殺戮中、三回目


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粗筋。佐渡で『殺戮中』のゲームが開催されている。これは、5日間戦って、一億を奪えば、それが自分のものになるというもの。現在衿とラーの三人が戦って、衿が勝った。一方、さやかは巨大コンツェルンの御曹司の澪也とタッグを組むことに成功。さらに、セレブたちが誰が生き残るかに賭ける。現在10億が同元のもとに集まっている。それを兄に借り出してもらうように頼む。さらに、衿の別人格が1億を隠したと判明したので、ラーの明人は、聞き出すための名案があると断言。

第二章 衿の過去、もしくは別次元

  1

 コックピットの中、パイロットと副操縦士の後ろで、赤城時雄は真剣に話を聞いていた。
「これがDFD計器。機体の姿勢や速度、高度などを教えてくれる。主に離発着の時に使う」
「へえ、パソコンのシミュレーション・ゲームと同じだ」
 時雄が大きく頷く。
「これがND計器。空港や他の飛行機、それから、色々な信号などの位置や方向を教えてくれる。高性能な包囲磁石みたいなものだ」
「それもパソコンと同じだ」
「それから」
 次を説明しようとして、パイロットの手が止まった。
「あのねえ……さっきから、パソコンと同じだと随分と感心しているようだが、ゲームの方が実際のジェット機を真似したの。だから、似ていて当り前」
「あ、そうか。でも、ま、一回は実習で乗りましたが」
 時雄がぺろっと舌を出す。パイロットは、一瞬むっとした顔をしたが、相手は子供だと思い直し、ぐっと押さえたようだ。
「ついでに言えば、この機は、練習機としても使用しているから、CDロムをインストールすれば、空中で曲芸飛行の訓練もできる」
「まさに伝説的な映画、『トップ・ガン』ですね。僕もパソコンではしょっちゅうやってますが」 
「それから、これはラダー、尾翼を動かす装置だ」
 パイロットは、手元のスティックを指し、次には操縦桿を指し、時雄を無視して先へ進めた。
「操縦桿を前後に動かせば、エレベーター・アップ、エレベーター・ダウン、左右に動かせば、エルロンができる。エルロンとは、フラップ、つまり主翼の後ろの上下する羽だ、それの上下による旋回の意味。操縦桿を横に動かせば、フラップが左右で逆に動き、滑らかな横旋回ができる。それから、このスティックにはフラップのアップ・ダウンのキーもある。同時に下げる時のキーだ」
「ますます、パソコンそっくりだ。あのう、一つお願いがあるんすけど」
「何だ?」
「ちょっと操縦させてもらうわけには……」
 さすがにこの時ばかりは、時雄も小さい声で呟いた。しかし、即座に拒否の声が帰ってきた。
「駄目だ。君は遊びでやれると思っているかもしれないが、私の肩には三十人の命がかかっているんだ」
「でしょうね」
 時雄は、お得意様じゃないですか、という言葉は飲み込んだ。
 こんな訓練で使い古された機種を、高い料金を払って、チャーターするような高校は、航空高専しかないからだ。
 パイロットは冷たくつっぱねた。
「それでなくても、私は今日は偏頭痛がしてしょうがないんだ。そろそろインタビューはお終いにしてくれないか」
「分かりました。ではもう一つだけ。この機には、ナビは搭載されてるんすよねえ」
「ああ、そうだ。君と同程度の新人パイロットが訓練する時は、絶対必要だからな」
 パイロットは、時雄をコックピットから連れ出すようにと、後ろに控えていたキャビン・アテンダントに合図した。
 キャビン・アテンダントは、これで十分でしょう、と強引に彼を連れ出した。
    
    2

 ――数分後。
「キャアー、機長、どうしたんですか――? しっかりして下さい、機長、機長」
 コックピットからキャビン・アテンダントの悲鳴が聞こえてきた。
 続いて、操縦室のドアが乱暴に開けられ、目を血走らせたキャビン・アテンダントが、客室に飛び込んできた。
「誰かー。誰か、操縦の経験のある人はいませんかー。今、機長が、機長が、心臓発作で倒れました。もうすぐ、自動操縦から手動に切り換えて着陸体制に入らなきゃいけないんです。お願いです、少しでも経験のある人は、協力して下さい。副操縦士も食中毒でぐったりしているんです」
 キャビン・アテンダントの必死の顔が、まっすぐに時雄を見たような気がした。
 時雄は無意識に膝の上で拳を握り締めた。操縦方法はパソコンと同じだといっても、実際はパソコンの数十倍も複雑だし……、三十人の命がかかっているし……。一年留年しているから、実習で一回は練習したことはあるが。
「赤城君、さっきインタビューしてたでしょ。行ってやって」
 隣の席の裕子が時雄の腕を掴んだ。
「そうよ。さっきまではパソコンと同じだって豪語してたじゃん。あれは嘘だったの」
 後ろの席のユカまでが立ち上がって、時雄の肩をつついた。
「ま、待てよ。そんなこと言ったって、実際はものすごく複雑で……」
 時雄が抗議しようとすると、ユカが叫んだ。
「スチュワーデスさん。ここに操縦のできる人がいます。赤城君です」
 キャビン・アテンダントの目が、ああ良かったというように、涙を浮かべた。そして、わーっと、一際大きな喚声が友達の間から、わき起こった。
 しょうがない、時雄はしぶしぶ席を立った。
 しかし、コックピットに入った時雄は自分の目を疑った。
 そこには、心臓発作で倒れたはずのパイロットが、こめかみから血を流して死んでいたのだ。副操縦士も後頭部を殴られて、気を失っている。
「こ、これは……」
 時雄がキャビン・アテンダントを見返すと、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「余計なことは詮索せずに、石垣空港に着陸させよ。我々の命令だ」
「我々って?」
「私ともう一命のキャビン・アテンダントだ。彼は、客室で生徒を制圧している。我々は半年前から、この航空会社に潜り込んで作戦を練ってきた。どうあっても、石垣空港にこの機を着陸させなければならない。しかし、機長は、我々の要求を拒否した。空港にハイジャックされた、と通報しようとした。だから、死んでもらった。我々だって殺したくはなかった。殺したら、この機を操縦する人間がいなくなって、最悪墜落するかもしれないからだ。しかし、どうしても我々の命令に従わなかった。仕方無い。それから副操縦士は、押し問答の最中に、銃把で殴ったら倒れてしまった」
 女は、そこで一回大きく息を吸い込んだ。
「そこでだ、これからは君への命令だ。この機を石垣空港に着陸させるように」
「そんなこと言ったって、実習の二人乗り以外は操縦した経験がないし……」
「これは遊びではない。命令だ。抵抗したら、君も機長と同じ道を辿ることになる」
「だって、空港の位置すら分からないんだよ。どうやって。パソコンゲームには、離陸から着陸まで、すべてナビが付いていて、誘導してくれるんだよ」
「その点は大丈夫。この機もナビ装置が付いている。訓練機だから。さっき機長も言っていた、君と同程度の新人の訓練用として作られたと。それに、空港の位置は、もう目的地として入力した」
 女が一瞬言葉を切って、低い声で補足した。
「では、操縦、よろしく」
 時雄が画面を見ると、自動操縦モードのナビが、矢印を指している。矢印は刻々と真ん中に向かっている。
 ナビが、乾燥した声で告げた。
「最終目的地に近づきました。オート・パイロットから、手動操縦に切り換えて下さい。あと十分で着陸態勢に入って下さい」
「そんなあ、だって、空港の方だって、受け入れ態勢が……」
「君が心配しなくても良い」
「クラスの皆にも説明しなきゃ」
 時雄が咄嗟の判断で、ドアに駆け寄ろうとすると、女が静かに止めた。
「知らせるまでもない。客室は同志が制圧したと言ったろう」
 言いながら彼女が開けたドアの隙間から後ろを見ると、パーサーの服を着た男が、マシンガンをもって、客室を向いて立っていた。
  
    3

――さらに数分後。
操縦席に座った時雄は目をつぶっていた。
 頭の中で、さんざんやったパソコンゲームの着陸をシミュレーションし直してみる。まずは言葉から。
「エレベーター・アップ、エレベーター・ダウンは機首上げ機首下げ。操縦桿の上げ下げで行う。それからエルロンは補助翼。それを使っての旋回の意味。操縦桿を横に動かせば、滑らかな旋回が得られる。ラダー(尾翼)の操作は、スティックで行う。それから、着陸時のフラップの操作は、スラスト・レバーで。スティックには、ギヤ・ブレーキ」
 時雄は目を開けた。
 手の中には、銀色に鈍く光るCDロムがある。
 これを所定のスロットに入れれば、完全なるハンディ・モードでなく、IC・サポート・モードで、着陸をすることができる。コンピューターが速度などを計測し、次の手順を臨機応変に教えてくれる。
 これがあれば、頭から突っ込み、エンジンが出火し、機体炎上などの最悪の事態は免れるかもしれない。
 でも、エンジンは胴体の下にあるから、胴体着陸した時には、出火の覚悟はしなくてはならないだろう。
「燃料が底を突きかけています。着陸体制に入って下さい」
 オート・ナビが忠告の声を上げる。
 分かっている。そんなことは十分に分かっている。でも、最悪の事態を想定している。燃料は極力使い果たす方が生還率は高い、と考え、まだ上空を旋回しているのだ。
 横の席では、副操縦士が、唸り声を上げている。
 さっき、女が気付薬にと、ウイスキーを飲ませたら、一応気は付いたようだ。
でも、銃把で殴られた時のショックで脳内出血でも起こしたのだろう。焦点の定まらない、濁った目をして、うわ言をつぶやくだけだ。
これじゃあ当にはできない。
「最終忠告です。燃料が底を突いています。至急着陸態勢に入って下さい」
「分かった。行こう」
 時雄は銀色の薄い円盤をスロットに入れると、星が出始めた空に向かって、お願いするぞ、と呟いた。

 オート操縦を解除すると、とたんに操縦桿が重くなった。
「左へ旋回して下さい。ラダーを右へ倒して下さい」
 中央のコンソール・パネルと見ると、侵入予定走路のマーカーを右へ大きくずれている。まだ上空だから、島かげが小さく見える程度だ。
「よーし、分かった。左へ旋回。ラダーを右だ」
 ラダーを勢いよく右へ回すと、機体が大きく左方向へ傾いた。
 体が横倒しになり、暗い水平線がぐいーんと旋回してせり上がる。
「キャ――」
 後ろの席から、悲鳴が聞こえる。
「急に旋回しすぎです。ラダーを少し戻して」
 ナビの声と一緒にラダーに抵抗力が生まれる。コンピューターが危険と判断して、修正にかかったらしい。
 時雄も一緒にラダーを戻す手に力を入れる。
「高度が下がり過ぎです。危険です。バンクし過ぎです。危険です。戻して。戻して」
 ナビが女の子のような声を上げる。
「バンクってなんだよう。いきなり知らない言葉を言うなよ」
 ナビに怒鳴ると、隣から、傾き過ぎって意味だ、と副操縦士がか細い声を出した。
 それに同調して操縦桿がぐいーんと戻る。今回もコンピューターが修正したらしい。
「エレベーター・ダウンをして下さい。バンクしそうになりますから、エルロンで微調整して下さい」
「おーし分かった。操縦桿を少し倒せば良いんだな」
「少しずつだ。焦るな」
 やっと、少し回復した副操縦士が、予備のレバーに手をかけて、時雄を見上げた。でも殴られたせいで、手にはほとんど力が入っていない。
 さっき、旋回していて、通り過ぎた石垣島の島影が、また遠くに見えてきた。
「Gキーを押して下さい。車輪を出すキーです」
 時雄はナビに従った。
ギギギギギという不規則な音を立てて、車輪が出た。
「フラップを傾けて下さい。ストラス・レバーを少しずつ下げて下さい」
「下げるって、どっちへやるんだよ」
「手前に引けって意味だ。パソコンと同じだ。君のパソコンは、全てこの機首をモデルにしているんだ。落ち着け」
 副操縦士が喉に何か引っ掛かるような声で、応援をした。
 時雄は催眠術にかかったように、ストラス・レバーを、少しずつ引いた。
 中央コンソールに『フラップ展開5』という表示が現れた。
「ギヤダウンします」の声に続いて、ギュギギギギとエンジンが変速してゆく音がした。
「さらにエレベーター・ダウンです。速度百八十ノット、高度千五百フィートまで下げて下さい」
「ラジャ」
 操縦桿を押すと、グイーンと地平線が持ち上がり、島が大きく膨れ上がってきた。もうライトで点滅している滑走路も見える。
「着陸の第二段階にきました。速度も第二段階です。速度調節はこちらでします」
 速度が一段と落ちて滑走路がはっきりと見えてきた。
「接地は段三段階に落としてからして下さい。接地はメイン・ギヤから行います。後ろの車輪からです。機首を少し上げて下さい」
「どうして?また、上がってしまうだろ」
 時雄が一瞬躊躇した。しかしその躊躇が重大な結果を生み出した。
「機首を上げて下さい。前輪から接地すると、機体が壊れます。機首を上げて下さい」
「そんなこと言ったって、操縦桿が重いんだよう」
「落ち着け、お前の心の迷いが、操縦桿を重くさせているんだ。すべてをナビに任せて、ナビを信じるんだ。それから、パソコンゲームでのシミュレーションを思いだすんだ」
 副操縦士が掠れた声で叫んだ。
 滑走路はもう目の前まで近づいている。
「あ、そうか、着地の寸前に機首を上げるんだ。そうだった。落ち着くんだ赤城」
 時雄は自分を叱り付けた。しかし手がぶるぶる震え、機体がぐらぐらと揺れる。後ろの席からは、悲鳴と叫びに近い祈りの声が沸き起こっている。
 速度はなかなか落ちない。
「静かにしろ」
 男の怒鳴る声もする。滑走路はもう目の前だ。
 その時、機体が大きく左右に揺れた。機体が不安を感じて、いやいやをしているような揺れだった。
「危険だ。強風だ。もう一度やり直せ」
 隣で副操縦士が叫んだ。
「だめだよう。できないよう――」
 時雄も叫んだ。機体がいきなり大きく上下に跳ね上がった。
 後ろでマシンガンを構えていた女が、音も立てずに天井まで舞い上がり、ドスンと鈍い音を立てて副操縦士の上に落ちてきた。
「第三段階突入。Bキーでスポイラーをオンにして下さい。ストラス・リバースをかけて下さい」
「分からないよう。日本語でいってくれよう」
 時雄は目茶苦茶に動く操縦桿を渾身の力を込めて握っていた。
「機首を少し上げてください」
 手ごたえがないので次には勘でキーを探して押した。
 何かを押すと、ギギギーと、音がした。 
「駄目です。それは車輪のキーです。もう一度押して下さい――。車輪が戻ってしまう」
 ナビが叫んだ。
「そんなことを言ったって、急には……」
 時雄はまた同じキーを押した。車輪がまた出始める。
「間に合ってくれ……」
 時雄は祈る思いで、唇をかみ締めた。
 機体は、まるで滑走路に突っ込んでいくかのように、地上を目がけて降下している。
「神様」
 時雄が目をつぶった瞬間だった。
 ドンと重い音がして、強い衝撃が突き上げてきた。
「接地だ」
 喜んだのも束の間。機体が激しく揺れた。そして、ピキピキと稲妻が生木を裂くような音がした。
「前輪接地、危険、危険。機首を上げて下さい」
 ワーニングの赤いランプが突いた。
「逆噴射を――」
 ナビが叫んだ。
 時雄もす早く逆噴射のスイッチを入れた。
 ガンガンガンガン。ギ――ン。
 後ろから物凄い力で引っ張られるような衝撃を覚えた。
 車輪がゴゴゴゴッゴオっと叫び声を上げている。
「前輪接地、危険、危険」
 ナビが叫んでいる。
 機体が、がくんがくんと、何かにぶつかる。その度に下についているエンジンがギギギギーとこすられて、火花が飛ぶ。
 スピードは思ったほど落ちない。
「どうしたんだ。ちゃんと接地したのに――」
 時雄はなおも逆噴射ボタンを押す。
「エンジン破損。逆噴射が五十%しか利きません」
「車輪にブレーキを。車輪にブレーキを」
 時雄は必死でブレーキを探す。
「フラップを倒せ――」
 ナビと副操縦士が同時に叫ぶ。
 そのとき、ゴリリリリイと右の翼から、耳をつんざくような振動が響いてきた。
 片方の翼が、工事用の鉄骨の束にでも接触したのだろう。
 引っ掛かって、引きずって、最後はバウンドして、なおも滑走してゆく。
 同時に、機体が擦られるような衝撃が足下から上がってきて、窓の前で、滑走路が大きく横に揺れた。翼を軸に急旋回をしたような感じだった。
 でも、このおかげで、スピードがぐんと落ちた。
「ギャ――。火事――」
 後ろの席から物凄い悲鳴が上がった。
 その時だった。パツッというような、いやーな音を立てて、機体にひびが入った。
「キャー、ユカー、機体が割れる――」
 後ろでもパニックになった声がした。機首が、また少し加速し前に滑った。
 ガガガガガ。
 機首部分はさらに照明灯をなぎ倒し、草原に突っ込んで、車両運搬車に衝突して、ようやく止まった。
 ゴトゴトと、何かが落ちる音がした。さらにそれがキキキイーと、コンクリートの地面と摩擦を起こす音がした。
 客室から、非常ドアだー、助けてーという叫び声がした。
 コックピットの中にも煙が充満し始めた。
緊急着陸失敗。接地失敗。機体にひびが入っています。緊急脱出。六時十四分、AS15便、墜落、墜落――」
 ナビがあらんかぎりの音量で叫び声を上げ、赤いボタンを点滅させた。
 それを聞きながら、時雄は呆然としていた。
 なぜ? 接地は成功したんだ。爆発だって起こらなかったんだ。素人としては全力を尽くしてやったんだ。どこが失敗なんだ。九十九%は成功じゃないか。
 しかし、この時、時雄はまだ後ろを席の惨状を知らなかった。
 そこでは、機体が主翼の部分で鉄骨を残して二つに割れ、後ろの部分は、翼の半分が地面と接触した時に、右へ飛ばされ、待機していた別の機に衝突して、大破し、あちこちから炎を吹き上げていたのだ。
 幸い燃料は底をついていたので、大爆発は免れたが、分断された部分に座っていた乗客はみるも無残な状態になっていた。
 あるものは客席ごと飛ばされ、車輪の下に巻き込まれ、あるいは、頭から滑走路に叩き付けられ、地獄絵のように、肉体の破片が飛び散っていたのである。

  4

 ――さらに数分後。
「おい、時雄、起きろ。緊急事態だ。時雄起きろ」
 頬を何回か叩かれて、時雄ははっと気がついた。
 一瞬、自分がどこにいるか分からなかった。
 極度の緊張と弛緩との繰り返しで、気を失っていたらしい。
 見回すと、コックピットの扉が開けられ、隣の席では、女と副操縦士が折り重なって死んでおり、室内に煙が充満しかけていた。
「急げ、ここも危ない」
 親友の卓也が、シートベルトを外して時雄の手を引っ張った。
「危ないって、僕はちゃんと指示通りやったんだ。胴体着陸もしなかったし、爆発炎上もしなかったんだ。九十九%は成功したんだ。なのに、ナビが着陸失敗だなんて、騒ぎやがって」
 時雄は悔しくて、操縦席をどんと叩いた。
「それは、後ろの客室を見れば分かる」
 卓也が冷たい声で、後ろに指を向けた。
「それより早く」
 怪訝な目を向けかけた時雄に、卓也が周囲の煙を示した。
ふらつく足でコックピットの扉をくぐり、客席に一歩足を踏み入れた。
 時雄はそこで息を飲んだ。
 そこには、まさに地獄絵としか言いようのない光景が広がっていた。
 機体の後ろ半分はなかった。翼のところで、引き千切られ、分断され、はるか後ろの方で燻っていた。
 時雄の立っているところから五メートルくらい先では、床の役をしていた鉄板が、分断されないまま、はるか上空にまでまくれ上がり、アルミホイルのように、クネクネと曲がり、ジェットコースターのコースのようにせり上がり、こちら側に向かって湾曲していた。
 床の上には、まだ席から離脱できないで、もがき悲鳴を上げている生徒が何人か、括りついていた。
 近いところにいる生徒は軽症だった。しかし、赤城の頭上にいる生徒は、頭がなかったり、腹のところがぐっさりと抉られ、おびただしい血と、白い脂肪のような液体を流して、ぐったりとなっている。 
 怪我人をなんとかはずそうと、怪我をしていない生徒が、必死で席から担ぎ揚げ、非常扉の方に運んでいる。
 客席の中は、悲鳴とうめきと泣き声が充満している。
 ただ一つ救いだったのは、爆発が起きなかったことだ。
 接地の時の衝撃でエンジンが脱落し、はるか横の方で燃えている。
 時雄は言葉もなく立ち尽くしていた。
 泣き声が沸き上がっているのに、自分の周りにだけは、静寂の壁があるようで、実感が沸いてこない。周囲の光景が、映画の中のように、リアルに見て取れる。
 機体の分断された辺りでは、無数の電気系統の配線が、束になったまま引き千切られ、好き勝手な方向に折れ曲がっている。
 機体の下には、客席に座ったままの人間の半分がおきざりになっている。車輪に巻き込まれ、赤い布切れをまとった腕も見える。
 はるか向こうでは、機体の後ろ半分が、やはり同じような状態で、燻っている。
 でも、こちらは床がなく人間がいないぶん、側に待機していた飛行機にぶつかって、大破しているとはいえ、惨劇の度合いは少ない。
「時雄、何をしてるんだ。怪我人を下ろせ」
 卓也がピシャリと時雄のほほを叩いて現実に引きずり戻した。
 しかし、その声で、そこに時雄がいることが判明してしまった。
 側で怪我人の手を自分のブラウスで縛っていた一人の生徒が大声を上げた。
「あんたのせいよ――。緑をこんなにしたのは、あんたのせいよ――。どうしてくれるのよう。緑を返して――」
 彼女の指す先を見ると、一人の少女が、頭から血を流し、顔半分を鉄の破片で強くこすられたように、真っ赤な血の筋を何本も走らせて、ぐったりとなっていた。鼻はなかった。
「お前のせいだ――」
 全員の視線が、槍のように突き刺さった。
 全員の手が、時雄の髪や服を掴んで引きちぎろうとした。
「やめろ――。僕は、助けようと思って……」
 時雄は逃げ出した。
 だが、仲間の手はエイリアンのように伸びて、時雄の眼球に食い込んだ。
「助けてくれ――」
 
(続く)