殺戮中、1回目

アルファポリスのドリームブック小説大賞に応募しています。投票は7月です。バナーから投票できるらしいです。投票よろしくお願いします。本当に感動した人は、次のアドレスから、アルファポリスの市民登録のページに飛んで市民登録をしてから投票していただくと、一気に500ポイントが加算され、ついでに、投票者に10万円があたります。ぜひ、お願いしまうす。
http://www.alphapolis.co.jp/citi_cont_prize_expl_vo.php
このページの上の方で終了しましたとでますが、それは無視して、下にゆくと、市民登録の項目があります。

第一章

  1

 ――十二月二十四日、夜の六時。
 空気は凍てついていた。
クリスマスイブで、町はジングルベルが流れ、浮かれているようだった。
 吉川衿(二十九歳)は、ハーレーに追われていた。
 ここは、佐渡のあるひなびた海岸。七浦海岸と呼ばれている。遠く近く、ほえるような海鳴りが聞こえる。
 雪が舞っている。
 空気を吸い込むと、胸の中に、霜が降りるような痛みが走った。
衿は、ここで林の中の木の後ろに隠れて、一息入れた。衿は警部である。
彼女は、新興宗教・ラーの教団員に追われていたのだ。
『殺戮中』というゲームに参加していた。
 高額なバイトである。五日間を生き抜けば、一億が手に入るという。
「安代。待って」
 友だちの安代は先の方を逃げてゆく。硬質ゴムの軍靴の底は、コンクリートに石の落下したごとき音を響かせる。
「いやよ。うちは待つのは嫌」
 安代はシャブで酔っているので、怖いという感情がない。
同じ刑事課のデカ。体つきは細い。長い脚でアスファルトを蹴る。腰は細いが、ダイナマイトバディだ。
 革の靴が走りにくそうだ。衿よりもかなり先を走っている。
 身体にぴったりしたチャイナ・ドレスの上と、下はカーゴパンツ
 体は衿より細いが、黒のシルクの服の胸はかなり盛り上がっている。
 ちなみに、カーゴパンツの下は黒絹のストッキングとガーターベルトなのだが、それは衿しか知らない。
「夕食に食べた明太パスタが、胃の中でしとどに暴れて食道をのぼっているわ。それに、ああ、失敗だわ。今日はめちゃんこシャブをやってしまった」
 因みに衿も恐怖を忘れるために、シャブを打っている。
 世界が花畑で埋めつくされ、花々に手足が生えて踊っている状態だ。
「こんな幸せなのに、なんで、逃げ回らなきゃいかんの?」
 衿も叫ぶ。
 一メートル前には、チェシャ猫が、くるくる回ってタップを踏んでは空中に舞い上がっている。
空前絶後にハッピーなのにい……」
「そうよ。できれば乱闘は敬遠したいわ。それに命も惜しいし」
 ラリッているのに色っぽい声だ。
 衿の双眸は抜け目なく索敵行動をしている、つもりだ。
 息を切らした衿は、形の良い胸を上下させている安代をちらりと盗み見る。
 エンジン全開で逃げている。小悪魔的な眼をした安代も、息切れで苦しそう。
 唇がかすかに濡れていて、雲が切れる時にのぞく月に映える。
 ラリると、走りも戦闘もいくらでも強くなる。
 二人は後ろを警戒し、さびれた物置の陰に回り込んだ。かなりの距離を逃げたが、ついに逃げ切れなくなった。
 けたたましいバースト音を上げてバイクが三台、肉薄してくる。
 無用な戦いは避けたい。
「どうする? 戦うかい? それともどこぞの小屋に隠れる?」
「そうですねえ。できるだけ、体力は温存したいけど」
 理想的な曲線を描く美代の柳眉が、この時は、悩ましく曇る。
 雲の切れ間から月光がさし、敵の姿が見える。かなりの巨人たちだ。
 うざったくなるほどの筋肉があるが。脳みそは欲求不満で満ちているに違いない。
 スピード――覚醒剤――にしか生きがいを見出せない教団・ラーの教団員だ。
 嬉しそうにエンジンの空ぶかし音を響かせながら、三人のサイボーグ並の男がまわりをぐるぐると周り始める。
「どうする? 逃げ切れないぞ――」
 衿はできる限りの悲痛な叫びこえを上げ、敵を油断させる。
「銃は持っているの?」
 安代は息をはずませて、ハスキーな声で見上げる。
「まあ、一丁しかないが――」
「しょうがないわ。私もあるし、二丁でやるしかないわ」
 安代がスパイ・マタハリにも負けない身体をくねらせ、息を継ぐ。
 同時に、腰に装着したガンベルトからベレッタを引きぬき、撃鉄をおこした。
「もう少し、逃げて隠れてからにしてほしかあ」
「じゃかましいわ。闘って血路を開くしかないでしょう。命は惜しい」
「そんな、短絡的だよ。相手が一人なら可能かもしれないけど」
 倉庫の向うを警戒して、逃げようとサジェストすると、突然安代が豹変した。
「お黙り。うじゃうじゃ言わないの。刑事なら堂々と戦いなさい。では、ゆくわよ」
 ラリっているときの人間は怖いものなしだ。
 拳銃をアメリカ映画の主人公のように横斜め四十五度に突き出して、勇猛果敢な雄たけびを上げ、敵にむかって怯むことなく進みはじめる。
 ギシュギシュガシュガシュ。
 小型の拳銃が軽い火を吹く。バイクの周囲のコンクリートに銃弾が降る音がする。
 バイクのボディに着弾するものも僅かにあるが、動く標的を捕らえるのは不可能に近い。
 ほとんどの銃弾は跳弾となり、コンクリートの上を、水面を切る石のように跳んで行く。
 ギュアッ。
 一人の男が耳から血を吹いて、バイクのハンドルを放す。
 幸運にも銃弾が耳をぶち抜いたのだ。
 目を三角に怒らせてベレッタを撃ちまくる安代の迫力に押され、そいつはバイクを横に倒した。
 ッキキキッキ――――。
 バイクが火花を跳び散らして海に滑ってゆく。そいつも、自分の耳など屁とも思わず、笑いながら立ちあがり、そして、そのまま笑いながら、血を撒き散らして、林へ走り込んでいった。
 敵もラリっていた。他の敵がまっすぐに安代をめがけ、走り寄る。
 と、突然、安代が身を翻す。海岸脇の道に軍靴の固い音が響き渡る。
「ごめん。私は逃げるから、一人で戦って――」
 豹変した安代が、悲鳴にも似た声を出して、倉庫の方に逃げて行く。
 衿は面食らった。警察庁で最後まで離れないで戦う訓練はしている。当然、背中合わせで行動して、相手を援護しながらの想定だ。
 「お主――そんな」
 悲鳴とも哀訴ともつかない声を上げたが、返事はない。
 衿も一時は脱兎のごとく逃げたが、猛スピードで突っ込むもう一台のバイクが肉薄していた。

   2

 同じころ。
 佐渡のとあるマンションの最上階のワンフロア―をすべて解放して、パーティが開かれていた。
このフロアーを借り切っているのは、オーナーまたは胴元と呼ばれている五十代の男である。
胴元は、カステル・バジャックの上品なネクタイにブルーグレーのスーツに身を固めている。スーツも同じブランドである。髪は鬢に白い物が混じっている。
左手にショーメの高級な時計と指輪をしている。
体は、中肉中背で、ひげを蓄えている。ひげはゴマ塩。頬から顎にかけて生えている。
片手にシャンパン、片手には細い葉巻を持って、きらびやかなフロアーを歩いている。音楽はワムがかかっている。
フロアーには、セレブ二十人のほかに、パーティだけのために呼ばれた女の子たちやコンパニオンが沢山おり、大勢の人で、息苦しいくらいである。
胴元とセレブは名前は伏せている。
午後の六時から『殺戮中』のゲームが始まったのだ。今はその前の顔合わせパーティである。
『殺戮中』とは、『逃走中』というテレビ番組と、映画『バトルロワイヤル』から、オーナー(胴元)が思いついたゲームだ。
ゲームの参加者(以降ゲーマーと呼ぶ)が五日間殺しあって、あるいは逃げ回って、それをセレブたちにだけテレビ放映し、セレブたちが、誰が生き残るかを賭けるのである。
前回、全体で、十億くらいの金が動いたが、胴元は一億くらいしか儲からなかった。
ゲーマーは、五日間生き残れば、一億が手に入る。複数の人間が生き残れば、分配する。
その一億は、どこかに隠されていて、暗号を読み解いて、発見し、奪い合う。
今回のエリアは、佐渡。このエリアにいれば、何をしていてもいい。しかし、このエリアから出れば、一億の権利はなくなる。とは言っても厳密ではない。少しくらいははみ出しても、あまり遠くにまで逃げなければ、大目に見られる。
今回は、新興宗教・ラーから何人かと、巨大コンツェルン佐渡コーポレーション』の会長の息子・紺野澪也が、何人かの従業員を引き連れて参加している。今回は、澪也が一番人気だ。だが、胴元はまだ賭けには参加していない。他に吉川衿が友達を連れて、あと近藤さやかが参加している。
参考までに、今の所、『全員死亡』を指定しているセレブはいないので、皆死ねば、掛け金は胴元に回収される。
さて、それぞれのゲーム参加者にはカメラマンとスイーパー(死体処理係)と掃除係が一人ずつつく。
カメラマンは、テレビ番組の『逃走中』のように一人一人の映像を撮影する。そして、随時無線ランで、映像を中継してくる。それを、スイッチャーが編集して、セレブ室のモニターに送るのである。
それぞれのゲーマーはGPS機能つきのケータイを持たされていて、位置は、本部に確認される。
このケータイは壊れてしまってもいい。ゲーム中、自分のケータイで位置を申告すればいい。要は、新潟とか能登とか、殺せない地域まで逃げてゆかなければいいのである。
夜中の十二時から朝の十時までは就寝タイムなので、決められたマンションで寝る。鍵はカメラマンが持っていて、かける。これも、まあ、原則である。

パーティには二十人のセレブとゲーマー十人、カメラマン十人、スイーパー十人、掃除係十人、他、ディレクターや脚本家なども招待されている。
セレブは胸にセレブAなどと名札が掛かっている。カメラマンやスイーパーは、『衿付きのカメラマン』、『衿付きのスイーパー』などと名札が掛かっている。脚本家もディレクターも職業の名札が掛かっていて、本名は明かしてない。
彼らは、一年前に出会ったきりなので、久闊を叙しては、乾杯を繰り返している。
以上、ゲームのことは、セレブだけが入れる狭い一室で、胴元から説明がなされていた。新しく参加するセレブもいるからだ。
メインのホールでは、ゲーマーたちの簡単な紹介ビデオがモニターで流されてはいるが、その部屋にはコンパニオンなどもいるので、『殺しあい』などという言葉は、注意深く省かれ、あっさりした紹介ビデオになっている。

 3

 ――数分後。
 キッキキキ―――――。
 下の方でけたたましいブレーキ音を聞いたとき、衿は空中をくるくる回転していた。
 ――撥ねられた。
 腰に激痛があったから、咄嗟にそう思った。
 だが、衿の体のどこかで、別の意思が目覚めていた。
 ――果てしなき忸怩の思いに苛まれる弱き兵士よ。怯むな。汝の道は勝利なり。
 今衿を跳ね飛ばして、再度ユーターンした敵がバイクで突っ込んでくる。
 恐怖は吹き飛んでいる。
 第二の人格に支配された衿は、衝突する直前まで果敢にバイクの進行方向のど真ん中に立ち、極限まで意識を研ぎ澄ます。
 バイクが掠める数瞬前を風の流れで読む。まさにバイクの前輪が掠める寸前に思いっきり脚を撓めて、ひらりと横に飛びすさる。
 凍てつく空気が体の周囲で一回転する。腿から飛び散る血飛沫が頬をかすめる。
 次の瞬間には、敵のバイクの荷台の上で身体を曲げていた。
 酔拳の極意だ。訓練のたまものだ。多少ふらついたが、意識は明瞭だった。
 後ろの荷台に手をかけて、そいつの首に靴をヒットさせる。
 ガギュギ。
 鈍い音が響く。爽快な音だ。鈍い音と一緒に凍えそうな旋風が耳たぶを掠める。
敵は首の骨をおられ、頭を四十五度傾けたままバイクを運転してゆく。
 やがて、バイクは傾きを増して、最後はコンクリートの塊に乗り上げ、川にダイブしてゆく。
 敵は恐怖の悲鳴をあげ、大きい飛沫を上げ、水面に没っした。
 すでに荷台から飛び降りていた衿は、音もなく道路に降り立つ。
 バイクに激突された部分――腰――と腿がかなりの痛みを発する。骨に罅が入ったようで、他にも幾つかの軽い裂傷を負っている。
 無我夢中でやった戦闘行為だったが、人心地がつくと、心臓がバクバクしていた。舌が乾いて掌が汗でぐっしょりだ。
 それに、一人をやっつけたことで気が緩んでいた。
 霧の中。着地した地点の数メートル先に、今のよりは一回りも大きい敵が牙をむいて、衿を待ち構えていた。頭部に剃りを入れた奴だった。
 怒りで髪が逆立ち巨大化しているかに見える。
 ギエエ――――――イ。
 裂帛の気合とともに、ライオン並のぶっとい腕が霧を裂いて突き出される。
 衿は瞬時に反応して、わき道に逃げ込む。
 だが。
 敵は、月光の中でバイクの向きをかえる。
 肉食動物の目で、衿が態勢を立て直す前に、衿を始末するつもりだ。
 ――間に合わないきー。

  4

――同じ頃。診療所。
ゲーマーの紺谷澪也(十八歳)は、パーティの開かれている傍にある診療所の中にいた。昔のタイル張りの壁だ。クレゾールを入れるホーローの洗面器もあるし、白い木のカップボードの中には薬の袋が一杯詰まっている。
 澪也は、裸電球の下で、骨格標本や眼球標本を眺めるのが好きだ。いくつものホルマリン漬けの眼球が、置いてあるのを見るだけで心が休まる。
 紺野澪也はパーティなんかは興味がなかった。あわびや国産高級牛肉など、小さい時から飽きるほど食べている。
 昼間のうちに、一度この診療所に忍び込んだが、守衛に見つかって追い出された。この診療所は澪也の父の会社の傘下にあるのだが、守衛はそんなことは知らない。
それで、近くの喫茶店で時間をつぶし、再度、夜を待って、また研究棟に忍び込んだ。
 今度は警備会社の制服に着替えていた。こんなこともあるだろうと、用意していたのだ。
本格的なゲーム開始は明日からだ、と考え、ベッドに横になった。少しして音を聞いたような気がして、目がさめた。泥棒だろうか? 
そろそろと起き上がって、ベッドの上に腰かける形になった。左側の部屋から音がしている。そこには死体処理室がある。ホルマリン漬けの死体を入れるプールがあるはずだ。
研究用なのか、動物の死体がたくさん浮いていた。棚には、誰か趣味なのか、動物の眼球の入った瓶がたくさん置いてあった。
起き上がって、数歩歩き、ドアノブに手をかけた。ドアは簡単に開いた。
中は暗い。くさったような臭気が鼻をついた。タイル張りのつるりとした壁を手で探って、照明のスイッチを探した。みつからなかった。まだ寝ぼけていて、方向感覚が戻っていないのか。戸惑いながら、闇の中に分け入った。
突如、後頭部に重い衝撃を受けた。一瞬、頭の中で白い光が飛んだ。宙を泳いだ。手がメスなどを乗せておく机にぶつかって鋭い音が響いた。メスなどが床に落ちた音だ。体が傾いた。
くるっと上下が回転したような状態で、空気が上に流れた。硬いものにぶつかった。床に倒れたのだ。衝撃的な痛み。だが、それも突如、途切れた。

どのくらい経っただろうか。眼を覚ました。タイルの上に横たわっているような感じだった。
夜の闇に押し包まれて、何も見えない。が、頭を動かすと、目の周りに布の感触があった。目隠しをされている。タオルを取ろうとして、右手をあげたら、左手も挙がった。縛られている。体をひねると、両足も縛れていた。誰かにやられた。何のために?
隣の部屋でカチャカチャという音がする。引出しをあけ閉めしては、引出しの中をかき回している。泥棒か?
「誰だ?」
音が止まった。ひそひそ声がする。泥棒は二人だろうか。こっちが体を動かせないでいると、相手が動き出す音がした。こちらに向かってくる足音がする。
「何が望みだ?」
相手の声を聞こうとして質問をぶつけた。声を聞けば、何が目的かわかるかも知れない。いや、流しの泥棒なら、金目当てか?
返事はなかった。その代わり、いきなり肩を後ろからつかまれて、引き起こされた。
すごい力だ。男か? そうに違いない。中腰になるまで引き起こされて、どんと後ろからどつかれた。
ザブン。陶質のヘリのようなものを越えて、液体の中へ飛び込んだ。
――ホルマリン。
とっさに気がついた。誰かが研究目的で動物の死体などを浮かべておいたバスタブのプールだ。犬や猫の死体も浮いている。体をよじった。自由が利かない。横倒しになっている。
ぐるっと横に回った。頭が下向きで息ができない。肩を使って、やっと上向きになった。ガツン。上から鈍器のような物で殴られた。眼から火花が飛んだ。
金はどこだと、上からくぐもった声がした。
「え?」
「金だ。お前が盗ったんだろう」
知らない。何のことだと、澪也は必死で叫んだ。
「誰かと間違われているんだ」
殴られそうな気配を察して、顔を横にした。ホルマリンが口の中に入ってくる。腐敗した匂いに思わず、ゴボゴボと吐いた。肺の中の物を吐きしぼった。相手の手が止まった。
「助けて。何も知らない。だが、金なら鞄の中ある。数万ある。それをあげるから」
そんなんじゃ、足りないと、また側頭部を殴られた。
「止めてくれ」
叫ぶと、また口にホルマリンが入ってきた。一緒に毛皮つきのままの動物の腕が口に入ってきた。ごわごわした毛だから、犬に違いない。足が動物の死体を踏んでいた。ゆっくりと死体が滑ってゆく。
澪也は暴れた。死体が頬やクビの周りにからみついた。横を向いて、吐いた。また殴られた。
――殺されるかも。
頭の中がブラックアウトした。膝に力が入らない。下向きのまま動けない。ホルマリンの中に深く頭が沈んでゆく。
ブク。肺の中の残り少ない空気が口から泡となって出て行く。
――死ぬかも。
遠くから声がきこえる。
「こっちの水は甘いぞ」
死者の声が聞こえた。本当に頭が真っ白になった。

「大丈夫?」
 強い力で、プールから頭だけ引き揚げられた。
 背中をどんどんと思いっきりたたかれた。水が口からとんだ。
 かすかに意識が戻ってきた。
「あ、ありがとう。誰か知らないけど」
「あたしは、さやか。『殺戮中』のゲーム参加者。パーティは退屈だから、抜け出してきたの。で、さっき、あんたを襲った男と戦って、腕に硫酸をかけられてしまったわ。今洗うから、ちょっと待ってて。あんたの味方よ」
「あ、そうする。そうか、敵は一人だったんだ」
しばらくすると、電気がついた。
 黒い口紅で、眉が極端に細い顔の女性がいた。
 髪はショート。体形は自分よりちょっと痩せているか。
 声がかすれているのが、セクシー。
 年齢は同じくらい。ちょっと上なんだろう。高校生三年生くらいか? ちなみに澪也も高校三年生。
「あーあ、希硫酸だったから、腕はそんなに溶けなかったけど、茶色くなっちゃった」
 さやかが腕を見せた。左の袖がちぎられていた。
黒のゴスロリ風の服だ。袖が細くて、先にはレースが少しついている。身頃は黒のジャケット風に襟がついた仕立てで、縦のピンタックがたくさん入っている。ジャケットの下も黒の綿レースのブラウスだった。パンツは黒のレザー。そしてくるぶしまでのブーツ。
 腕は、かなり広い範囲が、ぬるついている。
「あのう、僕がここにいるのは、どうして分かったの?」
「ああ。守衛室でおしゃべりしていて、防犯カメラで、あなたが潜入したのを見たのよ。それで、いろいろな場所を探していたら、ここで争う声が聞こえたのでね。犯人は逃げて行ってしまったようね」
「そう。ありがとう。ところで、ゲーム中は誰かと組むつもり?」
「そうね。まだ考えていないわ」
「じゃあ、僕と組まない?」
「澪也君と?」
「そう。僕は、部下を何人もつれて参加しているの。マシンガンもロケットランチャーもたんまりある。負けるはずない」
「そういえば巨大コンツェルンの会長の跡継なんだとか」
「まあな」
「それなら、一億なんて、目じゃないわね」
「そう。実は、個人的に戦闘部隊を作っていて、その実力を試すために参加したんだ。うち、武器輸出もやっているから、戦闘ヘリとか、武器には不自由しないし」
「そうね。考えておくわ」
「ああ、武器と言えば、この診療所は、うちの傘下にあるのさ。で、小規模の武器庫なんかもある」
 そう言って、澪也は隣の部屋にさやかを案内した。
さやかは驚いた。バーナー、ナイフ、ガスマスク、手錠、手りゅう弾、ヘルメット、防弾チョッキ、包丁なんかがある。
 なんで、こんな物騒なものが、診療所にあるんだろう。
 しかしさやかも意外と戦闘マニアだった。
 部屋には外人のポスターもあった。イタリアあたりの顔でガタイはいい。
 券銃を手にしていた。スミス&ウエッソン、ディテクティブ・スペシャル。
「おお、これだわ」
 券銃マニアのさやかとしては、よだれが出そうな物だ。
 シリンダーを外し、弾を込めるのを想像する。
 思わずうなり声をあげそうになってしまった。
 さやかの目が隣のポスターを捕らえた。
 汚れたレンズ、ポマードをつけたような七、三分けの髪。脂ぎっている皮膚。上唇は薄い。下唇は厚い。中にホクロがある。汚れたグレーのユニフォーム。ボタンが途中まで外れていて、胸毛が見える。
「君に協力するわ」
さやかは澪也の手を握った。
「ところで、衿って女が、超強いんだとか。刑事で、柔道九段だとか」
「らしいね。でも、うちに参加させるぜ。金で」
「その手があったか。頼もしいわ。でも、つうことは、あんたも胴元たちの賭け金、十億が狙い?」
「当たり前じゃん。一億なんて、ちゃんちゃらおかしくて」
「なるほど。じゃあ、うちらが奪うべき十億に乾杯ってわけね」
 二人は目を見合わせて、にんまりと笑った。

   5
   
 ――数分秒後。佐渡の七浦海岸。
 数十秒から一分くらいは、失神していただろうか。
 衿は、斬りつけられた指の付け根と手首に拘束感を覚えて覚醒した。
 肘の部分で曲げられた手が、ロープで縛られ、倉庫の天井の梁に向かって、ロープが放りあげられ、縛りあげられている状態だ。
 近くから安代の声もしているから、彼女も捕えられたのだ。そして敵は、巨乳の安代と衿のAVビデオを撮影するつもりらしい。
 まだ服は着ているが、剥がされると思うと、痛烈に不安だ。
 手首に鋭痛が盛んに走る。
 痛みを感じない動物になることを心底から切望する。
 衿のいる地点から五メートルくらいの所では下着だけにされた安代も縛られている。
 敵の二人が協力して、野卑な笑い声を上げながら、安代の体のあちこちにロープをかけている。
 二人とも、じゃまになる革コートは脱ぎ捨てている。
 中心となって動いているのは耳を撃たれたのっぽで、まだ手首がブラブラ状態のチビ男は、左手でロープを投げるなどの補助的な仕事だ。
 手首の激痛は如何ともしがたいようで、ロープを投げたり動くたびに、死にそうな呻き声と、玉のような汗を流している。
 衿が失神してから、拘束されたのだろう。ロープの反対の端を男が握っている。
 安代は抵抗をしているが、膝に結びつけられたロープは、がっしりした男の全体重のせいで、徐々に中空に持ち上げられつつある。
 震えるように冷たい夜気が、無防備な太ももの上に降りている。
 それでもあまりに抵抗させて舌でもかみ切ったら元も子もないと判断したのか、足は上四十五度の角度で止まっている。
 まずは、安代を、ビデオで撮影する予定らしい。
 これも・ラーの副業だ。戦闘と殺戮とAVビデオを編集して高く売るんだ。
 ――撮影されたら、おしまいだ。
 安代を守れそうにないと感じた衿は、喉も裂けんばかりに叫ぶ。
「お主ら、卑怯だぜ」
 こちらに意識を向けようとする。安代を救いださねば。 
 安代は身も世もないように身をよじっている。
 チビ男の目つきが微かに変化する。
 のっぽが、カメラに向かって、威嚇行動をする。
 廃墟の天井に取り付けた撮影用の照明の中に、複雑にうねる悪魔の形が浮かび上がる。
 唇の端からの血が首筋から鎖骨にかけて流れているが、スピード(覚醒剤)を吸ったのか、今は痛みは感じないようだ。
 それよりも、覚醒剤と殺し合いの興奮で、アドレナリン異常に陥っている。
 男は、放映用カメラのある方向に安代の体を回転させ、胸を向ける。
 二本の指で震えている乳の先をつまむ。
「いや――――」
 安代は身をよじって逃げようとしたが、無理だった。
「止めれ――」
 衿は喉が裂けそうな声で叫ぶ。
「待ちな。撮影するんなら、まず私からにしなって。私も外見は同じだからよー」
 必死になって頼んだが、男たちが視線を交わし、無視した。
 貧乳の衿にはあまり興味はないようだ。
 だが、安代の叫び声があまりにも悲痛で、このままでは舌を噛んで死んでしまうと判断したのだろう。
 一応、なぶる目標を衿に換える。
 のっぽがこちらに近づき、泣き叫ぶ顔を撮影するつもりなのか、無理矢理に喉を掴む。
 首の骨が押しつぶされるよう痛さが、体を突き抜ける。
 木枯らしのように掠れた悲鳴が喉の奥からほとばしり出たが、後ろの男の悲鳴も同調した。
 後ろのちび男は撮影どころではない。腕がぶらぶらだ。
 棒をギブス代わりにして手首を縛っているが、激痛はおさえられず、必死に唇を噛んで堪え、残忍な双眸をいっそう細くして、衿を睨む。
 絹を裂くごとき悲鳴が骨折した骨を震動させたのだ。
 のっぽが指を喉から徐々に下に下ろして、あちこちを掴んでは、ゆがんだ顔を撮影する。
「ぐ……ぐ……ぐげ――――」
 衿は唇が切れそうなほど強く歯を唇に立てて耐える。
 だが、今一、苦しむ顔が気に入らなかったのか、あるいは、やっぱり巨乳でないと売れないと判断したのか、敵はいきなり、安代のほうに戻ってしまった。
 安代は、恐怖を覚え、汗まみれで体をくねらせて抵抗する。
 敵はなおも楽しむかのように、乳をもみ上げ汗を体に塗りつける。
「卑怯。卑怯じゃきによー」
 呻き声ではよけい相手を興奮させると察知した衿はさめた声で叫ぶ。
「うるせえ――――」
 叫び声と一緒に、闇を貫いて鋭い銃声がする。コルトが天井を向いて火を噴いていた。
「黙れ。今度は本気でぶっ殺すからな。お前、撮影するなら、さっさとやれ。俺は怒り狂っているんだ」
 チビ男は、自分が原因の激痛によけい怒りを募らせ、唾を飛ばして怒鳴り散らす。
「じゃあ、そうするか。で、やるとなったら、やっぱり、巨乳からにするかな」
 のっぽが、いきなり安代のほうに歩みを進める。
「待たんかい」と叫ぶ衿の声を無視して、荒い息をしては、安代の耳に口をつける。
「すんげえ手触りだぜ」
 安代は、男の唇から逃れようと、全身で抵抗している。
 巨乳の反応に満足感を覚えた相手は、唇の端を歪めて嬉しそうに目を細める。
 男の指が気まぐれを起こして上の口に這い上がり唇を開いた瞬間に、安代が血が出るほど強く指を咬んだ。
 男がギエエと悲鳴をあげた。目を三角にして、怒り心頭に発したようだ。
「煩え――。だからさっさとやれって言ったんだ――」
 ちび男が叫んだ。自分も左手で衿の右の乳を掴んだ。右手はまだぶらぶらで使い物にならなかったからだ。
 そして、衿の頬を舐め始めた。
 ――襲われる。
 そう思った時だった。
 プツ。小さく皮の千切れる音がした。
 同時に、衿の口の中には、耳の形をした骨ばった肉片と、鉄の香りを漂わせる濃厚な味の赤い液体が滲みだした。
 ギエ――。
 敵が叫び声をあげた。
 しまった。いつもの癖がでちまった。
衿には切れると、噛み付く癖がある。
 暖かい血と耳の形をした骨ばった肉片は美味だった。
 

続く。