殺戮中7回目


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粗筋。
第一章。佐渡で『殺戮中』というゲームが行われている。これは、5日間戦って、一億円を得たら、それが自分のものになるというもの。現在、衿が、ラーの三人を殺して、どこかに隠した。だが、別の人格が隠したので、拷問してもわからない。明人は言いアイデアがあるという。一方、さやかは、巨大コンツェルンの澪也を味方につける。またセレブの兄に話して、ゲームで賭けらられた賭け金の10億円を胴元から借りさせる。
第二章、三章。衿の過去または別次元。
連続殺人犯の時雄は、昔、小型機を墜落させたのがトラウマになっていて、被害者の眼球を切除するを繰り返している。現在までに三人殺した。衿は、動物とインターフェースする機械を使って、捜査をしている。時雄は雪人と名を変え、整形手術もしているらしい。だが、木下美幸が、どこかで会って、写真を撮ってあるといった。


  8

 翌日だった。所轄の警察から電話があった。
「木下美幸さんが殺されました。鈍器で殴られ、撲殺死です」
 衿は出かけて行った。
昨日まで木下美幸の住んでいた地域はアパートが目立つ場所だった。古い民家が多い。
こじんまりしたバンガローなんかもある。さすが観光地だ。
木造漆喰のコテージもある。
商店や事務所が増えつつある。診療所もある。インプラント十一万円、なんて看板も見える。
昔の面影を残している。アジサイが多い。今は枯れているが。
ネオンサインも目立つ。煙突のある工場もあることはある。赤い屋根、ブーゲンビリア、陽干しレンガの塀、色ガラスの窓、などが目に入る。
他には、シダの茂み、ヤシの木、南国風のバルコニー、噴水、並木道、色とりどりの花々が目に入った。
美幸の住んでいたアパートは、高さは三階だて、手前には駐車スペース、スペイン風の外観、前にはバルコニー、内開きの鉄の門、ヤシの木のある庭、赤い屋根だった。
庭から、色ガラスのはまったロビーに入る。
左側には郵便受け、右側にエレベーターホールがある。大きな鉢植え、郵便受けには名前がある。二十一人が住んでいた。
インターコムがエレベーターの脇にあったので、美幸の隣の住民のベルをおした。
反応があった。
「私、警察のものですが」
と言って、隣の住民に話を聞いた。
昨晩、十二時過ぎに、争う声を聞いたらしい。すぐに止んだので、百十番通報はしなかったとか。
隣の住民は、四十代後半。小柄だけど、エネルギーにあふれている。洋服は洗練された感じ。
まっすぐな黒髪が、天使のリングを描けそう。
面長な顔に沿うように、眺めのボブカットをしている。ブルーっぽい瞳、長い睫毛、頬に明るいピンクのシャドー、白いホホ。
ニット地の淡いピンクのタートルネック・セーターに、お揃いのタイトのスカート。
腕にかけているのは、しなやかで上質の皮の鞄。ブルーグレーで、沢山のポケットがついている。
指は細く長く、爪は黒っぽい部分と白の部分に塗られ、細かいパールの玉で仕切られている。薬指にはオパールのリング。
自信に満ち、幸せそうで、上品だった。
嘘をついているようには見えなかった。彼女のもたらした情報――十二時過ぎに争う声を聞いた――は本当だろう。

 次に、管理人に美幸の部屋のかぎを開けてもらった。
今朝は開いたままになっていて、隣の住民が、昨晩のことが心配で、ドアノブに手をかけると、するりと開いたのだとか。
 その後、初動捜査の連中が来て、一通りの捜査が終わった。で、泥棒が入ると困るので、管理人がカギをかけたのだそうだ。
 管理人は、五十代、大きくウエーブのかかった明るい茶髪、大きめのベレー帽。帽子の端からウエーブの髪がはみ出していて、絵描きみたい。
 眉毛も睫毛も茶に染めていた。顔の色は白く、ホクロがいくつかある。
 黒のワンピースで、ストッキングは網目。スリッパをはき、細身で、仕事の出来そうな女性。でも、絵の趣味をもっていそう。
美幸の部屋に入った。部屋に入ると、アンティークの机といすの置かれた居間があった。
 南国のくっきりした日差しが、カーテンの間から入り込んでいる。カーテンはオレンジ。
 机の上にはビールの空き缶。鑑識が行った初動捜査のせいで、白い粉が一面に付着している。
 二階で、南向きの部屋。外に目をやる。
 車の通りはない。サーファーらしい焼けた茶髪の二十台前半の若者が駐車場で腰をおろしていた。
 切れ目だらけのジーンズの裾をブーツの中にたくしこんでいる。ドクロマークのTシャツを着ていた。たばこを吸って、じっと遠くを見ていた。
 目を中に戻す。中は何かを探したのか、乱されていた。
 キッチンに入る。キッチンの調理器具は埃で汚れていた。床にはうっすらと埃があり、足跡がそれをぬぐっていた。
さらに所々には、ゲソを取ったのか、白い漆喰みたいなものが垂れていた。キッチンの中央には、血が流れ、人が倒れた形にチョークでマークがしてあった。
 料理はあまり得意ではなかったみたい。
 戸棚の中を見た。缶詰、コーンの瓶詰などが並んでいた。倒れていたが。コンビーフの缶が多い。好きだったのか。
 冷蔵庫は水が多い。コンビニのパックやジャムやマスタードの瓶詰などもある。
 電子レンジの上にはワインの瓶がぎっしりと横にして並んでいた。安いワインだ。
 壁の時計が割られ、止まっていた。零時五分だった。
 床には、血が流れ、鑑識が描いたチョークの人型が残っている。
 プラスチックのごみの容器があり、中には青いビニール袋がセットしてある。ごみは出したばかりなのか、ない。燃えるゴミと燃えないゴミに仕分けされていた。
 キッチンを出て、短い廊下を歩く。左手に小ぶりのバスルーム。
 洗面台は今はやりの鉢を台の上に置いた形。水道の蛇口は、古いひねる形、真鍮色。
 鏡つきの戸棚。洗面台の下にはゴミ箱がある。
 ゴミ箱はひっくりかえされて、中に入っていた、シャンプーの詰め替え袋、まるめた髪などが引き出されていた。
 何を探していたのだ?
 バスルームの先、ベッドルーム兼リビングに入った。
 机、薄型テレビ、ソファーベッド、ステレオなどが置いてあった。
 ここも、全部、引き出しの中の物がひっぱりだされていた。
 引き出しから出されて床の上に散らばっているもの。
 ボールペン、消しゴム、コンパス、はさみ、ノートなどなど。
 CDケースも沢山ある。DVDも結構たくさんある。『エヴァンゲリオン』と『ガンダム』のマニアだったらしく、DVDはそのシリーズが多い。
 リビングは厚いカーテンが半分しまっていて、影の部分は薄暗い。
 ひどいちらかりようだ。
 ベッドカバーが切り裂かれ、マットレスの中も探したのだろうか、マットレスの中身がはみ出し、スプリンがあちこち飛び出していた。
 クローゼットの中も引き出されていた。ハンガーにはいくつかの服がかかっていた。
 クローゼットの下に置いてある透明のケースがひっくり返され、冬服や下着、マフラーなどが散らかっていた。
 キャリーバッグが開かれている。キティのバッグだ。
 衿は、荒らされるのをまぬがれた引き出しをあけてみた。
 幾つかの中には、化粧道具の入った箱などがあった。あと、アクセサリーの箱もあった。
 アクセサリーは真珠と鎖の組み合わせた物が好きだったようだ。ネックレスやイヤリング、アンクレット、ブレスレットなども、それ系が多かった。
 何を探したのだろう?
 昨日、美幸が言っていた事を思い出してみた。
 ――内地で、雪人に似た歩き方の人を見て、声をかけた。でも、別人だった。でも、誰かに似ている。デジカメに撮ってある。それを見れば、思い出せそう
「デジカメを探したのだ」
 美幸が酔って寝静まった後に忍び込んで、探したのだろう。だが、気がつかれて、争って殺した。そうに違いない。
 初動捜査の情報を思いだしてみた。
 撲殺、と聞かされた。争った跡はあまりないから、すぐに片はついたのだろう。
 バスルームに戻った。洗面台の後ろを見た。ピルケースがいくつもあった。ここは荒らされていなかった。しかしデジカメを隠すようなスペースはない。
 リビングに戻った。机の上にはパソコンがあった。筺体が壊されていた。
 丸谷に電話した。
「パソコンに画像を取り込んだ可能性はないだろうか?」
「ありますねえ」
「筺体が壊されているだけだから、中身は見れるかも」
「さっそく調べてみます」
 昨日、美幸は、パソコンを調べれば、手掛かりがつかめると言ってた。
――ってことは、犯人は、昨日、監獄居酒屋にいて、その証言を聞いた人の中の誰かだ。

 一時間後、電話があった。
 パソコンに取り込んでみた形跡があった。パソコンは壊されている。復旧できることはできるが、ちょっと時間がかかるとのことだった。
 そのすぐ後、青垣明菜から電話があった。
「また雪人ちゃんからのメモがあったの。刑事を島から追い出せって。捜査から手を引かせろって。でないと、殺すって」

       9

その日の夜。
もう一度、明菜の家に行ってみた。木下の家の近くだ。半月が出ていて、まあまあ明るい。
周囲を歩くと、裏に物置があった。地下室もあるようだ。
ぼろぼろで、誰も使っていないようだ。
そこへ、男が入って行くのが見えた。白に近い金髪。右耳には、ごついピアス。鼻にも牛の花輪程度のピアス。
間違いはない明菜や美幸の友達だ。明菜の部屋の机の上に、三人で一緒に撮影した写真があった。
こんな時間に、どうして?
きょろきょろ周囲をみていて、あやしい。
美幸を殺したのも彼か? いや、昨日の晩、彼は一緒じゃなかった。彼は違うだろう。
それとも真犯人にカメラの処分を頼まれたのか? 
その途中で美幸に発見されて殺してしまったとか。
鑑識に指紋を調べてもらえば、彼氏が一連の殺人事件の犯人かどうかは判明するが、今は、そんなことを待っている時間はない。
衿も中に入った。中は、月の光がドアから入って、まあ、明るい。
懐中電灯の光が、ちらちら見える。ガサッと音がした。ヒッと息が漏れた。
皮の靴だった。脱ごうか? 最悪、足音だけは消せる。
でも、中は、板などが散乱していて、怪我をする危険性がある。
でも、厚い靴下だ。どうする。動悸が激しくなった。
意を決して、靴を脱いで、コンクリートの入り口の床に足を下ろした。
ひんやりした冷たさが、じんわりと足裏に伝わってきた。
しばし、立ち止ったまま、目が暗さに慣れるのを待った。
かすかに髪を、ひんやりした風が撫ぜて、降りてゆく。
窓でもあって、風が流れているようだ。
音を立てないように、ゆっくりと階段の最上段に、足裏を下ろした。
音はしなかった。少し勇気がでて、階段を数段下りた。
懐中電灯は、針の向こうの、サーフボードを立てて重ねてあるむこうで動いている。
思い切って、階段を下りて、机の影に身を隠した。
一息入れてから、周囲を見回した。胸がドキドキしている。
引き返して、丸山警部にメールをして、応援を頼もうかと思った。
しかし、待っている間にカメラを持って逃げてしまうかもしれない。ここにカメラが隠してあるとしてだが。
そうして始末されたらおしまいだ。
意を決して、机と壁の隙間を、音をたてないように、最新の注意を払って、進む。
さらに机の前には低いボードがあったので、そこを回り込むようにして、進む。
カタ。
しまった。何かを踏んでしまった。
一瞬、乾いた音が響いた。そして、懐中電灯の火が消えた。
衿を暗闇が迎えた。完全な暗闇とまではいかなかった。入口から月の光が入ってくる。
衿は机とボードの間でかくれているから、助かったようなものの、心臓の音が耳のすぐそばで鳴っているようだ。
逡巡していると、相手が低い声を出した。
「誰だ?」
気づかれたか?
すべての血液がふつふつとわき立ち、頭がカッカと熱くなった。
カツン。
一歩、また一歩と足音が近づく。
逃げろ!
頭の中で、誰かが叫んだ。しかし足が動かなかった。
すると、空気が動いた。暗闇を裂くように、鋭い気配が降ってきた。
咄嗟に体を丸め、横に身を投げ出した。かたい物が、頭の後ろに降ってきた。
ガギ。
激しい痛みが、背骨を貫いた。
一瞬、目の前が真の闇で覆われた。
しかし、一点の救いはあった。敵は刃物を持っていなかった。
必死に横に転がり、どうにか逃げようと考えた。
だが、逃げる前に、横にあった椅子にぶつかった。
ギシ。椅子の足が折れる。折れかけていたのだ。
体が変な方に転がった。
さらに逃れようとした。だが、バランスが崩れて、床に這いつくばってしまった。
瞬間、鼻先に、何かがあるのが見えた。見覚えのある物だ。貯金箱?
考えている暇はなかった。それを手に持って叩き割った。
中から、何かの錠剤がさらさらとこぼれ落ちる音がした。
違法薬物か、あるいは覚せい剤だ。これを隠していたのか。
「見たな」
 低い声がして、また、何かが空気を引き裂いた。
ガギ。
 今度は、背中に激痛があった。
 立ち上がりかけていた衿は、また衝撃で倒れた。それでも、激痛を我慢して声を張り上げた。
「まって。私は覚せい剤には関係ない」
 と叫んだ、つもりだったが、息にしかならなかった。
 また、棒――と思われる――物が振り下ろされて、頭を直撃した。
 衿は、咄嗟に片手を振り上げて、右手で棒を防ごうとした。
 だが、また空気を切る音がした。
 しかし、今度は、撃たれる直前に、横に転がったので、凶器が横に流れ、勢いが死んだ。
 だが、衝突の衝撃はゼロではなかった。
 骨まで痛みが走り、肩を突き抜けた。
 衿は、肩を押さえながら、今度はさっきよりかなり力を入れて叫んだ。
「違うんだ。私は、殺人課だから、殺人しか扱わないんだ。覚せい剤は無関係なんだ」
 コロンボのセリフが頭をよぎって、日本にありもしない課を口にのぼせていた。
 敵の動きが止まった。
「信じられない」
「本当だから」
「嘘だ」
 大声が響く。同時に、また鋭い痛みが首に走った。体全体が痺れた。
「だから、君の件は、見て見ぬふりができるんだ」
 今度は、脚が蹴られ、胴にタックルが入った。体飛んで、サーフボードに背中が叩きつけられた。
 衿は、それでも叫んだ。
「本当だよ。ここで見たことは、一切、しゃべらない。本当に殺人しか扱わないんだ。だから、見逃すよ。そのかわり取引しよう。それなら、信用するだろう?」
「本当に見逃すのか?」
 一瞬、空気が和らいだ。
「ああ、何か情報をくれれば、見逃す。私は、沖縄県警だし。沖縄本島の管轄なんだよ。ここへは休暇できていて、お手伝いなんだ」
「わかった。それ以上近寄るな。で、何を聞きたい?」
「ああ。それなんだけど、青垣の家のそばで、ずっと見張っていたんだろう」
「まあな。倉庫には、大事なものがあるから。よく来ていたけど。そうだな。おもに夜が多いけど」
「じゃあ、あやしい人が青垣明菜の家に出入りしなかったか? 明菜が言うには、雪人がたまに入って、メモを置いていったということなんだが。手を引けってメモだが」
「あやしい人か。雪人って奴は知らないが。明菜以外の人間ってことだな」
「ああ」
「いや。知らない。明菜以外は、見かけてないな」
「本当か?」
「嘘なんて、言わない」
「どういうことだ。明菜は嘘を言っているの? 時々来ていると言っていた」
「さあな。それより、さっさと出て行ってくれ。用事は済んだんだ」
 衿は、おいだされてしまった。衿は、外を歩きながら考えた。
明菜が嘘を言っているのか。それとも、昼の、明菜の友達がいないときに雪人(時雄)は来ていたのか? 

暫くすると、丸山から連絡があった。ハードディスクの映像が復旧できたとか。メールで送ってもらった。
雪人とキャプションがついている写真は、髪がまだ伸びていなくて、明菜に似ていた。
明菜が雪人(時雄)?
しかし明菜は女だ。性転換したか?
だが、そうすると説明はつく。茶碗には時雄以外の指紋は付いていないということだった。
あの時、明菜は台座の部分を持って運んでいた。でも前には素手で触ったこともあると言っていた。それにも関わらず時雄の指紋しか付いていないということは、明菜が雪人(時雄)。
トイレに生理用品の入れ物がないのもうなずける。
雪人が忍び込んで、メモを置いていったというのも、明菜の自作自演。
さらに、性転換したとなると、最初の二回だけ、精液の痕跡があったというのも頷ける。
さらにさらに、明菜の友達が、明菜以外は家に入っていないと証言したが、明菜が時雄(雪人)なら、頷ける。あの監獄喫茶に、明菜もいたし。

   10

こちらから明菜を呼び出そうかと思っていると、明菜からよびだしが来た。
進とハルヒを連れて、会いに行った。明菜はサンクチュアリーにいた。
「君は、時雄、別名、雪人だろう」
 薄暗い照明の下に、明菜の姿を認めると、すぐに言ってやった。
 低い声で返事があった。
「どうやら、なぞを解いてしまったようね。そう私は時雄。青垣明菜は仮の姿。ここでプログラマーをしているというのも、仮の姿。本当は研究所でiPS細胞とインターフェースの研究をしている」
「どうやら、君を逮捕しなくちゃならない時が来たようだ」
「待ちな。それをしてしまったら、君の大切なお友達は戻らないぜ」
「ミクルのことか?」
「そうだよ。どう、取引をしない? しばらく、僕につきあってくれたら、ミクルは戻してあげる。でも、僕を逮捕するのはもうちょっと先にして欲しいが」
「もうちょっとって、どれくらい?」
「そうだね。今、オーガナイザーに関して重要な論文を書いている。それを専門誌に発表するまで」
「う――ん。むずかしい問題だ。気持ちはわかるけど」
衿は譲歩するふりをした。譲歩したと思わせて、安心させて、どこかで一気に逮捕すればいい、と考えた。
「じゃあ、一応譲歩するとして、今夜は、どうするの?」
「僕の研究の成果をおみせするってのはどう?」
「うーん。わるくないけど」
「そうね。じゃあ、そう決まったところで、ミクルちゃんのようすでもお見せしましょうか」
明菜がインターフェース用のパソコンを出してミクルのチャンネルに合わせた。
衿も付きあって、鷲のミクルの様子を探ることにした。自分もヘッドギアと無線でつながっているモニターのスイッチを入れる。
 ミルクはサンクチュアリーにいるようだ。
 フクロウの声がする。ミクルの目はしばらく暗闇をさまよっていたが、やがて、一匹のチンパンジーが視界に捕えられた。
 酔っている。ホウホウと盛んに、胸を叩いて叫んでいる。
「私、トクのことも大好き」
 ミクルが叫んでいる。
 どうやら、トクと呼ばれるチンパンジーと酒盛りをしているようだ。
「キャッホー、マリー・アントワネットは今日も快調どえ――す。ポンパドール夫人は素敵でーす。女でも大好き。今、酔っぱらって、カードゲームしてまーす」
「ヒョホー。ヒャホー。サンクチュアリーは広いの。網がやぶれていて、外にでれそうなの。でも、ここがいいの。餌をもらえるし、お酒ももらえるし。餌は超高級。ウメー」
ミクルが酔っぱらって、急に空に飛び立ち、すぐさま急降下をした。人間の目の細胞を移植しているので、夜も見える。
そして、薄暗い映像の中に、双頭のチンパンジーがいきなり迫った。
「ボーノ」
 チンパンジーの脇をかすめ過ぎ、土の上を滑空する。暗いが、あちこちの建物から照明が差しているので、そんなに暗くはない。スリル満点だ。
頭の二つに分かれた馬などがいる。夜の野原は異様な雰囲気だ。
 サンクチュアリーは広い。ミクルは気ままに空中散歩している。酔っているので、多少ひょろひょろとよたってはいるが。
「折角のチャンスなので、ちょっとサンクチュアリーにいってみたいが」
「いいだろう。一人で行ってこいよ。僕はここで情報を得るから」
衿は進(チンパンジー)とハルヒ(犬)を連れて、サンクチュアリーへ行った。
「ミクルを探して来い」
 そう言って、進とハルヒサンクチュアリーに放った。
しかし、進もハルヒも、モニターの拾える範囲を超えたのか、あるいは、建物の中に入ったのか、すぐに音信不通になってしまった。

数分後。
衿は、サンクチュアリーの草原をさまよっていた。あちこちに林がある。
サンクチュアリーは相変わらず、夜行性の動物があちこちに潜んでいる。進とハルヒはどこへ行ってしまったのだろう。
 コトコトコト……
 すると、研究棟を結ぶ通路の屋根の上をチンパンジーが歩いてくる音がした。
 コトコトコト……
 微かな足音。子供のように歩幅が狭く忙しない足音。鉄の上を軽やかに走る足音。まるで無心にダンスの練習でもしているような。
 風の抵抗を全く受けないで、行きつ戻りつする足音。サンクチュアリーの通路は上に屋根がある。平板なので、チンパンジーなら、訳もなく歩けるだろう。
 誰? 何の用?
 心臓が縮み上がり、やがてだんだんと激しく鼓動を打ち始める。この通路には衿一人しかいない。
「トクー、どこへ行ったの?」
 近くで人間の声がする。昨日、ミクルを捕まえた研究員の声に似ている。
 グシュ。
 天井で音がして、照明の中に、青く燃える鋭い鉄の鋭い棒が天井の継ぎ目から差し込まれてきた。
「トク、トクなの?」
 叫んでも、だれも来ない。
 鉄の棒の先から、ぽたぽたと血が落ちている。上にいるチンパンジーは怪我をしているのか?
 衿は建物のほうへ逃げた。何とかたどり着いて、ドアを開けようと、ドアノブを掴んだ。
チンパンジーはなおも、屋根の上で鉄の棒を振り回している。
 ドアノブをなおもしつこく動かしながら、暗いが、建物の中からの明かりで、妙に視界が利く周囲を眺めた。
トクの手が持つ鉄の棒が自由に動き、血がぽたぽたと落ちている。
 天井の上ではなおも、トクが鉄の棒を持って、天井の板を叩いている。
「止めて。私に悪意はないんだ。だから、話し合おう」
 わけのわからない恐怖におののきながら、天井を見上げ、まだあきらめずにドアノブを動かす。
 ギシッギッシッギッシ、グシュ。
「ホッヘッヘ」
 トクの声がした。
「何なのさ? 降りておいで。話し合おうよ」
 ヘッドギアを装着しているのなら、理解できると思い、語りかけると、天井の端からニュッと顔が覗いた。じっと興味深そうに、あるいは意地悪そうに下を見つめている。
確かに頭にはヘッドギア。こいつはトクなのに、モニターが反応しない。もっとも周波数が違うのなら、当然だが。
 コト、コトコト……
 天井の足音が再開すると、トクは首をさらに深く下ろしながら光りつつ変化する瞳を投げおろしてくる。それから、ゆっくりと視線をはずし、また天井の上に頭を引きぬいた。
「判った。話し合えるから、降りてきて」
 衿は屋根上の物体に向かって叫んだ。トクがまた顔を覗かせ、腕を振り回し、怒りとも興奮ともつかない視線を送ってきた。
その顔は明らかに、麻薬で戦闘敵な色に染まっている。きっと、こんな所に閉じ込められていたらおかしくなってしまうから、麻薬で気を紛らわしているのだろう。
「君の気持は、ぜ――んぶ、わかったから」
 挑戦的に叫ぶと、トクが鉄の棒で、天井を激しく叩いた。
 また闇が支配してきた。照明の中、所々に不自然なくらい鮮やかな細かい血の球が舞っている。蛍光を発して輝いているように見える。天井の足音は陰を潜めた。
 代わって、潜めた笑いが屋根の窓を伝播してゆく。
 クククク……
 そして、いきなり、トクが天井から飛び降りて、鉄の棒を振りかざして襲ってきた。
 その時。
キュー―。
 なにか、飛ぶものが襲来して、トクを襲った。
「ヒュ――ルルル〈やったぜ〉」
 鷲のミクルだった。飛んできて、トクの目をつついて撃退してくれたのだ。
「ワヒヒヒヒヒ〈俺もやるぜ――〉」
 地上からは、進とハルヒも襲いかかっていた。
 トクは、三匹に攻撃され、一目散に逃げていった。
衿は大きく息をついた。
それにしても、進とハルヒは、あまり役にたたない。ミクルの攻撃がなければ、そのまま闇の中に隠れていたに違いない。

三匹を連れて、サンクチュアリーの入口まで戻った。
すると。
「僕、やっぱり、君のことは信用できないな」
明菜(時雄)が銃を構えて立っていた。そして、ニッと片方の唇だけで笑うと、引き金を引いた。
「何故?」
呟く間もなく、明菜(時雄)の放った銃弾が衿の頭を直撃した。
銃撃の光が見え、数瞬遅れて、激痛が襲った。
血がしぶいて、脳漿も飛び散って、衿の意識が途切れた。衿は死んだ。

   11

「時雄さん。起きてますか?」
暗闇の外から声がした。暗闇の向こうから光が差し込んでいた。マンガで言うなら、ページの端がめくれる感じだ。
時雄は目を覚ました。周囲がぼんやりと明るくなった。その中に、何人かの男たちがいた。
「どうなったんだ?」
 時雄はずきずきする頭をふりながら、上半身を起こした。
「はい。今、御説明します」
ラーと染め抜いた戦闘服を着た男が言った。確か、前に会ったことがある。名前は、明人と言ったはずだ。もっともその時は、時雄は衿の人格に染まっていたが。
「実は、時雄さんが操縦して飛行機が落ちた所から、衿さんが撃ち殺された所までは、時雄さん、つまり、衿さんでもありますが、その人の頭の中の戦いなんです。時雄さんは、多重人格でしたから」
「そうか。夢みたいなものなんだな。衿は、僕の頭の中の一つの人格だったんだ」
「はい。正確には、現実の夢。私たちが、ポジトロン・コンピュータを操作してわざとみさせた夢なのですが」
 時雄は自分の頭に手を持っていった。そこにはゴツい、ヘッドギアがかぶせられていた。
そして、ヘッドギアからは無数の細い線が延びて、向こうのコンピューターにつながっていた。
「そうか。夢を操作されていたのか」
「そうです。そして、最終的に時雄さんの人格に統一できるように、電子的に刺激を与えて誘導したのです。ラーは金持ちなもんですから、どんな機械でもそろえてあるんです」
「じゃあ、今は、『殺戮中』と言うゲームの最中。今さっきまでのは、僕の頭の中の第一人格と第二人格との戦い?」
「はい。時雄さんの人格に出て来てもらわないと、一億円を隠した場所が分からないものですから。衿さんは、従属的な人格で、時雄さんの行動は知りえませんから」
「そういうことか」
「では、一億円を隠した場所を、白状願いましょう。昨日は、衿さんを拷問しても、白状できませんでしたが、今度は、白状できるでしょう。では」
明人と名乗る男は、一つだけ残る眼球をえぐる真似をした。

(続く)