『密室妊娠』


 ①
「叔父さん大変です。私、妊娠しちゃったかもしれないんです」
 深夜の零時。
 私(里美)はハンサムでお気に入りの雷太叔父さんに携帯を入れていた。
「何だ、こんな時間に、またとんでもない相談だなあ。君はまだ十五歳だろう」
 携帯の向こうで、当直中の叔父さんは、眠そうにあくびをした。
 そう。私はまだ中学生。勉強が嫌いで、不良仲間に入り、タバコをすって担任と喧嘩をして殴り倒してしまい、今はドロップアウトして瀬戸内海の小島に来ている。
「ええ。そうなんです。まだ正式に男子と抱き合ったこともないのに。ひどいです。死にたいです」
 多少の甘え声を鼻にかけて、送話口に囁きかけた。
「ま、待て。まだ、その、君は、男性経験はないということだな。君の言葉から察すると」
 叔父さんは私の素行を知っているから、信じていない声で返した。
 雷太叔父さんは岡山県の中規模病院で内科部長をしている。私の父が院長をしている。父のおかげで内科部長になった。どんな無理を言っても相談に乗ってくれる。


「ええ。自分からは、というか、合意の上では」
 私は途切れがちに答える。十五歳で酒もタバコもハッシッシもやったけど、男性経験はない。本当なんだから、誰がなんと言おうと。
「ま。待て。想像妊娠ってこともないんだな?」 
「ありえません。それだったら、どれくらい気が楽か。今も信じられないんです。本当に。今朝起きて急に気持ち悪くなって、おなかが膨れているような気がして、想像妊娠に違いないって思って、でも、心配だから、診療所の看護婦さんに妊娠検査用紙をもらって、検査したら」
「陽性だったってことか」
 叔父さんが、注意深く言葉を選んだ。
「そうなんです。でも、私、そういう行為を行った記憶はないんです。それに昨日までは全然気持ちわるくなかったんです。だから、昨日の夜、お酒を飲んで意識が朦朧とした状態の時にされたとしか思えないんです」
 ここぞとばかりに、無実を主張する。
「待て。待て。ちょっと落ち着け。で、その、何だ? 襲われたのか?」
 あんまり女子中学生に接する機会のない叔父さんは、口ごもったので、私はずばりと言ってやった。


「違うと思うの。多分やさしく、そっと。でも、やることはやったんじゃないかと」
 自信を持って言い切ると、叔父さんはしばし口を閉ざしていた。だがいくら考えても他の可能性がないと悟ると、漸く同意の声をだした。
「良く分からないが、問題はこれからだなあ。院長先生の大切なお嬢様だしなあ。君が早急に処置したいというのなら、産婦人科の先生に話を通すが」
 叔父さんは、問題解決ではなく、実践的なほうへ話を向けた。怒りが私を見舞った。
「あのですねえ、そういうことではないんです。私は、犯人を暴きたいんです。でなければ、また同じ被害にあう可能性もあるわけでしょう」
「それはまあ、そうだが。その前に里美君がそんな離れ小島から脱出してしまえば」
 震える声で抗議する私に、叔父さんはまたも回避的な方向を提示した。
「嫌です。私はこの島が好きなんです。風光明媚で、私の神経症の治療には最適なんです。ここに来て悪夢だって見なくなったし、人格解離だって起こらなくなったし」
 力を込めて抗議した。本当は神経症じゃないんだけど、父に無理に診断書を書かせたのだ。
「わかった。じゃあ、婦人科の医者を差し向けた後、君は犯人探しに集中すると」
「いやです。叔父さんでなけりゃ。私、寂しくて。叔父さんに会いたいの。夢で毎晩、叔父さんの夢を見るの。今すぐに小型機で飛んできて」
 鉄面皮の相手に懇願の声を上げる。
「ま、待ってくれ。君にそれだけ思い込まれたら、感激なんだけど、申し訳ないが、仕事が忙しくて」
 弱腰の大人は逃げ腰になった。
「ひどい。私のお願いが聞けないんですね。わかりました、父に電話して、お願いしても叔父さんは冷たく突っ放したと言ってやります」
 堪忍袋の緒が切れたふりをして怒りの声を発してやった。
「ま、待ってくれ。それだけは待ってくれ。わかった。じゃあ、こうしよう。私が行くことはできないが、相談にだけは乗ろう。君が捜査して、その結果を聞こう。その上で、俺が行く必要を感じたら、すぐに行こう。少し先になるかもしれないが、取るものも取りあえず、飛んでゆこう」
 叔父さんは意味的に整合していない文章を吐いた。かなり焦っている。
「いいえ、話を聞いたら、すぐに飛んできたくなると思います」
「なぜ?」
「なぜならば、『密室殺人』ならぬ、『密室妊娠』だからです」
「ええと。待ってくれ。『密室妊娠』ということは、普通だとは思うが。整理しよう。君がある一定の時間、密室にいた。つまり、誰も入ることも出ることもできない状況にあった。おまけに君はぐっすり眠っているか酔っていて、外に出られなかった。その状況で妊娠した。そういうことだな。で、君はその方法と相手を暴きたい」
「よーくできました。もっと言うと、私は閉じ込められていたんです」
「どういうことだ?」


「つまり、こういうことです。今、この瀬戸内海の小豆島(あずき島)のテーマパークに『アリスの小部屋』という動く部屋の仕掛けを建設中です。遊園地のコーヒーカップ。あれの個室版なんですけど、その試運転中に停電が起こり、一つの部屋に閉じ込められて、二時間くらい復旧しなかったんです」
「二時間か。それなら、可能性はなきにしもあらずだな」
 叔父さんは変なところで関心した。
「でその間、退屈だからパラパラやってお酒も飲んで、カラオケもやったかな。停電だったから伴奏ナシだったけど。それから少し眠って、一回目が覚めてまた歌って呑んで、その後は疲れたから、眠ったの。その朦朧としている間に襲われたに違いないの。でも外で見ていた人たちは誰も入らなかったというし、何がなんだかわからない。参考までに、窓がドアの両脇にあって、最初は、外から、懐中電灯の光で照らしてくれたの」
 叔父さんの興味を殺がないように、極めて低く声を下げて、真実味を出す。
「わかった。どうも電話だけでは状況が把握できないから、ファックスで見取り図を送ってくれ。それから、君が『密室妊娠』したと思われる間にだなあ、容疑者となりうる男たちのアリバイの有無も必要だなあ。君と看護婦君で徹底的に調べて、添付してくれ。時間はどのくらいかかっても構わないから。わかったね」
 叔父さんは『じっくり時間をかけるんだよ』を三回も繰り返した。よほど、私の相談がうざったいに違いない。もう何回も『密室殺人』だの『不可能犯罪』だので電話をしているから。
「資料が届き次第に、謎解きに付き合うからね。しかし、今は忙しいし、資料がなきゃ推理もできない。つまり時間の無駄だから。じゃあ、アリバイ調べは頼んだよ。手抜きをしないで、がっちり調べるんだよ。良いね」
 叔父さんは、乗り気の薄い言葉を残してガチャンと受話器を置いてしまった。今回も嘘だと思っている。だが、何度もその手は使ったんだ。いまさら同じ手を使うはずはない。今回は本当に妊娠チェックシートが陽性と出てしまったのだ。本当の妊娠なのだから。



 私は小豆(あずき)島――私の父がほとんどの土地を買い占めて、レジャーランド開発に乗り出している――の住民の調査にでかけることにした。
 私が勝手に現実逃避してきて、遊ぶ施設がなくて退屈だから、父に金を出させて、レジャーランドを作らせているので、建設予算も少なく、作業員も少ない。住民の中の若い男も少ない。おっと、ここでターゲットを若い男に絞ったのは、屋根を上げて侵入したと推理したからである。決して私の好みだからではない。
 建設中のレジャーランドの広さは、豊島園の半分ほど。
 敷地内に、将来レストランになる予定の旧小学校の校舎と従業員の宿舎と、変電施設と『アリスの回転小部屋』だけが建っている。
『アリスの回転小部屋』は遊園地のコーヒーカップ形式になっている。
 遊星機構を採用している。
 遊星機構とは、大きな円盤の上に、小さい円盤が乗っており、各々が勝手な法則で回転している機構である。
『アリスの回転小部屋』の場合は、六っつのそれぞれ独立した円筒形の小部屋がある。
『アリスの回転小部屋』全体は、ゆっくりと右回りに回転しているが、それぞれの小部屋の中心にはハンドルがついており、どんなに早く回転することも可能である。
 それぞれの小部屋は中世の拷問部屋、古代の拷問部屋、インディアンの拷問部屋など一つ一つ特徴を備えている。
 各部屋の共通点は、部屋の中央には大きな丸いテーブルがあり、その周囲を円形のベンチが取り巻いていることである。
 他にも、鞭だとか、鋲うちの拷問道具だとか、花束と鳥の羽のくすぐり道具だとかが置かれている。
 つまり、ジェットコースターの如く早く回転させたそれぞれのお部屋の中で、激しく抱き合おうが、SMごっこをしようが、将来を語り合おうが、宗教論をぶつけ合おうが自由である。
 それぞれの部屋にはドアがあり、外からかぎがかかるようになっている。
 各部屋には窓も二つあるが、分厚い防犯用のガラスで嵌め殺しになっている。
 ドアの外かぎはポッチ式の簡単なものであるが、電動である。
 つまり、回転中に中で殺人事件が起ころうが、中からは逃げ出せない。
 ドアをあけられるのは、唯一監視員で、装置が完全に停止した後だけである。
 中に非常ボタンはある。
 非常停止がなされた際には、監視員は傍の切符売り場にある切り替え装置で手動に切り替え、監視員の鍵でそれぞれのドアを開けることはできる。
 因みに鍵があることは、停電の復旧した後、公彦がやっと教えてくれたのだ。おまけに鍵は公彦手にあったから、私は二時間も密室に閉じ込められてしまったのである。悔しくて、悔しくて、のろい殺したいくらいである。


 さて、問題の夜。昨夜のことである。私は『アリスの小部屋』の試運転をした。暑い日だった。昼はクーラーの利いた自分の部屋から出たくないので、深夜の一時からすることにした。イルミネーションの構想も上がり、仮説の工事もすんでいたから、そっちの試験もする予定だった。
 工事関係者が帰ったあと、運営委員三名と電気技師の公彦だけで、一時間ほどかけてイルミネーションの点検と変更などを検討した。
 その後、深夜の二時から『アリスの小部屋』の試運転を始めた。
『アリスの小部屋』に乗ったのは私一人だった。しかし、動き始めて数分もすると、停電になってしまった。
 停電は村全体に及んでいるようだった。レジャーランドの照明だけでなく、島全体の電気が消えたのである。小豆島は本土から電気を送ってもらっている。
 その他に独自の小規模な発電所もあるが、両方が一つの変電所に繋がっており、変電所の機械が故障したようだった。
「糞。また故障しやがった。あのオンボロ機械が」
 電気技師の公彦が悪態をついた。彼は前々から変電所の設備を新しくしてくれと要望しているのだが、父が渋っているのだ。私は、公彦の為に口添えをしてやることはしない。私が父に頼めばすぐに要求はかなうのだが、公彦が私を『お嬢様』もしくは『お嬢』とすら呼ばないから、知らん顔をしている。
 公彦はさらさらの茶髪で、顔も脂性ではないし、けっこうハンサムだから、私に頭を下げればすぐなのに。要は彼は頑固なんじゃ。そして大病院の院長を父に持つお嬢様は頑固者は嫌いなんじゃ。
 さて、この島で変電所の設備を復旧できるのは公彦しかいない。公彦は五分ほど、近くの設備をいじっていた。独自の小型発電設備もあるから、それで、試運転だけはやってしまおうと思ったらしい。しかし、無理だった。
 彼は仕方なく、村長と一緒に村の中央にある変電所まで出かけて行った。他の運営委員は油井君を残して宿舎に帰ってしまった。
 油井君(25才)はいつも私のことを『お嬢様』と呼んで、一緒にカラオケにつきあってくれるのだ。もっとも、彼が私に優しいのは、私がハッシッシを安く回してやっているからである。  
 それに、頭には剃りを入れて『隼』と刺繍した学ランを着ているから、深い付き合いをしたいとは思わない。
 ところで、公彦がいない間、私はファンサービスをしていた。この日の試運転の噂を聞きつけて、近隣の村の島民が三十名ほど見学に訪れていた。彼らは娯楽の少ない島で、顧客になってくれそうな人間たちである。
 お年寄りが多く、手弁当とお酒持参で、レジャー気分で来ている人も少なくなかった。 それに、停電してしまってからは、カラオケもテレビも見れなくなり、クーラーも利かなくなってしまったので、家から出て、集まってきた人間も多かった。
 お爺さんお婆さんたちは、真っ暗な部屋に閉じ込められて唖然としている私を、『もう少しだからね。暑いだろうが、頑張って。お嬢』と励ましてくれた。
 この時ほど、彼らのありがたみを感じたことはなかった。それにご老人たちはこれから大事なお客様になる人たちだ。私は大決心をし、里美ワンマンショウをすることにした。
 

 さて、閉じ込められて最初の三十分間、私はリュックの中のワインを飲んでパラパラをした。
 電気は止まっていて伴奏はないから、自分で伴奏をした。その後、ご老人たちが勝手にアカペラでカラオケを始めたので、口で伴奏をした。
 ご老人たちは歌と踊りが大好きで、私が踊る時は、私に懐中電灯の光を当てたりしていた。
 パラパラの開始から一時間もすると疲れてきた。それにワインも回ってきて、少しの間眠ってしまった。眠っている間も子守唄のように外でご老人たちの演歌と民謡が流れていた。
 そんな状態でうとうとしたり、ボーっとしたりして、朝の四時までを過ごした。四時には変電所が復旧し、私は外に助け出されて、皆に励まされながら家に帰ったのだった。
 閉じ込められていた後半部分は、疲れきっていたからよく覚えていない。眠り込んでしまった時間もけっこうあったと思う。
 

 さて、ここまでをノートに書いて整理すると、私は電話をかけ、油井君と看護婦のメグさんに停電の間の状況を聞いてみた。
 二人は停電の間中、『アリスの小部屋』のそばにいた。踊りに参加したり、パラパラの指導をしたりしてた。忙しかったので、ずっと私の閉じ込められた部屋を見張っていたわけではないが、ほとんど傍にいた。
 二人は、「停電の間中、誰も私のいる部屋に入らなかった」と証言してくれた。
 しかし、彼らはあくまでも、正面――ドアの両脇の窓から中が見える――から見ていただけである。
 『アリスの小部屋』の後ろは暗く、わざわざ後ろにまで回りこんで注意していたわけではない。ならば、こうも考えられる。
 私が眠り込んでいた間にこっそり、後ろ側の屋根を押し上げて、屋根から侵入し、私を妊娠させた男がいるに違いない。勿論、外の住民が疲れて懐中電灯を向けてくれなくなった後だ。
 屋根が開いたのだから、もう『密室』ではないが、そんなことはどうでも良い。私は私を妊娠させた男に責任をとらせなければならない。つまり結婚である。
 結婚。ああ、何と甘やかな響きであろうか。
 日本の法律では女性は十六歳になるまで結婚はできないらしいが、私は大金持ちのお嬢様。私の辞書には不可能という字はない。相手が判明したら、すぐにでも強引に結婚式をあげ、次の日からこき使ってやるのじゃ。
 で、肝心の『密室妊娠』させた相手であるが。私はレジャーランドの近隣の村で、停電の夜にアリバイのはっきりしない男の洗い出しを始めた。
 

 翌日。朝日が昇るのと一緒に電話をかけ始め、朝食の食べ終わる頃には大勢が判明していた。すぐに三人の名前があがったのである。
 レジャーランドの近隣の村には三十人の人間しかおらず、その大半は老人で、若い男は三人しかおらず、幸運にもこの三人にアリバイがなかったのである。
 島の人間以外――レジャーランドの建設会社の男たち――は翌日の仕事の為に全員が宿舎に入っていてアリバイがあった。
 さて、容疑者の第一は栄一である。栄一は、二十歳で、色は白いがけっこうハンサムである。痩せていて、顔色は悪いし、幽霊のようにひっそりと笑うし、家の手伝いもしないでふらふら遊んでばかりいる。ご老人たちには「覇気がない」などと評判は今一だが、結婚相手としては悪くはない。
 それに若い男が三人しかいないのだから、充分に結婚相手の範疇である。私としては、彼が容疑者であったら何の罪にも問わずに、結婚の機会を与えてやるつもりだった。
 彼は陰から私を見ていることが多い。私が好きに違いない。それに私に金を借りている。
 何回かに分けて貸したから、合計では百万くらいになるだろうが、それも棒引きにしてあげよう。もし、百万くらいじゃ嫌だといったら、一千万くらいを貸して棒引きにしてやっても良いと思っている。
 その時点でまだごねるようだったら、父にお願いして怖いお兄さんを派遣してもらうつもりである。午前中の太陽も高くなると、私は浜辺に出かけていった。
 浜辺には栄一の家がある。民宿をかねた料理屋さんを経営している。表玄関から脇の店を覗くと、栄一の両親が忙しそうにランチの用意をしていた。


 肝心の栄一であるが、私が訪ねていった時も、家の裏の浜辺でグータグータラしながら、気持ちよさそうに寝転んでいた。見ようによっては、スナフキンのように飄々と、といえるかもしれない。
 シャツはビンテージ物のアロハ・シャツで、Gパンも前ボタンのビンテージ物だった。どうやら、貸してあげた百万は、健全な目的に使われたらしい。
「栄一君。ご機嫌うるわしそうだね」
 彼の顔の上の麦藁帽子を取り、きわめてやさしい声色で話かけると、栄一は、一瞬ギョッとして両目を開けた。だが、相手が私であると判ると、つっけんどんに答えた。
「何だ、里美お嬢か。また暇つぶしにカラオケに付き合えって言うのかい? 今日は駄目だよ。体の調子が悪いからな。また今度。バイビー」
 彼は帽子を取り戻し、自分の顔に押し付けるように戻したが、そんなことでめげる私ではない。
「あのねえ。ちょっと込み入った調査をしているの。この前の停電のあった夜のことだけど、午前二時から四時の君のアリバイを聞きたいの」
 私は敢えて『密室妊娠』の相手のアリバイ調査だとは言わなかった。そんなことを言ったら、島の男は、尻尾を巻いて逃げ出してしまうに違いないから。
「停電のあった時間のアリバイだと?」
 栄一は、うさんくさそうに片手で帽子の端だけを上げた。
「ああ、うん。午前二時から四時頃までの君のアリバイ」
 長いまつげが涼しそうと思いつつ、私はにこやかに微笑みかけた。
「へえ。それって、殺人事件に関する捜査とか」
 彼は少し興味深そうに片目だけを開けた。
『殺人事件に関する』という日本語が良いなあと思いつつ、微笑み返す。生意気な点は許してやろう。
「そう。その間、君はどこにいた?」
 仕事のできる刑事のように、私は、さっさと肝心の件に話を向けた。
「どこって」
 栄一は言いよどんだ。頬の筋肉が不規則に引き攣っている。怪しい。っていうか、脈ありって感じ。で、困った時の人間の習性で、栄一は逆に質問攻めにしてきた。


「あのさあ、今、殺人事件に関するアリバイって言ったけど、その事件って、どこであったの? 少なくともこの島じゃないよね。停電のあった夜。僕はそんな情報を聞いていないから。となると、本土ってことだよな。で、その殺人事件なるものが本土であったとして、この島からの移動時間も考えにいれなきゃいけないよね」
 彼は極めて意地悪そうに、片方だけの目で私を見上げた。
「そんでもってその殺人事件が東京とかだったら、移動手段が問題だよね。わずか2時間だから、小型飛行機とかロケットで移動したんだろうね。ああ、正確な推理は難しいねえ。そうなると小型機かロケットの操縦のできる奴でないと駄目だよね。あるいは、それらを所有している家のお嬢様でも良いけど」
 彼はそこで、さらに意地の悪い目で私を睨み、続けた。
「そこでだ。ここからが重要な質問だ。その殺人事件はどこで起こったの? そんでもって、死亡推定時間は何時から何時の間なの? 君の言葉から午前二時から四時とは想像できるけど、もっと狭められないの? それと、殺害方法はなんなの? 死体を移動した形跡はあったの? 共犯者のいる可能性はあるの? 以上の質問に答えられたら、僕も自分のアリバイを教えてあげても良いけど」
(――ん――)
 私は返答に窮してしまった。
 これ以上詳しいことを聞き出すには、『密室妊娠』の事実を打ち明けなければならない。
 しかるに、そんなことを打ち明けたら、栄一は必ず逃げ出してしまうだろう。
 父の威光を笠に着て、結婚を迫るのは目に見えているからだ。
 そこで戦法を変えた。
 栄一のアリバイ調査は後回しにすることにしたのである。
 何しろ、彼の考えくらい、手にとるように分かる。
 もう三十回も一緒にカラオケをした仲だ。
 彼ははっきりしたアリバイがあれば、堂々と述べる。
 だが、アリバイのない時や不都合がある時は、質問攻めにして、こちらの攻撃を撹乱する癖がある。
 まさに、攻撃は最大の防御、である。
 だから、今回、攻撃に出たということは、即ち、アリバイがないと白状したも同然である。 

⑫ 
 では、アリバイがないのなら、何をしていたんであろうか?
 後ろめたい事に違いない。
 こんな小さな島だ。
 後ろめたい事といったってたかが知れている。
 どうせ、不倫くらいだ。
 あるいは眠っている女の子を強引に抱くとか。
 銀行強盗をしようにも銀行はないし、特定郵便局強盗をしようにも、郵便局員は彼の姉で、体重が彼の倍もあって無理だし、コンビニ強盗をしようとしても、一日に十人くらいしかお客のない店だから、売上も一万くらいしか行かない。
「わかった。私もまだ捜査が足りなかった。もっと本格的な捜査をしてくる。それまでにあんたも文句のつけようのないアリバイを考えておくんだね」
 口で負けた悔しさから、思わず心とは正反対のことを叫んで、その場を後にした。
 だが去り際にしっかりノートに書きつけた。
『彼にはアリバイはない。ならば、私を抱いていたに違いない』
 
 ⑬
 次に訪れたのは清春の家だった。
 私は栄一の時よりもどきどきしていた。
 何しろ清春はハードロック・グループのベーシストなのだ。 
 外見は過激である。
 トサカのように髪を高くムースで固めて立ち上げ、ところどころは紫のメッシュをいれ、おヘソにピアスをしているが、人気者なのだ。
 普段は日本全国を巡るライブ・ツアーをこなしているので、めったにこの島には帰ってこないが、たまたま今は帰ってきていた。
 清春の実家は村の中ほどの農村にあり、家はブルーベリー農園を営んでいた。
「あのう、すみません。清春さんはいらっしゃいますか――?」
 恐る恐る、しかし心の中ではうきうきと清春の実家の玄関の戸を開けた。
 ここは村だから、鍵を閉める家なんてない。
 玄関を開けると、二階から、ベースの割れるような音が響いてきた。
 もう一度、大声を上げた。
 返事はない。相変わらずベースの天まで響くような音が響いてくるだけだ。
(今、この家には清春以外に誰もいない? 家族は畑仕事に出かけて、留守)
「チャンスじゃん」
 思わず喜びの声を上げそうになり、慌てて片手で口を押さえて、玄関に上がった。
 ここは田舎。他人の家は自分の家。
 勝手に入り込んでも文句をいう習慣はない。
 ましてや、事実上、この島の支配階級のお嬢様ともなれば、誰も何も言わない。
 足音を忍ばせるようにして階段を上がった。
 古い家で、階段が幽霊屋敷のような音を立てたから、一段ごとに身のすくむような思いをした。
 階段をほぼ上がりきると、二階の中央に、清春の立っている姿があった。
 ベースを回転させ、時々弦をかき鳴らして、興味なさそうにむこうを見ている。
「あ、ごめん。何度も声をかけたのだけど、返事がなくて。そんでもって、急用だったから」
 思わず口からでまかせの弁解をしたが、清春はにこりともしなかった。
 私は重要なことを思い出した。
 彼はハードロッカーなのだ。
 いつもハッシッシとかやっていて、練習中に邪魔をされると、切れてギターを投げつけたりするんだ。
「ご、ごめん。本当に悪気はなくて」
 真剣に謝ろうとした。
 すると、清春は振り向き、珍しくニカッと笑って、「何か用か?」と、ボソッと聞いた。
 私はホッと胸をなでおろした。
 こんな無愛想な返事でも、彼の場合に限っていえば、ものすごく機嫌が良いことを意味する。
 彼を知っている者から見れば一目瞭然である。
 安堵して、ずばりと聞きたいことを聞いた。


「あのさあ、この前の停電の夜のことなんだけど、深夜の二時から四時まではどこにいたかなあ? アッハッハ。これは調査なんだよね――。ちょっと込み入った調査だから、何の調査かは教えられないんだけど」
 これだけを言うのに、三回も口を閉じて、唾を飲み込んだが、向こうが暴れ出す前に全部を言い終えた。
 彼は、質問を聞き終わると、キッと目を吊り上げたが、言葉を発することはせず、そのままクルリと反転して、隣部屋に入ってしまった。
 とは言っても、昔のつくりだから、二階は全て続き部屋であり、戸は開け放たれ、一つの部屋と同じであるから、中は丸見えだった。
 広い部屋の中で、清春は、ベースの音を最大級に上げ、さらにその音に負けないような声で、歌い上げた。
「そこのお嬢様――。世間からつまはじきにされた、ドロップアウトの糞餓鬼様――。俺はお前が大ッ嫌いなんだ――。親父の権力をかさに着て――、世界で一番偉いような顔をして、我が物顔にふる舞っているのがよう――。だが、嫌いなのはお前だけじゃねえ――。安心するが良い――。俺は全ての女が嫌いなんだ]
彼はここでさらにボリュームをあげた。
 雷のような音である。
 その中で嬉しくて堪らぬように声を張り上げた。


「女ってのはどうしようもない生き物なのだ――。プレゼントさえ贈れば、人気ロッカーは自分の物になると思って、深夜のホテルにまで押しかけてくる――。俺は世界中の女が大大大ッ嫌いなんだ――。さっさと出てゆけ――。俺のプライバシーに立ち入るな――。分かったか――。金輪際俺のテリトリーには立ち入るな――」
 彼はこの言葉を、三回もメロディーをつけて歌い上げた。
 私の耳元まで歩み寄ってきてガナリたてた。
 そりゃあもう、耳が聞こえなくなるくらいだった。
 歌声を中断させようと思った私は、必死で抗議したが、彼はニコリともせずに唄い続けていた。
 よって、仕方なくも私は尋問を諦めてすごすごと帰ってきたのだった。
 だが去り際にノートに書き付けた。
『怒りは愛の裏返しということわざもある。子供のころ、好きな相手には素直になれなくて、苛めてばかりいる人間もいる。彼の場合はそれに違いない。アリバイもないし』


 最後に電気技師の公彦のアリバイ調査をすることにした。
 すでに陽が傾きかけていた。
 公彦は、イルミネーション作業をしていた。
 薄い緑色の電気会社の制服が汗と油で汚れている。
 電気関係は、電気敷設会社に下請けに出してあり、公彦はそこの社員なのである。
 かすかに汗臭いが、公彦の汗臭さは全然気にならない。
 夕方の薄暮の中で、半分だけ出来た電飾の滝を見ていると、完成時のことを想像して思わずうきうきしてしまった。
 まだ小規模なレジャー施設だけど、もっともっと父に金を出させて、大規模にすれば、公彦もきっとここに住み着いてくれるに違いない。
 神戸のルミナリオのような一大ページェントをつくり上げれば良いのだ。
 今は、機会があるごとに、「こんな寂れた村、出てやるんだ」などと言っているが。
 そう思いつつ、公彦にアイスコーヒーの差し入れをし、アリバイ調査に乗り出した。
「何。俺にアリバイを聞きたいだと? 百年早いんだよ」
 仕事のできばえに感心している公彦に、アリバイの件を切り出すと、彼は、何の捜査かも聞かずに、いきなり怒りだした。
「そんなに怒らないでよ。たんなるルーティーンの捜査だから。それも、停電のあった夜の午前の二時から四時までのたった二時間のことなんだから」
 焦ってしまい、まるで下手な刑事ドラマのような言い訳になってしまう。
 しかし公彦は、栄一のように深くは詮索しなかった。
「たった二時間だって、アリバイ捜査に変わりはないだろう。でも、まあ良いか。俺にやましいところは一つもないんだからな。いつもいつも少ない賃金でこき使われているだけだから」
「だから、それは、公彦の会社の賃金体系の問題であって、うちとは関係がないから。それに、ここが完成したら、公彦を運営主任としてもっと良い給料で引き抜いても良いし」
 私は、できるだけ公彦の気を引こうと、事件とは関係のないことまで喋っていた。
 だが、その言葉で、公彦は少し心を動かされたようだった。気持ち険しい眉を緩めた。
「わかった。その件は後からゆっくり話し合おう。それで質問は何だ? 例の停電の夜の深夜の二時から四時の間だって?」
「うん。あの停電の夜の」
 言いかけの言葉を遮って、公彦がまた声を荒げた。
「馬鹿を言うのも休み休みにしろ。俺が、あの夜、どれだけ苦労したから、判っているのか? 『まだあの小部屋は造ったばかりで、説明書も読んでいないから試運転は先にしてくれ』って言ったのに、オメ―が強引に夜の間に乗ってみたいなんていうから、あんなことになったんだぞ」
 まるで、この世の全ての悪の源のように、人差し指で私の眉間を指して唾を飛ばし始めた。
 私は自己弁護をする。
「で、でも、いつかは試運転しなきゃいけないのだしさ。それに、あんたが、手動にしたあと、鍵で開けられるってことを教えてくれれば、あんなに長い時間、暑苦しい中に閉じ込められなくて済んだんだわよ。この責任だけはとって欲しいわ」
 最後は弱腰になってしまったが、何とか、言いたいことを言ってやった。
「何の責任だ。俺は怒っているんだ。不良娘の気まぐれで、あんなグロテスクな小部屋を作ることになってしまって、心の底から怒っているんだ」
 案の定というか、彼の怒りの炎はまるっきり収まらない。
「だから、その件はもう一度じっくり話すとして、停電の夜に、なんで鍵を持ったままいなくなってしまったかを、聞かせて」
 私もとりあえず懐柔策に走る。すると彼はにやっと笑って、小さく小鼻を蠢かした。
「そうか。だからときやがったか。ならば俺も言おう。俺はものすご――く怒っていた。あのグロテスクの極みたいな小部屋に心底怒っていた。だから、わざとお前をあの中に取り残してやったんだ」
「へ?」
 目が点になる。
「わざとやったの?」
「そうさ。わざとやったんだ。そうよ。わざとやったに決まってるじゃないか。今ごろになってやっと気が付いたのか。おめでたいこってすなあ。糞餓鬼の不良少女が。ざま――みろ」
 またも息を呑んで固まった。彼は、ここぞとばかりに、眉を逆立てて、のしかからんばかりに怒りの声をあげる。
「もう一度言う。父親の権力をかさにきて、威張り散らすのはいいかげん止めろ。もう少しは現場の意見を取り入れろ。俺たちはこの島の発展を考えて言っているんだ。わかったか。少しは反省しろ。そして反省して親父にオンボロの変電所を改修するように頼め。でなきゃ、今度は別の装置の中に閉じ込めてやるからな。何が良いか?」
 彼はそこでにんまりと笑った。
「今度は流れる滝が良いか? え? 怖いぞ――。お前は、間違って滝壷に落ちるんだ。そこに偶然鉄格子が降りてくるんだ。叫べど暴れどだ――れも助けにこないんだ。そのうちに水は刻々とお前の顔に迫ってきて、ついには息ができなくなって」
「止めて――。わ、判ったわよ。あんたの言うことは親父に伝えるわよ」
(公彦はやっぱり、変電所の件があったから、わざと私を置き去りにしたんだ)
 ようやく公彦の真意を理解した私は顔を覆いつつ考えた。
(ここは大幅に公彦に譲歩しなければまずい。それに、こいつは、変に生真面目のところがあるから、予告をしたものは間違いなくやる。となると、流れる滝の件も)
 急に怖くなった私は、彼のアリバイを聞く代わりに、要求を呑んでやる決心をした。バーターである。
「あのねえ、じゃあ、公彦はさあ、変電所を改装してくれと父に頼むと約束したら、アリバイを話してくれる?」
 精一杯の歩み寄りにもかかわらず、彼のご機嫌は簡単には直りそうにはなかった。
「へ。変電所一つで、俺がアリバイを話すだと? 馬鹿も休み休み言え。俺はそんなやわな人間じゃねえよ。あの悪趣味の部屋もヨーロッパ調に変えろ。それからアリスの童話に出てくる三人のお茶会の部屋も入れろ。それから、後は考えておくが、それだけ要求をのんでくれたらアリバイを話しても良い」
 私はこの機会を逃さなかった。なんと言ってもこの島では若い男は貴重品なのだ。イケメンを確保しておくのはさらに大変なのだ。
「わかった。公彦の要求はのむから。全部のむから。これから帰ってすぐに父に公彦の要求は伝える。約束する。だから、あの夜の午前二時から四時のアリバイを聞かせて」
 まるで捨てられそうになった女が男にすがりつくように、涙混じりに訴えた。
「ほう、約束するか。じゃあ、まあ、その条件に載ってやっても良いな。で、停電の間でよいのか?」
 途端に敵の態度が一変した。
「いや、午前二時から四時まで」
 あんまりの変化の早さにすこし落胆したが、とりあえず胸をなでおろして頷く。
「なんだ。その間でよいのか。そうだな。変電所にいた時間かな。オンボロでなかなか直らなくって、苦労したんだぜ。行き帰りに各三十分もかかってしまったし。これでも信用できないなら村長に聞け。ズ――――と一緒だったからな。じゃあな。おーし、これで少しは女子高生向きの遊園地ができるってもんだ。この島の将来のために頑張るぜ」
 彼は嬉しそうにスキップしながら仕事場に戻っていってしまった。
 私はジ――ッとメモ帳を見たまま唇を噛んでいた。実は村長にはもう確認済みだった。村長も同じ証言をした。往復と修理で二時間はかかったと。

 アリバイ成立である。私としては、否定するか、曖昧な証言をして欲しかったのに。
 どっちにしても、今の話し方では、私を金づるとしか考えてないのは明白だ。女とすら見ていない。これで公彦と結婚の可能性はなくなった。アリバイなんかより、そっちのほうが悲しかった。
 それに、一生懸命考えた拷問部屋のアイデアを公彦に否定されたのはもっと悲しかった。 二人の趣味があまりにも異なっていると証明されたのだから。これだけ二人の趣味が異なっていては、将来強引に結婚しても、うまくゆくはずがない。
 まあ、もし結婚するとしても、それまでには、計り知れない困難はあるだろうが。
 しかしこんなことでめげてはいられない。大きく頭を振って雑念を払う。大病院の後継ぎは譲歩することも勉強しなければならない。公彦に歩み寄ることにした。アリバイの件は別にして。

17 
 さて、これで三人には当ったが、実はまだ怪しい人がいた。看護婦のミグミだった。
 彼女は、アウト・ドア・ライフが大好きで、自分から志願してここの看護婦になったのだった。しかしそれはもう三年も前の話。飽きて本土に帰りたくなったのかもしれない。
 それで、私にこっそり妊娠をさせて、いっしょに本土へ帰るつもりなのかもしれない。
 彼女が私に妊娠をさせるのは簡単だ。誰かに精子を貰って、夜眠っている間にこっそり、注射器で私の子宮に送り込めばよい。私たちは一緒の診療所に住んでいる。
 暇な私は、大概は酔っ払って寝てしまうので、気が付かれずにやれる可能性は高い。注射をやったのが、あの停電の前の夜で、眠っている時だったとしてみよう。
 停電の翌朝に気持ちの悪くなった私は、チェックシートで確認した。
 陽性だったから、当然私はあの夜、朦朧としている間に誰かに抱かれた、と思った。
 ここまでくると、『密室妊娠』でもなんでもないが、犯人ははっきりさせないと気がすまないから、彼女に尋問する決心をした。
すっかり夜になっていたが、懸念は早く解決するに限る。時を移さずメグさんに尋問することに決めた。
 レジャーランドから帰り、診療所につくと、メグさんの部屋に向かった。
 メグさんの部屋は私の部屋と同じで、鍵なんかついていない。
 軽くノックし、相手の返事も待たずにガラッと引き戸を開けてやった。
 彼女はひどく悩んでいる顔つきで、椅子に深く腰を下ろしていた。
 両手で自分の顔を覆い、ほとんど動こうともしない。
 私がギョッとして入り口に立ちすくんだままでいると、メグさんは極めてゆっくりと指をずらし、眼球だけを指の間から私に向けた。しかし無言で、何を語りかけても、ニヤっと不気味に笑うだけだった。
 以上が私の調べたことである。私は資料をまとめ、叔父さんにファックスで送った。
  
(作者注。ここからはマンガなしです。そのうち、電子出版するときにはつける予定)
 叔父さんは忙しいのか、なかなか返事をくれなかったけど、一週間後ようやく返事をくれた。
 ファックスだった。
 可愛い里美君へ。ファックスはこの言葉で始まっていた。
 ――僕なりに解決をしたから、回答を送ります。
 まず栄一君と清春君のアリバイのない件に関してだけど、ヒントは清春君の言葉の中にあった。
 彼は「女は大々々々嫌いだ」と叫んでいる。
 これは何を意味するか。単純に考えてみよう。
 実に単純だ。女が嫌い=男が好き。
 彼はホモだったのだ。
 私はそれに推理の的を絞り、清春君に電話してみた。
 彼は意外と素直に認めた。
 カミング・アウトしようと思っていたらしかった。
 さらに考え、栄一君のアリバイのない点も解決がついた。ヒントは君の資料の中にあった。後ろめたい事、あれだ。
 お分かりと思うが、清春君の相手が栄一君だったのだ。
 栄一君は、電話ではなかなか認めなかった。
 だが、ちょっと強く出たら認めた。絶対に秘密にしてくれと念を押して。
 君も将来人の上に立つ人間になりたいなら、簡単に諦めないほうが良い。
 さて、これで二人は片付いた。
 次に公彦君の件だが、アリバイは成立してしまったのだから、関係ない。
 しかし彼と君との会話は面白い。
 ハンサムな男の子は、強く出れば要求は通るんだと教えてくれている。
 これが看護婦メグ君の悩みのヒントになると思う。
 つまりメグ君は、この島をもっと発展させたいと思っている。
 それには君の力、正確には君の父親の財力が絶対に必要だ。
 だが、君を動かせるのは公彦しかいない。
 しかるにきっとメグ君は公彦君が好きなのかもしれない。
 メグ君は、君がこの島にいて、この島が発展するのは嬉しい。
 だが、公彦と親しげに口を聞くのを見ているのは辛い。だから悩んでいた。
 そんなところじゃないだろうか?
 君の資料には、メグ君が暗い顔をしていたと出ていたが、その辺の悩みだったのだ。 
 いや、もっと単純な悩みともいえる。
 便秘とか、肌荒れとか、あるいは、湿疹、むくみ、揖保、水虫。
 その程度の悩みかもしれない。
 彼女の悩みは君の妊娠には関係ないから、忘れよう。
 それで、肝心の君の『密室妊娠』についてだが、送ってもらったファックスでは、「本当に自分で尿をかけてチェックして陽性と出た」とは書いてない。
 言い返れば、『一度もチェックシートを他人に渡してなくて陽性の変化が出た』訳ではない。
 であるのならば、君の見ていない時にチェックシートがすり返られた可能性もある。
 チェックシートは、動物の尿でも反応するらしい。
 つまり、チェックシートを一度メグ君に渡したのなら、妊娠した動物のおしっこがかけられた物の可能性もある。

 それならば、たんに君を脅すためだと解釈でき、問題はないが、そうでなければ、問題は残る。
 つまり、かけた尿が君の場合、君が妊娠状態している場合だ。
 そこで、メグ君に電話をかけてみた。
 メグ君は、次のように証言した――チェックシートはすりかえてない。それから、停電の間、誰もあの部屋には入ってないと思う――。
 詳しくは、次のように証言した。
「里美ちゃんは停電の間、ずっと一つの部屋に閉じ込められていました。鍵がなくて開けられなかったので、外からご老人たちに勇気付けられながら停電の終わりを待ちました。その間、里美ちゃんは、とってもけな気に振舞っていました。泣き言は一つも言わずに、周囲の人たちを退屈させないように、午前二時から四時くらいまでカラオケをやったり、周囲の人たちを歌わせたりして盛り上げていました。後半は疲れて眠った時間もありましたが」
 教師を殴って、不良のレッテルを貼られて、ドロップアウトした少女にしては、なかなか偉いじゃないか。
 証言に関しても、今回は正直だったようだな。
 さすがに院長の子供だけのことはある。
(ここは叔父さんの感想である)
「それから、三時過ぎには懐中電灯の光が、途切れましたが、それほど長い間ではありませんでした。ですから、停電の間中、あの小部屋に里美ちゃん以外の人が入る可能性はゼロでした」
 よ――く聞け。ここは重要なところだぞ。
(これも叔父さんの感想)
 つまり、停電の間中、君のいる部屋に入った男はいなかった。
 したがって君を抱いた男はいなかった。
 つまり妊娠にいたるような行為は行われなかった。
 しかし妊娠したのは事実だ。
 ところで、ここから本題に入るが、院長にはもう一人娘がいる。
 君の姉だ。
 その姉が数年前、十五歳の時に、君と同じような症状になった。
 我々はピノコ現象と呼んでいた。 
 双生児の胎内に、双子の片割れが取り込まれたまま成長して、あるとき急にその胎児が発現する現象だ。
ブラック・ジャック』を読めば出ている。
 君も同じ遺伝子を受け継いでいて、その現象に見舞われたに違いない。
 大至急帰ってきて処置を受けるように。
 私は「げ!!!」っと叫び声を上げたのだった。(了)