手入れの後で、色々とさわがしくて、とても、トシを誘拐しよう、なんて、考えなかったようです。
そのうち、何らかの方法で、と考えていたようです。


追伸。昨日の二時間推理は新鮮だったわね。片平なぎさがでているので、そうだと思うのだけど。殴られると左目がちょっと未来のことを見えるようになってしまう男の子の話。『実況中死』みたいで面白かったわ。
銀行強盗があって、金を持たせて、人質を逃がすんだけど、そのひとたちの目的は貸金庫にあるカードキーで、それを、人質の一人に渡して持ち出すの。それが片平なぎさなんだけど。で、次の目的はウイルス研究所で、そこの猛烈な殺人ウイルスをばらまくと脅して、東京の中心を空にするの。で、そのすきに、警察に押収されている、パソコンを盗むんだけどね。
でも、あとから考えると、ちょっと変っていう感じ。銀行の貸金庫の番号がわかっていて、暗号もわかっているのなら、堂々と入って、自分で持ち出してくればいいじゃんねえ。あ、貸金庫室のカードキーがなかったのかな?そこを強引に開けさせたのかな? ならば、そこが説明不足だったわね。それから、警察からパソコンを盗み出すんなら、警察官にばけて、侵入してもいいはず。ああ、でも、それを言ったら、新しい小説なんて、書けないか。とにかく、新鮮だったわね。