殺戮中、6回目

 

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粗筋。
第一章。
佐渡で『殺戮』というゲームが開催されている。5日間、戦って、1億を手に入れれば、それが自分のものになるというゲーム。現在、衿がラーの3人を殺して、どこかへ隠した。だが、別の人格が隠したので、衿にはわからない。そこで、明人は、いいアイデアがあるという。一方、さやかは、巨大コンツェルンの御曹司の澪也を仲間に引きずり込む。さらに兄に頼んで、セレブたちが誰が生き残るかに賭けた賭け金の10億円を借り出させる。
第二章。衿の過去、もしくは別次元。
連続殺人犯の時雄は、昔、小型機を墜落させたことがトラウマになっていて、被害者の眼球を切除するをくりかえしている。三回殺害をくりかえした。衿は動物三匹を連れて、捜査に当たっていた。時雄は雪人と名を変え、整形手術をしているようだ。
 第三章続き

   4

衿はインターフェースのチャンネルを切って、また講義に集中した。
「一九二四年、ドイツの発生学者シュペーマンは、イモリの胚の原口背唇部(げんこうはいしんぶ)という組織を切り取り、これを同じ発生段階にあるほかの胚の腹側となる場所に移植した。すると本来の頭のほかに、移植した組織の周囲からもうひとつ別の頭部がつくられた。これは、移植された組織が、他の細胞に働きかけて、別の組織を作り出したと考えられる。こうした働きを、誘導と呼び、誘導を引き起こす存在をオーガナイザーと呼ぶ」
 教授がオーガナイザーと書いて、これは重要だから、と傍点をふった。
「一九八九年に東京大学の浅島誠教授が画期的な実験を行った。カエルの胚から取り出した組織を培養皿で培養して、アクチビンAというタンパク質を加えたところ、加えるアクチビンAの濃度に応じて、心臓や肝臓、筋肉に血液など、種々の組織を作ることができた。それだけでなく、脳や目など、神経組織や、神経組織から誘導される器官までがつくられた。オーガナイザー実態は、アクチビンAであることが確かめられた」
教授はボードにアクチビンAと書いた。
「そして、分化というプロセスは、オーガナイザーが引き金となって引き起こされる誘導の連続である、という概念も確立されることになった」

 衿はミクル(鷲)のチャンネルに移動した。
 ミクルが空から案内している。
 高い七階だてのビルがある。メインのビルだ。周囲にもいろいろと施設がある。
 その後ろには長い廊下が伸びている。前庭には滝、川の流れ、飛び石、築山がある。日本庭園みたいだ。池には錦鯉も泳いでいる。
 ミクルは柵を越えた。その先は森だ。
 白クマ、豹なんかが垣間見える。
「動物が飼育されている地区に入った」
「ピーヒョロロロ〈何だ、あれは? 見たこともない動物だ。上半身が馬の頭なんだけど、二つに分かれている。そして、下半身は一頭の馬だ〉」
 衿は思わず口の中で呟いた。
「オーガナイザーの仕業だ」
プスン。
撃たれた音か? ミクルが急降した。
「撃たれた」
衿はインターフェース装置のスイッチを切った。そして教室を出て走った。
七階建てのビルの一階からは、北に向かって長い廊下が伸びていた。その途中に守衛室があり、そこから先は関係者しか入れないようだった。
 衿は、守衛室のちょっと前にあったトイレに入った。
 守衛室の部分から先は、柵があって、仕切られていた。その先は森だが、森の中に、三階だての建物が見えた。研究棟だろう。
動物の飼育棟も併設されているようだ。わずかだが、動物の鳴き声が聞こえてくる。
衿はトイレの窓を開けた。ミクルのヘッドギアからの電波を受けやすくするためだ。
 そして、インターフェースの電源を入れた。
 すぐに、声が入ってきた。パソコンで変換された電子音だが。
「だからあ、あたしは未来から来たの」
「誰が、そんな事を信じるか?」
 ミクルの目の前には、若い、といっても三十代半ばの研究員風の男が立っている。白衣だが、ひどく汚れている。
 顔は、半分を隠すような鬘をかぶっていて、良くわからない。
 場所は、森の中だろうか。午後のかなり傾いた日差しが差し込んでいる。
「本当よ。それより夢のない人ね。嫌いよ。ろくな大人にならないから」
「大きなお世話だ。大体、お前のヘッドギアは、パソコンで人間語に変換している証拠だろう。その電波を無線ランで飛ばしているんだろう。その周波数が同じだから、俺のパソコンを通じてお前と話ができるんだし。いいか、つうことは、俺と同じ研究をしている奴がいるってことだ。誰だ、そいつは? そいつの名前を吐け」
「あーあ、いやだ。ゲスの人間の語ることは。私は、朝日奈ミクル。『涼宮ハルヒの憂鬱』の中でも未来から来た人。ま、本の設定を離れても、本当に未来人なんだけど」
「うるさい。吐け」
「ギエ――。首を締めないで――。死んじゃうじゃないの。マリー・アントワネットの正当な血筋が絶えちゃうじゃないの――。ギエ――」
 プツ。
 衿は電源を切った。そして呟いた。
「やっぱ、一遍、殺されてしまったほうがいいんじゃないだろうか?」
 その時、後ろから肩をつつかれた。
 ツンツン。
「は?」
 振り向くと、茶の湯の茶碗が目の前にあった。
「おお、窯変天目」
 茶碗の後ろからきつい化粧の女が顔を出した。髪が長く、金髪だ。おまけに縦ロールで大きいピンクのリボンが頭の上についている。
 その女が茶碗を捧げ持っていたのだ。
「いやあーね。あんたも刑事? 少しは天目茶碗を持ったエキゾチックな美女さん、とか言えないの」
「すいません。あんたも刑事というと、どっかで刑事さんに会ったんでしょうか?」
「そうよ。さっきよ。雪人ちゃんに関係あるものを持っている人は、持ってきてくださいというから、この天目茶碗を見せにいってあげたのよ、鑑識さんの所まで。玄関にいたから」
「それは、つまり、指紋を調べるためでしょうか」
「そうよ。彼にもらったのよ。わざわざ持っていってあげたのに、これをみたとたんに、指紋、指紋って言って、レーザーかなにかの機械にかけて、それっきり、そっちに集中しっぱなし。ありがとうも、美人ですねも、お友達だったんですか、も言わないのよ」
「それは、それは、失礼。それで、指紋は取れたのですか」
「らしいわ。奇麗なのがびっちり取れたとか言って、喜んでいたわ。私も、自分の指紋がつかないように、高台の部分を持っていってあげたんだけど。でも、前には触っているかも」

衿は玄関に行って、まだ捜査を続行中だった鑑識に聞いた。
鑑識さんは、ワイシャツがちょっと汚れていた。首の所に汚れが輪になっているのが見える。この帳場(捜査本部)が立ってから、帰っていないのに違いない。
でも、捜査は順調に進んでいる。時雄(雪人)がここに勤めていたことも判った。第一回目の整形後の顔も手に入った。なので、顔は晴れやかだった。
「奇麗な全指紋が、びっちり取れましたよ。全面に、きれいについていましたよ。時雄の指紋と照合しましたが、一致しました」
「そうか。じゃあ、木下美幸にも聞き込みをしないとな。この写真以降、整形をしてないかどうか、とか」
 そう言って、衿は美幸にもらった雪人の写真を見せた。美幸の証言で、犯人のここでの名前は、雪人だと断定していた。
 半年前、事件直後の捜査では、陶芸に詳しい人間というくくりはあったが、何人かの名前が挙がり、雪人は、その当時では、陶芸のことを人に話していなかったので、容疑者の中には入れなかったのだとか。
 当然ながら、雪人の寮での指紋の捜査もしていなかった。
「そうですね」
 鑑識にさっきの茶碗を持ってきた女の名前を聞いた。青垣明菜というらしい。

衿は、その後、青垣明菜――化粧のきついケバイ女――に会いにいった。
進(チンパンジー)とハルヒ(犬)と一緒である。ミクル(鷲)は心配だが、捕獲した相手にとっては研究材料でもあり、殺されることはないだろうと判断して、救出は後回しにした。
明菜の部屋は、散らかし放題の部屋だった。カレーでも食べたのだろうか、カレーの臭いが充満している。
「私は、研究道具の調達係、および、雑用係よ。時にはプログラマーにも変身するわ」
 実用的なこぶりの部屋で、青垣は言った。
 壁は淡いグリーンで、床はちょっと濃いグリーンとグレーの市松模様。ちょっと汚れている。
 デスクの上、プリンターおよび棚の上は、プリントアウトした紙で覆われている。崩れ落ちかけている。
 本棚の上には商品サンプルの本や、マニュアル本が積まれ、ケーブル、インクリボン、CDRなどの入った箱が乱雑に置かれている。
 床にはケーブルが重なり、のたくっている。モニターは付けっぱなし。
 青垣明菜は忙しそうだった。
「夕方、私の家で、話を聞くわ。今、忙しいから。先に行って、待ってて。鍵は玄関マットの下」と言われたから、先に行って、勝手に入ることにした。
 明菜の家は、二度目の被害者、カトリーヌの家の隣だとか。

     5

明菜の借りている部屋は、沖縄風の家だった。この研究所では、民家を借り上げて寮にしているのだとか。
屋根には赤いレンガの瓦。シーサーもある。ツゲの木が茂っている。
夕方の陽がさしている。軒のあちこちを飾るタイルが美しい光を放っている。
戸や扉にはペンキがぬられているが、所どころはげている。
玄関脇においてある車の中をのぞいた。
マックの空き箱や紙ナプキン、コーラの紙袋、汚れたコーヒーの空きカップがシートの上や下に転がっていた。
灰皿には消された吸いさしが何本か。
フロントガラスにはお守りがぶら下がっている。犬の模様。安産のお守り?
タバコの箱。携帯灰皿も。パンの屑も。家の中が予想できた。
中に入った。家の中はちらかっていた。
 進とハルヒと一緒だった。進が、勝手に衣装ダンスを開ける。
「ヒホ――。パンティだぜ。黒の刺繍だぜ」
「ワホ――」
 ハルヒが喜び、それを頭にかぶって、走りまわる。
トイレに入ってみた。ここも汚い。
違和感があった。何だろう?
女性のトイレなのに、ナプキン入れがない。生理がないのか?
まあ、うちの母親も十年前からない。不安神経症で、抗不安剤ドグマチールを飲み始めてからなくなったのだ。一年中天国だぜ、と喜んでいる。同じなのだろうか?

明菜を待つことにした。
 イヤホーンを耳に入れ、音楽のMDスイッチを入れる。
 ホイットニー・ヒューストンが流れだした。
 脇の下が汗で湿っている。興奮して、目頭が熱を持っているように熱い。
 パンクしそうにキンキンしていた神経回路が少し沈静した。
なかなか帰ってこない。
隣の家を見ていた。前に二番目の被害者――カトリーヌ――の住んでいた家だ。
漆喰塗の美しい洋風の家だ。全体的に青が基調。
玄関のアーチ型のドアの上に青いガラスの窓がある。
屋根も青い瓦。庭にある花壇は、細い青い鉄柵で囲まれている。
家の周囲は塀で囲ってあり、広葉樹の大木が何本か葉を広げている。ガジュマロか?
全体的に優雅が作りだ。半年前にあんな事件があったのに、もう次の人が入っている。
電気がついている。
天井から西洋の映画に出てくるような扇風機がぶら下がっていて、六月で蒸し暑いのに窓があいている。ということは、エアコンはないのか。いかにも島らしい。

三番目の被害者のローリーの家を思い出した。鑑識から渡してもらってみた写真で見たのだが。
エリザベス王朝風の堂々とした家だった。
周囲にはレンガのポーチや広い道路が取り巻いていて、家の壁にはブドウの蔓模様の漆喰のレリーフが施されている。
庭には、南国独特のパパイヤや島バナナの木が茂っている。
つつじもある。庭にはブドウの木がある。
暗い窓の後ろには、まだ、惨劇の跡を残したリビングが広がっていた。
血の点々と付いた家具、棚の上に並べられた彫刻、皿などが思い出された。
見物人も現れるようで、見物人の捨てたペットボトルや缶が庭に転がっていた。
 周囲には黄色いリボンがめぐらされている。深夜以外は、警官も立っている。

一時間ほどすると明菜が帰ってきた。
「私は、二度目の事件があってすぐにあの研究所に採用されたの。雪人ちゃんがいなくなくなって、雑用係とプログラマーが必要になってね。それで、この寮が空いたからって、紹介されて、入ったの。半年前よ。雪人って人の寮だったのよ。その当時は、まだ彼が犯人だなんてわからなかったから、研究所側も、軽い気持ちで紹介したのね。で、私としては、前の住人が荷物を置いてあろうがなかろうが全然構わないから、住み始めたの。雪人ちゃんの荷物はそのままにしてね」
「すると、彼の荷物は全部そのままなんですね」
「そうよ。そんでもって、私がここに住み始めてから、雪人さん、勝手に入りこんだことがあるみたいで、メモがあったわ。ここにあるものはすべて、私にくれると。メモは捨てちゃったけどね。で、あの天目茶碗ももらったの。ここに残してあったから。電気カマもあったわ」
「電気ガマ?」
「電気で焼き物を焼く窯よ」
――そうか。ならば、島の工房で容疑者について聞き込みをしても、無駄だったはずだ。
「焼き物の本があって、私も焼き物は好きなんで、詳しくなったんだけど、土に釉薬を混ぜて焼くなんてこともやっていたようよ」
釉薬って、上薬っていうじゃないですか? そんなことできるんですか?」
「それが、今はやっているの。金属みたいな光沢がでるの。その代り釉薬は透明釉を使うんだけどね。そう言えば、二階にあったわ。一つ」
そう言って、二階に上がった。
二階は、服が散らかってはいるが、床は、セラミックタイル。大理石の暖炉があった。沖縄で暖炉? ちょっとしたユーモアだ。
 ごてごてしいライオンの頭の修飾がついた水道の栓。大き目のシンク。水色を主色とした水玉模様のタイルの台。
 香水の瓶もある。ブラシが床に落ちている。肌色の壁には装飾過多の鏡がかかっている。
 電気窯もあった。四角くて、面白みのない形だ。出窓には金属の光沢に輝く茶碗が二つほど並んでいた。
 明菜が言う。
「メモは沢山あったわ。奥の方にある秘密の研究所の中にも入ったとかって。私は、そっちの研究所には詳しくないわ。オーガナイザーの研究をしてキメラを作っているようよ」
「秘密の研究所には、動物とのインターフェースの研究をしている人間がいるって聞いたのだけど。実は、私は、動物とのインターフェースの研究をしているんだ。こいつらのヘッドギアを見てもらえばわかるんだけど。それで、興味があって」
「さあ、そっちはよくは知らないわ。いるようね」

    6

しばらくすると、キャバクラ姉ちゃん(木下美幸)から電話がきた。
監獄喫茶への誘いだった。
監獄喫茶に行った。進もハルヒも一緒だ。
 ヘッドギアを付けているので人間と話ができる、と説明すると、ワーッとお客が群がった。人気者だ。
 美幸が雪人とは親しくて、いろいろ話していたようなので、おもに、そっちの姉ちゃんに聞いた。
「雪人ちゃんは、犬が好きだと言っていたわ」
 突然、口裂け女の化粧をした青垣明菜が叫んだ。
「犬。私もだーい好き」
――だからあ、お前の好みは聞いてないんだよ。
思わずどなりそうになって、あわてて下を向いた。
「ラプラドール・レトリバーは特に好き」
そういって、ハルヒを撫ぜて、強引にブラディメリーを飲ませようとした。
餌の代わりと思ったのか、ハルヒが一気に飲んで、むせた。
――アホか、こいつは。

「ローリーの幽霊を見たわ」
 美幸が立ちあがって、大声をだした。
都市伝説ってやつだ。
「その話、聞きたい――」
 明菜が叫んだ。青垣のコスプレは口裂け女
長い黒髪が半分、顔を覆っている。片方の目には刀傷。ゴムだけど。
口紅をホホの端まで引いただけで、口裂け女に見える。
服は破れかけた着物。大正ロマンぽい大柄な着物に、黒の帯。後ろでしどけなく結んでいる。
着物の前には裂け目がはいっていて、編みタイツがちらちら見える。
片腕には包帯。これも口紅で赤く汚してある。
もう片方には黒のぼろぼろの手袋。肩から太い鎖をつるしている。
そして、草履。アンクレットにしては太い鎖。黒い鉄の玉がついていて、じゃらじゃらと音を立てる。
片手には手錠。
ところで、衿のコスプレは吸血鬼である。牙のついた、青唇のゴムのお面。
黒い男爵風の服とマント。首には、吸血鬼の大嫌いなはずの十字架。黒光りのする、ゴシック風のごてごてしい太い奴。
ついでに言うと、進はフランケンシュタイン
ヘッドギアの上に、縫い目だらけの青白い頭蓋骨のゴムのお面。
けっこう気に入っているみたい。
ハルヒは魔界の犬、だと言われたが、特に衣装はない。
キャバ嬢(美幸)は、黒いマスカレード風のメガネだけ。
机の上には血のスープ。実は、ミネストローネなんだけど。
「二十番監獄へ、収監」と叫んで、部屋の牢獄風の柵が閉じられた。
ビーカー、フラスコ(中には緑の液体)、試験管。点滴なんかもある。
火花の散るアイスクリーム。
魔法のステッキ、猫耳、箒、玩具の注射、ばね式のナイフなんかが置いてある。
タキシードのドラキュラ。黒いキャンドルとどくろの燭台。
ドリンクの名は、「感電死サワー」「麻薬中毒カクテル」「青酸カリのお湯割り」「タイマサワー」
料理の名は、「地獄キムチ」「爆弾餃子」などなど。

   7

 盛り上がっている中で、明菜にこっそり聞いてみた。
「秘密の研究所では、何が行われているんですか?」
「さあ、私は詳しくは知らない」
「雪人さんも、何か手伝いをしていたようですが、何の手伝いをしていたんですか?」
「さあ、知らないわ。あっちのことは秘密だもの」
「動物とのインターフェースの研究をしている人もいるみたいですが」
「ああ、いるみたいね。時々、ヘッドギアを付けた鳥が飛んでくることがあるから」
 明菜は別人に呼ばれて去っていってしまった。
「私は、カトリーヌの部屋に住んでいたときに、彼女の幽霊をみとことがあるわ――。あの家に、彼女の霊はまだいるのよ――」
 再度、キャバ嬢(美幸)が叫んだ。
 明菜の家の隣に、美幸はかつて住んでいたらしい。
「ある夜だったわ。家に帰って一歩、足を玄関に踏み入れると、背後に忍び寄ってくる者の気配を感じたの。私はおそるおそる聞いたわ、『誰かいるの?』って。でも、答えはなかった。しかし、密やかな忍び笑いが、空気を伝わってきたの」
 美幸がフラスコを持ち上げて、緑の液体を口に含んだ。盛んに煙が上がっているから、中にドライアイスが入っているのだろう。
「私は勇気を振り絞って、玄関に足をふみいれたわ。だが、片足を入れただけで、突然、ギチって、どこかの扉が開いたの」
 ヒっと、観客からひそめた悲鳴が起こる。
「しかし、誰も出てこない。こんなことで怖気づいてはいらない。もう一歩、足を踏み出して、一番手近のドアを開けたわ。そしたら、そこには大量の古い人形が並んでいたの」
 キエ――っと、悲鳴が起った。
「そうよ。市松人形、ビスクドール、マリオネット、博多人形、などなど、ありとあらゆる人形が、整然と並べられて、私をみていたわ」
 観客の間から、「カトリーヌは、人形マニアだったわ」のささやきが起った。
 美幸がコトリとフラスコを置いた。
「部屋の中から、フフフフと、誰かの忍び笑いがしたわ。怖くて、振り向くことができなかった。固まったままよ」
 誰かが叫び声をあげた。
「こわ――い」
「すると、ギギギギッとドアがきしんで、少しずつ開き始めたの。そして、後ろから、トトトと小さい小さい音がしたの。チチチチ。ットトト……」
「いや――」
何人かが叫んだ。
「人形、それとも、虫の音? 虫だとしたら、コオロギのような羽をもっている虫よ。私を凝視する視線を感じたわ。痛いくらいに背中を突き刺す視線よ」
「そう言えば、カトリーヌは目が大きくてきつい目をしていたわ」とささやく声。
「それから、低い声で、お元気? 次は君の番だよ、とカトリーヌがささやいたの」
「何の番なの?」
 一人が叫んで、「殺し、よう。誰でもいいから、向こうの世界へ連れ込むのよ――」の声が答えた。美幸が手を挙げて、聴衆をさえぎる。
「私は、必死に、木下は敵ではないわ、と答えようとしたの。でも、喉が痙攣して、声がでないの。ただ、止まりそうになっては、また急になり出す心臓を抱えて、恐怖に打ち震えていただけ」
「カトリーヌに聞いてみれば、いいわ。誰が犯人かって」と一人の観客。
 美幸が、今答えた観客を魔法のステッキでさして、低く呟いた。
「そうよ。私も、それを考えたわ。それで、おそるおそる問いかけてみたの。あなたがカトリーヌなら、犯人を教えてって。ああ、今日、雪人ちゃんが犯人じゃないかって、判明したけど、霊が出た時は、とても、そんなことは思いつかなかったし」
「うっそ――。雪人ちゃんは、いい人よ――。人殺しなんて、するはずがないわ――」
 何人かが叫んだ。美幸は、さらに呟く。
「私は思ったわ。たとえこれらがカトリーヌの霊魂だとしても、追い払わなければ。もしくは、大人しくしてもらわないと。だって、あの家は、私が住むんだから。それで、私は意を決めたの。霊魂と交渉することに」
「それがいいわ。そして、犯人を聞くのよ。ああ、雪人ちゃんだと判明したのよね」
「でも整形しているわ」
 何人かが、てんでに答えた。
「そうよ。雪人ちゃんの、今の顔は誰も知らないのよ」
「私は、えいっと気合いを入れて、一つの扉を開いたの。そしたら、そこにも、大量のビスクドールがいたの」
「キエ――」
「血管の中で血が逆流したわ。そればかりではないわ。天井から長い髪がだらりと垂れ下がって、ゆらりゆらりと揺れていたの。私の額のすぐ上、昆虫の色と光沢をもった額が光っているの。その上には仮面ライダーとそっくりの目もあったわ」
仮面ライダー。笑えるわ――」
 茶々を入れる奴がいた。しかし、美幸は表情を変えない。
「でも、私は恐ろしかったわ。一瞬で血が凍りついたの。そして、恐怖に失神しかけて、飛びすさぶと、天井の甲殻類型のビスクドールがにやりと笑ったわ」
仮面ライダーって、はっきり言ってよ――」
 またしても、茶々をいれる奴がいた。今度は、美幸は手で制した。そして、前よりも低い声で語りつぐ。
「それから、ドアがバタンとしまったわ。私は、勇気を出し、渾身の力をふりしぼって、もう一度ドアを開けたわ。そしたら、誰もいないの。人形もいないの。頭の中が混乱したわ。多重人格映画を見ているような感覚だったわ。瞬きをするたびに、登場人物が入れ替わり、場面も、視界も変わるの」
「それより、カトリーヌの霊魂はどうなったのよう」
「わかっているわよ。これから、話すから、あせらないの。私は、カトリーヌ、話をしようようと声を出しながら、別の部屋のドアを開けたの。そしたら、そこには、カトリーヌの顔をした人形の頭部が落ちていたの」
「カトリーヌなら、フランス人形ね」
「そうよ。それが何か語りたそうだったので、思い切って、手を伸ばして、頭部を拾いあげようとしたの。すると、後ろで音がしたの。シュルルルル……って」
「蛇かしら?」
「違ったわ。無意識に振り向くと、窓の上を大量に人形の髪の毛が這い上がっていたわ。窓の向こう側。窓枠の下から、白い小さな人形の手だけが這いあがってきたの。キチキチ、ツツツツ、タ、タ……って。そして、私の首に巻きつこうとしたの」
 観客の間から息をのむ音がした。
「私はさけんだわ。『止めて、私は敵じゃないわ』って。でも、人形たちは私を許す気はないようだったわ。そして、その時、手に持った人形の首が震えたわ。視線を落とすと、ギリッと目が開いて、金色の髪が伸び始めていた。そして、助けて――って、低い声を出したの」
「きっと、殺される時のことを思い出したのよ、霊魂は」とささやく声がした。
「そうよ。私は、思わず首を投げ捨てると、手の中の懐中電灯の光が消えたわ。同時に、部屋に大量の蝋燭の灯がともったの。その光の中では、長く伸びる髪をもてあました人形が集まり、恨みのこもった目で私たちをにらんだわ。人をあの世に引きずり込む目だった。すがりつく目を避け、踵を返したわ。すると、ガラス窓の上を、真っ赤な血が一筋、ふた筋と流れ落ちたの」
「それで、カトリーヌの霊魂は、雪人ちゃんが今どこにいるかは言わなかったの?」
「そうよ。知らないみたいだったわ。何を聞いても、助けて――って呻くだけで」
その時、チチチチ。トトトト……。
急にどこかで小さな音がした。
衿は監獄ルームの窓に手をかけた。
古い明治に作られた広大な屋敷で、出窓になっていた。
窓を開くと、窓の外側には、コオロギ人形が貼り付いて、にやりと笑いかけた。
「キエー」
 誰かが細い悲鳴を上げた。
一旦、目を閉じると、 別の景色になる。誰もいない。果てしない悪夢だ。
くるくると変わる妄想の繰り返しだ。
「誰−−。卑怯よう――。出てきなさいよう」
 またしても誰かが大声を出して、相手を挑発した。空気がキュイイと動く。
相手が誰だかわからない。でも、声には反応する。
「霊魂はここにも、確かにいるわ」
美幸が声をあげると、半分とじたカーテンのかかるガラスの外に、真っ赤な目で、金髪の人形が現れた。ビスクドールだ。
 キチキチ、ツツツとガラス面を歩いている。いきなり髪が伸び、その先がガラス度の隙間から中に入って、カーテンを開いた。
 窓の向こうは荒れ地で、黒く茂る樹木が見える。
 ざわめく木々の向こうから、誰かの視線を感じる。
 衿は扉を強く押し開け、外に出ようとした。古い屋敷だから、隣にも幾つもの部屋があるのだ。
 衿が二十番監獄を出ると、数名が後に続いた。
 廊下に出て、おそるおそる電気のレバーに手を伸ばす。ごくごく薄暗い照明しかともっていない。
 突然、冷たい物が、衿の手を押さえた。
「グッ」
 衿は悲鳴を呑み込んだ。目を凝らすが、何もない。数秒遅れて、壁に懐中電灯が設置してあるのが見て取れた。
 懐中電灯を手にとって、点灯しようとすると、背後で物音がした。カサカサと乾いた音だ。
何?
 恐怖にすくみあがるが、懐中電灯だけは向けた。光の輪の中に、昆虫の目を持つ人形の頭部があった。
 なんとなくユーモラスで、腰が抜けた。
「これは、お店のサービスです」
 廊下の向こうから猫耳のウエイターの声がした。
「なんだ。サービスしすぎよう」
 何人かが答えて笑い出した。
 二十番監獄へ戻ると、机の上に、かわいらしい博多人形の頭部が転がっていた。
「あーあ、疲れた。馬鹿騒ぎをしすぎたら、おなかがすいちゃった」
 明菜が背伸びをした。
 その横で、美幸が、立ったまま小さく呟いた。
「何か思い出したわ。馬鹿騒ぎをしたら、何か、気になることを思い出したわ」
「なに?」と衿。
「ええ。前に内地にいった時のことなんだけど、雪人ちゃんにそっくりの歩き方をする人を見つけたの。でも、肩をたたいて、ふりむいたら、別人だったの。でも、その振り向きかたが、誰かに似ているような気がしたの。それを、今思い出したの。それから顔も」
「誰に、似ていたの?」
「それが、思い出せないの。でも、デジカメに動画を撮っておいたから、それを見れば思い出すわ。きっと。今日、帰ったら、見てみる」

 
(続く)