由美姐54回目

粗筋。アチキ(小夜)は由美姐に命じられて、マトリの仕事をすることになりやした。
横浜の難破船でシャブの密売が行われたようで、売ったほうのベトナム人と、買った方の山城組の若頭が撃たれて死んでおりやした。
そこへこっそり忍びこんだマトリの一人は海へ落ちて死に、もう一人は瀕死で湾岸署に船で逃げ込んだのでございやす。
アチキは、やましろ組の賭場へ証拠をつかみに潜入せよと姐さんから命じられやした。
そこで、やましろ組の賭場の行われているビルのそばの電話線を切って、電話の修理を装って潜入したのでございます。で、ひやひやしながらも、なんとか盗聴器を設置して脱出いたしやした。
家に帰ると、やましろ組から、トシを誘拐したっつう手紙と手の指が送られてめえりやした。そこで県警に連絡して、身代金運搬の準備をいたしました。
その夜、アチキは湖に死体が浮いているっちゅうサイコメトリングをいたしやした。夢ではなく、ホンマのサイコメトリングでございます。
なぜなら、実際にその場所、――相模湖のそばの小汚い池――に赴きやしたら、本当にブツがあったんでございやす。おっと死体ではないので、正式には、夢かもしれませんが。それから、身代金運搬にかかりました。
最初に指定があったのは八景島シーパラダイスでやんしたが、アチキの身代りになった婦人警官が、うっかりミスをして身分がバレちまいましたんで、急きょ姐が運搬人になりもうした。
そして、人形の家、エリスマン亭、ベーリックホールなどを巡りやした。で、最後の場所で裏に鞄を落とし、誰かに奪われやしたが、刑事が、こっそり鞄に追跡装置を忍ばせておいたので、再度追跡することになりました。
そして、本牧のある改装中のビルの屋上に指示通りにおきました。だが鞄は消えたのでございます。
アチキは西嶋警部に呼び出され、追及され、少々嘘をいっていたのを白状しやした。といいうのは、トシからケータイが来たのでやんす。それは、屋上においた物に黒い袋をかぶせ、紐がつるしてあるので、それに結びつけて、ビルの裏に下ろせっつう命令でやんした。で、そうしたんでゲス。その後、今度はアチキが誘拐されちまいやした。今度はGメン森谷身代金の運搬を命令しました。物は覚せい剤だったんでやんすが、目的地で外側が燃えると、5千万に代わっておりました。そして、森田はどこかで刺されたと連絡してきやした。


(54回目)
     十一

それから、再度言いますが、三渓園で五千万をばらまけと森田に指示したのは菅原警部らしいです。
警部は、最初から森田がちょろまかしたと推理したらしいでやす。
まあ、姉貴の線もありまするが、でも、姉貴は、ブツの受け渡しの現場にいなかったのでやすから、ブツを手に入れる可能性はゼロに近い。
で、暇を見ては、森田を説得していたようです。
詳しくお話しやすと、菅原警部は、最初から、森田がブツを横取りした可能性が高いと考えたようです。
そんで、アチキの夢を見た場所にコカインがあったことから、そこに森田がブツを持って行って隠したと考えました。
そんで、最初の身代金の受け渡しがあって、失敗した後、森田にそっと囁いたのだそうです。
極道は怖いぜ。怪しいと思ったら地の果て追いかけてゆくぜ。金も持っているなら、どこかで返したほうが身のためだぜ、と。
そして、それとなく、次に身代金の要求があったら、相手の要求に従ったほうが身のためだぜと、提案したのでした。
その時は森田は、知らん顔をしていましたが、菅原警部にも見ぬかれ、結局従ったのです。懸命な判断でございます。

細かいところを、もう少し説明してしまいましょう。
最初の八景島シーパラダイスでチナ君にトシのコンビニに電話をしろと命令したのは、山城組の指なし舎弟さん。あれは、運搬人が婦人警官でないかどうかをチェックするためです。
次に、エリスマン邸などで、ブツを外に投げ出させ、わざとジャンキーにテイスティングさせたのは、トシのアイデアらしいです。
トシは、隣で、自分を誘拐したお兄いさんが、運搬方法を練っていたときに、助言をしたらしいです。
ブツを入れた鞄に追跡装置をつけるのは当然。その上をゆく可能性もある。ブツの中に忍ばせるとか、ストラップに忍ばせるとか。
キャツは、まんまと西島警部の頭脳を見破ったのでありまする。
これはアチキも姉貴も気が付いていなかったのですから、トシは天才です。
あのままストラップの追跡装置に気が付いていなかったら、エレベーター内での入れ替えは不可能だったでしょう。

さて、最後になりまするが、難破船で、コカを横取りしたときの真実は次のようです。
これは、森田が後から手紙を送ってきて、白状したのですが。
マトリの二人は、あくまでも、ほんちゃんの日取りとコカの隠し場所を探るために、盗聴器をしかけて、隣の船室で隠れていました。
すると、山城組の友部若頭がいきなり銃をぶっぱなしたようです。
どうやら、ブツと金を独り占めする目的だったようです。
しかし致命傷ではなかったようで、ベトナム人と二人が撃ち合いになったんだとか。この時に斬りあいもあって、ベトナム人の腕が切り落とされたようです。
ベトナム人は甲板へ逃げ、友部若頭も追いました。
しばらく経って、ミエが甲板に確認しにゆくと、二つの血まみれの体が横たわっていました。
近づいてみると、死んでいるとばかり思ったベトナム人がいきなり起き上がって、ミエと森田を撃ちました。ミエは肩を撃たれて、逃げたようです。
ベトナム人は、立ち上がって、追ってきました。死んではいなかたのです。
ミエはボートで逃げようと思って、とりあえず海へ飛び込んだようです。
だが出血が多すぎて、そのまま沈んだようです。
森田は甲板から下へ降りる階段に隠れたようです。
その後、ベトナム人は、倒れました。今度は本当に死んだようでした。
そこまでをドアの影で見ていた森田は、横取りする千載一遇のチャンスだと思った。
しかし、そのまま逃げては、自分が追われる。
ここは、賭けであるが、ブツと金をボートで、ちょっと離れたマリーナの別のボートに隠し、他の人間に奪われたことにし、警察の医務室に逃げ込むことにしたようです。
そこで、まずは、船の中に脱ぎ捨ててあった、船員の靴で、第三者が入ってきたように、血糊のついた足跡をつけたのだとか。
その靴は、遠くで海に棄てることにし、ボートで持ち出しました。
そして、自分の撃たれた左腕に包帯をして、襲撃されたように装ったのです。
それから、ベトナム人の乗ってきたボートは底を撃って、沈め、山城組の若頭の乗ってきたボートで、ちょっと離れたマリーナ――八景島のマリーナです――までブツと金を運んで、新たに一週間くらいの期間でボートを借りて、ブツと金を隠し、湾岸署にやって来たんだとか。
森田は、タマの小せえ奴で、ブツも金も返したし、どうしても、命が惜しくて、帝蚕倉庫で、海に落ちたように、ビデオで細工をしたんでしょう。

一月後、トシのコンビニがマンションに変わりやした。
五千万かかったそうです。一階はメイド喫茶で、私はそこで今も働かされていまする。
コカインを捌いたのは、生活苦におちいっている、アチキの元舎弟でございます。
他に捌くルートもなかったので、仕方なく話を持ちかけて、小売をさせてやり申した。
トシにどうしても、と頼まれたからでやす。
しかし、奴は一円の手数料もくれてはくれませんでした。
「僕が考えたからコカインが手に入ったんだからね」といって、全額を要求したのでございます。
卑怯な奴です。将来、大物になるでしょう。

    十二

読者S「蛇足ながら、テロと身代金物を組み合わせたものも面白いから、いくつか紹介しましょうか。まずは、高嶋哲夫の『都庁爆破』。テロ物はスケールが大きいから面白いわね」
読者T「言えるね」
読者S「内容だけど、まずは、主人公の朝美が、子供と一緒に、都庁の展望台にいたところを、爆破事件がおきて、逃げ遅れるの。
そんでもって、上層階に人質として確保されるの。で、一階のカフェテラスには恋人の本郷がいて、この二人の視点と、テロリストのMの視点と、SATの一人の視点と、刑事などの視点が交互に描かれるの」
読者T「確か、数度の爆破もありーの、自衛隊のヘリや、ロケット砲の攻撃もありーので、派手だったよなあ」
読者S「そう。でも、その陰で、上層階にある厨房では、サリンが生成されているの。それらを脅しのネタにして、身代金の要求をしていたような気がするけど」
読者T「でも、本当の目的は、円買い、円売りで儲けていたんじゃなかったっけ」
読者S「そう。でも、最後にはテロリストはやっつけられてしまうんだけど」

読者T「その結末は定番だね。その作品によく似たのでは、五十嵐貴久の『TVJ』があるけど。これは、テレビ局のジャックで、そのテレビ局がツインタワーになっているって点が、『都庁爆破』に似ているかな」
読者S「そうそう。プラチナ・タワーとゴールド・タワーにわかれていて、それぞれのフロアーが東と西で別れていて、けっこう広いの。
それで、それぞれのエリアは防火扉で仕切られているんだけど、重役室とか色んな部屋があって、それぞれの部屋に逃げ込んで、主人公の由紀子はテロリストの一人ひとりと戦うの。そんで、やっつけるの。
フィクションだから、軍事訓練された人間を素人の女の子がやっつけられるんだけど」
読者T「そういえば、この作品も、主人公と、刑事とSATの人間の各人の視点が交互に現れるんだよな。
テロリストは、アラブ風な顔つきで、少佐とか、ポーンとか呼ばれていて。それで要求は数億円だったっけ?」
読者S「多分。でも、プラチナ・タワーには銀行が入っていて、本当の狙いは、そこにある二十五億円。
それをダスト・シュートで落とすために、わざわざその地域の原子力発電所を停止させるの。というのは、ダスト・シュートが焼却炉に直結していて、焼却炉を止めて、冷ます必要があるからなの」
読者T「これも、犯人たちは、途中まで車で逃げるんだけど、主人公のおかげで、車を乗り捨てざるを得なくなって、捕まるんだよな」
読者S「最後が傑作だったわよね。マフラーにストッキングだもの。マフラーっていっても、何かに付着しているマフラーだけど」

    十三

読者T「この作者のでは、『交渉人』が滅茶苦茶面白かったけど」
読者S「言えるわ。あれは傑作だわ。最初は何気ないコンビニ強盗から始まるのよね。
それが、犯人が逃げて、ある病院を占拠したところから、話が一気に面白くなるんだけど。主人公は女性で、交渉人なんだけど、上司が昔好きだった人なんだよね」
読者T「そうそう。まあ、そこがミソなんだけどな」
読者S「それで、まず、交渉開始から話を進めると、拡声器だと犯人の感情を逆なでするからと、ケータイを中に差し入れるんだけど、それに、盗聴器がついているの。
だから、途中で、犯人がケータイを投げ捨てた後も、その盗聴器が中の様子を拾って送ってくれるのね。
差し入れの食べ物に睡眠薬が入ってないかどうか、無理に食べさせようとして乱暴するシーンなんかが。でも、中で乱暴があっても、こちらからは何もできないんだけど」
読者T「そうそう。それに、この犯人たち、要求が三億から一億に簡単に変わったりと、ころころと主張が変わって、何を目的としているのかよくわからないのな。
ああ、これは、新たにまた電話での交渉を復活させた後の話だけど」
読者S「ああ、それから、急遽話は変わるけど、途中、視点が変わって、中で誰か分からない男が登場したりするところも怖かったわ」
読者T「先に行くよ。病院の包囲網が完成すると、交渉が何回かあって、その後、ほとんどの人質は解放されてくるのな。
だけど、院長ほか、重要な人間残されていて、犯人たちは、人質をバイクの後ろに乗せて、逃走しちまうのな。
それも、警察が、ヘリや追跡装置を総動員して追うんだけど、トンネルの中で消えちまうのな」
読者S「正確に言うと、身代金一億を入れた鞄に追跡装置を仕込んでおいたのに、ここで身代金を捨てたから、追跡不能になってしまったからなんだけど」
読者T「そう。で、開放された病院に入ってみると、院長他の重要な人間が殺されていて、犯人はいないのな。
さあ、犯人は何の目的でここを占拠して、どうやって、全員が逃げたか? おっと、一人は逃げたけど、まだ残っているはずなのにって意味だけど。まあ、仰天同地の展開だったから、一読を勧めるよな」

      十四     

読者S「最近では、『アンフェアー劇場版』も面白かったわね。内容は、まず、雪平の娘の乗った車が爆破され、娘を運び込んだ病院がテロリストに占拠されるのよね。
で、雪平が病院を出た後、人質はすぐに解放されるんだけど、娘はリフトの中に隠れていたので、感染病棟に入ったまま残ってしまうの。
その後、SATの第一陣が投入されるけど、すぐに殺されてしまうのね。テロリストは銃の扱いに慣れているのね」
読者T「まあ、奴らもSATなんだから、当然なんだけど。その後、元SATの隊長を中心にテロリストの本隊が地下駐車場から入ってくるんだ。
向かいのビルには捜査本部が設置されていて、刑事局長が極秘入院しているのが判明するんだよね。
で、テロリストは局長の命と引き換えに、警察の裏金八十億円を要求するんだけど、拒否されるんだよな。
すると、刑事局長を殺して、次には、地下で開発されている細菌兵器を奪取し、それを散布されたくなかったら、と裏金を要求するんだよな」
読者S「そうそう。一方、雪平と同僚は、地下の太い土管から侵入し、細菌兵器の起爆装置を解除しようとするのね。
細菌兵器の爆破阻止と同時に、最近に感染してしまった娘にも解毒剤を注射しなければならないのね。
しかし、雪平の元同僚の蓮見が裏切り、また別人が裏切りで、大どんでん返しの連続。面白かったわ」

読者T「まだまだ身代金がらみのテロもので面白かったのは色々あるけど、きりがないので、タイトルだけ並べようかな。
まず、スケールが大きくて面白かったのは、『亡国のイージス』、それから、ぐっと飛んで、最近になるけど、アイデアが面白かったのは、『インサイド・マン』かな」
読者S「そうね、両方ともアイデアの勝利ね。『亡国のイージス』は、スケールが大きくて、驚きものだったわ。
ちょっと長くて、最初のほうは飽きるから、ニ章くらいから読み始めると、事件が起こって、面白いのだけど、ミサイルは飛ぶし、艦船同士の戦いはあるし、度迫力だったわね」
読者T「ちょっと、詳しく内容を言うと、二章で、沖の鳥島沖で民間機が爆破されるんだよな。
それで、この小説の現場は、イージス艦いそかぜ』なんだけど、それに、捜索命令が出される。この艦には、軍事訓練と称して、身元不明の一団が乗り込んでいる。
で、捜索海域では、内火艇(モーターボート)を下ろそうとして、事故が起こる」
読者S「それも、誰かの策略なんだけどね。その後は長いから、興味ある人は読んでくださいってところかな」

読者T「最後の『インサイドマン』だけど、警察と犯人が互いの裏をかくために丁々発止とやりあうのが面白かったな。
例えば、犯人を特定しようとして、食料の入れ物に盗聴器を仕込んで差し入れるんだけど、敵は、それを見越していて、わざわざアルバニアだったか、アルメニアだったかの大統領の演説を流してきたりするのな。いずれにしてもアイデア勝ちだったね」
読者S「ついでといってはなんだけど、『アンノーン』も取り上げておきたいわ。これは、アイデアが奇抜だったから」
読者T「知ってる。古い倉庫のようなところで、主人公と他の四人が目覚めるんだよな」
読者S「そう。一人は縛られていて、一人は胸を撃たれていて重症。全員に記憶がない。
で、捨てられた新聞などから、自分たちは誘拐事件の犯人と人質であることが判明する。
新聞の記事では人質はニ人だから、三人は犯人の一味だと推測されるのよね」
読者T「しかし、全員に記憶がないから、自分がどっちなのかはわからないんだよな。
そのうちに、切れ切れではあるけど、記憶が戻り始めるのな」
読者S「でも、嘘を言っている人間もいるので、やっぱり正確にはわからない。
一方、倉庫の外では身代金受け渡しがおこなわれている。そうこうするうちに、ボスたちが帰ってくるという電話があるのね。
まだ完全に記憶が戻らない主人公たちは、協力して戦うことにするよね」
読者T「最後、ボスたちが帰ってきた後にも想定外のドンデン返しがあって面白かったよな」
(了)

約二か月にわたり連載してきましたが、やっと最後まできやした。しばらくは小説のアップはございません。これでやっと、新作に集中できるぞー。どこかに出して落ちたら、またアップするぜ。では、そのときまで。