殺戮中8回目


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粗筋。
第一章。佐渡で『殺戮中』というゲームが行われている。これは、5日間戦って、一億円を手に入れれば、それが自分のものになるというもの。現在、衿が、ラーの三人を殺して、どこかへ隠した。だが、別な人格が隠したので、拷問しても、わからない。そこで、明人は、ある秘策があるという。一方、さやかは、巨大コンツェルンの御曹司の澪也を仲間に引きずり込み、セレブの兄に、10億円をかりさせる。それは、セレブたちが、誰が生き残るかに、賭けた賭け金である。
第二章。第三章。衿の過去、あるいは別次元。
連続殺人犯の時雄は、昔、小型機を墜落させたのがトラウマになっていて、被害者の眼球をえぐるを繰り返している。現在までに3人を殺した。しかし、名前を変え、整形手術をしているので、現在の顔がわからない。だが、指紋と関係者の証言から、青垣明菜であると判明。で、その明菜から衿に呼び出しがくる。そして、明菜と戦って、衿は銃撃されて死ぬ。でも、衿は死なない。

  第四章

    1

「いいか、通信アンテナは、DMC・120システム、衛星通信システムを使う。これは別名、SATCOシステムと呼ばれる」
「ラジャ」
 脚本家の説明に軍事お宅の澪也が答える。
「これは、80年代後半から、アメリカ軍の特殊部隊が使ったものだ。スペクトラム拡散方式の暗号変換機を組み合わせている」
「それも持っている。自由になる金で、軍事の放出物資を買いあさった甲斐があったぜ」
「じゃあ、そろそろ、セレブたちを喜ばせるデモンストレーションに入ってくれ」
「ラジャ。派手に行くぜ」
 澪也は病院の敷地に、部下十人を引き連れて、ヘリをスタンバイさせていた。
 これから、『ゲーム』三日目の何時間かをつぶすための、ショウが始まる。
 澪也は自衛隊から買い込んだ、UH・1ヘリのエンジンをかけた。
 横には、『澪也付きのカメラマン』と部下が一人乗りこんでいる。
 エンジンが始動した。ヘリの胴体がゆれて、振動が体を突き抜けてくる。
 コレクティブ・スティックを引き揚げた。ローターの回転が上がる。強風が立った。
 さらに操縦幹を操作して、機体を上昇させる。
 さやかが走ってきた。強風でなかなか近付けないが、腰をかがめて、徐々に近づく。
後ろには『さやか付きのカメラマン』。
二人のカメラマンの映像は、編集室に送られ、スイッチャーが操作して、編集された映像は、セレブ室のモニターに送られている。
 その時、ヘリの防弾ガラスに銃弾が炸烈して、鋭い音をたてて、罅が入った。
「ゆくな。ここで勝負だ」
 さやかが叫んだ。銃を撃ったのはさやかだった。
 脚本家の書いた本では、ここで二人が戦いをする予定なのである。もちろん、本番の戦いではないので、銃は、互いを直撃しないように発射することになっている。
 澪也は安全ベルトを外した。
 ブレードを水平にし、ローターはまわし、いつでも飛びたてる状態にした。そして、ヘリから降りた。
 澪也とさやかは、走って、風が及ばないところまで行った。そのまま相対峙した。『さやか付きのカメラマン』が二人にぶつかりそうなほど接近して撮影している。
「お前には一億は渡さない」
「いいえ、一億は、私がもらうわ」
 昨晩、時雄(衿)が、明人に拷問されそうになり、一億は、鴇観光センターの近くに隠されていると判明したのだ。
「そうか。じゃあ、ここで決着をつけるしかないな」
「望むところよ」
 ふたりは、両手を組んだまま、もみ合いになった。
 澪也が手で振り払う。さやかの顎に強烈な掌底打ちが炸烈した。
 さやかが悲鳴を上げて、思わず手を放した。
 その隙に澪也がヘリに駆け込み、部下がコレクティブ・スティックを引き揚げた。
 一気にローターの回転が上がった。
 竜巻並みの旋風が巻き起こった。ヘリが前のめりになりつつ発進した。
機体が地上から五十センチほど浮き上がった。
「待て―」
 さやかも立ち上がり、風を潜るようにして、ヘリの脇の棒に捕まった。
 だが、その棒は、けっこう太くて、掴みにくかった。
 ヘリの上昇につれ、さやかの体がズルッと落ちかける。
 ローターが急回転して、ヘリは不安定に上昇しかけた。
「さやか、降りろ――」
 風の中で、後ろから声がした。明人だった。
 澪也は操縦しながら、不審感に眉をゆがめている。
――何故だ?
明人はここの場面では登場しないはずだった。
――まさか、本当に銃を持っているし、撃つように言われているのではなかろうか?
澪也は一瞬いぶかった。脚本家とディレクターは何をやらかすか、読み取れない部分がある。セレブたちを喜ばすため、あるいは、面白い場面を作るためなら、ゲーマーを殺すことなんか、何とも思っていないのではないか? 二人が信じられなくなった。
「だが、俺には、部下が十人もいるし。それに今日を含め、残り三日間もたせるためには、ここで殺しあいをしちまうのは、早すぎるよな」
澪也は自分に言い聞かせた。
 明人は、唾を飛ばして、叫んでいる。
 さやかは手に力を込め、反動をつけて、中に潜り込もうとしている。
「さやか――。来るな――」
 澪也が叫びながら、振り向き、操縦席の傍にあった、物を投げつけた。
それは、金属質の音を立てて、さやかの手に当たって、跳ね返った。
 銃だった。
 さやかは一瞬、顔をしかめたが、握った手は、絶対に離さない。
 嵐に遭遇した状態のヘリは、左右に激しく揺れて、上昇できない状態だった。
「降りろ――」
 澪也はカナ切り声で叫び、部下も、ヘリのテールを左右に動かして、さやかを振り落とそうとした。
 さやかは、渾身の力を込めて、なおもしがみつく。
 ギシュ。
 その時、小さく湿った音がした。棒を掴むさやかの手から血しぶきが飛んだ。
 さやかが鋭い悲鳴をあげた。そして、皮膚の避ける痛みに、顔をゆがめた。
 手に当たったのは、銃弾だった。
 澪也は発射された方向を向いた。
 銃を握っている明人がいた。にやついた顔で、頭を少し傾けていた。
−−あいつは殺す気かも。面白くするためには、なんでもする奴だ。
 澪也はヘリのスティックを握り返した。
 身の危険を感じたさやかが棒を放した。
「OK.ここでは、ここまで」
 脚本家の声がインカムからした。
「では、次は、上空での戦い。澪也とさやか。さやかは、明人を振り払って乗り込んだ、という設定だ。そして、最後は、二人ともヘリから飛び降りる。二人ともパラシュート降下の練習はしているから、大丈夫だろうが。カメラマンが一緒。もちろん、パラシュート付き。それから、その場面の最後は、ヘリが墜落して、派手に燃え上がるシーン。カメラマンはパラシュート操縦に長けたものを採用するから。じゃあ、もろもろよろしく」

    2

――同じ頃。セレブ室。
モニターではさやかと澪也の戦いを繰り返して映し出していた。
「おお、いよいよ始まりましたですねえ」
 セレブBがセレブCに話しかけた。
「澪也って、ヘリを全部、自費で持ち込んでいるんだって。佐渡のコンツエルンの跡継なんだってさ」
「いいねえ。軍事オタクは。スケールが違うねえ」
「ところで、最近どうですか?」
「そうでんなあ。うちは、酒造メーカーを手広くやっちょりますが、あの震災以来、苦戦してまんなあ」
「うちもですわ。うちはアパレルですが、高級品がとんとダメですわ。この殺しあいだけが日ごろのうっぷんを晴らす機会ですわ。ザコがザクザクと殺されるのは、ほんとにスカッとしますわ」
 セレブたちはルーレットをしながら、あるいは、寝ころんでツイッターなどをしながら、てんでに、雑談をしていた。
 部屋の隅で、さやかの兄の雄太だけは少し違った。
「さやか、明人にだけは、気を付けろ」
 呟いて、ひやひやしながら、画面を見ていた。
 実は、独自の情報網を使って得た情報によると、明人は生粋のラーの戦闘部隊の長だということであった。この情報網の中には、元ラーの人間もいたし、元警察官で、ラーに潜入捜査をした人間もいた。そういう人たちが、金で証言をしたのである。信じられる情報であった。

     3

――同日。午後。
 時雄(衿)は逃げていた。なぜかと言うと、ディレクターさんにそう指示されたからだ。
 後ろからカメラマンが、はあはあ息をしながら追いかけてくる。
 商店街があって、共同放送が流れていた。「お蕎麦はXXで」などなど。
 ひなびたレストラン、ドラッグストアー、ヘアーサロン、ラーメン屋、ビデオのレンタル屋、箒などを売っている荒物屋、などなど、雑多な店の並ぶ駅前通りを抜け、さらに、農地とも荒地ともつかない場所を百メートルほど行くと、佐渡病院があった。
 広い敷地。レンガの低い壁が横に広がっている。塀は横に一キロほどもあるだろうか。
 道はそこで左右に分かれ、一段と細い道になる。道の向こうは、まだらな民家が続き、古い住宅地になる。その先は、畑か?
 塀の内側に、太い広葉樹が植わっている。
 広い前庭がある。浅い大きい池、池の向こうには低い横長の滝があって、ちょろちょろと水が流れ落ちている。
 冬の淡い陽にきらきらと反射している。池の中には鴨、亀、錦鯉などがゆったりと泳いでいる。
 中央の道の右側には芝生が広がり、その周囲を銀杏の並木が連なり、入院患者がコートを着て散歩をしている。車を駐車場に入れた。
 五分以上歩くと入口につく。八階だてで、白とグレーを基調としたタイル貼りの建物だが。横に長い。
時雄は病院に逃げ込んだ。後ろからは、『ラーD』が追いかけて来ていた。
ラーのAとBとCは衿に殺されたのだ。明人は見えない。
 玄関では、さやかが招いていた。
 時雄と彼のカメラマンが玄関に逃げ込んだ所で、さやかが外に向けて、ズキュっと銃を放った。
『ラーD』がグエっとのけぞって、倒れた。多分死んだ。ゲーマーたちは、恐怖を消すために麻薬を打たれたので、人を撃つことに全然抵抗がない。
『時雄付きのスイーパー』と『『ラーD』付きのスイーパー』が、即座に、『ラーD』の死体をバンの中へかたずける。スイーパー二人は、そのまま外でスタンバイするようだ。
「ここで、病院らしさを出すために、急患の映像を入れる。次にキューを出すまで、スタンバイ」
 インカムから、ディレクターの声がした。
 二人は、手持ちの小型モニターを見た。
 VTRが始まった。
 病院の内部の映像が流れた。
 
ここでまたキューが入った。
「では、演技続行。『さやか付きのカメラマン』の映像にスイッチする」
 すかさず、さやかが時雄(衿)の肩をたたいた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫。ありがと」
「どうやら、ラーの連中は追いかけるのをあきらめたみたいね」
「らしいね」
 さやかが、また、親しげに肩をたたいた。
「ところで、私はあなたの味方。五日間が終わったら、一億は、二人で分けましょう。それまでは、かばってあげる」
「ちょっと待った。僕が、ある場所に一億を隠したのを、誰から聞いた?」
「ああ、もう、完全に時雄の人格になってしまったのね。外見がまだ衿だから、ちょっと、信じがたいけど。ええと、ご質問に関しては、ラーの明人が喋った。あなたは残った目玉をくりぬかれそうになって、白状した後は失神していたようだけど。で、隠し場所は、全員、鴇観光センターの近くと知っている」
「そうか。喋ってしまったのか」
「とりあえず、八階へいこうか。ディレクターさんの指示だから」とさやか。
「ラジャ」
ここで、二人の手持ちの小型パソコンの画面が再度VTRに代わった。

 別の声でナレーション。
「病院の広い受付には、患者が多い。古く暗いが、あちこちに花が活けてある。佐渡の西のはずれで、どこにこんなに人がいるんだと思うくらい、患者が多い。外来を抜けて、病院の奥深くへ潜入する。病院の見取り図は、病院の出している小冊子を見て、頭に叩き込んだ。今いるのは、一階の救急病棟の近くだ。二階以上が病棟だ。病院の壁はひびが入り、天井は天板がはまった形式なのだが、ところどころ落ちかけている。それに薄暗い」
 また別の声のナレーション。
「ナースステーションの近くで、腰かけて、看護師たちの会話をかなり長い間、聞いてみた。その結果、この病院には研究病棟が併設されているのを聞きこんだ。そっちに潜入することにした。その他にも面白い話を聞きこんだ。病院の食堂でのことだった。大きい水槽があり、熱帯魚やアロワナが泳いでいて、居心地のいい食堂だった。二人の老婦人が話していた。一人が言う」
「私、アルツハイマーが手術で治ったの」
「嘘。本当?」
「うん。最近どうしても、ものの名前が覚えられないし、火はつけっぱなしのまま忘れるし、どうしようもなくて、先生に相談したら、海馬を移植すればある程度は治りますよって言われて、手術をしたの」
「で、治ったの?」
「そう。ある程度はね。でも、どうやら、人間からではなくて、動物からの移植だったらしいの」
「へえ。医学は進歩しているのね」
ここでVTRは途切れた。

  4

 セレブ室の横にある編集室。
「そろそろ本格的に僕の出番だね」
と脚本家。
「そうだな。とにかく、残り三日間、セレブを飽きさせないで過ごさせないとな」
 とディレクター。
「おーい、戦闘マニアはスタンバイいいか?」
 ディレクターがインカムに呼びかけた。
「ラジャ」
 一つのカメラの向こうから、澪也の声がして、ヘリが舞い上がる音がした。
 しかし、なかなかスムーズに舞い上がらない。
「どうしたんだ?」
 脚本家が問いかけると、澪也の返事があった。
「変だ。エンジンに細工がされている。五メートル以上舞いあがれない」
 その時だった。ズガーンという音がして、近くの物置が爆発した。
ヘリが墜落しそうに大きく振られた。
「逃げろ」
 澪也が叫んで、飛び降りる映像が送られてきた。続いて、カメラマンも飛び降りる。
ヘリは三メートルまで下降していた。
「誰の仕業だ?」
怒鳴る脚本家の声に対し、一つのカメラから明人の映像がほほ笑みかけてきた。
「僕だよ。ほんの、御挨拶代わり」
「あの馬鹿、スタンドプレーをやめさせろ」
なんとか、地上に着地した澪也が叫んでいる。『明人付きのカメラマン』が捕えた映像だ。『澪也付きのカメラマン』は失神している。
「それじゃあ、僕は他の仕事があるから」
明人が手を振りながら、走って去っていった。
「ところで、他のラーの奴らがいないが、どうした?」
ディレクターが脚本家に問いかけた。
「さあ、連絡がつきませんが」
「何?」
「カメラマンたちを眠らせて、隠密行動に走ったような」
「あの馬鹿ども。探せ―。ラーの奴らを探せ。それから、明人も大至急追跡しろー」
 
   5

――病院八階。食堂。
八階は食堂になっているが、今日は机と椅子が脇によせられて、入院患者の誕生日パーティが開かれていた。
 さやかと時雄は中に紛れ込んだ。そこへ手品の品を持った一団が入ってきた。
「こんばんわ。これからクリスマス・パーティに出るのですが」
 オペラ座の怪人の扮装をした男が声をかけてきた。
 後ろにはマスカレードのお面をつけたり、ピエロに扮装をしている十五人ほどの男たちがいる。マントを肩にかけている者、コートの者など色々だ。
 その男は、すかさずステッキを持ち上げて、ぱっと四色の花を咲かせた。オペラ座の怪人の白いマスクの下に、薄い酷薄そうな唇が見えていた。
 
 数分もして、ランダバの音楽が途切れると、突然、一発の銃声が響いた。
「静かに。私の名はジークフリートだ。我々は『木曜クラブ』だ。これは遊びではない。今後は我々の命令に従ってもらいたい」
 低いがよく通る男の声が、食堂に響きわたった。深い森の中の湖を渡るような声だった。
 オペラ座の怪人の仮面の下には、薄い唇が見える。
「我々の命令に従わなければ、生きて地上に戻る保障はない」
 食堂の端のイスに腰掛けていた時人は、中腰になりかけて、また椅子に腰を下ろした。
 仮装して踊っている人もいるし、踊りつかれて椅子に腰掛け、鬘をはずしている人もいる。全部を合わせれば三十人くらいになるだろうか。
 声のしたほうに眼を転じると、エレベーターの前に、十人ほどのマジシャンや、オペラ座の怪人姿や、ピエロ姿の男たちが、マシンガンを持って並んでいた。
 患者たちの間にざわめきが広がった。
「これから日本政府に対する要求など、色々とやらねばならないことがある。時間がかかるし、暖房も落とす予定なので、人質の皆さんは、受付からコート受け取って真ん中に集まるように。これはテロ行為だ」
 ジークフリートと名乗った男の声には威嚇の色が混じっていた。
「人質ってなーに?」
 小学校高学年くらいの子供が母親に語りかけた。
「しー、静かに」
 母親が子供の口を塞いだ。
 テロの首謀者と思われる男がその会話を訊き付けて、近寄った。
「日本政府が要求をのむまで、ここに閉じ込められるということだよ。おぼっちゃん」
 男は、カツカツと良く響く靴音を立てて――軍用のブーツだろうか――小さく円を描きつつ歩きまわった。
「くりかえすが、皆さんは、ここで数時間、じっと我慢をしてもらう。多少不自由だがしょうがない。さあ、何も質問せずにコートを受け取って真ん中に集まってくれ」
 自称ジークフリートは、よどみなく喋った。
 何人かが、ざわめきつつも、受付に向かって歩き出した。

 しばらくすると、五人ほどの人質が、厨房から移動させられてきた。コックと病院の従業員だった。皆コートを着ていた。
後ろには髭の男がついていたが、人質を置くと、今度は下に下がっていった。病室などを制圧に行くのだろう。
 中央に集められた人質たちは、まだ現実感がない。
「本当にテロリストかしら?」
「どうだろう。平和な日本でテロなんてあるか? ボスは鼻が高くてアラブかドイツ系みたいだけど、要求を言ってないから分からないし」 
 若い男女がひそひそ声で話しあっている。 
 時雄は、コートを着て中央に座りながら、何とか脱出する方法を探し始めた。 
 食堂の四隅では、非常階段の扉を溶接している人間がいた。非常階段は二隅にあるが、どこも扉でふさがれており、一箇所だけは移動のために溶接されずにいた。
 テロリストは、利用できる非常階段の脇に机を置いて、真ん中にブービートラップ(糸)をはり、トラップの両脇を、机の脚に軽く回し、両脇に置いた手榴弾のピンに縛り付けた。
 縦置き式の懐中電灯を所々に置いた。周囲が明るくなった。部屋の中も少し明るくなった。
 人質は真ん中に固まって座らされた。
 テロリストの何人かが手分けをして、ロビーへ出て、上下の階段へブービートラップを張った。それからエレベーターの前にもブービートラップを張った。これで、特殊部隊か機動隊が普通の階段を上ってくるのも不可能になった。

     6

 ――数分後。同じく食堂。
 ジークフリートのケータイには、次々と連絡が入っていた。
「電気系統をつかさどる部屋で、必要な部屋以外の電源を切りました。暗視装置を装着し、五階以上の階段に監視ビデオと爆弾とブービー・トラップを仕掛けました。監視ビデオは赤外線のCCDカメラです。階段と廊下をカバーさせました」
 無線を使っているので、時人にもよく聞こえた。
「OK」
 別のテロリストからは次のような報告が入った。
「屋上からの侵入に備え、最上階に監視ビデオを設置しました。八階にパソコンを置き、そこへ無線で各監視ビデオの映像を集めました。十台のパソコンで一階と屋上からの移動は管理できます」
 ――人質が逃げた時のためだろうか。
 一方、別働隊がいたようで、保守作業をしている人間を数名、人質にとってきていた。普通の階段で降りてきたようだ。作業員は、すぐに他の人質と同じ場所に置かれた。
 ここまでの報告を聞き、ジークフリートが、一本の容器を前に出しながら、低い声で人質たちに告げた。
「日本政府に要求する。ここにマラリア蚊の入った容器がある。これを空中散布されたくなかったら、百億円を出せ。要求相手は国だ。三時間後には指定口座を教えるんで、それまでに用意せよ。以上が日本政府に対する要求だ」
 そこで、男は、全員に語りかけた。
「我々は、自分たちでテレビ局などに要求をつきつけることはしない。今の要求をマスコミに伝えるのは君たちだ。そのために君たちのケータイを取り上げなかった。よって、すぐにそれぞれマスコミの電話番号などを調べ、助けを呼べ。親族に助けを求めてもいい。すぐにかかれ」
 男は天井に向けて銃を一発発射した。
 それを合図に人質それぞれがケータイをバッグなどから出し、次々にかけはじめた。
 警察に助けを求める者、テレビ局の電話番号を調べる者、家族に助けを求める者、はては、恋しい人に愛を打ち明ける者など、八階は騒然となった。
 中にはテロリストと一緒に写メを撮って、それをテレビ局の知り合いに送りつけている者もいる。まあテロリストは覆面をしているから、犯人の特定には至らないが。
 だが、いくら、人質たちが声をからして、テロに巻き込まれたと叫んでも、すぐに信じる人間はいないようだった。
 テロリストたちは、全員、仮面をつけているし、声を聞かれても構わないと思っているところから、生粋の右翼か左翼に思われる。
「おい、そこの。二人のカメラマン。ビデオを持っている。お前たちだ」
テロリストの一人が、『さやか付きのカメラマン』と『時雄付きのカメラマン』をさした。
「お前たちは外にでろ。そして、こちらが要求をだすまで、スタンバイしてろ」
 二人のカメラマンは顔を見合わせた。しかし、銃をつきつけられて、仕方なく、要求に従った。

    7

――数分後。八階。食堂。
 一時的な興奮が一段落した後。首謀者の男が、一人の男に命じた。
「アルベリヒ。一段落したようだから、全員のケータイをこの袋に集めるように」
「アイアイサー」
 アルベリヒと呼ばれた線の細い男が袋を出して、人質のケータイを受け入れる用意をした。北欧との混血だろうか、覆面の下からのぞいている首の部分の肌の色が抜けるように白く、鼻も高いようだ。
 ゴブリンみたいなお面を被っているし、背は低いし、リュックの上にマントを羽織っているから、ノートルダムのせむし男みたいだ。
年齢はまだ若いみたいだ。銃を持ちなれていないのか、手がかすかにふるえている。
「皆さん。第一次の段階は過ぎたので、ケータイを没収します。我々の写真を取られると困るからです。ちょっとした時に仮面を外すこともあるでしょう。そんな時に隙をみて撮られる危険性がありますから。すみやかにこの中に入れてください」
 ジークフリートが大きい声を出した。人質の一人が恐る恐る質問をした。
「あのう、後で返してくれるのでしょうか?」
 まだ二十代の男だった。髪を金色に染めている。
 ジークフリートはしばらくその男を眺めていたが、低い声で告げた。
「皆さんが、逆らわず、じっとしていてくれれば、開放するときに返します。だが、命令に逆らうと、没収することになる。いや、ケータイばかりではない。皆さんの命もいただくことになるかもしれない。そうと分かったら、さあ、早く命令に従ってもらいたい」
 ジークフリートはアルベリヒの袋を指し、アルベリヒは袋を持って、人質たちの間を歩き始めた。
 人質たちが、躊躇しながら自分のケータイを袋の中にいれ始める。
 アルベリヒが、時雄の前を通過した。
 時雄にも袋を向けたが、時雄は、持ってないと言った。
 だが、男が通過したすぐ後に、時雄のポケットの中でケータイが唸りをあげた。
 マナーにしてあったから、響かないと思ったが、予想外に大きい唸り声だった。全員の視線が時雄に集まった。
 アルベリヒとジークフリートの足音が近付いてきた。
 時雄は震えながら、ジークフリートの鼻梁の細い顔を見返していた。
 ジークフリートが黙って手を出した。マナーは鳴り響いている。背筋を冷たい汗が落ちた。
 時雄は、慌ててポケットからケータイを出して彼に渡した。
 男は受け取ると、無表情でそれを二つに折った。マナーの唸りが止んだ。
「忘れるところだった。ケータイはスイッチを切って入れてくれ。そうでないと、警察との交渉中に着メロが鳴ったんじゃ、煩くてしょうがない」
 ジークフリートは怒りを押し殺した低い声ではあるが、全員に聞こえるように言った。 
 アルベリヒがまた歩きだした。さっき入れたケータイは一旦だして、スイッチを切って入れなおした。
 しばらく歩いて、全員の間を回った。
「これで全員かな?」
 返事はなかった。
 だが、一人のテロリスト――頬まで髭面の男だ――が黙って、若い男に銃を向けた。三十歳くらいの男だ。その男は、さっきの仮面舞踏会のままの衣装で、ふくろうみたいな上半分のお面をかぶり、執事みたいな服を着ている。
 人質の男は震えながら手を振った。
 髭面は黙ってその男に近付き、おしりのポケットに触った。
 ヒッと男が小さい声をあげて、慌ててジーパンのポケットからケータイを出して、床に投げ捨てた。
 髭面は黙ってケータイを踏みつけ、そのまま止まらずに歩いて、男に近付き、すくみあがっている男を殴った。
 男が悲鳴をあげて、床に倒れこんだ。
「分かったか。ケータイを隠していると、次は容赦なく撃つからな」
 髭面が銃の先を人質たちに向けた。
 三、四人が慌ててケータイを袋に入れた。
 時雄は自分の体が小刻みに震えているのを感じた。
 恐怖ではない。頭の中の世界では、各地の紛争地域を歩いてきたし、銃弾の飛び交う中も潜り抜けたので、もっと怖い場面にも遭遇していた。
 それに比べると大人しいものだったが、じわじわと首を締め付けられるような静かな不快感がわいてきていた。
 エアコンは止められたようで、寒さが襲ってきた。さっきまでは暑いくらいだったのに。
 やがて照明が消えた。懐中電灯はあるし、周囲のネオンなどの明るさもあるし、非常灯もあるから、それほど暗くはない。

「この中で、ニコニコ動画にアップできる人間はおるか?」
 しばしの静寂の後、ジークフリートが訊いた。
「できます。eモバイルパソコンも持っています」
 一人の女性が声をあげた。キャバ嬢みたいに髪を高く結った女だった。十代後半か。
 eモバイルとは、どこでも無線ランともいうべきものだ。ルーターがなくても、インターネットができる。
「では、ここに私のデジカメがある。私がこれから要求を述べる。これで我々を撮影し、その映像を君のパソコンに転送し、ニコニコ動画にアップしてほしい」
 ジークフリートは女にケータイを渡した。
「わ、分かりました」
 女がケータイのスイッチを入れ、動画モードにし、ジークフリートに向けた。
 ジークフリートが要求を書いた紙をデジカメの前にかざした。
『我々はアフガンの完全独立を支援する者である。日本政府に要求する。三時間以内に百億円を用意せよ。そうでなければ、人質の命は保障しない。マラリア蚊を放出する用意もある。では、三時間後にまた連絡する。以上』と書いてあった。
 男がゆっくりと要求を書いた文字を懐中電灯で照らしてデジカメをボードの前で移動させ、最後に自分の姿を映し出すと、筋盛り髪の女はそれをパソコンに取り込み、ニコニコ動画にアップした。
「ついでに、ここに私のケータイがある。それで一一〇番せよ。テロ発生の件を告げ、君がアップしたニコニコ動画のアドレスも教えてあげろ」
 ジークフリートが自分のケータイを指した。
 女が警察に連絡すると、ジークフリートはケータイを取り戻し、ついでにパソコンも、預かると言って取り上げた。  

 
(続く)